豪邸と荒れた海③
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
ディストはあの後、誰にも絡まれることなく無事目的地までたどり着くことが出来た。
そして今は、目の前に聳え立つその豪邸に圧倒されているところだ。記憶を失ってからずっとあの森で過ごしてきたディストにとっては、少しだけ胸が高鳴るものだった。
「はい」
「すみませーん!『Metal Puissance』のディストです!」
ピンポーン、とチャイムを鳴らすと、その機械の中から誰かの声が聞こえてくる。おそらく男性のものだ。
ディストはできるだけ大きめの声量で、ちゃんと向こうに聞こえるように返事をした。
「しばらくお待ちを」
そう告げられて少しの間その場で待っていると、門の奥側にある家の中から一匹のポケモンが出てきた。その姿はペンギンのようで、長く伸びた黄色い角らしきものが特徴的だ。歩く姿は堂々としていて、どことなく貴族や王族に似た雰囲気も感じられた。だが──。
(歩くの遅いな……)
庭も大きいおかげか、あそこからここまでの距離もそれなりにある。急げよ、とは思わないが、なんだかこの空気は少々気まずいものだった。
「すみません。どうぞ、中へ」
「あ、はい。あの、あなたがタルトさんで?」
「えぇ。この度『Metal Puissance』様に依頼を出させてもらいました、タルトと申します」
ようやくここまでくると、彼はそう話しながら門を開ける。その言葉の丁寧さも相まって、やはり身分が高そうな印象を受けた。
ディストは言われた通りこの家の敷地内に入ると、ぱーっと辺りを見渡してみた。家へと続く石畳の両端に噴水が二個……崖の近い左側にはプールが一つ……そして家を囲むように掘られた水路……。
「水大好きじゃん……」
「水タイプなので」
「な、なるほど?」
思わず声に出してしまった言葉に、当然とでも言いたげな様子で反応される。
だが確かに、炎タイプが火を好むように、草タイプが自然を好むように、それはポケモンとしては当たり前の習性なのかもしれない。ディストからしたら鋼鉄にも生気にも対して興味はなかったが……。
そんなことを考えていると、いつの間にか入り口の前まで来ていた。
「お入りください」
「あ、ありがとうございます?」
タルトはゆっくり扉を開けると「どうぞ」と片腕を広げる。
これが普通なのかそれともこのポケモンが特別丁寧なだけなのか、よくわからないままディストは流されるようにこの豪邸の中へと身を進ませた。
その内装も外装に負けず劣らず、いやそれ以上に豪華だった。
床は真っ白でピカピカ、壁にはなんだか高価そうな絵画、天井には大きなシャンデリア、綺麗に並べられているソファとテーブル、そして玄関からすぐ目に入ってくる大きな階段──ここはきっとエントランスというのだろう。
「いやぁ……すごいなこれは……」
完全に見惚れた様子で部屋全体を眺めているディスト。そんなディストを見て、タルトは不思議そうに問いかけた。
「……失礼を承知でお尋ねしますが、あなたはどんな家に住んでいらっしゃるのですか?」
「俺か?俺は森の中にある小さな小屋に住んでるよ。というか住まわせてもらってる。いや、もらってます?」
特に何も気にせずにディストは答えた。
あの小屋は元々空き家で、いつからかわからないがそこにクォーツが住み始めて、そしてディストが後から加わったのだ。ボロ小屋ではあるが住み心地は悪くない。
「別にかしこまる必要はありませんよ」
「そう?」
「はい」
タルトはそう告げると、どこかへと足を進めていった。置いていかれないようにディストもそれに着いていく。
「……私も少し不慣れなものですから」
「え、そうなのか?」
タルトは、意外そうに見てくるディストに対して静かに頷くと、目的地に着いたのか動きを止めた。
青色の扉に、何かの模様が黄色で刻まれている。なんとなくタルトの角と嘴の形に似ているような気もするが……。
タルトによって扉が開かれると、その中には広いリビングのような空間が広がっていた。
高級そうなソファやテーブル、なんだか綺麗な観葉植物によくわからないが価値がありそうな絵画。そしてここに付いている扉に似た色と模様の絨毯、青空と大海原がよく見える大きな窓ガラス……。
