使徒、襲来

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 バウタウンに到着して、幾日かが経過した。灯台は日中は日時計の役割を果たす。夜間に至っても変わらず、その灯りは時刻に応じて規則正しい方角を照らすようになっており、それが時を止める何かからの侵略を防いでいた。
 強固な灯台そのものが時計の針を作り出している為、時計の針を狙うコレクレーは何も出来ずに周囲を漂ってはいつの間にか姿を消すということを繰り返していた。
 先行きの見てない世界のなかで、正しく灯台は人々の希望を具現化していた。
 ――バウタウンの灯台は世界一だからね。
 ルリナが以前、幽霊船騒動のときに言っていたことを思い出す。ルリナがこの日を想定していたわけではないだろうが、全力で同意したい。

『一方で問題もある、か』
『そのとおりです。青き彗星のサナよ』
 私がそう発信すると、緑のサーナイトが応じる。多幸のサナだ。人間寄りの思考をややポケモン寄りに変えると、私と多幸のサナの意思疎通は問題なく取ることができる。
 やはり同じサーナイトであっても、私の思考は人間寄りなのだと改めて認識した。
『貴方が異端で、私が普通なのです。青い彗星のサナよ』
 多幸のサナはそう言うが、私もそうなのだろうと認識はしている。
 私自身が自然に生まれた存在ではなく、意図的に創り出された改造ポケモンであるからだ。この世の道理にとらわれなくとも仕方がない。

『多幸のサナ。この局面をどう見ますか?』
『青い彗星のサナよ。貴方も恐らくは気づいていますね。遠い異国の歌にもこうあります……何かを変えることが出来るのは何かを棄てることが出来る者。何一つ危険性リスク等背負わないままで何かが叶う等は無いのです 』

 異国の地で“紅蓮の弓矢”と呼ばれるその歌詞をなぞりながら、多幸のサナは言う。

 私たちは、バウタウンの灯台を仰ぎ見ていた。地下には古代兵器ヱヴァンゲリヲンが安置されている。古く、ガラル王家の失われた歴史の産物だということまで判明している。
 頭の中で整理してみたが、何を言っているのか自分でも分からない。今までにしてもそうだった。この世界にそぐわないワードが並んでいるような感覚さえある。
 これもまた、私がこのガラルの風に触れ、冒険に出たあの頃から続く、平行世界の干渉による影響なのかもしれなかった。

『この世界をこうした元凶は、天空の城に居る。その天空の城のバリアを破る術が、ヱヴァンゲリヲンの起動だとすれば……例え、バウの灯台が崩落することになっても、それは長い目で見た時には必要な手順の一つでしょう』

 多幸のサナは容易く言ってみせた。
 正しく先程の紅蓮の弓矢の歌詞のとおりであった。
 バウタウンの灯台は、遥か昔、ガラルの東の海の彼方から迫って来た外敵に対して人型兵器に乗り込み立ち向かった、一人のトレーナーと一体のポケモンの墓標だ。
 ヱヴァンゲリヲンが機能を停止し、役割を終えた後に、共に埋葬された。当時の戦禍は凄まじいものであったと発掘された記録にはあったらしい。
 墓所であるからこそ、元来、未来永劫に開かれることのない場所のはずであり、墓標たるバウの灯台はそこに立っている。
 だからこそ、ヱヴァンゲリヲンが再起動する未来など想定されていなかった。ヱヴァンゲリヲンが地上に出るためには、その灯台ごと破壊し、地上に出るしかない。
 だからこそ、機体の修復は進めながらも、今この場に集う、ダイオーキドやコサリ、ソニア、ホップ……優秀な頭脳を持つ彼らもその問題を先送りにしてきたのだ。
 そして、ついに。
 今、ヱヴァンゲリヲンは完成した。
 最後の決断は、バウタウンのジムリーダーのルリナに委ねられていた。

『このまま何もしなければ、世界は元に戻らない。だとすれば、一縷の望みに掛けることが必要でしょう。確かにバウタウンの灯台は貴重な文化財ですが……』

『多幸のサナ。貴方の言うことは理解できる。でも、人の想いって、そういうものじゃないでしょう?』

『青い彗星のサナ。まるで人間のように言いますね』

『長く人と旅をしてきたから。貴方もいずれ、理解できるようになります。貴方がメイちゃんに感じている母性。それは単に、抱擁ポケモンだから、というわけではないでしょう?』

