何者なんだ、と聞かれたら

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「野郎ども! 新天地パルデアにダダリンを降ろせ!」

 夜の港に、ホエルオーよりも巨大な商船が来航する。飛び込んだ錨が、ドレイク商会の船とパルデアを縫い付けた。
 世界中のポケモンが謎の光によって鉱石に包まれる事件から三日。フラン船長率いる船は港町・ハッコウシティに到着。
 ソニア博士の協力によって、謎の光の発信源はパルデア地方本土ではなく。そこから離れた小さな島の集まり、カイデン諸島のどこかと判明。
 ハッコウシティに立ち寄ったのは、小さな島が入り組んだカイデン諸島にこの巨大船で乗り付けるのは不可能と判断して小回りの利く船に乗り換えるためだ。

「これより私とガマグチで事件の原因であるカイデン諸島の乗り込む。お前たちは新天地パルデアで事件解決後に向けてさらなる商機を広げることだ、わかっているな?」

 フランの背後にはレジエレキが、そしてガマグチの傍らにはエルレイドが既に控えている。ここから先は本格的に事件の解決にあたる。何があってもおかしくはない。

「わかっています、船長フラン!」
「俺たちの利益の為に世界を救ってきてください!」
「ガマグチ! 船長のサポートを任せたからな!」

 船員達が力強く返事をする。フランたちドレイク商会にとってパルデアは未踏の地、つまりまだ何の商売もしていない相手だ。新しい港で商品の受け渡しを成立させれば今後の利益につながるのは間違いない。
 フランとガマグチは到着する前に買いつけておいた小型漁船でカイデン諸島に向かい、残りの船員達はこのハッコウシティで新たな商談を取り付ける。そういう手はずになっていた。のだが。

「パルデアへようこそ、フラン氏! 君が来るのをボクたち、首をリキキリンにして待ってたよ!」

 自分の船を降りたフランを、紫と水の二色髪の少女が出迎えた。頭につけた髪飾りは、ポケモンのコイルを彷彿とさせる。少女の周りには既に人だかりができていて、無視して素通りすることはできそうもない。
 フランは一瞬不快そうに眉根を寄せたあと。頭の三角帽子を取って胸元に当て、溢れる金髪を潮風にたなびかせ。映画の中の海賊船長のように堂々とした振る舞いで応えた。

「歓待の挨拶ご苦労。と言いたいところだが……まずお前は何者だ? ドレイク商会に用があるなら部下に対応させるが」
「ええっ、ボクのこと知らないの!? ガラルでの知名度もあると思ってたんだけどな……」

 少女は露骨にショックを受けたことを示すように、コイルのような髪飾りがぐるぐる回る。周りの野次馬たちも驚いたりしていた。
 はあ、とフランはため息をつき。帽子を被りなおしつつ、傍らの専属護衛・ガマグチに呼び掛ける。

「ガマグチ、こいつ有名人なのか?」
「船長はネットの娯楽を使わないので知らないのも当然ですよ。彼女は──」
「いや待った! 確かに初対面の人に挨拶するときは自分から名乗るべきだよね~。失礼、ボクとしたことがうっかりやだったよ。……みなの物~! 準備はいい?」

 反応するギャラリーたち。少女はその小さな体をすっぽりと隠す黄色いパーカーを大きく動かし、明るい表情の口元にギザギザの歯を覗かせて宣言する。

「あなたの目玉をエレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです!」
『「おはこんハロチャオ~!!」』
「ナンジャモの~? ドンナモンジャTVの時っ間っだぞー!」

 ナンジャモとギャラリーが一斉に謎の挨拶をする。ガマグチは知っているので平然としているが、フランは少し面食らってビクッとした。

「コラボ相手のフラン氏とは初めまして! ボクはナンジャモ! パルデア地方、ハッコウシティのジムリーダー!」
「そして、ネットに動画をアップしてぇ。夢を振りまくインフルエンサー! 改めてパルデアに来てくれてありがとう、フラン氏!」
「本日も、全世界のみなの物に向けて、動画を配信中~!! 今日のテーマは~『YOUは何しにパルデアへ?』 船長さんに独占インタビュー!!」

 愛嬌のある笑みで船長フランにパーカーで隠れた手を伸ばす。袖口からはマイクが覗いていた。フランの表情が、少しずつ固く、不機嫌そうなものになっていく。
 普段の陽気で豪快な素振りからはイメージしにくいが、その実初対面の人間の相手はあまり得意ではない。とりわけ、自分の都合でひたすら話しかけてくる相手は苦手なのである。
 ガマグチがそんなフランをすっと庇うように前に出た。セーラー服と相まって少女と見まがうような優しい表情でナンジャモを見つめる。

「お初にお目にかかります、ナンジャモさん。いつも明るく楽しい配信、僕も船員達も大好きです。船長フランは、大事な用があってこられました。行先は、仕事上お伝えすることはできません」

