-5- 迷子捜し

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読了時間目安:13分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 銃犯罪は国際的な厳格規制により、ほぼ封じ込められている。
 悪の哲学の象徴として好んでいた反社会勢力のあいだでは、訓練された携帯獣の殺傷能力に劣るとして、箔をつけるだけに持ち歩く飾りの意味合いが強まっている。弾丸が貫いて失血死にいたらしめるという恐怖と衝撃は、昔の映像作品の中でのみ、殺し道具の代名詞として誇張されているのだ。
 警察官をはじめとする治安維持に関わる者の携行品は、対象に致命傷を負わせる実弾銃から、小さなダメージでの鎮圧を重視する麻酔銃や、麻痺銃が主流になった。銃社会で有名であったイッシュにおいても、入手ルートはライセンス制のスポーツ競技用を除いて撲滅された。市民が護身のために手軽に入手できていた時代は、終わりを迎えていた。
 一般的には忘れ去られた凶器であるが、ひとたび野放しになれば、そのレトロな存在感は街一つに、ある種の話題性の持つ不安をもたらした。ここ一か月ほど、アルストロメリア市では不審死が相次いでいる。

 発見された遺体は共通して、頭部を撃ち抜かれていた。

 こんな事があるとアイラは、やっぱりね、と分別臭い気持ちになった。銃に犯罪のイメージは付き物だ。射撃の腕がよくてもなんの自慢にはならない。だから、部下の前でひけらかすつもりはなかった。レストロイ城で役に立ったのも偶然みたいなものだった。
 でもそうやって、特技をすぐ否定的に俯瞰する自分の癖が少し、寂しくもある。

 アイラは聞き込み中に、不審車両を見逃さなかった。職務質問した運転手は実弾入りのピストルを隠し持っていた。その目的は、自殺。異例の連続射殺事件の真相は、連続自殺幇助事件だったのだ。自殺希望者は代金を支払い、自殺幇助犯から一丁のピストルを貸り受ける。自殺幇助犯の手持ちであるミルホッグが自殺完了を見届け、現場からピストルを回収。自殺幇助犯のもとに戻ったピストルがあらたな自殺希望者の手に渡る、というサイクルだった。

 逮捕した運転手の証言から、芋づる式に、幇助犯も逮捕できた。
 小太りの男は報酬を薬物に費やしていた。取り調べ中もテンションが高かった。
「死にてえのに死ねない人間は、不幸だ! ピストルなら一発パン。で、終了。逝った奴ら、これならもう失敗しないって喜んでたぜ。こんな便利な道具、なんで政府は世の中から無くしちまったんだ? 人が楽に死ねる権利を奪ってる、クソ食らえ! いひっひひ……寝るな、聴け、お前!」
「おお、すまんね。演説に興味ねえもんで」
 地元警察の刑事ポワロ・フィッシャーは寝ぼけまなこをこする。
 取り調べの相方を務めるアイラは横目を使い、居眠り常習犯を無言で諫めた。
「どうやってピストルを手に入れたか、詳しくお答えいただけますか」

 質問役がやる気のない男から美少女に移ると、幇犯助は汚い引き笑いをした。
「さっきも言ったろ上玉ちゃん! サービスしてくれたら、全部吐いてやるよ」
 フィッシャーはあくびを手で隠そうともせず、椅子から立ち上がった。
「かったりぃ。しばらく休憩だ。ロングロードも気分転換してきな」
 

 アイラの直属の部下二人は別室で、自殺を企てた男を取り調べていた。会社をクビになり、関係の冷えていた妻にも逃げられて死のうと思い、直前で急に怖くなった、と供述した。頭髪のてっぺんが薄い、気が小さそうな中年男性だ。常におどおどして、口元に薄っぺらい愛想笑いを浮かべ、まともに人の目を見て会話ができない。
「り、理解できませんよね、こんな動機。君たちみたいな、若くて、勝ち組には……」
「勝ち組? どのへんが? こいつの傷跡見ても、そう言えるんすかね」
 呆れたミナトが親指で、隣にいる金髪の少年刑事の右頬を差し示す。
 冷静な表情のキズミは黒髪の少年刑事の手首を掴んで、下ろさせた。
「夫婦内の不和は、ペットの臭いが原因だそうですが。今はどうしていますか」
「ぼ、僕は、好きな香りでしたよ。死んだら飼えないと思って、捨てました……」

