三つの誓い

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「ひゅー、ロックだねえ」
 マッシュは親友の口真似をしてみせた。
 王道ファンタジーであれば、力を合わせた攻撃で闘いの幕は閉じる。その例に漏れない、最期に相応しい締めくくり技であったように感じた。

「ようやく、俺たちアバランチの悲願がホントの意味で果たされたんだな……」

 呆気ない最期ではあったが、決してギラティナとなったハイドが弱かった訳では無い。ルール無用の三体による集中砲火だからこそ、なし得た事だと思う。
 強大な悪に立ち向かう為に一致団結する。古の昔から行使されてきた団結の力だ。

「まあしかし、今回はさすがに部が悪そうだな……」

 ――だがそれを、逆にやられるとすれば話は違ってくる。
 ハイドの死が何かの引き金となっていたのだろう。壁面が次々と回転し、培養カプセルのような装置の中に入ったポケモン――否、伝説と呼ばれる存在たちがガラスを破壊し、次々と遠吠えをあげる。
 これらは恐らく、ワイルドエリアに居たトレーナーたちを用いて作り出した神々だ。伝説ポケモンや幻ポケモンと呼ばれる類の色違いが多く目につく。色違いのダークライも何体かそこに見えた。

『ダークライ……』
 悪夢を見せたポケモンの名を、思わず口に出してしまう。
 もしかしたら。
 私とマスターの旅の始まりだった“色違いダークライ”もこの中の一つだったのかもしれない。私とマスターの旅の終着点がそこまで来ているのだと何故か直感した。
 私のエスパーたる所以だ。この旅は――、もうすぐ終わる。そう実感すると手に力が思わず入り、ルヒィにモンスターボールを預けられたままだったことを思い出した。
 何かの打開策になるかもしれない。
 そう考え、モンスターボールを投げると、中から出てきたのは、カントーの姿のニャース。カイトの相棒ポケモンのシャケだった。

『ニャーは狭いところは嫌ニャー! ようやく出られたニャー!』
 しきりにニャーニャー喚いている。戦力としては控えめに見ても役立ちそうにも無かった。
『お願いニャー、このまま外に出しておいて欲しいニャー!! ……ニャ?』
 シャケの視線の先には大量の伝説ポケモンや幻ポケモンのおぞましい数のそれが跋扈していた。
『この世界の時間軸もここまで進んでいたのかニャ……』

「残念だったな、こりゃ死ぬな」
 シャケの言葉を聞いたマッシュが静かに言う。上半身があらわになった肌は汗だけではない、血も滲んでいた。しかし、その顔に悲観した様子はなかった。最期まで闘う覚悟を決めた漢の眼差しで敵を睨む。伝説や準伝説と呼ばれるポケモンが次々と姿を表している。その数は両手の指の数を越えようとしていた。タイプ相性だけの問題ではない。多勢に無勢すぎる数の暴力だ。
「投獄されて自由を奪われて。満身創痍で。服もろくに着れねえ。そんな中でようやく自由になったと思えばこれかよ。自由の代償はきついぜ」
 神々の。伝説の。幻の。遠吠えが至る所から聞こえる。
 その中に微かに聞こえる人間の声があった。

「不思議だな、あいつの声が聞こえる」
 マッシュがそう言うと、何かの駆け寄ってくる音と獣の唸り声が聴こえてくる。私が通ってきた通路から出てきたのは、巨大イーブイに跨った、着ぐるみの少女。その後ろを小さな四足歩行する愛くるしい小動物の群れがちょろちょろとついて来る。

