17-1 憎しみのやり場と対話の余地

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



 ギラティナの遺跡が浮上するという衝撃的な出来事からしばらく。
 ごたごたしている内にブリムオンと一緒に戦っていたあたしは【オウマガ】の町に取り残されていた。
 黒い雲がヒンメルじゅうを覆って、ちょいちょい謎の怪人には携帯端末を乗っ取られ映像を見せられ、ざわざわする町の人やポケモンの考えている声がうるさく聞こえて……ああもう、うんざり。
 サク様もレインもどっか行っちゃうからどうすればいいのか分からないし、あのヘアバンドチビや暑苦しいカウボーイハットも退散していなくなったから戦う相手も別にいないし。
 かといって誰かと合流したいとも思えないし……一体、どうしろって言うの。

 とりあえずやることもないので、ギャロップに乗って町の様子を探る。
 町のやつらは、あの怪人のいいなりになってポケモンを捕まえに行っていて少なかった。
 <ダスク>で似たようなことをやっていたとはいえど、その光景は何だかとても嫌な感じがした。
 すれ違う人々はあたしのことを見て、道を開けるように避ける。
 今は怪人様で持ち切りだけど、あたしもヒンメルじゃ有名人な方だったから、そういう態度には……ムカつくけど慣れていた。
 結局居所が悪いから、また誰もいない大穴の空いた遺跡跡地にやってくる。
 曇り空を見上げてため息を吐く。日の光が遮断されているせいか心なしか涼しい。ギャロップの体温が温かく感じる。

 突然ギャロップがいななく。つられて警戒を強めて周囲を探る。
 すると背後に、映像で見たことのある白いアイツが立っていた。
 速攻でギャロップに『サイコカッター』を放たせるも、その刃は奴の足元にいたマネネが作った壁で届かない。
 盛大に舌打ちしていると、奴は「別に戦いに来たわけではない」と嘆息した。
 敵意は感じられない。けど嫌な直感が逃げろと通告している。でも……何故だか動けないあたしがいた。

「アンタは、復讐者のええとクロイなんとか……」
「クロイゼルング。クロイゼルでもいい」
「……どうでもいいけど、何の用?」

 どうせロクでもないこと考えているんでしょ。そう思って思考を覗き見ようとしたら、何故かうまく力が使えなかった。
 動揺しているところに入って来た言葉は、意外な言葉だった。

「君の力を借りたい。メイ」
「嫌。復讐なら手伝わない」

 反射的に即答を突き返すと「意外だ」とクロイゼルがぼやく。それからアイツはあたしの触れられたくない部分をずけずけと言いぬいて来た。

「自分の存在で<エレメンツ>から、ヒンメルから一族ごと存在を抹消され、その一族からも追放された君なら、復讐は望むところだと思ったが、見当違いだったか」
「…………見当違いだっつーの。あたしはね、サク様に忠誠を誓っているの。彼の力になって助けるために、そんな面倒くさい復讐なんてやっているヒマはないの!」
「忠誠、か……忠誠、ね……まったくもって滑稽だ」
「何が可笑しい?」

 聞き捨てならない言葉に、思わず食いついてしまう。
 それが罠だと気づいた時には遅かった。

「いや、忠誠を誓っている割にはあっさり死地に見送るものだなと」
「あたしには……止められない。できるのは、この力で手助けするくらい」
「死ぬ手助けを?」
「……あの人が望む未来への、よ」
「そうか……可哀そうに」
「可哀そう?」
「そのサクが、ユウヅキがアサヒと共に僕の前から逃げたから……君は置いて行かれたのだなと思ってね」

 一瞬の動揺を、付け込まれる。
 感情の中にできていたヒビは。ほつれは、どんどん広がっていく。

「別に、アサヒと一緒に居ることはサク様がずっと望んでいたことだし」
「ああそうだな」
「あたしは置いて行っても大丈夫って判断したのかもしれないし」
「そうかもしれない」
「だから! あたしが! 気にすることなんて……?!」

 気が付いたら、遠くの岩の一部が抉れていた。
 その次は地面。次々と穴が開いていく。
 そのすべてが自分の力が起こしていることを把握したときには、もう止められる状態じゃなかった。
 ギャロップも止めようとしてくれるけど、ブリムオンもボールから出て抑えようとしてくれるけど、止まらない。抑えられ、ない!

