第33話 ~愛の否定は、君を刺す。~

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読了時間目安:23分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

(その他) 
 [カナリア:クワッス♂]
 [パイロン:チラチーノ♀]


前回のあらすじ

『黄金の街・ルドー』の兵士、『黄金兵』であるパイロンに高度な戦闘訓練を受けていた救助隊キセキ。
しかし、パイロンは『黄金兵』の仕事が忙しくなるようで、家を空けるらしく、訓練の続行は不可能となった。さらに、それでは、彼女が保護している少年・カナリアを1匹にしてしまうことになる。

カナリアの放置を嫌ったパイロンは、シズたちにカナリアの面倒を見てやって欲しいと頼む。シズたちも詳しい事情を知っていることもあって快諾。

カナリアとしばらく過ごすことになったが……カナリアは『黄金の街』において『貧民』と呼ばれる立場にある。彼が『貧民』であるが故の不幸や不都合は少なくなかった。
シズたちは改めて、その環境に怒りと不快感を覚えるのだった。
 『黄金の街・ルドー』には、『貧民制』と呼ばれる法がある。条件を満たしたポケモンは貧民に墜ち、貧しい『貧民区』という土地に送られ、最後には不思議のダンジョン『いけにえの城』に生贄として捧げられてしまうのだ。
 一般の市民には下に見られ、同じ『貧民』同士での加害行為が横行し、自分たちの犠牲によって成り立つ、『黄金の街』の経済力の恩恵でさえ受けることは出来ない。

 ここは『黄金の街』、パイロンの家。窓を通して、朝日がゆっくりと入り込んでくる。
 この街の外からやって来た旅人、『救助隊キセキ』のシズ、ユカ。そして、黄金の街の住民……『貧民』のカナリアは、穏やかな表情で眠っていた。




 ガチャリ。玄関の扉が、シズたちでは無い第三者の手によって開かれる。同時に、複数匹の足音がどたどたとを音をかき鳴らす。

「これは……ピザの空箱か。サンドイッチの包み紙に、読みっぱなしにした本も。ずいぶんと派手に遊んでいたようだな、彼らは。まるでパーティだ」

 ゴミや物が散乱した床をかき分けて、『第三者』たちは進む。
 幾ばくもしないうちに、シズたちが眠っている場所へとたどり着く。



「ふぁ……え? パイロン? しばらく帰らないんじゃ?」

 『第三者』の侵入にいち早く気付いたのは、ユカだった。目を覚ました途端に、いるはずの無い人物を見つけて困惑した。
 パイロン。この家の持ち主兼カナリアの保護者。カナリアが『貧民区』の外で暮らせるのは、ひとえに彼女の存在があるからである。

「……そうだな。だが、生憎我は仕事でここに居るのだ」
「仕事……?」

 寝ぼけながら受け答えを続けるユカ。怖い表情をして立ち尽くすパイロン。
 その裏には、黄金の鎧を着込んだポケモンたちが2匹ほどいる。

「うーん……ボク、もう……あれ?」
 
 次に目を覚ましたのは、シズだ。……ユカのそれと同じように、彼も困惑を始めた。

「……え? えぇ? ……知らない人がいる……」

 シズの関心は、パイロン自身よりも、むしろパイロンの後ろにいる2匹に向いたようだった。黄金の鎧を着込んだ、ワッカネズミだろうか。
 ワッカネズミ――ノーマルタイプのカップルポケモン。人類の用意した基準においては2匹で1体と数えられる、いわゆる群体型のポケモンである。……群体型と言うだけあって、2匹はどんなときでも離れることが無いそうだ。
 その『黄金兵』たちは、どこか苛立ちを覚えた様子で、カナリアを見つめていた。



「パイロン隊長。一体これはどういうことですか? 私達『黄金兵』が、『貧民』を匿うなんて」
「噂は本当だったのですね? ……いずれにしても、この期に及んで同情などと言い出さんでくださいよ。いくら隊長とて、規則に反する行為は許されませんから」

