ギンガ団のゆううつ

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「空は飛行機に限るよ……暫くひこうタイプは遠慮したい……」

 衝撃的な体験をしたあの日から数ヵ月後、ユウイチは飛行機で南の端から北の端の地方へとやってきていた。
 というのも、あの後更に怒涛のように色々な出来事が巻き起こり、結果として南端から北端まで移動しなければならなくなったからだ。
 まず一つ目に、ヒンバスとミューについて。
 本島に戻ってきたユウイチはクロシオやイリエ、そしてミューから猛烈な歓迎を受けていた。
 というのも気を失っていた期間は予想よりも長く、数日ほどあの島で伸びていたらしい。
 ヒンバスは海に戻った後、死に物狂いでユウイチの姿を探し、ユウイチと共に島の方へと戻ろうとしたのだが、荒れ狂う海流のせいでかなり流されてしまい、島の方向が分からなくなったことでとにかくユウイチの安全を確保しなければならないと決意した結果、ミロカロスへと進化を遂げたようだ。
 長い身体を活かしてユウイチの身体を引き上げ、腕のようなヒレでユウイチの身体を必ず水面よりも高い位置になるように持ち上げ、急いで近くに見えたあの無人島へと引き上げ、意識の戻らないユウイチを祈るような気持ちで自らの体温で温め続けていた。
 ミロカロスの献身がなければユウイチが生きていた保証はないため、まずユウイチがミロカロスにお礼を言ったが、その後帰宅したユウイチの姿を見たミューがボロボロと大粒の涙を流しながら胸に飛び込んできた。
 何処にでも行けたはずなのに、ミューはずっと社宅でユウイチが帰ってくるのを待っていたのだろう。
 その間の不安を考えるとミューの涙も理解することができ、何度もミューに謝った。

「悪かった。ミュー。俺の考えが甘かった」

 ユウイチとしては、数日もの間戻ってこなかったのであれば、ミューもきっと何処かへ行くだろうと高を括っていた。
 この数日、飲まず食わずで待っていたのであろうミューは、ユウイチが無事に帰ってきたのを見るとそのままユウイチの胸の中で眠ってしまうほど疲れきっていた。
 翌日、改めてミューや他の手持ち達にも、如何に自分が真剣にポケモンと向かい合おうとしていなかったのかという胸中を語り、同時にミロカロスとミューの思いを知って、ユウイチは遂に口にした。

「ミュー。これから先も俺とずっと一緒にいて欲しい」
「……ミュ!」

 ユウイチの言葉を聞くとミューは大きな瞳にうっすらと涙を浮かべ、嬉しそうに頷いた。

「それと……ごめんな。今までずっとお前の事が分からなかった。だからずっと保留にしてたけど、お前の事も名前で呼びたい」
「フォーウ!」
「ただまあ……俺が名前を決めるといっつも捻りがないからなぁ……。パッと思いついたのがフォウだけど……それでいいか?」
「フォウ!フォウ!」

 ミロカロスにユウイチがそう言うと、とても嬉しそうに笑い返した。
 フォウと名付けられたミロカロスはとても嬉しそうにユウイチから名付けられた自らの名前を呼ぶように何度も短く鳴いていたが、ユウイチは今一度改まって皆を自分の言葉に集中させた。

「今までどうするかずっと悩んでた。でももう迷わない。お前達と一緒にポケモンコーディネーターを本気で目指してみようと思う」

 そう言うと何処までユウイチの言葉の意味を理解しているか分からないが、それでも皆表情が明るくなっていった。
 ここまでが一つ目で、二つ目がクロシオとイリエについて。
 その話し合いの後、ユウイチは三匹をモンスターボールへと戻し、ミューも連れて近くのショップへと向かった。
 いつもならミューは姿を消していたが、その日は決して姿を消さず、嬉しそうにユウイチの頭の上で頭を揺らしていた。
 ミューが姿を消していなかった事でユウイチはミューとは対照的に周囲をかなり警戒していたが、現実はユウイチが思っているほど誰もミューに興味がないようだ。
 指を指すような者もおらず、ユウイチがデパートでモンスターボールを購入している最中もミューを見て驚くような人間はいなかった。

「……案外、俺は勝手に世界ってのはもっと厳しいもんだと思ってたよ」
「ミュ?」
「なんでもない。これからもよろしくな」

 そう言ってユウイチが差し出したボールのボタン部分にミューが触れると、光となって消え、手元のボールが何度か揺れるとすぐに登録が完了したカチリという音が聞こえた。
 改めてミューとフォウを新たな手持ちとして迎え入れたユウイチはその足でそのまま海の家へと向かったが、やはりあの増水が原因で海の家があった場所は随分とボロボロになった建物が残されていた。

「……やっぱ誰もいないか」
「お、お前ユウイチか……!? 化けて出たわけじゃないんだよな……?」

 背後から声が聞こえ、振り返るとそこには今にも泣き出しそうなクロシオの姿があった。
 聞く所によると、クロシオとイリエはその増水の子細を知っていたらしいが、降り止まない雨と流されたユウイチを見て考えを改めていたそうだ。

「俺達アクア団は、水さえあればもっと人間もポケモン達も生きやすい世界になるって思ってたんだ。だが実際はそうじゃなかった。危うく俺達は沢山の命を奪い去る所だった……」

 海の家を経営して資金調達をする裏で彼等は世界中の海を増やす計画を進めていたが、その最終段階とも言える降り止まぬ雨という驚異と、結局それが制御できなかったことにより短くはない付き合いのユウイチが流されていったのを見て、自分達の行っていた事を悔いていたそうだ。
 ユウイチが生きていたという報告を聞いてイリエもすぐに駆けつけ、ただただユウイチは謝られ、自分達の悪行を吐露していった。

「警察に突き出してもらっても構わない。俺達がお前を殺そうとしたようなものだ」
「突き出したりしないですよ」

 ユウイチの言葉を聞いてクロシオとイリエは想像していなかった返答が帰ってきた事に驚愕していた。

「でも私達は……」
「その組織がどうとかってのはよく分からないですけど、別に俺の事を殺したいほど憎んでたってわけでもないっすよね?」
「それは勿論よ」
「やってみなきゃ分からない事なんてこの世には幾らでもありますよ。俺だって実際そうですし。それに、ずっと海の家を手伝ってたからこそ、純粋に海が好きなだけなんだってのも分かってましたから」

