Episode 24 -Cornered-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ルーチェが起こした突然の爆発と共に、山賊たちが一斉に中洲へと集まってきた。同時に、ローゼンたちの行動も開始され、山賊を一網打尽にできるという作戦の全貌が徐々に明かされることとなる。
 凄まじい爆音と共に周囲を照らす閃光は、数秒の後に浜辺の波の如く押し寄せては引き、先程まで静けさに埋もれていた夜の森をざわめかせたようにも思える。

しかし、しばらく後に森の中で動きがあった。多くの気配が慌てふためくのを、崖上に潜むツォンが感じ取ったのだ。


「この波紋の量……。10、いや15程はあるでしょうか……。一斉に小屋の方へと向かっていますね。」
「了解。今のところ計画通りみたいね。全く、単純な奴らで助かるわ……。」

生命エネルギーの一種・波紋を感じ取ることができるツォンは、森の各所に分散していた波紋が、爆発の起こった小屋付近に集まっていくのを確認した。
一方のメイは敵に見つからないように、落ち葉の中に身を潜めつつやれやれと目を細めた。


「さーて、村に許可は取ってあることだし、ぶち撒けてやるかね!! よっこらしょーっと!!!!」

ルーチェはガソリンの入ったジェリ缶の蓋を開けると、中の液体を古びた外観の木造小屋へと一気に掛ける。そのまま自分の持つ松明を小屋に放り投げると、背後にある川に飛び込んだ。

ルーチェは川の中で再び強い光と爆発音と、水面を掠める熱波とを感じた。水中でにやりとしたり顔を見せたルーチェは、Complusに収納してあった重りとシュノーケルを着用して誰にも見つからないように、川底を這って移動していく。


「うわっ!! 火事だ、小屋が燃えてやがる!!!! 全員小屋に集まれ、森に燃え広がる前に消すぞ!!!!」

何者かが燃え上がる小屋を目の前にして、慌てふためいた様子で叫ぶのをメイは耳にする。程なくして次々に山賊たちが集まり、中洲にある小屋の方へと向かっていった。


「波紋は火事現場へと集中しました。他の部分からは感じられませんね。」
「ええ、全員集合と言ってたしね。さてと、私もそろそろ動き出さなきゃね。」

「んじゃ、後は任せるよ、軍服君にメイメイ!! アタイは既に川伝いに村方面の橋まで辿り着いた。軍服君の合図を待つだけだよ。」

ルーチェは避難完了したらしく、橋の近くで遠くに見える火の手をじっと見つめていた。メイは周囲に気配がないことを確認して落ち葉から飛び出し、魔杖を装備した。


「『ファイアブレス』!!」
メイが魔杖を橋に向けると、杖の先から火炎放射が飛び出し、瞬く間に橋を焼き落としてしまった。メイはそのまま近くの木の陰に退避した。









 「クソッ!! 中にある酒か何かに引火したのか? 昨日酒ここで盛りしてたバカはどいつだコラ!!」
「んなこと言ってる場合かよ、水タイプの野郎共は消火するぞ!! 他の奴らはバケツに水を汲め!!」

山賊の内、数匹いる水タイプのハスブレロたちは、放水すべく小屋へ近づいていく。リーダーと思しきゴローニャは、バケツを片手に他のメンバーたちに指示を出していた。そのとき、ハスブレロの内一匹が叫び声を上げる。


「先制攻撃成功っ!! こうすれば水タイプが集まるもんね、僕の独断場だ。」
「何だこいつ!? くっ、電気はまずいっ!!!!」

「知らなーい、そんなの。食らえ、10まんボルト!!!!」
木の上から飛び降りたローゼンは、スパークでハスブレロを一匹倒すと、そのまま近くにいた他のハスブレロたちも10まんボルトで一網打尽にしてしまった。


「へっへー、作戦大成功!! ……ってあれ?」
ローゼンの周りを、残りのメンバーたちがぐるりと取り囲む。ゴローニャを初めとしてイシツブテにサイホーン、どれも飛行タイプを持つローゼンが苦手とする岩タイプのポケモンたちだ。


