金を産むニャースの話①

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 俺の名は、ミヤモト•アズマ。
 中学を中退して7年間、ポケモントレーナーの旅を続けてきた俺だからこそ言える一言がある。
 
「ポケモントレーナーはめちゃくちゃ厳しい」

 リーグの通信学習をオンラインで受けていたので、一応俺の最終学歴は高卒となっているのだが、学力は彼らに遠く及ばない上、世間はそれを高卒とは認めてくれない。
 中退してトレーナーなんて、真面目に義務教育を受けて来た者たちからすれば嫉みの対象だ。
 トレーナーが事件を起こせば、それ見た事かと奴らは嬉しそうに騒ぎ出す。

 かつてはリーグ制覇を目指して日々戦いに明け暮れていたものだが、いくら努力したって俺みたいな凡人トレーナーにはチャンピオンはおろかジムリーダーの座にすらなれやしない。

 ブリーダーを目指すなど、将来の仕事を意識して旅をしていればそれなりに選択肢があったかもしれないが、俺のようにただバトルに入り浸っていた人間には無縁の話だ。

 悲しいことに、この年になってようやく学校の大切さが身に染みて来る。

 失った時間は取り戻せない。
 もはや俺にはこうやって、学業の大切さを後世に伝える事しか出来ないのだ。



「ふーん、そうなんだ」

 テーブルの向かいで俺の話を聞いていたマチルは、静かにコーヒーを啜った。
 どうやらこいつは、俺の7年間の葛藤や後悔をたった一言で済ませるつもりのようだ。

「…苦いわね」

 コーヒーカップをテーブルに戻し、マチルは小さなため息を吐いた。
 マチルがため息を吐く時は、他人のことではなく自分のことを考えている時と決まっている。
 恐らくもう俺の話は終わったということなのだろう。
 
「私、コーヒーはミルクがたっぷり入っていて、うんと甘いのが好きなのよね」

 その意見には激しく同意したい所だったが、ここはファミレスの中である。
 コーヒーを選んだのはマチルだし、それをブラックで飲もうとしたのもマチルだ。

「だったら自分でミルクと砂糖を入れたらいいだろ」
 
 俺はドリンクバーへ視線を送るが、マチルは首を横に振った。

「嫌よ。もう一度取りに行くのは面倒だわ」
 
「お前は数あるドリンクの中から、何故あえてブラックコーヒーを選んだんだ?」
 
「背伸びしてみたくなったの」

「背伸び?」

「そう。今年で23になるし、そろそろ大人の味が理解できる頃かなと思って挑戦してみたの。人生で時折あるじゃない?そんなとき」

「まあ、あるだろうな」

「私もそういう年頃なのよ」

 そう言ってマチルは再びコーヒーを啜るが、やはり口に合わないようですぐにテーブルに戻した。

「でも、やっぱり私にはまだ早かったようね」

 マチルとは小学校の頃からの友人だ。
 時折連絡は取り合っていたのだが、俺が中学を中退してから直接顔を合わせるのは7年ぶりだ。
 折角の再会の場だというのに、こんなしょうもないことで茶を濁すのは実にマチルらしい。
 
 マチルのこの性格が憎たらしくも、少し懐かしく感じた。

「保険でミルクと砂糖を用意しておくべきだったな」

「そうね。面倒だけど、やっぱり取ってくるよ」

 マチルは小さくため息を吐くと、やれやれと席を立った。
 
 昔からマチルには、何でもかんでも人のせいにする悪い癖があった。
 今でもその癖が治っていないのなら、きっと今頃心の中で、コーヒーを注ぐ時にミルクと砂糖を勧めてこなかった店員を責めているだろう。
 
「おい、それは逆に取りすぎだろ」

 マチルの右手にはコーヒーミルクの容器、左手には砂糖のパックが、拳からはみ出すほどに握りしめられていた。
 どう考えても使い切れない量だ。
 
「お前それ全部使うつもりかよ」

 テーブルの上には、コーヒーミルクと砂糖の2つの大きな山ができていた。
 その山を眺めながらマチルは平然と言う。

「何言ってんの、こんなの全部使ったら病気になるわよ」

「ならそんなに持ってくるな」

 周囲から痛い視線を感じるが、俺はもう諦めていた。
 マチルという人間を完全に思い出したからだ。
 こいつは昔から、こんな風に身勝手で我儘で滅茶苦茶な奴だった。
 ミルクと砂糖を必要以上に持って来たのは、多分わざとなのだろう。