 ガマグチは自分の手を、マイクを持つナンジャモの手に握手のように差し出す。紳士的かつ儚げな振る舞いに後ろのギャラリーたちが思わず感動の声をあげたり写真を撮ったりした。

「明日の夜にはまた船長も僕もここに来ます。良かったらその時お話させていただけると嬉しいです。今後も配信活動、応援しています」

 そして──ゴトリ、と。
 手を離したガマグチとナンジャモの間に、マイク部が落ちる。
 彼女のパーカーの大きな袖を利用して、周りにバレないようにエルレイドの念力の刃で切り落としたのだ。ちなみにパーカーや彼女の手には傷一つついていない。

「ゲゲッ!? こ、こんな時にマイクが……これじゃ電磁波に祟り目だよ~」

 ギャラリーたちの意識がマイクに向かったタイミングで、ガマグチは刃物のような殺気を一瞬ナンジャモに放つ。回れ右して帰ってください、と。フランが後ろで小さく口笛を吹いた。
 次の瞬間には爽やかな笑みを浮かべ、ガマグチはナンジャモに謝罪する。

「……ああ、ごめんなさい。僕、ちょっと力加減が下手で……マイク、弁償しますね。明日、ハッコウジムで手続きさせてください。行きましょう、船長フラン」

 フランの下に戻り、その手を引いて歩きだすガマグチ。あっけに取られ涙目のナンジャモを通り過ぎて買い付けた船に向かおうとする。

「いーやっ! 悪いんだけど、こっちもそうはコレクレーが卸さなくてね! だって君たち、この鉱石化現象を終わらせに来たんでしょ?」
「……何ですって?」
「マイクが壊れたのはちょっとびっくりだけど、これくらいで配信をストップするようじゃインフルエンサーは務まらない! みんなポケモン鉱石化現象に不安なんだから、ボクがしっかり情報をお届けしちゃうよ!」

 しかし、ナンジャモはガマグチの脅しに屈しなかった。勢いよく両手を広げたポーズを取り、明るく楽しいインフルエンサーとしての挙動を崩さない。

「ボクのファンであるみなの者は世界中にいるからね! ガラル地方バウタウンから出発した君たちの情報もばっちりこのコイルに届いてるんだ!」
「だったら猶更、邪魔しないで頂きたいですね」
「君たちが本当にこの事件を解決してくれようとしているなら、ね! だって、ドレイク商会と言えばパルデアにとっては因縁の名前だもん。みなの者も知ってるよねー!?」

 周りのギャラリーたちに呼びかけるナンジャモ。そのうちの一人、恐竜の着ぐるみ男が手を挙げて答えた。

「アカデミーで歴史の授業を受けた人なら誰だって知ってるさ、ドレイク海賊団……2000年前、パルデアが誇る無敵艦隊を打ち負かして略奪の限りを尽くした大悪党! ガラル王家を騙して、自分の復讐のためだけにだ! そしてドレイク商会はその末裔……こんな時にやってくるなんて、あまりにも不吉すぎる! 何か企んでるに違いない!」

 続いて、恰幅のいい男がフラン船長を指差して言った。

「そこの女船長は昔バウタウンでも町の電気を吸いつくしたり大暴れしたって話だ! そんなやつが大人しく人助けなんかするはずない! 仮に解決したとしても法外な金を吹っ掛けるかなにかして来るに決まってる!」

 2000年前のパルデアにとっての怨敵、その末裔の来航。この鉱石化現象はパルデアでは被害が少ないと言っても全くないわけではない。見渡せば、ちらほらと鉱石に包まれて動かなくなったポケモンも見える。石に包まれて町中に立つ姿は、墓標のようだ。仲間を奪われて悲しむパルデアの人間も少なくはないことが伺える。

「はい、そこまで! みなの者の気持ちはわかるけど、ナンジャモの配信は明るく楽しく!!」

 その不満、不安がドレイク商会に向けて爆発しそうになったのを。彼女は鶴の……ナンジャモ風に言えば、チルタリスの一声で止めた。
 
「……とまあ、パルデアのみなの者は君たちを警戒してるってわけ! だから教えてよ、君が何者なのか。そしてこの配信で全世界に宣言してほしいんだ。自分は悪いことなんか企んでないし、あとで恩を着せるようなこともしないって」

 視聴者たちの知りたいもの、見たいものを発信するインフルエンサーとしての真摯な姿勢。愛嬌と力強さをもって瞳がガマグチではなくフランに向けられる。

「……いいだろう。ただの遊びに付き合う時間はないが、ドレイク商会としての声明を発する場を設けてくれたと言うのなら。れっきとした仕事だと言うのなら乗らない手もあるまい」
「フラン船長……大丈夫ですか?」
「ガマグチ、お前はよくやった。最初のノリのまま来られていたらストレスで街に電撃をばら撒きかねなかったからな」

 冗談めかしてフランが言うが、目は笑っていない。誰かがナンジャモの真意を引き出し、やるべきことをはっきりさせなければフラン一人では対応できない相手だった。
 ゆっくりと深呼吸して、フランは堂々と声を張り上げる。

