18-1 待たせ続けた一発

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読了時間目安:17分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 8年前、ユウヅキと特急列車【ハルハヤテ】に乗って【オウマガ】に来た時のこと。
 ギラティナ遺跡までの道中、道に迷っていた私とユウヅキに、道案内を引き受けてくれた女の子が居た。
 独りでいたその子は、洞窟内を素っ気なく案内してくれる。薄暗がりの中明かりに照らされたその子の綺麗な銀色の髪に見とれていると、「何?」と釣り目の赤目で睨まれる。
 私はとっさに「綺麗な銀色だなって」と正直に応えていた。
 そっぽ向いて「……銀色、好きなの?」と尋ね返してくれたので、「好きだよ」と返す。
 頬を赤くしながら「渋いんじゃない? 理由とかあるの?」ってさらに聞いてくれたので「ユウヅキの目の色、銀色だから。一緒だね」と笑い返した。
 驚いて銀色の瞳を丸くするユウヅキを見て、彼女は「ノロケかよ……」と苦笑いしていた。

 女の子は、不思議な力を使って障害物をどけ、いっぱい助けてくれながら目的地まで送り届けてくれる。
 魔法使いみたいですごい! とユウヅキと一緒に興奮したっけ。

 私はそれ以後の、あの子の行方を知らなかった。
 でも彼女の魅力あふれる不敵な微笑みは、覚えている。

 その子の名前は確か――――メイちゃん。
 そうだ、色んなことがありすぎてすっ飛んでいたけどあの子はメイちゃんだ。

 彼女の様子も変だった。けど彼女たちがユウヅキを連れて行ってしまったのもまた事実。
 困った、な……。
 ユウヅキとビー君を助けるために、私は。私は……。

 私は彼女とも立ち向かわなければならないの……?


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 連れて行かれる途中、レンタルポケモンの黄色く髭のあるエスパータイプのポケモン、フーディンの『テレポート』を挟んで、俺とヤミナベは遠方へと飛ばされる。
 今は俺の波導をルカリオが探知してくれることを祈るしか出来なかった。

 転移によって、周囲の景色ががらりと変わる。

「寒っ……!」

 思わず声を出してしまうほどの寒気。ざくりとした足元の感触。
 進行方向に広がる景色は――――銀世界だった。
 少し遠くの方に大きな砦が見える。どうやらそこに連れて行かれるようだった。
 ヒンメル地方でこんな景色の場所と言えば、北東の【ササメ雪原】の【セッカ砦】……結構遠くに飛ばされたな。
 そう凍えながら考えていると、メイが静かに俺に詰め寄る。
 とっさに身構えると胸倉をつかまれ……服にバッジを付けられた。

「何だ、これ」
「…………ルカリオに探知させないための妨害装置」
「えっ?」
「あたしはアンタの考えていることなんて、嫌でもお見通しなの……アンタがルカリオ置いて行ったのも把握済み」

 ……じゃあ、どうしてここに来てからこのバッジを付けたんだ? という疑問が浮かんだが、そっぽを向かれる。ノーコメントということか……?

 とにかく、状況がよくない方向に転がっているのは、わかった。ヤミナベと、そしてユーリィの安全を確保しないと。

 周囲の虚ろな目をしたトレーナーとポケモンたちのプレッシャーを感じつつも、毅然とした振る舞いをする。
 冷静さを失ったら、命取りだと思った。


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 跳ね橋を渡り、【セッカ砦】に入った俺たちは、手錠で両腕を拘束される。
 ヨアケに、みがわり人形に化けたメタモンはメイに取り上げられたが、手持ちはまだ没収される気配はない。抵抗されてもかゆくもないということなのだろうか。
 城砦の中の上層部まで連れられ、大きな扉の前に立つ。その先に居る奴の波導を感じようとするが、さっきのバッジのせいでうまく見えない。
 最近になって慣れてきた力だっただけに、手痛い。
 その力に頼ってしまっていたのが目に見えて明らかになったか……。

 ヤミナベも緊張しているのか、息を呑んでいた。
 メイの念動力で扉が開かれる。サイキッカーやっぱすげえな、トウギリが『はどうだん』に憧れるのも今なら分かる気もする……なんて思う間もなく中に居たアイツに声をかけられる。