「ああ。……覚悟は決めているさ」

 『黄金兵』の三匹・・は、とても不穏な会話をしていた。とても、カナリアにとって易しくは無い会話を。
 そうしてパイロンが、カナリアの元へと歩き始めた。

「あの、パイロンさ――」
「ちょっと、これって――」

「邪魔だ」

 何か嫌な物を感じ取ったシズたちは、パイロンの動きを止めようとした。だが、パイロンは構わずに2匹の間をすり抜けてしまった。
 パイロンと、優しい寝息を立てて眠るカナリアが対面する。パイロンがしゃがみ込み、カナリアの頭を名残惜しそうにゆっくりと撫でた。

「あぅ……パイロン、さん? ……あ、えと、おは――」

 カナリアが目を覚ます。完全に安心しきった、にこやかな表情を向けながらそう言った。本来ここ居るはずが無いといえど、彼女のことは信用しきっているのだ。
 だが、パイロンが微笑みを返してやることは無い。……有無を言わさず足を掴み、強引に引っ張りあげたのだ。

「ひぁ……!? ぱ、ぱ、ぱ、パイロンさ……!?」
「……世界のためだ。腐った『黄金の街』などでは無く、な」

 突然の捕縛に堪えられず、カナリアは思いっきり頭を打った。カナリアは今にも泣き出しそうな様子であったが、パイロンは全く気にもとめない様子でカナリアを引きずってゆく。



「なッ……何してんの!? 血迷った!?」
「カナリアさんっ!!」

 シズたちは、その光景が信じられなかった。あれだけカナリアに入れ込んでいたパイロンが、カナリアに害を為すなど……
 何度も眼を拭った。何度も首を振った。何度も目を覚まそうと試みた。……いずれも、意味を為さなかったが。

「――『生贄』の話は覚えているな?」

 現実を受け入れきれないシズたちに、パイロンが言葉を紡ぐ。……『生贄』。この街の、『貧民』たちが存在する意味。

「カナリアは、選ばれてしまったのだ。……黄金を得るための、そしてこの街の経済を回すための……犠牲にな」
「ひっ……!?」

 カナリアの口が、小さな悲鳴を鳴らす。
  ……カナリアはこの状況をパイロンによる裏切りと考えるだろうし、実際にその通りである。この声が、単なる恐怖のみを意味しているとは思えなかった。

「ちょっと待ってよ! だって、カナリアは……!」
「カナリアさん、言ってました! 『生贄』に選ばれるのは、『貧民』一不幸なポケモンだって! 何かの間違いでしょう!?」

 だが、なぜ彼が? なぜ、彼が選ばれなければならなかったのか。シズたちが事前に聞いていた選定基準と全く合致しないのだ。
 カナリアは、パイロンの庇護の元ある程度の幸福を手に入れていたはずである。少なくとも本人はそう言っていた。

「そんなルールは無い。あれはリングマの一味の勘違いで、都市伝説的な噂に過ぎない」
「なんだって!? じゃあ、カナリアが……男たちに囲まれた意味って!?」
「茶番だな。……ただの誤解とデマの信仰によって、ポケモンはここまで残酷になれるという一例だよ」

 ……『それじゃまるで、人間みたいだ』。混乱の最中、シズの思考にはそんな言葉が浮かんでいた。
 あるいは、今更なのだろうか。『黄金の街』の法律はもちろん、お金のために周囲のすべてのポケモンに害を為す選択をした犯罪者に、自らの思想を押し通すために殺しさえためらわない『再生教団』という組織。感情にまかせて異常な判断を下した『伝説の情報屋』や、シズを盗撮した推定変態まで。そう思える前例を沢山知っている。
 『愚かさ』という視点で見れば、パイロンの指摘したそれが一番分かりやすいのだろうが。

「『生贄』はな。すべての『貧民』から、公平な抽選の元に選ばれるのだ。分かるか? その意味が。……我の力では、どうあっても守れぬのだ」
「だからって、これは無いでしょう……! だって、カナリアさんは!」

 『黄金の街』がカナリアを生贄に選んでしまい、一個人に過ぎないパイロンでは最早守り切ることが出来ない。守るならば、その身を滅ぼす覚悟さえ必要だ……という理屈はシズたちにも理解できる。……しかし、しかしだ。なぜ、パイロンが直接手を下さねばならないのだ?