色々と目を惹かれそうな物が揃っていたが、その中でもディストが一番興味を持ったのは──。
「おっ、あれテレビってやつか?!」
テレビだ。
存在は知っていたが、実際それを間近で見るのは初めてだった。
この世界には色々な機械が普及されているが、それらを手に入れるにはやはりお金が必要なのだ。野生で生きているポケモン達からしたらそんなの夢のまた夢。こうして街で暮らしているポケモンかつ、大量のお金を持っていないと、そういうものは手にすることができない。クォーツ達が通信機を持っていないのはそれが理由だ。
「そうですよ。話が終わったら使ってみます?」
「いいのか?!」
「はい。では先に私がお願いした依頼について説明させていただきます」
感極まった様子のディストを、タルトはソファまで誘導する。薄い青をしたふかふかのそれに、ディストは持っていた盾をそっ……と置いた。
「……そういえば別に椅子は必要ありませんね」
「俺が乗ったら多分裂けるからな、これ」
つい……とタルトは苦笑いした。とはいえ今更場所を変えるわけにもいかないため、そのまま話を進める。
「ではまず……私のお送りした手紙の内容を覚えていらっしゃるでしょうか?」
そう言いながらタルトはソファに腰を下ろす。
「もちろん……あ!そういえばさ、これって俺のことか?」
ディストは急に思い出したのか一瞬瞳孔を拡げると、盾の裏に貼り付けていたらしいタルトの手紙を出して見せた。そして例のイラストらしきものを指差す。それを見たタルトは目を丸くした。
「お前……この絵でわかったのか!?」
驚きか喜びか、丁寧な言葉遣いは崩れてテーブルの上に身を乗り出す。ディストは思わず「うぉ!?」と退いた。
「フフ……流石は王家のギルガルドだな……隠されたメッセージに気が付くとは……」
なんだか怪しげな笑みをこぼすと、タルトはポスッとソファに座り直す。
そんな彼に対して、ディストは困惑し続けていた。急な態度の変わり様に加え、メッセージだの王家だの予想すらしてない言葉が出てきたのだ。仕方ないことだろう。
「よくわかんないけど……とりあえず依頼の話を先に頼んでもいいか?」
「あぁそうだったな。正直に言うとあそこに書かれた内容は建前だ」
「えっ」
この際もういいだろうと口調はそのままに答えるタルトだが、話を進めようとしたら更に訳のわからないことを言われてディストは自分の柄を押さえていた。わかりやすく言うと頭を抱えるのと同じことだ。そんなこと気に留めずにタルトは話し続ける。
「もちろん荷物整理を頼みたいのは事実だ。だがそれはあくまでついで……本当の目的はそれじゃない」
「本当の目的?」
ディストは首を傾げるように身体を傾けた。
「オレはお前に興味がある」
「なんで?」
「昔からフォボス地方にだけ住むと言われていたギルガルドが何故レーヴ地方にいるのか……少し気になってな」
──フォボス。前ラフズタウンで話したポケモンも言っていた言葉だ。気になって後でクォーツに尋ねてみたのだが、確か栄えた王国のあるとても大きな地方だと聞いた。
「単刀直入に聞こう。何をしにこのレーヴ地方にきた?」
「そ、そう言われても……」
「機密事項か?」
誤魔化す隙すら与えない彼の威圧感。下手なことを口走ればどんどん怪しまれるような気がして、ディストはやむを得ず事実を話すことにした。
「……実は俺、記憶喪失でさ。どこで産まれてどこで育ったのかも全くわからないんだ」
「……ほう」
興味深そうに話を聞くタルトを見て、ディストは更に続ける。
「だからそのフォボス地方ってところのこともよく知らない。さっき言ってた王家とか、フォボス地方にだけ住むってどういう意味なんだ?」
タルトはしばらく疑いの目を向けながら沈黙する。
今まで記憶を取り戻すためのちょっとした心当たりすら何もなかったディストだが、もしかしたらそのフォボス地方とやらのことがわかれば何か思い出せるんじゃないか?と考えていた。もちろん自分でも小屋にあった便利な機械で調べたりしてみたのだが、クォーツの言っていたこと以上の情報は得られなかったのだ。だがこのポケモンなら何か詳しいことを知っていそう……そう感じていた。
少しするとタルトは口を開いた。
