第3話:ニンゲン(分類:おしまいポケモン)

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読了時間目安:18分
 虫ポケモンの足は、取れやすいようにできている。

 自然界において、虫ポケモンは様々なポケモンに食料として狙われる存在である。それらから身を守るために彼らは多彩な技や特性を備えているわけだが、相手の捕食者がそれを物ともしない実力を持っていた場合、彼らができることは「逃げる」という行動のみとなる。そして逃げることを選んでも、捕食者の方が素早ければ簡単に捕まってしまう。
 そうなれば諦めるしかないのか。否、「捕まった部分を捨ててもう一度逃げ出す」という道がある。虫ポケモンの足や尾は“節間膜”という膜によって胴体と接続されており、その膜を千切れば簡単にその部位を切り離すことができるようになっている。その性質を利用して捕食者に掴まれた部位を切り、捕食者が現状を把握する前に残った足や羽で逃げおおせるのである。失った部位も進化をすれば高確率で再生するし、最終進化系であってもトレーナーの下で暮らすポケモンならばポケモンセンターの回復マシンを使用する内にいつの間に治っていることがある。

 これはそうした虫ポケモンの性質によって発生した事故なのだろか。放り出された先でうつ伏せに転がりながら、自分は――正確に言えば「自分の上半分」は――そんなことを考えていた。

「……え? え? う、ぅ、うわ、ぅううわうわうわ気持ちわ、大変だぁーっ!?」
「今『大変だ』より先に『気持ち悪い』って感情が出た?」
「うわぁぁぁこんな状態になっても落ち着いて話しかけてくるよぉぉぉ!」

 どちらかと言えば不審者に出くわしたときのような大声が後ろから聞こえる。確かに上半分が放り出されたわりにはごく普通に話しかけてしまった。それくらい何も感じなかったのだ。咄嗟に出した手の平だけ軽く擦ってしまったが、目立った出血はない。下半分が残されているであろう方向からまずい音が聞こえてくるということもない。ただただ、ちょっと転んだ程度の感覚で、「人間とペンドラー」が「人間」と「ペンドラー」になっただけ。むしろあるべき姿に近付いた。客観的に見ればギャグかと思うような状況である。むしろ真面目に動揺したら負けだ。“3匹目”よろしく既に若干体力が消費されているような気がするが、それを深刻に受け止めた時点で負けなのだ。自分は元気だと自分自身に思い込ませることで、最低でもストレスによる衰弱を避けることはできる。人間とはそういう生き物である(少なくとも今の自分は完全に人間という生き物である)。

「……。大丈夫、元気」
「ひえぇぇぇーっなんで元気なんだろう! い、いやでもあれでしょそのぉ大変な状況ではあるでしょ!? まま待ってね、こここういうときは復活のタネがあればいいんだけどぉ……!」
「復活のタネ?」
「えっ、それも記憶にない? 文字通り復活できるタネだよ! 食べると身体が一瞬で元気になるタネ!」
「詐欺広告みたいな代物だ」
「さぎこ……? ……と、とにかく今ちょっとこの辺にないか探してみるから!」

 平たい足で周囲を駆け回り始めたカモネギを尻目に「復活のタネ」という言葉を何度か反芻してみるも、そんな名前の種の話が知識として出てくることはなかった。復活草という植物ならば知っているが、復活草の種は単に「復活草の種」と呼ばれていたはずだ。そもそも種のままでは治療に使うことができないから草になるまで育てるのである。もし本当に“食べると復活できる種”があるのなら、それはこの世界にのみ存在する独自のものなのだろう。
 しかしその種が近くにあったとして(森林地帯に自生する植物なのだろうか)、果たして人間の身体を復活させることは可能か、という疑問が湧く。復活草に限らず、ポケモンの治療に役立つもののほとんどは人間には効果がない。カモネギが上半分を見捨てて下半分を復活させようとしているなら話は別だが、彼の健気な救命行為が報われる可能性は正直言って高くないように思える。

