第30話 ~誰かのために、力を振るおう。~

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読了時間目安:25分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

主な登場人物

(救助隊キセキ)
 [シズ:元人間・ミズゴロウ♂]
 [ユカ:イーブイ♀]

前回のあらすじ

『救助隊協会第一支部』の護衛依頼を受け、『黄金の街・ルドー』にやって来た救助隊キセキ。護衛対象が『黄金の街』を出発するまでの自由時間を活用して、この街を観光することに。

あらゆる建造物が金細工で装飾された街並みに、この街の資金力に裏打ちされた豪華な施設の数々。シズは少し気の引けるような気分になっていたが、楽しい体験なのは間違いなかった。

だが、シズたちが一日を終えて宿に帰ろうとしたその時、トラブルに遭遇してしまう。とあるヤトウモリが、とあるクワッスを追いかけ回す現場に遭遇してしまったのだ。
ヤトウモリに『貧民』呼ばわりされ、明らかな加害宣言を受けるクワッス。
この状況をイジメの現場と受け取ったシズたちは、ヤトウモリに戦いを挑むのだった。
 『黄金の街・ルドー』、とある大通り。日も落ち、空が暗くなってきた頃の時間帯。
 シズたち2匹と、とあるヤトウモリが向かい合っていた。

「イジメの現場ってのはわかったよ。……だったらキミは、ワタシたちの敵だッ!」
「2対1、しかもあなたは、ボクとタイプ相性で不利です! やられたくないなら、ここは退いてください!」

 シズたちはヤトウモリに啖呵を切る。
 ……よく見ると、シズたちの裏には1匹のクワッスが居る。彼らはその少年をかばい立てしているのだ。

「あーあー。そういう立場取るのかぁ。……負けて大怪我しても、誰も助けてくんねぇぞ? お前らは『貧民』庇ったバカヤロウだからなァ!」

 ヤトウモリも、真っ向から応えた。
 『貧民』――莫大な借金を抱えた者や、重大な犯罪を犯し、『貧民区』と呼ばれる場所に押し込められた者たちを、この街ではそう呼ぶらしい。……ここで言う『貧民』とは、シズたちが守ろうとしているクワッスのことである。



「ここはボクが!」

 シズが、攻勢に打って出た。……バトル開始の合図である。

 シズのタイプはみず。対してヤトウモリは『どく』と『ほのお』のタイプを持つ。すなわちシズは、片方のタイプに対して耐性を保持しているというわけだ。彼が前衛をはるという考えはその点で合理性がある。

「これでも近寄ってこれるかぁ!?」

 が、ヤトウモリも黙ってみているはずが無い。ミズゴロウのパワーは小型ポケモンとしてかなり強力であり、さらにタイプ相性も加われば一撃ノックアウトもあり得るのから。
 対抗策としてヤトウモリが取った行動は『どくびし』を振りまくことであった。

 『どくびし』――毒液に塗れたまきびしを生成、散布する技。直接のダメージがあるわけでは無いが、踏んだ相手をどく状態にしてしまう。あるいは、踏みつけた量によってはさらに強力なもうどく状態になってしまう恐れも……

「っ……」

 さすがにそんなリスクは負えないと判断したシズは、接近を取りやめることにした。
 あるいは、リスク承知で突っ込んでヤトウモリを追っ払うという手も考えはしたが、このヤトウモリがクワッスのことを諦めるとは思えない。……ここで戦闘不能にしてやるしか、クワッスを救ってやる方法はなさそうなのだ。

「遠距離戦がお望みならッ!」

 『どくびし』を前に動きを止めたシズ。だが、他に手が無いわけでは無い。
 ユカが『スピードスター』を発射したのだ。『スピードスター』とは、高速性・散布性に優れた遠距離技で、まっとうな回避はほぼ不可能とされる必中技の1つだ。

「チッ……中距離戦は不利か……!」

 故に、ヤトウモリはその星形弾を受け止めるしか無かった。……中距離戦は不利という言葉から察するに、このヤトウモリは必中技を保有していないらしい。必中技に分類されない技はすべて、難度の差こそあれ、障害物の無い場所で回避することは可能である。
 絶対に当たる攻撃と、当たらない可能性のある攻撃。ましてや、シズたちは身体の小ささ故にかなり身軽である。どちらか有利かなど考えるべくもない。

