第91話 証明

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 文字通り吹雪を破って現れた、2匹のポケモンの荘厳な色彩が7匹の目を射る。 まさに威風堂々の佇まい。 がちゃりという金属音を立て、彼らはこちらを睨み付けた。
 剣と盾、狼──ツンベアーの言った伝説のポケモンの特徴と、完全に一致する。

 「......あなた達が......」

 キラリはぼうっとその姿に見入る。 雪が残る中でもぎらつきを失わないその剣と盾は、そこに在るだけで十分にこちらを圧する「武器」となっていた。
 でも、ずっとそれに見とれていることも出来ない。 状況的にゆっくり話すことが出来るような環境でもない。 ましてや、あろうことかあちらが自らこちらを叩き潰すと宣言したのだから。
 ──それも、こんなにも厳格な、しかも伝説とも呼ばれるポケモンが。
 
 「ここで、戦うのか......?」
 
 レオンは身構えるが、その言葉には困惑も見えた。 ──彼の経験上、こういう血気盛んな性格をしたポケモンは、一旦戦って落ち着かせなければ話を聞いてくれないことの方が多かった。 武力行使にはなってしまうが、自分達の実力を示すことでレオンとアカガネは強者とも渡り合い友好関係を築いてきたのである。
 もっとも、これは一般ポケモンを相手にした時の話。 ......伝説のポケモンに認められうるだけの力がこちらにあるのかは、分からない。

 「......」

 しかし、伝説の2匹はすぐには向かってこない。 戦う態勢を整えるというよりは、7匹を値踏みするように見つめていた。 ......すると。

 「......む」
 「っ......!?」

 ツンベアーの時と同じように、ユズを見て目線の動きは止まった。 彼女の身体にまた痺れが走る。 逃げなければならない──そんな命の危険はひしひしと感じているのに、足が棒のようになって動かなかった。 動けなかった。
 まるで、鉄が磁石に引き寄せられるみたいに。

 「......貴様だな」

 増大していく恐れの中、ザマゼンタは狙いを定めるようにそう言う。 そして急に、その場から消えて。

 「──えっ」

 ......ユズの頭上が、急に暗くなると。


 「がっ!?」


 刹那、彼女はその大きな前足によって雪面に押しつけられた。












 「──えっ」

 キラリの頬を一筋の風が撫でる。 少し遅れて、さっきまで隣にいたはずのユズが忽然と消えていることに気づいた。 風が吹いた方向に咄嗟に振り向くと、さっきまで自分の前にいたはずのザマゼンタが見える。 その移動の速さに驚いたのは当然のことだが......。
 その真下で組み敷かれている友達の姿を見て、キラリ達が冷静でいられる訳がなかった。

 「ユ、ユズっ!?」
 「このっ......」
 「動くな!」

 堪らず駆け出そうとするキラリとレオンを、剣を持つ方のポケモン──ザシアンが制止する。

 「動けば、我がこやつの首を飛ばしに行く」

 ぎらりと刃が光っているのを見るに、ただの脅しではないだろう。 言葉に出来ない凄みを感じてしまい、キラリ達はそれ以上は手を出せなかった。
 さて、一方押し付けられているユズも、何も抵抗しない訳ではない。

 「どい、て......」

 必死に身を捩ろうとする。 しかし、しっかり押さえつけられているために脱出は叶わない。 それでも諦めずに足掻き続けるユズに、上から微かなため息が降り掛かった。

 「演技はもうよしたらどうだ。 魔狼」
 「......は?」

 ......演技? 何を言っている? ユズは思わず聞き返した。 返ってきたのはこれまた厳格な言葉だ。

 「我は知っている。 昔の戦いでは、無害を装って侵入し、内側に潜り込んだところで暴れ出した者もいた。 なんとも卑劣な凶行だ。 我らが2度も見過ごすと思うか?」
 「何言って......」

 ユズは否定するが、そこで踏みつけられる力が更に強くなった。 無言の怒気だ。 雪という柔らかい緩衝材があるからまだいいものの、それでも痛いものは痛い。 このままでは本当に潰されてしまうのでは──そんな錯覚さえ覚えた。 それでも相手の前足の力はどんどん強まっていく。 思わず歯を食いしばる。