 ……いや、いっそ本当に下半分を軸として復活を試みた方がいいかもしれない。
 “3匹目”のその後を思い出す中で、ある案が浮かんだ。

 床で弱っていく3匹目を哀れに思ったのか、それともまだ探究心が収まらなかったのか、博士は「この成虫を再び繋ぎ合わせて生き長らえさせることはできないか」と考えた。そして実際に3匹目を繋ぎ合わせ、その後長期間飼育することに成功した。
 処置の方法は驚くほどに単純である。実験に使用したものより太く強度のある管でしっかりと3匹目の上下を再結合し、それをモンスターボールに入れ、ポケモンセンターにあるような回復マシンで治療する。それだけで3匹目は「上下が管で繋がった成虫」として復活し、今度こそ1匹目と共に実験室内を自由に飛び回ることができるようになったのだ。
 元々ポケモンは他の生物では考えられないほどに丈夫であり、一見致命傷と思える傷でも適切な治療を施せば早くて数分で健康な状態まで回復する。それどころか、彼らは身体に異常が発生した状態そのものを自身の変態に取り入れてしまうことすらままある。例えばヤドンはシェルダーに尻尾を噛まれるとそのままヤドランに進化してしまうし、ザングースとハブネークは互いに付け合った傷を色の付いた模様として定着させてしまう。マーイーカに至っては暫く身体の上下を逆さまにしていると反転した向きのままカラマネロになってしまう。
 これほど極端な例は少ないにせよ、全てのポケモンは「エネルギーさえ足りていれば身体に発生した異常ごと細胞を再構築することができる」という性質を持っている。回復マシンはこの性質を利用して身体全体を再構築できるほどのエネルギーを与えてポケモンを治療させる機械であり、3匹目はこのマシンによって与えられたエネルギーを使って自身の身体を「上下を管で繋げた成虫」として再構築した、というわけだ。

 現在そこで放置されている「ペンドラーの頭部以外」も、一度は「人間の上半分と繋がったペンドラー」として存在していたものである。そして人間がペンドラーの細胞に適合するとは通常考えられないので、必然的にあのペンドラー側が人間に適合するように細胞を再構築させ、神経を接続させていたいたということになる。
 ならばもう一度上下を繋ぎ合わせ、その状態で復活のタネに含まれているであろう大量のエネルギーを下半分に摂取させることができれば、衰弱する前に“復活”をすることができるのではないか。復活して戻ってくるのが「ペンドラーの頭部以外」だというのは非常に複雑だが、このまま衰弱死するよりはマシだ。試す価値はある。

 そう決めたところで、カモネギがこちらの前まで戻ってきた。

「ご……ごめん。復活のタネ、近くにはないみたい…………ほんとにごくたまに落ちてることがあるから、もしかしたらと思ったんだけど」
「……そう。無いものは仕方ない」
「だからこのクキ食べて!」

 カモネギはいきなり自身が持っていたクキの根本を平たい足で踏みつけ、両羽で根本以外を挟み上げる形でクキを折った。そして根本を羽の中にしまい込み、根本以外の全てをこちらへ差し出してきた。

「………………えっ。それは……何……どういう意味合いの……」
「あっ、君も一応分かりやすく困惑することあるんだ…………じゃなくて! これは復活のタネの栄養で育ったクキなんだ。タネそのものには負けるけど、瀕死のポケモンが立ち上がれるくらいの力はあるよ! お腹が空いたり怪我したりしてるポケモンを見かけたときはこうやって分けてあげてるんだ」
「クキって『僕のクキをお食べ』って温度感で分け与えるものなの」
「ほんとは木の実と一緒に煮込んだ方が甘さが増してもっと美味しくなるんだけどね……細かく刻んで穀物と一緒に炒めるだけでも丁度いい味になるし」
「クキってそんなにカジュアルに消費するものなの」

 カモネギにとって、クキは外敵から身を守るための大事な武器である。クキを守ることは命を守ることと同義であり、極度の飢餓状態にでもならない限りは食用として扱うことを許さない。そんな知識が頭の片隅にあっただけに、突然カモネギがクキを使った簡単レシピを公開し始めたことにひどく衝撃を受けてしまった。この世界ではクキを食用として扱う方が当たり前なのだろうか。本を作れる程度に発達した文明の中で生きるカモネギはそこまで必死に身を守る必要がないということなのだろうか。何の話だったか。分断された身体をどうにかする話だった。レシピについてはこの問題が解決されてから聞くことにしよう。

