#2-1 無理難題

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:33分
第二話の前編です。
前回までのあらすじ:放火魔(?)の容疑者(ポケモン)を成り行きで保護した主人公はジム戦へ挑もうとしますが……。

※誤字脱字は見つけ次第直します
純情可憐、清浄無垢、天真爛漫、そう言った言葉は大抵のところ、美徳を表すものだと言われているわけだが。
「じゃあ、あたしの、あたしたちのいちばんをみせてあげるね!」
 それ等の言葉をまるッと背負って目の前のバトルコートの対岸で立ちはだかるアイリスは、いっそ諦めた方が早いくらいの無理難題そのもののようにしか見えなかった。


 ※ ※ ※


 あれから数日たった。いまや全身の包帯がすっかりとれて、栄養状態もジョーイさんから二重丸のお墨付きをもらう所まで回復したくせに、一向にボールに入る機会を逃したクイタランは流石に人の家に居候しているという現状にも慣れてきたようだった。今日も今日とて先住民であるバチュルに遊ばれたり、自分の部屋でぬくぬくと人もポケモンもダメにするクッションを占拠している様子から当初の怯え切った姿は中々に極限状態だったらしいとわかる。
 まあ、襲われる心配(この場合、同族からの心ない暴言を含む)も無ければ、腹いっぱいに食える飯は勝手に出てくる上に、雨風に晒される心配もしなくていいとなったら、野生で生きていた当時の環境からしたら天国じみた待遇みたいなものとはいえ、順応が早いというべきなのか。
 まあ現状、家の物を焦がしたり壊したりするようなトラブルは一つも起こしていないので、ますますもって一番最初に出くわした放火(未遂、あるいは現行犯)の現場の状況的と照らし合わせるとやっぱり元は大人しい性分なのもたたって人里まで逃げてきたと考えるのがやっぱり妥当だろうか。
「さて、そろそろこっちのやりたい事も練らないといけないんだけどな」
「くぅ?」
 身体の状態はすっかり良くなったのは素人目にもまあ、わかる。が、自分の目には相変わらず背中にぐっさり刺さっていた言葉の刃によって抉れた深い深い傷が眼鏡越しに映っているものだから、トラウマだとかそういう奴が残っているんじゃないかとふんわり疑ってかかっているわけなんだが、もちもちとクッションにダメにされているクイタランはというと呑気そうな返事だけ寄こして首をかしげていた。
 そもそもの話として。
「お前、何ができんの?」
 尋ねてみたところで、そこそこデカい居候はどういう意味なのか分かりかねる、という具合にごろりと寝返りを打ってしまった。
 このポケモンが覚える〝わざ〟、というものを一応は一通り調べた。放火の瞬間を見たわけではないとはいえ、少なくとも炎を吐く技は多分覚えているんだろう。が、それが人間が指示を出す側になった時にどういう名称になるのかは見当もつかないわけで。
 ホリデーは無限にあるわけではないし、大学が始まったら下宿に戻る関係上、チャンピオンロードへ潜り込む手はずを整える時間的な余裕は難しくなる。つまるところ、なるべく早めに行動に移したい気持ちはあれど肝心のポケモン側はどこ吹く風の御様子。
 ……まあ、そもそもバトルに向いてる気質かどうかも分からないので、無理をさせるわけにもいかないか、という気分にすらなってきた時。
 来客を伝えるチャイムが家に鳴り響いたものだから、留守を預かっていた居候の放火魔(未遂)と一緒に階段を降りて、自分が出る羽目になったわけだった。
「こんにちはー!」
「はい、こんにちは」
 てっきり宅配の荷物か何かだろうと思って開けたドアの先にはいたのは少しばかり意外な人物だった。つまるところ、この街の看板娘であり市長さんのとこへホームステイしているアイリス嬢その人である。件の放火騒動でジム戦の見学がお開きになって以降はなんだかんだと一度も顔を合わせていなかったものの、彼女は変わらず快活そうに笑っていた。