 「......ちょっと待ってよ!! 貴方達、ユズちゃんの......魔狼の宿主のこと、待ってたんじゃないの!? 流石にこれは酷くない!?」
 「......」
 
 耐えかねたアカガネが口を挟むが、2匹はあくまで知らぬ顔。 彼女は思わず目を丸くした。 ツンベアーが嘘を吐いたとは思えないが......。
 ......いや。 例えそれが万が一嘘だったとしても。

 「......それに、ユズちゃんはそんなことしないよ! 魔狼だって頑張って抑えてるじゃん! 分かんない!?」
 「抑えられている? 魔狼が? もしそうだとしても、知らぬ者の言葉など簡単に信用できるか?」
 「そりゃ、あたしとあなた達初対面だし......あたしだって同じ立場なら警戒するかもだけど......でも!!」
 「『この者は違う』、そう貴様は言うのか? 下らない。 そんなもの、身内を守りたいだけの者が無鉄砲に用いるに過ぎない決まり文句だ。 根拠は何処にあるのだ? ......随分おめでたい頭を持っているようだ」
 「なっ......!?」

 こちらの気持ちも汲まず、それでいてなんて残忍なことを言うのか。 アカガネは当然として、イリータ達の顔にも怒りが宿る。 特にレオンは、彼女のように声を上げはしないものの......

 「......なんなんだよ」

 ......その目に宿る激情は、アカガネと完全に同一のものであった。
 ザマゼンタは少し間を置いた後、義憤に満ちた目をしたポケモン達に向けて追い討ちをかける。

 「この者が違うというのなら、あの『塔』の気配は何だ? もう魔狼は既に目覚めているのだろう?」
 『っ!!』

 ......それはまだ触れられたくなかった。 出来たばかりの傷口に塩を塗られてしまい、ユズやレオンの顔が歪む。
 それも予想していたのか、ザマゼンタはユズを疑念のこもった目で見下ろした。

 「貴様が善良だからなんだというのだ? 魔狼が目覚めればそんなもの関係なくなる。 理性の無いただの化け物に成り下がる。 例え善なる心を持っていたとしても、憑かれれば最後には呑まれるだけだ」

 その後、一瞬息を呑んで。 未練を、苦味を感じる口調で、彼は言う。

 「......寧ろ、善良であればこそかもしれないがな」
 「......え」

 ユズは思わず反応してしまう。
 ......沢山苦しんできたからこそわかる。 この言葉は、ただひたすらに心を締め付けてくる。 自分に対してもそうだし、恐らく、これを言う彼ら自身も。 何かの鍵なのではないか。 直感的にそう思わずにはいられなくなる。
 だから、自分の直感を信じて聞き返すことにした。

 「......ねぇ、それって、どういうこと」
 「む?」
 「良いポケモンであればこそって......」

 だが、ザマゼンタは答えてはくれなかった。 哀れんでいるのか、嘲笑されているのか......どこかつかみ所の無い表情をしていた。

 「貴様、そんな事を気にする余裕があるのか? 本当は必死なんじゃないのか? 少し気を抜けば呑まれる。 それが怖くて堪らない。 そうだろう?」
 「......違う、最近は......」
 「最近は? ......怪しいものだな。 もしや、本当に既に呑まれているのか?」
 「違う!」
 「......なら質問を変える」

 ザマゼンタの声が厳しさを増す。

 「貴様は、これまで大事な者をどれだけ手にかけた? 奇跡的にかけていなかったとして、お前はこれからもそうしないと断言出来るのか? ここにいる者全てを殺さないと言えるのか?」
 「!?」

 ユズは心を揺さぶられた気がした。 嫌な記憶が、どうしても頭を過ぎる。
 ......実際、人やポケモンを傷つけたことなら──、

 「......っ」

 ──大事な人の命が途切れるきっかけを作った、ことなら。

 「何よ、それ」

 その言葉に真っ先に憤りを示したのは、ユズではなくてイリータの方だった。

 「言葉通りの意味だが」
 「......そんなの、言えるに決まってるじゃない!! もしそうじゃなければ、私達はここに立っていないわ! 彼女は私達のライバルよ。 ライバルをこれ以上愚弄するのは許さない!! ねぇオロル!」
 「......イリータの言う通りです。 僕らがユズの仲間であること自体が証明だと言うのは、駄目なんですか」
 「......何度も言わせるな。 部外者の言葉など信頼出来ない。 第一に、こいつは黙ったままだろう?」