 置き去りにしようとして言うことを聞かなかったので、用事が済んだら迎えに行くと嘘の約束をしたらしい。とにかく、捨てられたペットもとい、逮捕前日に逃がされた参考獣を見つけ出す必要がある。生き物に対して無責任だ、と取り調べ室を出たキズミの仏頂面には被疑者への不平が表れていた。聞き取りを続けるミナトからは捜索用のサポートを二体、預かった。
 茶飲み休憩していたアイラの目に、出かけようとしたキズミが留まる。
「そういうことなら、手伝うわ」
「後ろに乗せろって事ですか? 嫌です。俺はよく、バイクで事故ります」
「それでミナト君、新品弁償してもらえたらラッキー、なんて皮肉を言ってたのね」

 ついて来させないようにと、キズミは露骨に迷惑そうな声色を出した。

「警部補の手持ち、クラウひとりですよね。ミルホッグの事情聴取に立ち会い中では」
「参考獣が迷子みたいなものなら、それほど危険はないでしょ? それともあなたも、女は自衛が頼りないとでも言いたいの? ちょっと外で体を動かしたい気分なの。それに私、部下を監督するために本部から来たのよ」
 バイクの鍵貸して、とアイラは運転する気満々で手を出した。
「ライキの時はあなたが後ろだったでしょ。ね、ちょっといい? ネクタイ歪ん――」
「自分で直します。運転も結構です」
 言いながらキズミは、襟下の結び目をいじられる前にスッと後ろに躱した。
「あなたに怪我をさせたくないんです。つまり……後処理が面倒なので」
「治療費を請求されたくないってこと? 何それ。いいわよもう、安全運転でお願い」


 キズミはミナトから借りたオフロードバイクを走らせる。それが不必要にのろく、後ろのタンデムバーに掴まるアイラは歯痒かった。安全運転のリクエストを真に受けすぎている。前を走るヤドン・タクシーを追い抜かすくらい、法に触れないのに。
 くんくんひくつかせているガーディの鼻面は、違う意味で気が休まらなかった。アイラとキズミの間にぎゅうぎゅうに挟まれている、ぬいぐるみのようにもふもふしたガーディ=銀朱ぎんしゅ。災害系救助犬並みに、空気中の浮遊臭を嗅ぎ分けるのは得意なのだ。
 鋭敏な嗅覚を頼りに、旧市街のさびれた一角に到着した。
 被疑者が捨てたと証言した現場付近だった。災害犬の得意分野から本職の基本、固定臭の探知へ切り替える。悪臭の強烈な痕跡にガーディはウッと青ざめる。ネイティ=麹塵きくじんがテレパシーで犬の鳴き声を人語に通訳した。鋭い鼻が嫌々たどる進路に付き添う道すがら、キズミは知り合いの市民とたびたび出くわした。
 お決まりの挨拶みたいに、いつもペアを組んでいる親友の不在を突っこまれた。
 
「あのスケボー小僧によろしくな! 少年!」
 と、キズミの背中を張り飛ばす、タトゥーだらけのガソリン・スタンド店員。

「それでかあ。金城の単車、なんであんたが乗ってんのかと思った」
 と、ハスキーボイスがセクシーなミートパイ売りの女性フードトラッカー。

「早く見つかるといいですね! 頑張ってください、ミナトのお友達さん!」
 と、元気に手を振る、マメパトを肩に乗せたスポーツクラブ帰りの女子大生。

 目の前にいる金髪の刑事より、タイプの正反対な、人当たりのいいミナトのほうが親しまれている。分かりきっていた事だ。アイラは苦笑を潜めた。キズミの態度は損している。そっけなくて近寄りがたいから、中身に良いところがあっても伝わりにくい。まだ完全には仲直りした訳ではないけれども、自分なんて、最近まで根っからの性悪男だと思い込んでいて、上司の外聞もなく、部下と敵同士のようにいがみ合っていた。
 ミートパイを買ってもらい、やる気を見せていたガーディがついに音を上げた。うるうると涙目で訴えられるキズミ。ネイティの通訳なしでも、臭いの我慢はもう限界だと汲み取れる。モンスターボールに戻して休ませる前に、毛むくじゃらの頭を撫でてねぎらった。敏感な鼻には虐待じみていた作業だっただろうに、よく頑張ってくれた。
 この近辺から考えうるゴールを割り出すと、候補の第一位は環境センターだ。


