第87話 ♦ / ♢ ♢ / 

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

第6章第2節 プロローグ
 
 年が明け、少し時間が経っただろうか。 寒さは和らぐどころか、より厳しさを増してきた。 地域によっては、大雪なんて日常茶飯事だった。
 そんな風にただでさえ極寒な季節だが、3匹衆らが拠点とする屋敷の中には、別の意味の冷たい空気も流れていた。 それは、普段あっけらかんとしているドラゴンポケモンのところにも。

 「......今夜も冷えるのう」

 白い髭をぶるりと震わせ、ラケナはそうひとり愚痴る。 氷タイプに弱い老体にこの寒さはこたえるというのは当然のことだが、最近彼の周りで起こっている出来事も必ずしもいいものばかりではなかった。
 元々無理矢理継ぎ接ぎした布のような集団ではあったが、今になってその結び目に多少の綻びが生じてきてしまっていた。 ヨヒラがオニユリタウンに行きたくないと言ったこと。 そして何より、フィニの態度がこの前から少し湿っぽくなったこと。 どちらも、「役割」よりも自分の「過去」に流され始めている。 ずっと逃れてきた過去と、向き合わざるを得なくなってきている。 そうなる前に終わらせるのが理想であったけれど、如何せん長期化しすぎたかもしれない。
 周りのポケモンはみんな変わっていってしまう。 何も変わらない老いた自分を差し置いて。 フィニ達だけじゃない。 キラリとユズだってそうなのだ。 仕方ないことなのは、自然なことだというのは重々承知しているのだけれど......。
 
 ──そんな時だった。 悶々と考え込むラケナの部屋に、ノックの音が響く。
 
 「誰じゃ」
 「私です」
 「いいぞい」

 必要最低限のやりとりの後、ドアを開けたのはケイジュだった。 ラケナは微かに目を見開くが、その理由としては2つ挙げられた。 1つ目はその顔がいつもとは違う真剣味を帯びていたこと。 そして2つ目は、彼の右手に見知らぬ小さな鞄が握られていたことだ。
 一体どうしたというのか。 今朝急に屋敷に帰ってきたと思ったら、夜に突撃訪問だなんて。 気になることは沢山あったが、ラケナはまずは平和に茶化してみることにした。 これは昔から家族を少しでも笑わせたかったがためについた、ささやかな癖のようなものだ。
 
 「どうしたんじゃい、風の音に怖気ついて泣きつきに来たのか?」
 「......怖気つくか」

 ケイジュの声は、静かだった。 それでいてどこかいつもとは違う暗さがあり、怪しいとラケナが勘付くにはお釣りが出るくらい十分だった。
 
 「お、図星か?」
 「さあ、どうだろうな。 『その時』が来たときにそうなりたくはない......といったところか」
 「ふぅん......その時、ねぇ。 で、ワシに何の用じゃ。 フィニやヨヒラちゃんも差し置いて、こんな突然」

 ケイジュは堅い表情を崩すことなく、ラケナに本題を切り出そうとする。 そして、その声色から、彼はまたこの事実を痛感することとなった。
 ......こいつもまた、変わりゆくのかと。
 

 「──相談したいことがある」


 ギリ、という鈍い音。
 ケイジュはその小さな鞄の取っ手を、強く、とても強く握りしめていた。


 ♦












 ──時が過ぎるのは早いものである。 年が明けて数日が経ち、遂にユズ達の遠征出発の朝はやってきた......のだが、ではすぐに出発!とはいかないようで。

 「ユズー、そろそろ行くよ!」
 「ま、待って! あとちょっと......よし、終わった!」

 キラリが郵便ポストを確認しながら、未だ庭にいるユズに向かって声を飛ばす。 普段はユズが急かす側なのだが、今回は逆。 奇妙な現象もあるものだと、キラリはユズの元に駆け寄ってみた。 後ろからひょいと覗いてみると、花壇の土が何箇所かこんもりと盛り上がっていた。

 「......ユズ、何か植えたの?」
 「チューリップ。 行く前には植えとかないと流石に春に間に合わないから......」
 「うおおいいね......! 好きだよチューリップ、ありがとうユズ! でも買ってきてたの?」
 「ううん、これは貰い物。 でも正直びっくりしちゃった」
 「びっくり? なんで?」
 「どの球根も、とっても大きくて綺麗だったから。 ......きっと、いい花が咲くと思う」
 「ほほう......いいねぇ、楽しみ!」
 「そうだね......」

 ユズの表情は、笑ってこそいるものの曇っていた。 きゅっと口を結び、球根を植えた土を見つめる。
 あの日の翌日。 キラリが疲れて寝ている間に袋を恐る恐る開いてみると、中は本当に丸くて大きな球根ばかりで、実際見た時は驚いたものだった。 園芸を趣味としているために、それが時間をかけてじっくり選んだものであるということはすぐに分かった。
 ──せめてもう少しぞんざいに扱ってくれたなら、ここまで傷つくことなんてなかったのに。 少しばかり、そう「彼」のことを恨んだ。

 その夜、そしてまた次の夜、藁布団に潜りながら、ユズはぐるぐる思考を巡らせた。 ユイだけじゃなくて、ヒサメまで自分の周りからいなくなっていく。 そして、「何か他に出来たことがあったんじゃないのか?」 その問いを自分へ投げかけるたびに、いつもはふわふわで気持ちいいはずの藁は、ちくりと鋭く心を突き刺してきた。
 ......だけど。

