#01 清音、パルデアへゆく

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「到着到着、っと。いやぁ、船旅はいくつになってもワクワクするものねえ」
「川村しゃん、元気ぼっこやね」
「そりゃあね。ウチの数多い取り柄の一つってワケよ。ま、ナッちゃんには敵わないけどね」

ガタガタと音を立てながらキャリーケースを引っ張る女性が二人、パルデア南港に到着した船から降りてくる。向かって右手が川村清音、左手にいるのが伊吹ナツ。歳は十ほど離れた二人だが、会話は軽妙でテンポが良い。さんさんと遠慮なしに照りつけてくる太陽の光を受けて、ナツは思わず額に手をかざす。一方の清音はと言うと、ふふん、と小さく笑ってポケットからサングラスを取り出した。

「川村しゃん、川村しゃん」
「ん? どったのナッちゃん」
「そんサングラスたいばってん、流石にちょー派手過ぎじゃなか?」
「えー? これいいじゃん、スター型のサングラスとかゴキゲンじゃない? なんかリゾートっぽくてさ。こういうのこそ旅の思い出になるもんだしね」

清音が掛けているサングラスは、ピンクの縁取りが入った星型というずいぶん浮かれた感じのモノだった。どうも船内で販売されていたものをその場のノリで買ったらしい。ウキウキで上げたり下げたりしている清音に、隣のナツはちょっぴり引き気味。非難めいた目をしているわけではないけれど、やっぱりちょっと派手すぎないか、という空気は伝わってくる。もちろん清音もそれは理解しているようで、サングラスを上げてナツの目を見つめる。

「ほら。せっかく来たわけだしさ、ちょっと旅行気分も味わっときたいと思ってね」
「まぁ、そん気持ちは分かるけんばってん」
「でしょ? ま、そんなことしてる場合じゃない、ってナッちゃんの気持ちはごもっとも。ウチも心から浮かれてるわけじゃないからさ」

腰に手を当てた清音が、眼前に広がる広大なパルデアの大地を視界いっぱいに捉えながらぽつりと呟く。

「今からずっと気を張ってちゃさ、身が持たないっしょ。締めるときは締める、緩めるときは緩める。これ、ウチのポリシーなのよ」
「そいもそーやね。っさせんでしたぁない、なしてもはよしなきゃっち気持ちになっちゃっち」
「……ええ。それはウチもまるっきり同じよ、変わらないわ。早く行動に移さなきゃ、ね」

さ、ウチの子たちにちょっと外の風を浴びさせてあげましょ。清音がそう言うとナツも頷いて、二人がそれぞれ腰につけていた二つのモンスターボールを放り投げる。一度にすべてのポケモンが飛び出して、清音とナツの前に姿を現した。清音のモンスターボールからはアーマーガアのティアットとラグラージのハイドロ、ナツのものからはレントラーのヘキリ、そして他所の地方とは異なる独自の進化を遂げた《ガラルのすがた》のヤドランであるククナ。以上の四体だ。

ティアットとヘキリは互いの親ともっとも付き合いの長い言わば相棒で、清音のハイドロはこの世を去った兄の形見として譲り受けたもの。そしてナツのククナは、一年ほど前に上司であるザオボーから譲り受けたタマゴを孵して生まれた《ガラルのすがた》のヤドンを育てあげたものだ。一般的なヤドランは尻尾にシェルダー……とされる巻貝状のフォルムを持つポケモンが噛み付いて進化を遂げたポケモンだが、ククナは尻尾ではなく左腕に噛み付いている。これによって毒を操る性質が発現し、原種とはまた異なる能力を得た進化形というわけだ。

「うし。こんだけ居れば誰か襲ってきても安心ね」
「そん時はうちが投げ飛ばすけんね。ずっと柔道やっちましゅから」
「おおっ、こりゃポケモンより心強いかも。頼りにしてるわよん」
「任しぇちゃんない。そーだ川村しゃん、あん子は外に出しゃなかと?」
「ちょっとね。昔からどうも、日差しが強いのは苦手みたいで」