「だがっ……テメーらみたいな阿呆に負けるかってんだぁ!」

 そんな状況、やはり黙ってみるわけにはいかない。直後、ヤトウモリの尻尾の温度が上昇する。そうして紫色の煙が発生し、周囲の空気をその色で染め上げた。
 ……なんだか、花のような香りがする。

「シズ! これ、『どくガス』だよッ! 吸い込んじゃ――」
「えっ!? じゃあ、クワッスさんがっ……!?」

 『どくガス』――毒ガスを吹きかけて、相手をどく状態にする、読んで字のごとくの技。
 ……今回のそれに置いて厄介なのは、加害範囲がとんでもなく広いことにある。幸い通行人や野次馬の類はこの場には居ないのだが……シズたちが守ろうとしているクワッスがガスをもろに食らってしまうのだ。

「うっ……お、おえぇっ……!?」
「クワッスさんッ!! ぐッ……ゲホッ、えぇっ……」

 突如やって来た紫色のガスに対応しきれず、クワッスは毒を大きく吸い込んでしまった。クワッスへの声に気を取られてしまったシズもだ。
 どく状態――時間経過と共に、体力を奪われてしまう厄介な異常状態。……と言うだけで済めば良いのだが、特にガス系統の技によって引き起こされるそれは苦しみが大きいとされている。なにせ、呼吸器系を侵されるのだ。いくら生存が保証されていたとしても……いや、苦痛によって間接的にショック死してしまった例がいくつかある。かなり少ないまれな例ではあるが、それでも、それだけの痛みを伴うということなのだ。

「……くそっ!」

 その状況に悪態をつきながらも、ユカは素早い対応を見せていた。
 自分の首に巻かれていたスカーフを取り外し、それに鞄から取り出した『モモンの実』を押しつけ、叩き潰し、毒を中和する果汁に浸された布を作り出したのだ。それで自身の鼻と口を覆い、毒ガスを防ぐことが出来た。
 『モモンの実』――毒を中和する効能を持つ、木の実の一種。どくの存在が予想されるダンジョンに挑む際には、持ち込むことが強く推奨される。

 ……なお、シズのバッグの中には『モモンの実』は入っていなかった。このような芸当は、この場にいる中ではユカしか不可能だったのだ。

「ほー……やるな、お前。阿呆呼ばわりは訂正してやる。てめえは『少しマシな阿呆』だ」
「それはどうも、(はぁ、はぁ)このクズ男がッ……」

 ヤトウモリの悪態に悪態で答えながら、ユカは周囲を確認した。

 戦場そのものの状態としては、ヤトウモリの全面に撒かれた『どくびし』と、未だこの場に漂い続けている『どくガス』に注意を払わなければならない。液濡れのスカーフを通しての呼吸はなかなか苦しいが、しばらくはこれを外すわけにはいかなそうだ。

 あとはシズと防衛対象のクワッスである。
 シズはまだ戦えそうだ。毒ガスを食らって苦しんでいるとは言え、体力そのものの消耗としてはまだ浅い。事実すでに立ち直って、(苦しそうな表情はあるが)戦闘態勢へと戻っている。
 ……だが、マズいのはクワッスだ。毒ガスの苦しみに明らかに耐え切れていない。立ち上がることも出来ぬままにもがき苦しんでいる。
 早く決着をつけなければ……

「チマチマ削ってる暇はっ――(ひゅー……)ないっ……『でんこうせっか』ッ!」

 『でんこうせっか』――凄まじい推力で相手に衝突する技……だが、ユカはもっぱら機動力を補助する目的で使用している。
 その目にも止まらぬ移動速度を利用すれば、『どくびし』を迂回してヤトウモリに接近することなど屁でも無かった。なにせ、ここは大通り。広い道なのだ。一発の『どくびし』程度で道を覆いきれるはずなどない。

「早いが……その手自体は読んでるんだよマヌケがぁーっ!」
「くっ……!?」

 そうしてヤトウモリの真正面に躍り出たユカであったが、ヤトウモリもそれを考えつけないほど鈍くは無かった。瞬間に『どくどくのキバ』を発動し、噛みついてきたのだ。
 『どくどくのキバ』――どくタイプの物理攻撃。技単体の威力はそうでもないが、厄介なのはその単純さ故の扱いやすさと、相手をもうどく状態にする可能性を秘めている点である。

 ユカはなんとか躱すが、もし食らっていたらかなり不利になっていた可能性があった。少しゾッとさせられる……

「こんのっ(じゅるっ)……反撃だっ!」
「チッ!」

 ユカが反撃の『たいあたり』を繰り出してやるが、ヤトウモリとてなかなかすばしっこいポケモンに振り分けられる。普通に回避されてしまった。
 時間をかけるわけにはいかないというのに……ユカの心に焦りが芽生えてゆく。

