【第039話】陰影の隷 / ケシキ、嵐

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ケンタロスのプライドを尊重したケシキ。
そして一方、ケンタロスの命を尊重したチハヤ。
両者の考えは、残念ながら交わることはなかった。
だからこそ、戦い合うことでしか折り合いがつかないのだ。

 ケシキとチハヤは、草一つ無い平地にて向かい合う。
「(ケシキの奴を絶対に負かす。んでもって、後でケンタロスの眼の前で土下座させてやるッ……!)」
「(チハヤの奴に勝つ。あの知った口を、二度と利かせないようにしてやる。)」
かつて無いほどの敵意が、両者の近くない距離の間で弾け合う。

「……。」
遠目にふたりを見ていたテイルが、少しばかり憂いた様子を見せる。
「テイル先生。どうしたのかなぁ?」
「……チハヤ、相変わらずだなって。前からずっと。」
「あらら、やっぱり結構前からのお知り合いなんです?」
「……ッ!な、何でもない。」
ニーノが尋ねると、彼女は少しばかり食い気味にその話題を取り下げた。
まるで何か、触れてはいけないものに触れてしまったかのように。

 そうしているうちに、チハヤとケシキの両者はバトルの準備に入ろうとした。
が……
「(……む、ニャオハがいない。)」
その時、ケシキは自身の肩にニャオハの重みが無いことに気づく。
ふと周囲を見渡してみると、視線の先にその姿を捉えることになった。

「みゃお!」
なんとニャオハは、ニーノの腕の中に居たのである。
いつの間にかケシキの傍から離れていた彼に、ケシキは呼びかける。
「おいニャオハ。出番だ……此方に戻れ。」
「ふにゃっ。」
しかしニャオハはぷいと横を向いて、ケシキの指示を無視したのである。
「あーあ……こりゃテコでも動かなさそうだねぇ。」
どうやら彼いわく、ケシキの考えには賛同できない……ということだろう。

「……チッ。勝手にしろ。」
ニャオハに手を切られた彼は、仕方なく他のポケモンを呼び出すことにした。
「……準備、できたのかよ。」
「無論だ。さっさと始めるぞ。」
ボールを構えた両者は、同時に空中へと放り投げる。
「出番だ、ガケガ二。」
「ンガ二ィイイッ!!」
「行け、パモッ!!」
「がじじーーーーッ!!」
そうして間もなく、彼らの戦いは幕を開ける。
両者のダッシュ、タックル、そしてパンチと続き……激しい砂埃が舞い上がったのであった。



 ーーーーー時を同じくして。
災獄界ディザメンション忌刹シーズンの廟。
その中央にて、寝そべりながらふんぞり返っていた人物がいる。
先刻、リコレクトに此処まで攫われてきたストームだ。
そんな彼に、苛立った様子のホーンが顔を歪ませながら問い詰める。
「……おいガキ。テメェの望み通り、災獄界ディザメンションの成り立ちについては喋ったぞ。いい加減、この世界から出る方法を教えろや。」
「え、分かんないけど。」
「は?てめ、さっき『知ってる知ってる!とりあえず、この世界のこと伝えてくれたら、代わりに教えてあげる!』とか言ってたじゃねぇか!!!」
「いやー、わっかんないなー……僕、物忘れが激しいからなぁー!」
ストームは鼻をほじる動作をしながら、とぼけた様子で答えていた。

「(コイツ……リコレクトが居なくなった瞬間、クソ生意気になり始めた……!)」
「なー、もうそろそろ良いだろ?僕の知ってることは全部喋ったぜ?さっさと解放してくれよ。」
「んだとゴラ……テメェ、まだ碌な情報喋ってねぇじゃねぇか!!」
「えー、テイル先生のことは教えたじゃんか。それでいいだろ?」
「おいゴラ……いい加減にしろッ!!」
ホーンはストームの首根っこを掴む。
……が、彼は一切動じない。
寧ろ、少しばかり見下した様子ですらある。

「お?殺る?殺っちゃう?」
「あ゛……?」
煽るストーム
しかしホーンはそれに対して、凄むばかりで殴りかかろうとはしない。
「……まぁ、殴らないだろうね。キミはあのリコレクトの指示を……『まだコイツを殺すな』という指示を、忠実に守っている。アイツが気まぐれ起こして『僕の首を飛ばそう』とか言い出さない限りは、僕は安全ってワケさ。」
そう、これこそがストームが余裕をかましている理由だ。
彼はこの一瞬で忌刹シーズンたちの力関係を見抜き、リコレクトの不在である今が最も安全なタイミングであることにも気づいていたのである。
「にゃろ……舐め腐りやがって……!!」
苦虫を潰したような顔を浮かべるホーンは、ストームをその辺の床に投げ捨てる。

「痛てて……ま、でも1つだけ、アドバイスなら出来るかもね。」
「あ゛?何だと……?」
腰を擦って立ち上がるストーム
彼の言葉に、ホーンは青筋を立てながらも耳を傾けた。