「モロ一族も共に戦う! 全て討ち取れ、モロ一族よ!」

 イーブイ少女のハルは流暢な言葉で、引き連れてきた何百という数のイーブイやその進化系をけしかける。一体ずつは小さく弱いブイズも、群れと化して襲いかかると、あまりの多さに伝説と呼ばれるポケモンたちも、攻撃をうまく出来ずに居た。
 合間を縫うようにゴリランダーとなったルヒィと、インテレオンとなったクレーン、ファイアローとなったペルが攻撃を仕掛けている。指示も聞かず、自由に闘う戦士の姿があった。
 指示がなければ動けない元からエースバーンのコラショだけが唯一、マッシュの傍に残っている。一気に優勢へと傾くがそれでも闘いは長引きそうだった。
「大丈夫?」
 ハルはマッシュに歩み寄る。
「あ、ああ……ハル。おまえは? てか、しゃべれたのか?」
 ハルは少し頬を赤らめ、視線を逸らした。
「人間は嫌いだ。でもマッシュは好きだ。だから助けに来た。……言葉はなぜか、急に喋れるようになった」
 ハルは変化をあっさりと説明した。マッシュは、そういうものかと納得している。
 事実は異なるだろう。ハルは元々、人語を解せた。これは単なる心境の変化だ。ハルは自身が人間であることもまた受け入れたのだ。
「待って、これ着て。エースバーンの衣装」
 ハルはぼろぼろの服のマッシュを見て、今まで乗り回していた育ての親の巨大イーブイ・モロに話しかけ、モフモフの毛並みの隙間から何やら着ぐるみを取り出した。
「は? なんでだよ、恥ずかしすぎるだろ」
「でも今のマッシュは半裸の状態。もっと恥ずかしい」
 言われてマッシュは顔を真っ赤にし、慌ててその着ぐるみを奪い、着込んだ。普段のコスプレはもう少し、普通の服の組み合わせだったのだが、こちらは本当に単なる着ぐるみである。断るに断れない状況の中、“ポケモンごっこ”のマッシュの誕生であった。
「ここにいる敵ども全て駆逐してやる……」
 羞恥心から殺意に火がついているマッシュはコラショに目で指示をする。コラショは頷き、強烈な蹴りを次々と伝説ポケモンに叩き込む。
「ルールなんてクソ喰らえだ。すべて、ユナイトしてやろうぜ」

 周囲を見ると、ポケモンバトルのルールに則らない、無作法な戦い方が繰り広げられていた。ペルもルヒィも、言うなれば正しくアウトローだ。彼らはルールの外にある。

『我──アバランチの守護神。悪魔となった敵を討ち滅ぼす救けをなすものなり! 戦う事より……守るッ!!』

 ひたすら、追い風を起こし続けるペル。サポートの役割を自ら買って出ることでアドバンテージをこの場の仲間たちに与えていた。

『ありがてえ、ペル』
 空を舞うファイアローは、地上のインテレオンと視線をかわす。そこには友情が芽生えていた。
『俺たちはもう仲間だ!!』
 どん! 誰かれ構わず仲間にしたがるルヒィは、ゴリランダーに似つかわしく、胸板を雄々しく叩き、威嚇するようにドラミングしていた。

「過去の闘いで死んでいった奴らに……誓おうぜ」
 マッシュはその場の仲間たちに言う。
「生きて、ガラルの未来を見届けると!! 誓え、生きると!!」

 誓い。
 マッシュはそう宣言した。
『ほのおのちかい』
 真っ先に反応したのは、かつてはOMH2と馬鹿にされ続けたコラショ――エースバーンだ。
『くさのちかい』
 続いて、マッシュの弟のルヒィ――ゴリランダーは誓う。
『みずのちかい』
 生きていたマッシュの旧友クレーン――インテレオンも誓う。
 ――ほのおのちかい。
 ――くさのちかい。
 ――みずのちかい。
 三つの誓いは、三位一体の技へと昇華され、大きく化学反応を引き起こす。
 水の違いは草の誓いと共鳴し、辺りを湿地へと変える。草の誓いは火の誓いと共鳴し、辺り一面を炎の海と化した。火の誓いは水の誓いと共鳴し、急激に冷やされた熱気が、大気中の空気へ変化をもたらし、空に虹をかける。