苦笑いしつつ、清音が残ったモンスターボールを見つめる。他の紅白のものとは少し違う、風変わりな模様のものだ。ティアットとハイドロは外へ出したものの、そこに入っているポケモンを表に出そうとはしなかった。どうも言葉通り日差しが苦手なようで、ましてやパルデアのこの強い日光を直接浴びるのは良くないと考えたようだ。理由に納得したナツが頷くと、自分にじゃれついてくるヘキリの相手をしてやる。

「にしてもさ、この子ククナちゃんだっけ? ずいぶんイカしたフォルムしてるじゃない。なごみ系の顔つきは置いといて、早撃ちガンマンって感じだし」
「ザオボー支部長と一緒に育てたとたい。育て方んコツも教わったんやけんし、技もえらいいっぱい覚えしゃしぇてもろうて」
「あの人もいろいろマメねえ。支部長って言うから建物でふんぞり返ってるのかと思ったら、いつもあちこち走り回っててさ」
「ちゃく『参謀タイプん人』ばってん言われるのごたぁたい。そーしたばいら支部長の言うんたい、『ええ、ええ。本物の参謀というのは、常に方々を走り回って情報を集めるものですから』って」
「なーるほどね。確かに参謀だわ、モノホンのね」

そろそろ行きましょ、清音が言うとナツは力強く頷き、皆を先導して歩き始めた。

船着場から五分ほど歩いたところで、二人の視界に一台の車が入った。車体には「エーテル財団」のロゴが入っている。他でもないナツの所属する団体であり、傷付いたポケモンを保護する活動を世界的に展開している。それはここパルデアも例外ではない。ナツが大きく手を振ると運転手も気が付いたようで、二人に向かって車をゆっくりと寄せてくる。やがて完全に停車したところでドアが開き、中から男性職員が姿を見せた。

「よく来てくださいました。伊吹さん、それに川村さん」
「こいはエーテル財団パルデアブロック支部長、カンパニュラしゃん」
「初めまして、川村清音です。姪がいつもお世話になってます」
「いえいえとんでもない。こちらこそ、遠いところからお越しいただきありがとうございます」

カンパニュラと呼ばれた男性職員は丁寧に一礼すると、二人に車へ乗るよう促した。これから活動拠点であるエーテルハウスまで案内してくれるという。清音とナツはそれぞれのポケモンたちをボールへ戻すと、左右から車の後部座席へと乗りこんだ。カンパニュラはシートベルトを締め、速やかに車を発進させる。

窓の外をスルスルと流れてゆく色鮮やかな風景をぼんやりと見つめながら、清音は豊縁から遠く離れた異国の地であるここパルデアを訪れた経緯を振り返る。

(優美……あの子、いったいどこに行っちゃったのかしら)

それはとりもなおさず、自分の姪である優美について思い出すことへと繋がっていって。

 

清音には優美という姪っ子がいる。兄である優人とその妻である優菜の間に生まれた娘で、今年の初めに十一歳になったばかりだ。

ほんの九か月ほど前まで、清音は兄嫁の優菜と姪の優美、そして優美の兄にあたる甥の優真とひとつ屋根の下で暮らしていた。清音は亡くなった兄の遺児である優美と優真をとても可愛がり、兄嫁である優菜のことも「義姉さん」と呼んで慕っている。兄の嫁やその子供たちと暮らすという、あまり見かけない風変わりなカタチではあったものの、清音は彼らを紛れもなく家族だと思っていたし、三人もまったく同じだった。