「フォボス地方とは大昔起きた災害で特に大きな影響を受けた王都。今も一部では復興作業が行われているとのことだ」
「災害?」
「さまざまな自然災害、異常気象……例えば地震や嵐が、この世界中で頻繁に起き続けた恐ろしい時期があったらしい」
地震と聞くとディストはぶるっと身震いした。もし自分がそんな目に遭っていたらきっと正気ではいられない。
「フォボス地方は昔から掟や決まり事に厳しくてな。今では部外者は立ち入ることすら許されていない。そしてフォボス地方に住むポケモン達ですら他の地方に出向くことは禁止されている」
「はぁ。なんでそんなことを……」
「さぁな」
今までぬくぬく過ごしてきたせいか、災害やら掟やらなんやら同時に言われても未知の世界すぎてディストは追いつけていなかった。だがそんな大層な話ならみんな知っていることなんだろう。記憶がないとはいえ改めて自分の世間知らずさを思い知る。
「それで、そんな厳しい国と俺になんの関係が?」
「簡単な話だ。ギルガルド族のほとんどはそのフォボス地方出身。ゆえに他の場所で見かけることは基本的にはない」
つまり、地方ごとに暮らしてるポケモンが違う……ということだろうか。ポケモンによってそれぞれ過ごしやすい地方があって、それがギルガルドにとってはフォボス地方である、ということなのか。
「だが、位の高いポケモンなら他所へ立ち入ることを王が許可することもあるらしくてな。もしかしたら何か理由があってレーヴ地方に来たのかと思ったんだ」
「なるほど……?もし俺がそこの出身だったら何か訳があってこっちに来たってこともあり得るのか?」
「それはわからないが……可能性はあるだろうな」
色々教えてもらったのはいいが、結局ディストが何か思い出すようなことはなかった。むしろ謎が増えたような気がする。
フォボス地方という閉鎖的な場所に暮らしているらしいギルガルド族。王様に許可を取らない限り他の地方へは行けないという厳しい掟──もしディストが本当にそこの出身だとしたら、どんな理由で彼はレーヴ地方にいるのだろうか。
「にしても詳しいんだな。俺がパソコン?で調べたときはそんなことどこにも書いてなかったのに」
「ネットは信用できない。都合の悪い情報はすぐ揉み消せるからな」
そう言い放つとタルトはソファから立ち上がってどこかへと足を運んでいった。ディストが気になってその先を見てみると、そこには一つの本棚が。色は白く縦長で六段ほどのサイズのものだが、その中にはびっしりと本が詰まっている。彼は何冊か本を引っこ抜くと、ディストの方へ戻ってきてそれをドサッとテーブルの上へ置いた。
「これは?」
「歴史書だ。古いものから新しいものまである」
タルトは一つ手に取ってディストに見せる。そこにはなんともわかりやすく『フォボスの歴史』と書かれていた。その綺麗さからおそらく最近出たものなんだろう。
「もちろんこれらも完全に信用できるものではない。だがその中でどの文献でも一致している情報がある」
「もしかしてそれがさっき話してくれたやつ?」
「そうだ」
タルトがその本をぺらぺらとめくると、どのページにもなんだか長ったらしい文章が連ねてある。それが歴史書というものなのだろうが、もともと本を読んだりするのは苦手なディストはそっと目を逸らした。
「最近は子供向けにイラスト付きのストーリー形式で綴られているものもあるんだが……」
「へぇ。色々あるんだなぁ」
ディストの反応を見て察したタルトはまた別の本をディストに差し出す。そこには『リベルテ王国の秘密』というタイトルの下に、一匹のポケモンの絵が描かれていた。これが王様……なのだろうか?手に取ってめくってみると、どうやら漫画形式でフォボス地方のことが書かれていた。多少盛られてはいるんだろうがなるほどこれは確かに子供向け……というより、文章を読むのが面倒な層向けだ。
「あ!すっかり忘れてたけど荷物整理ってやらなくていいのか?」
ハッと突然思い出してディストはそう問いかけた。持ってきた本を片すため順に縦へ重ねながら、さっきまでのテンションとは打って変わって遠慮がちにタルトは答える。
「あぁ、荷物整理……と言っても、父の荷物をまとめるだけなんだ。もし手伝ってくれるなら助かるが……」
