Episode 15 -Path of storm-

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ダイバーを目指すシグレ、カムイ、ミハイルの三匹はダイバー連盟本部へと赴く。相変わらずのお茶トラップを仕掛けてくるカイネをかわしつつ、一同に与えられた実技試験の課題は、海の難所・『インディゴ海域』の灯台の電池を交換してくることだった。
 シグレたちのチーム結成から約一週間。シグレとカムイとミハイルは、ダイバー連盟の本部へと赴いていた。


「確かあのニアとかいうチビ曰く、ここに来ればいいって話だよな?」
「うん、確かこのビルの地下3階の応接間ですね。そこのエレベータに乗りましょう。」

ミハイルがごく自然な慣れた手付きでエレベータのボタンを押す。やがてエレベータが到着してカムイとミハイルが乗り込むが、シグレは目を丸くして驚いている。


「何だ、このやたらと狭い隠し場屋は……!? 窓もなければ他に扉もない。こんなとこに入って何をするつもりなんだよ……?」
「これはエレベータだよ、あんた見たことないの?」

「こんなもん幕府のある町にもねぇよ!! つかこんな角ばった鉄と透明な板張りの建物が軒を連ねてる光景でさえ、ようやく最近現実なんだと認識し始めたところだ。全く、訳が分からねぇよ……。」
「こりゃ重症だね……。まあ、乗れば分かるよ。危険な代物じゃない。こっちおいでよ。」

シグレは頭を抱えつつも、カムイの手招きする方へとゆらゆら進み、エレベータへ乗り込んだ。
そして、エレベータが地下3階に着いて扉が開くと、シグレはまたしてもただ一人目の前の光景に硬直している。


「なっ……さっきと違う場所に出ただと……!? ここは忍のからくり屋敷か何かか!?」
「そんなんじゃないよ、これはエレベータっていって、建物の別の階に運んでくれる乗り物なんだ。ほら、そこに数字がついてるでしょ? そこを押すと、その階に行けるんだよ。」

シグレはボタンをまじまじと見つめていたが、外へ出ていったカムイたちに気付き、急いでエレベータから降りようとする。
そのとき、扉が自動で閉まって脚を挟まれかけ、シグレは自動運転とはつゆ知らず、機械の扉相手に怒鳴りつけていた。










「あはは、賑やかだと思ったら、シグレじゃないか、何してるの?」
「んだぁてめぇ!? えっことローゼンかよ、お前らこそ何してやがる?」

「ダイバー試験の筆記試験を受けてきたところです。そんなには難しくなかったし、実技試験は高得点だったのできっと大丈夫。後は結果を待つだけですよ。ところでシグレさんは?」
「コイツらとダイバーを目指すことにしたんでな。俺たちも実技試験の説明を受けに来た。」

その言葉を聞き、えっことローゼンは揃って驚いた表情を見せる。


「あれだけ嫌がってたくせに!? 何それー、僕たちそんなに嫌われてるのー? むー……。」
「そういうガキくせぇとこが嫌なんだよ、その点このカムイとミハイルは、お前らより余程まともな脳みそしてるぜ、ケッ。」

「青蛙にモモンガ……、ケロマツとエモンガ!! あなたたち、まさか人間だっていうあの……!!!!」
「えっ、どうしてそれを!? 何故俺たちが人間だって知ってるんです!?」

えっこはカムイの目を覗き込んでさらなる驚きに目を見開いた。


「ごめん、パーソナルなことだろうけど、シグレから聞いたよ。実は私も人間だったんだ。私はカムイ。そこにいるツタージャのミハイルと共に、ポケモンたちが安心して暮らせる楽園を築こうとしてる。」
「僕はローゼン、そこの彼がえっこだよ、よろしく。それで、君は何で人間からポケモンに? 僕らと同じように、創世主ちゃんにやられちゃった?」

「分からない……。何も思い出せないの。ただ、今の私はこの世界でミハイルの夢を追うこと、それを望んでる。楽園を築くためには、ダイバーになってモノノケやお尋ね者たちを排除しなきゃならないんだ。」


そのとき、ミハイルがマフラーに着けた機械時計を覗き込んだ。時刻は午後3時27分だ。


「あわわ、いけない……!! もう時間だから行かないと……。ごめんなさい、またいつか会えると思うから、そのときゆっくりカムイと話してやって欲しいんだ。彼女も、きっと人間の仲間がいると安心できるから。」
「ええ、どうか実技試験頑張って!! ご武運を祈ってます!!」