「反撃はテメェの特権じゃねえよ!」

 今度は、『かえんほうしゃ』を繰り出してきた。
 『かえんほうしゃ』――この技もまた、読んで字のごとくで伝わるだろう。対象をやけど状態にする可能性も持っている。
 ユカの保持する技はかなり物理攻撃に偏っており、そしてやけどは物理パワーを鈍らせる。この技を受けるわけにはいかず、故に全力で躱そうとする……が。

「しまっ――だはぁーッ!?」

 なんと、このタイミングで足をもつれさせるというポカをやらかしてしまったのだ。故に『かえんほうしゃ』は直撃。
 やけど状態にこそならなかったが、無視できないダメージを蓄積させてしまった。

「その口を覆っている布! 呼吸、苦しかったろ? うるせえ呼吸音出しやがって。知ってるか? 濡れた布ってのは、拷問にも使われる代物なんだぜ!」

 ……この状況、実のところはヤトウモリの計算であった。ユカの呼吸器はモモンの果汁で湿らせたスカーフで覆われている。ヤトウモリの言う拷問道具ほどでは無いにしろ、かなり呼吸が阻害されていたのだ。
 ポケモンたちの多くは活動に酸素を必要としている。呼吸が阻害されると言うことは、酸素の供給を阻害されると言うことでもある。……脳や身体に回される酸素が減ってしまえば、その分だけ身体能力の低下を招くのだ。
 戦闘による極度の興奮によって、ユカはそのことを半分自覚できていなかった――いや、自覚していたとしても、このスカーフを外すわけにはいかなかっただろう。なにせ毒ガスは未だこの戦場に広がっているのだ。外せば毒ガスによってさらに苦しむ羽目になるのだから。

「――まずは1匹だぁーっ!」

 『かえんほうしゃ』のダメージから未だ立ち直れずにいるユカに、ヤトウモリは満を持して追撃を試みた。
 その口腔から炎が漏れる。

「ユカッ!」
「なにぃッ!?」

 が、その炎がユカを傷つけることは無かった。……忘れるなかれ、これは2対1の戦いなのである。
 シズの『たいあたり』が、ヤトウモリを突き飛ばしたのだ。

「ゲホッ……『どくびし』の迂回に、走るしかなくて……遅れてしまったんだ。ごめん」
「いや、助かったよ。ありがとね」

 『どくびし』は、どく状態よりも強力なもうどく状態を発症させる恐れがある。故に、すでに毒を受けているシズであっても、避けるという選択肢は十分にあり得たのだ。もっとも、今回はその選択が裏目に出たのだが。

「とにかくっ……ごほっ。トドメを食らうのはっ、そっちです!」

 が、結局、ユカが『かえんほうしゃ』を受けたという事実が戦局を左右することは無い。
 近接戦闘に優れたミズゴロウが、ヤトウモリと殴り合いの距離に立っている……つまり、シズの強靱な筋力から繰り出される一撃がヤトウモリをぶっ飛ばすからだ。

「クソッ……まずい――」
「『たきのぼり』ッ!」

 『たきのぼり』――強力な水流と本体による打撃によって対象を上に打ち上げる、みずタイプの物理攻撃技。威力も高く、特にミズゴロウのような筋力に優れたポケモンが使用したならそのダメージは計り知れない。

 ヤトウモリは接近戦が得意なポケモンでは無い。持ち前のすばしっこさでいなすことは出来ても、それが得意なポケモンと正面から殴り合うとなると、パワー差でどうしても後れを取ってしまう。

「がはぁッ!?」

 その事実を突きつけるかのように、ヤトウモリの腹部へ効果バツグンの一撃が叩き込まれた。彼は水しぶきと共に宙へと打ち上げられ、そして引力に引かれて地面に叩きつけられる。



「……勝ったね」

 しばらくしてもヤトウモリが起き上がってくることは無かった。……完全に気絶している。
 シズたちの勝利だ。

「まったく……やっぱりダンジョンの『敵ポケモン』じゃないヤツは厄介だよね。搦め手をよく使ってくるし……ま、戦略の失敗は戦術の成功で取り戻すことは出来ないって言葉の通り、2対1のタイプ有利って時点で勝ちは決まってたようなもんだけどさ!」

