第三章【三鳥天司】22

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:4分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 サンの切実な願いに対しファイは大きく頷き返し、彼女の不自然に折れ曲がってしまった汚れた手を取ろうとした。今度は私が二人を外の世界に連れていく、そんな決意を持って伸ばされた手は──空振りに終わってしまう。
「えっ?」
「はっ?」
 何が起こったのか、二人ともすぐには理解できなかった。すぐ脇を凍えた冷気が瞬きの間にすり抜けたのを感じた。それと同時にサンの体がバランスを崩し、後ろに倒れ始めたのだ。
 サンの背後で何かがぱきぱきと音を立てている。彼女が振り返るよりも先にファイが状況を把握して思わず声を上げる。
「サン! 羽衣が!」
「え──なんだこれっ! 凍ってる!?」
 そうこう言う間にも黄色の羽衣は右端の裾からどんどんと氷で覆われていく。それに伴い空中でのバランス感覚が狂っていくのか、サンは今にも落ちそうな様子で宙をふらふらとしている。
 ふと上を見上げればいつの間にか太陽は消え去り、空は再び黒い雲に覆われていた。そこから降り注ぐのは大粒の霰──それは誰かの怒りを代弁するかのように強く二人に叩きつけられる。
 ファイは咄嗟に剣を掲げ雲を追い払う。しかし今度は自分の浮遊する範囲しか晴らす事はできなかった。そこで漸くファイは自分達二人以外にも同じ力を持つ者の存在を認識する。その答え合わせをしてくれたのは意外にもサンだった。
「あ……リーザ……」
 半分凍った羽衣でふらつきつつもなんとか空中に留まっているサンがぽそりと呟く。それを余所にファイはこの事態の打破を必死に考えていた。
「ああぁあぁ、どうしよう、どうしよう」
「ファイ、あのさ、ちょっと聞いてほしいんだけど」
「呑気に話してる場合じゃないでしょ! 早くそれ溶かさないと!」
 その時、ファイの目線の先、小高い丘の上でキラリと光が反射した。何かが飛んでくる──咄嗟に判断した彼女は赤い羽衣を翻した。
 すれすれの所を凍てつく光線『れいとうビーム』が駆け抜ける。それは明らかにファイを狙った攻撃だった。敵を確認しようと攻撃が飛んできた方向を見るが、敵よりも先にサンの状況が目に映る。
 サンは不自由な飛行でどうにか高度を下げていたが、既に天舞う羽衣はその大半が凍っており霰を弾いていた。地上までの距離はまだまだ遠い。金髪の少女は諦観の境地で空を仰いだ。
「ファイ、ごめん、やっぱりもうダメっぽい──リーザの事、頼んだ」
「サンっ!」
 ファイは垂直落下の勢いでサンの元に向かう。ちぎれんばかりに腕を伸ばすがその手が届くのは間に合いそうにない。
 どうしようどうしよう、どうすればサンを助けられる? どうしよう、どう頑張っても届きそうにない、でもでもでも助けないと。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう何かなにか手はないの────募る焦りとは裏腹に何の打開策も思いつかない。
 ファイはやけに掌中に握る熱の存在を感じていた。それは幻剣【三鳥天司・陽炎】の呼びかけでもあったのだが、サンを追いかける事に無我夢中になっていた彼女がそれに気づく事はなかった。
 ファイの目線の先で金髪の少女はその短い髪を風で乱しながら堕ちていく。その間にサンの羽衣は完全に凍ってしまっていた。固まってしまった羽衣は飛ぶ力を失った挙句、サンの体に負荷をかけ落下速度は加速していく。その感覚はあの時──ルトーを失った時と同じだった。
 何度も死を目前としたからか、サンの心はいつになく平静だった。なんかもういいや。さすがにもう、疲れちゃった。今度こそちゃんと死ねるかな、そんな事を考えてしまう。
 上方からは目を見開き手を伸ばす赤い人型の影が物凄い速さで追ってきている。ファイのその姿がなんとなく、今は亡き相棒に似ていた。
 それがなんだかおかしくて、悲しくて、嬉しくて。彼女は涙を堪えて笑みを象る。


 ルトー、今から行くから、待ってて。


 そうして死を受け入れたサンは冷たい霰と風に包まれる中、静かに目を閉じた。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想