「おい貴様、よくも俺たちの仲間をやってくれたなぁ?」
「しかもこの一大事に邪魔なんぞしよって、許されんぞ……!!」

「えー、だってあれ燃やしたの僕だしー。消されたら困るしー。せっかく森ごと君たちを根絶やしにしようと思ったのに。」
「だとしたら浅はかなものよ、俺たちがあれしきの火を消し止められないとでも思ったのか? お前をすぐに血祭りに上げて、ゆっくり消火させてもらう!!!!」

サイホーンがローゼンに突撃する。ビルをも貫通するといわれる突進を前に、ローゼンは一歩も動かず表情も変えなかった。
そのまま恐怖も興奮も顔に出さないまま、左手のカウンターボックスをサイホーンに叩きつけ、飛び出したトゲで相手を吹っ飛ばした。


「わーい、逃げろぉーっ!!!!」
「逃がすか!!!! 奴を野放しにするな、必ず捕まえて地獄を見せてやれ!!!!」

完全に頭に血が上った山賊たちは、ちょこまかと逃げ回るローゼンを追いかけて中洲の中を右往左往する。しかし、身体の重い岩タイプばかりとあって、小柄なローゼンを中々捕まえることができない。

そんな中で火の手はますます広がって木々に延焼し、ローゼン自身が逃げ回れるスペースも徐々に狭まっていった。そして遂に……。


「追い詰めたぞ……手間取らせよって……!!!! 後ろは川、半円状に囲まれた状況、そして登って逃げる木もない。もう終わりだな!!」
「あー、ゲームオーバーかぁ、残念ー……。」

ローゼンはエッジを持つ右手をだらんと垂れ下がらせて、諦めたかのような表情を見せた。山賊たちはなおもローゼンを逃がすまいと、ジリジリとにじり寄る。










 「うわっ、あの短時間でこんなにもらえるのか……。ダイバーの給料って凄い……。」
「まあそりゃ、危険な仕事だからな。つかそれでも少ない方だぞ、お前はこのチームで一番下っ端だし。」

「そ、そうなんですか、じゃあみんなもっと多額の報酬を……。」
「そういうことになるね。各々のランクによって報酬が自動分配されるのさ。ただしそれぞれのメンバー活躍を鑑みて、リーダーはその一部を考課配分することもできる。もちろん、それに関して異議申し立ても可能。」

えっこはComplusの報酬チェッカーを覗き込んで目を丸くしていた。先の銀行強盗事件の報酬がチームに与えられ、ランクにより自動分配されたのだ。

えっこは9000ポケを手に入れることができたため、早速その使い道をあれこれと考えていた。何か美味しい物でも食べようか、ローレルに可愛い服でも買ってあげようか、はたまた全額貯金に回しておくか……。
しかし、そんな甘い思惑にトレの一声が割って入る。


「そう、俺に考課配分を付ける権利があんの。お前みたいなただ指咥えて見てた新入りにランク相応額やる訳ねぇだろ、没収。」
トレがそう呟いて自分のComplusを操作すると、えっこの報酬額が3000ポケに減ってしまった。


「ええ!? そんな、酷いです!!」
「えと……ランクはトレがオーア、俺がアージェント、ユーグがブロンズ、えっこがパーピュアだから……い、いくら減らしたんだ……!?」

「僕のが2000ポケ増えたってことは、えっこから3匹分、合計6000ポケ減らしたね? だから彼の報酬は9000ポケから3000ポケになったはず。」
「ああそうだ、文句あっかよ?」

トレは机に肘を付きながらタバコを燻らせていた。薄い煙と共に、タバコの煙臭さが突き刺すように鼻を突く。


「てめぇ、撤回しやがれコラ!! 毎回そんな少ない報酬じゃコイツが食ってけねぇだろ!!」
「知るかよ、どうせ役に立たないんだから、掛け持ちでバイトでもしてろ。つかそっちをメインにやっとけ。」

「僕もこの配分額には反対。確かに彼は今回見学だけだったかも知れないけど、誰だって最初はそうだ。新入りに酷なことはさせられない。活躍は今後してもらえばいいし、そこで使えるか否かは判断すればいいだろ? 今は人材投資の意味も込めて、彼に満額渡すべきだ。」
「何だ、反抗するのかよ。お前らの分も減らすぞ?」

怒り方は静と動で対照的ながら、マーキュリーとユーグは揃ってトレのデスクに詰めかけた。トレはそれでもなお、頑なにえっこに対する嫌悪感を剥き出しにしており、一触即発のムードだ。