「これねー、りゅうのさとからたくさんとどいたおみやげのおすそわけ!」
 そう言ってバスケットいっぱいに差し出されたのは色とりどりの果実の山だった。オーソドックスなオレンとかオボンの実といった分かりやすいのから、あまり見たことない色合いの木の実もいくつか混じっているようだった。
 曰く、彼女の故郷である竜の里からホームステイ先にこうして差し入れがあるのだが、毎度毎度結構な量だからとこうして近所に配りに来てくれたのは一度や二度ではない。その度に人間も食べられる味の奴はパイにしたりカレーに入れたり、ポケモンだけが好む特徴的な味の場合はそのままフーズに混ぜたりと色々有難く消費していたわけなんだけど。
「あれ? その子、おねーさんのポケモン?」
 きょとん、とアイリスが目を丸くするのと同時に頬を熱がかすめていった。小さな火の粉が目の端を瞬間的に通り過ぎるのと同時に、鞭のようにしなやかな熱線が軽やかに一番上の青い木の実を一つ、バスケットから持ち去っていた。
 振り返れば、炎の舌が器用にあの細い口から伸びていて。木の実の種やヘタは愚か皮すら残さずにぺろりと平らげてしまったアリクイポケモンがそこに突っ立っていた。ちろちろと舌なめずりするように小さな火の粉が口の先から出たり引っ込んだりする様子から、どうやらまだ物足りないと言わんばかりにじとりとした視線が手の中のバスケットへ向けられているのがよくわかる。
「もしかして、とってもくいしんぼう?」
「そうかも。とりあえず、つまみ食いするよう奴にはこれ以上あげられません」
「ぐぅ!?」
 そんな殺生な、と言わんばかりにどたどたとクイタランは右に左にと食べ物で一杯のバスケットを覗き込もうとするのを、上に持ち上げてしまって届かないような格好にしてやると悲しそうにうな垂れたので、いったんは反省しているようにも見えた。
 その一部始終を見ていたアイリスの明るい笑い声が足元へこんもりと小さな山になっていたので、よっぽど面白いやり取りに見えたんだろう。
「なんていうポケモンなの?」
「クイタラン」
「へー! はじめまして、あたし、アイリス! よろしくね! おとなりさんなんだよ!」
 直球ストレートで親愛の言霊をぶつけまくる少女の出現に一方のクイタランは別の意味で狼狽えていた。少々舞い散る火の粉に恐れることなくぐいぐいと近づくや否や、無骨なアリクイの爪を小さな褐色の手が遠慮なしに伸ばされて握手してしまう。その様子は竜の心なんて限定的な物じゃなくポケモンの心に確かに寄り添っている姿勢として正しいように思えた。
 まあ今まで家とポケモンセンターだけの往復で、母さんとバチュルとジョーイさんとタブンネ達以外のポケモンや人とは積極的に触れ合ってはこなかったから良いリハビリかもしれない。
「どこであったの? このあいだのかいらんばんのひにはいなかったよね?」
「あー……っと……」
 まさかその日の帰りに保護した放火魔(の容疑者)と紹介するわけにはいかないものだから、たまたま人里におりてきた野生の個体だという説明にとどめておく。嘘はついていない。嘘は。
「怪我してたからしばらくポケモンセンターと家を往復してた。そろそろ他のポケモンとか人に慣らした方が良いかなーって思ってて」
「そーなんだ! じゃあ、これからアイリスのとこ、くる?」
 それなら、アイリスやおじーちゃんのドラゴンたちもいるし、きっと楽しいよ! 間違いなく善意百パーセントからきている申し出は、悪くなさそうだなと思えた。他のポケモンに対して恐怖心があるかどうかも見る事が出来るだろうし、これでバトルがてんで不可能だとはっきりわかってしまえば諦めもつくわけだし。
「じゃあ折角だしお言葉に甘えようかな」
「わーい!」