 そう言うとクロシオもイリエも心の中にあった思いが溢れ出したのか、堰を切ったように泣き出してしまった。
 死ぬような思いこそしたが、結果としてユウイチにとってもこの経験のおかげで漸く前に進む決心ができたからこそ、感謝もしていた。
 それにゲンという思い出したくもない過去があるからこそ、彼等は手段を間違っただけで、心の底から悪意をもって行動していたわけではないことが分かるからこそ、ユウイチは許せたのだろう。

「それに、俺からも謝らないといけないんですけど、すいません。俺もやりたい事が決まったので、もう働けなくなると思います」
「……そうか」
「自首するでも何でも、俺から言えることは無いですけど、でも俺はクロシオさんとイリエさん、二人が真剣に海の事を語るのも、海岸に来るお客さん達に海の良さを伝えてたのも好きでしたよ。折角なら今度こそ、組織のためとかじゃなくて、自分達の為に人と海を繋げてもいいんじゃないっすかね? ……なんて言ってみたり」
「ユウイチ……。負けてられないね……」

 そんな会話を交わし、その後は仕事終わりの時のように食事を楽しんだ。
 それは最後の挨拶としてではなく、お互いの門出を祝ってのものだった。
 そして三つ目。
 遂にユウイチの中で踏ん切りがついたことと、自信を持って自分のポケモンを好きだと言えるようになったからこそ、ユウイチはコーディへと連絡を入れた。
 スマホ自体は海水でダメになっていたが、元々あまりケータイに頼っていなかったこともあって、メモ帳の方にも電話番号を控えていたのが功を奏した。

「もしもし?」

 数回のコールの後、コーディの声が聞こえ、ユウイチは緊張で胸が詰まりそうになりながら声を出した。

「急にお電話を掛けて申し訳ありません。ユウイチという者なのですが、覚えていますでしょうか?」

 ユウイチの声に対して返事は無かった。
 だからこそ流石に期間が空きすぎてきっとコーディは忘れていると思っていた。

「……驚いた。まさか本当に掛け直してくれるとは思ってなかったよ。勿論忘れてないよ」

 帰ってきた返事は予想外のものだった。
 というのもコーディの方も暫くユウイチから連絡が無かったため諦めていたようだが、急に電話が掛かってきたため予想外の連絡に言葉を失っていたようだ。

「図々しいお願いだとは重々承知しております。ただ、もしよければコーディさんの弟子にしていただきたいのです」
「構わないよ。ボクの課題はちゃんとクリアしたかい?」
「はい。今なら自信を持ってポケモン達を好きだと言えます」

 ユウイチの自身に満ちた声を聞くとコーディは電話越しに嬉しそうな声で笑った。

「ただごめんね。あれから大分経ってしまったからボクも地元の方に戻ってしまっているんだ。暫くはそっちに行く用事もないから、君さえ問題なければこっちに来てもらえると助かるんだけど……」
「大丈夫です! 元々目的もなく旅をしていた根無し草なので!」

 ユウイチがそう言うとコーディは声に出して笑った。
 そんなこんなでコーディの地元である最北端の地方へと向かうことになり、現在に至る。
 前回の一件があったことで飛行機による旅は普通よりもかなり快適に感じていた。

「ミュ!」
「お、早速自由を満喫してやがるな」

 空港を出てすぐにミューが勝手にボールから飛び出し、定位置であるユウイチの頭の上にぺたりと張り付いた。
 正式にユウイチのポケモンとなったことでこれからは姿を隠す必要が無くなったからか、ここ最近は常にご機嫌で見るもの全てが新鮮なのかとても楽しそうだ。
 だがやはりユウイチ以外のトレーナーの視線が向くとミューはすぐに姿を消したり、ボールの中へ引っ込んでしまう事が多く、ユウイチ以外の人間にはあまり気を許していないままらしい。
 その日はコーディさんと合流する予定だったが、まだ仕事の方が片付いていないとの事だったため、後々コーディの会社に顔を出す事になるが、それまでは自由時間となった。
 空港から離れて町の中へと移動すると、高層ビルが立ち並ぶ都心部がすぐに顔を出す。
 人の数も非常に多く、野生のポケモンやトレーナーと思われる人間と共に歩く姿が街のどこにも見受けられる。
 旅を始めた頃ならばユウイチもミューも周囲の目に怯えながら街を歩くことになっていたかもしれないが、今はもうそうはならない。
 街灯に留まるムックルやすれ違うポケモンにミューは楽しそうに視線と共に鳴き声を一つ送り、同じようにポケモン達からも一つ鳴き声を返してもらう。
 恐らく挨拶しているのだろうが、ユウイチとしてはそれよりもその大都市の風景の方が気掛かりで仕方が無かった。
 これまではゆっくりと街中を歩く機会などほとんどなかったため、その発展した町の風景を眺めているだけでも目が回りそうなほどの情報が押し寄せてくる感覚がとても楽しかった。
 看板にも電子広告にも所狭しとポケモンやそれと共に人間、そして様々な商品が描かれており、ユウイチが想像していたよりも世界はポケモンで溢れていた。
 その光景に少々やるせない気持ちになりながらも、同時に良さそうなポケモンフードの広告なんかを自然と目が追いかけるようになっていたのも小さな変化だろう。
 一先ず空港移動の為に減らしていた食料を買い足し、公園でポケモンを全員出した。
 暫くの間はポケモン達との時間を過ごし、十分に遊ばせると今度はミューと共に街を散策する。
 コーディのブランドであるカンナギも巨大な広告がパノラマモニターで流れているのを見て、今までなんとなくで理解していたコーディとそのブランドの凄さを思い知らされたが、そのおかげで割と簡単に本社の場所は分かったため、純粋に観光を楽しんだ。

「いやーごめんね。待たせちゃって」
「いえいえ、俺こそ急にお願いしてしまって申し訳ありません」

 日が沈み、夜が訪れたオフィス街でコーディとユウイチは合流し、改めてユウイチはコーディに深く頭を下げて弟子入りを志願した。
 コーディが課していた課題であるポケモンとの中を改善したことの証明と、これからユウイチがポケモンコーディネーターになるために育成したいポケモンを見定めるための選定を兼ね、近くの公園へと移動してから一匹ずつ見せてゆく。

「へえ! バンギラスか!」

 ギューの姿を見るとコーディは目を見開いた。

「いいねぇ! バンギラスは荒々しい性格だから体表に細かな傷が多い事がほとんどなんだけど、この子はとても丁寧に手入れをしてもらっているのが分かるよ!」 

 そう言ってギューの見た目を褒めていたが、ユウイチとしてはただバトルをさせていないだけなので少々恥ずかしくなっていた。

「よし! ユウイチくん! この子を出すとすればコンテストのどの部門だと思うかい?」
「えっと……多分、かしこさの部門ですかね?」
「う~ん……残念ながらかしこさではないね。世間一般がバンギラスに持つイメージはたくましさやかっこよさだね」