川村家は元々豊縁の南端にある榁という孤島に位置する街に居を構えていて、清音と優菜たちはそれぞれの実家で暮らしつつ互いに家を行き来する間柄だった。しかし数年前、諸々の事情により全員が榁を出ることになり、現在は豊縁地方の敷衍にある一軒家で揃って暮らしている。これは表向き清音が「新居を探すのが大変だから」と優菜に頼み込んだ形だが、実態は体の弱い優菜が心配で自分がいつでも傍にいられるようにしたい、というのが大きかった。優菜もそれを十分理解し感謝していて、転居先では清音と共に暮らすことを選択した経緯がある。

以前からしょっちゅう兄嫁の家を訪れていただけあって、清音は優美や優真と大変仲が良かった。優菜が体調を崩すとすぐさま清音がすっ飛んできて家事の類をすべてこなし、子供たちの相手をしてやるというのが日常茶飯事だった。まあ、そうでなくても清音は気軽にホイホイ顔を出していたし、真面目で温和な優菜とは一味違う陽気で気さくな清音のことを、優美も優真も母と同じくらい好いていたのだけれども。

特に優美は兄の優真に輪をかけて清音に懐いており、優美が清音の家へ遊びに行くことも多々あった。清音は「優美は自分の慕っていた兄の娘だから」という事情ももちろんあったものの、それを抜きにしてもなお彼女のことを目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がっていた。優美はしばしば今は居ない父、清音にとっては兄にまつわる話を聞きたがり、清音もそれに喜んで応じていた。

兄嫁の優菜は普段市役所で働き、優真はプロの水泳選手として活躍中、清音はWebデザイン会社に籍を置いてエンジニアの仕事をしている。優美は今年の冬まで敷衍の小学校に通っていたのだが、新学期からはまったく新しい暮らしを始めていた。それは――。

(ウチの頃は奨学生と言えば新聞配達、って相場が決まってたものだけど……時代は変わったものね)

エーテル財団の支援を受けて奨学生となり、パルデア地方にある学校へと留学していたのだ。その名も「グレープアカデミー」。パルデアが誇る世界有数の教育機関で、様々な地域から生徒が編入していることでも知られている。校内には様々な学科が存在するが、もっとも力を入れているのはやはりポケモンに関わる分野だ。優美が川村家を出たのがちょうど九ヶ月前、以後一度も豊縁には戻っておらず、ずっとパルデアで暮らしている。何度かビデオ通話で家族とやり取りもしていたが、最近は久しく連絡を取り合っていない。

優美は幼い頃に見つけた瀕死のスバメを財団職員の手で保護・救助してもらったことで、ポケモンの保護を推進するエーテル財団とその仕事に強い憧れを抱いていた。後に財団側からも優美と家族に働きかけがあり、両者は良好な関係を築いていった。その際中心になったのが隣にいるナツと彼女の上司に当たる豊縁ブロック支部長ザオボーであり、元はと言えば兄の優真が珍しいポケモンを立派に育て上げて元の住処に帰したことで注目していたとのこと。

「ナッちゃんさ、優美のことなんだけど」
「はい」
「優美って昔からポケモン好きだったのよね。シズクの相手したげたり、家に居たデデンネと仲良くなってキープしたりして」
「そーやね。ただ好いとぉだけやなくて、知識や経験もちかっぱ豊富やった」
「そうそう、そうなのよ。ウチが知らないようなこともホントよく知ってるし、躊躇いなくポケモン触ったりするし。しかも触っちゃダメなとことかはちゃんと分かってるのよ。いっつもビックリさせられたもんだわ」

ポケモンに対する情熱と愛情という点で言えば、優美は優真に勝るとも劣らない――いや、彼を大きく上回るものがあった。彼女はとにかくポケモンに関わることすべてに興味を持ち、種族ごとの特徴や性質、能力に至るまでとても正確に理解していた。さらにただ座学の知識が豊富というだけに留まらず、実際にふれあって交流を深めることもしょっちゅうだった。優美はポケモンが大好きで、そしてそれに見合う知識と経験を誰に言われるでもなく自分から進んで身に付けていったわけだ。