えっこたちに別れを告げ、シグレたちは応接間へと足を踏み入れた。









 応接間へと入り、カイネと面会した一同は、カイネ恒例のお茶トラップへと誘われている。

「さっ、冷めない内にこの紅茶どうぞ。淹れたてだよー!!」
「フン、見ず知らずの奴に淹れられた茶など飲めるか。毒でも盛られていたらどうする。」

「私もパス。紅茶苦手なの、ごめんなさい。」

しかしミハイルはカップに注がれた紅茶をじっと見つめていたかと思うと、何と一気に飲み干してしまった。


「(あっ……やっちゃったかこの子……。こりゃ不合格だね。)」
「ぷはーっ、美味しい紅茶でしたよー!! 特にこの痺れ薬の隠し味なんか最高。バレバレですよ、試験官さん。」

ミハイルは笑顔のまま舌を出してみせた。その上には透明な錠剤が乗せられており、そのまま錠剤をカップに吐き出した。


「ちゃんと見抜いてたのね、ヒヤヒヤしたよ。」
「貴様、随分と汚い真似をしてくれるな。やろうってなら受けて立つぜ!!」

「わわっ、落ち着いてシグレさん!! これ試験の一環だから多分!! それにあの痺れ薬程度じゃボクにはどのみち効かないですし。」

やれやれと肩をすぼめるカムイ。一方のシグレは身を乗り出してカイネに迫るが、ミハイルが慌てて引き止める。


「ごめんね、ミハイル君の言う通りこれも試験なの、騙す真似して申し訳なかったね。」
「フン、ミハイルが無事で命拾いしたな、小狐が。コイツに何かあれば、貴様の両目を射抜いてたとこだぜ。ミハイルのナヨナヨした顔見てると暴れる気なくすんだよ、コイツが倒れたらマジで何するか分からねぇ。」

シグレは不満そうに席に座り直す。ミハイルはホッとすると同時に、荒々しい言い方ながらも自分のことを気にかけてくれているらしいシグレに対し、どこか嬉しさを覚えていた。


「さて、実技試験なんだけど、君たちにはこれからある地上のダンジョンに行って、そこで課題をこなしてきてもらおうかな。」
「だん……じょん?」

「えーと……ダイバーが活動する場所のことよ。野山だったり、洞窟だったり、遺跡だったり、色々あるわ。」
「今回向かってもらうのは『インディゴ海域』だよ。そこの奥地にある灯台の電池を交換してくるの。」

カイネはそう告げると、大きなバッテリーを取り出した。ティッシュ箱ほどの大きさの電池が横に3つ連なっており、それが4セットも渡された。


「インディゴ海域……。確か年中荒れた天気で波も高いために、昔から海の難所として知られているとか……。」
「そーそー、一年の内、330日は嵐に見舞われてるらしいね。波も高いし、岩場が続くから船がよく座礁したり沈没したりするの。それを防ぐため、灯台から強い明かりを出して船を誘導してやらなきゃいけないんだ。」

「で、その灯台にはどう行けばいい? カムイはまだしも、俺やミハイルはそんな時化の海を泳ぐなんざ無理な相談だぜ?」
「西側の岸壁から磯場を伝っていくと、洞窟があるの。その洞窟を奥に進むと大きな座礁船に出るから、その船の内部を進んで上の階へ。船の操舵室から灯台のある丘の方へ橋が掛けられてるから、そこを通るといいよ。」

カイネは一同に地図を見せた。海域自体はさほど広くないように思えるが、回り道が多く道も複雑で、その上岩礁や座礁船内部は足場の悪さも予測できる。見た目以上に険しい道のりとなりそうだ。


「因みにこれからの天気って…?」
「もちろんずーっと雨。風も強くて大荒れのお天気。絶好の実技試験日和だね!!」

「ケッ、コイツ…他人事だと思いやがって……。」

シグレはそう呟くと、足を組んで深々とソファーに腰掛けた。その後、一向はComplusを貸し出されて説明を受け、翌日から試験へと臨むこととなった。










 翌日、朝8時にアークから下界へと下りたシグレたちは、すぐに海域近くの寒村へと辿り着いた。

「何とも薄気味悪い村だぜ。空気がじっとりとまとわりつく感覚があるし、空が異様に暗い。すぐにでも雨が降り出しそうだ。」
「もう朝9時半なのに夕暮れ時みたいだものね。まあいいわ、必要物資は調達し終えたし、磯場へと向かいましょう。」

