【第040話】俯くか、見上げるか / ケシキ、イサナ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「(マズいマズいッ……あの瞬間移動の対策を考えねぇと、ハメられる……!!)」
鈍足な筈のカヌチャンの欠点を補う技『はいよるいちげき』。
これは視野の確保が難しいパピモッチにとっては、かなり手痛い戦術である。
加えてそこから飛んでくるはがね技の『メタルクロー』は脅威以外の何物でもない。
喰らい続ければ敗北は必至である。

 そうしてチハヤが悩んでいる間にも、カヌチャンの攻撃は容赦なくパピモッチを襲う。
「ぬららッ!!」
「わむっ……!」
何度も何度も、カヌチャンは背後に飛び込んでハンマーの一撃を与えてくる。
パピモッチとチハヤの反応も、残念ながら間に合っていない。
そして再三、次の『はいよるいちげき』が繰り出された。
「クソッ……パピモッチ、『ほえる』だッ!!」
「わむーーーーーーッ!!」
チハヤの指示の直後……パピモッチは大声で叫ぶ。
「ぬららッ……!」
するとパピモッチの間合いに入り込んだはずのカヌチャンは、真後ろの方向にふっ飛ばされる。

「『ほえる』……か。自分の付近から、相手を強制退出させる技だねぇ。近接攻撃を仕掛けてくるカヌチャンには効果覿面だ。」
ニーノの言う通り、これは相手との距離を無理やり開くための技。
不意打ちのその場しのぎとしては、非常に有効な手段だ。
「そこだッ、『どろかけ』ッ!!」
「わむむッ!!」
更に距離の離れたカヌチャンに向かって、パピモッチは後ろ脚で地面を蹴り上げる。
すると多量の泥が地面から舞い上がり、カヌチャンの視界を大きく遮ったのだ。

「ぬららッ……」
カヌチャンは泥を回避しつつ、困惑した様子で辺りを走り回る。
パピモッチへの攻撃の隙を伺っている……が、そのチャンスが訪れないのだ。
ケシキ側もそれをわかっているのか、先程から一転して攻めあぐねているようである。
「(チッ……『はいよるいちげき』の瞬間移動は、視界の範疇まで……『どろかけ』で視界を奪われたら、マトモに攻められんッ!)」
決してチハヤ側も狙ったわけではない……が、結果的に大きくカヌチャンの自由を奪うことになっていた。
この状況を維持していけば、あの『はいよるいちげき』からのタコ殴りコンボを受けることはない。
が、しかし……

「……でも、チハヤの状況が良くなったわけじゃない。『どろかけ』を繰り返した所で、パピモッチが攻めに行かなきゃ勝利はありえない。」
テイルの言う通り。
あくまでこの『どろかけ』による目眩ましは、応急処置に過ぎない。
パピモッチが攻撃を仕掛けなければ、勝てないことには変わりないのである。

 そしてこの応酬が長続きするに連れて……ケシキ側もだんだんと気づいてくる。
「(アイツ……『どろかけ』以外の手段に出てこないな。さては……)」
「(やべぇぞ……パピモッチは距離を取る技はあるけど……)」

「「(……遠距離技がないッ!!)」」

 そう、それこそがチハヤ側の最大の不備である。
本来であれば『ほえる』で距離を取り、『どろかけ』で視界を奪い、影から遠距離系の攻撃で攻める……という3ステップを踏めば綺麗にハメが成立する。
が、現在のパピモッチの技構成は上記2つに加えて『じゃれつく』と『ほのおのキバ』のみ……つまるところ近接技しか無い。
これでカヌチャンに勝つためには、再度自ら近接戦へと戻らなくてはいけないのである。

 そしてこの膠着状態の中で……チハヤは僅かな隙を見出す。
「ッ……そこだッ!パピモッチ、『ほのおのキバ』ッ!!」
「わむむーーッ!!」
カヌチャンが僅かにパピモッチとの間合いを詰めた瞬間、チハヤは攻勢に出る。
刺し違え覚悟で相手の喉元に噛みついてやろう……という算段だ。
その予測は見事的中し、カヌチャンの右腕に『ほのおのキバ』を食らわせることに成功した。

「ぬららッ……!」
「カヌチャンッ……!!」
「よし、相手ははがねタイプ……ほのおには弱いッ!!パピモッチ、絶対離すんじゃねぇぞッ!!」
「あむむむ………!!」
カヌチャンは何度もパピモッチを振りほどこうとするが、相手は噛みつき攻撃のエキスパート。
そう簡単に離してくれるわけがない。
上空に持ち上げられようが地面に叩きつけられようが、決して顎を外さないのだ。
そうこうしているうちに、カヌチャンの身体には継続的なダメージが入っていく。

