15-4 曇天に突き上がる大樹

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください



「砕け、ブリムオン!!」

 メイの咆哮に呼応するようにブリムオンの『サイコキネシス』の念動力が大地を抉る。
 ソテツはフシギバナに『つるのムチ』で俺とルカリオを背負わせ『サイコキネシス』から一気に逃れようと駆け出す。
 オカトラもギャロップに乗り巻き込まれないように逃げの一手。
 岩陰に逃れようともその岩さえも砕いてくる『サイコキネシス』。
 再度駆け出す彼に、このままお荷物でいるのは嫌だったので、俺は「降ろしてくれ!」と頼む。
 しかし何故か返って来たのは質問だった。

「ビドー君! 最近やたらしんどいって思う時あるんじゃないかい?」

 ソテツの質問の意図は分からなかったが、俺もつられて大声で「ああ、ある!」と返事を返す。
 駆けるのを止めずに彼は、質問を重ねる。

「それって、ポケモンバトルの後とか、それこそメガシンカを使った後だったりしない?」

 心当たりはあった。バトルにのめりこんだ時や、さっきもルカリオと初めてメガシンカした後、妙に体が疲弊していく感じはあった。
 ブリムオンへの反撃に、フシギバナに一枚だけ威力とスピードを込めた『はっぱカッター』を射出させるソテツ。
 『サイコキネシス』が一時ブリムオン自身のガードに回され、葉の刃が止められる。
 そのまま投げ返された葉をもう一枚の『はっぱカッター』で弾き飛ばすフシギバナ。
 攻撃の合間を縫うように、フシギバナの後ろに回り込んだソテツと俺は会話を続ける。

「その体調の変化は、キミが波導使いになったからだと思うよ」
「体調が……波導と関係があるのか?」
「あるはずさ。だって波導を感じるって、キミ自身も他者の感情を感じていると錯覚するってことだろう? それこそバトルしているポケモンの痛みや苦しみといった波導を、解っちゃうんじゃないかな」

 連続でバラバラのタイミングの『はっぱカッター』を射出し、あえてブリムオンに『サイコキネシス』の防御を張らせたままにするフシギバナ。
 思うように攻撃に転じられないことで、メイとブリムオンは苛立ちを募らせていく。
 一見嫌がらせのような連射も、俺に情報を伝えるための時間づくりをしているのだとわかった。
 ソテツの話によると、トウギリが目隠ししているのは、消耗を抑えるためともう一つ、あえて波導を繋げにくくしているからでもあるらしい。
 見えすぎても、感じすぎても逆に不都合が生まれる、ということなのは今まさに身をもって痛感していた。
 その痛い部分を、事実をソテツはついてくる。

「つまりビドー君。キミはポケモンバトルで、特にメガシンカで疲れやすいってこと……通常の人よりリスクがあるってことだ!」

 突き付けられた現実。せっかく借り受けた力を活かしきれない欠点を見せつけられ、俺は……こう言っていた。

「逆に、リスク相応のリターンもあるのか?」
「……しいて言うなら他者の感情がわかりやすい。乱用はオススメしないけどね」

 ……充分すぎる答えだった。

 返答を聞いた直後、上空からこちらに急速落下してくる気配を二つ感じる。

「! 上から来るぞソテツ!」
「わかっている! フシギバナ飛べっ!」
「――――カイリュー……『ドラゴンダイブ』!!」

 二つの気配の内の片割れ、レインが落下直前に分離して、もう片方――――カイリューがこちら目掛けて攻撃を仕掛けた。
 フシギバナがその場でツルを使ってジャンプし、ギリギリのタイミングでカイリューの突撃を回避、そのまま落下の勢いで押しつぶそうとする。
 カイリューは尻尾を使い、フシギバナの顔面を強打。乗っていた俺たちごと弾き飛ばした。
 転がって着地をしていたレインは、メイに状況の説明を求める。

「メイ! やはりソテツさんは……更に寝返ったのですか?」
「そうだっつーのレイン! だから手伝えっての……!」
「そうですか……分かりました」

 遠巻きに彼らのやり取りを見て、俺らのそばにやって来ていたソテツは愚痴る。

「あの二人やけに呑み込み早くない? 早すぎない?」
「それだけ警戒されていたんだろ。あとソテツ……分が悪い。俺たちもいい加減戦うぞ」
「そう? ……でもフシギバナから降りるのはダメだぜ」