「(まずいよ、ユーグさんまで怒ってるし……!! けど俺が割って入ったらますますややこしいことに……。)」
「あああ、クッソ頭に来た!!!!!! ユーグ、ちょい耳貸せ。」

マーキュリーはユーグを連れて部屋の隅にしゃがみ込んだ。ユーグはマーキュリーが告げた内容に頷くと、揃ってオフィスを後にした。


「諦めたみてぇだな。お前もさっさと帰れよ、いると邪魔なんだよ。」
「……分かりました…。」

えっこは怒り半分悲しさ半分で顔を歪めながら、ドアの方へとゆらゆら歩き始めた。ノブに手を掛けようとした瞬間、図ったかのようにタイミングよくドアが開け放たれた。


「そのチンケな目ん玉ひん剥いてよく見やがれ、このケチ野郎!!!!」
マーキュリーが何かをトレの机に叩きつける。それは数枚のお札だった。5000ポケ紙幣が6枚、合計額は30000ポケだ。

「君が強情張るなら僕らもこうさせてもらう。報酬の全額受取拒否だ。この中から6000ポケを彼に、そして残りは連盟に渡す。そして理不尽なパワハラ案件としてこのことを連盟に報告する。君のランクは、よくてアージェントまで落ちるだろうね。」
続いてユーグが紙幣をトレに見せた。5000ポケ4枚、1000ポケ4枚の24000ポケを持ってきたようだ。


「マーキュリーさん、ユーグさん……。」
「心配すんな、えっこ。このクソバカの思う通りにはさせねぇよ。仮にこいつがお前の報酬を理不尽に下げるなら、俺たちも同じように報酬を受け取らねぇでやる。」

「久々に本気でムカっ腹が立ったよ。新入りはチームみんなで支えて育てていかなきゃならないのに、トレときたら……。リーダー失格だ、君には本当に申し訳なく思う。彼の代わりに謝らせてくれ。」

マーキュリーやユーグも、さすがに今回の件には怒り心頭なようだ。ユーグに連盟に報告すると言われたことで、さしものトレも不機嫌そうに舌打ちをしながら目線をそらした。


「分かったよ……返せばいいんだろ、返せば……。だがしばらく立って使い物にならなかったら、今度こそマジで減額な。」
「それは構わない。あくまで成果を出せない者に、報酬を与える必要はないからね。えっこもそこのとこは勘違いしないように。君は君なりに、きちんとやれることを頑張ることだよ。」

「もちろんです。ありがとうございました、ユーグさん、マーキュリーさん!!」

トレが煩わしそうに手元を弄ると、えっこの配分額が9000ポケに戻った。
ダイバーの厳しさは守りながらもえっこを見守ってくれる先輩の心強さをまざまざと見せつけられ、えっこは例えるならば積もった雪に沸かしたヤカンを置いたように、不安に苛まされていた心がじんわりと温まって溶けていき、楽になるのを感じた。










 ローゼンは山賊たちににじり寄られながらも、なお残念そうに拗ねた顔を見せたまま立ち尽くしている。諦めの境地か、はたまた秘策でもあるのか。

一目では何を考えているのやらさっぱり分からないそのニヒルな道化気質を敵も理解し始めたらしく、慎重に、確実に距離を詰めていく。


「もう俺たちの間合いだ、何をしても無駄だぜ? さてどうしてくれようか?」
「ふーん、間合いか。ところで、僕が攻撃しようとしてる相手はずっと僕の間合いにいるんだよね。だからこうして何もしなくていい。一歩も動かなくていい。」

「……。何を訳の分からんことを……。」
「その相手が誰か知ってる? こういうことさ!!」

次の瞬間、ローゼンは自分の左腕をエッジで斬りつけた。同時にカウンターボックスをぶつけると、勢いよくトゲが飛び出し、ローゼン自身の右腕の皮膜を刺し貫いた。

トゲはそのまま地面に勢いよくぶつかり、体重の軽いローゼンはいとも簡単に空中に舞い上がった。


「なっ……!? コイツ、自分の腕を刺し貫きやがっただと……!?」
「こうすればいつでも脱出できる訳。要は死にさえしなけりゃいいのさ、腕の膜くらい何てことはない。そして君たちをギリギリまで引き付けた、その理由はこれだ!! ルーチェちゃんっ!!!!」