幼くして知識経験ともに豊か、さらに将来の職業として財団職員を志望する優美をエーテル財団が奨学生に認定したのは、必然の成り行きだったと言えるだろう。家計に大きな負担を掛けることなく、なによりも興味のあるポケモンについて思う存分学ぶことができると知った優美が飛び上がらんばかりに喜んでいたのを、清音はまるで昨日のことのようによく覚えている。これは彼女と親しかったナツ、ひいては支部長であるザオボーの推薦によるものだ。優美に加えて各地域から数名ずつ奨学生が選出され、揃ってグレープアカデミーへ留学している。

優美たちを奨学生として認定したのは慈善事業の側面もあったが、もう一つ、エーテル財団という組織としての思惑もあった。グレープアカデミーが位置するパルデア地方へは財団の進出が大きく遅れており、現地に生息するポケモンたちの生態系がどうなっているのか不明、当然ながら正式な活動拠点もなし、というまったくの未開拓状態が長く続いていた。

エーテル代表のグラジオはこの状況を打開すべく、優美を初めとする奨学生たちに実地調査を行ってもらい、この地方におけるポケモンの生態を把握して保護活動のプランを策定すると共に、同地で大きな力を持つグレープアカデミーと良好な関係を築くことでパルデア進出の足がかりを作るという狙いがあった。もちろん、この組織の方針に関してもザオボー自身から清音を含む川村家の全員に対して詳細な事前説明がなされており、優美と家族はすべて織り込み済みで承諾している。決して彼女の与り知らぬところで進んでいる話ではない。

晴れてパルデアへの留学を決めた優美は、グレープアカデミーにて学業に打ち込むと共に、エーテル財団から与えられた課題も着実にこなしていた。定期的に現地のポケモンに関するレポートを作成して提出する、というものだ。そして優美の作成したレポートなのだが、これが非常に良くできていると財団内で高く評価されていた。彼女を推薦したザオボーも「できれば川村さんを今すぐにでも幹部候補として財団に迎え入れたいほどです」と、本人には申し訳ないがちょっと似合わない満面の笑顔で絶賛するほどだった。時折行う家族との通話でも活き活きと活動している様子が手に取るように伝わるようで、学校生活はまさに順風満帆……

……の、はずだった。

「カンパニュラさん。ひとつ訊いてもいいですか?」
「ええ。なんでも仰ってください」
「優美が財団にレポートを出さなかったのは……今回が初めて、なんですよね?」
「その通りです。いつも決まったタイミングで受領していて、期限を過ぎても提出されなかったのはこれが初めてなんです」

異変は唐突に起きた。留学から最近に至るまで毎回締め切りまでに十分な余裕を持ってレポートを出していた優美が、どういうわけか期限を過ぎても一切の連絡もなくレポートを提出しなかったのだ。体調不良やトラブルに巻き込まれた可能性を懸念した現地職員たちはすぐに優美とコンタクトを取ろうとしたが、誰ひとりとして優美と連絡が付かない。その状態が三日も続き、事態を重く見た責任者のカンパニュラが代表のグラジオ及び支部長のザオボーへ子細を報告、彼らと共に報告を受けたナツが川村家に連絡を入れ、清音がそれを受けた次第である。

実は清音も、優美からしばらく連絡がないこと自体は認識していた。最後に家族と連絡を取り合ったのは確かもう三ヶ月ほど前で、久しく優美本人から連絡を受けていない。ただ、現地で優美のメンターを担当している職員から「川村さんは問題なく活動している」との報告を定期的にもらっていて、清音も優菜も優真もそれを以て「特に心配する必要はないだろう」と考えていたのだ。せっかく素晴らしい環境で自分の好きなことに没頭しているというのに、遠方の家族からしきりにお節介を焼かれるのも煩わしいだろうと思ったのもあった。「便りの無いのは良い便り」というわけだ。