 見学ガイド係の職員が、施設内を案内してくれることになった。
「刑事さん達、お似合いだと言われません? 職場恋愛とかは?」
「ないです」
 キズミに即答を先越された。
 妙に癪に障り、アイラは心の中でそっぽを向く。
「にしても、お若いですねー。まさか十代?」
 ヘルメットを被った作業着の男性職員は、歩きながら世間話にそつがない。
「両方とも十七です」
「勝手にバラさないでくれる? あと私はまだ十六よ」
 警部補はまだ誕生日が来てないのか、と晩夏生まれのキズミは漠然と知った。 
 職員は「やっぱり! こないだ来た生徒さんらとタメじゃなぁ」と笑顔になる。
「僕はそのくらいの歳まで、旅のトレーナーやってたんですよ」
 栄えあるリーグ出場を懸けた公認ジムバッジの獲得。研究者の調査手伝いに、モラトリアム。ポケモントレーナーが各地をめぐる目的はさまざまだ。年齢層は十代が最も厚い。根深い社会問題であった、新人トレーナーの犯罪被害は法整備により減少した。冒険マニュアルに従い、勇気と無謀をはき違えさえしなければ、安全に旅ができる。
 トレーナー育成を奨励するタウンマップ加盟自治体では、福祉的サポートが受けられる。年齢が上がっていくにつれ、最低限の衣食住が保障される権利の審査は厳しくなる。賞金制バトルで手堅く稼げないアマチュアの多くは生活難にあえぐ。リタイアした青少年は就職するか、資格や学歴取得に向けて勉学に励むか、アルストロメリア市を含む文化圏では大きく二つに分かれていた。

「勉強嫌いじゃけぇ就職したのに、職も地方も点々と。ここも最初はアルバイトで拾ってもらったんです。旅の経験は仕事に生きてないですけど、青春じゃったなー、とは思いますよ。はい、着きました。ここがプラットホームです」

 大型倉庫の中にいるような眺めだった。腐敗臭が外へ漏れないよう、収集車の出入口ドアは自動式になっていた。発見の遅れた変死体の放つ強烈さに比べれば、マスク必須というほどの苦行ではない。収集車が投入扉から地下ピットへ下ろしたゴミは、中で待機している処理班の食料になる仕組みだ。
 腹を空かせて侵入した野性個体は、プラットホームで食い止められる。下手に追い出すと近隣のゴミ置き場を荒らしたり、収集車を強盗まがいに襲うこともある。そこで片隅に、分別されてリサイクルセンターに回される資源ごみの一部が積まれていた。不衛生な生ごみには魅力が劣るものの、食べ放題には抗えないようだ。野性らしきヤブクロンとダストダスが群がっている。
 強引にくっついて来た立場なので、アイラは口を出さずに部下を監督した。
 あのダストダスの顔は、押収した写真と特徴が一致している。
 キズミが被疑者から聞き出した名を呼ぶと、反応した。
 警戒しながら寄って来た。
「麹塵、頼む」 
(くっさ! こんなとこでボールから出すとか、イジメじゃん)
 口頭で本体確認をする。戸惑い気味に返ってくる答えの、通訳をさせられる。
 疑いない。連れ帰りに来たペットだ。ネイティは猫なで声のテレパシーで憐れんだ。
(ああ可哀想。人間ってサイテー。ホントはキミ、捨てられちゃったんだよ!)
「麹塵!」
 怒鳴ったキズミを嘲笑い、ネイティはすたこらさっさとモンスターボール内へ引き上げた。ご主人様が裏切るなんて信じられない、と深緑色の顔にそう書いてあった。叫び声。ヒステリックに噴射される、体内の毒煙。
 とっさにキズミが上司と職員を庇う。まともに食らい、へなりとその場に崩れ落ちた。むせている職員が肩を支える。パニックになったダストダスが出口へ駆け出していく。部下の安全をやむをえず職員に託し、アイラが咳き込みながら後を追おうとした。
 一人で行かせたら危ない。
 キズミは気合で痺れる手を動かし、球の中央にある開閉スイッチを押した。
 大切なアシスタントだ。ファーストのような目に遭わせたくなくて、極力怪我をさせないように苦心してきた。自分が第一に戦うという信条を曲げ、失いかねないものを覚悟して、声を張った。

「さ……いみん、術!」

 ラルトス=ウルスラは胸を締め付けられる思いで、ダストダスの背中に手をかざした。指示にはそむけない。痛いほど読み取れる感情を、切り捨てるような真似はできない。
 
 特性『シンクロ』由来のフィードバック。

 電流を浴びせられるような激痛が走り、キズミの脳を悶えさせた。
 この程度の、補助技の影響にすら、耐えられないところまできている。
 ぼろぼろの健康状態をうとむ意識が、ヒューズが飛ぶようにフッと途切れた。

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