「『カース』、『ウォー』。この子供たちを足止めしておけ。叩きのめしても構わんが、槍は使うなよ」
「「了解」」

 シズの台詞をぶった切って、パイロンは部下たちに指示をする。
 パイロンの裏に控えていた『黄金兵』のワッカネズミたちが前進し、パイロンはカナリアを連れて立ち去ろうとする。

「や、やだ……お、お、おいら……パイロンさん、こんな……たすけ――!」

 涙をぽろぽろとこぼしながら、引きずられていくカナリア。やがて家の玄関を超えると、声はフェードアウトしていった。

「一体何なんだよ……くそっ、パイロン!」
「待ってください! 今ならまだ……!」

 言うまでもなく、シズたちはパイロンに追いつこうとした。ワッカネズミたちの隣をすり抜けようと、手早い移動を試みる。

「何処へ向かうおつもりですか? 邪魔立てするようで申し訳ありませんが、命令ですので」
「我々『黄金兵』は本物の軍隊……一律した訓練も受けない救助隊ごときが、勝てると思わぬことです」

 だが、シズたちの向かう先を『黄金兵』の2匹が完全に塞いでしまった。
 ……ワッカネズミ。2匹で1体のポケモン。そのコンビネーションには警戒するべきだろう。

「あんな声聞いてなんとも思わないの、こいつら……? シズ、目は覚めてる?」
「カナリアさんの悲鳴で、しっかり……とにかく、兵隊さんたちを倒して追いかけないと……!」
「よし……!」

 シズたちは戦闘の構えを取る。……シズたちは、元より旅行者だ。この街の法の番人――『黄金兵』に真っ向から逆らい、『黄金の街』での立場が悪くなったとして、知ったことではない。
 予想していたと言わんばかりに『黄金兵』たちも構えを取った。

「厄介ですね、子供というものは。若さは力、ですか?」

「半端な力は身を滅ぼす。我々で灸を据えてあげよう、『カース』」
「わかったわ、『ウォー』」

 『カース』と『ウォー』と名乗る彼らは、言うが早いか、それぞれの右手に白色のエネルギー刃を形成させていた。
 エネルギー刃の正体は、『すいへいぎり』――ノーマルタイプの物理技である。……刃の使い道など、相場が決まっているだろう。

「シズ、来るよっ!」
「見えてる!」

 2匹それぞれが、シズたちそれぞれに斬りかかる。『黄金兵』の訓練に裏打ちされた技量は油断できないが、シズたちとて木偶ではない。両者ともステップで回避した。

「所詮は挨拶です、これを避けられないようならこれまで」
「ここは閉所。何処まで避けきれるか、見物ですな?」

 だが、攻撃はそこで止まらない。『黄金兵』たちの斬撃はシズたちを捉えようと何度も何度も振るわれた。
 シズたちも躱し続けるが、ここはあくまで室内であり、閉所。逃げ場がなくなるのも時間の問題だろう。

「ユカ、これ……!」
「分かってる、時間を稼がれてるってことはさ!」

 それに、シズたちの目的はパイロンを追うことであり、そしてカースとウォーの目的はその足止め。……『黄金兵』側の立場にしてみれば、勝敗などどうでも良いのだ。時間のかかる戦法をあえて取ることは合理的なのである。

「ボク、ここは逃げた方が良いと思うけど……」
「同感! ……でも、隙を作らないと」

 時間が無い。地面に散乱したゴミのせいで足を取られてとどめを刺される恐れもあれば、順当に追い詰められてボコられる可能性もある。何より、パイロンを追えなくなるのは嫌だ。