しかし現地職員すらも連絡が付かないとなると、さすがにそんな悠長なことを言っているわけにはいかない。ナツから連絡を受けた清音は優菜と優真に事情を話した上で、自分が優美の様子を直接見に行く、場合によっては捜してくると告げた。優菜は長旅に耐えられる体ではない上に市役所での仕事があり、優真もまた仕事柄おいそれと豊縁を離れるわけにはいかなかった。一方で清音はリモートワークで仕事を継続できること、かつ職場の了解も取り付けられた……というか直属の上司である社長から「仕事なんて後回しでいいから、すぐに大事な姪っ子を捜してこい」とまで言われたことに加えて、戦闘経験豊富なティアットとハイドロを連れていて自分の身も守れる、そして何より優美のことが心配でならない。まさしく適任だった。

優菜と優真への説明、職場との調整と各種申請、パルデア渡航に向けた手続き、エーテル財団との事前ミーティング。これらを二日ほどで片付け、清音は財団職員であるナツと共に豊縁を発つ。

清音が遠く離れた異国の地・パルデアを訪れた理由。それは突如として音信不通になった、姪である優美の安否をこの目で確かめるためだった。

 

カンパニュラの運転する車は程なくしてエーテルハウスまで到着し、駐車場に停めたところで二人に降りるよう促した。外へ出た清音がエーテルハウスを一瞥する。車内で聞いた話によると、優美が渡航してくる一ヶ月ほど前に建てられたばかりとのこと。運営が開始されてからまだ一年も経っておらず、外観には真新しさが色濃く残っていた。

三人を出迎えた別の職員に導かれて建物の中へ進入する。内装は外装に輪を掛けて綺麗で、すなわちまだ使われ始めて日が経っていないと言える。エーテル財団がパルデア地方で活動を展開していなかったというのは確かなようね、と清音はひとり納得した。

「お帰りなさいませ、カンパニュラ支部長」
「ただいま戻りました。そうだ、先日保護したフラエッテの具合はどうですか?」
「先ほど検査が終わって……あっ! ちょっとちょっと、フラちゃんってば」

前を歩くカンパニュラの元に、青い花を手にしたフラエッテがふわふわと近付いていく。彼の姿を見つけるや否や職員の手をサッとすり抜けて、カンパニュラにくっついて離れなくなってしまった。出かけた彼が帰ってくるのを待ちわびていたようだ、カンパニュラも頬をゆるめて、フラエッテの頭をそっとなでてやっている。近付いてきたのはフラエッテだけではない。ラルトスにマリル、そして――清音もナツも見たことのない、ピカチュウのような電気袋を頬に備えたポケモン。次々とカンパニュラにポケモンたちが集まっていく。

「ああ、よかった。すっかり元気ですね。彼女は後で私が遊び相手になりますから、少し待っていただけますか」
「承知しました」
「他の子たちにも後で行くと伝えてください。さあさあみんな、向こうの部屋で遊んでおいで」
「ずいぶんと懐かれてますね」
「私の雰囲気がポケモンに近いのかも知れませんね。川村さん、伊吹さん。こちらの部屋へ。どうぞお掛けになってください」

清音とナツは応接室へ誘導され、薦められるままソファへ深く腰掛けた。二人に相対する形で、カンパニュラが浅く座る。先ほどの財団職員がコーヒーを淹れて持ってくると、三人の前へそっと置いて部屋から立ち去る。閉ざされた応接室で、清音とナツ、そしてカンパニュラが向かい合った。

「まずは、現在の状況を改めてお伝えさせてください」
「お願いします」
「川村さんと連絡が付かなくなって、既に一週間が経過しています。保護体制を縮小する代わりに職員を割り当てて捜索を続けていますが、手がかりは見つかっていません」
「車の中でも伺いましたけれども、学校の方でも捜していただいているとかで……」
「はい。グレープアカデミーのクラベル校長にも本件について連絡を入れ、見つけ次第エーテルハウスへ知らせていただくようお願いしました。校長から指示を受けてアカデミー側でも人員を割いて捜していただいているとのことですが、今のところ川村さんに関する情報は得られていない状況です」
「優美ちゃんから最後に連絡があったんよんはいつやか?」
「メンターを担当していたロベリアによると、十日前にいつも通りキャンパス内にいるとの定期連絡があったとのことです。ただ……」
「ただ?」
「……実は、そのロベリアも三日前から音信不通になっているのです」

