金を産むニャースの話②
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鈴木は問いかける。
「アズマさんは、ニャースの”ねこに小判”という技をご存じでしょうか?」
整ったスーツ姿に、人懐っこい笑み。
見たところ、鈴木の年齢は俺より一回りくらい上だろうか。
出会ってまだ数分しか経っていないのに、この男の丁寧かつ柔らかな口調は、年上が苦手な俺の緊張を不思議とほぐしてくれた。
鈴木は俺に”ニャースを活用した事業”とやらの話をしてくれるようだが、マチルから今日そんな話をされる事なんて全く聞いていない。
先ほどの2人のやり取りから察するに鈴木を呼んだのはマチルなのだろうが、一体何故俺がこんな話を聞かなければならないのか。
状況を説明しろとアイコンタクトで救いを求めるが、マチルの奴は気色の悪いコーヒーの悦に浸っており、まるで無関心だった。
「はー、やっぱりコーヒーはこうでなくちゃ」
こいつ、後で覚えておけよ。
マチルの助けは望めそうにないので、鈴木の相手は俺1人でするしかない。
「…それなら知ってます。額の小判みたいなやつを投げつけて攻撃するんですよね」
「ご丁寧に技の説明までありがとうございます。よくご存知ですね」
鈴木は少し驚いているようだった。
「まあ、トレーナーやってたんで、それくらいなら知ってます」
「そうでしたか!アズマさんはポケモントレーナーの経験があるんですね」
ひょっとすると鈴木もマチルから何も知らされずにここに呼ばれたのだろうか。
だとすると鈴木も俺同様マチルのいい加減さの被害者ということになるのだが、こんなスーツ姿の男がこれから会う相手のことを大して知らされずに呼ばれて来てくれるものなのだろうか。
鈴木はさり気無くマチルに目配せさせていたが、マチルは気づいていないのか席を立ちあがり、
「ちょっと、コーヒー入れてくるわ」
と言い放つと、俺と鈴木を残して立ち去った。
マチルの身勝手で無責任な所は、本当に昔から何も変わっていない。
鈴木もマチルの性格をよく理解しているようで、にこにこと微笑んでいるだけで、特に気にしている様子は無かった。
とはいえ、この状況を気にするのは寧ろ俺の方だ。
いくら鈴木が人の良さそうな人間だろうが、初対面の相手と2人っきりというのはどうも落ち着かない。
そんな俺の気を察してか鈴木は和かに口を開く。
「ところで、先ほどアズマさんはポケモントレーナーをしてい”た”と仰られていましたが、今はもうやられていないんですか?」
「そうですね____」
俺がトレーナーを辞めようと決心したのは、ほんの一週間前のことだ。
決心したとはいえ、未練も後悔もたんまり残っている。
「どのくらいの期間トレーナーを続けられてたんですか?」
あまり答えたくない質問だったが、どうせ後でマチル経由でバレることを考えると、正直に答えるしかないと思った。
「大体7年くらいですかね」
正確に言うと、7年と7日だ。
「すごい!そんなに長く続けてられたんですね!」
「すごいん…ですかね」
学校も辞めて、夢も諦めて、もはや何かに打ち込む情熱さえ残っていない、まるで抜け殻の俺みたいな人間のどこが凄いというのだろうか。
思わず沈んでしまいそうになる俺に、鈴木は変わらぬ笑みで答えた。
「ええ、もちろんです。アズマさんは7年もの間、過酷なトレーナーの旅を続けられていたんですよ。仮に形として何も結果が残っていなくとも、得られたものは沢山ある筈です」
「俺が得られたもの…」
「そうです。得られたものです」
確かに旅を続けて得られた経験や知識は沢山あるだろう。
しかし、だからと言ってそれらが今後自分の生活に役立つとは到底思えなかった。
雑誌で求人募集を見ても、どこも学校で勉強して得られるような資格が求められていたからだ。
「アズマは、アズマの道を進んでいけばいいと思うよ」
気づけばコーヒーカップを片手にマチルが戻ってきていた。
さも最初から話を聞いていた様な口ぶりで会話に参加して来たのだが、こいつは一体いつから聞いていたんだ。
トレーナーを辞めた事に関して、マチルにはあま。深く聞かれたく無かったんだが____
理由?そんなの7年前の俺に聞いてくれ。
マチルは席に戻ると、テーブルに残っていた砂糖の袋に手をつけた。
「お前またあれ作るのかよ」
どばどばと砂糖が入れられていく様を見ているだけで、口の中に甘ったるい感触が広っていき気分が悪くなりそうだ。
「何よ、飲みたいならアズマの分も作ったげるけど」
「いいや、遠慮しとく」
隣の席の女性がマチルの奇行に驚いていたが、俺は気づかないふりでやり過ごすことにした。
「さて、気を取り直して本題に入ります」
マチルの特製コーヒーが完成すると、鈴木は足元の黒い鞄からクリアファイルを取り出した。
俺はそれを受け取り、中に何枚かファイリングされた用紙を取り出した。
1ページ目には背景に大きなニャースのシルエットが描かれており、見出しには___