 肝心のクイタランはどういう話が進んでいるのか分かっていないようにオロオロしているので、その隙にリビングの机の上に木の実のバスケットと外出理由の書置きを残してポケットへ家の鍵を回収する。おまたせ、とそのままの足でクイタランの手を引くアイリスと一緒に外に出て家を施錠してやれば、どうやらお出かけするらしいとようやくアリクイも気が付いたらしい。
「よーし! しゅっぱーつ!」
「おー」
「く、くぉー……?」
 元気よく腕を突き出してルンルン気分で小走りに行こうとするアイリスに半ば引きずられるようにのたのたと走り出さざるを得ない様子は何ともおかしかった。まあ見失う事はないだろうと彼女の可愛らしい鼻歌と困惑した鳴き声が零れ落ちた道を辿ってついていく。
 お隣と言っても、市長さんの家と自分の家じゃ規模が違う。あちらジムリーダーとして自前のバトルフィールドやらポケモン達のスペースを含んでちょっとした豪邸ばりの広さに対して、我が家はごく普通の一般家庭に毛が生えた程度だから、玄関に向かうのにも一ブロック程の距離があると言えばいいだろうか。あちらは一区画ほとんどまるごとで、こちらはその区画の片隅にちょこんとお邪魔しているようなものではある。
 といっても、ものの五分ほどで先日回覧板を届けた正面玄関へやってくる。勝手知ったる我が家と言わんばかりにホームステイ先の家へアイリスは飛び込むように玄関を開けて中に入ってしまい、引っ張られているクイタランもそのまま連れ込まれる様子を見届けてから、自分もそれに続いてお邪魔する。
「アイリス様! そのポケモンはどこから……」
「アイリスのポケモンじゃないよー! おねーちゃんの!」
「はい?」
 案の定、この家で彼女のコーチを務めている女性が突然見知らぬポケモンを連れ込んだ少女へ困り果てたような声掛けが響いていた。なんかすいません、と会釈しながら顔を出せば、驚いたように目を開いた後に丁寧に礼をしてくれた。
「すみません、お邪魔してます」
「いえいえ、ようこそいらっしゃいました。ノクさんもついにポケモンを御持ちになったのですね」
 まるでほっとした様にコーチさんは胸をなでおろした言霊が転がり落ちる。こちらのお姉さんは住み込みでアイリスのバトルのコーチをしているはずで、彼女曰く自分が稽古をつけるまでもなく十分に強すぎて力不足感が否めなく、今では勉学の方の家庭教師の方を主だってしているとか、何とか。
 ともかく、コーチさんからすれば正体不明のポケモンが誰かの管理下(実際の所はすっかり入れる予定のボールを家に忘れてきたので、未だにあのクイタランは野生個体のようなものだけど)であるという確認が取れたのでほっとしたんだろう。簡単に事情を説明すれば、どうぞごゆっくりとポケモン達を開放しているらしい裏庭へ通してもらえたのだけど……。
「……流石」
 思わず自分の口から感嘆の言葉がぽろりとこぼれた。





 ※ ※ ※


 人工芝は柔らかい個所から少し硬めの箇所、すっかり剥げて岩肌にも似た堅い素材の土で埋められた個所と徹底してポケモンの好みの足元に合わせて区画を整理されていて、なんなら鍛練用なのか単なる生息地に近づけるためだけなのか巨大な岩がゴロゴロしているかと思ったら、小さな滝っぽい何かまであるのだからもはや小さな庭園も顔負けのレベルではある。
 そして、そこらへんを歩き回っているドラゴンタイプの多さ。「悪戯っ子」の張り紙がぺたりとされた木の実を抱えたキバゴを、「うっかりやさん」が張り付けられたモノズが匂いを頼りに追いかけていて、それらを見守る「慎重派」らしいクリムガンの姿があれば、懸命に設置してある砥石で牙を磨いてる「努力家」オノンドがいたり、そうかと思ったら両方の頭で食い過ぎて動けなくなってる「食いしん坊」ジヘッドが転がっていたりする。で、余った木の実の皿をそっと引き寄せて食おうとしているのが……。
「はい、横取りはだめ」
「くぉっ!?」