二人は思わず目を合わせた。優美だけではなく、エーテル財団で優美をサポートしていたロベリアという職員も同じく行方不明になっていると言われたのだから無理もない。カンパニュラは深刻な顔をして大きなため息をひとつ吐き、再びその顔を上げた。

「関係があるかどうかはまだ分かりませんが、先日……二週間ほど前でしょうか。このエーテルハウスで盗難事件が発生したんです」
「ええっ、いったい何が盗まれたんです?」
「少し機密に関わる部分ですので、ひとつずつ確認しながら話させてください」
「分かりました。続けてください」
「優美さんは奨学生になるにあたり、体制上財団の特別職員として臨時雇用される形を取っています」
「はい。それについてはザオボー支部長から伺っています」
「ありがとうございます。そして川村清音さん、貴女は優美さんの血縁者であることから財団の関係者に該当するため、ルール上レベル1のセキュリティクリアランスが割り当てられています」
「ええ、同じく聞いています。私の他に、甥と義姉……優美の兄と母親も同じだと」
「同じ話の繰り返しとなり恐縮です。川村さんが適切なセキュリティクリアランスを保持されていることが確認できましたので、お話しいたします」

目を伏せたカンパニュラが、絞り出すような声で呟く。

「――『ウルトラボール』です」
「それって……! あ、あの、財団が警戒してるっていう……」
「仰る通りです。複数の地方で出現が確認されている『ウルトラビースト』を捕獲するために製作した、専用のモンスターボールです」
「あれでしょうか。万が一、近隣にそのウルトラビーストとかいうのが出現した時に、すぐ捕まえられるように常備してる……とか」
「ええ。まさしくその通りです。ウルトラビーストはその多くが周囲の生態系を著しく破壊します。財団として最優先で対応しなければならない危険な存在です。これについてはセキュリティクリアランスを持つすべての職員と関係者に開示された情報です」
「ウルトラボールについてな、確か豊縁ん支部にも備え付けてるけん」
「伊吹さんの言葉通りです。現在すべての財団関係施設に最低で10個のウルトラボールが常備されています。それが複数紛失していることが分かりました」

エーテル財団は傷付いたポケモンたちを保護して野生に帰す活動を行っていると共に、ポケモンの生態系を許容可能な範囲を超えて大きく破壊する「外来種」を確保・収容することも重要な任務として位置付けている。その「外来種」の最たる例が、カンパニュラの述べた「ウルトラビースト」だった。

ウルトラビーストは「ウルトラスペース」と呼ばれる通常アクセス不可能な空間に生息し、まれにそこからこちらの世界へ入り込んでくることがあるという。いずれも通常のポケモンとは一線を画す異形と非常に危険な能力を持ち、種族にも拠るが攻撃的なものも少なくない。その脅威に対処すべくエーテル財団が開発したのが、対ウルトラビーストに特化した専用のモンスターボール「ウルトラボール」だ。エーテル財団の関連するすべての施設にはウルトラボールが常備され、緊急時に利用可能となっている。

カンパニュラの述べた「ウルトラボール」はモンスターボールをベースにしている故に、通常のポケモンに対しても投擲して使用すること自体はできる。だがあくまで特殊な性質を持つウルトラビーストの捕獲に特化しているために、そうでない一般的なポケモンの捕獲には適さない。端的に言えば、市販されているモンスターボールよりもはるかに容易に抜け出されてしまうわけだ。