 やがて、紫の毒ガスは大気に中和されて消え去ってゆき、『どくびし』も戦闘終了に伴って消滅していく。
 『モモン果汁スカーフ』を脱ぎ去りながら、ユカは戦いの感想を語り出す。

 ……だが、誰もその返事をしてくれない。不審に思って、ユカは隣を見やる。

「……もう、だめ……クワッス……さ、ん……」
「シズッ!?」

 ……忘れてはいけない。シズと、シズたちが守ろうとしていたクワッスは毒を受けていたのだ。
 シズは戦闘の緊張が途切れたおかげで一気に行動不能に陥ってしまったらしい。

「うっ……おえぇ……だ、だっ、だれか……たす、け……」
「――あんの糞ヤトウモリがッ!」

 クワッスに至ってはもう……なんというか、毒を食らった直後よりもひどい動きでもがいていた。本当に死にかけてるみたいで……
 ユカは、ヤトウモリがこのシーンを見つめて愉悦に浸ろうとしていたのでは無いかと思い至る。ソイツのことが心底気色悪く思えて、暴言を吐き捨てた。

「くそっ、すぐに治療しないと……!」

 幸い、解毒剤代わりになる『モモンの実』は苦しむ2匹を救うのに十分な数がある。
 ユカはすぐに治療に取りかかることにした。












 それからしばらくして。

「ノンアルコールカクテル一つ、モーモーミルクが二つですね。かしこまりました」

 シズたちはクワッスを連れて、この街のおしゃれなバーへとやって来ていた。
 やはりというか、黄金の装飾が目立つ。しかも本物の金で……『黄金の街』の様式美なのだろうか。



「あ、あ、あ……あのっ。あなた、おいら、を、助けて、くれっ……て。えと――」

 翼でモーモーミルクのカップを持ちながら、クワッスは話す。すごくたどたどしくて、あわあわした喋り方ではあるが、感謝の気持ち自体は十全に伝わってくる。

「焦らなくても、ゆっくり話してくれれば大丈夫です。ボクたちは怒ったりしないし……」

 そんな様子に、シズは苦笑いしながら応えた。
 ちなみに、テーブルの手元にはモーモーミルクが置いてある。

「あー……そんなに怖かったの?」

 ノンアルコールカクテルを啜りながら、ユカは質問をした。
 ……たしかに、クワッスのしゃべり方はパニックになったときのそれと似ている気がしないでも無い。

「お、おお、おいら……ごめん。おいら、話し方、変、で……『貧民』、だった……から。べんきょう、できなくって……」

 あのヤトウモリは、『貧民の立場にある者は、「黄金の街」の財力の恩恵を受けられない』と言っていた。基礎的な教養を教えてもらう機会さえ無かったと言うことなのだろうか。
 どうしようも無く息が詰まる話だ。クワッスの口ぶりは、生まれたときからそうであったと言わんばかりである。

「キミの名前……たしか、『カナリア』だっけ?」
「……う、うん。……えと」

 クワッス――『カナリア』は、ユカの確認にどう返して良いか分からずにきょろきょろとあたりを見回していた。別に、そんなことをしても答えが見つかるわけでも無いのだが。

「じゃあ、自己紹介するよ。ワタシはユカ。救助隊キセキのユカ」
「そして、ボクはシズです。よろしくお願いします、カナリアさん」

「きゅうじょたい……?」

「あ、『救助隊』っていうのはこの街の外にある組織で、ポケモンたちを災害や犯罪から守ってるんだ。『黄金兵』と似てるかもね」

 救助隊なんて、基本教養なのに……そう思いながら、ユカが解説を入れる。
 シズのような特例を除けば、救助隊を知らないなんてあり得ないはずなのだ。『教育の重要性を最大限嫌な形で考えさせてくれる』とユカは心の中でぼやく。