「何これ……ちょっと! ねえ待って! あたしに……あたしに何をした?!」
「なに、君の感情を暴発させてリミッターをちょっと解除しただけだ」
「?! っ~~!!!」
「そんなに抑えなくてもいい。君はその力で忌み嫌われてきた。それに耐えてきた。のけ者にされるのが怖いのなら――――逆に支配してしまえばいい」
「ちがっ、あたしは、そんなこと、望んでなんか――――!!」

 ショートしそうなほどに熱い頭を抱え、帽子でその呪いの言葉を聞かないように塞いでも、言葉はどんどん反すうしていく。

「その力があれば」

 その力があれば?

「サクだって思いのままじゃないのか」

 思いの、まま?

「ずっと一緒に居られるんじゃないか?」

 ずっと、一緒に、居られる??

 ……違う。
 違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうそんなことそんなものそんな願いあたしなんかが望んじゃいけない。
 いけない、のに……!
 やめろ。考えさせないで。やめろ、やめろ。
 やめて!!!!

「――――メイ。君の力を使わせてもらう」

 迫りくる“手”から逃げられない。

 イヤだ。誰か。ギャロップ、ブリムオン、レイン、サク様。
 誰でもいいから助けて。
 あたしを、止めて――――――――


 …………次に気が付いた時には、辺り一帯の穴が増えていて、恐る恐る周りを見渡す。
 すると、倒れて転がっているポケモンが二体いた。見覚えのあるその子たちは力なく倒れている。
 確認するまでもない。ギャロップと、ブリムオンだった。
 意識が飛んでいた時、何をしてしまっていたのかを、想像してしまう。
 心が折れていくごとに、あたしの頭の中に響く声が大きくなる。

(君はもう、力を制御できない)
 ――暴走。暴発、暴虐の限りを尽くす化け物。
(君を止められるのは、僕だけだ)
 ――他の者に止めてと願えば、その者が傷つくばかり。
(君の力は、僕が借り受ける。だから君は)

 頭を触られ、囁かれる。すると意識が暗闇に引きずり込まれていく。

「深く、深く……安心して眠りについて夢でも見るといい」

 記憶が途切れる前に最後に見たのは、冷徹な顔のクロイゼルだった。


「――――いつまでも逃げられると思うなよ、ユウヅキ。君にはまだブラウのツケを払ってもらう」


***************************


 ネゴシさんに拾われ、助けられたあたしとライカは、時間の許す限り休んでいた。
 ユウヅキさんのリーフィアを追いかけなければと思ってはいたけど、体が動かなかった。
 攫われて助けられて洞窟登って森歩いて地下道行ってライブやって防衛戦やって、へとへとだったのはある。むしろその状態でよく今まで動けていたなとすら思う。
 でも忙しさを忘れるひと時だからこそ、色々考えちゃうこともあった。

 壊されたアジト。画面越しのお父さんお母さん。追い詰められているアサヒお姉さんやユウヅキさん。ふたりを助けようとしているビドー。
 そしてクロイゼルへの憎しみと、怒り。
 今までの自分が抱いたことのないこの感情にあたしは戸惑っていた。
 唇を噛んで唸っていると、ノートパソコンとにらめっこしつつキーボードを叩いていたネゴシさんにいさめられる。

「何があったかは知らないけど、怒ってばかりだとせっかくのべっぴんさんが台無しよ、アプリコットちゃん。ライカちゃんも不安がっている」
「うう……ゴメン、ライカ……でも怒らずにはいられないよ……」
「落ち着きなさいな。感情に呑み込まれているとね、良いように使われてしまうわよ?」

