第4話 招かれざる客

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:20分
ルーナメア(ラティアス♀):今はなぜか子供になっている
ラティアス:ルーナメアの世話役だが血縁なし

タリサ(女性):町の雑貨屋さん

サン(少女):好奇心溢れる活発な女の子
ルトー(ルチャブル♂):サンの相棒

キズミ(男性):美青年にして町の警官
ウルスラ(ラルトス♀):キズミの相棒だが昏睡が続く

マナ(マナフィ♂?):スターライトに搭載された人工知能ホログラムのひとつ


前回までのお話は…
太陽系近隣に巨大なウルトラホールが現れ、ルーナメアの乗る航界船スターライトが呑み込まれてしまう。目が覚めると、そこは不思議な町だった。
ルーナメアが脱出方法を模索する一方、少女サンは森の中で墜落したスターライトを発見し、マナフィと出会う。謎の声を聞いて、脳裏によぎる惨劇に苦しみ、マナフィに助けを求めるのだが…。
一方、キズミは働きながらウルスラの看病を続ける日々を送る。不治の病かと思われたが、雑貨屋タリサが症状を一時緩和させることに成功。タリサはウルスラに起きた出来事をキズミに語るのだった…。
 地球連合艦隊本部、第一宇宙基地。
 ドアのチャイムが鳴った。
「どうぞ」
 ミオが返すと、執務室のドアが開いて、赤い翼のラティアスがおずおずと入ってきた。まるで迷宮に迷い込んだ少女のように。
「わざわざお呼び立てしてごめんなさい、どうぞ気楽に話して。ポケモン語の翻訳機はちゃんと動いてる」
「ありがとう、ただ……あまりアルトマーレの外に出たことがなくて」
「本来なら私の方からお伺いすべきところなんだけど、非常時なので」
「分かっています」
 ラティアスは落ち着くためにひと呼吸置いて、それからデスク越しのミオへ丁寧に語りかけた。
「私はルーナメアがまだ生きていると確信しています。提督は、ラティオス、ラティアスたちの持つテレパシーの力をご存知ですか?」
「もちろん」
「たとえば『夢映し』と呼ばれるテレパシー能力は、自分が見ている光景を相手の視覚に投影することができます。範囲は町ひとつ程度ならどこでも届くほど強力ですが、遠方には及びません。ただし一度テレパシーで交信した相手とは、なんと言いますか、不思議な結びつきが生じるのです」
「具体的に言うと?」
「どれだけ遠くに離れていても、うっすらと感情の囁き声が聞こえる……そんな感じです。私は今も彼女の心を感じます」
「まるで量子もつれみたいね。重ね合わせの状態にあるふたつの量子は、どんなに距離が離れていても互いに影響を与えている」
 ぽかんと口を開けているラティアスに、ミオは咳払いをして「続けて」と促した。
「心配なのは、ルーナメアの状態です」
「負傷していることまで分かるの?」
「そこまでは何とも……ただ、妙なんです。存在は感じるのに、囁きが聞き取れない。良い感情と悪い感情が同時に現れて、めまぐるしく変化し続けています」
「なんらかの精神疾患が発症した?」
「そうは思いません。だから余計に訳が分からないのです」
 ふうむ、とミオは腕を組んだ。
「……空間の裂け目を境に、時空が歪んでいるのだとしたら、向こう側とこちら側の時間の流れが違うのかも。あなたの感性はきっと正しい。こっちで一秒過ごす間に、向こうでは十秒の時間が流れているとしたらどう?」
「トリックルームみたいなものですね。経験したことはありませんが、それなら説明がつきます」

 だとしたら、厄介な問題が増えたことになる。
 UHA(ウルトラホール変異)に飛び込んで彼女を助けに行こうにも、強力な重力場を抜ける策と、しかも異なる時間の流れに飛び込む策が必要になる。パルキアだけでは手が足りない。
 だがこれでルーナメアが生きているという証拠を得たことになる。艦隊を動かす口実には最適だ。ミオは納得したように頷いて、もうひとつ付け加えた。
「ラティアスさん、念のため教えて欲しいのだけど、その結びつき以外にルーナメアからあなたにテレパシーでの接触はあったの?」
「ああ……提督、それについては、でも……」
 言い淀んでいるのは、ルーナメアのプライバシーに関わることだからか。ミオは立ち上がって、ラティアスと同じ目線で言った。
「ルーナメアは私の師匠だった。彼女のおかげで、今の私がここにいる。だから絶対に彼女を見捨てたりしない。生きて戻せる可能性を少しでも上げるために、私はすべてを知る必要があるの」
 しばらく迷って、とうとうラティアスは明かす覚悟を決めた。
 それはルーナメアの名誉にも関わる秘密だった。
「提督、大変申し上げにくいのですが、ルーナメアはテレパシーを使えません」