 ユウイチの返答に対し、コーディは首を大きく横に振ってそう答えた。
 かなり自信のある回答だったが、正解ではなかったことが少しだけ不服だった。
 ギューはユウイチの手持ちのポケモンの中でも特にユウイチの言うことを聞き、周囲に気を遣える子だ。
 本当ならばもっとユウイチと遊びたいと考えているはずなのだが、自分の体の大きさを知っているからこそ必ず動く前に周囲を確認するほど気が優しい。
 だからこそしっかりと物事を考えて行動している賢いポケモンなのだ……と口にしたかったが、流石に素人が口出しするほど浅はかではない。

「お次は……ヘルガーか! いいねぇ! ちなみにこの子はなんの部門だと思うかい?」
「……かわいさでしょうか!?」
「残念! ヘルガーの場合ならかしこさやかっこよさだね」

 二連続で外し、流石にユウイチとしても納得の行かない部分が多かったのが流石に顔に出てき始めていた。
 というのも、ユウイチにとってガルはとても可愛らしい一面が多かったからだ。
 出会った当初はギューもガルもかなり色々と警戒している側面が多かったが、ギューの方が身体の大きさも相まって常に周囲を警戒していることが多かったためガルの方は本来の性分が出てきたのだろう。
 基本的にユウイチと他の仲間しかいない時はお腹を見せていつも撫でて欲しそうにゴロゴロとしていることが多かった。
 かといって常にそういうわけではなく、ギューが甘える時は逆にガルが回りを警戒するという、元々二匹が同じ環境で育てられてきたからこそ育まれた二匹だけの絆もあった。

「お次は……!! なんとエレガント!! 君はミロカロスまで育てていたのかい!?」
「ま、まあ……そうですね」

 フォウを見せるとコーディはこれまでにないほど瞳を輝かせてそう語った。

「いけないいけない……。この子は何の部門にだと思うかな?」
「たくましさですよね!」
「……うつくしさだね。確かにミロカロスでコンテストとポケモンリーグの両方を圧倒しているトレーナーもいるけれど、ミロカロスの最大の魅力は語るまでもなく存在するだけで人の目を引くほどの美しさだよ」

 結局全て外し、どうしてもユウイチは納得できなかった。
 フォウはユウイチがポケモンを好きになる切欠ともなった上に、命まで救った正に救世主のような存在だ。
 表情の乏しかったヒンバスの頃から積極的にコミュニケーションを取っていたおかげで、ただ何にも興味を示していなかっただけだったことが分かり、ユウイチと共に過ごす内にとても喜怒哀楽が分かりやすくなったという経緯があったからだ。
 そしてユウイチのピンチにフォウは進化し、その力強さでユウイチを救ってくれたからこそ、ユウイチにとっては頼もしい存在以外の何者でもない。

「最後は……この子は見た事がないね。なんてポケモンだい?」
「ミュウのミューといいます。確かとても珍しいポケモンだとか……」
「へえ! そんなポケモンを連れているなんてすごいね! ……ちなみにこの子はどの部門なら輝けると思うかい?」
「かしこさですかね?」
「見た事がないポケモンだけど、ボクの直感ならかわいさか……そうだね、かしこさでもいけそうだと思うよ」
「かわいさの方がいいんですかね?」
「そうだね……ちなみにだけど、ユウイチくんがポケモン達の部門としてそれを選んだ理由はあるのかい?」
「当然ですよ!! ギューは……」

 コーディに聞かれた事で、これまでずっと言いたかった事を全部言い出した。
 それぞれのポケモンにまつわるエピソードを聞いたコーディは一言、ユウイチの選択を否定したことを謝った。

「なるほど……確かに君と君のポケモン達は確かな絆で結ばれているようだね。では、ここで一つ問題だ」

 続けてコーディはそう言いながら指を立てる。
 これまでのように知識を試されるものかとユウイチは身構えたが

「ボクが仕事終わりに飲むお酒はなんでしょう?」
「え?」
「ボクが飲んでそうなお酒だよ」

 突拍子もない問題が飛んできた事で考えていたことが全て吹き飛んだ。

「ワ、ワインとかですか……?」
「正解は焼酎だよ。米の水割りが大好きさ」

 正解を聞いてもユウイチはなんとも言えない気持ちになったが、コーディはそれを見てニッコリと笑った。

「そんなの分かるわけない。って思ったよね?」
「ま、まあ……」
「そして逆にボクの見た目からワインを飲んでそうだ。とも思ったから、君はそう答えた。合ってるよね?」
「はい……」
「このやり取りと君のポケモン達への印象は正に同じなのさ」

 急に行われた謎の質問の意図がよく分かっていないユウイチはそう言われてもまだ首を傾げたままだったが、コーディはその疑問にもきちんと答え始める。

「よく言われるんだよ。ボクもワインとかを嗜んでそうだって」
「はあ……」
「つまり君はボクのファーストインプレッションからワインを選んだわけだ。でも実際はワインはあんまり飲まない。この事実はボクと近しい友人や家族しか知りえない情報だ」
「まあそうですね」
「では君のポケモン達にまつわるストーリー。それを実際にステージで観客に見せる時にその観客達はその事を知っているかな?」
「確かに……知らないですね」

 コーディのその問い掛けで、先程まで語っていた自分のポケモン達に対する先入観が理解できた。
 ユウイチにとって仲間達はかけがえのない存在だが、それはあくまでユウイチにとって。
 観客はそんな事実を知らない以上、見た目で判断するしかない。

「そういうこと。君がボクの言った通り課題を解決できたことは今のでよく分かったけれど、今君はポケモンコーディネーターになるためのスタートラインに立ったんだ。これからは君と君のパートナー達だけではなく、共に競う他のコーディネーターや観客の心理を理解する必要がある。だからこそもっとポケモンを知る必要があるんだ」
「客観的に……ですね!」

 ユウイチの答えを聞くとコーディはニッコリと笑って頷いた。
 その後は場所を移し、近くのレストランで食事をしながら今後の事についてを話し合った。
 現状何も知らない状態であるため、ユウイチはまず座学から学ぶこととなった。
 普段は仕事があるため、直接教えるのは仕事が終わった後になること。
 直接指導できない時間帯は独学でも構わないが、その場合は必ず独学した内容を先にコーディに報告し、間違った知識を身に付けないように徹底すること。