「チッ……おい落ち着けカヌチャンッ!!左手のハンマーを使うんだ!!」
「ぬ……ららッ!!」
ケシキの一声で、カヌチャンは一気に正気に引き戻される。
急なダメージに焦っていたのだろうか……彼女は自らの持っている最大の武器に気づいていなかったのだ。
「ぬらららッ!!」
カヌチャンはすぐに『メタルクロー』にて、パピモッチの側頭部を殴りつける。
「わむッ……!?」
効果は抜群……流石のパピモッチでも、これには耐えかねたのだろう。
『ほのおのキバ』の攻撃がパタリと止まり、顎を離してしまった。

「あっ、ヤベ!バックしろッ!!」
「わ、むむっ……!!」
続けざまの攻撃が来る前に……と、チハヤはすぐに撤退の指示を出す。
パピモッチもそれに合わせてバックジャンプを決め、カヌチャンから大きく距離を取る。
が、しかし……その姿はしっかりと、カヌチャンの視界に捉えられてしまった。
視界に捉えられるということはつまり……『あの技』の準備が整ったということだ。

「トドメを刺すぞ……『はいよるいちげき』&『メタルクロー』ッ!!」
「ぬららーーーーーッ!!」
カヌチャンは着地間際の無防備なパピモッチを目掛け……間合いへの瞬間移動。
そして『メタルクロー』の一撃を放つ。

「ほっ……『ほのおのキバ』ッ!!」
窮地に追いやられてヤケクソになったチハヤは、咄嗟に技名を叫ぶ。
最早具体的な指示をしている余裕もない。
「わ……むむっ!?」
が、しかしパピモッチもなんとか足掻いて『ほのおのキバ』を再装填した。
その牙は……なんと奇跡的にカヌチャンのハンマーを捕らえることに成功したのである。

「ぬららッ……!?」
「なっ……!?」
完全にケシキの勝利だと思われていた盤面が覆ったことで、周囲の人物らは息を呑む。
それもそのはず……パピモッチの周囲に瞬間移動したはずなのに、その転移先の座標に正確な攻撃が入ったのだから……。
全くのマグレと言って差し支えない。
「(チッ……無駄に足掻きやがるッ……!)」

 パピモッチとカヌチャンは再度、互いの武器で鍔迫り合いをする膠着状態に突入した。
が、しかし……
「いやぁ……これは無理だねぇ。カヌチャンの『ハンマー』は本体じゃないけど、パピモッチの口腔は本体そのもの。拮抗しているように見えるけど、パピモッチ側にダメージが入ってるだけなんだよねぇ。」
ニーノの言う通り。
カヌチャンの持っているハンマーはあくまで外付けの武器であり、此処を攻撃したとてカヌチャン自身は痛くも痒くもない。
一方でパピモッチ側には常に『メタルクロー』のダメージが入り続ける。
この盤面はカヌチャン側に一方的に優勢……状況は全く好転していないのだ。

「終わりだッ……押し切れぇーーーーーーッ!!」
「ぬららーーーーッ!!」
遂にパピモッチ側が弱ってきたところを見計らい……カヌチャンは攻撃の手を更に苛烈にさせていく。
が、しかし……


 ポキッ……


と。力のない音がする。
「……は?」
一瞬……ケシキは何が起こったか分からなかった。
が、遅れて気づく……

 カヌチャンのハンマーが折れてしまった事に。

「ぬらッ……!?」
「う、嘘だろ……まさか……!!」
そう……そのまさかだ。
パピモッチはずっと、『ほのおのキバ』でカヌチャンのハンマーにダメージを与えていた。
このハンマーは金属製……高熱を与え続ければ、いずれは老朽化して砕けてしまう。
この膠着状態が想定以上に長く続いたせいで、カヌチャンは最大の武器を失ってしまったのである。

「ぬらら……!!」
慌てるカヌチャン……無理もない。
この一瞬で、完全に丸腰になってしまったのだから。
武器に依る攻撃がメインの彼女にとって、このダメージは致命傷である。

 そして、形勢は一気に逆転する。
「っし、そこだ攻めろッ!!『じゃれつく』攻撃ッ!!」
「わむむーーーーーーーッ!!」
相手のカヌチャンに向かって、パピモッチは全身タックルを仕掛ける。
そのまま相手に馬乗りになると、もみくちゃにしながら大ダメージを与えたのだ。
その様子はまさに蹂躙……先とは打って変わって、パピモッチの完全な優勢であった。