 *


「あれ?」
 変化は唐突に訪れた。
 朝、ルーナメアが目を覚ますと、なんだか寝室がいつもより窮屈に感じた。おまけに毛布をどけると、懐かしの手が見えたではないか。人間の手が。
 ドタドタ駆けて洗面台の前に立つと、そこには見慣れた顔が映っていた。肩まで伸びた赤毛の髪、人間の顔、人間の手、そして黒地に赤のラインが走る艦隊の制服だ。
「戻った……」
 それはそれで良いのだが。
「……なんでじゃ?」

 起きた異変がもうひとつある。
 遅めの朝食を摂るべく階段を降りて、台所に入ると、いつもなら笑顔で迎えてくれるラティアスの姿がない。テーブルには朝ご飯も並んでいない。
「姐さん?」
 ルーナメアは家中を探し回った。雑然とした庭先も覗いたが、彼女の姿がどこにも見当たらない。
 独りきりだ。
 外にでも出たのだろうか、何かの用事で。何をしに?
「……まあ、どうせすぐ戻ってくるじゃろ」
 ルーナメアは肩をすくめて、台所に戻っていった。
 自分で料理を作るなんて本当に久々だ。船にいた頃はフードディスペンサーで自動調理したものしか食べてこなかったし、この家でも料理は全部ラティアスが作っていた。
 とりあえず冷蔵庫にある卵とソーセージをフライパンで焼いて、簡単な朝食を作った。
 ひとりでモソモソ食べている間も、家はしんと静まりかえっていた。こんなに静かだったっけ、と改めて痛感する。
 食べた食器をそのまま置いて、ルーナメアは庭先に出た。今日こそは成功させるぞ、と意気込んで見せたが、なんだか空虚に思えた。頑張って、と応援してくれる声もない。
「なんぞ、つまらんのう」
 ルーナメアはぶつくさ呟きながら、大袈裟な装置のスイッチを入れた。
「こちらルーナメア、地球連合艦隊の誰でもいいから応答せよ」
 気分も乗らないと言葉も投げやりになってくる。どうせ返事など無いものとばかり思っていたのだが。
『……こちらU.I.S.スターライトの対話型ミラージュ・システム。ルーナメア艦長、よくぞご無事で!』
 繋がった。
 ……繋がった!?
 ルーナメアは慌ててマイクを掴んで続けざまに喚いた。
「スターライト!? 近くにおるのか!?」
『そのようで。微弱な通信電波ですが、艦長の位置を特定しました。こちらへ転送します』
 戻れる。
 そう悟った瞬間、ルーナメアは家の方を見上げていた。
 違う、これは偽物だ。本当の家は、姐さんは、地球にある。だけど二ヶ月も世話になったのは事実だ。そこに悪意があろうとなかろうと、別れを告げないまま離れるのが心惜しくなった。
「少し待て」
 ルーナメアはそう言うと、家の中に戻った。メモとペンを取り、簡単にサラサラ書き殴ると、それを台所のテーブルに置いた。
 締めの文言に迷ったが、ここは正直に行こう。最後に加筆して、ルーナメアは台所を見回した。
 これでサヨナラだ。
「いいぞ」
 庭に出て、ルーナメアは背筋を張る。
 光の粒子に包まれて、転送が始まった。

 次の瞬間、体がガクンと傾いた。体の問題ではない、床が傾いているのだ。
 転送された先は見慣れた船のブリッジだが、どうも様子がおかしい。スクリーンは真っ暗、埃も舞って、壁には亀裂も走っている。
 出迎えたのはマナフィだった。
「お帰りなさい、ルーナメア艦長」
「おぬし、ミラージュ・システムじゃな?」
「その通りです、二日前に起動しました。今はポリゴン・ユニットを動かして、船の復旧作業を監督しています」
「船が飛んでおるようには思えんな」
「外を見ればすぐに分かりますが、この船は墜落しました」
「場所は?」
「外部センサーの復旧がまだなので、現在位置を特定できていません」
「思ったより酷い状態じゃな、しかしひとつずつ解決していけばよかろう」
「それなんですが……」
 珍しく人工知能が言葉に詰まっている。ルーナメアは訝しげに尋ねた。
「なにか他にも問題があるのか?」
「医療室にお越しいただければ説明します」