「それと……多分暫くはボクの下で勉強することになると思うけど、その間はどうする?」
「とりあえずこっちで働ける場所を探して、家は……とりあえず見つかるまではテントで生活しようかと思います」
「いいね。合格だよ」
「え?」
「お金も家もおんぶにだっこでいるつもりだったら追い返していたところだったかな?」

 笑顔でコーディはそう言ったが、目が全く笑っていなかったため、もしもユウイチがコーディに頼りっきりになろうとしていたなら本当にそうしていたことだろう。
 唐突に厳しい一面を見せられて思わず顔が引きつったが、コーディは真剣な表情を見せた。

「ボクが君を迎えたのは君に本気さを感じたからだ。だからこそボクも全身全霊を以て応えるよ。でも現実は厳しい。必ず君が一人前のポケモンコーディネーターとなれる保証はない。だからこそ君が地に足を付けて自分のこの先を見据えているか確かめたかった」
「そうですね……」
「大丈夫。脅したいわけじゃない。君にちゃんと才能も感じたからこそ受けたんだ。僕達ポケモンコーディネーターは自らが商品そのものだ。しっかりと自信を持つんだよ」
「……はい!」

 そうして食事を終えると、コーディはユウイチの為にホテルを予約してくれているとの事だったため、そのままホテルへと向かった。
 翌日コーディから連絡があり、まずは可能性としてコーディの仕事を手伝えるのならば、日中はそこで働いてもらいたいと提案され、カンナギの通常の業務風景を見せてもらったが、到底ユウイチができそうな仕事は存在しなかった。
 コスメを取り扱っている会社なだけあり、皆一様にスーツを身に付け、営業やプロモーションの仕事などをしているが、やはりコスメティックに関する専門的な知識が必要なため問題外だった。
 研究開発部門も同様であり、ならば箱詰めならばと思ったが、高級商品等も扱っているため、ほとんどの工程が自動化されており人間が入れる余地が殆どない。
 コーディとしてもダメ元で提案しただけであったため、別に何も言われなかったが、そうなるとこれまでのように自力で仕事を探してくる必要がある。
 とはいえ、仕事探しに関しても随分と前向きになっていた。
 ポケモンさえいれば案外仕事は見つかる事が分かったため、全くポケモンを持っておらず、ポケモンと関わる仕事を避けて探していた頃に比べれば随分と気が楽だ。
 とはいえここは都心部であるため、あまり飛び込みの仕事ができるような場所はなく、探すのには少々苦労したが、それでも選択肢が幾らでもある分ユウイチからすれば何も問題ではないと感じるほどだったようだ。
 探し始めてから数日ほど経ったある日、その日も手当たり次第に働けそうな場所へ飛び込み営業を持ち掛け続けていた。
 そんな時、ビルへ入ろうとしたタイミングで丁度出てこようとしていた人間と身体がぶつかってしまった。

「あ、すみません!」
「気を付けたまえ」

 そこに立っていた人物は色白で青みがかった髪色の男性だった。
 ぶつかってきたユウイチを見ても別段声を荒げることもなく、冷静にユウイチに注意を促しただけだったため、ユウイチは改めて頭を下げた。

「君、随分と珍しいポケモンを連れているな」
「え、あぁミューの事ですかね?」

 ユウイチの頭の上に乗っていたミューの存在に気が付くとその男性は顔だけをこちらに向けてそう話しかけてきた。
 ミューの方はしっかりとその男性に意識を向けられた事でボールの中へと引っ込んでしまったが、見た限りその男性がミューの姿を見て目の色を変えたようには見えなかったためそのまま会話を続けた。

「珍しいポケモンを連れたトレーナーはそれだけで優秀である証拠だ。君の名前は?」
「ユウイチといいます」
「ユウイチか。聞かない名前だ」
「あ、自分は別の地方から来たばっかりで……」
「成程。道理で知らないはずだ」

 可能な限りユウイチはにこやかに話そうとしていたが、何処かその男の言葉は淡々としている。
 かといって怒っているわけではないのは分かるが、そのせいで少しだけ話しづらいと思っていた。

「それじゃあ。失礼します」
「待ちたまえ」
「えっと……まだ何か?」
「ここはビジネスビルだが、何か用があるのか?」
「あー……ちょっと仕事を探してて。とりあえず手当たり次第に仕事が無いか聞いてたので……」
「ならば丁度いい。君さえ問題なければ私の会社で働くのはどうだ?」

 その男性はユウイチの反応を見て、そう提案してきた。
 予想外の提案にユウイチは少しだけ表情を明るくしたが、一旦冷静になる。

「本当ですか!? ちなみになんですけど……工場の商品チェックとかビラ配りとか、調理とかしかやったことないんですけど……大丈夫ですかね?」
「構わん。私の方から連絡を入れておこう。明日、この場所の受付に『アカギの紹介で来た者』だと伝えなさい」
「あ、ありがとうございます!!」

 あまりに唐突な出来事に少々詐欺も疑ったが、そのアカギと名乗った男はすぐに名刺を取り出してユウイチに渡してきたため、ぶつかってしまった時よりも深く頭を下げて答えた。
 もう少し仕事探しに苦戦するかと考えていたタイミングで舞い降りた幸運だったため、ユウイチはその日は少しだけ良い食材を買ってから上機嫌で近くの森まで駆けていった。


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 翌日、ユウイチが指定されたビルへと向かい、言われたとおりにアカギの紹介で来たと言った所、そのまま奥の部屋へと通された。
 てっきり面接でもするものかと思ったが、そのまま会社概要や行っている業務等の説明が始まり少々不安を覚えたが、どうも面接を取り付けてくれたわけではなく、そもそも採用が決定していたのだと聞いた時は流石にユウイチも驚きを隠せなかった。
 ユウイチが宿が無いことも把握していたのか、その日は制服を渡されてから社員寮まで案内され、その日からその部屋を使っていいという凄まじい待遇にただただ感嘆の声を漏らすしかないほどだ。

「……また、業務中はこちらの制服の着用をお願いします。また実際に業務を行う際は会社からポケモンが支給されますので万一に備えて必ず携帯するようにし、必要があった場合はそちらの方をご利用ください」
「えっ……? ポケモンを支給……するんですか?」
「はい。会社支給ですので手入れや育成の必要もありませんので。気兼ねなくお使いください」