「カナリア、どこだ!? カナリアッ!!」

 ……この場にいる誰の物でもない、第三者の言葉が突然響く。
 なんだか、聞き覚えがある。これは確か……

「チラチーノおばさん?」
「ユカ……ボク、さっきもおばさん呼ばわりは良くないって――」

 そうだ。ユカがカジノに入ろうとしたときに『子供がギャンブルは良くない』といって止めてきた『黄金兵』のチラチーノだ。
 ……酷く焦って、興奮している様子である。

「――!? 貴公らは、あの時の……!」

 ……チラチーノの側も、シズたちを認識したようである。
 対面しているカナリアのことも。

「カナリアに何をしている! 『貧民』など、知らぬはずだった貴公らが!」
「え? 今なんて?」
「いや、ボクたちは……」

 極度の興奮状態は、視野の狭窄を招く。カナリアのたどたどしい態度も相まって、チラチーノは何かを誤解してしまったようだ。

「まっ――ままま、待って、『パイロン』さんっ。シズ……えと、シズと、ユカは、おいらのこと助けて……くれたの。だ、だから――」

 彼女が護ろうとしている対象であるカナリアは、チラチーノのことを『パイロン』と呼び――そして、誤解を解こうとなんとか声を振り絞る。

「……本当か?」

 パイロンと呼ばれたチラチーノは、シズたちに向かって言葉を投げかける。……このカナリアという少年は、あからさまに気弱だ。脅されていないか見極める意図があるのだろう。

「あ、はい。カナリアさん、ヤトウモリにいじめられてて……」
「『貧民』だとか言って絡んでたよね。シズがぶん殴って黙らせたけど」
「……誤解されそうな言い方はやめてよ……」

 シズたちの話を聞いたパイロンは、いくつか冷静さを取り戻したようだった。そして、その内容に心当たりがあると言わんばかりにため息を吐く。

「そうか……すまない、非礼を詫びさせてくれ」

 どうやら分かってくれたようだ。シズはホッと息をつき、ユカは……当然といった風に真顔でいる。



「あの。カナリアさんとはどういう関係なんですか? ……なんとなくは分かりますけど」

 しばらくの間を置いて、シズが口を開く。
 この店に入ったときの焦りよう。シズたちを視認した瞬間に敵と認識してしまうほどの冷静さの欠如。あのヤトウモリの、彼女への言及。どれを取っても他人とは思えない。

「ああ、察しの通りだ。『貧民制』というこの街の法に我はあまり良い感情を抱いてはいない。そして、カナリア少年はそれの純然たる被害者だ。我は、カナリアを匿っているのだよ」

 カナリアのたどたどしい話し方、会話から垣間見えた教養の低さ、周囲から向けられる差別的な視線……どれを取っても、彼1匹で生きていけるようには思えない。
 ……彼がこの街で生きてゆける理由。それが、パイロンなのだろう。

「『貧民』のことは、あのヤトウモリから聞いたであろう? 莫大な借金を抱えた者、一定の重さの罪を犯した者……そして、それらの罪なき子らの市民権を剥奪し――これ以上は止めておこう」

 パイロンの口ぶりから察するに……あのヤトウモリは、以前にもカナリアを追い回していたことがあるのだろうか。すぐに納得したのもその件があったからかもしれない。



「……すまなかった、カナリア。お前を1匹にしたくはないが……『黄金兵』の仕事を辞めるわけにはいかないのだ。『黄金兵』としての立場と、その賃金……どちらも、欠かすことは出来ぬ」

 パイロンがカナリアに近づく。そして、身体を優しくなでてやりながらそう言った。
 カナリアは完全に身を委ねている。心の底から信頼しきっているのだろう。

「わ、わかってる、よ。ずっと、言ってた……か、ら。えと……」

 そういえば、あのヤトウモリは『「貧民」は「貧民区」という土地から出ることを許されない』と語っていた。……パイロンは、カナリアがそこへ連れ戻されないよう、『黄金の街』の法の番人である『黄金兵』たちに内側から働きかけているのだろうか。
 ……やっぱり息が詰まる話だと、シズたちは思った。



「救助隊キセキ、だったか」
「はい」
「そうだけど?」

 カナリアを撫でる姿勢のまま、パイロンはシズたちに向き直った。

「貴公らに、なにか謝礼をしたい。だが、生憎我は金欠でな……」

 そうして、困った顔をしながらそう語った。
 お礼をしたいが、それをやる能力は無い。実に困った話である。……もっとも、シズたちは金銭など求めてはいないのだが。

「黄金の街のポケモンでも金欠になるんですね……」

 それはそれとして、『黄金の街』の住人が金銭に困るということに意外性を感じたシズ。思わず、そんなことを呟いていた。

「カナリアの件で入り用なのだよ。彼の父親が残した負の遺産だ」
「あっ……」

 思ったより、複雑な事情であった。
 この街の住民が『貧民』に墜ちる要件の1つに、返済不能な借金というものがあるそうだ。おそらく、カナリアは父親の借金に巻き込まれて『貧民』に……
 ……もしかすると、それを返済しきることが出来れば『貧民』の地位を脱することが出来るのかもしれない。パイロンはそのためにお金を?