「そのクキをもらえるのはありがたいけど、多分この状態で口から摂取しても意味がない。人間はポケモンじゃないから何かを食べるだけで怪我を治すことはできないし、多分このまま死んでいく。有効な処置があるとすれば、この人間部分とあのペンドラー部分を繋ぎ合わせた上で、ペンドラー部分に直接クキの栄養を摂取させるという方法くらいだと思う」
「あっちと繋げてあっちにクキを食べさせるの? ……ど、どうやって? 付いてた部分同士を合わせるだけなら何とかできると思うけど……」
「……分断された部分の先同士をクキでパイプのように繋ぐ?」
「えっ…………ひぇ…………すごいとんでもないこと思いつく……」
「大丈夫。人間はともかくポケモンは『そーれ、がっちゃんこ』で何とかなった事例が複数ある」
「すごいとんでもないことをお茶目な掛け声で複数やってる……」

 “3匹目”が施された処置に近い方法と言えばそれくらいだろう。差し出したはずのクキを抱え込んで怯えるカモネギを何とか勇気付け、死んだように横たわっているペンドラー(実際死んで横たわっているペンドラーにしか見えないが)の場所まで運んでもらう。やはりポケモンという生物は見た目以上の力を持っているもので、カモがヒトをしょって歩く工程は想定の何倍もスムーズに完了した。後は「そーれ、がっちゃんこ」してもらうだけである。

「ねねねぇこれほんとにクキで繋ぐの!? ものすごいなんかあの命をこう……しかも2種類……命を弄んでる感じの……!」
「これは救命行為だから問題ない。あるいは失敗してもこの経験を次の分断人間の救命行為に役立てることができる」
「次の分断ニンゲンって何!? 2匹以上こんなの来たら流石に僕じゃどうにもできないよ!?」
「1匹はどうにかしようとしてくれていてありがたい。とにかく思い切ってクキで繋いでほしい」
「んんー繋……繋ぅぅー……ぅ゛うううん……! …………やぁ……るよ!? やっちゃうからね!?」

 カモネギは意を決した様子でこちらの腰の辺りまで走った。そして勢いのままに叫ぶ。

「ぼぼ僕ニンゲンの身体のことなんか全然詳しくないからね!? 言われた通りのことしかできないからね!?」
「やること自体はそんなに難しいことじゃないから、怖がらずに」
「むしろ君の方が怖がってないとおかしいと思うんだけどなぁ!? ……いぃ、行くよ!」
「うん。まず人間側の方に、そーれ」
「そ、そーれうわっうぇ…………ででできましたぁ!」

 最悪の感触だったらしい。見た目は最悪、会話も若干噛み合わない、触れた感じも「うわっうぇ」。これで全ての第一印象が最低評価となった。情けない結果である。やはり無理にでもしっかりと握手をしておくべきだった。

「……だ……大丈夫? 反応ないけど……」
「…………今からでも握手で取り戻すことはできる?」
「何を!? 今僕は君の命を取り戻そうとしてるんだけど!?」
「……確かに命を優先すべきだった」
「ねぇ今命より先に何を取り戻そうとしたの!?」
「ごめん、何でもない。今の内にペンドラー側に、がっちゃんこ」
「えぇ、ぇぁあが、がががっちゃんこぉ!」

 振り向いても見えなかったが、カモネギは恐らく掛け声と共に下半分にもクキを繋げた。
 それと同時に、自分は両腕で身体を僅かに押し上げ、上半分の終端を下半分の先端にぶつけた。

 直後に腰が熱を帯び、後ろから白い光が発生する。振り返っても問題の部位を確認することはできなかったが、ペンドラー部分が光っているのであろうことは分かる。
 上半分は光らない。その代わりに、白く塗りつぶされた視界の中で、自分はあるものを目にした。

 太い長葱を豪快にトッピングした“葱盛りカレー”を食べ、満足そうに頭部のツノを揺らすペンドラーの姿だった。

 意味深な記憶の欠片というわけではなさそうな、ただ「ペンドラーの上下」が葱盛りカレーを食べているだけの幻覚を見ながら、自分は「きっと全身がポケモンになった方が幸せだったろうな」、などと考えていた。

「…………あ! く……くっついてる!」

 光が収まってから数秒経った頃、カモネギが声を上げた。

「よ、よ……よよよかったぁ……! 元通りになったよ! いや元通りって言ったらおかしいのかな……とにかくニンゲンとペンドラーがちゃんとくっついたよ! いやちゃんとって言うのもおかしいかな……」