 誰に、とは言わないネゴシさん。でもその言葉だけでもネゴシさんが色々経験していそうな感じはあった。さばさばしたように見えるネゴシさんだけど、結構あたしとライカに気を使っているようだった。
 現に「冷静さを保つ努力をしてくれるのなら……愚痴ぐらい付き合うわよん?」と、あたしの抱えている感情を聞いてくれようとする。ネゴシさんの手持ちのトリトドン、トートも首をこちらに向け、あたしたちが話すのをじっと待ってくれる。
 ちょっとだけ迷ったけど、遠慮なく甘えて気持ちの整理を手伝ってもらった。

「と言っても……どこから話したらいいのか、分からないけど……うーん」
「一個ずつ挙げてみたら?」
「うん……そうだね。まず、あたしは、その……とあるグループに所属していて」
「義賊団<シザークロス>よね」
「……知っているかー……」
「そりゃ、マイナーでもバンドのボーカルは結構憶えられているものよ。それに……リストの先頭に指名されていれば、意識しちゃうわ」
「そうだよね……それで、<シザークロス>のアジトが壊されたんだ」
「あらま……」
「今思うとあたし、アジトに直接手を下したポケモンには、あんまり怒ってはいないみたい。その子もなんか無理やりアイツに従わされている感じだったし」

 そう。ユウヅキさんのリーフィアに対して怒りは湧いてはいない。むしろ、早く解放してあげたいと思っている。イグサさんたちも追ってくれているとはいえ、こんなところでグズグズしている場合じゃない……。
 立ち上がろうとすると、一言「焦らないの」と言われ、渋々座り直す。
 すると、ネゴシさんは奇妙な質問をしてきた。

「アプリコットちゃん。怪人クロイゼルングのこと、やっぱり憎いわよね」

 憎いかどうか。その答えはもう出ている。けれどあたしは言葉を濁して、返事してしまう。

「クロイゼルには怒っている。たぶん憎い……んだと思う」
「うん。じゃあ、どうしたい?」
「……とっちめたい」
「それはー、どんな風に? 思い切り殴ってボコボコにしたい?」
「…………ちょっと、違う、かも」

 自分の口から出た「違う」という言葉に、驚きを隠せない。とっちめたい気持ちは確かにあるんだけど……あたしが、もしくはライカが暴力をふるっている姿はあまり想像したくなかった。

「でもアイツをとっちめて欲しい気持ちはあって、けど自分たちでは手を汚したくない……いやだな……卑怯だ、あたし」
「そう? わりとそういう想いを持っている人は多いんじゃない?」
「それでも! ……それでも多いからって、なすりつけみたいなのは、あたしは嫌だ」
「正義感かどうかは分からないけど、損な性格ね。わたくしは嫌いじゃないけど」
「……ネゴシさんは、どうなの? クロイゼルのこと」

 だいぶ肩をもっているみたいだけど……どう思っているのだろう。そういう意図も含めて尋ねてみると、ネゴシさんは慎重に言葉を紡ぐ。

「厄介だとは思っている。でも話が通じない相手ではないとも、思っているわ」
「話? 話し合うってこと?」
「そうよ。解りあえなくってもまず話してみなきゃ、相手のこと分からないでしょう?」

 あたしには浮かばなかった発想を気づかされると同時に、もしかすると自分自身がだいぶ危うい感じになっていたのかもとも思う。
 実際話してみたと言えば、以前は目の敵にしていたビドーのこと、知っていくにつれだんだんその人となりが少しは分かったような気持ちになっている。勘違いかもしれないけど、昔のような目線で今の彼を見ていないのは、確かだった。
 でもそれが、クロイゼルにも通じることなのか、正直今のあたしでは、分からない。

