プロローグ③(プロローグ終わり)

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読了時間目安:11分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「あれ、仁美ともう仲良くなったんだ」
 部屋の掃除を終えたらしい純哉が、汗だくになって戻ってきた。
 京平と仁美の二人は、リビングで映画を見ている。
「あ、キョーちゃん! ここのシーンよ。こーゆーアングルが作品全体にケレン味を加えてるの。巨大化した女性の迫力に説得力を与えてるというのかな。作品って理論だけじゃ分析できないものがあるのよね」
 仁美の熱を持った語りは、止まることを知らない。
 京平は「そ、そうなんだ」と困り顔で返答。
 その直後、彼は助けを求めるように、純哉の顔を見つめた。
「仁美! 京平クンが困惑してるぞ」
 純哉が仁美に強く呼びかけると、彼女はようやく父親の存在に気付いた。
 どうやら何かに夢中になると、周りが見えなくなるタイプらしい。
「あ、パパおかえり」
 淡白な反応だ。純哉はがっくり肩を落とした。
「なんだろうなぁ、もっと喜んで父親を出迎えてくれてもいいんだぞ」
 純哉がそう言うと、仁美は口を尖らせて反論した。
「今はキョーちゃんと映画観てるから忙しいの! ここすっごく大事な場面なんだから! あ! ほら、キョーちゃん。ここでシママが良い演技してるのよ。特にこの演出がね────」
 仁美の怒涛のおしゃべりがまた始まる。
 ペラップでもここまで喋ることはないだろう。京平は圧倒されっぱなしだ。
 だが、不思議と彼は不快感を覚えていなかった。
 彼女の無邪気な笑顔が、やけに魅力的だからだろうか。京平の胸の内で、小さな何かがトクントクンとバネブーのように跳ねている。
「いつの間にキョーちゃんと呼ぶ仲になったんだ」純哉が呟く。
「ついさっきよ」仁美はしれっと返答した。
「やれやれ、変な娘ですまないね。迷惑かけてるだろ」
 純哉はほう、とため息をつき、呆れ笑いを浮かべている。
「迷惑なんてとんでもないです! むしろ僕は嬉しくて──」
 京平が嬉しく感じてるのは事実だった。
 無論、嬉しいのは、キョーちゃんというあだ名で呼ばれていることではない。
 仁美が、京平の腕や足を見ても、妙な偏見を持たなかったことである。どころか、彼女は対等な関係として京平に語りかけてきたのだ。
 人吉家自体が、多分かなり変わっているのだろう。
 だが、それでも良かった。
 犬塚京平という一つの個体を、何の混じり気もなく真っ直ぐに見てくれる。それが本当に嬉しかったのだ。
 そんな幸せそうな京平を見て、純哉は満面の笑顔で問いかけた。
「どうだろう京平クン。君さえ良ければ、お母さんの目が覚めるまで、ここに住んでもいいんだよ」
「私も賛成! ちょっと喋っただけだけど、キョーちゃん優しい人だと思うし」
「仁美は一緒に映画を観る友達が欲しいだけだろ?」
「違うよパパ! キョーちゃんが良い子だから賛成してるの!」
「ぷふっ」
 京平が珍しく笑った。
 人吉親子は不思議そうに顔を見合わせる。
「えーっと、じゃあ、よろしくお願いします」
 京平は深々と頭を下げた。
 にやけた顔が止まらない。ここまで心の底から楽しいと感じたのはいつぶりだろう。
 彼は照れ隠しで、口元をルガルガンの腕で覆い隠した。

 こうして、京平は人吉家に住むことになる。
 当初は、一週間すれば洋子も意識を取り戻すだろうと思っていた。だが、彼女はそう簡単に目覚めることはなかった。
 季節は初夏を迎える。気が付いたころには、半年もの時が経過していたようだ────。