 『自分のポケモンを使わないのか?』と思わず聞きそうになったが、あまりにも当然のようにその案内役の女性から返答されたため、その言葉は口にしなかった。
 言葉にしにくい感情が胸の中に渦巻いていたが、あまり波風も立てたくないため、一先ずその感情もぐっとこらえた。
 その後は特に変わりのない業務等の説明だったが、ユウイチが割り当てられたのは地下に搬入された在庫の管理と、必要に応じてそれらの資材を指定の部署へと搬送する仕事だった。
 聞いた限りでは宇宙エネルギー事業とやらを行っている会社であるため、確かにユウイチができる業務だとこの程度だろうが、それだとわざわざスカウトまでした理由が分からず、先の説明の件も含めて引っ掛かる部分はかなり多かったが、社員寮や福利厚生も完備された職場環境に在庫管理を行うだけとは思えないほどいい給料に、思わず色々な疑問の言葉は全て引っ込んでしまう。

「最後に何か質問はありますか?」
「あ、それなら……。最初の方に言ってた『特別な業務』ってなんですかね?」
「それは恐らく調査任務ですね。新しい研究の為に現地調査が必要な事があるのですが、その際はユウイチさんは必ず同行させるように伺っているため、招集があった場合は調査に赴いてください」
「調査……ですか……」

 それを聞いてなんとなく最初のアカギと名乗っていた男性とのやり取りからスカウトされた理由が腑に落ちたが、逆に何とも言えない気持ちになる。
 アカギはミューの事を知っていたようなので、恐らくユウイチが自力でミューを捕まえたと勘違いしているのだろうと容易に想像ができた。
 だが実際はひょんな出会いからミューがユウイチを慕い、ミューの方からユウイチのパートナーになることを選んでくれたため、そういった珍しいポケモンの捕獲や出そうな場所を探すのが得意なわけではない。
 あまりにもトントン拍子に話が進んでいたため何か裏がありそうだとは思っていたが、その逆でユウイチの能力を高く買いすぎていたのが原因であるため、どうにも切り出しにくい。

『仕方がない……その調査とやらの時は出来る限りの事はしよう』

 色々と言いたい事が多い初日だったが、一先ず仕事が決まってついでに社員寮という形ではあるが住む場所も確定したため、コーディにも同様の内容を伝えた。
 調査の場合は遠方に行く可能性があることも伝えると、コーディは電話口でユウイチの事を喜び、これからの日程等をしっかりと打ち合わせてゆく。
 基本的に平日は仕事終わりにスマホのビデオ機能を使って座学を学び、土日はお互いに休みが確定しているため、コーディと共に実際のコンテストで必要な体力作りや動き等を教えることとなった。

「ではこちらから携帯するポケモンを選んでください」

 翌日の出勤時、そう言ってモニターへと案内され、貸し出しが許可されているハイライトされたポケモンが表示されている。
 しかしそこの一覧に載っているポケモンはほとんどが同じ個体が並んでいるのが気になった。

「このニャルマーってポケモンとズバットってポケモンは……なんでこんなにいるんですか?」
「単に人気がないだけじゃないですかね? ニャルマーは気まぐれですし、ズバットはちょっと不気味ですから」

 そう言って案内役の女性は淡々と説明する。

「なら……この子達がいいです」
「二匹ですか?」
「駄目ですかね?」
「いいえ、別に構わないですけど……複数匹持つのは単純に管理が面倒ではないですか?」
「……面倒ではないです」
「でしたらご自由にどうぞ。ポケモンは貸与品ですので勤務終了時に返却されても構いませんし、常に携帯されても大丈夫ですので」

 不思議そうな表情を見せながら追加でそう説明され、ユウイチはそのままパネルに表示されているニャルマーとズバットを選ぶ。
 するとモンスターボールがマシンの横から二つ、排出された。
 ポケモンの確認をしたかったが、そのまま業務の説明に移行したため確認は後ですることにした。
 業務の方はありがちな在庫の管理業務で、特筆すべきこともない。

「お前さん新人なのに随分と手馴れてるなぁ」
「まあ、似たような仕事を前によくやっていたので……」
「へぇ~。まああんまり頑張りすぎるなよ」

 同僚はみんな特にやる気がない。
 工場勤務は慣れているためそういった従業員は見慣れている。
 休憩時間も特に誰かがポケモンを出すような様子もなく、ここは昔のユウイチにとっては最高の職場だったかもしれない。
 だが、今は違う。
 この職場でのポケモンに対する扱いの異質さは、ユウイチがポケモンを嫌っていたそれとは全く質が違う。
 ポケモンを嫌っているのではなく、全くもって関心がないと言った方が正しいだろう。
 その感覚の違いのおかげでユウイチは仕事内容以外には一切関心を持たないようにできたが、同時にあまり長居もしたくなかった。
 おかげでユウイチは仕事以外の事に集中することもできた。
 まずは一つ、出場するコンテストを絞ってそれに向けたポケモンの選出と、そのコンテストに必要な知識を集中して学ぶ。
 選出はコーディではなく、ユウイチ自身が選んだ方がいいだろうということで、とりあえずコンテスト用に育てながら指示の出し方等を実践するポケモンとして選んだのはフォウだった。
 ギューとガルでも良かったのだが、フォウを選んだ理由はコーディからも推されたからだった。

「ミロカロスは育てるのが大変な分、その美しさはポケモンコーディネーターをしていない者でも知っているほどだからね」

 フォウはある意味では初めてユウイチが一から育てたポケモンでもある。
 ギューとガルは元々バトル用にかなり育てられており、コンテストのために育て、フォウが自らの意思で進化したという事もあってフォウを選ぶことにした。
 それからはコンテストに出場するユウイチ自身も美しさを意識したコンテスト用の衣装と立ち振る舞い、美しさとして評価されやすい技を中心に学ぶようになる。
 だがこれに不服を申し立てた者が一人。

「ミュー!」

 というより一匹だろう。
 確かにミューはユウイチと最初に出会ったポケモンではあるが、やはり最大の問題は

「いや、お前他人に注目されるの無理だろ」

 ユウイチ以外の人間にはあまり姿をしっかりと見せたくないという意識が今もある所だろう。
 そう言うと流石にミューはコンテストステージで注目される様子を想像したのか、少しだけ悲しそうな顔はしたものの、納得したのか大人しくユウイチの頭の上へと戻った。
 フォウの美しさを最大限発揮するためにコーディから融通をしてもらったオイルやその他美容品を使用してフォウの美しさに磨きを掛け、同時にユウイチ自身にも美しさを増させる。

「俺……する必要あるんですか?」
「あるに決まってるでしょう!! ポケモンとコーディネーターは一心同体! 髪をちゃんと切り揃えて! 背筋を伸ばす! 気品の溢れる歩き方を目指しなさい!!」
「……口調変わってません?」
「ボクは本気で集中する時はいつもこうよ! そんなことよりアナタの外見をまず磨くの!!」