「会話が通じれば、内容次第じゃ交渉の余地があると思いたいし……ね。そのために情報が欲しいのよ、わたくしは」
「ネゴシさん……なんていうか、その」
「変わっているわよね」
「ううん、なんだろう。上手く言えないけど、そういう考え方できるの、何だかすごいっていうか……何だろう、どう言えばいいんだろう」
「ええっと……無理に言わなくてもいいわよ? でもありがとう」

 ちょっと照れているのか、そっぽを向くネゴシさん。
 どうすればそんな考え方できるのだろう。そう思ってあたしも色々考えてみようとするけど、唸る結果に終わる。ライカも一緒に唸ってくれた。

「ううーあたしには、ネゴシさんみたく考えるのはまだ難しそう。まだ頭の中ぐちゃぐちゃだ」
「わたくしが冷たいだけよ。自分の大事な者人質に取られて、その上住処壊されてすぐに相手がどうしてこんなことしたのかなんて、考えられる方がお姉さんちょっと恐ろしいわ」
「そうなんだ……あ、情報いるんだよね、ちょっとだけなら聞いたから手伝えるかも」
「……詳しくお願いするわ」

 アサヒお姉さんやユウヅキさんから聞いたクロイゼルの話を、覚えている限りネゴシさんに伝える。
 正直、こうして何かしている方が、気が紛れていた。
 でも、どこかでこの憎しみとは向き合わなければいけない。そんな予感もしている。
 それがいつになるかは分からないけど、今はただ情報共有に没頭していた。


***************************


「…………なるほど、情報ありがとうアプリコットちゃん。助かるわ。っと、そろそろ協力者の子が帰ってくるころね」
「協力者?」
「まあざっくり言って、情報共有している相手ね。アプリコットちゃんを止めたのも彼よ」
「ああー……お礼、言わないとね……」
「別にいいんじゃない。あの子も貴方を結構雑に止めているし。じゃ、ちょっと外に出てくるわね」
「う、うん……」

 ネゴシさんはトートを連れて外に出る。残されたあたしとライカは自分の携帯端末を確認した。
 ……メッセージも留守電もめちゃめちゃ入っていた。ネゴシさんたちの前でもいいからもう少し早く確認すべきだったかも……。
 というかやっぱり、連絡するにもここがどこなのか確認する必要がある。
 別に中で待っていてとは言われていないし、お礼も言わなきゃいけないから、いいよね?
 なんとなく恐る恐る、テントの入り口の布をちょっと開けて、あたしは外の様子を覗き見た。


 ――――なんとなく匂っていた土、っていうか泥の匂いが一気に鼻につく。
 隙間から見る景色は、沼地が広がっていた。

(ヒンメル地方で沼地って言うと……【クロハエの沼】かな?)

 アジトのあった【アンヤの森】から東に行ったところだった気がする。
 念のため端末で地図を確認する。どうやらあっているみたいだった。

 森からはそこまで遠くはないけど、ジュウモンジ親分たちも移動しているかもしれない。
 とにもかくにも連絡を……と思ってメッセージ機能を起動しようとしたとき。
 すぐ隣の垂れ幕がばっと上げられる。

「…………」

 思考も身体もフリーズした。
 やましいことはしていないし危険はたぶんないとは思っていたけど、いきなりのことでとても驚いていた。
 何故か内側のライカの方に助けを求めて向いてしまう。するとライカはきょとんとしていた。

「ちょっと! 女の子が中に居るのに声掛けもせずに開けないのっ!」
「……すまない」

 遠くから叱るネゴシさんの声と、背後から男の人の反省している声が聞こえる。
 聞き覚えのあるよう声とライカの警戒の無さを信じて振り返ると、そこには。

「ドンカラスの『ふいうち』で荒っぽく止めてしまったが……ケガはなかっただろうか。アプリコット」
「え、ハジメお兄さん?!」

 金髪のソフトリーゼントに丸グラサンの、忘れようもない印象のハジメお兄さんがそこに居た。


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