「ユウヅキのオマケで君も来るとは思わなかった、ビドー」
「……一人で行かせたら、お前に何されるか分からないからなクロイゼル」
「そのくらいは察せるわけだ。では、こうなることも想定済みだな」

 窓の前で佇む白いシルエットの怪人、クロイゼルは苦笑した。
 指揮官席でふんぞり返っているマネネが、俺たちに『サイコキネシス』で跪くよう圧力をかける。
 それでも屈せずに、踏ん張り続ける俺とヤミナベを見て、「戯れはそこまでにしておくか」と止めさせる。
 息を荒げながらなんとか立て直す俺らを、メイはただ静かに見つめていた。
 その彼女の違和感に気づいていたヤミナベは、クロイゼルに詰問する。

「レンタルポケモンといい、メイや他の人に何をしたクロイゼル」
「この期に及んで自分より他者の心配とは、愚かしいなユウヅキ。まあ、教えてやらないわけではないが」

 マネネを抱きかかえながら、クロイゼルはメイの虚ろな目をじっと見つめ返す。

「メイの一族の超能力は昔、僕が作って与えたものだ。その中でも彼女は特に力に秀でていてね、一番強力な精神干渉の力を少し活用させていただいているわけだ」
「精神、干渉……?」
「正確にはテレパシーの応用だ。頭の中に暗示をかけ操作すると言えばいいだろうか。ちなみにこの力は、案外冷静でなく理性が飛んだ者に特に効きやすい。例えば……暴徒とか」

 暴徒。
 その想像していなかった単語にわずかに驚いてしまった。そこをクロイゼルは見逃さずに情報で畳みかける。

「そこでユウヅキ。君への憎しみを利用して、効率よく多くを術中に嵌めさせていただくという寸法だ――――ここで行われる君の公開処刑を使って……な」
「処刑……か……」

 メタモンに目配せするユウヅキに「安心するといい。メタモンにもアサヒの魂には用はない。だが、あの器でいつまで持つかは見ものではあるが」とクロイゼルが囁く。
 看破されている上、あからさまにこちらを煽る発言にからめ捕られないよう、意識を落ち着かせる。
 怒りに身を任せれば任せるほど術中に嵌まるなら、頭を冷やし続けなければ。

 ……けど、そうなると疑問が一つ残る。

「クロイゼル、お前は冷静なんだな」
「隣人に怪我をさせられているのに、今こうしている君も大概だがな、ビドー」

 否定は、しないのか。俺も否定はできねえけど。
 チギヨとハハコモリ、そしてニンフィアのことで決して怒っていないわけではない。
 それでも、現状やこれからのことを頭で考えているくらいには、冷血になってしまったのかもな、とも思った。

「さて、これ以上の話を今はする気にはならない。マネネ、二人を牢屋に案内しておけ」
「……ヤミナベは要求に乗った。ユーリィを解放しろよな」
「分かっている」

 椅子から降りたマネネは「了解」と元気よく敬礼のポーズを取り、俺たちを引き連れていく。
 何とか逃げる方法ないか、と考えもしたが、ユーリィの安全を確認するまではどのみち動けない。メタモンはヤミナベのボールに返してもらえたが、あくまで一時的なことだろう。
 焦燥感ともどかしさを感じつつも、今はマネネの後をついて行った。


***************************


 ヒンメル地方の地図の上をなぞっていくビドーのルカリオを、あたしたちはじっと見守る。
 ルカリオの指が、途中すごい勢いで移動した後、あるポイントで動かなくなる。
 首を横に振るルカリオ。どうやらここで彼らの波導は途切れてしまったらしい。
 それとほぼ同時だっただろうか、チギヨさんたちの手当をしていたココチヨお姉さんが、携帯端末を片手に持ちながら慌ててやって来たのは。

「大変! 電光掲示板でこんな書き込みが!」

 握られた端末の画面には、“逃走中のヤミナベ・ユウヅキの身柄を確保。【セッカ砦】にて明日公開処刑を行う”と記されていた。

 急いでルカリオが示した場所【ササメ雪原】の周囲を見る。近辺に【セッカ砦】は確かにあった。
 ルカリオが波導を追えなくなったのが気がかりだったけど、それ以上にここからだとだいぶ遠いのが気になる。
 ざっくり言えば、地方を南から北に横断するくらいの距離だった。