一方でウルトラビーストはポケモンと類似する生態を持つために、特別な処理を施していないモンスターボールでも捕獲を試みること自体はできる。だが、こちらもウルトラビーストが持つ特有の波長が原因で、一般的に使用されているものではまず捕獲できないことが分かっている。そのウルトラボールが盗難に遭ったということは、本来財団職員以外が捕獲できないはずのウルトラビーストが第三者によって捕獲されてしまう虞があるということに他ならない。

「ウルトラボールの盗難、川村さんとロベリアの失踪……何者かが我々に向けて攻撃を仕掛けているのではないか。何の根拠もないのですが、ついそのようなことを考えてしまいます」
「立て続けにそんなことが起きたんじゃ、そう考えるのも仕方ないですよね」
「今はエーテルハウスの警備体制を強化して対応しています。しかし、川村さんとロベリアについては引き続き捜索を続けるしか方策が見当たりません」

苦悩するカンパニュラを見た清音は、ここへ来た時から――なんなら自宅を出る前からずっと考えていたことを切り出すことにした。

「カンパニュラさん。優美については私が捜しに行きます」
「川村さん自らが!?」
「ええ。むしろそのためにここまで来させてもらったようなものですし」
「しかし、パルデアには我々にとっても未知のポケモンたちが生息しています。危険ではないでしょうか?」
「心配には及びません。ほら、出ておいで」

清音がモンスターボールを床に落として、相棒であるティアットとハイドロを呼び出す。二人は一声啼いて清音に寄り添い、先ほどまでの話はすべて聞かせてもらった、とばかりにカンパニュラへ視線を向けた。意志の強さを見て取ったのだろう、カンパニュラが緊張を緩める。

「もし、優美がエーテルハウスまで戻ってきたら教えてください。私もすぐに戻りますから」
「……申し訳ございません。当然ながら我々も捜索は継続しますが、ご協力いただけるのであれば大変助かります」
「いえいえ。優美は義姉さんたちと……ウチにとっての『宝』ですから」

脳裏に浮かぶのは優美の姿。父を亡くしたばかりで事情が分からずきょとんとしていた時のこと、母が倒れて泣きながら清音に電話をかけてきた時のこと、清音に見守られて兄と二人で遊んでいた時のこと、清音が雄弁に語る兄――優美にとっては父の話を楽しそうに聞いていた時のこと、財団奨学生に選ばれたことを大喜びで報告してくれた時のこと。優美を誰よりも大切に思っているのは両親である自分の兄と義姉、二番目は甥の優真だろう、それは間違いない。だが叔母である自分も、彼らに続く三番目には優美を大事に想っているという自負がある。

川村家の皆にとって優美が「宝」だということ。それを疑う余地など、万に一つにもなかった。

「カンパニュラ支部長、うちも捜索に入るけん。特にロベリアしゃんはこん前まで連絡ば取り合っちおったし、優美ちゃんの消息についてなんか知っちおるかもしれん」
「伊吹さん……本当にお手数をおかけして申し訳ございません。ぜひともお願いいたします」
「ありがとね、ナッちゃん。そうしてもらえると、ウチとしてもすっごく助かるわ」
「優美ちゃんば奨学生に推薦したばいんはうちたい。こん件はうちに責任があるけん。やから……手伝わんわけにはいかんばい」
「こらこら、ナッちゃんが優美をどっか連れてったわけじゃないっしょ? 手伝ってくれるだけで大助かりなんだからさ。そんなに気負わないで、ね?」
「……ありがとうございます、清音しゃん。そいっちカンパニュラ支部長。もういっちょ連絡があるけん」
「ええ。お願いします」
「ザオボー支部長ともう一人職員が遅れてこいに来ましゅけん、迎えていただけなかやろうか。支部長は今、別ん職員……えっと、母んヒサコに引継ぎばしとるところやけん」
「それは……皆様にご迷惑をおかけして、なんとお詫びしたらよいのか。承知しました。支部長たちがお越しになられたら、すぐに状況を共有させていただきます」

こうして清音たちは、パルデアで忽然と消えた優美の足取りを追うことになったのだった。

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