カムイはそう言うと、村の東側の門へと向かっていった。門番として鎮座しているひょうざんポケモンのクレベースに事情を伝えた。


「……ああ、そういうことならどーぞどーぞ………………。」
クレベースはゆっくりした動きでのそのそとその場から立ち退く。10秒ほどかけて2m脇に移動するクレベースの動きを、シグレは物珍しそうに眺めていた。


「中々にトロい奴だな……。もう結構な歳なのか?」
「………………。いやぁ、まだ30半ばですよぉ……?」

「クレベースはどっしり構えている代わりに素早さが低いポケモンだからね。それにしても、ここまで反応も遅いのは変わってるけど……。」
「…………。そうですかね? テキパキやってるつもりですが?」

クレベースはそう告げると、何やら懐から紙のようなものを取り出そうとしている。カムイたちはぼーっと見つめてその動作が終わるのを待っていた。


「何だこりゃ? 海賊に注意?」
「……座礁した船の宝を狙う賊がいるんです…………。無論、旅人を襲って金品を奪うかも…………………。注意してください……。」

「心配すんな、見かけたら返り討ちにしてその首に矢をぶっ刺してくれる。俺から金品を巻き上げようなんざ、いい度胸だぜ。」

シグレはそう言いながら、背中に背負った弓をクレベースに見せた。するとクレベースは3秒ほどかけてゆっくりと頷いた。
カムイたちはクレベースに別れを告げると、磯場の方へと歩みを進めた。


丘の上にある村から、磯場の方まではなだらかな道を3km余り進んでいく。海辺に近づくにつれ、風がビュウビュウと吹き荒れ始め、やがて小雨がパラパラと混じって落ちるようになった。

磯場へ辿り着く頃には暗い空からシトシトと雨が鈍く降り注ぎ、時折予測不能な方向に突風が吹き荒ぶ様相になっていた。
波は3~4mほどあるだろうか、遠目からでもその高さははっきりと伺え、真っ黒な海に白い泡の網目模様を作りながら、岩場に大きな音を立てて打ち付けていた。


「うわぁー……あんな海に落ちたら、水タイプの私でも無事じゃ済まないよ……。磯場は幸いにも高い岩の上を通るルートがあるみたいだけど、高波や突風に攫われて落ちないように気を付けないと。」
「おいミハイル、どうした? 何浮かない顔してやがる?」

「寒い……。身体が濡れて、風が吹く度に寒気が……。」

ミハイルは両腕で自分の身体を抱えながら震えていた。レインコートと防寒具を揃えてきたカムイと、三度笠に全身を覆う蓑を着込んだシグレ。一方でミハイルは普段のマフラーの上から、厚手のチェスターコートを着ているだけだった。


「もー、雨天なのにそんな格好したら寒いの当たり前でしょ!!」
「だってー……普段雨のときって大体コート着るかパーカーのフード被るかだしー!!」

「アホかお前は……。いいか、山で遭難して野垂れ死ぬ奴の大半は、雨や夜露にぐっしょり濡れてるもんだ。衣服が濡れると驚くほどに熱が奪われていく。風や夜の冷え込みで一気に体温を奪われて凍死しちまうのさ。その格好じゃ、風邪引くどころじゃ済まねえぞ……。」

シグレが呆れた顔をしながらミハイルにそう説明すると、ミハイルは大きなくしゃみをした。その顔は今にも泣き出しそうになっている。


「はぁ……。世話の焼ける奴だ……そいつを使え。倒れて足手まといになられても困る。」
「えっ……でもこれじゃあシグレさんが……!!」

「俺は山中で寒さにやられるのには慣れてる。もっとも、ここは海のど真ん中だから慣れない潮風ではあるがな。それでも雨と風なら同じことだ。」

シグレが貸してくれた蓑を羽織るミハイル。シグレは雨を避けるように三度笠を深々と被った。雨で濡れたコートはComplusにしまったが、マフラーの方は身に着けたままだ。


「それもしまえ。身体が濡れると意味がねぇだろうが。」
「うう……それは……。」

「そのマフラー、母親の形見なんだよ。朝起きてから寝るまで、まるで傍に母親が寄り添ってくれているかのように身に着けてる。絶対に外したくないらしいの。」
「ああ、例のアレか……。まあいい、それじゃあ勝手にしな。」

シグレはどこかバツの悪そうな表情のまま、ゆっくりと歩き出した。カムイとミハイルもその後に続き、荒波の打ち寄せる黒い磯場の崖道へと突き進んでいった。


(To be continued...)

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