 土日は殆どつきっきりでフォウと共に美しさを存分に披露するために一挙手一投足の指導から始まり、姿勢や言葉遣い、表情から髪型、コンテスト用のメイクアップまで徹底的に指導されてゆく。
 慣れない事の繰り返しで精神的にもかなりの疲労感だったが、確かに毎日一つずつ前進しているのが分かって楽しい日々だった。
 座学の時はこちらの地方では主流となっているボールのデコレーションや、それによって与える観客への印象などの心理効果を学びつつ、どうすれば観客へのアピールが効果的になるのかの視線の考え方や、エンターテインメントであるが故、ステージ上では決して笑顔を絶やさないことを徹底的に頭へと叩き込んでゆく。

「何やってんだ? ユウイチ」
「あ、すいません。コンテスト出場に向けて少しでもトレーニングがしたかったんで……」
「よく頑張るなぁ」

 仕事場でも休憩中は自主的に動きのトレーニングを行うようになった。
 ポケモンと共にステージ上で踊るため、曲のフレーズを頭に叩き込み、必要なステップを音楽が無くても迷いなく出せるように一時も忘れないようにする。
 仕事そのものはすぐに慣れたため、イメージトレーニングをしながらでもできるのはこういった裏方仕事のいいところだろう。
 それともう一つ。

「ほら!ニャムとキーもポフィンを食べな~今回のはかなり自信あるぞ~」

 仕事場で貸し出されたポケモンは普段連れ回してもよいとの事だったため、ニャルマーの方にニャムと名付け、ズバットにキーと名付けて他の面々と一緒に育て始めたのだ。
 『ポケモンをわざわざ自分で育てるなんて』と先輩達に奇異の目を向けられたが、それでも構わなかった。
 職場で感じていた違和感の正体を知ってからは、ユウイチはせめて自分の育てている二匹だけでもしっかりと愛情を込めたいと考えるようになったからだ。
 その正体を知ったのは他でもない、ユウイチに課された特別な業務である現地調査の時だ。
 人気のあまりない湖の周辺へとやって来たユウイチは、いつものポケモンを連れていないこともあって不安からニャムとキーを連れて周囲の散策を行っていた。
 普段は二匹とも甘えたがりだが、仕事の時はしっかりとユウイチの言うことを聞き、周囲の警戒はニャムが行い、この調査によって探しているポケモンとやらの捜索はキーに任せるという役割分担で仕事に当たっていた。

「おいおい。ポケモンよりもこっちを使った方がいいぞ?」

 そう言って調査班の他のメンバーは何やらハイテクそうな装置を使って周囲の調査を行っていたが、ユウイチはそれこそが気に入らなかった。
 野生のポケモンが飛び出してきた時だけ彼等は仕方なく支給されたであろうポケモンを出して、淡々と指示を出し、野生のポケモンを追い返す。
 それがユウイチの目にはどうしても、形が変わっただけでゲンが手持ちのポケモンにしていた事と同じようなものを感じ取っていたからだ。
 ゲンのそれは自らの強さを誇示するためとして、彼等他の社員達のそれは今手元で操作している装置とポケモンを同類として扱っているような、そんな相手の事を全く考えていないような気がしたのだ。
 ユウイチがポケモンに感じていた恐怖の正体は向けられる悪意であることに気付いて克服していたからこそ、同時に『人間がポケモンに向ける無意識の悪意』にもかなり敏感になっていた。
 他人のやり方にいちいち突っかかるのはこれまでの経験上碌な事にならないというのを身を持ってよく知っていたため、せめて自らの元に来たポケモンだけでも大切にしたいと考えていたのだ。
 それが功を奏してか、実際に装置では発見することのできない、様々な痕跡を見つけることもあった。

「キー!キー!」
「お、何か見つけたか?」

 キーがある空間を前にするとユウイチに知らせるためにけたたましく鳴いた。

「お……? なんだ? あのピンク色の……?」
「キャウーン?」

 木々の暗がりの中にピンク色の頭部と白い体色のポケモンが浮いており、そのポケモンのユウイチの存在に気が付いたのか、こちらへと振り返った。

「見た事のないポケモンだな……ってまあ、俺の場合ほとんどのポケモンがよく分かんねぇけど。でもまあ、この辺りでよく出るポケモンの一覧には載ってない……から、こいつかな? あれ?」

 現地調査では珍しいポケモンの存在を確認する事が目的であったため、渡されたポケモンのリストをめくって同じポケモンを探したが見当たらない。
 そのためこれかと目星を立てて正面にいるその謎のポケモンの方へと目を向け直したが、既にそこには何もいなくなっていた。

「見間違いか……? まあとりあえず報告してみるか」

 ユウイチの呼び出しに応じた調査員がその箇所をその装置で調べてみたところ、目当てのものがあったようだ。

「空間に微弱な力場反応……。間違いありませんね。この辺りから別の場所へテレポートしたようです」
「テレポート……?」
「空間から空間へ瞬時に移動する能力の事ですよ。その際使用した念動力が力場の異常数値として残るので痕跡となるのです。お手柄ですね」
「俺じゃありませんよ。キー……じゃなかった、このズバットが見つけてくれたんです!」

 そう言ってユウイチは自分の手柄ではなく、キーが頑張って見つけてくれたのだと伝えたが、やはり研究員はポケモンの事はあまり関心がないようだ。

「ズバットの超音波による探知能力で探す。という手法を思いついたユウイチさんの手柄ですよ。確かにエコロケーションによる探索も大切ですね。一つの研究結果として纏めさせていただきます」

 まるでポケモンを道具のようにして利用していると言われる度に、ユウイチの心はその仕事から離れてゆき、逆にポケモンとの時間に費やすようになっていた。
 ポケモン嫌いだったはずが、自分と似ているようで正反対の彼等を見ている内にそういった人間が嫌いになっていたことはあまり気が付いていなかったが、それでも深く関わりを持とうとはしなかった。


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「はい! 1,2,3,4! 1,2,3,4! ターン&ツイスト! ターン&ステップ! いいわよその調子!」

 コーディの下で学び始めてから数年が経った頃、ユウイチのポケモンコーディネーターとしての基礎教育も既に佳境を迎えていた。
 本番を想定した通し練習も長い演目中笑顔を絶やさず行えるようになり、フォウとのコンビネーションやアピールタイムでの想定した技の使用も含め、かなり満足の行く仕上がりとなっていたことだろう。
 だが実際は厳しかった。