 トラックやバイクを飛ばしても間に合うかどうか。空を飛べる人選も少数で限られている。

 重たい空気の中……それでもやっぱりというか、真っ先に行動を起こしたのはテリーだった。
 無言でアグ兄を引っぱって、バイクを出させようとする彼に、ネゴシさんは慌てて止めにかかる。

「ちょっと、考えなしに行くつもり?」
「……確かにオレは小難しいことを考えるのは苦手だ。けど考えなくても、オレたちがあいつを見捨てたのに変わりはない。だったら足踏みしているヒマも惜しい。細かいところはなんとかしてくれ」
「そんな、相手の数もろくにわかっていないのに!」
「数が分かればいいのだろうか」

 そう言って続くように、モンスターボールからドンカラスを出すハジメお兄さん。
 ネゴシさんが「貴方まで何しようとしているのよ?」という必死の問い詰めに「斥候と潜入だ」と淡々と返すハジメお兄さん。
 表情では分かりにくいけど、その声はどこか怒っていた。

「俺はこれ以上ユウヅキばかりが引き受けるのはもう我慢ならない。それにあいつは言った、救える者はどちらも救うと。だったらいつまでも後手に回る理由はないだろう」
「確かに、後手に回る理由はないけれど、でも……!」
「これは俺たち個人が考えた結果でもある。行くぞテリー、アグリ」

 そして去っていく三人を不安そうな目で見送るネゴシさんに、ジュウモンジ親分が声をかける。
 それは一つの提案だった。

「ネゴシ、やっぱりつるむのは無理がある……俺たちは俺たちで“考えて”動いた方が、てめえはやりやすいんじゃあねぇのか?」
「……根拠は」
「俺らはまだ、互いのこと、互いの思惑、そして互いの手の内を知らなすぎる。俺はユウヅキがあんな性格だとか把握しきれてねえよ」
「分かっていないことは……分かってはいるわよ」

 口をつぐむネゴシさんにジュウモンジ親分は背を向け出立の準備をしながら続ける。
 その口調は、親分にしてはどこか静かで、穏やかな言い回しだった。

「まあ知らねえなりに、個々の実力を信用して任せてくれとしか今は言えねえ。それから俺は一応てめえのことも、信用はしている。だからカバーは任せたぜ」
「……ああもう、引き留めて悪かったわ。お行きなさい。任された分はきっちりこなすわ」

 その後ジュウモンジ親分たちが続々と出発する中、あたしはネゴシさんに耳打ちされる。
 それは、あたしとライカ、そしてアサヒお姉さんにできる役割の案だった。
 少々申し訳なさそうに「参考にするかはお任せるわ、お先に行ってらっしゃい」とネゴシさんは背を押してくれる。その案をお守り代わりにあたしはルカリオをビドーのボールに入れ、アサヒお姉さんを抱きかかえる。

「アサヒお姉さん、ルカリオ。二人を迎えに行こう!」
『うん……!』

 あたしたちは頷き合い、そして【セッカ砦】へと急いで向かった。


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 俺とヤミナベは、地下牢の向かい合った部屋にそれぞれ入れられる。俺たちの手持ちの入ったモンスターボールと鍵は牢の外でマネネが監視していた。
 マネネが楽しそうにこちらを見ているのが、だんだん腹立たしくなってくる。

「くそっ、結局ユーリィの居場所分かってねえし……」
「……彼女をなんとか無事助け出さねば、あの彼に申し訳が立たない」
「無事に逃げる中には、お前自身もちゃんとカウントしろよ、ヤミナベ」
「しているとも」
「本当か?」
「……疑われても、当然か」
「いやそこ肯定しろよ……」

 波導が読めなくても、凹んでいるのが声で伝わってくる。ったく、じゃあねえなあもう……と頭の中で悪態を吐きながら、俺は一つだけ反省も兼ねて思ったことを言った。

「なあヤミナベ」
「なんだ、ビドー」
「誰かを助けたいって思ったとき、やっぱり自分がボロボロじゃあ、あまり上手くはいかないんじゃあないか?」
「…………まあ、そうだな」
「誰かを助けるのなら、自分がまず助かってないといけないって、今回俺は思った」
「なる……ほど……」
「現に取っ捕まっているわけだしな」
「それは……その通りだな」

