Episode 23 -Shadow of madness-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 えっこに続いてスカウトを受けたローゼン。彼は案内のメールに従って、チームのメンバーが待つ夕暮れ時のオリエンタルな館へと足を踏み入れる。果たして、ローゼンを待ち受けるメンバーと初めての依頼とは……?
 ある日の夕方、ローゼンはスカウトメールの表示されたComplusと共に、一軒の建物へとやって来た。

旧市街の一角にあるその建物は大きな池に囲まれており、池にはたわわに鮮やかなピンクのつぼみを付けた、巨大な蓮の葉が漂っている。
静かな水面に浮かぶ葉っぱとだけあって、ローゼンくらいの体格のポケモンなら、難なくその上で跳びはねたりも出来るだろう。

木でできた赤い橋を渡ると、その先には1階建ての、オリエンタルな装飾の屋根を被った平屋が見えてきた。軒先には精緻な骨組みに囲まれたエスニック調ランプがぶら下がっており、黄昏時の薄暗さに、黄色い温かみがぼんやりと浮かび上がっていた。


「さてとー、チームのみんなに顔合わせだね。」
ローゼンはにっこりと笑顔を見せると、平屋の裏口の引き戸を開けた。そのままスカウトメールに記載されている間取りの廊下を進み、半地下になっている階段の、チームのオフィス部屋のドアを叩いた。


「ああ、来てくれたんだね!! アンタが加入してくれると聞いて、アタイたちも嬉しいもんだよ!! さっ、中に入りな。」
「僕もルーチェちゃんたちのチームに入れて嬉しいな。これからもよろしくねー!!」

そう、ローゼンを勧誘したのは、他でもないルーチェたちのチームだったのだ。
オフィス内に入ると、ぼんやりと薄暗い部屋の天井から、短冊の付いた無数のバネのようなものが吊り下がり、その中に淡い光を放つ電球が入っている光景がローゼンの目を引いた。

光を放つバネ型風鈴のようにも見えるその照明具の下の座敷で、ハリマロンえっこの長女・メイとリオルのツォンがまったりとお茶を飲んでいた。










 「ああ、あなたでしたか。ニア先生のところへ行く道すがら以来でしたね。無事に試験に合格されてようで何よりですよ。」
「あー、あのときのおチビちゃんだね。そうだ、確か君もルーチェちゃんの仲間だったもんね。」

「私とツォンは『チーム・トリプルスター』のメンバーなの。ルーチェさんはそのリーダー。私はアージェントランク、ツォンはヴァートランク、ルーチェさんはセーブルランクよ。ランクは私が一番高いけど、ルーチェさんが年長で一番頼りになるからリーダー。よかったらお茶でもどう?」

ローゼンは勧められるままに、座敷に座ってお茶を注いでもらった。鉄製の茶瓶から注がれるお茶を口に近づけると、何か独特な香りがローゼンの鼻をくすぐった。


「見たことのないお茶だね……。紅茶でもグリーンティでもないような……。」
「それは鐵観音茶(ティエグァンインチャー)と呼ばれるものです。特別な気候でのみ育つ品種の茶葉を惜しげもなく使った一品でして、僕の故郷でよく栽培されているのです。」

ローゼンは濃い焦げ茶色の鐵観音茶を口へと運ぶ。淡い苦味と共に、早朝の森の奥で深呼吸したときのような、そんな木々の爽やかな香りが口と鼻全体に優しくふわっと広がった。


「うん、ユニークな香りだ。けどとても美味しいよ!! これ、どこで買えるの?」
「残念ながら、地上にある僕の生まれ故郷・ランジンの街でしか手に入らなくて……。アークでは見つからないのです。今日は新しい仲間が来るということで、特別に取っておいた分を使った次第で……。」

「そっかー、残念だー。そういえば、依頼とかはないのかな? ダイバーはポケモンたちの困りごとを解決するんだよね?」
「あー、その件で今から作戦会議すんのさ。早速で悪いけどお茶会は切り上げて、作戦タイムと洒落込もうか?」

ルーチェはそう告げると、ノートパソコンをデスクから持ち上げ、プロジェクタに繋いで画面を白塗りの漆喰壁へと投影し始めた。









 「んー……。ちょっとストップね。ホルンはメロディが少し先走り気味かな。約0.16秒前にズレてる。意識して直してね。それからフルートはトリルが少し雑かも。もう少しはっきりと2つの音が交互に聞こえてくるイメージで。」

全体合奏中、ニアが各パートのミスを指摘していく。機械の如く精密に物事を判定できる能力がニアにはあるらしく、リズムのズレは具体的数値まで付いてくる始末だ。
そんな中、バスドラム担当となったいるかは浮かない顔を見せている。