 隙あらば飯を食おうとするのは名前から来る種族的特徴なのか、単にこいつが食い意地が張っているのか知らないけれども流石に他所のポケモンの食いかけのごはんまでかっぱらおうとするんじゃないと止めれば、うちのクイタランは勿体なさそうに恨めし気な目を向けてくるが無視していればそのうち諦めたようだった。
 おそらく各自にぺたりと張り付いている印象は普段から接しているアイリスからの一言なんだろう。そんな小さなドラゴンたちを一回り大きなドラゴンたちが見守る様はちょっとした群れにも見えなくもない。タイプ自体は一致していても、ポケモン達そのものの種は別個の三種類が取り揃っていて、ここまで平和に仲良く過ごしてる環境がそろっているっていうのは間違いなくジムリーダーであるシャガさんの実力の裏打ちと──。
「よしよし、いたかった? だいじょーぶ! うんうん、ね、ちゃんとアイリスここにいるから、へーきだよ! ほら!」 
 勢いあまって転げたキバゴに追突したモノズ達があわやケンカになるか、と見守っていたクリムガンよりも手早く、されど軽やかに仲裁に入ってあっという間に笑顔の花を咲かせたお嬢さんの力で保たれているのがよくわかる庭だった。
 アイリスから言霊が飛んでいってどの子にぶつかっても花が咲く様に明るい音が飛び散って、それを受けて鳴いたり仕草を見せるポケモン達からとんでいく声なき声を受けてまたアイリスが笑う。そうやってさらさらした言葉の残滓ばかりがあちらこちらに広がっている光景は下手な世界より随分と美しかった。
「ほら、みーんな、きょうもなかよし! だよ!」
「そーだね」
 満面の笑みで無邪気にこちらに向かって駆け寄ってきた彼女の後ろを、小さなポケモン達がまた真似してついてくる様子は一見すれば微笑ましい。が、ひょいとついてきたキバゴとモノズを片腕ずつで軽々抱えてしまう腕力は普通ではないと思うけども。元より彼女の身体能力の高さは街ではちょっとした名物で、少々の高さの壁は軽々越えたり、こうやって目の前で見せてもらっている怪力など、アイリスが元々育った竜の里っていうのはどういう環境なのか聞き取りしてレポートにまとめた時点ではその謎は結局解明はされなかった。
 分かったことは、限りなく野生のドラゴンタイプが生息する自然環境そのままにした保存地区じみた隠れ里的な場所らしく、ジョウト地方にあるフスベシティとかいう有数のドラゴン使いを輩出する町よりも辺鄙な環境にある場所であること。車等の交通手段よりもドラゴンタイプのポケモンに乗ったり運んでもらうのが主だということだったか。
 まあ、そんなことより。
「ね、ね、どーかな。このこたち、こわい?」
「大丈夫そうだよ、今のところ」
 クイタランは小さなキバゴ達にすんすん匂いをかがれたり鼻先で突っつかれたりしても、多少びくりとはしたものの逃げ出したり怯える様子は見受けられない。ずんずんと自分よりもでかいクリムガンが近寄ってきても、そちらに顔を向けて一瞬ぎょっとしても火を吹いて威嚇したりだとかそういう行動を取ろうともしない。
 ……流石に勢いあまったらしいうっかりモノズにかぷりとやられた時は変な声を出してたけど。
「こーら! かじっちゃめっ!」
 見知らぬ匂いに反応して試しに甘噛みしてみたらしいチビモノズはアイリスに撫でられて大人しく頭を引っ込める。その姿はおよそ狂暴を象徴する図鑑説明が載っている同名のポケモンとは思えないくらい大人しい。対するクイタランは、流石に噛まれた所を爪で咄嗟に庇う様にしたものの、固まってしまうようなことはなかった。
「んー……以外に平気そうだな。他のポケモンに対してビビって動かなくなるとかはなさそう」
 普段家に居るのが手のひらサイズのバチュルがメインなので、それよりもデカいポケモンはどうかと思ったけど、なんだなんだと近寄ってきたクリムガンだのオノンド達にじろじろされてもわりとなんとかなっているように見えて、少なくとも傍に居たりする分には委縮するようなことはなさそうだった。