「ぬ……ら………」
やがて体力の尽きたカヌチャンはその場に伏せて動かなくなる。
誰がどう見ても戦闘不能……この勝負はチハヤの勝利で決着したのであった。


「ッ…………!!」
自らの敗北を、理解できないケシキ。
しかしその事実を、彼自身は認めざるを得なかった。
カヌチャンをボールに戻すと、そのまま彼は牛舎の方へと帰っていく。
足早に……追いつかれないように。
「ちょっ……何処行くんだよ……!!」
チハヤも後からそれを追い、牛舎の中へと戻った。


 ……すると、そこには。
ケンタロスの眼の前で地面に伏し、土下座の体制になったケシキがいた。
肩が大きく震えており、顔も耳まで赤くなっている。
「(え……)」
彼らしからぬその姿に、チハヤは思わず息を呑む。

「……すみ……ません………でしたッ!」
張り詰めた声で、彼は謝罪する。
「(あ、アイツ……あんなすんなりと……。)」

 余程不本意なのであろうことがひしひしと伝わってくる。
が……しかし。
勝負に負けたのは彼自身が何より受け入れていたため、約束をこうして遂行していたのである。
彼にとってはこうして無様な姿を晒すより……取り決めを反故にすることの方が許せないのだろう。


 わなわなと震えるケシキの姿を、横たわったケンタロスは薄目で見つめるばかりであった。
「………フンッ。」
彼もどうやら、何があったかは薄々分かっていたようである。
特に怒り狂うでも見下すでもなく、鼻息で短く返事をするのみであった。

「……さぁ、もういいだろう。ケンタロスも許してくれるみたいだし、これで仲な……」
そう言いつつ、ケシキの肩に触れようとしたニーノ。
が、その前に……
「……ッ!!!」
ケシキはバッと立ち上がると、そのまま逃げるようにして牛舎を出ていってしまったのだった。
「みゃみゃお!」
そしてその後を追うようにして、ニャオハもニーノの肩から窓を伝って建物を後にした。

「あ、アイツ……。」
チハヤはそれを呼び止めることはしなかった。
ただ、その一連の様子にはずっと驚くばかりであった。
「……なにか言いたそうだね、チハヤ。」
「あぁ。なんつーか……」
彼は頭を掻きむしりながら、自分の脳内を整理する。
そしてポツポツと、言葉を紡ぎ始めた。

「確かに、ケンタロスの事を言われた時には頭に来たよ。死んで良い命なんかあるわけねぇし、そこは俺も間違っちゃいねぇと思ってる。でも……」
「……でも?」
「……生きることは、それはそれで苦しいのかもなって思う。特に不器用そうなアイツを見てると、そんな気がするんだ。」
「………。」
「俺も、アイツに謝んねぇと……かもな。」
一戦を交え、ケシキの人となりが……チハヤには少しだけ鮮明に映ったようだ。
彼がその譲れないプライドと、どうしようもない足枷の重みで苦しんでいることに。

「(ふーん……やっぱり、戦わないと分からないことはあるもんだねぇ。)」
チハヤのそんな言葉を聞いて、ニーノはこっそりと笑みを浮かべていた。
彼の思惑通り……チハヤもまた、ケシキを頭ごなしに否定する人間から、少しだけ成長できたのかもしれない。



 ーーーーー時を同じくして。
「みゃお。」
「……何だ、俺のことを馬鹿にしに来たのか。」
ケシキの後を付けてきたニャオハが、彼の肩にぴょんと跳び乗る。
その表情は、少しだけ険し目である。

「みゃ……みゃみゃ。」
「あぁクソッ!何が言いた……ゴホゴホゴホッ!!」
ニャオハに反論しつつ……ケシキの口からは怒涛の勢いで咳が溢れ出る。
急に走り出した影響で、呼吸器に負担がかかったのだ。
苦しさでその場に座り込んだケシキは、すぐにニャオハを取り上げて口元に押し付ける。

「ふーーー、はーーーーーッ………」
「みゃ!」
呼吸の落ち着いてきたケシキに、ニャオハはぺしりと軽くビンタをする。
無茶をするな……という意味合いの竹箆だろう。
「……悪い。少し取り乱していた。」
「みゃお。」
そうして彼はニャオハに促されるまま、近くにあった広場に足を運ぶ。
ここは小さな池を囲むようにしていくつかのベンチが立ち並ぶ、休憩用のスペースだ。
寮のあるエリアに近いため日中は多くの学生で賑わうが、今は人が居ないようだ。