 白雪姫、という童話がある。森でポケモンたちと仲良く暮らしていた可愛らしい少女が、悪い魔女に毒リンゴを食べさせられ、醒めない眠りについてしまうというお話だ。
 ちょうどルーナメアが医療室で見たのも、同じような光景だった。
 並んだ医療用ベッドのひとつに、銀髪の少女がスヤスヤ寝息を立てて横たわっている。しかも顔には見覚えがある。確か近所でも有名な悪ガキだ。
「……説明しろ」
「緊急事態につき、彼女……サンを転送収容しました。彼女はどうやら何者かにテレパシー攻撃を受けているようで、乗船時も精神的に不安定な状態が続いたため、薬で眠らせました」
「聞きたいことは山ほどあるが後にしようか。こいつを起こすのじゃ、話を聞きたい」
「話を聞ける状態ではありません、少女の苦痛が増えるだけです」
「ふうむ……ではモニターを続けよ、起こせるようになったら連絡するのじゃ」
「あなたはどちらへ?」
「船に起きたことを調べねばならん。墜落したということは、船を直してまた飛ばしても、同じことが起こりかねんからの」
 医療室を出て、通路を歩く。行き交うポリゴンたちを避けつつ、ふと足を止めて窓を見上げた。
 割れた窓の向こうに、森が広がっていた。
 ここは確かに船の中だろう。だがこの世界から抜け出すにはまだ遠い先の話か。
 ため息を吐いて、再び歩き出した。


 *


 夢売る雑貨屋店『Stray Stars』。
 テント小屋の中で、タリサはテーブルに突っ伏すように、カリカリと羽根ペンをダイアリーに走らせる。記された文章は、存在しないはずの記憶。今なおはっきりと思い出すことはできないが、ぼんやりと、夢で見たように記憶の奥に焼きついている。
 長寿のオーロットから取れた木の皮膚を、なめして出来たダイアリー。誰かが『夢の煙』に浸し、誰かが『アシストパワー』を込めた。これは夢へと拐かす物。紙に刻んだインクが、形を変えて夢を映す。
 それを読み返す度に、少しずつ本当の自分を取り戻している気がする。だけど実感が湧いてこない。
 これはあたしが歩んできた歴史の本だ。それなのに、他人の自伝を読んでいるような気分になるのは、まだあたしが本当に大事なことを思い出せていないからだろう。

 ちょうど本を閉じたところへ、電話が掛かってきた。受話器を取って、肩と首で挟む。
「はい、こちら夢売る雑貨屋店『Stray Stars』です」
『俺だ』電話の向こうでキズミが言った。
「オレオレ詐欺?」
『しょうもないボケに付き合っている暇はない、用件に入るぞ。あの悪ガキが行方不明になった』
 緩んでいたタリサの顔が真顔に変わった。
『先ほどサンの両親が交番に駆け込んできて、うちの娘がいなくなったと騒いでいた。朝食に呼ぼうとして気づいたらしい。既に聞き込み捜査を始めているが、町の誰も昨日からサンの姿を見ていない。これは控えめに言ってもまずい状況なんじゃないか?』
「あぁ……まずいね」
 ゆっくりと受話器を置いて、タリサは立ち上がった。

 店の奥に通じるカーテンを押しのけ、タリサは静かな怒りを抱えて『奴』の前に立った。それは床に突き刺さった一本の剣。暗雲立ちこめる中瞬くでんきの剣【三鳥天司】、名を【雷電】という。
 タリサは声を震わせて言った。
「……何をした?」
「知れたこと」雷電は嘲るように答えた。「この茶番劇を我が終わらせてやろう。少女が我をその手に掴んだとき、雷鳴が天を別ち、我らを呼び込んだ愚かな神々を大地に引きずり下ろすのだ」
「何をしたと聞いているんだけど」
「我に刻まれた記憶の残影を、少女に見せてやった。我とてすべてを記憶している訳ではない、しかし覚醒を促すには足りる絶望だ」
「なんてバカなことを、時期尚早だとあれほど念を押しておいたのに……!」
 タリサは歩き回って考え込んだ。また失敗するのか。いいや、まだ挽回できるはず。むしろ新たな『パターン』ができたと思えばいい。
 立ち止まって、雷電を見た。
「……まったくお前さんは、いつも引っかき回してくれるね」
「では、どうする。我を叩き折れるのか?」
「そんな力はないし、できたとしてもする気はない。お前さんは必要な力だ、けれどサンにその準備ができていない。必要なのは絶望じゃない、絶望に耐えうる強い夢や希望なんだ」
 剣は答えない。こころなしか、まとう稲妻も穏やかになっている。
「……サンちゃんはきっと森にいる。お前さんなら場所が分かるんじゃないの?」
「だとしたら?」
 方法はひとつ。
 タリサは剣の柄を、握り締めた。
「今こそ力を貸してもらおうかい、雷電よ」