 俺はあえて周りに聞こえるように、少し大きめの声で言う。

「使わない分は戻してこいよ」

 マチルは分かっている癖に、あえて問う。

「何故?」

「そんなこと、言わなくても分かるだろ」

 この無意味なやり取りが面倒だったので、思わず投げやりに答えてしまった。
 マチルはあからさまに眉をひそめる。

「はぁ?」

 ひょっとすると、こいつの変なスイッチをオンにしてしまったかもしれない。

「私はただ、ご自由にお取り下さいと書かれたコーヒーミルクと砂糖を、ご自由に取ってきただけよ。ご自由にお取り過ぎないで下さいなんて注意書き、どこにも書かれていないわ。私はご自由にお取りくださいと言われた物を、自由に持ってきただけじゃない。私が何か悪いことをしたのかしら?」

「あー、分かった分かった。俺が悪かった。もうご自由にしてください」

「………」

 俺が白旗を上げると、マチルは小さくため息を吐くと椅子に座って黙々とコーヒーミルクと砂糖を入れ始めた。
 ミルクを一つ、次に砂糖を一つ入れる。
 それを交互に入れ続け、やがてコーヒーとは思えない真っ白な液体が完成した。

 その液体をマチルは満足げに眺める。

「……よし、こんなもんでいいかな」

 テーブルの上には、数え切れないほどの空の容器が積み上がっていた。
 カップに7割くらい入っていたコーヒーが、気づけば並々になっている。
 
 マチルは慎重にカップを運んでその液体を口に入れると、満足そうに目を細めた。

「で、アズマはなんでこっちに帰って来たの?」

「おお、いきなり話が戻ったな」

 冒頭で俺が話していた内容なんて、マチルの頭には一欠片も残っていないだろうと思っていたが_____。

「7年前、アズマはトレーナーになると言っていきなり学校を辞めた。何も聞かされていなかったから、私もとても驚いたわ。そして今度は、急にこっち帰って来たじゃない」

「確かに、そうだったな」

「深くは聞かないけど、色々聞かせてよ。私も話したいこと沢山あるからさ」

 そう言ってマチルは優しく微笑んだ。
 何故だか、瞳から涙が溢れ出した。
 
「本当に、沢山頑張ったんだね」

 7年間、本当に色々なことがあった。
 色々な人と出会い、色々なことを学び、嬉しいことも悲しいことも数え切れないほどあったし、辛いことがある度に何度も涙を流した。

 でもきっと、今流れている涙はこれまで流した涙とは全く別の感情によるものだ。

 故郷の懐かしさが、久々に会ったマチルの優しさが、疲れ切った俺の心を落ち着かせてくれた。
  
 地元って、本当に大切な場所なんだなと知ることが出来た。
 これが俺が7年間旅を続けて、知ることが出来た一番の成果かもしれない。

「よし、それじゃあまず何から話そうか」

 とりあえず笑える失敗談から話そうかと、頭の中で話をまとめていたのだが、その時マチルの背後からこちらを見つめる男に気がついた。

 男は紺色のスーツを見に纏い、上質そうな青色のネクタイをしていた。

「申し訳ございません。大変お待たせ致しました」

 男は俺に対して深く頭を下げた。

「えっ?」

 明らかに俺に対して頭を下げているようだが、全く見覚えのない人間だ。

「ちょっと、遅れ過ぎじゃないの?」

 マチルは頭を上にして、男を睨みつける。

「なんだ、マチルの知り合いか?」

「そうよ」

 男ははっと何かに気づき、慌てて胸ポケットから何かを取り出した。

「申し遅れました。わたくし、株式会社ドリーム•オン•シェアの鈴木と申します」

「は、はぁ」

 鈴木と名乗る男は、俺に名刺を渡すとマチルの隣に座った。

「宮本アズマ君ですよね。キミの話はマチルさんから伺っています。7年間もポケモントレーナーを続けてらっしゃったんですよね」

「そうですね」

 どうやらこの鈴木という男はマチルに呼ばれてここに来たようだが、当然俺はそんなこと全く知らされていない。
 肝心のマチルはというと、全く無関心といった様子でぼんやりとコーヒーカップを眺めていた。

「アズマ君はニャースというポケモンをご存じですよね?」

「ええ、知ってますけど」

「なら話は早いですね。今日は我が社が展開するニャースを活用した事業について、話をさせて頂くためにやってまいりました」

「ニャースの…事業?」

 
 こうして俺は、突然現れたスーツの男にとある儲け話を聞かされる事になる。

 もしこの時の俺に未来の俺から何か助言が出来るのなら、迷わずこの店から逃げろと言ってやりたい。
 
 でなければ、その先に地獄のような日々が待っているからだ。

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