「そーいえば、このこ、バトルしないの?」
「ん?」
「だって、バトルって、たのしーよ! いっぱいかんがえて、いっぱいこころと、からだが、ぎゅ~~~ってポケモンといっしょになって、あつくって、くるしくって、とってもすてき! もしも、いやじゃないなら、やってみたい!」
 瞳をキラキラさせてそう訴えてくるアイリスの言葉はまさに本心からのもので。彼女にとってその提案は極々単純に、「やってみたいから、してみたい」以外の理由は特にないのだろう。問題はどちらかというとクイタランにそういうヤル気があるかどうかだけど。
 ちらりと横目で見て見れば、それにつられてアイリスの輝く瞳も向けられる。急に注目されたからか、一瞬ぎょっとしたアリクイは、どうやら自分に何かしらの意思確認を取られているようだという事だけは把握したらしい。
「どうする?」
「ぜーーったい、とってもたのしいことになるよ! ね!」
 ぐいぐいと迫ってくるアイリスの圧にやられたのか、とうとうクイタランは疑問符の言葉をぽろぽろこぼしながらもついにこっくりと頷いてしまった。とたんにアイリスは喜びを爆発させるように飛び上がってくるくるとクイタランの周りを走りだし、ひとしきり嬉しさの言葉をあたりにばらまき終わると、抱えていたチビたちをそっと地面においてから。
「じゃあ、あっちのバトルフィールドでね!」
 そういうが早いか、あっという間に誰かを呼びに疾風のように走り去ってしまった。声に出さずとも体全体で〝楽しみ〟をまき散らせるもんなんだな、と逆に感心しつつも、ぽかんとしているクイタランへ向き直り。
「ま、そーゆーことでさ。一つよろしく頼むよ」
「く、うぅ?」
 一体全体、何を引き受けてしまったのだろうか、と。いまだにはっきりと理解していないクイタランを待ち受けていたのものは、何かというと。
 有体に、かつ、普遍的に、そして誰にでもわかる様に端的に言えば、まぁ、うん。
 〝試練〟だとか〝難関〟だとか、そういう類の方が可愛らしいくらいの、何かだった。


 ※ ※ ※


 先んじて指定されていたバトルフィールドにて待機している間に、これから何が起きるんだと興味がわいたらしい一部のドラゴンポケモン達はお行儀よくコート脇の観戦エリアらしき場所にちょこんと座っていた。もはや訓練とか躾とかそういう範疇を色々すっ飛ばして、ここまでくると見事なものだという気すらしてくる。
 対する肝心のクイタランはというと、整備されたバトル用の区画を眺めては、こちらに視線をやり、また戻しては『何のための場所なんだ』と訴えかける様にぐぉぐぉと低い声で訴えていた。
「これからお前とアイリスの一番の友達でちょっとした運動をするってさ」
「……くぅ?」
 いまいち意味が呑み込めていないのだろう。それもそうか、とふと思い出す。そういえば、結局コイツをとうとうボールに収めるという機会を逃し続けて今日にいたっている時点で、そもそも自分の言う事なんか聞くんだろうか、という実に根本的な疑問がある。
 そも、ポケモンバトルという〝競技〟はあくまでも人間側が勝手に定めたものでしかない。時にそれはエンターテインメントとして全世界に中継されて覇を競うものになり、時にそれは人間同士の実力とプライド、ポケモンへの指示の正確さを理解の深さとして読み解こうとしたり、あるいは──犯罪的手段、またはその抑止力としての暴力装置という意味を担ったりもする。
 ただ、それらはあくまでもモンスターボールという装置ありきで、ポケットモンスターという生き物を収納し、電子データ化すると共に人間の管理下に置き、その上で人が取り仕切るルールと合意の上で開催される〝スポーツ〟でしかない。
 ……それは。
 果たして、〝野生のポケモン〟の中に存在する概念だろうか?