 ◆◆◆◆◆


 その日は、茹だるような暑さがタマムシシティを襲っていた。
「うぁぁ、暑いよお。近所でグラードンでも暴れてんじゃないのお」
 仁美が股に風を送ろうとして、ルーム用ワンピースの裾をヒラヒラさせている。
 ヘタすれば下着も見えそうなギリギリ具合だ。
「はしたないから止めなさい」
 京平は赤面しながら呟く。
「暇だし『タイムゲートトラベラー』でも観るかぁ」
 仁美はそう言うと、棚からおもむろにディスクを取り出した。
 京平は「それ先週も観なかったっけ?」と言って、顔をしかめる。
「名作だから何周でもしたいでしょ。それにしても凄いよねぇ、これの主演って、私たちと歳が変わらない子どもなんだよ」
「その言葉も先週聞いたよ」
 京平は思わず苦笑した。

 京平は今でも人吉家で、母の目覚めを待ち続けている。
 この半年間、純哉から母の話を何回も聞かせてもらった。しかし、母が自殺未遂した真相に近づく手がかりは、一つも見つからなかった。
 となれば、京平に残された手段はただ一つ。
 どうして自殺なんてしようとしたのか。そのことを、母から直接聞くことだけであった。

「ねぇキョーちゃん、一緒に映画見ようよぉ」
「ちょっと待ってって。僕も忙しいんだから」
 半年も一緒にいるので、人吉仁美とはすっかり仲良しだ。
 日課はやっぱり映画鑑賞。不満というわけではない。むしろ、京平は今までにない穏やかな幸せに包まれていた。
 人吉純哉も、人吉仁美も、真っ直ぐな目で京平を見てくれている。そのことが、彼には嬉しくてたまらないのだ。
 ────そういえば。この家に来てから、例の悪夢をすっかり見なくなった。
 母が未だ病室で眠っているという不安はあれど、それ以外に悩むことが無くなったからかもしれない。

「あれ、人吉先生って今日は普通に帰ってくるんだっけ?」
 京平はそう言うと、冷蔵庫から夕食の具材を漁り始める。
「うーん、どうだったかな。先週まで夜勤多かったし、今日は早いんじゃない」
 仁美はディスクをプレーヤーにセットしながら答えた。
「じゃあ今晩はガラル風カレーでも作るか」
 京平の言葉に、仁美は「わぁい」とはしゃぎながら、無邪気な笑顔を浮かべる。
 その時だった。玄関の方から、かすかな物音が聞こえた。ぱさり、と何かが落ちた音だ。京平は振り返る。
「あれ、人吉先生。もうお仕事終わって帰ってきたんですか?」
 返事はない。
 仁美は映画に夢中になり始めていたので、代わりに京平が確認しに行くことにした。
「あれ?」
 玄関周辺を見てまわるが、誰も見当たらない。
 京平は、純哉の部屋が開きっぱなしなことに気付いた。
 いつもは立ち入ることが許されない部屋だ。医学の資料が散乱しており、しかも薬品も置いてあるため危険だ、と純哉から聞かされていた。

 うーん何の音だったんだろう、と京平は唸りながら、その部屋の扉を閉めようとする。
 だが、ドアノブに手をかけた時、彼の手はピタリと止まってしまった。
 足元に、分厚い紙束が落ちていたのだ。それを見て、京平の眉間に皺ができる。
 視界に入ったのは、一冊の分厚いレポート。
【ヒトの経過中胎児細胞にポケモンの細胞を注入した際の成果報告書】と書かれていた。
 著者名は人吉純哉、とある。
 表紙だけ見て、京平の胸は小さくざわつく。
 特に彼が気になったのは、レポートタイトルの右下に小さく、実験体No.34 【犬塚京平】と書いてあったことだ。
 表紙をめくると、そこには〈本実験の目的〉と記してあった。不穏な文字が目に入る。
 ヒトとポケモンの混合体の実現────。
「これって」
 京平の呼吸は次第に荒くなっていった。
 バクバクと鼓動が速くなるのを感じる。
 それでも彼は、紙をめくる指を止めることが出来なかった。
 ふと、京平の視線が止まる。