「そうだ。『黄金兵』って、強いんだよね?」

 次に言葉を発したのは、ユカであった。
 この街固有の軍隊である『黄金兵』は、『黄金の街』の財力とそれに裏打ちされた高度な訓練によって、世界トップクラスの戦闘能力を保有しているそうだ。

「ふむ。確かに、我々『黄金兵』の技量、練度は、明確な戦闘能力を持つ組織としてはトップクラスに位置するらしい。……それがどうしたというのだ?」
「……ワタシたちのこと、訓練してくれない?」

 ……ならば、その『黄金兵』のパイロンに教えを請えば強くなれるのでは?
 ユカはそう考え、それを謝礼として要求してみることにした。

「ほう?」
「実はね、シズ……なんだかおかしな奴に付け狙われてるっぽいんだよ。その痕跡を見つけてから、何かがあったわけでも無いんだけど」

 おかしな奴に付け狙われる――それは、『水晶海域』と呼ばれるダンジョンで起こった出来事である。偶然迷い込んだそこで、シズたちは、シズを写した盗撮写真を発見したのである。……なんとも気色の悪い話だ。

「それに、救助隊としても強くならなきゃダメだしさ。自信が無いわけじゃ無いけど……最近、『ピースワールド』での銃火器使用事件があったのは知ってるよね?」

 銃火器使用事件――シズたちの住む島、『ピースワールド』で銃火器が使用された事件である。それに連なる事件も合わせて、かなりの死傷者が出ており……シズたち救助隊がこの街にやって来た理由でもある。

「なるほどな。詳しい事情はともかく、強さに貪欲であるのは良い傾向だ。……よし。貴公らの鍛錬に手を貸そう」
「よしっ!」

 どうやら、パイロンはユカの要求を受けてくれるようだ。
 シズにはバトル大会優勝の経験があるが、だからといってそこで自惚れるようでは救助隊としてだめ。犯罪の脅威は年々増してきているのだ、行き過ぎるくらいで丁度良いんだよ! ……そんな思いを込めて、ユカはかるーくガッツポーズをした。

「……だが、今日はもう遅い。明日からで構わないな?」

 ……ちなみに、現在時刻は8時30分ぐらい。昼型のポケモンは、やはり夜に眠る方が健康に良いのだ。
 ましてや、シズたちは子供である。これでも成長期なのだ。












「明日から忙しくなりそうだねー」
「キミが決めたんでしょ……」

 シズたち救助隊が泊まることになっている宿へと向かう、その道中。街灯が立ち並ぶ道路に、涼しい風が吹き込んでくる。

「……で、話は変わるんだけどさ」
「どうしたの、ユカ?」

 ゆったりと歩きながら、シズたちは話す。
 ……夜中になるまで宿に帰らないとなると、他の救助隊たちが心配していそうなものだが……シズたちの頭からは、そんな観点はすっぽり抜け落ちてしまっていた。

「この街の『貧民制』のこと」
「あ……」

 ……『貧民制』の話が出た途端に、空気が少し暗くなった感覚がした。
 カナリアがヤトウモリに追い回されていた、その直接の原因なのだ。あまり良い気分にはなれないのは当然だろう。

「何であんな制度が存在するのかなーって、ちょっと考えてたんだ。不思議のダンジョンから金を沢山産出してるのに、なんで『貧民』なんて立場を用意してるんだろうね?」
「確かに……。社会性がある以上は、どうしても貧富の差は生まれてしまうと言う話を聞いたことはあるけれど……」
「こんなにお金があるなら、そういうポケモンを助けてあげるくらい簡単だよね? ……多分。だってのに、わざわざ『貧民区』なんて場所まで用意してるんだよ?」

 社会的弱者をさらなる地獄へとたたき落とす、『黄金の街』の法律。……特に、親に巻き込まれた子供たちにとっては酷い話である。『貧民』に落とされる条件には重い犯罪を犯すことも含まれているというわけだから、そういう者たちのターゲットにされてしまってもおかしくはないだろう。

「なんていうか……こういう、ポケモンの自由って言うかな? そういうのを拘束するルールってさ、必ず背景があるもんなんだよ。……じゃあ、『貧民制』はなんのためにあるのかな? って……」
「……わからないよ、そんなの」

 そんな、人間の古い時代にしか存在しないような法。その存在意義とは一体何なのだろうか?
 シズの言うとおり、そんなことは分かるはずもないのだが。

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