 メイちゃんはマッシュと釣りに出かけていてこの場にはいないが、私がそう言うと、多幸のサナは『なるほど』と少し納得した様子だった。

『だとすれば……時は止まったまま、かもしれないですね』

 多幸のサナはそう述べたが、不思議とそんな感覚はしなかった。これは、ひとつの物語で、終わりに向かっている確かな感触がある。
 停滞しないはずなのだ。
 時は進む。場所は変わる。タイムイズマネー、時は金なり。あらゆるものは未来へと進んでいて、時間は不可逆である。
 もし、そうでないとすれば、それこそタイムパラドックスだ。

『……パラドックス』

 ふと、頭に浮かんだ言葉を発してみた。この世界、この時代にありえない存在。それこそがパラドックスだとすれば、コレクレーや、ポプラの連れていたポケモンたちは、一方で、パラドックスポケモンと呼ぶのが相応しいのではないか。
 見上げた空は、終わらない夜ではなく、綺麗な青空だった。

『中、行きましょうか』
『はい』

 声を掛けると、多幸のサナは頷き、着いてきた。

 ※

 灯台の地下に続く穴は、人工的に掘られたものだった。以前は無かったが、この騒動があって、発掘に取り掛かったと耳にした。
 乱暴に掘り進めただけではあるが、移動研究施設であるトレーラーの車輌一台は余裕で通る程度の広さはある。現に、トレーラーは地下にある。
 ろくに整備もされていない土肌は、しかし、崩れないようにしっかりと固められている。
 地下へと降りていくと、やがて、巨大なフロアに出た。そこは遺跡と呼ぶのが相応しく、土肌ではなく、ナックル城と同じ煉瓦が壁一面に敷き詰められており、崩れないように補強されていた。今はそこに、この時代の照明、機械、電子機器などを広げ、トレーラーを中心に簡易の研究所が構築されている。

「ダブルサナか……」

 ホップがこちらに気づき、顔を上げる。隣にはソニアとダイオーキド、コサリ、カイトが居る。皆、浮かない顔をしている。
 その前には巨大な箱のような計測機器があり、そこから伸びたケーブルが巨大なストリンダーのような機体へと繋がる。また、隣には通信用のモニタが見えるが、画面は暗転しており、何も映し出されていなかった。

『ホップ……何かあったのですか?』

 ホップは頷く。

「決断の時かもしれないぞ。研究は成果をあげた……ヱヴァンゲリヲンはその気になれば、いつでも出撃できるはずなんだ」

 見つめる先には、古代兵器ヱヴァンゲリヲンが横たわっており、それをまるで守るかのように、灯台を支える柱が天井へと伸びている。それはそのまま地面を越え、地上のバウの灯台を支えている。
 ヱヴァンゲリヲンがこの場を動くことはそのまま灯台の倒壊を意味している。

『しかし、それをするとバウの灯台は?』

 聞いてみる。まだ結論は出せないと思っていた。

「崩れるね……」

 仮面の男、カイトが静かに言う。その隣ではいつも賑やかな喋る猫のシャケも今は物静かでおとなしかった。

「……状況が一変したんじゃ」

 ダイオーキドは項垂れる。その横でコサリも表情を暗くしている。

『一体どうしたのですか……』

「――シュートシティが陥落したわ」

 今はマクロコスモス社の秘書ではなく、そのナイスバディを白衣に包んだエーテル財団の優れた研究者として、コサリはここに立っている。
 しかし、シュートシティに身を置いていた期間も長く、愛着ある街が落ちた事実をコサリは歯を食いしばりながら口にしたのだ。