 その一角に座って寝そべり……ケシキは一呼吸。
夕空に流れる雲を見上げながら、彼は吐き出すように独り言をはじめる。


「……あぁ、分かってるよ。言って良いことと悪いことがあることぐらい。命を軽んじる発言なんて、何があっても駄目だ。」
「みゃお。」
小さくニャオハは頷く。
彼もそれを分かっていたからこそ、ケシキの戦いには加担しなかったのだろう。
「でも……やっぱり俺は分からなくなった。俺自身に、何の価値があるのか……」
「みゃ……。」
「……畜生ッ!あと少しで俺の勝ちだった……なのに油断したッ!!ガケガ二、キリンリキ、カヌチャン……俺のミスで、みんなの頑張りを、全部台無しにしたんだッ!!」
先の試合を猛省し、唇を噛む。
実際、彼はあと一歩のところまでは来ていた。
が、一手のミスで全てが崩れ去ったのだ。
その事が悔しくて、たまらなかったのだろう。
「クソ……クソッ……俺のせいだ……俺がトレーナーだから、アイツらは負けたんだ!」
悔しさと不甲斐なさに打ちひしがれるケシキ。
「みゃお……。」
そんな彼の背中を、ニャオハは優しく擦ることしか出来なかった。

 ちょうどその時。
「おー、荒れてるなぁ少年。何かあったのかい?」
と、明るい声が響く。
同時にケシキの視界にヌッと、見覚えのある顔が現れたのであった。
「………!?うわッ!?」
思わぬ人物の登場に、彼は思わず尻もちをついてしまう。

 そこに居たのはジャージ姿に赤銅色のリボンを付けた高身長の女装学生。
「あ、アンタは……えっと確か……!?」
「イ・サ・ナ!まぁ、まだ1ヶ月だし覚えてないのも無理ないか。」
そう、彼の名前はイサナ・トルドー……戴冠者クラウナーズの第4席にいた人物である。

戴冠者クラウナーズが……俺に何の用ですか。」
「夕方のランニングで通りかかったら、如何にもな感じの子が居たからね。休憩がてら立ち寄ったのさ。」
「……。」
「どれどれ、何か悩みがあるなら僕に聞かせたまえよ。」
ぐいぐいと距離を詰めてくるイサナ。
そんな彼に根負けしたのか、はたまた誰かに胸の内を聞いてほしかったのか。
ケシキは先程までの出来事を掻い摘んで、イサナに説明することにした。


「………はぁ、なるほどねぇ。チハヤがそんな事を。」
膝の上にてニャオハを転がしつつ、イサナは相槌を打つ。
「……俺はアイツに負けました。トレーナー歴1ヶ月の奴に……です。」
「うんうん、それで?」
「でも俺のポケモンは、間違いなく一流だ。俺の指示をよく聞き分け、フィジカル面でも申し分ない。……そう、チハヤなんかに負ける要素はないんだ。でも、負けた。」
俯きつつ、ケシキはぽつぽつと言葉を紡ぐ。

「じゃあ、それは何故だと思う?」
「……俺が力不足だからですよ。あそこでカヌチャンに突っ込ませたのが、全ての敗因だ。『ほのおのキバ』をハンマーに受けた時点で、俺は退かせてやるべきだった。」
事実を振り返り、反省するケシキ。
しかしそんな彼に対してのイサナの返答は、渋いものであった。
「うーん……それは結果論じゃない?『あそこでグーを出していれば、チョキを出したアイツに勝てたのに!』的な。」
「でも、それが直接の原因じゃないか……!」
「いやいや、もっと根本的なとこだと思うけどな、僕は。」
「根本的な……所?」
顔を上げ、首を傾げるケシキ。
聞きの姿勢に移行した彼を見て、イサナは続ける。

「そもそもの前提が間違ってるよ。『チハヤなんか・・・に』じゃない。『チハヤだからこそ・・・・・』負けたんじゃないかな。」
「ッ……!?」
「話を聞く限り、アイツは最後の最後までパピモッチの事を諦めなかった。分が悪かろうが何だろうが突っ込んでくガッツがある。だからこそ、本人の意図しない形で勝ってしまう……事があるんだと思うよ。」
冷静に、的確に……先の戦いにてチハヤが起こした行動を、イサナは分析していく。