 ザマゼンタがユズの方を見やる。 彼女は目を伏せて静かに歯をぐっと食いしばっていた。 予想通りであったようで、それに続いてザシアンが言う。

 「──その証明が自分で出来ないというのなら、お前はただの魔狼の傀儡に過ぎません。 その場合は、殺す他ないでしょう。
 ......傀儡など、我らの望む鍵にはなりえない」

 一切の慈悲も無いその言葉に、いつも冷静なオロルすらも冷や汗を垂らした。

 「......まずいな」

 このままではユズが危ない。 でも、動きたくてもザシアンの脅しがある。 無闇に動いたらもっと危ない。 命のやりとり──その言葉が、役所の時よりももっと身近に聞こえた。 もどかしさばかりが、胸の辺りに募っていく。

 「......オロル、何か出来ることは」
 「きついね......何を言っても多分、アカガネさんの時と同じだよ」
 「だからって......」
 
 ただ、ユズのことと同じくらいイリータ達の心をざわつかせたのは。

 「......キラリ」
 「......」

 いつもなら真っ先に相手の挑発に乗りそうなキラリが──

 「このまま、だんまりで良いの?」
 「......」
 
 ──制止されてからは、動かなかったことだ。

 (......ユズ)

 キラリはユズの方を真剣な目で見つめて。
 ......そして1つ、頷いた。











 「大丈夫、ここはユズに任せてみよう」
 「......え?」
 「キラリちゃん?」

 彼女の顔に迷いは無かった。 困惑が周りを覆う中、強気に微笑んで続ける。

 「ユズ、多分自分で超えたがってる。 そんな気がするんだ。 それに、今ユズから笑顔の匂いがした。 大丈夫そうな匂いがした。 だから、きっと平気だよ」
 「笑顔の、匂い?」
 「......最早匂いか?」
 
 レオンが訝しげな表情、ジュリが怪しさたっぷりの表情を見せる。 確かにそうだ。 どんな匂いかと言われると、出来るとしても擬音語を使った表現ぐらいだろう。 ......けれど、彼女から香ってくるのだ。 笑顔の、希望の匂いが。
 
 「──わかんない。 でも」

 だから、信じるべきだと思った。

 「ユズならきっと、大丈夫!」

 彼女はもう、希望の手綱を離さないと。











 ......キラリの顔をちらりと見る。 どうやら察してもらえたようだ。 よかったと、ユズはふっと笑みを漏らした。 これは役所の時と同じだ。 自分で超えることが肝要なのだ。
 一緒に戦う。 魔狼のことだって一緒に乗り越える。 あの日、確かにそう誓った。 ......だから、例え1匹でばなら戦わねばならない状況があったとしても、心は一緒なのだ。
 ──通じ合っている。

 「貴様、何故笑う?」
 「いえ。 何も。 ──いいですよ」
 「は?」

 「デジャヴ」とは、このような感覚のことをいうのだろうか。 役所のポケモンから、フィニから、心無い言葉を浴びた時。 あの時は、本当に動けなくて。 自分の未来の悪い可能性だけが牙を剥いてきて。 それに、耐えることが出来なくて。 ......そこに、みんなが、キラリが助け船をくれたっけ。
 
 「しましょうか、証明」

 確かに、彼らが差し向ける言葉はとても痛いものだ。 自分の心の傷を確実に抉る凶器だ。 ──でも。
 今の自分にとって、その言葉は今更すぎる。
 
 「......ほう」

 ザシアンとザマゼンタの表情が変わる。 それ自体は重いままなのだが、今までのこちらを見下すような重みが、真摯に向き合おうとする重みへと変わっている。 直接的な答えは無いが、これは承諾したとみてよかった。
 ここで分かった。 ツンベアーは、確かに嘘なんか吐いていないのだと。 彼らは、きっとただ......