「さっき、マグノリア博士から最期の通信が入ったんだ。シュートシティの。ロンドロゼの時計塔は……もう無いんだ。おかしいだろ……」

 噛み締めすぎたのか、うっすらと血を滲ませた唇をホップは開く。
 シュートシティにはマグノリア博士、ダンデ。様々な人が居た。皆はどうしたというのだろうか。

「迷宮兄弟も24時間体制で見張りについていた……兄貴も全力を尽くしたってマグノリア博士から教えてもらった……兄貴は街を守るため闘った。それでも、多勢に無勢で。兄貴は、兄貴は……」

 Zoom通信により、マグノリア博士は最期の発信を行った。その内容は、コレクレーの進化に関すること。自身の見聞きした全てを、バウタウンへ伝えようと発信したのだ。命がけで。

「あの小さなうようよが進化して……そのうえ、ダイマックスしたんだと。それも、大量に。進化したコレクレーは金色の巨人のような姿で。まるで張りついたような無機質な笑顔を浮かべているんだとか……なんだよそれ、想像つかないぞ……ちくしょう、ちくしょう……!」

 ホップは悔しそうに地団駄を踏む。兄をまたしても失ったのだ。どうやら巨人と化したコレクレーの集団は街を踏み潰していったらしい。
 古い東の国の伝承に『巨人による地鳴らし』というものがある。伝承では、「壁に潜む幾千万もの巨人で世界を踏み潰す地鳴らし」とも「あらゆる都市や文明、動植物は尽く踏み潰され文字通り全ては平らな地表と化す」 とも言われている。一瞬にして私の脳にそれらの情報が思い出されたが、私は一体どこでその知識を学んだのか、記憶は定かではなかった。

「通信の最後は、おばあさまの笑顔だった……後を託しますよ、ソニアって……」

 ソニアは涙を堪えている。単に時が止まるだけならまだしも、シュートシティの人々は生死さえ定かではない。

「……カイト、ヱヴァに乗れ。乗らないなら帰れ」

 ダイオーキドがそう言うと、カイトは悩んだ様子だった。

「バウの灯台は……ルヒィたちからよく話を聞いていた。帰るべき道標だと。それが無くなるのは、帰るべき場所を失うと言うことじゃないか? ヱヴァに乗る運命は受け入れたつもりだったけど……僕が人の想いを踏みにじって良いのだろうか」

 ヱヴァに乗る。
 それにより人々を古くから見守り、支えてきた希望の灯火を消すことになる。古い伝統がひとつ消えることなるが、そこには幾つも想いがある。

「――だけど、乗り越えないと未来はないわ」

 ひとつ、声が増えた。
 外との連絡口から姿を見せたのは、バウタウンのジムリーダーのルリナだ。

「破壊から生まれるものもある……そうよね、ソニア?」

「ルリナ……」

 決意を秘めた親友の顔を見て、ソニアは頬に手を当て、何やら思い出す素振りを見せた。

「確かに、ラテラルタウンの遺跡が壊れたときに、中から真実を伝えるザシアンとザマゼンタの像が出てきたわ。でも、そのときと今じゃ状況が違うわ」

 バウの灯台は、港へ向かう船を正しい方角へと誘ってきた。また建てれば良いというだけではいかない。

「話は聞いていたわ。それに、シュートシティだけではなく、バウタウンにも……巨人の群れが迫ってきてる。今は海よ。地鳴らしは聞こえないわ。でも確かに遠くに観測されている。間もなく上陸よ。遅かれ早かれバウタウンは滅ぶ」

 シュートシティは壊滅したと聞いた。
 時が止まっただけであればまだ、いずれまた戻る日が来るかもしれない。また、ルリナが以前教えてくれたとおりであれば、時が止まっている間は外部の影響を受けないとも聞いた。
 完全に希望は絶たれたわけでは無かったが、バウタウンの倒壊を免れることは、住民の安全を守る最良の方法であろう。