「そういう意味では、チハヤは間違いなく強敵だよ。ケシキが悪いんじゃなくて、チハヤが優れていた……ってことじゃないのかな。」
「……同じでしょう。俺がアイツに劣っている事実に変わりはない。」
「違う違う。目線を向けてる先が全然違う。」
首を横に振りつつ、イサナは続ける。

「自分を貶すんじゃなくて、相手を褒めるんだ。向くのは下じゃなくて上。そうするだけで、心構えも向き合い方も、天と地ほど変わってくるよ。」
「……。」
「自分のポケモンの長所を見出す力はあるんだ。人の長所を見出すことなんて、ワケないだろう?」
彼の言う通り、ケシキ自身はポケモンを見る目は非常に優れている。
だからこそ技の配分だって、そのポケモンに合わせたものにカスタマイズしてある。
この点はチハヤよりも明白に優れている点だ。

「……体験談ですか?それ。」
「そうだね。僕なんか、ノヴァにもカディラにも、ニーノやリッカにだって……全然勝てなかったからね。最初の方は、悔しいなぁって思いながら過ごしてたよ。」
「……。」
「でも、それを『羨ましいな』『ああなりたいな』って思うようにしたら、だんだん楽しくなってきてね。ちょっとずつ、相手の良いところを盗める事が……さ。」
夕空を見上げ、思い返すようにして語る。
どうやら彼も少なからず、ケシキと似たような思いをしていたようだ。
そんな彼だからこそ……ライバルに対しての視線の向け方は、強く理解していたのだろう。

「ま、そーいうワケだ。まだまだこれからだぜ、ケシキ!」
「……。」
相変わらず、不機嫌そうな面持ちのケシキ。
しかし思うところがあるのか、先のような荒れた様子は見られなくなっていた。

「さて、僕はそろそろ部屋に……あら?」
ニャオハをケシキに返し、立ち上がったイサナ。
しかしその時……彼の耳に奇妙な音が飛び込んでくる。

 ブロロロロ………

 という、エンジン音のようなものだ。
音のする方向に目を向けると、そこには……
真っ赤なバイクが激しい音を立てて、舗装路を突っ切っていったのだ。
その上には、ヘルメットとスタジャンを着用した女学生が乗っている。
その補助席には、サングラスをかけたホゲータが口を開けっ放しにして搭乗していた。

「あ、アレは……」
「イロハちゃんだっけ。バイクとは珍しいね。」
そう、彼女は明らかに……ケシキらの同級生であるイロハだった。
何か用があるのか、この学園の中をバイクで爆走していたのである。

 イロハのバイクは舗装路をコースアウトすると、そのまま付近にある雑木林の中へと突っ込んだ。
間もなくその影は消えていき、後には遅れて残留したエンジン音が残るのみであった。
「す、凄まじいな……この時代にあんな喧しいエンジン使っているのか……!」
電動バイクなども普及しているこの時代にアナログバイクを使っている彼女のことが、ケシキには相当奇っ怪に映ったのだろう。
誠に不可解そうな目で、彼女のことを見送っていた。


「……あれ?」
そんな時、イサナがある違和感に気づく。
「どうしたんですか、イサナ先輩。」
「いや……あの子が突っ込んでいった先って、確か行き止まりだったよな……って。ほら、デカい谷川があるじゃん?」
「た、確かに……あっ!」
彼の言う通り、イロハの入っていった地点から崖までは僅かに数十メートル。
あのスピードで突っ込んでいけば落下は必至である。
が、そんな事をレンジャー科の彼女が知らないとも思えない。

「……ちょっと見てみるか。」
バイクのタイヤ痕を追って、イサナは森の中へと入っていく。
その後を追うようにして、ケシキとニャオハも足を進めていった。

 やがて一行は、例の谷川にたどり着く。
向こう岸までは30メートル以上、付近に橋はない。
つまり、事実上の行き止まりだ。
しかしタイヤ痕はカーブをすることなく、断崖の端までくっきりと残っている。
つまり……
「ま、まさか、落っこちた……!?」
ということになるだろう。

 が、しかし。
谷底を覗き込んだイサナは、首を横に振る。
「いや、それは無いね。」
「な、何故……?」
「だってさ、ほら……」
イサナが指をさした先にある谷底の風景……それは、ケシキを驚愕させるのには十分なものだった。


 谷の底に広がっているのは、暗闇ではない。
川の怒涛でもない。

 あったのは極彩色の禍々しい空と、異様なオブジェクトの数々。
それはまさしく……
「でぃ……災獄界ディザメンションゲートだとッ!!?」

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