「ダメね。ユウイチの主張が足りないわ! ミロカロスの魅力をもっと引き出すためにはアナタがもっと目立たないといけないの!」

 演目の通しにも耐えられるだけの体力を付け、実際の衣装を着てしっかりと踊りきれたが、コーディとしてはまだ足りなかったらしい。
 恐らく既にノーマルクラスであれば余裕で優勝を掻っ攫える程の領域に達していたと思うが、コーディが弟子として取った以上、並で妥協するつもりはない。
 故にマスタークラスでも通用するレベルにまで現時点で育てたかったが、この辺りからユウイチは少しずつ伸び悩み始めていた。
 正確にはフォウは当初コーディが想定していた領域に到達しかけていたが、ユウイチだけが伸び悩み始めていたのだ。

「随分と深刻な表情をしているね」

 休憩中のユウイチを見て、コーディはそう声を掛けてきた。

「別に……いえ。どうしても一つだけ、悩んでいることがあります」

 ユウイチは飲んでいた水を口から放し、一度は首を横に振ったが、悩み抜いた結果ずっと考えていた事を口にした。

「なんだい?」
「コーディさんのおかげで間違いなく自分もフォウもかなり上達したのは理解できるんです……。でも、そうやって技術が向上していく度に俺の中に『俺じゃない。もっとフォウを見て欲しい』という気持ちが湧き上がってきて……。やるべきことは分かっているんですけど、自然と自分よりもフォウが目立つように意識してしまっていて……」
「気持ちは分かるよ。フォウは君の英雄だからね」
「フォウだけじゃないんです。ミューもギューもガルも……前に見せたニャムやキーも、本当はもっともっと凄いんだ……! と、どうしても心の中の自分が叫ぶんです」
「……なるほどね。確かにポケモンコーディネーターがあってのポケモンだ。ボクもロズレイドも『あのコーディが育てた』ロズレイドだと呼ばれるよ。きっとボクのパートナーが変わっても世間は気にもしないだろうね」
「俺には……俺の人生には絶対にポケモンが関わらないんだ、と考えて生きてきたからこそ、今自分がポケモンと一緒に生きて、ポケモンと一緒に舞台に立とうとしているのが……現実味を帯びた今でも信じられないんです。俺という存在がもし誰かの目に留まるのだとすれば、それは俺の事を気に掛けてくれたポケモン達のおかげなんです」
「君の優しさは、ある意味では寂しさの大きさでもあったんだろうね。だからこそ君はポケモンに依存しすぎている」

 コーディの言葉は痛いほどユウイチも理解できていた。
 理解できていたからこそ、その気持ちを否定も肯定もしたくなかった。
 自分の中に生まれたポケモンを好きだという気持ちは、決して慰めのために生み出したものではない。

「今の君ならば、並以上のコーディネーターとして十分に名を馳せられるだろう。でもわざわざボクに弟子入りしたんだ。中途半端で止めてほしくはない。……それに、今の君のその心の中にある考え方を変えられない限り、きっと君はコーディネーターとして生きるようになっても満足することはできないだろうね」

 分かってはいたが、改めてコーディからこの先必ず訪れるであろう結末を聞かされ、ユウイチは眉を顰めた。
 ようやく見つけたと思っていた活路の先は袋小路。
 この先へと行くためにはユウイチが自分自身に自信を持つ以外に方法はない。
 そしてそうなった場合、どうしても脳裏にチラつくのはゲンや今の職場の人間達の顔。
 ポケモンと人間の関係は、例えどの道を目指してもたどり着くのは主従だ。
 優れた人間が知恵を絞り、優れたポケモンがその意思を完璧に反映する。
 それが人間とポケモンの理想形である以上、ポケモンが人間よりも優先されることはない。
 だからこそ自らの心に恐怖する。

『自分も彼等のようにならないと言い切れるのか?』と……。

 虐げられる苦しみを、道具のように消費される悲しみを知っているからこそ、頂点を目指すならばその目的のためにポケモンを自分も同じように扱おうとすれば必ず心が拒絶する。
 きっとそんな心の叫びを黙殺すれば、自分が本当に恐れた相手と同じに成り下がると分かっているからこそ、ここがユウイチの限界なのだ。
 深く、深く、考える程に、答えはより鮮明に、より痛みを増す。

『諦めではなく、初めて自らの意思で選んだ道を自ら捨てなければならない』

 考える内に手に持っていたペットボトルが音を立てるほど、服が濡れても気にならぬ程に、自然と手には力がこもっていた。

「フォウ……」

 重たい空気を感じ取ったのか、フォウはそっと自らのヒレでユウイチの手を取り、自らの頭の上に乗せた。

「……ありがとな。決心がついた」

 そう言ってユウイチはフォウの頭を優しく撫で、コーディの前に立ち直す。

「……本当に。本当に申し訳ありません。コーディさん。俺は、ポケモンコーディネーターには、なれません。今までのご指導を無碍にしてしまい。本当に申し訳ありません」

 遂にそう口にし、深く深く頭を下げた。
 色々な感情がぐちゃぐちゃになり、溢れ出し、涙となって溢れ出した。

「後悔はしていないかい?」
「え?」

 思いもしなかった言葉にユウイチが顔を上げると、コーディは悲しさと喜びが混ざり合ったような表情を向けていた。

「人生は選択の連続だ。正解もなければ不正解もない。ただ一つ。君が後悔したならば、その選択は不正解だったのだ……と全てが終わった後に分かるだけだ。だからもう一度だけ聞こう。君の選択に後悔はないかい?」
「はい」
「ならボクから言えることはもうないよ。ボクは君のポケモンコーディネーターとしての師にはなれる。でも人生の師にはなれない。ボクが君を弟子として迎え入れた結果は後悔していないし、とてもいい経験ができたと思っているよ」
「本当ですか?」
「……正直ちょびっと後悔してるよ。でもそれは後ろ向きな意味ではなく、君がステージで活躍する姿を見てみたかったって意味でね。君に才能を感じたというボクの言葉には嘘偽りはないからね。……でも、君の悩みを聞いたからこそ、ボクならば決して至れなかっただろう選択を見れてそれはそれで満足しているよ。きっとボクが君の立場だったなら、そこまでポケモンの為に生きたいとは思えなかっただろうしね」

 そうコーディはユウイチに本心を話した。
 ユウイチも後悔が一切なかったと言えば嘘になる。
 これまでの人生で初めて、ここまで自分の人生に本気で向き合えた経験だからだ。
 だからこそ、初めて自分の心と向き合えた。
 結果としては残念な方向を向いてしまったが、それでもコーディもユウイチも笑顔にはなれた。
 最後にもう一度食事をしようというコーディの申し出で、その日はトレーニングを切り上げ、そのまま近くのレストランへと向かった。
 二人でこれまでの練習の事を語りながら食事を行ったが、思っていたよりも空気は軽かった。