 それからしばらく考え込むヤミナベ。真剣なその表情を見て邪魔するのも野暮かと思った。
 俺も考え事でもするかと座りながら目を瞑っていたら――――何か金属の欠片が落ちたような音がした。
 何だ? と目蓋を開け外の様子を見る。するとさっきまでいたマネネの姿が消え、一体の棺のようなポケモン、デスカーンがそこに居た。よくよく耳を澄ませると、デスカーンの閉じた扉の中から何か叩く音が聞こえてくる……聞かなかったことにしようと現実逃避しかけたら、奥から来た人物……黒スーツの国際警察の女性、ラストに小声で「もう大丈夫ですよ」と正気に戻された。
 鍵束を拾い上げ鍵を開けるラストに、俺は期待を込めて尋ねる。

「アンタがここにいるってことはもしかして……!」
「はい、ミケさんと、アキラ君も一緒ですよ」

 俺の側の扉を開け手錠を外した後、角から姿を現したミケに鍵を手渡すラスト。最後にやって来たアキラ君は……固く拳を握りしめていた。
 少しだけ見えた表情で、これは一波乱あるなと俺は察した。


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 やって来てくれて手錠も外してくれたアキラに、俺はどう声をかけていいのか分からなかった。
 【スバルポケモン研究センター】では、沈黙を貫いてサーナイトに攻撃をさせてしまったのもあり、申し訳なさの方が勝っていた。
 結局、眉間にしわをよせた彼の方から口を開くことになる。
 アキラにはどんなに責められても仕方がないと思っていた――――しかし、予想外の言葉が飛んでくる。

「どうして僕に助けを求めなかった」

 唇を噛み、彼は俺の返答を待っていた。

 ……思い出されるのは、あの赤い警告灯の中で再会した時の表情。
 あの時もアキラはまず「どうして」と聞いてくれていた。
 助けを求めていたら、何かが変わっていたのだろうか。
 もっとアサヒを苦しませずに済んだのだろうか。
 そんな可能性を考えてしまう。
 けれど、クロイゼルのやり口を考えてしまい、当時から思っていた返答をしてしまった。

「お前とお前の大事な人を巻き込みたくなかった」
「十分巻き込まれているけど」
「……すまない」

 反射的に謝ってしまう。するとアキラは「違う」と呟き、じれったそうに表情をさらに歪める。
 彼は視線を一度下に向け、それから再び俺の目を見る。
 責めるようなその目には……懇願が映っていた。


「なんで今も助けを求めない」


 そこまで言われてやっと、俺は彼を待たせていたことに気づく。
 アキラは短く「歯を食いしばれ」と言い捨てた。俺は言うとおりに食いしばり、覚悟を決める。

「君たちの敗因は、一人で背負いすぎたことだ!」

 一発。

 振り抜かれた握り拳が顔を殴る。
 受け止めた痛みは、あとになって痛んでくるが、それよりも痛いものがあった。
 この痛みには、衝動的な暴力にはない感情が乗っていた。こんな風に殴られて叱られたのは、初めてだった。
 そしてもう二度と御免だとも思う。
 だから今度こそちゃんと、しっかり、言葉を口にする。

「その通りだ。反省している……だから、助けになって、力を貸してくれ」
「……分かれば、いい。君も一発殴れ」

 ためらっていると「早く」と諭される。どのくらいの力加減がいいのだろうかと迷いながら振り切った結果、結構勢いが出てしまって転ばせてしまった。

「わ……悪い」
「謝るなよ」

 背中を向け、表情を隠すアキラ。しかしビドーやミケたちにはその表情を見られ、速足で彼らの間をかいくぐっていった。
 話に入るタイミングを逃したミケは、「色々と言いたいこともなくはないのですが、まずは脱出しましょう」とだけ言ってくれる。
 それから俺たちはボールを受け取り、ミケの案内を頼りに出口まで急いで向かった


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ゲストキャラ
テリー君:キャラ親 仙桃朱鷺さん
ミケさん:キャラ親 ジャグラーさん
アキラ君:キャラ親 由衣さん

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

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