「金を産むニャース…プロジェクト?」
と大きく書かれていた。
「そうです。話を随分前に戻しますが、先ほどアズマさんはニャースのネコに小判という技の説明をしてくださいましたよね?」
「はい」
ニャースの額に付いた小判を投げつけるだけの攻撃なので、正直技と呼べるのかも怪しいのだが…そう言えば、あの小判を売って金儲けできるなんて話を聞いたことがある。
「アズマさんは、ニャースの額に付いた小判が一体何で出来ているかご存知ですか?」
「もしかして、あの小判って本物なんですか?」
「そもそも”小判”とは昔に使われていた金貨のことですから、そういう意味では偽物という事になります。が、ニャースの額に作られるものも”小判”と称するなら本物ということになるでしょうね」
「要するに、アレはニャース製の”小判”ってことになるわね」
そう言いながら席を立つマチルの右手には、空のコーヒーカップが握られていた。
まさかもうあれを飲み切ったのか。
「お前もうそれ飲むのやめとけよ。いくらなんでも体に悪すぎるぞ」
「うるさいわね、わかってるわよ。流石にコーヒー三杯も飲んだら糖尿病になるでしょ」
コーヒー飲んで糖尿病になるのはお前だけだ、といってやりたかったが、これ以上くだらないやり取りで鈴木の説明に水を刺すのが申し訳なく我慢した。
「では2ページ目をお願いします」
鈴木に促されるまま、俺は用紙の次ページをめくった。
「うげっ」
そこには、思わず呻き声を上げたくなるほどの文字がビッシリと書き込まれていた。
俺の気持ちを察してか、鈴木は笑う。
「基本私が口で説明しますので、無理に読まなくても大丈夫ですよ。後で気が向いたら読んでみてください」
「わ、わかりました」
多分、一生気が向くことはないだろう。
「さて、先ほどアズマさんにニャースの小判は本物かという話をしました。実は諸説あるのですが、あの小判はニャースのツノみたいなものだと言われています」
「あれってツノなんですか?」
てっきりニャースが自分で製作した”小判”なのかと思っていたが、ニャース自身が体から生成できるのか。
「実はまだはっきりと解明されていなんです。ニャースは小判を無くしても、次の日の朝には新しい小判が額に戻っています。何度無くしても、必ずです」
「なるほど」
用紙のタイトルと今のニャースの小判の話で、何となくだが鈴木がこれからする話の内容が読めてきた。
「ニャースの小判ってどれくら価値があるんですか?」
「流石アズマさん、お察しがいいですね」
鈴木は細めていた目をさらに細く高く釣り上げた。
「アズマさんは、ニャースの”ねこに小判”という技をご存じでしょうか?」
整ったスーツ姿に、人懐っこい笑み。
見たところ、鈴木の年齢は俺より一回りくらい上だろうか。
出会ってまだ数分しか経っていないのに、この男の丁寧かつ柔らかな口調は、年上が苦手な俺の緊張を不思議とほぐしてくれた。
鈴木は俺に”ニャースを活用した事業”とやらの話をしてくれるようだが、マチルから今日そんな話をされる事なんて全く聞いていない。
先ほどの2人のやり取りから察するに鈴木を呼んだのはマチルなのだろうが、一体何故俺がこんな話を聞かなければならないのか。
状況を説明しろとアイコンタクトで救いを求めるが、マチルの奴は気色の悪いコーヒーの悦に浸っており、まるで無関心だった。
「はー、やっぱりコーヒーはこうでなくちゃ」
こいつ、後で覚えておけよ。
マチルの助けは望めそうにないので、鈴木の相手は俺1人でするしかない。
「…それなら知ってます。額の小判みたいなやつを投げつけて攻撃するんですよね」
「ご丁寧に技の説明までありがとうございます。よくご存知ですね」
鈴木は少し驚いているようだった。
「まあ、トレーナーやってたんで、それくらいなら知ってます」
「そうでしたか!アズマさんはポケモントレーナーの経験があるんですね」
ひょっとすると鈴木もマチルから何も知らされずにここに呼ばれたのだろうか。
だとすると鈴木も俺同様マチルのいい加減さの被害者ということになるのだが、こんなスーツ姿の男がこれから会う相手のことを大して知らされずに呼ばれて来てくれるものなのだろうか。
鈴木はさり気無くマチルに目配せさせていたが、マチルは気づいていないのか席を立ちあがり、
「ちょっと、コーヒー入れてくるわ」
と言い放つと、俺と鈴木を残して立ち去った。
マチルの身勝手で無責任な所は、本当に昔から何も変わっていない。
鈴木もマチルの性格をよく理解しているようで、にこにこと微笑んでいるだけで、特に気にしている様子は無かった。
とはいえ、この状況を気にするのは寧ろ俺の方だ。
いくら鈴木が人の良さそうな人間だろうが、初対面の相手と2人っきりというのはどうも落ち着かない。
そんな俺の気を察してか鈴木は和かに口を開く。
「ところで、先ほどアズマさんはポケモントレーナーをしてい”た”と仰られていましたが、今はもうやられていないんですか?」
「そうですね____」