 反論を返そうとするも、それをソテツは声のトーンを落として制止した。

「今、キミがすべきなのはここでむやみに戦って消耗することではないだろ? 体力も、そして……時間も」

 その真剣な眼差しに思わず言葉を飲み込む。ルカリオもソテツのストレートな波導が、かりそめではないということがわかっているようだった。

「今だけは信用してくれないかい」
「わかった、でも一つだけ言わせてくれ……できれば、この先も信じさせてほしい」

 ヘアバンドを目深に被り、「守るには、破ってしまいそうな約束かもしれないけどね」と彼は言葉を濁しつつも了承してくれる。

 このやり取りがメイの琴線に触れたようで、単独行動しているソテツ目掛けて、容赦なくブリムオンが帽子のような部位の先端の爪を『ぶんまわす』。
 ルカリオがフシギバナの背の上から『はどうだん』を放ち、ブリムオンの爪を弾き飛ばした。
 遠心力もありバランスを崩したブリムオンを転倒させることに成功する。
 が、転んだブリムオンの隙をカバーするようにカイリューは一気に俺たちに向けてこちらに飛び込んできた。
 カイリューは自身の両翼を鋭く張り回転……『ダブルウイング』でフシギバナを切りつけようとする。
 とっさにフシギバナが『つるのムチ』でカイリューの回転を利用してツルを巻き絡めて受け止め、さらに突撃の勢いも利用してフシギバナはカイリューを背後の宙へ放り投げる。
 空中で態勢を立て直すカイリューへもう一撃『はどうだん』を叩き込むルカリオ。
 遺跡の入口への道筋が出来たと思ったその時――――

 辺り一帯に地響きが鳴り、台地を揺らした。

「な……?!」

 揺れの正体は一目瞭然で、だが信じられない光景が広がっていた。
 明らかに質量をもった遺跡が……浮き上がっていやがった。


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「はあ? 何これ??」
「何ですか、これは」
「おいおい聞いてないぜ……!」

 メイもレインも、遺跡に詳しそうなオカトラでさえも知らなかったようで、遺跡はどんどん浮上をしていく。
 唯一の入り口がだんだん上方へと遠ざかっていく。

「……ビドー君! ルカリオ!」

 呆気に取られている俺たちに、いち早く我に返ったソテツが、俺とルカリオを呼ぶ。

「レクチャーって言っておいてあれだが、あとオイラからキミに言ってあげられることは一つだけだ」

 ヘアバンドについた飾りの一つの蓋を開け、ソテツの指先がキーストーンに触れる。
 それから彼は、メイとレインの二人の隙をついて、フシギバナと光り輝く絆の帯を結んだ。
 フシギバナが大地を踏み鳴らし咆哮するとともに、ソテツは俺とルカリオの目を見て言った。

「メガシンカは切り札だ! どこで切るも自由だが、自分の勝利条件を忘れるな!! ……やるよ、フシギバナ!!」

 最後の指南を終えたソテツとフシギバナ、ふたりの呼吸が合わさる。
 口上なんてものはなかった。でも、ソテツとフシギバナは今の彼らのありったけを込めて叫ぶ。

「印は捨てたし肩書なんかもう名乗れない……だけど、ここにオイラたちのすべてを繋ぐ――――メガシンカ!!!」

 俺らを背に乗せたまま光の繭が素早く弾け、さらに大きな花を背負ったメガフシギバナが顕現した。
 振り向くメイ、ブリムオン、レイン、カイリューに向けて、ソテツはにっと睨み笑いを作る。
 彼は拳を、フシギバナは前足をそれぞれ地面に叩きつけた!

「『ハードプラント』!!!!」

 大地から巨大な、まるで木のような根が生え、曇天へと変わっていた天上へと俺らを押し上げていく。
 根先の目指す進路は、遺跡の入り口。

「させてたまるか、ブリムオン!!!」
「! 阻止しなさい、カイリュー!!!」

 ブリムオンが鳴き声で詠唱を唱えると俺とルカリオの間に大きな『マジカルフレイム』で出来た火球を作り出した。
 さらにはカイリューがなにやら空を飛んで力を溜め込んでいる。その構えはどこか、以前見たボーマンダの『りゅうせいぐん』に似ていた。

 目の前に迫る火球。そのあとに降り注ぐ『りゅうせいぐん』。
 そのどちらにも対応しなければならない不安をかき消したのは……アイツらだった。

「ハイヨーギャロップ!! 炎を根こそぎ奪っちまいな!!」

 オカトラを乗せ逃げ回っていたギャロップが、火球に向かって大ジャンプした。
 思わず彼らの名前を叫ぶ俺の目の前で、さらに不思議なことが起きた。
 火球が、『マジカルフレイム』が、炎がギャロップに吸い込まれその『フレアドライブ』の火力を上げていった――!!
 確か、そのギャロップが持てるうちの一つの特性は……!