「……ボクに考えがある。動きを合わせて!」
「わかった!」

 だったら、とっとと逃げた方が良い。当然の帰結だ。
 横薙ぎの一撃を姿勢を低くして躱しながら、シズが提案する。逃げるとは言っても、相手は兵士、走って逃げられるほど甘くはないだろう。作戦が必要だ。

「我々の目的は時間を稼ぐこと。隊長もしかり、『貧民』風情に情を抱く気持ちは理解できませんな」
「『貧民』なんて、所詮は落ちこぼれ。落ちこぼれを庇う者も落ちこぼれ。当たり前でしょう? 教育機関で何を習ったんですか、あなた方は?」

 シズたちは部屋の中央部へと移動した。狭い室内故、立ち位置の移動には苦労させられたが……移動に成功はしたあたり、パイロンの『身体能力に色を付ける技術』が役に立ったのだろうか。

「教育……? そんなレベルまで!?」
「シズ、ここからどうするの? あいつらのクソ思想はどうでも良いからそっちを!」

 ……だが、2匹が中央に固まったということは、動きづらくなったということでもある。下手な動きをすればお互いに接触してしまうのだ。
 それを察したワッカネズミの2匹は、エネルギー刃を大振りに構えて見せた。確実にトドメを刺す気だ。

「次に来るのを避けて!」
「――そうかッ! 冴えてるねシズ!」

 だが、所詮は大振り。その分威力は高くなるだろうが、予備動作も相応に長くなる。それに、シズたちだってコンビで救助隊をやっているのだ、この状況でお互いにぶつからずに移動することなど容易いことである。
 つまり、回避できたのだ。

「――ッ!? カース!」
「そんな、ウォー! 私達がこんなのに誘導されたなんて……!」

 そして、シズたちが一点に固まっていたと言うことは、『黄金兵』たちの攻撃方向も一点に集約される。攻撃を躱されれば、互いに衝突してしまうのだ。
 事実、カースとウォーの互いのエネルギー刃が絡み合い、不本意にも鍔迫り合う形になっている。

「よし、今だ!」
「そこでよろしくやってなよ!」

 そんなあからさまな隙を、シズたちが逃すはずもない。
 シズたちは持てる走力を全開に発揮して、玄関から飛び出した。





 すぐに、ユカが玄関の扉を閉じる。そしてキーを差し込んで鍵を閉め、前足を使って扉を指し示した。

「あいつら、すぐ追ってくるよ!」
「わかった! パイロンさんには悪いけど、自業自得だと思ってくださいねッ!」

 シズはフルパワーでドアノブをぶん殴る。ミズゴロウの膂力によって扉の施錠機構が潰れてひしゃげ、まともな方法では開かないように固定されてしまった。
 地震やなんかでドアフレームが歪んだりすると、扉は開かなくなる。そのミニチュア的な一例である。

「しまった……迂回する? ウォー」
「いや、『ねずみざん』で叩き切る!」

 だが、相手もベテランのポケモンだ。技を使ってぶち破ることは可能であるし、扉単体を壊す程度なら建造物の崩落リスクも無い。

「シズ、パイロンはどっちに行ったと思う?」
「わからないけど……でも、目的地は『いけにえの城』のはず。先回りできれば……!」

 だが、ワッカネズミの膂力では時間がかかる。
 シズたちはさっさとパイロンを追うことにした。












 『黄金の街』、外縁。
 この街を覆い尽くしていた金細工の装飾も、それが施されるべき建造物も最早見えなくなってくる。

「観光パンフレットの地図ではこっちのはず……」
「ユカ……何かが見えてきた。あの城が?」

 そこに、『いけにえの城』は存在した。
 中世の城を想起させる形状。黄金の細工が施された煉瓦で構成された、悪趣味な外観。『黄金の街』のあらゆる建造物を凌駕する圧倒的な巨大さ。
 ある意味でこの街らしい……いや、この街があのダンジョンに合わせて造られたのだろうか? いずれにせよ、これが『貧民制』などという法律の元凶なのだ。