 ポケモンの中には、明確な捕食者と被食者の関係性がはっきりと観察されたものがある。鳥類のポケモンは虫系や草系のポケモンを襲う、あるいは対策として撃退法をその身に備えている。他には、単に種族同士がはっきりと敵対しており、遺伝子レベルで刻まれた相手への執念は互いを発見すると死ぬまで戦い続ける、といったものまで。
 ポケモンバトルは、そもそもポケモンがもっている闘争本能の解消のため、という側面があるらしい。あながち嘘でも間違いでも方便でもないのだろう。そうでなければ、軽々と人はおろか、建物も、海も、山も、大地も、火山も、うっかりすれば生態系のバランスが崩れてしまいそうな存在が可笑しなほどにあふれているこの世界で、どうしてこんなにも奇妙なバランスで成り立っているのだろうか。
 〝何故か?〟
 〝そういうものだから〟。
 結局はこの結論になる。ならざるをえない。事実としてそうだから。
 でも、そうであるのならば、このポケモン同士のバトルという概念そのものが奇妙に映る。
 だって──。
「おまたせー!」
 飛び跳ねる様にアイリスが向こうから駆けてくる。一切の情け容赦なく、満面の笑みで、相棒を引き連れて。
 その姿はおよそ、純情可憐、清浄無垢、天真爛漫、そう言った言葉は大抵のところ、美徳を表すものだと言われているわけだが。
「じゃあ、あたしの、あたしたちのいちばんをみせてあげるね!」
 それ等の言葉をまるッと背負って目の前のバトルコートの対岸で立ちはだかるアイリスは、いっそ諦めた方が早いくらいの無理難題そのもののようにしか見えなかった。 
(ま、それもそーか)
 ご愁傷さま、と心の中でつぶやいた。
 何せ、アイリスは何時だって全力だ。懸命だ。一挙一動の全てが紛れもなく本心からの本気であれば。
 その中にそもそも〝手加減〟などという思考回路は端から存在しない事を意味するのだから。
「それじゃあ、オノノクス! いっくよー!」
 竜の咆哮が響き渡って、一歩、アイリスの隣からこの庭で最も強きドラゴンの片翼がバトルコートに進み出る。一斉に観客席から応援と声援の鳴き声が轟き渡って、アウェーっていうのはこういう事を言うんだろうな、と完全にそれらの紙束を背負った相手の前に狼狽えるように立っているクイタランを見やる。可愛そうに、小さなポケモン相手ならいざ知らず、まさかあんなにヤル気満々の奴が出てくるなんてちっとも思ってなかったんだろう。
 どういうことだ、といわんばかりにクイタランはこちらを振り返ろうとして。
 けれども即座にその行動を辞めた。
(あ──……)
 息を吐く。言葉にならない声だけが何も記さない言の葉になってこぼれていき。
「まあ、あれだ。お前に任せるからさ」
 〝何ができるか見せてみろよ〟。
 飛んでいった言霊は、ぽこんとアリクイの後頭部に叩きこまれて砕け散り。
 代わりに、にやりと遥か先の対岸でアイリスが不敵に、されどこれ以上なく楽しみを含んだ微笑を浮かべて。
「はじめちゃうね!」
 火蓋は、まさに切って落とされた。

「まずはさいしょにー……『きりさく』!」
 踏み込みと一緒にアイリスのオノノクスは気合を付けて目の前のクイタラン目掛けて鋭い爪を振り上げる。間一髪で後ろに飛び退る事でそれを交わしたアリクイは、地面にめり込むと同時に深い亀裂が生み出された一撃に小さく悲鳴を上げていた。
 けれども初撃を外した程度で怯まないオノノクスはアイリスの声に合わせて反対の腕を振り上げる。二撃目、そして大顎の刃の三撃目と立て続けに上から横から斜めからの猛攻に、半ば無様に転がりかけながらもクイタランは必死にそれらを回避することに専念していた。
 うーん、元々猫背気味だから、案外スムーズにゴロゴロできるものなんだな。
「むぅー、そんなににげてばっかりなら……、オノノクス、いったん『りゅうのまい』だよっ!」
 予想以上に攻撃を避けられたのに驚いたようにしつつも、アイリスの次の一手はカバーリングのための能力増強。逃げに集中し続ける事は、すなわち攻めに転じる暇もない程に徹しているという判断であり、それはおよそ正しい。己の力と速さを高める厳かなる神秘の舞と呼ばれるだろう行いは、むしろバトルの最中だというのに一種の優雅なる演武にも似た隙の無い動きに見える。
 アイリスはさらに重ねて同じ指示を飛ばす。確か、バトル中に限って効果を発揮する自らのポテンシャルを高めたり、あるいは相手の動きを鈍らせたりする割合は数学で表すと最大で六段階までが限度らしいと講義でやったことを思い出している間にも、着々とオノノクスは既に三度目の『りゅうのまい』へ入っていた。