「野郎ども! ずいぶん手荒い歓迎をしてくれたな。だが何者なんだ、と聞かれたら答えてやるのが世の情け……と昔から決まっている。わたしはドレイク商会前社長の娘、フラン・S・ドレイクだ。2000年前このパルデアで略奪を働いたドレイク海賊団の直系の子孫であり、先の指摘通り10年前にバウタウンで電気を奪い取った張本人だ!」

 ギャラリーがどよめく。やっぱり不吉だ、恐ろしいという声が聞こえる。

「だが、それがどうした? この鉱石化事件が起こったのは3日前、昔のことは何も関係がない! 人助けをするはずがないだと? 当たり前だろう、今我々が助けるべきは人間ではなく身動きを奪われたポケモン達だ、違うか!?」

 怒声にも似たフランの言葉。確かにポケモン達がまとめて動けなくなれば現代社会は多大なダメージを負い、仲間を奪われて悲しむ人間も多い。
 だが、一番被害を受けているのは紛れもなく身動きを奪われたポケモンの方なのだ。

「当然、わざわざパルデアに来たからには今後の商機に繋げるプランも用意してやってきた。わたし達は慈善事業者ではないからな。だが、それはあくまで公正な取引をするためだ! お前たちから金や物を奪うような真似はこのわたしが断じて許さないと宣言しよう! 仮に今後我が社員がパルデアに不正を働いたなら厳正なる処罰を与える! ドレイク商会の現社長もそれで納得しているから我々はパルデアにたどり着けている!」

 フランは船長だが、個人ではなく会社の船であるからには当然会社のトップの意向は大事だ。そちらも世界を救うという商機に納得したからこそここまで航海が続いていると言える。

「私はポケモンが好きだ。人間たちの言うことを聞いてくれて、いつもいつでも本気で協力してくれるこいつ達が大好きだ! よって、なんとしてでもポケモンの鉱石化を解決する。だが勿論そこには商船船長としての商売も兼ねる、問題あるか!? 文句があるなら私たちより先に解決してみろ、ポケモンに頼らずできるものならな!」

 まくし立てるように、世界中に向けて船長フランは宣言する。ギャラリーたちはその剣幕と気迫に何も言えなくなった。
 一方この企画をした張本人であるナンジャモは自分のスマホを見て勝喜に満ちた笑みを浮かべていた。

「き、来た来た来た、激バズを超えたレジギガバズ……!! フヒヒ……これこれ、これだからインフルエンサーはやめらんないよ……!! チャンネル登録数もスパチャ額もシビルドン登り……コイキングの滝登り……」
「……おい、もう満足したか?」
「あ、待って! 最後に一個だけ。並々ならぬ意気込みを語ってくれたフラン氏は……いつまでに、この事件を解決するつもりなのかな?」

 つまるところいつポケモン達は元通りになってくれるのか? 世界中の人間が気にしているポイントを、しっかり聞くナンジャモ。こういうところは、抜け目がない。

「もう元凶の地はわかっている。──今夜中だ。明日の朝日が昇るまでに、この事件を解決すると約束しよう。お前たちが本当にポケモンを愛しているというのなら、もう邪魔をしてくれるな」
「今夜! ぜひそうしてくれることを願うよ、フラン氏! 今日はコラボありがとう! 今回の配信にビリビリッ!と来た人は~チャンネル登録よろしくね! あなたの目玉をエレキネット! エレキトリカルストリーマー! 何者なんじゃ! ナンジャモでしたー!」

 ナンジャモが配信を打ち切り。周囲のギャラリーが拍手しだした。その賞賛はほとんどがナンジャモに向けられているが、中にはフランとガマグチと毅然たる振る舞いに向けられたものもある。

「……ボクのポケモンも一体鉱石化しちゃってさ。早く元に戻してあげたいんだよね。頼むよ、フラン氏。上手くいったらまたコラボさせてよね!」
「お前の都合などわたしは知らん。だが、今回の件はドレイク商会のいい宣伝になった。考えてやらんでもない。……行くぞ、ガマグチ」
「はい、船長フラン。ナンジャモさん。マイク壊してごめんなさい。弁償は、本当にしますからね」
「うんうん、ちょっとビビったけどいい付き人だと思うよ、君ともコラボしたいな! まったね~!!」

 フランとガマグチが、今度こそ買い付けておいた小型船に乗り込んでいく。ここからは、二人で事件の元凶であるカイデン諸島に直行だ。
 ナンジャモは、それを手を振って見送った。そのあと、スマホで電話を掛ける。

「もしもし? 言われた通り、出来るだけ足止めしつつ本音を引き出してみたけど……彼女、ウソはついてないんじゃないかな~ボクも色んな人とコラボしてきたけど、心にもないことは言わなかったのは間違いないよ。詳しくは動画を見てちょ。またコラボしてね~!」
 
 
年末年始にまとめて投稿するつもりでしたがこの話は一話で綺麗にまとまったので投稿しました。ナンジャモちゃんかわいい

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