 *


 相変わらず妙なことに巻き込まれているような気がする。キズミは森の手前で立ち、腕時計を見ながら思った。
 昨夜タリサから聞かされた『世界の真実』とやらも半信半疑だが、奴が一瞬でもウルスラの苦痛を和らげたことは紛れもない事実。今しばらくはおとなしく従うが、そのうち宗教組織の手先として使われるのではないかと内心警戒していた。現に早速「お嬢ちゃんを探すために協力して欲しい」と言ってきた。どうやら当てがあるらしいのだが、まさか神の力とか言い出すんじゃないだろうな。
 が、そんな考えは合流しに訪れたタリサの姿を見て吹き飛んだ。
「……正気か?」
「あたしは至って真面目ですよ、お巡りさん」
 そう言うタリサは、普段の占術師みたいに珍妙なマント姿も目立つが、その手に稲妻を帯びた剣を持って、余計に異様さが増していた。
「まるでファンタジー世界の剣士だな」
「ひどいなあ、この剣だけがサンちゃんを探し出せるってのに」
「我を侮るでないぞ、小僧が」と、雷電が仰々しく返すと。
「……まさか剣が喋ったなんて言わないよな?」
「ファンタジーにようこそ。さあ行くよ」
 先陣切って森に入っていくタリサの背中を見て、キズミはため息を吐いた。

 森はまさに天然の迷宮。しかも町よりずっと広大ときた。皆が嫌煙する訳だ、まともな道はなく一度迷えば二度と戻れないだろう。
 サンの両親が娘を心配するのも納得だ。こんなところ子供とポケモン一匹で来るべき場所ではない、まったくどうやって帰り道を知っていたのやら。
 呆れながら歩くこと三十分ほど、やがて森の中に奇妙な建造物が見えてきた。
 円盤状の巨大な何かだ。その大半は地面に埋まっているが、見たこともない光沢を帯びた金属が木漏れ日を浴びて白く輝いている。
「いい加減にしろ……ファンタジーの次は、墜落したUFO?」
「あれは良いUFOだよ、壊れてるけど」タリサは続けて雷電に尋ねた。「サンちゃんは本当にこの中に?」
「深い眠りについているようだが、間違いあるまい」
 ゆっくりと近づいていくと、キズミの目に何かが映った。
「あの中で誰かが動いているぞ」
「そんな訳ない」タリサは首を横に振った。「誰もいないはずだよ」
「じゃあ自分の目で確かめてみろ、俺が先に行く」
 警官としての責務がキズミを突き動かす。ホルダーから拳銃を抜いて、真正面に構えながら近寄っていく。だが、後ろから見ていると姿勢がどこかぎこちない。
「……銃は苦手なのかい?」
「しっくり来なくて。警棒の方がまだ扱いやすい」
「ならそっちを持ってくれば良かったのに」
「無いんだ。この前コドラが署で暴れたときに全部喰っちまった」
「……ごめん、作り込みが甘かったね」
「なんでお前が謝る?」
 割れた窓からそっと中を伺う。通路だ。ポリゴンたちが忙しなく往来している。見たところ修理にあたっているようだ。
「警察だ!」
 声をあげたが、ポリゴンが止まる気配はない。かと言ってこっちに注意を向けることもせず、淡々と作業をこなしている。
 どうする、とキズミがタリサに目配せすると。タリサは「よいしょっ」と窓から中に入り込んだ。
「ほら平気。無視してくれるなら、このまま行こう」
 本当に大丈夫なのか。疑いつつキズミも続いて中に入ると。
『セキュリティ侵害を検知、侵入者警報』
 放送された声が響き渡って赤色灯が灯り、サイレンが鳴りだした。
 嘘だろ。キズミは肩を落とした。
「これどうするんだ」
「なんて言うか知ってる? 強行突破だ!」
 雷電を振りかざして、タリサは通路の奥へと駆けていく。もうどうにでもなれ、か。キズミはため息を吐いて、タリサに続いた。