 (......よし)

 ならば、とユズは気を引き締めた。 キラリ達の優しい思いを、自分の意思を、この瞬間に込める。

 「......なんで、私がさっき言葉に詰まったと思いますか?」
 「......魔狼を、押さえ込めるだけの自信が無いのだろう」
 「違います」
 「何?」
 「自信とかじゃない。 過去を思い出して、しんどくなっただけ。 ......やっぱり、過去ってどこまでいっても引きずるから。
 ユイのこともそう。 悪い奴らとはいえ、人を傷つけたのもそう。 一度暴走して、キラリ達を傷つけたのもそう。 ......あの城だって、そんな怖いものだなんて知らなかった。 私はただ魔狼に踊らされてただけ。 大事なものを守りたいって思ってたのに、全部裏目に出た。 何も守れなかった」

 ユズはもう一度歯を食いしばる。 言葉にしてしまえば一瞬で流されてしまいそうな負の感情を、ぐっと制しながら。

 「そりゃ、何も出来なきゃ死にたくもなる。 このまま消えてしまえば良いと思った。 役所の時も、このまま断罪されればいいとはちょっと思ってた。 私は、空っぽな癖に中途半端に生きることしかできない奴だと思ってた。
 ......でもね」

 何に反応したのか、剣と盾のポケモンのこめかみがぴくりと動く。
 でもまだだ。 本題はここからなのだ。
 
 「でも、キラリが、みんなが私を想ってくれた。 みんなが私を信じてくれた。 だから、私は私でいられた。 ここまで歩んでこられたんだ」

 ちらりとキラリの方を見る。 彼女はこちらを真剣な眼差しで見守っていた。 ......多分、心は同じだろう。 戦っているのだ。 私達は、2匹で。 そしてみんなで。
 ......みんなの光が、それが引き出した自分の光が、この空っぽだった心を埋めてくれているのだ。 キラリ達がくれた、そしてユイが遺した思いが、自分を突き動かすのだ。

 「死にたくなる時もある。 胸が苦しくなって、動けない時だってある。 でも私は生きなきゃいけない。 死ぬべきじゃない、生きるべきなんだ。 生きて、みんなと一緒に戦いたいんだ。 向き合いたいんだ。 分からないことも悩むこともあるけど、1つずつ向き合っていきたいんだ。 そして、みんなに恩返しをしたいんだ。 自分の光が見つけられなくて泣いているポケモンだって、助けられるようになりたいんだ。 今出来てないからというより......私が、そうしたいんだ!
 ......その私の『思い』を、偽物とか、魔狼にすぐ呑まれるくらい弱いとか、あれこれ言われる理由なんかないっ!!」
 「......!!」
 
 その時、ユズは首元の蔓をザマゼンタの手に巻きつけた。 状況は変わらないはずなのに、「捕らえている」側ががらりと入れ替わったようにも思われた。
 ......思い出せ。 自分達は何のためにここに来たのだ?

 「なっ、離せ貴様!!」
 「......ねぇ、いるんでしょう!? あと1匹、冠のポケモン! 知ってるんでしょう、魔狼の事!!」
 「っ!!」

 そう、真実を聞き出すために来たのだ。 わざわざ殺されに来たわけではないのだ。
 もう自分は魔狼を怖がってはいない。 呪縛なんて、既に解けている。寧ろ怖がっているのは──

 (......寧ろ、善良であればこそかもしれないがな)
 (知らぬ者の言葉など簡単に信用できるか?)

 恐れているのは──

 「会わせて、そして教えて。 乗り越える道を一緒に考えようよ。 私達ならそれが出来る。 みんながいれば、綺麗事だって現実に出来るかもしれないんだよ! そのチャンスが、今ここにあるんだよ!!」
 「っ......!!」

 ──きっと、彼らの方なのだ!

 「だからお願い。 怖がらないで! ......教えて!!」

 蔓にぎゅっと思いを込め、語りかける。 恐怖は、やはり心からの声がなければ払拭されないから。
 ──その心からの声こそが、彼らの言う「証明」になるのだから。















 少しの沈黙。 ザシアンとザマゼンタは、互いに頷き合った。 そして。

 「......よかろう」
 「......!!」

 そう言って、ユズからその前足を離す。 息苦しさから解放され少し咳き込むユズに、ぴょんと飛びつく灰色の毛玉が1つ。

 「ユズ!!」
 
 そう、緊張の糸が解けると同時に、真っ先にキラリが抱きついてきたのだ。 ......大丈夫だとは思っていても、やっぱり隣にすぐにでも飛んでいきたかった。 ユズの思いを信じたかったのも本当だから、考えなかったことにするけれど。

 「凄いようユズ!! 凄い!! 最強!!」
 「えへへ......ありがとう、察してくれて。 ちょっと役所のリベンジも兼ねたくて......」
 「全く、お前って奴は......でもすげえな、全然危なげないっていうか」
 「いいえ。 みんながいたからですよ。 実質、みんなで戦ってるようなものです」
 「......そっか」