「だけど、これ……」
「守られてる……この数は無理だよ、シズ」

 そして、この『いけにえの城』は『黄金の街』の経済主軸たる重要な地点。
 『黄金の街』の政府組織とて、そのことはきっちりと把握しているのだろう。……ダンジョンが、『黄金兵』たちの駐屯地に囲まれている。部外者が立ち入れる雰囲気ではない。



「遅かったじゃないか」

 突然、後方からポケモンの声がした。
 シズたちは咄嗟に振り向き、そして……

「パイロンさん!」
「パイロン!」

 その名を呼んだ。
 パイロン。カナリアの保護者にして、カナリアを生贄に捧がんとする冷酷な『黄金兵』。

「どうして……どうして裏切ったんですか! あなたは、カナリアさんを……!」

 シズは叫ぶ。
 その声に、強い怒りと困惑を乗せて。

「我々『黄金兵』の兵力は強大だ。救助隊や、再生教団の力に対抗できるほどにな」

 ……パイロンの語る言葉は、観光パンフレットにも載っている事実だ。『頭数では及ばないながらも、単純な戦力においては『救助隊協会』や『再生教団』にも迫るほどです』と、確かに明記されていた。

「それがどうしたって言うんだよ! ……ワタシたちは、すっごく混乱してる。キミが……キミが、あんな酷いことが出来るポケモンだって知ってさ!」

 だが、ユカには分からない。その事実をパイロンが持ち出した意味を。その提示によって、何を示したいのかを。

「我々『黄金の街』はな。救助隊協会と同盟関係にある文明であり、いざというときには救助隊協会に戦力の供与を行う約束を交わしている。それが、手段を選ばぬつよい・・・『再生教団』と手段を選んでしまうよわい・・・『救助隊協会』という二大文明の均衡を保っているのだ」
「戦力の……供与?」
「だから、それが!」

 ……シズたちには、パイロンの言っているような政治じみた話は分からない。シズに至っては、そもそも、救助隊協会と再生教団が『力の均衡』だとか言い出す関係だったなんて、今まで知りもしなかったのだ。

「思想を大きく異にする二大コミュニティの、武力の均衡が傾くという意味。……貴公らに、政治が分かれば良いが」
「パイロンさん……お願いですから、ボクたちにも分かるように!」

 いずれにせよ、パイロンの言い分はどこか具体性に欠けている。
 世界の状態だのなんだのを語るだけで、肝心のカナリアの心を裏切った理由については言及さえしない。

「そろそろ、カナリアを『いけにえの城』へ送り込む手続きが済んだ頃だ。貴公らに、感謝を。さようなら」

 感謝……? とあるヤトウモリからカナリアを庇った一件のことだろうか。それとも、カナリアの面倒を見るというお願いを聞いたことなのか。
 ……いずれにせよ、今更だ。シズたちには今更にしか思えなかった。すでに、カナリアを庇護する行為へ感謝を述べられる立場にはないだろうに。

「ああ、そうだ」
「なっ……なんだよ!」

 パイロンは駐屯地へと入ろうとして、しかし一度立ち止まる。

「明日の、同じ時刻。また、ここに来るが良い」
「え……? パイロンさん、何を……」

「……来れば、分かる。我の本心が、な」

 そして意味ありげな言葉を残すと、また歩みを進めた。『黄金兵』たちの施設群の中へと、消えていったのだ。




「――明日? 同じ時刻? 何を……ワタシたちは、今すぐカナリアを助けたいんだよ!」

 すでに見えなくなったパイロンに向けて、ユカは叫ぶ。
 パイロンは、『手続きが済んだ』と言い残して駐屯地の中へと消えた。つまり、カナリアが生贄として捧げられるまで、そう時間は残されていないのだろう。

「突入しよう。ボクだって、危ないのは分かってるけど……」
「当然!」

 なれば、選択肢など無い。
 『いけにえの城』に生贄を捧げるという行為が、具体的にどんなものなのかが分からないからだ。分かるのは、それが生命の喪失を伴うということだけである。