 叫んだり声を潜めたりを繰り返しながら、カモネギはこちらの頭の方まで飛んでくる。
 自分は彼の飛ぶ高さに合わせるようにして上半分を慎重にもたげ、下半分の4つ足で立ち上がった。腹筋も足も正常に動く。確かにこれを元通りと言うのはおかしいが、少なくとも「悲惨な姿の無惨な姿」から単なる「悲惨な姿」に戻ることはできた。

「……ありがとう。本当にありがとう。最悪の状態は回避できた。君がいたおかげで助かった」
「う、ううん! 僕は君に言われたことをやっただけだよ。っていうかほんとにクキで繋げただけで治るとは思わなかったし…………やっぱり君の身体ますますわけ分かんないし……」
「自分もわけは分かってない。でも今のところ死にたくない自分にとってはあの程度の衝撃で死にかけるという事実が最重要で、死にかけないためには下手に検証を行わないに越したことはない」
「えぇとぉ……つまり、身体のことは一旦置いといて、安全にダンジョンから出ることだけ考えたいってこと?」

 カモネギは高度を下げ、結局少しも欠けることのなかった岩の上に降り立つ。

「確かにもうクキもないし、また真っ二つになっちゃったら今度こそどうしようもないよねぇ……。後は歩いてダンジョンを出るだけにしよっかぁ。無理に技を使わせようとしちゃってごめんね」
「こっちこそクキを使わせてしまってごめん」
「それは気にしないで! 根っこを復活のタネに挿せばすぐに生えてくるんだ。タネ自体もいっぱい分けてくれるポケモンがいるしね」

 でも今日はもう会えないから、ほんとにお腹千切れないように気を付けてね。そう言ってカモネギは岩から地面に飛び降り、今いる広場のような空間から細い道が続く方向へと歩き始めた。自分も彼の忠告を真摯に受け止め、ゆっくりと後を追う。

「あ、ほら、あそこに階段がある! あれを昇ればダンジョンから出られるよ」

 人工的な通路の如く岩壁に挟まれた細道を通り、再び少し開けた場所へ出たところで、カモネギが右羽の先を空間の中心へ向けた。そこには確かに「階段」と呼ぶ他ないような形状に盛り上がった土があり、奇妙なことに地面から3メートルほど離れた空中にぽっかりと空いた“穴”まで伸びていた。

「……ウルトラホールってこういう見た目なの?」
「ウル……何? えぇと、これは危ないものじゃないよ。なんか空間に穴が空いてるみたいになってるし、実際空いてるんだけど…………ダンジョンってなんでかこういう風に似たような土地が積み重なってることが多くて、しかも階段で“進める”ようになってるんだ」
「今何を言ってるかほとんど分からなかったけど」
「分かんないよねぇ。だから『不思議のダンジョン』とも呼ばれてるんだ」
「不思議のダンジョン。……自分も不思議のモンスターって呼ばれたらどうしようか」

 冗談のつもりで言うと、カモネギは「冗談抜きでそう呼ばれる可能性があるぞ」という心情が滲む苦笑いを浮かべ、黙って羽を広げて穴の向こうまで飛んでいった。
 自分も右の前足を1段目に乗せ、左の前足を2段目に乗せ、右の後ろ足を……乗せるには階段から遠いので、右の前足を3段目に乗せ、左の前足を4段目に乗せ、右の後ろ足を……乗せるにはまだ階段から遠いので、右の前足を5段目に乗せ、左の前足を6段目に乗せ、右の後ろ足を…………乗せるには前足も後ろ足も伸び切っていて、4つ足全てを投げ出して階段の上に腹を寝かせるような状態になり、にっちもさっちもいかなくなった。

 カモネギの声が穴の上から降ってくる。

「え? なに? 何してるの」
「階段の昇り方が分からない」

 穴の上が数秒ほど静まり返る。
 そして、半分裏返ったような大声が響く。

「生き物としておしまいだよぉ!!」

 そう叫んだ上でゆっくりと手を引いてくれたのだから、カモネギの優しさは計り知れない。彼が本当に自分を生き物としておしまいにしたがっていれば、この上半分は勢いよく引っ張られてもう一度分断されていただろう。

 これから始まる悪夢を生き延びたいのならば、決して彼の優しさを手放してはならない。
 最初に強く思ったのは、恐らくこのときだった。そう記憶している。

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