 では一方、それだけの猶予を相手に与えている真っ最中のクイタランはというと。
 自分をこの場に引っ張り込んで連れてきた少女が、自分よりもバカでかい竜に嬉々として指示を出し自分を襲わせているという現状の混乱から立ち直ったのかな、というのが最初に自分が抱きかけた印象だった。
 けど、違った。
 バトルが始まった直後の思想に戻ろう。果たして野生の世界にポケモン同士のバトルという概念がどのように映っているか、だったか。闘争本能の発散の為に同種、あるいは別種のポケモンと命を取り合わない程度に戦い合う、というやり方が果たして野生の世界におけるコミュニケーションとして成立するかと言い換えた方が良いだろうか。
 まあ、結論から言えば。
「えっ!」
 アイリスの驚いたような声が零れる。オノノクスを包んだ獄炎の焔が檻となって閉じ込めて、じりじりとその身を蝕むように拘束していく。あれはいわゆる『ほのおのうず』なのか、それとも『れんごく』とか呼ばれるもっとヤバい方の技なのか、どちらなのか自分の目には見分けがつかなかった。だって、野生のポケモンがわざわざ自分が行使する技術の名前なんてご丁寧に口に出してから使うなんてことはしないわけだし、そもそも彼等にとって自分たちの行いに人がいちいち名前を付けているなんて思ってもいないのかもしれない。
 急な反撃、いやそれは奇襲とも強襲とも呼べるようなタイミングでもあったその攻撃は、それまで先手を取り続けていたはずのオノノクスの動きを凌駕する速度で打ち出されていた。
「わぁ……! 『ドラゴンテール』で炎を振り払って!」
 とはいえ、虚を突かれたのは一瞬。即座に最適解を指示するアイリスの言葉を受けて相棒の竜は自らを束縛しようとする炎を勢いづいたテールスイングで吹き飛ばしてしまった。散り散りになって消えていく火の粉の向こうにいる相手に向かって、再びオノノクスは強化されているはずの爪を振り上げて襲い掛かりに行く、
 けれども『ダメおし』が決まるより先にそれを潜り抜ける様にアリクイは潜り込むように身をかがめてするりと巨体の脇をすり抜けて最小の動きで顎斧ポケモンをいなしてしまった。なんで、とアイリスの口から零れ落ちた言葉はもっともだろう。これではまるであべこべだ。本来ならばより速度を上げていたのはオノノクスのはずなのに、どうして相対している相手の方が速いのか?
 トレーナーの指示の遅れは、そのままポケモンの行動の遅れに直結する。何故ならそれは〝ポケモンバトルという名前のスポーツ〟だから。
 ……しかし。
 それは野生のポケモンにとって只の隙になる。致命的に命の危機をさらす弱点にしかならない。何故ならただ生きるために他の存在を襲い、傷つけ、食うために戦う奴にとって今この場の状況とは〝捕食し生き残るための戦闘〟に換算されるのであれば。
 あるがままの野生のスタンスが、競技と殺し合いを分けているとするのなら。

 ヘタな指示なんか出さないのが一番強いんじゃね? と、まぁ、その様に思うのだ。

 どちらにしろ、アイリスが最後に指示を出そうとしたのは最大打点である使い手の属性が一致している『ドラゴンテール』であって。
 三度にわたる『よこどり』でその速さと力強さを奪ったクイタランが尾を振るうために向けた背中を駆け上がると同時に、瞬く間に勢いよく頭を踏みつけるとの同時に長く伸ばした炎の舌で最大の武器たる顎斧を捉えると一緒に地面に叩きつけた──あれをはたして『ふいうち』と呼称していいのかどうかは横に置いておいて──事によって、決着となったのだった。


 ※ ※ ※


 しばしの間、放心したようにアイリスはぽかんと口を開けて、まじまじと引きずり倒された相棒と、それを仕留めたアリクイを交互に見やって、たっぷり数秒後。
「すっっっっごー-い!! すごいすごいっ!!」
 惜しみの無い称賛と一緒に、これでもかと耳が痛くなるほどの拍手を興奮冷めやらぬままに彼女は駆け出してバトルコートの真ん中へ飛び出していくので、一応自分もそれに倣って同じように死闘を制した二匹の傍に向かう。
 されど、クイタランは未だにめらめらと燃え盛る炎の舌をオノノクスに巻き付けたまま、こちらをぎろりと鋭く睨みつける様子は正直、危険極まりない様子であった。はじめて最初に出会った時ですら見たことがないだろう、殺気だった野生の目。あぁ、よろしくないなと焚きつけて引き出して放置したのは一応自分なので。