「手伝うに決まってるだろ?もともとそれが目的で来たんだし!」
ディストの返事に安堵したように息を吐くと、タルトは本を棚に戻していった。
「悪いな。趣味のことについて話すとつい熱くなってしまう」
「気にするな。あとちょっと気になったんだけど、なんで手紙に本当の目的とやらは書かなかったんだ?」
そういえば流れでそのまま話をしてきたが、結局どういう理由でギルガルドを模した絵を描いたのかその辺りを聞きそびれていた。
「『話がしたい』とだけ書かれていても怪しまれるだろう?それに『Metal Puissance』はギルガルドだけで組まれている訳じゃない……」
そこまで言ってタルトは気付いた。
「……そういえば、どうしてギルガルドだけで来たんだ?」
「ディストだ。実は二つの依頼が同時に届いてさ、それがここラメールシティとラメール海岸だったからちょうどいいし手分けしてこなそうってことになって。本来だったら俺と、ジバコイルのクォーツが一緒に行動してる」
あいつの方は大丈夫かなぁ、なんて考えるが、多分クォーツなら問題ないだろう。
「なるほど。となると何故オレの方に?」
「あぁ、あの絵が気になって……」
向こうのは少しばかり面倒くさそうだったから、とは言えないが、実際あのイラストがなんなのか気になったのは事実だ。嘘は吐いていない。するとタルトは口元に微かな笑みを浮かべた。
「そうか……やはり正解だった、ということか。オレの暗号は──」
「まぁよくわかんないけど多分そう!」
こっちはこっちで別の意味で苦労はしそうだが、とりあえず勢いで乗り切ることにしたディストだった。
とりあえず手紙に書かれていた依頼、『引越しの荷物整理』を手伝うことになったディスト。どうやらタルトが言うには、自分の父親が急な仕事で遠出せざるを得なくなり、結局そのままあちらで過ごすことになってしまって、そのため向こうに送る父の荷物を整理するはめになった、ということらしい。
「お父さんの仕事ってなんなんだ?」
「医者だ」
父親の部屋らしきところへやって来ると、タルトは躊躇なくその扉を開ける。無許可でプライベート空間に踏み込むのはどうなのかと思うが、正直今更そんなこと尋ねるのもどうなのかという理由で気にしないことにした。
部屋の中は想像していたより落ち着いた雰囲気だ。床一面にはモノクロのカーペットが敷かれていて、家具は暗い色の木で作られた物で統一されている。きっとここにあるものも全部高いんだろうなぁ…なんて思いながらそっとディストは中へ入っていった。
「それじゃあ……まずこの辺の物をダンボールに詰めてくれ」
「はーい……?」
タルトが指した方向を見てみると、そこにはよくわからない置物がずらりと並んでいた。死角になっていたせいで入口からは見えなかったが、なんだか怖い話に出てきそうな……一言で言うと不気味だ。
「……これ、必要?」
「必要らしい」
「そう……」
何かに使うのか、単純に飾りか、真偽は不明だがこれ以上聞くのは野暮だと思った。
ダンボールを自分の近くに寄せると、ディストから見て1番手前にある、猿なのかなんなのか不思議な生き物が驚いた顔をしている置物を手に取る──とその瞬間、どこからか女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「うわっ!?なんだ!?」
持ち上げた途端にそんな声が響いたせいで、危うく落としてしまうところだった。タルトは急いでディストの持っている置物を確認すると、「はぁ……」とため息を吐いた後に説明する。
「びっくり道具の一種だな」
「えぇ……」
なんじゃそりゃ、とそのままダンボールに入れるディスト。もしかして他のもそういう感じなんじゃ……と置物達をじっと見つめた。
「オレの父は趣味が悪……独特のセンスをしているんだ」
その間にもタルトは次々と他の荷物を詰めていく。ディストも早く済ませようと次の置物に手をかけたその時。
「きゃあああああ!!!!!」
「っ!?」
またも誰かの悲鳴が。これも先程のびっくり道具の一つなのだろうか?そう思ってタルトの方へ目を向けたが、彼は用心深く周囲を見渡している。
そう、今度の声はこの部屋からではなく、別のところから響いてきていたのだ。