「えーと、それとバスドラムもだね。さっきと同じで、譜面通りに叩けてないかな……。全くの初心者だと難しいかもだけど、付点4分音符→8分音符→付点4分音符→8分音符のリズム、大丈夫?」
「えっと、確かその……一小節辺り4分音符が4個だから……8分音符はその半分で……。付点4分音符は半分だけプラスの…………あわわっ……。」

いるかは完全に混乱してしまったようだ。譜面や音楽記号、リズムに関する理論は慣れるまでは中々難しく、全くの音楽初心者にとっては大きな壁になることも多い。

そのとき、ローレルがいるかの方に身体を向けて話し始めた。


「いるかさん、理論で捉えるのは大切ですが、まずは譜面通りに叩けるよう、いっそのこと必要なリズムを丸暗記しておきましょう。」
「丸暗記……それってどういう……!?」

「今の部分なら、付点4分音符と8分音符なので、『ターンタターンタ』のリズムです。どちらがどちらの何倍かは置いておいて、曲調や速さに合わせ、今言った通りに叩けば問題ありません。理論面を理解するのはその後で大丈夫かと。」
「ターンタターンタですね……やってみます!!」

ローレルの説明を聞いて、いるかは今度こそ間違えるまいと気合いを入れ直してバチを構えた。
問題の部分に差し掛かり、いるかは覚えた通りのリズムをそのまま叩き続ける。すると、自分の叩いたリズムがパズルのピースの如く、メロディや裏打ち、裏メロディなどの各パートの出す音の層の隙間に溶け込んではまるのを感じた。


「おっけーおっけー!! 今の感じ、よかったよ!! そっか、いるか君はまだ理論的なところからは少し理解しにくかったんだね……。まずはローレルちゃんの言う通り、叩くべきリズムを覚えてでも身体に染み込ませるところから意識していこうか。色んなリズムが分かるようになったら、初めてのパターンでもきっと理解できるようになるから!!」
「はいっ!! ニア先生もローレルさんも、ありがとうございました!!」

いるかは問題を解決して嬉しそうに返答した。無事に今日の合奏は終了し、帰宅時間となった。いるかは帰り道でも例のリズムを一人繰り返している。


「熱心だなぁ……帰り道くらい、息抜きしてもいいと思うよ? 世の中の吹奏楽部と違って、うちはそんな根詰めた感じじゃないし……。」
「いや、一度覚えたことは二度と忘れたくないので……。僕、こうでもしないと忘れちゃうおっちょこちょいだから……。」

「まあ、あまり考え過ぎないでね。んじゃ、僕はこっちだから。ローレルといるかは旧市街だからここで下りるんだよね。また明日ね!!」

旧市街に近い地下鉄の駅で、ローレルといるかは下車して地上へと向かう。いるかは地上行きの階段をリズムよく上がっていくが、8分音符のところで足を滑らせて転んでしまった。


「へぶぁっ!? 痛いー!! 膝ぶつけちゃったよ!!」
「階段でリズム刻んで登るからですよ……。リズムの復習は明日にして、今日は真っ直ぐ帰ることとしましょう。地上出口の前にベンチがありますし、そこで傷の手当をしますね。」

「ごめんなさい、今日は色々迷惑かけちゃって……。ローレルさんがいなかったら、僕はどうなってたことやら……。」
「僕がお役に立てたなら何よりですよ。迷惑だなんてとんでもないです。さあ、立てますか? 取り敢えず、他の方の迷惑にならないように地上まで上がりましょう。」

ローレルはいるかの手を取って身体を起こしてやると、共に出口へと向かってゆっくり歩き出した。









 「さてと、作戦会議をおっ始めるよ!! 今回の依頼は、このスクリーンに映し出されている『タライ谷』に巣食った山賊共を撃退することさ。何でも近くの集落の住民が被害に遭ってるらしくてね……。陸の孤島の村だから、この谷を通らないと外に行けないのさ。」
「山賊かぁ、じゃあシグレの仲間だねー、シグレ連れて行って説得してみれば?」

「トリ目君じゃ無理だ、あんなの連れて行ったら、即殺し合い始めるよ……。」
「あはははー、言えてる言えてる!! ルーチェちゃん面白いー!!」

鬱陶しそうな表情を見せるツォンとメイをよそに、ローゼンは一人腹を抱えて笑い始めた。その姿はまるで、しょうもないネタで笑い転げ回る、小学校低学年くらいの男子児童のようだ。