==========
 [母体出生前のポケモン細胞投与について]
 ①妊娠初期の犬塚洋子に、注射によるルガルガン細胞の投与を行なっている。
 (本人には流産リスク軽減の予防接種と伝えてあることに留意)

 ②ヒトとして成体である犬塚洋子本人に、ルガルガン細胞の影響は今のところ見られない。

 ③レントゲン写真では胎児にも変化は見られなかった。

 ④犬塚洋子が出産。産まれたのは、身体の一部がルガルガンに変容した個体であった。
 (どうやらルガルガン細胞を人体に投与することでイワンコ細胞に変化するといったことは起きないようだ。ポケモン細胞は進化さえすれど、決して退化しないことの証左でもあるのだろうか)
===========


「これ、僕のことだ」
 京平の目元から、涙がポロポロこぼれ始める。
「人吉先生──なんでだよ」
 バサバサと音を立て、京平の手から紙束が落ちていった。
「嘘だよね、人吉先生」
 ────信じたくない。何かの間違いであってほしい。
 あんなに優しい先生がどうして。僕はずっと騙されていたのか。

『もうガマンするな』
 その時、京平の頭の中で誰かの声が響いた。
『サケべ。コワせ。アバれろ。オマエはずっとずっと、タエてきたんだろ? イカりにミをマカせるんだ』
 頭の中の声は次第に大きくなる。
 それと同時に、耐え難いほどの頭痛が京平を襲った。
『オレに、オマエのカラダをヨコせ』
「うあああああああああ!!!!」
「キョーちゃん、どうしたの!?」
 京平の叫びに反応し、仁美が部屋に入ってきた。
 彼の瞳は、怒りゆえか、はたまたルガルガンの細胞ゆえか、薄暗い翠玉色に染まっている。
「みんな、みんな、殺してやる」
 京平は獰猛な唸り声を上げながら、姿勢を低くした。
 鋭く尖った牙を剥き出し、彼は仁美に相対する。
 今まで押さえつけてきた怒りという怒りが、京平の心を染め上げているようだ。
 仁美が生まれたばかりのシキジカのように、小さく震えていることなど、彼は気付くはずもない。
 「キョーちゃん、何を言って────」
 京平は怒りに身を任せ、牙を剥き出したまま、仁美の首元に飛びつく。
 少女の甲高い悲鳴が、タマムシの空に虚しく響いた。



 その日の夜。カントー地方TV局から、衝撃的なニュース速報が流れた。
「速報です。本日未明タマムシシティ郊外で、人吉仁美さん13歳が意識不明の重体で発見されました。仁美さんの首には噛みつかれたような傷があり、出血多量とのことです。現在警察は複数の目撃証言より、犬塚京平くん11歳を重要参考人として捜索しています」
 女性アナウンサーの台詞が終わった後、無表情のコメンテータが淡々と話を継いだ。
「いやぁビックリしましたねぇ。どうしてこのようなことになったのでしょうか?」
 コメンテータの問いかけに反応し、女性アナウンサーは小さく頷く。
 彼女は、京平の顔写真が貼り付けられたフリップを台の上に立てると、言葉を続けた。
「犬塚京平くんに関しては10年ほど前に話題になっていました。皆さんは覚えていますでしょうか? ルガルガンと人間が混ざった少年のお話です。彼の手足には、ルガルガンと同じ爪が生えており、口の中には牙が生えているのです」
 直後、コメンテータが大げさに声を張り上げた。
「牙だなんて危ないじゃないですかぁ! そのような少年、野放しにはできませんよ!」
 番組を映すカメラの裏で、TVディレクターが満足そうに頷きながら、親指を上に向けていた。

 この報道はやがて、全国各地に拡散。
 警察発表では、犬塚京平は重要参考人扱いだ。
 しかし、民衆にとってそれは『少女を襲った凶悪犯』と変わりなかったのである。
 この日から京平は、正真正銘の『獣』として、人々から追われることになってしまった。
  次章 
〜人吉仁美 編〜
『ヒトがケモノを追いかけるその果てに』

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