 「......ユズ?」

 朝になる度、いつも通りの眠そうなキラリの顔を見る度、思うのだ。 心に小さな希望が宿るのだ。
 自分の世界は、消えていくものばかりじゃないって。
 ──いなくなってしまったものの中にも、まだ取り返せるものがあるんじゃないかって。

 「......大丈夫。 ありがとう、キラリ」
 
 心配そうな顔をするキラリに向けて、ユズは静かに微笑んだ。
 ......魔狼のことも、手遅れなんかじゃなかったのだ。 乗り越えられる。 きっと、キラリ達と一緒なら。 だから。

 さようならという言葉。 あれを嘘にするには、まだ遅くない。


 ♢













 ──キラリから見てユズの表情がどこか暗いのは、彼女が散歩から戻ってきた時からだった。
 詳細は聞こうと思えば聞けた。 ユズもそれを拒む様子はなかった。 でも、何故だろう。 それはどうしても憚られる気がした。 彼女の鋭い嗅覚は、どうしてもそんな気配を感じ取ってしまっていた。 少し前ならユズに対する不安とごっちゃになって眠れなくなってしまっていただろう。

 「本当に、大丈夫?」
 「うん」
 「そっか......なら、よかった」

 安堵の言葉が漏れる。 ......でも、本当は聞かずとも微かに分かっていたかもしれない。 今の彼女は前とは違う。 その小さな身体には、自分だけでどうにかしたいという重い理想は感じなかった。 だから、今回は深追いする気はなかった。 あまり起きなかった。 本当にまずかったら、彼女はちゃんと頼ってくれる──そう信じられた。

 「......ユズは凄いなぁ」

 キラリは何気なく呟く。 それは前進し続ける彼女に対する、単純な尊敬だった。

 「ううん。 全然、まだまだだよ。 みんなに助けられてばかりだもん。 キラリは勿論、みんなにも」
 「それなら私もだなぁ、みんなに沢山支えられてるもん。
 ......もしみんなに何か大変なことが起きたら、今度は私達が助けられたらいいね。 今いるみんなもそうだし......きっと、これから出会うポケモンだって」
 「うん。 私も、そんな存在でありたい。 キラリが私にそうしてくれたみたいに」
 
 葉っぱを風になびかせて、彼女は言う。

 「......どこかで泣いてるかもしれない誰かを、助けられるように」

 キラリの鼻をくすぐる柚子の匂いは、切なげだけど、どこか爽やかだった。 やっぱり彼女を形容するにはこの香りが一番だ。 冬になってからは特に、冷たい空気を爽やかに突き抜けてくる。
 それはとても柔らかで......そして時に、強かで。

 「──ユズ、それ、目標」

 ぼそりと呟かれたその言葉に、ユズは目を丸くした。

 「えっ......あっ、そうだ......」
 「いいじゃんいいじゃん! やったよユズ! ユズなりの目標だよ! かっこいい!」
 「そ、そうかな......ありがとう。 なら頑張らないとな、一層」
 「うん! 私も一緒に頑張る!
 ......ユズだって、ずっと私の夢応援してくれたんだから」

 そう言って何気なく、キラリは空を見上げてみた。 去年の今頃は何をしていたっけ。 家でぐうたらとくつろいでいたっけ。 今思えば、中々にとんでもないことに巻き込まれてしまったものだ。 だからこそ迷ったし、だからこそ今、自分の夢の理想形を再び練りあげられている。
 それへの「道筋」を、掴みかけている。


 (──私達も、みんなの、誰かの未来を支えられるように)


 魔狼は、多分自分の理想の反対側にいる。 光を引き出して繋げる──その言葉とは、きっと無縁の場所にいる。
 だからこそ、首を突っ込みたくなったのかもしれない。

 ほどよく暖かい朝日を浴びながら、キラリは思う。 これは、決してユズだけの戦いなどではない。
 自分の未来をかけた戦いでもあるのだ。

 
 ♢











 昔誰かが、こんなことを言った。 「お前が深淵を覗く時、深淵もまたお前を覗いているのだ」と。 確かにそれはその通りかもしれない。 もう、逃げることも隠れることもできないラインまで来てしまった。 もしかしたら、出会いたくないような辛い真実もまだあるかもしれない。 ──でもだからこそ、今は。

 自分も前に進もう。
 友達の隣で戦おう。
 ......これは、「過去」の闇を精算するための旅だ。 その上で、巨大な「現在」の闇に立ち向かう土台となる旅だ。

 「そんじゃ......行ける?」
 「......勿論!」

 改めて家に入って手を洗い、準備を整え、そして戸締まりもしっかりと。 遠征は夏以来になるだろうか。 あの時と似た、でもどこか新しい緊張感が2匹の心を覆っていた。

 防寒用の茶色い新品の外套を着込んで。 それぞれ、色々な思いを胸のペンダントに託して。
 新たな冒険の入口に向かい、2匹は果敢に足を踏み出さんとしていた。

 『......いざ、徒花の白峰!!』

 ♢ ♢


















 吹雪が......近づいてくる......。


 嫌だ、思い出したくない......嫌だ......。


 お姉ちゃん......助けて......助けてよ......。 もう、お姉ちゃんしかいないんだ......。


 お願いだから、どうか、ボクを......


 ────。


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