 シズたちは、『黄金兵』の群れる土地の内部へと駆け出した。



 中世風の『黄金の街』に違わず、彼らの駐屯地もまた中世風の建築物によって構成されていた。当然、金細工の装飾も施されている。

 黄金の鎧を着込んだ『黄金兵』たちが、シズたちを視認し、こちらに駆け寄ってくる。

「そこのスリーパーさいみんポケモン! カナリアはどこに!?」

 これ幸いと、ユカが声を張り上げる。
 呼ばれた『黄金兵』が、首を傾げながらこう答える。

「カナリア? ……知らないな。それとも、今日の生贄か? クワッスなのか?」

 このスリーパーは、カナリアの名前を知らない。……やはり、『生贄』は日常的な出来事に過ぎないのだろう。すでに知っていた知りたくもない事実を再確認させられる。

「そうです! ボクたちはカナリアさんを助けに来たんです!」

 シズが質問に答えさせるために補足を入れた。

「『貧民』同士の友情など聞いたことがない。『貧民』どもはいつも暴力と恐怖で糧食を奪い合い、寝床も奪い合い、そして、気に入れば身体さえも。……旅の者だな? 侵入者よ」
「カナリアはいつも奪われる側だったよ。奪い合うなんて生やさしいものじゃない!」
「……どうせ、『貧民区』を覗いたことさえ無いのだろう? 世間知らずの子供が、一時の感情で偉そうに」
「殺す側が、よく言うよ!」

 一時の感情。確かにそうかもしれない。シズたちはこの街に来て6日程でしかないし、故にこの街の実情などほとんど知らない。知るのは、『貧民制』と『生贄』という耳触りの悪いルールだけ。
 そんな理屈を語ったところで、シズたちが止まるかどうかはまた別の話だが。

「……ここは『黄金兵』の駐屯地だ。即刻退去しなければ、私たちも相応の対応を取らねばならない。分かるな?」

 話しても無駄だと察したのか、スリーパーはシズたちに周囲を見渡すようにジェスチャーした。
 ……『黄金兵』たちに囲まれている。当然だ、シズたちは不法侵入者であり、本来ならば会話さえなく叩き出されても文句は言えない状態にある。

「シズ」
「……うん」

 もちろん、シズたちだって退くわけにはいかない。
 2匹は構え、強行突破の意思を示す。



「そうか。……卑怯だとは言わないでくれよ、『勝者こそ正義』が戦場の流儀だ」
「は……? 何を!」

 言うが早いか、スリーパーが振り子を取り出した。
 スリーパー――さいみんポケモン、エスパータイプ。彼らには、振り子による催眠術によって相手を眠らせ、その夢を食べる習性があるという。

「しまっ……ユカ……」
「えっ? 何が……」

 ――『さいみんじゅつ』。相手を眠らせる技として、ポケモン界でこれ以上に有名なものはあるまい。相手に暗示を掛けて、意識を喪失させるのだ。

 不意打ちで発動されたそれに、シズたちはまんまと嵌まってしまったのだ。
 襲い来る強烈な眠気に抗わんとするが、しかしまともに食らった技の効力に根性で抗うことなどなかなか出来ることでは無い。

「うっ……あたまが、ぼやけ……」
「かなりあ……さ、ん……」

 やがて、何もすることも出来ずにシズたちは地面に倒れ伏す。
 確かにシズたちは、パイロンの特訓を受けたことによって身体能力の向上を得た。しかし、直接戦闘に突入する前に無力化されてしまえば、それを活用することは出来ないのである。

「あっけない。覚悟無き衝動など、所詮こんな物か」
 
 薄れゆく意識の中、シズたちはスリーパーの嘲笑の声を聞いた。
 衝動……一時の感情。




「スリーパーさん、救助隊バッジです。これは……『第一支部』?」

「……運んでやれ。連中も組織なら、子供の躾程度はまともにやってほしいものだ」

「はっ」

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