俺がトレーナーを辞めようと決心したのは、ほんの一週間前のことだ。
決心したとはいえ、未練も後悔もたんまり残っている。
「どのくらいの期間トレーナーを続けられてたんですか?」
あまり答えたくない質問だったが、どうせ後でマチル経由でバレることを考えると、正直に答えるしかないと思った。
「大体7年くらいですかね」
正確に言うと、7年と7日だ。
「すごい!そんなに長く続けてられたんですね!」
「すごいん…ですかね」
学校も辞めて、夢も諦めて、もはや何かに打ち込む情熱さえ残っていない、まるで抜け殻の俺みたいな人間のどこが凄いというのだろうか。
思わず沈んでしまいそうになる俺に、鈴木は変わらぬ笑みで答えた。
「ええ、もちろんです。アズマさんは7年もの間、過酷なトレーナーの旅を続けられていたんですよ。仮に形として何も結果が残っていなくとも、得られたものは沢山ある筈です」
「俺が得られたもの…」
「そうです。得られたものです」
確かに旅を続けて得られた経験や知識は沢山あるだろう。
しかし、だからと言ってそれらが今後自分の生活に役立つとは到底思えなかった。
雑誌で求人募集を見ても、どこも学校で勉強して得られるような資格が求められていたからだ。
「アズマは、アズマの道を進んでいけばいいと思うよ」
気づけばコーヒーカップを片手にマチルが戻ってきていた。
さも最初から話を聞いていた様な口ぶりで会話に参加して来たのだが、こいつは一体いつから聞いていたんだ。
トレーナーを辞めた事に関して、マチルにはあま。深く聞かれたく無かったんだが____
理由?そんなの7年前の俺に聞いてくれ。
マチルは席に戻ると、テーブルに残っていた砂糖の袋に手をつけた。
「お前またあれ作るのかよ」
どばどばと砂糖が入れられていく様を見ているだけで、口の中に甘ったるい感触が広っていき気分が悪くなりそうだ。
「何よ、飲みたいならアズマの分も作ったげるけど」
「いいや、遠慮しとく」
隣の席の女性がマチルの奇行に驚いていたが、俺は気づかないふりでやり過ごすことにした。
「さて、気を取り直して本題に入ります」
マチルの特製コーヒーが完成すると、鈴木は足元の黒い鞄からクリアファイルを取り出した。
俺はそれを受け取り、中に何枚かファイリングされた用紙を取り出した。
1ページ目には背景に大きなニャースのシルエットが描かれており、見出しには___
「金を産むニャース…プロジェクト?」
と大きく書かれていた。
「そうです。話を随分前に戻しますが、先ほどアズマさんはニャースのネコに小判という技の説明をしてくださいましたよね?」
「はい」
ニャースの額に付いた小判を投げつけるだけの攻撃なので、正直技と呼べるのかも怪しいのだが…そう言えば、あの小判を売って金儲けできるなんて話を聞いたことがある。
「アズマさんは、ニャースの額に付いた小判が一体何で出来ているかご存知ですか?」
「もしかして、あの小判って本物なんですか?」
「そもそも”小判”とは昔に使われていた金貨のことですから、そういう意味では偽物という事になります。が、ニャースの額に作られるものも”小判”と称するなら本物ということになるでしょうね」
「要するに、アレはニャース製の”小判”ってことになるわね」
そう言いながら席を立つマチルの右手には、空のコーヒーカップが握られていた。
まさかもうあれを飲み切ったのか。
「お前もうそれ飲むのやめとけよ。いくらなんでも体に悪すぎるぞ」
「うるさいわね、わかってるわよ。流石にコーヒー三杯も飲んだら糖尿病になるでしょ」
コーヒー飲んで糖尿病になるのはお前だけだ、といってやりたかったが、これ以上くだらないやり取りで鈴木の説明に水を刺すのが申し訳なく我慢した。
「では2ページ目をお願いします」
鈴木に促されるまま、俺は用紙の次ページをめくった。
「うげっ」
そこには、思わず呻き声を上げたくなるほどの文字がビッシリと書き込まれていた。
俺の気持ちを察してか、鈴木は笑う。
「基本私が口で説明しますので、無理に読まなくても大丈夫ですよ。後で気が向いたら読んでみてください」
「わ、わかりました」
多分、一生気が向くことはないだろう。
「さて、先ほどアズマさんにニャースの小判は本物かという話をしました。実は諸説あるのですが、あの小判はニャースのツノみたいなものだと言われています」
「あれってツノなんですか?」
てっきりニャースが自分で製作した”小判”なのかと思っていたが、ニャース自身が体から生成できるのか。
「実はまだはっきりと解明されていなんです。ニャースは小判を無くしても、次の日の朝には新しい小判が額に戻っています。何度無くしても、必ずです」
「なるほど」
用紙のタイトルと今のニャースの小判の話で、何となくだが鈴木がこれからする話の内容が読めてきた。
「ニャースの小判ってどれくら価値があるんですか?」
「流石アズマさん、お察しがいいですね」
鈴木は細めていた目をさらに細く高く釣り上げた。