第三章【三鳥天司】21

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 眩い雷光が真っ直ぐファイの頭上から降り注ぐ。それは並の人間では仰ぎ見る刹那すらない速さだった。その一瞬で彼女にできた事は自身の幻剣を避雷針の如く天に向けて掲げるだけ──しかし彼女にとってはそれで充分だった。
 白い閃光が収束した時、暖かな陽を浴びながら変わらず剣を掲げ佇むファイの姿にサンは目を見開いた。
「なっ……!?」
「えっ?……!」
 驚いたのはファイ本人も同じだった。しかし彼女はすぐに自身の剣が主を守る為に成して見せた現象に気づく。
 サンは小さく毒づきながら再度雷を落とそうと剣を掲げるが、それをファイの落ち着いた声が制した。
「無駄だよ、サン」
「うるせぇ! 今度は絶対当てる!」
「もう雷は落とさせない」
 ファイは凛とした声で言いきると、サンと同じように剣を空高く掲げた。すると彼女を中心にどんどんと暗雲が晴れていく。その雲間から神々しいまでの陽光が宙に浮いたままのファイに降り注ぐ。真紅の羽衣を靡かせる赤髪の天使のような姿にサンは思わず目を細めた。その眼差しは羨慕か、はたまた憎嫌か──それを受け流しファイは優しく語る。
「サン、知ってる? 雷はね、雨雲がないと発生しないんだよ」
「……馬鹿にしやがって」
 苛立ったサンが闇雲に剣を何度も振り下ろし空を切り裂くが、聞こえる雷鳴は全て遠い。雨雲を呼び寄せようにもファイの『にほんばれ』の力は凄まじく、村の周りを曇らせるのがやっとだ。
 小ぶりの片手剣とは言え右手だけで何度も上下に動かしていれば、さすがのサンも疲れが隠せなくなる。しかしあの処刑人を名乗る男に左手を踏み砕かれてしまった為、彼女は片手で頑張るしかなかった。息が切れようとも腕が震えようとも必死に空中で剣を振り回す親友の痛々しい姿にファイの胸は締め付けられ、発する声は今にも泣きそうになっていた。
「もう止めようよ! 私はサンと争いたくない!」
「はぁ……はぁ……うっせ……」
「これ以上サンに罪を重ねて欲しくない! サンを苦しませたくない!」
「うるせぇっつってんだよ! じゃあもういっそ殺してくれよ!!!」
 サンの悲痛なまでの叫びに、ファイの涙腺はとうとう崩壊してしまった。泣きじゃくり始めたファイに共鳴してか、サンも大声を上げて吠えるように泣き始めた。
 戦いの最中でありながら泣きだしてしまう無防備さは、羽衣を纏い天を舞う戦乙女でも天候を操る魔女でもなく、ただの10歳の少女そのものだった。嗚咽の中でファイはぽつりと呟く。
「うぅ……私たち……本当に、ひっく……もう戻れないの……?」
「うああぁ、戻れる訳ねぇだろばかやろぉ、あああぁ」
 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたサンは駄々をこねるように乱暴に答えた。あれほど憎悪に満ちていた金髪の少女は、自分でも理解しきれない感情に混乱し始めていた。
 ルトーの仇を討たないと、村の奴らをぶっ殺さないと、村を潰さないと、その為にはまずファイを殺さないと────そう強く望んだはずなのに、だからこそこの力を得たのに、今はどうすればいいか分からない。
 ここに来るまでにあのおぞましい処刑人をルトー以上にぐちゃぐちゃのばらばらにして惨たらしく殺してやった、村もほぼ壊滅させた、村人を何人も殺した、ファイの父親も母親も彼女の目の前で無慈悲に殺してみせた。
 そして自分と同じような力──否、それを凌駕する力をファイは手にした。正直もう勝てる術はないとサンは焦燥の念に駆られていた。
 けしかけたのは自分、もし勝てないのであればそれは死を意味する──はずなのに彼女は。
 あろう事かファイは、サンを許そうとしている。もう一度仲直りしようと言ってくる。親友をも手にかけてでも進むしかない修羅の道だと覚悟してここまで来たというのに。もうこの世界に生きる価値など見いだせないから、いっそ戻れなくてもいいと思っていたのに。それなのに。



 もうこれ以上、光なんて見せんなよ。
 縋りたくなるじゃんか。
 あたし、あんな酷い事したのに。
 あんたがそれを許しちゃったらさ。あたしも許さないと不公平だろ。
 それに本当は分かってたんだ。ファイは何も悪くないって事。
 なのに八つ当たりしたんだ。自分があまりにも酷く惨めな目にばかり合うから。
 あんたとは生まれが違うだけで後は一緒なのにって。
 あたし馬鹿だから。あんたは考えなしに衝動的に行動するのは良くないってよく叱ってくれたのに。
 こんなあたしだけど。それでも、もし、我儘が許されるなら。



「ファイ……」
 涙に濡れた顔を緊張で固め、軽い過呼吸を起こしながら黄色の羽衣を纏う少女は向かい合う赤髪の少女の名を呼んだ。ファイは滲む視界をはっきりさせようと、ごしごしと自身の顔を羽衣の袖で拭った。その紫色の瞳に映るサンは先程までの鬼気迫る様は消え失せ、憑き物が落ちてしまったようにどこか心許なく見えた。
 そんな彼女を少しでも安心させようとファイは優しく尋ねる。
「なぁに、サン」
「あたし……あたし、さ……すっげぇ我儘、なのは、分かってる、だけどさっ……」
「うん、大丈夫、ゆっくりで大丈夫だから」
 呼吸もままならなくなりそうなサンを落ち着かせようと、ファイは穏やかに声をかけながら、ゆっくり近づく。
 サンはゆっくりで、との言葉に従い一度大きく深呼吸をしてファイに真っ直ぐ向き合った。近づいてくる彼女に自ずと左手を伸ばす。ファイもそれに応えようと剣を持たない方の手を伸ばす。
 その手と手がもうすぐ触れようという所で、サンは固唾を呑んでから、震える声で、それでもちゃんと伝わるようにはっきりと言い切った。

「また三人で一緒に遊びたい……!」

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