「はい、おつかれ」
 明確に〝終わった〟という言葉をやや鋭く、冷たく、頭を冷やす様に言い放てば、きらりと鋭いナイフがとすんとクイタランの眉間にすっ飛んで突き刺さる。びく、と冷や水でも浴びたかのようにアリクイはぎょっとした拍子に、するりと炎の舌は形を失くして消え去りぶすぶすと燻った煙だけが少々口から上がるだけになる。 
 対して、拘束が外れたオノノクスは多少身体が焦げ付いてはいるものの、そのままケロリとした様子で何事もなかったのかのように立ち上がった。やっぱりまともに本気なんか出していなかったのだろう。流石というべきか、それともバトルはバトルだからときっちりポケモンの方は加減というものを叩きこまれているからなのか。
「あたしもオノノクスもがんばったのに、あんなにつよいなんてびっくりだよー!」
「そーだね」
「それに、ふふ……おねーさんといっかいバトルしてみたかったから、とってもたのしかった!」
 だって、いっつもおじーちゃんのバトルをあんなにじっくりみてるんだもん! 満面の笑みでアイリスはそう告げるが、おかげさまでこの庭にいるドラゴンタイプの子たちの特徴なんかは空で暗唱できる程度に頭に入っているけれども、それとこれとは別問題だ。大前提として、その認識には齟齬がある。
「さぁどうだろう。言う事なんか聞いてくれなかったと思うよ」
「そーお? でも、おねえちゃんのいうこときいてくれてたでしょ?」
 まあ、確かに何ができるかは見せてもらったのは間違いない。相手の能力値上昇を強奪する『よこどり』、敵が攻撃姿勢に入っている場合にのみ先手を取る行動が出来る『ふいうち』、あとはまあ、『ほのおのうず』だか『れんごく』だかのどっちかと、あと一つだろうか。野生のポケモンも基本的に行使する技は四つ程度に抑えられているという論文を思い返す。確か、日常動作として咄嗟に染み付いている行動の内、最大パフォーマンスを発揮出来る上限はやはり競技として定められているポケモンバトル中に使用可能な技数上限である四つまでと共通するという奴だったか。
 クイタラン自身はというと、バトル中とは打って変わって憑き物が落ちたように自分に向かって攻撃してきたはずのオノノクスが実に友好的に接してきている事に動揺しつつ、アイリスがキャッキャと褒めたたえてくることから今の戦闘が彼女たちにとって〝お遊び〟の範疇であったらしいという事を何となく察したようだった。
「それにそれに! おねーちゃんすっごくしんけんにバトルみてたじゃない! おねーちゃんもクイタランもすごかったよ!」
「眺めてた〝だけ〟の間違いじゃないかな」
 割と真面目に自分は本当に何もしてなくて、突然襲い掛かられて本能的に野生の姿で応対したクイタランはとばっちりの方が正しいと思うが。それとも、アイリスの目からしたら何か違う様に見えたんだろうか。
「もー! なんでそんなこというのっ!」
「どうしたのかね」
 ぷんすかと訴えるアイリスの声に対して、突然朗々とした男性の声が嗜める様に響いた。ぱっとアイリスはふくれっ面の頬のまま振り返り、すぐにそれは驚きに代わる。
「おじーちゃん!」
 嬉しそうに彼女が飛びあがるのと同時に、庭にいたドラゴンたちもめいめい自分たちのボスの登場だと言わんばかりに一斉に出迎えの咆哮を上げる。
 まぁ、それもそうだろう。
「いらっしゃい。クノセさんの所の娘さんだね?」
 このソウリュウシティの文字通りのトップであり、顔であるジムリーダー。『スパルタンメイヤー』の二つ名を持つ厳しくも激しい攻防を得意とするドラゴンタイプの使い手。……あとアイリスの(あくまでもホームステイ先で世話になっているという意味での)おじーちゃん。
 ──この後、倒す予定の相手。
「お邪魔してます、シャガ市長」
 ぺこりと頭を下げれば、何となく雰囲気を感じ取ったらしいクイタランも同じように真似をしたんだった。



 
本当はシャガ戦までやりたかったんですが、もう一万字超えてるので分けました。
というか、クイタランでオノノクス倒せるんか? そう思ったあなた、実はチャンピオンロードのクイタランはジム戦時のオノノクスよりもレベルが高いんですよ。まあバッチがないとチャンピオンロードに行けないので永遠に確認できませんが。
そもそもこの話はフィクションです。ご了承ください。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想