 ブリッジ。
 制御盤を操作していたルーナメアだが、突然鳴りだしたサイレンに思わずビクリと肩を震わせた。
「何事じゃ!」
「艦長、侵入者です」
 マナフィがテレポートして現れ、言った。
「スクリーンに内部映像を出せ」
 ガラスに映った通路の映像は、タリサとキズミの姿をはっきりと捉えていた。なんで!? と思わず叫びたくなったが、それより先にマナフィが続けた。
「彼らを転送で拘束室に送ります」
「それしかあるまいな……!」
 偶然この船を見つけたのだとしたら、他の住民たちに知らせるおそれがある。正体不明のUFOが町の近くにあると知られれば、どんな混乱が起こるか考えたくもない。
 許可のため頷くと、マナフィは制御盤を操り始めた。
「ターゲット、ロック。転送します」
 映像の中でふたりの周りに光の粒子が溢れ始めた。それに戸惑っている様子に、ルーナメアは申し訳なく思ったが、問題はその次に起きた出来事である。ふたりを囲むように放電が迸り、光を弾き飛ばしたのだ。
 ブリッジに警告音が鳴り響いた。
「どうしたんじゃ!」
「転送プロセスが妨害されました。なんらかの放電現象によるものですが、発生源を特定できません」
「あやつら、ただ迷い込んだだけじゃないな?」
「その推測は当たっているようです。彼らの進行方向から目標地点を確認、医療室に向かっています」
「狙いはあの娘か……!」
 壁に並んだロッカーから、ルーナメアはとっさにライフル型の銃を掴み取った。
「医療室に転送しろ、そこで奴らを迎え撃つ!」
「お気を付けて」
 マナフィと視線を交わして、ルーナメアは頷いた。と同時に、光が集まって転送が始まった。

「「動くな!!」」

 タリサとキズミが医療室に到達した時、ルーナメアの転送も完了していた。そしてキズミとルーナメアが互いに銃口を向け合うのも、ほぼ同時の出来事だった。
 かたや鉛の銃弾、かたや光線銃、しかし当たれば互いに即死もあり得る距離だ。
 緊迫した空気が張りつめる中、タリサはひとり目を丸めていた。
「ルーナメア……戻ったのか……」
「待て、雑貨屋。おぬし今わしが誰か分かったのか?」
「ルーナメア?」キズミは銃を握ったまま尋ねた。「あの妙な機械オタクか、あいつはもっと小さいポケモンじゃなかったか? こいつはどう見ても人間だぞ」
「お褒めの言葉をどうも、それより銃を下げたらどうじゃ」
「そっちが先だろ。俺は警官だ、銃を向けていい相手だと思うな」
 互いに一歩も譲らない。いつでも撃てるよう、人差し指を引き金に置いたまま。
 硬直が続いたが、先に切り出したのはタリサだ。
「まあまあ、おふたりさん。そんな物騒なものはしまって、穏便に行きましょ。お互いに歩み寄って――」

 ピシャア!!
 タリサの握る【雷電】から雷鳴と稲光が駆けた瞬間、ふたりとも同時に発砲した。幸い避けたのも同時だったので、鉛玉と光線は誰にも当たることはなかった。
 すかさずルーナメアは再び銃を構えたが、動き出したのはキズミの方が早い。ライフルを蹴り飛ばして、かわりに銃口をルーナメアの頭に突きつけたが、瞬間、手の甲で弾かれて続けざまに腹蹴りを喰らった。
 キズミは医療ベッドに叩きつけられたが、すぐに身を翻して、近くにあった薬品の乗ったトレイを、ルーナメアに向けてぶちまけた。思わず腕で防いだ、その隙を突いて胸倉を掴み、ルーナメアに背負い投げを喰らわせた。
 目の前で繰り広げられる取っ組み合いを、タリサは呆然と見ていた。
「……雷電、これどういうこと?」
「此奴らを排除すれば、確実に少女を連れ戻せる」
「冗談じゃない! 今すぐ止めるんだよ、彼らの力がないとこの世界を抜けられない!」
「ならば争いを止めるがよい」
「どうやって!」
「ただ剣を振るうのだ。軽くでよい」
「こ、こう?」
 ぶんっと宙を斬った。刹那、剣身から放たれる眩い電撃が医療室を埋め尽くした。至る所で爆発が巻き起こり、火花が散り、医療モニターが砕けて、中身の配線がダラリと垂れる。無論、巻き込まれたルーナメアとキズミはひとたまりもない。瓦礫の山と化した医療室の中で、揃って横たわっていた。

 ふぅ。
 タリサは清々しくやりきった顔をして、言った。
「もう二度と、二度と、お前さんのことは信じないよ」

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想