「『もらいび』か!」
「その通り! ギャロップそのまま『フレアドライブ』だっ!!!」

 『ハードプラント』の根を足場にしてギャロップはそのままカイリューに向かって『フレアドライブ』で駆け抜け、空中から引きずり下ろした。
 カイリューとギャロップと一緒に落下しながら、オカトラは親指を立てた拳を突き出し、大声で「グッドラックだビドー!!」と激励をくれた。
 そして、ブリムオンの八つ当たりをかわしながらソテツは、一言だけこう言い残した。

「キミは! キミのしたいと思ったことをやれ!!!!」

 それは、今までで一番刺さる言葉だった。
 彼の言葉に大きく一度頷き返した後、根から放り出される。
 遺跡の入り口に放り込まれた俺とルカリオは、下方の激戦の音を背に、そのまま振り返らず内部へと駆け出した。


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 ルカリオと揺れ動く遺跡の奥を進んでいくと、中央の大きな広間に出る。
 しかし、俺たちの足はそこでいったん止まる。
 何故なら、薄闇広がるその広間で、彼らが待ち受けていたからだった。

 石畳に彼の足音が響き渡る。そして、その背後に足音を立てずに天井から降り立つ青い影。
 桃色のマフラーのようなベロを口もとに巻いた、黄色のスカーフを腕に身に着けたゲッコウガ、マツ。
 そして、そのトレーナーの、金髪ソフトリーゼントの丸グラサン野郎……ハジメ。
 彼らは俺らの前に、立ち塞がった。
 そこにソテツのような、猶予を与えてくれる様子はなかった。

「ここにお前が居るということは……ソテツを倒してきたのだろうか」
「いいや、アイツは俺らをここまで運んでくれた」
「そうか。それが彼の選択か」

 ハジメは、憂いを帯びた視線を隠すように丸グラサンをくいと指で上げると、俺に宣告した。

「俺はお前たちをこの先に通すつもりはないだろう。サクが計画を遂行するまではな」
「……ヨアケが、既にたどり着いていたとしても?」
「ふむ……彼女がどうやって切り抜けたかは知らないが、そこにさらに援軍を送ると思うのだろうか?」
「……だよな」

 上階にある彼女たち複数人の波導を感知する。少なくとも、ヨアケとドルとヤミナベがそこに居るのは、分かった。
 それとは別に、何かとても嫌なものが近づいてきている。そんな悪寒がした。
 思い返すのは、ソテツに言われた「勝利条件を忘れるな」という言葉。
 なるべくならこの戦い、避けられないか?
 避けるにしても、どうやって?
 そう悩んでいると、どこか寂しそうにハジメは言った。

「お前は……俺のことを、悪党と思うか?」
「えっ?」

 悪党。
 それはかつて俺が放った言葉だった。
 今でもそう思っているかは、正直もうよくわからなかった。

「悪党には、悪党なりの矜持があるんだ。悪いが俺は家族を取り戻すために――――“お前を攻撃してでも”ここは、通さない」

 俺を攻撃してでも、をやたら強調して突破を阻止すると言い切ったハジメ。
 ……どうやら彼の波導は、覚悟は、決まっているようだった。

「遠慮も、容赦も、するなよな。ビドー」

 ルカリオが俺の肩に手を置いた。肩につけたキーストーンのバッジに、手を置いた。
 ルカリオも、腹をくくっているようだった。
 そのルカリオの手にそっと俺の手を添えて、握りしめて……俺も、覚悟を決めた。
 ハジメとマツを、倒す覚悟を……決めた。

 ――――でもそれは、アイツの望むのとは、違う!

「ハジメ……お前が悪なら、こんな『お前を攻撃してもいい』なんて思考を持った俺も悪だ」
「……そうだろうか」
「そうなんだよ……これは、どっちも悪くて、どっちも正しいんだ。簡単に割り切れる問題じゃない。でも、だからこそ、今から行うのはケンカだ。やりあいなんかじゃなく、ただのケンカだ!」

 一瞬だけ目を丸くした後、ハジメは珍しく、本当に珍しく笑った。
 ゲッコウガのマツも、面白い、と言わんばかりに構えを取る。
 ルカリオは意外そうな目で俺を見て、そしてわずかに微笑んだ。

「ケンカ……はっ、いいだろう」
「俺はお前を殴り飛ばしてでも突破する。お前は俺を殴ってでもそれを止める。それでいいなっ!」
「簡単に通れるとは思うなよ……!」

 こうしてこの土壇場で、俺らはケンカを始めることとなった。

 彼らは被害者を取り戻すため。
 俺たちはヨアケを助けるため。

 お互いの理由を知りながら、今。
 譲れない者同士が、衝突する。


***************************


 …………。
 ……ついに。
 ついにこの時が来る。

 この8年は、今まで生きてきた中で一番長かった。
 一番待ち遠しい8年だった。

 だけど、それももうすぐ終わる。やっと終わるんだ。
 ……いや、違うか……。
 まだ、これで終わりではない。
 これから、本当の意味で、始まるんだ。

 肝心な、正念場が。

 ああ、早く、早く、早く。


 早く……キミにまた会いたい。








第十五話前編 迫る暗雲と繋がる道筋 終。
第十五話後編に続く。

ゲストキャラ
オカトラさん:キャラ親 くちなしさん

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