「悩んでいるヒマは無いの。選択肢はもう無い。バウの灯台が無くなればバウタウンの人々は時を止めるでしょう。でも貴方たちに未来を託すわ。きっとこれは絶望ではない」

 その決意を目にしたカイトは、「ミサトさん……」と誰かの名前と呼び間違えていたが、一同は無視をしていた。

「今しかない。ヱヴァに乗れ、カイト」

 ダイオーキドが告げると、カイトは今度こそ力強く頷いた。
 物語の歯車がまたひとつ動き出す音が聞こえる。

「時間が無いわ。私はバウタウンの人たちをジムの中に避難させる。貴方たちの行動は任せたわ!」

「ルリナ!」

 背を向けて駆け出そうとしてルリナは振り返る。そこに駆け寄り、ソニアは抱きしめる。

「……ぜったい。ぜったいに無事で居て」

 抱き返し、ルリナは微笑む。

「私はバウタウンのジムリーダー。レイジングウェイブよ。無事に決まってるじゃない」

 そう言うと、ルリナは走り去っていった。
 残された私たちも行動に移る。

 ホップとソニアはトレーラーに持ち運べる機器を移動し始める。必要最低限の機材のみを残すのだ。
 ダイオーキドとコサリはヱヴァンゲリヲンの出撃準備を始め、カイトとシャケはヱヴァンゲリヲンに乗り込んでいく。

「発進準備!」
「発信準備! ……第1ロックボルト外せ!」
 コサリの声に、間髪を入れずにダイオーキドも繰り返す。同時に指示を叫ぶ。
「ダイオーキド博士。解除確認しました」
「いいぞコサリ君。……アンビリカル・ブリッジ移動開始。第2ロックボルト外せ」
「了解。加えて第1拘束具、除去……続けて、第2拘束具を除去……1番から15番までの安全装置を解除」
 すかさずコサリが述べる。そのコサリの様子を見て、ダイオーキドは満足そうに頷き、更に指示を出していく。
「内部電源、充電完了。外部電源用コンセント異常なし。コサリ君、発信準備を」
「了解、ダイオーキド博士。エヴァ初号機、射出口へ。進路クリア、オールグリーン」
 コサリはそこまで述べて、安堵したように呟く。
「発進準備完了……!」
「了解。さあ、カイト。行くんじゃ。使徒を倒さぬ限り我々に未来はない」

 今や紫色の機体、ヱヴァンゲリヲンはその身をいつでも起こせる状態にあった。
 コサリとダイオーキドは、ホップとソニアに誘導され、トレーラーへと歩みを進める。強化装甲を施された車体は落石からも守ってくれる。
 また、ヱヴァンゲリヲンが起動し崩れ落ちる前にここを脱出するつもりらしかった。

「ダブルサナも!」

 コサリが私たちを振り返る。しかし、すぐに多幸のサナが焦燥している気配を感じ、私は彼女の思考を読み取る。

『……青い彗星のサナ。私はこのまま地上に跳びます。あの子を探さなきゃいけない。貴方は皆さんとトレーラーで避難を』

 メイちゃんのことだ。
 今はマッシュと海釣りに出かけている。そして、敵――黄金の巨人は、海からやって来る。
 放ってはおけない。

『コサリ。先に行ってください。私たちはエスパー。いざとなれば、空も飛べるし、空間さえ越えられます』

 私の言葉を聞き、コサリは力強く頷く。そして、カイトに何やら通信の合図を送り、コサリは私に向けて叫ぶ。

「必ず、メイちゃんを助けて。私たちはカイトの出撃をギリギリまで応援します。今、彼は恐怖と闘っているわ」

 多幸のサナとテレパシーで思考を通い合わせた時に、ヱヴァンゲリヲンからカイトの思念も流れ込んでいた。
 彼はしきりに、「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」と繰り返していた。あの日見た悪夢と同じである。
 しかし、カイトのことはコサリたちに任せるしかない。

『ありがとう、コサリ。さあ、行きましょうか、多幸のサナ』

『そんな、貴方まで危険な目に遭う必要は……!』

『多幸のサナ、知っていますか? “一人より二人のほうが仕事が早い”ということを』

 さあ、と私は自身の青の手で彼女の緑の手を握りしめ、ヱヴァンゲリヲンの唸る遺跡から地上へとテレポートした。
 空間を越えながら、私と似た誰かといつかこのように手を繋ぎ歩いていた風景が脳裏に過ぎるが、それが何かは全く思い出せなかった。
 けれど、たぶん、私はそのとき幸せだったのだろうと漠然と思った。
special thanks,
エヴァンゲリオン

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