 そう言って静かに微笑むユズを、レオンは静かに撫でてやる。 ......さっきのキラリといい、今のユズといい。 やっぱり、春の頃とは全然違う。 互いに言葉を交わしていたわけではないのに、本当に一緒に戦ってたみたいだ。
 ......ちょっとした失敗で泣いていたあの頃が、あまりにも遠く思えた。

 (......俺の知らない間に、こいつらは凄く成長してるんだな)

 彼はユズから手を離し、イリータ達とも話す2匹を和やかな目で見つめる。 吹き荒ぶ雪風は冷たいはずなのに、どこか爽やかな感覚だった。
 そして、彼がその晴れやかな寂しさに目を閉じて浸りだしたその時。

 ──ザシアンが大きく息を吸い、叫んだ。

 「......バドレックス様!!」

 びくりと全員が振り向く。 バドレックス。 聞き覚えのないポケモンの名前。 でも、なんとなく想像はついた。
 その名はもしかして、ツンベアーが言っていた「3匹目」の。

 「当たっていました、我らの予想! この者達です! この者達は皆、我らの圧を受けても決して逃げ出さない! 伝説たる我らの言葉に、毅然と抗う勇気すらある!
 魔狼の宿主もそうです! 貴方の仰った通りだ! 塔が消えたのは、決してただの偶然ではなかった! 消えるべくして消えたのだ! この者は、保つべくして自我を保っているのだ!
 ......そして、この魔狼は最早、我らが恐れるあの魔狼ではないッ!!」
 「「「......ええっ!?」」」

 ユズを始め、驚きの声が皆同時に漏れる。 ザシアンはそれには構わず、空に向かって吠えた。
 希望の予兆に、胸を躍らせて。

 「──遂に、我らの汚点を、潰せる時が来たのです!!」













 「そうか」

 唐突に、静かな声がした。 そちらの方に身を翻すと、そこにポケモンが音もなく浮いているのが見えた。 忽然と音もなく現れたポケモンに、視線が奪われる。

 深緑の蕾の冠。
 小さな白いマントのようなひれ。
 首元を彩る玉のような蕾達。
 そして、図体は大きくなくても溢れ出してくる王者の風格。

 「......まさか!」
 「冠の」
 「王様......」

 イリータ達の推測に、そのポケモンはこくりと頷いた。 どこか安心したように。

  「──ツンベアーか。 よかった。 奴はちゃんと役目を果たしてくれていたようだ」

 そのままユズの前に歩み寄り、そのポケモンはぺこりと一礼した。 そこには謝罪の意も込もっているようだった。 視線も、彼らとは違って温かい。 陽だまりのような感覚すらある。

 「......すまない、魔狼の宿主よ。 お前を試させて貰った。 我らの予想が当たっているかどうか、確証が持てずにいたものでな......しかし、その心配は杞憂だったようだ。 ふむ。 確かにそうだな。 『それ』は、きっともうお前を暴走まで導くことはないのだろう」
 「あなたが、バドレックス......?」

 そのポケモンはこくりと頷く。 そしてふわりと1歩分下がり、にこりと微笑んだ。 ザシアン達とは違い、中々友好的だ。

 「そう。 余こそが伝説のポケモン、バドレックスだ。 ザシアン、ザマゼンタを従える主でもある」
 「えっ......」

 こんな小さなポケモンに。 とも思ってザシアン達を見てみるが、確かに彼らはバドレックスに首を垂れている。 そこに絆のある主従関係が見て取れるようだった。

 「......驚いたか。 まあ無理もないだろう。 余は単体ではザシアン達ほどの力は無いからな。とまあ、こんなことはどうでもいい。
 お前達は我らに会いに来た。 そして魔狼のことを聞きに来た......そうであろう?」
 「......はい」

 ユズの答えに、バドレックスは満足そうに頷いた。 そしてくるりと身を翻し、前へと進み出す。
 証明はもう終えているのだ。 ここで前振りに時間を溶かす理由は、どこにも無かった。

 「......話すことは山程あるが、こんなところではいけないだろう。
 少し、場所を変えようか」

 全員が1つ首を縦に振り、バドレックスに続いて進み出した。

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