「……キミもクロウって奴も、人間の姿を模倣しているようだけど。僕から言わせてもらえば、精度が明らかに足りない。」
「精度だと?」
「そう、精度。僕と見比べてみなよ。人間の耳の先は先端はそんなに尖ってないし、眼球も普通は黒じゃなくて白色だ。加えて、そんな鋭い牙も生えていないし、こんなに獣臭くないしな。」
ストームは次々と、ホーンの身体的特徴……その中でも人間と大きく異なる部位を指摘する。
実際……彼ら忌刹シーズンの人間態は、実際のそれと比べると明らかに違和感のあるものであった。

「で、それに比べてテイル先生……君たちの言う『春ノ尾獣スプリング・テイル』は、人間と全く遜色のない外見をしている。まぁ、君たちみたいな、見せかけだけの模倣じゃないことは明らかだよね。」
「……つまり、何が言いてぇんだ?」
疑問符を浮かべるホーン。
そんな彼にストームは……答えを直接突きつける。

「……テイル先生は、誰か本物の人間・・・・・に憑依しているんじゃないかな。」
「ッ……!!?」

 そう……それこそがストームの独自考察である。
テイルが他の忌刹シーズンと違って、外見がより人間に近く、災獄界ディザメンションの外に出られる理由……それは、テイルが生身の人間の身体を借りているから。
それが誰のものかは分からない……が。

「人の肉体に乗り移ることで、ある程度忌刹シーズンとしての力を抑制できる。だからゲートをくぐれる……んだと、僕はそう思うね。」
「そうかァ……つまり、人間の身体さえあれば、俺も向こう側に行けるっつーことだなッ!!」
ホーンはストームの話を聞くや否や、その指先から電撃を放つ。
それが放たれる先は、この空間内に居る唯一の人間……
そう、ストームである。

「ぐっ……!」
「テメェの身体を貸せッ……そのままあっちの世界まで言って、テイルの野郎を引きずり戻してやらァッ!!」
激しい火花がストームを飲み込み、そのまま彼の意識を奪っていく。
ホーンはストームの肉体への憑依を試みたのだ。

 ……が、しかし。
「(ッ……!?な、なんだよコレッ……!?)」
違和感を覚えたホーンは、すぐにその手を下ろし放電を中断する。
ストームの肉体へと干渉をした瞬間……まるで脚を踏み外すかのような感覚に襲われたのである。
「(コイツ……実体が無ぇ!?)」
ホーンはそこで気づく。
目の前に居る存在が……そこに存在していない・・・・・・・・・・ことに。

「……へへっ、僕を乗っ取ろうったってそうはいかないぜ。忘れたのかい?僕は人間は人間でも、普通の人間ではない超人類アウトサイダー……」
「テメェ……まさか……!?」
「そう……『影隷エンシェイド』。聞いたことくらいあるだろう?」

 『影隷エンシェイド』……これは発見事例がほぼ無い超人類アウトサイダー
一度何らかの理由で死んだはずの人間の魂が、影に宿って残留して完成した生命体……いわゆる亡霊のようなものだ。
ストームは既に、人間としての肉体を所有していない。
残っているのは生前の自らの影と、魂のみである。
今あるこの身体ですら影の作り出した幻に過ぎず、実体のないホログラムのようなものなのだ。
「いやいや、これ大変なんだぜ?このマントがないとマトモにモノに触れないし、姿もすぐ消えちゃうし、色々不便なんだわ。」
そう言ってストームは自らの身体を点滅させる。
彼の肉体は何度も消えては現れ、恒常的に残っているのはその足元の影のみだ。

 ストームの本体は地上の人間ではなく、その足元に存在している影の方なのである。

「ま、残念ながら憑依は無理だ。乗り移るための身体がない・・・・・・・・・・・・からね。悪いがお前の受け皿としては機能しないぜ。」
「クッ……ソがッ!!あぁ畜生、だったらテメェに価値はもうねぇッ!!とっととここから失せやがれッ!!」
癇癪を起こしたホーンは壁際に向かって雷を放つ。
するとそこには裂け目が完成し、向こう側には災獄界ディザメンションの別の場所の風景が映り込んだ。
ストームにとっても見覚えのある光景……比較的、現世から近い場所のようだ。
「お、マジ?んじゃ、僕はもう帰るね。ばいばーい!」
そう言い残しつつ手を振り、ストームは裂け目の中へと飛び込んでいった。
そのままの足取りで、現世への出口を探しに行ったようだ。

「……まぁいい。収穫はゼロじゃねぇ。」
やや不機嫌そうに、されど僅かな笑顔を浮かべつつ……ホーンは亡骸の傍らに座り込む。
災獄界ディザメンションの外への希望を見出しつつ、真っ暗な天井を見上げた。
「にしても……クロウの奴、一体何処行ったんだ……?リコレクトは現世の方に戻っていったらしいが……。」