「えと……続けるよ軍服君……。見て分かる通り、周りを切り立った崖で囲まれた楕円形の森があり、その直径は約3km。森の外周にある坂を上がって崖の上に登り、そこから今度は1km程坂を下ると集落がある。」
「森の外周に沿って川が流れているのですね……。集落や他の場所へ向かう道へは、川にかかった橋を渡る必要があるみたいです。」

「で、集落へ通じる橋の手前側、西に500mのところには中洲と監視小屋があるね。中洲はそこまでデカくはないみたいだ。」

ルーチェとツォンは、壁に映し出された地図をまじまじと見つめて地形を確認している。ローゼンは声こそ押し殺しているものの、相変わらず笑い転げているようだ。


「もう!! あなた真面目に聞きなさいよ!! 大切な作戦会議なんだから、ふざけるなんて言語道断よ!!!!」
「あー、ごめんごめん……だってシグレ……ふふふっ、面白くてさ……あははっ!!!!」

「注意した私がバカだったわ……。ルーチェさん、こんなの放っておいて作戦会議続けましょう。地形的特徴はそんなとこよね? さて、森に潜んでる山賊をどう攻めて行くか……。敵陣に赴くだけに、相手に分がある状況だし……。」

メイはローゼンのことは、最早見なかったことにするようだ。ルーチェたちは地図と地形を眺めながら色々なアイデアを出し合う。しかし、どれも森のあちこちに潜み、森をアジトにしている山賊を一網打尽にするには不十分なものばかりだった。
議論が煮詰まって3匹が頭を捻って悩む中、突然ローゼンが立ち上がって真顔でスクリーンの前に立った。


「何無駄な議論してんのさ? 簡単じゃないか、森ごと全部燃やしちゃえー!!」
「何を言ってるんですか、ダメに決まってるでしょうそんなの!!」

「だって木が邪魔で敵が見えないんでしょ? なら邪魔者は全部消さなきゃー。焼け野原にしたら、隠れる場所はないから潰し放題だよ。」
「もうーっ!!!! 本当にどうにかしてコイツ!!!!」

あまりに突拍子もないアイデアに、メイは遂にヒステリックに叫びながら持っていたペンを机に叩きつけた。しかしルーチェはローゼンの言葉を聞き、急に何やらノートパソコンを操作し始めた。


「燃やす、ねぇ……。いいこと考えたよ。これなら奴らをまとめてぶっ飛ばせそうだ。」
「ちょっ、ルーチェさんまで何言ってるの!? 森を燃やすなんてそんな……。」

「誰が森を燃やすなんて言ったのさ? もっと少ない範囲を、特定の位置だけを燃やすのさ。やることはそれだけだ。」

再び壁に映し出された地図を見て、一同が驚きの声を上げる。かくして、ローゼンの狂気極まりないアイデアから最善の策が生まれ、一同はルーチェの指揮の元、早速依頼に取り掛かった。


午後10時のタライ谷。例えその大きさを頭で理解していても、夜の森はさながらどこまでも続く深淵の樹海のようにも感じられる。掲げた松明の明かりが薄っすらと照らす視界だけに、自分の足が踏みしめる、ザクザクという落ち葉の音が木霊する。

気温は精々16~7度くらいだろうか? さほど寒くも暑くもない温度のはずだが、はるか遠方を覆う夜闇と木の葉を乱暴に揺らす谷間の風とが相まって、心の底までじんわりと冷やし、寂しさを感じさせるような力が夜の森にはあった。



「しかしとんでもないことを思いつくわね、あの新入りさん……。ルーチェさんの作戦だから従うけど、正直あんまり納得行かない。」
メイは大きな岩の近くにうず高く降り積もった落ち葉にその小さな身を隠すと、深くため息をついた。


「こちらツォンです。正確な位置までは分かりませんが、確かに多くの生命反応あり。森のあちこちに山賊が潜んでいるのですね……。」
「こちらメイ。あー、何で私が落ち葉にまみれなきゃならないのー……。とにかく、準備はOKよ。」

「こちらルーチェ。それじゃあ、ど派手にやるとしようかね?」

ルーチェの通信先から何か軽い金属音のようなものが一瞬聞こえた。刹那、凄まじい閃光と共に爆発音が聞こえ、夜中の森が真夏の昼のような光景に様変わりしたかと思うと、程なく静まり返った夜空の底へと沈んでいった。


「始まったかぁ、楽しみだね、あははっ!!」
ローゼンはどこかの木の上でその閃光と爆音を確認すると素早く身を翻し、黒く塗り潰された景色の中に溶け込んで姿をくらました。


(To be continued...)

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