 ますます闘いは乱闘の様子を呈していた。彼らが団結《ユナイト》している。さながら、ポケモンユナイトとでも称するべきかもしれなかった。

「虹の向かう先へ、進め!」
 その最中、マッシュは私に向け叫ぶ。
 マスターの元へ向かう道を切り開いてくれたのだ。
「母さんも一緒に連れて行って、サナ!」
 ハルもブイズに指示を出しながら叫ぶ。
「マグノリアさんはたぶん奥のエリアに居る。母さんをマグノリアさんに会わせてあげて!」
 モロは私の元へ歩み寄る。

『すまない、フェアリーの娘よ。会いたい人がいる。私を最奥へ連れて行ってくれないだろうか。ここは機械が多すぎて鼻が曲がりそうだ。教えはどうなってるのだ教えは』

 巨大イーブイのモロはそう言うと大きな頭を垂れて、私に背に乗るようジェスチャーした。
 巨大イーブイの背中はモフモフしていて、気持ちが良かった。そして、思った以上にその脚力のある事に驚く。駆け始めたモロの背中は、良質のマットレスのように心地よい。

『待ってくれニャー、ニャーも行くニャー! ニャーにも会いたい人が居るのニャ!』

 そう言ってモロの尻尾に、シャケはぶら下がる。モロはシャケをはらい落とさず、それを承諾した。
 そしてそのまま振り返るとハルを愛おしそうに見つめ、その後、マッシュを睨みつけた。

『手前勝手な人間の男よ。ハルは我が大切な娘だ。だが……人間だ。お前はあの娘の不幸を癒せ。人間にもなれず、山犬にもなりきれなかった、哀れで醜いだけだった、かわいい我が娘が、人間としての道を歩もうとしているのだ。お前にハルが救えるのか? 答えろ、人間!!』

 あの日。
 隠れイーブイの里で、マッシュが言ったセリフへの回答だった。その上で、モロはマッシュに覚悟を問うていた。

「……救えるかはわからない。だが、共に生きることならば出来る」

 そう言ってマッシュは笑い、死線へ向かう。
 モロもまた、安心したように私を乗せたまま踵を返した。
 マッシュは約束したのだ。共に生きると。この場では決して死なない、死なせないことを。
 とてもシリアスなシーンであったが、恫喝するように話していたのが巨大イーブイ。凛として受け答えた側もエースバーンの着ぐるみの男。そして、それを見守るのがイーブイの着ぐるみの少女。周囲には大量のブイズ。
 どこかしまらないシーンの中、私たちはS級エリアに続く道を目指した。

 ※

『走ると揺れるニャ、気持ち悪いにゃー!』
『黙れ小僧!』
 シャケがニャーニャー喚くが、モロがそれを一喝する。
 最初は尻尾にぶら下がっていたが、今はちゃんと私と共にモロの背中に座っていたが、思った以上にモロの脚力は強く、揺れが酷かった。
 無機質なコンクリートの道を私の指示でモロは走り続けていたが、そろそろS級エリアに到達しようというところで急に立ち止まる。
『急に止まるにゃんて、ひどいニャ……』
『どうしたの』
 尋ねると、モロは背後を気にしていた。
『何者かがこちらに向かって来ておる。我と同じ四足歩行の獣じゃな』
 私は感覚を研ぎ澄ませ、第六感を働かせる。そして、存在を察知した。
『ホップ……?』
 ダンデの弟であり、私と一時期行動を共にしていた少年だった。
 すぐにホップは姿を見せた。青い毛並に、古傷の耐えない歴戦の勇者と呼ばれるザシアンに乗って。
「お、サナじゃないか。そうか、お前もS級エリアに?」
 どうやら目的は同じであるようだった。私はモロに乗り、ホップはザシアンに乗って最奥を目指していたのだ。
「オレはソニアとマグノリア博士を助けに来たんだ」
『マスターではなくて? 素直ではないですね』
「はっ!? ばっ、違ぇよ!」
 冗談めかしてそう言うと、ホップは想像以上に慌てふためいていた。
 マスターの事を助けに来たというのが最大の目的だろうということはすぐにわかった。
「そ、それに、あいつはここには居ないらしいぞ」
 私はその言葉に焦りを覚える。
『その情報はどこから? 本当なんですか?』
「ああ、未来からのリークだから間違いないと思うぞ。こいつが教えてくれたんだ」
 そう言って、ホップは背後を指さす。意図がよくわからないでいると「ザシアンの尻尾のところだよ」と言う。
 私はモロから降りて、ホップとザシアンの背後に回ると、そこには小さな人形のようなものがザシアンの尻尾にぶら下がっていた。白い宇宙服のような外見で、二重あごの筋骨隆々の男性の人形だ。インナーには紫のラバー素材のものを着込んでいる。
 無性にその人形の右胸の赤いボタンを押してみたくなる。そういった、えも知れぬ魅力がそれにはあった……ポチッとな。