「そういえばこれからはどうするんだい? 今の会社でそのまま働くのかい?」
「実は……正直今の会社はあんまり雰囲気というか、働いている人達の考え方が合わないんで、ついでに辞めようと思ってます」
「そうかぁ。とすると、またやりたい事を探してみるのかい?」
「そこなんですけど……。ポケモンの為に何かをしてやれる仕事を探してみようかと思います」
「あー、ニャルマーもズバットも随分と懐いてたもんね。もしかしてポケモンに好かれる才能があったりするのかな?」
「前にもそんなことを言われましたね。……といってもポケモンに好かれるだけの才能なんて使い道が……」
「あるよ」
「え?」
「ポケモンに好かれる人間で、かつポケモンを育てるのが好きな人間じゃないとなれない職業」

 コーディは何の気なしに口にしたようだが、ユウイチとしては正に衝撃的な情報だ。
 思わずユウイチはコーディの方へ身を寄せたが、コーディはニッコリと笑って答えた。

「ポケモン育て屋さんって聞いたことない?」
「ポケモン育て屋さん……?」
「……その反応からして全く知らなさそうだね」

 少しだけコーディは呆れた表情を見せたが、それでもそのまま詳細を教えてくれた。


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「すみません。今までお世話になりました」
「あ、今日が最終日だったか。お疲れ様」

 そう言ってユウイチは正式に辞表を出してから最後の出勤日を終えた。
 先輩達にそうやって最後の挨拶をしてからロッカーで私服に着替える。
 制服はそのままロッカーに残すようにとの指示だったため、後はニャムとキーを返すだけだ。

「お前達とも今日でお別れ……か……」
「あ、いたいた。ユウイチさん。ちょっとだけお時間いいですか?」

 名残惜しそうにモンスターボールを見つめていたユウイチの元に、最初に施設などの説明をしてくれた女性が姿を見せた。
 何やら内密の話があるらしく、面接室へとかなり久し振りに通されて、二人きりとなった。

「実は……ユウイチさんにはいくつか謝らななければならないことがありまして……」

 そう言うとその女性は他言無用と先に釘を刺してから、ユウイチが雇われた理由を語り始めた。
 というのも、ユウイチを雇った頃と今とでは随分と状況が変わっていたからだった。

「ご存知だとは思いますが、弊社ギンガコーポレーションの代表取締役であるアカギが少し前に行方不明となり、現状は新代表取締役の下再始動したばかりなのです」
「あーなんとなく噂では聞きました」
「実はそのことなんですが、ユウイチさんはどうもアカギが独自に計画していた研究の為に雇われていたようで……新たなエネルギー事業の研究としか聞かされていなかったのですが……噂では伝説のポケモンの力で世界を支配しようとしていたとか……」
「えぇ……」
「ですのでアカギが代表だった時はその伝説のポケモンの手掛かりを得るために、決して貴方を辞めさせないよう厳命されておりましたが、今はユウイチさんを縛り付ける理由もないので……」
「それって自分に言わない方がいいんじゃないですか?」

 ユウイチがその女性に至極真当な意見をすると、女性は眉を顰めて深い溜息を吐いた。

「内部がごたついていて……。犯罪行為に手を染めていた者も少なくはないので、今は内部浄化を進めている状態なのです」
「えぇ……」

 曰く、この会社はアカギという人物を中心に形成された組織であったため、表向きのエネルギー事業を回すための真当な社員と、もしもの時の捨石として雇われた者やアカギに強い忠誠心を誓った者達が実行していた計画の実行員等が混在していたそうだ。
 そのためアカギを失った事で次第にそう言ったよからぬことをしていた者達の問題行動が浮き彫りになった事で、不正を働く者を排除し真当な会社として立て直そうとしている途中だったようだ。

「とはいえ、世界を巻き込みかねない犯罪に手を染めていた者が居た以上、警察の介入があれば会社の存続そのものが怪しくなります」
「まあ……」
「アカギと少なからず関係性を持っていた以上、ユウイチさんにも警察からの事情聴衆がある可能性があるため、是非ともこのことはご内密にお願いしたいのです」
「あー……」

 要は会社としてのイメージダウンは起きないようにしつつ、それでいて本来の会社としてのあり方にしていきたい、という考えのようだ。
 本当ならばユウイチは別にそんな事を気にする必要もなかったが、正直あまりこの会社に良いイメージを抱いていなかったため、その理由が判明したのは少々スッキリした。

「でしたら、一つだけ約束して頂けるのなら口外しませんので」
「約束……とは?」
「この、会社の備品のように扱われているポケモン達を、大切にしてあげて欲しいんです。短い期間ではあったけれど、この子達は俺の大切な相棒だったので……」

 そう言ってユウイチはニャムとキーのボールを机の上に置いた。
 それを見てその女性は少しだけ嬉しそうな表情を見せる。

「大切に育ててくれていたんですね」
「ええ、まあ」
「でしたら、その子達はユウイチさんさえよければそのまま連れて行ってあげてください」
「えっ?」
「私もポケモンが備品のように扱われていることには抵抗がありましたが、社員はあまりその事を気にする人が少なかったので……」
「あー、だから最初に不思議そうな顔をしてたんですね」
「そうですね。本来、この会社にはそんなにポケモンは必要ありません。ですので今後会社が管理しているポケモンは逃がしたり、必要とする人に譲渡したりすることになりますので……。それならば、その子達はユウイチさんと一緒にいるのが幸せなはずなので」
「……なら、遠慮なく」

 ユウイチがそう言ってポケモンを受け取ると、その女性はとても嬉しそうに笑った。
 皆がポケモンを道具として扱っていることに違和感を覚えていたと言っていた以上、彼女も本心を隠しながら仕事をしていたのだろう。
 だが、もうユウイチには関係のない事だ。
 社員寮を空け、荷物を詰め込んだリュックサックを背負い、最後に一度、コーディに別れの連絡を入れてから街を出た。

「さーて……みんな出ておいで!」

 そう言ってユウイチはポケモン達を皆、外に出した。
 随分と大所帯になったポケモン達の顔をしっかりと覗き込み、笑顔を見せる。

「んじゃ、次の目的地は育て屋だ! この地方にもあるらしいからそこまでは久し振りにみんなで歩いていこう!」

 一人と六匹の楽しそうな声が響き、歩き出した。
 その道の先はまだ誰も知らない。

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