ローゼンがComplusの通信ボタンを押すと、ルーチェは左手のリモコンを起動した。すると、先の爆発のときと同じ閃光と爆音が辺りを包み込んだ。

無限に吸い込まれるような闇夜をも一瞬で白一色に変えてしまう光。その光の中心から体中に突き刺さり、頭の上まで駆け上ってくる騒音。
その光と音のショックを至近距離で受けて、正気を保っていられる者などいない。

山賊たちはルーチェが仕掛けていたリモート閃光衝撃爆弾の埋設位置へ、ローゼンによって誘導されていたのだ。小屋が燃え、橋が焼け落ちた中洲という閉鎖空間の中でローゼンを追い詰めたつもりが、全てはローゼンのその小さな小さな手の中にあった。


「よっと。さて、山賊たちは完全に気絶してるから、捕まえに行こっか。」
「あ、あなたあの閃光爆発の中でよく……それだけ元気でいられるわね……。私は耳栓付けて、落ち葉にまた潜ってたのに……。耳がキーンって……頭痛いし……。」

「スタングレネードは僕には効かないよ。痛覚がおかしいから痛みはないし、光と音も慣れだよー。あははは。」

落ち葉から這い出たメイは、橋代わりの木の板を持ってよろよろと歩み寄ってきた。ローゼンは腕の怪我も閃光も全く意に介していない様子で、板を中洲へ掛けると機嫌よく対岸へと渡って行く。


「上手くやってくれてるかねー、軍服君とメイメイ。作戦成功って言ってたけど何か心配。」
「ああ、ルーチェさん、作戦は上手く行ったそうで。後は山賊たちを保安官に引き渡すだけですね。」

崖上にいたツォンと、村の入り口に待機していたルーチェが中洲前へと姿を現す。ツォンが波紋を感じ取ると、確かに山賊たちは一匹残らず中洲に閉じ込められている様子とのことだ。


「もーーっ!!!! 本気でやめて、冗談でもそんなことしないでよ、チームメイトの私たちまで犯罪者になるんだから!!!!」
「分かったよー、もう、ほんの冗談なのにー。」

中洲に足を踏み入れた途端にメイの金切り声がルーチェとツォンの耳へ飛び込む。二匹は顔を見合わせると、ローゼンとメイがいる場所へ駆け出した。


「二匹とも何事ですか? そんな剣幕で怒るなんてどうしたのです?」
「ツォン、聞いてよ!!!! コイツ、山賊を全員拷問にかけて他の組織の情報も引き出すとか言い出したのよ!!!! あり得ない、単に拷問したいだけでしょあなた!!!?」

「うん、そうだよー。恐怖に顔が歪んで命乞いをする相手を徹底的に傷めつけて情報吐かせて、命だけは助かると安堵したところをグサッと行くんだ。あの一転して絶望に支配された顔、最高だよー!!」
「あー、もう趣味悪い!! というか重大犯罪だから、ポケモンの基本的生存権利の侵害よ!! 本当、反吐が出そう……最悪男……。」

メイはローゼンの言動に完全にヒステリーを起こしていた。冷酷無比な軍人だったローゼンだけに、本気で考えているのか、冗談なのかはツォンやルーチェには想像だにできない。


「あのねローゼン……。アタイのいたギャングでもそんなことは日常茶飯事だったから、あんたの趣味、別に否定はしないけどさ……。メイメイはそういうのに特に免疫ないの。チームメイトだから、ちょっとは思いやってくれる?」
「はーい、ルーチェちゃんの頼みなら喜んで聞くよ。」

「あーーー、そういうガキっぽいのも嫌ぁ……。ねぇツォン、帰ろ!? コイツと同じ空気吸いたくない。ルーチェさん、後任せます……。」
「あいや……これは重症ですね……。そういう訳で、メイさんは僕に任せてください、後頼みますー!!」

完全に顔を真っ赤にして、半泣きで足早に去って行ったメイを追い、ツォンも場の空気の悪さに押されるようにそそくさと去っていった。

完全にヒステリーに燃え上がるメイと、そんなことはどこ吹く風で楽しげにニヤついているローゼン、そして目を回して縄で縛られている山賊たちをチラチラと眺めながら、チームの姉御は深くため息をつくのだった。


(To be continued...)

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