「私はバズ・ライトイヤー」
「銀河の平和を守っているのだ」
「敵ではない」
 ボタンを押す度にセリフが変わる。面白くなって、今度は水色のボタンを押した。
「それはインタラクティブモードだ!」
 ホップはそれを見て、興奮したように叫んだ。
「さすがだぞ! モードの違いをばっちりわかっているんだな!」
 どうやらこの人形はバズライトイヤーという名であるらしく、右胸のボタンを押すごとにセリフをランダムに再生するらしい。
「スーハースーハー(呼吸音)、私はバズ・ライトイヤー。 スペースレンジャーだ」
「セクター4のガンマエリアで任務についている」
「スペースレンジャーの一員として、あらゆる訓練を受けている」

 私がボタンを連打していると、その横でホップも次第にエキサイトしていき、「あんたは俺の相棒だぜー!」や「銃を捨てろ、手ぇ上げなぁ」、「この街は俺たち二人が住むには狭すぎるぜ」などと、何かのキャラクターになり切って喋り始めていた。
「ヒーハー!!!!」
 ホップが奇声をあげた時だった。
「ホップ、いい加減にしろ。俺で遊ぶな」
 やたらと渋い声が人形から聞こえる。聞き覚えのあるその声に思わず、ぶら下がっている人形の顔を見る。いつの間にかサングラスが掛けられている。
 人形はザシアンの尻尾を掴んでいた手を離し、地面に飛び降りる。華麗に着地すると、私を見上げて言った。
「俺はバズライトイヤーではないが、敵でもない。俺のチップはこの玩具に移植され、この世に戻ってきた」
 その声が記憶を思い出させる。未来から過去へ、過去から現代へと旅をしたターミネーター“T-800”である。
「I'm back。“I'll be back“と言っただろ」
 魔晄炉に消えていった男は、小さくなり帰ってきたのであった。

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【補足】バズライトイヤーとは?
 人気映画『トイ・ストーリー』に登場するメインキャラクターの一人である。通称「バズ」。決め台詞はアクションボタンを押した際に再生される「無限の彼方へさあ行くぞ!」である。
 右胸のボタンでセリフを喋るが、赤は「おもちゃモード」、水色は「インタラクティヴモード」となっており、また一定期間操作しないと「ハイパースリープモード」に入る。それぞれのモードで豊富なセリフが用意されている他、インタラクティブモード中に、リストコミュニケーターのカバーを開けたり、ヘルメットを開けたりする事で更にセリフが変化する。
 その多彩なセリフとコミカルな外見からファンも多い。なお、本作に出てきたT-800が移植されたバズライトイヤーの素体は、足の裏に「レオン」と描かれており、孤児院ホームのレオンが今より小さかった時に気に入って遊んでいた玩具であるが、いつの間にか忘れられて放置されていたものである。玩具が子供の成長と共に遊ばれなくなっていくのは、避けては通れない運命なのかもしれない。
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