 ーーーーーGAIA南西エリア、牧場。
ケシキとチハヤの戦いは、中盤を越えていた。

「そこだパピモッチ、『じゃれつく』で突っ込めッ!!」
「わむむーーーーーッ!!」
相手のキリンリキが僅かによろめいた隙に、パピモッチはキリンリキの背後を取る。
そしてUターン……死角から後頭部を目掛け、全身でタックル攻撃を仕掛けたのである。

「もろろッ……!」
「き、キリンリキッ……!」
ガードのゆるくなった所に最大級の攻撃を叩き込まれ、キリンリキには致命傷が入る。
そしてそのまま、彼女はその場にダウンしたのである。
「(くっ……チハヤの奴、急襲のタイミングが的確すぎる……!まるでパピモッチと身体を共有しているようだ……!)」
ケシキの考えどおり、ここに来てチハヤにテイルが施した肉体的訓練が功を奏し始めている。
チハヤは決して理論的に考えて戦っているわけではない……が、その研ぎ澄まされた勘で、ポケモンの動きの緩急を掴んでいたのだ。
それは先のように、相手の僅かな隙を切り開くように成長していったのである。

「(これでキリンリキは撃破……とはいえ俺のポケモンはもうパピモッチだけだ。一方、ケシキにはまだポケモンが居る……!)」
そう、この戦いは互いに残り1匹……未だ勝負は続いている。
そして次のポケモンが、正真正銘のラスト盤面ということなのだ。
ケシキはキリンリキをボールに戻すと、3匹目のポケモンを腰元から引き出す。

「……さて、最後だ。出てこい、カヌチャン。」
「ぬららッ!!」
「(か、カヌチャン……!?)」
ケシキの最後のポケモンは、かなうちポケモンのカヌチャン……その手に持ったハンマーを振り回して戦う、フェアリー・はがねタイプのポケモンだ。

「(いや、やべぇだろ……!こっちはフェアリータイプのパピモッチ……はがねタイプが相手じゃ、モロに不利じゃねーか!!)」
相性は既に完璧に頭に入っているチハヤは、この盤面が自分にとって不都合なことを十分に理解していた。
今までのように無計画に突っ込んでいるだけでは、このカヌチャンには確実に殺られてしまう。
より一層、チハヤ側の陣営には緊張感が走る。

「(だが……ここで引っ下がるわけには行かねぇんだよ!気合い入れろ、俺ッ……!!)」
チハヤは自らの頬を叩き、己を激しく鼓舞する。
パピモッチで相手にどう勝つか……その道筋を導き出すべく、全神経を集中させる。
「(まぁ、カヌチャンはそこまで速いポケモンじゃねぇ。スピードで翻弄すればこっちにも勝機が……)」
と、チハヤは彼らしからぬ具体的な勝ち筋を考察し始める。

 ……が、その直後であった。
「仕掛けるぞ、カヌチャン!『はいよるいちげき』だッ!!」
「ぬらららッ!!」
ケシキの指示の直後、一瞬にしてカヌチャンの姿が消える。
「!!?」
まるで蜃気楼の如く消失したその姿に、チハヤは思わず息を飲む。

「ばっ……何処に行きやがった……!?」
彼が戸惑い、周囲を見渡す……
が、そんな隙すら相手は与えてくれない。

 なんとカヌチャンは……これまた一瞬にして、パピモッチの背後に現れる。
「ぬららッ!!」
「わむむっ!?」
そしてパピモッチが振り向くか否かのタイミングで、『メタルクロー』によるブロー攻撃を炸裂させる。
尻から殴られたパピモッチは、そのままスライドするようにフィールド恥までふっ飛ばされたのであった。

「は、速すぎんだろ……!?どーゆーことだ……!?」
カヌチャンの不意打ちの原理が、チハヤには分からなかった。
……が、これは至極単純なことだ。

「……『はいよるいちげき』。相手の間合いに一瞬にして入り込む、移動分野で最強の技だね。」
「そうだねぇ。カヌチャンのような鈍足パワータイプが使うと、足りないスピードが補完されたモンスターの完成……ってことだねぇ。」
そう、『はいよるいちげき』を使えば、視界内に捉えた対象のすぐ近くまで一瞬で跳躍できる。
あとは距離が詰まったタイミングで近接攻撃を使えば、確実に攻撃をヒットさせられるのだ。
特にパピモッチのような四足歩行……背後の視界が遮られやすいポケモンにとっては、大きな脅威となるコンボである。



「(これで終わりだ……チハヤッ!!)」
「(ッ……やべぇやべぇッ……どうすりゃいい……!?)」
[ポケモンファイル]
☆カヌチャン(♀)
☆親:ケシキ
☆詳細:性格は素直で真面目。保健室のDIYに一役買っているので、スズメにも気に入られている。

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