【第015話】怒れる豪雷 / ケシキ、チハヤ

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「う……ウッソだろ……!?」
突然現れた災獄界ディザメンションゲート
しかも一瞬、囚われた後にそのゲートは閉じてしまった。

「マジかよ………どーすんだよこれ……!!」
取り残されたチハヤは、焦る様子を見せる。
シキジカやパピモッチは遠く離れた場所に居たため、彼の手元には居ない。
いざという時に頼れる戦力が居ないのである。

だがしかし、それよりも重要な問題がここにはあった。
「っ……げほっ……えほっ………!!」
「!!け、ケシキ………!!」
一緒に取り残されていたケシキの咳が更に悪化し、更に苦しそうにしているのだ。

「(そりゃそうだよなぁ……此処の空気、明らかに元の世界よりも薄いもんなぁ!!)」
苦しむケシキの背中を、チハヤは何度も擦る。
「みゃ……みゃあ!」
すぐ隣に居たニャオハも、心配そうに声をかける。
しかし返事をする余裕すらも無いほどには、ケシキは苦しんでいる。

「げほっ……ほっ……」
悶えるケシキだったが、域がやや落ち着いたのか少しばかり顔を上げる。
そして近くに居たニャオハを抱き上げると、おもむろにその背中を口元へと押し当てたのであった。
「すーーーーーーっ………はぁ……はぁ………はぁ………」

 傍から見れば、ペットに対する変態的な行動に見えなくもない。
が、本人からしてみれば至って真剣な応急処置なのだ。
ニャオハの身体から発される香りには、心身を落ち着かせる効能がある。
根本的な治療にはならないが、いざという時には役に立つのだ。
「(そうか……それでコイツ、いっつも外にいるときはニャオハを連れ歩いてんのか……)」
応急処置が功を奏したのか、ケシキの呼吸は徐々に落ち着いていく。

「はぁ……はぁ………」
「だ、大丈夫なのかよ?」
「……すまない。もう大丈夫だ。ごほっ……」
まだ咳は混じっているものの、それでも言葉を喋れる程度にはなっていた。
ニャオハを抱きかかえつつ、近くの岩場に腰を下ろす。

「そうか……それならよかった。」
胸を撫で下ろしたチハヤも、近く……否、それでもケシキから数メートル以上離れた場所に腰を降ろした。

「……?なぜそんな離れた場所に……?」
「いや……そのニャオハ、俺の事を嫌ってるみたいだからさ。あんま近づいちゃいけねぇなって思って……」
実際、ケシキの腕に抱かれているニャオハは……チハヤの方を見ると、少し調子の悪そうな顔をしている。
「ふしーーーーっ」
自分のトレーナーの介抱をしてもらっていた関係上、あまり大っぴらに敵視は出来ないのだろうが。
それでも、やはり苦手意識を払拭する事はできないようだ。
「そうか……それは、すまない。」
「いやいや、コイツは悪くねぇよ。元々俺、ポケモンには嫌われやすい体質なんだ。」
チハヤは苦笑いを浮かべつつ答えた。

「ポケモンに嫌われやすい……?それでよく養成プログラムの申請通ったな!?」
「まぁな。テイルには色々工面してもらってさ。お陰でなんとか入れたっつー訳だ。」
「な……なるほど……あの先生がお前の担当教員……というわけか。」
そんなチハヤの事情に驚くケシキ。
実際、ガケガ二の一件から、彼がとてもこんな場所に来られるような人間だとは思えていなかった。
が、その疑問はテイルの名前を聞いた直後にある程度は払拭された。

「……しかし、ではあのシキジカやパピモッチはなぜお前を?」
「いやぁ……俺もよく分かんねぇんだよな。一部のポケモンは俺を嫌わないんだけど……違いとかは全然さっぱりでさ。」
「そうなのか………」
「お前、何かわかったりしない?」
せっかくならば、とチハヤはケシキへ質問を投げかける。
「そうだな……強いて言えば、色が少し違う。お前のシキジカとパピモッチは、少し体色が濃いように感じる。」
「あー……そういやシラヌイも言ってたな。俺には何が違うのか全然分からねぇけど。」
「まぁ、仕方あるまい。シキジカもパピモッチも、GAIAの敷地内には生息していないはずのポケモンだからな。」
「え、そうなの?お前、マジでポケモンに詳しいんだな……レンジャー科でもないのに。」
パッとポケモンごとの情報を引き出せるケシキの知識量には、チハヤも感心するばかりであった。
彼はGAIAのどこにどのようなポケモンがどの程度生息しているかを、正確に把握しているのである。

「まぁ、故郷のブラッシータウンの大会とかにも出ていたからな。」
「え、マジで!?じゃあ経験者じゃん!」
「あぁ……一応優勝もした。親父のポケモンだったけどな。」
「すげーーーーー!!」
どうにもケシキは、トレーナーの経験が少しばかりあるようだ。
そしてその素質も、十分すぎるほどにある。

「……だが、それでも俺は境界解崩ボーダーブレイクは開花しなかった……!!クソッ、一体なぜ……」
「まぁまぁ……そう焦るなって。まだ初日だろ?これから開花するかも知れねぇじゃんかよ。」
「それじゃ遅いんだよ……!!俺は、親父に認めさせないと…………げほっげほっ………!!」
「あぁコラコラ、落ち着けっての。また悪化するぞ。」
昂ぶるあまりまた咳がぶり返してきたケシキをチハヤが宥め、ニャオハも心配そうに見つめる。

「っつーか、何をそんなにムキになってんだよ。前に実家がどうこうって言ってたけど……」
逸るケシキの所以が気になったチハヤは、彼に尋ねてみることにした。
すると深呼吸を挟み、彼は語り出す。
「………俺は、ガラルの大銀行『ドラクサイド・バンク』の長男だ。それはお前も知ってるだろ?」
「まぁ、うん。」
「だから順当に行けば、このまま俺が社長になる予定だ。」
事実、彼の態度を見れば決して不真面目な人間ではないことは分かる。
恐らく、七光りであることを考慮に入れても、彼がそのポストに相応しいことは疑う余地はないだろう。

「が……親父はそれを認めてくれなくてな。」
「あ……もしかして、お前のその体調が原因?」
「ご明察。俺が慢性呼吸器不全なことを理由に、社長の座には就かせない……と親父は言ったんだ!!」
「………。」
その理由はわからなくもない。
確かにケシキの苦しむ要素を見れば、激務が予想されるであろう社長の職を任せたくない……というのも納得がいく話だ。

「だが、その親父は今経営を大きく傾けている!古き取引先を切り捨て、新規事業にばかり投資した結果、ドラクサイドバンクは火の車だ!!幹部も皆無能ばかり……あのままでは、歴史あるドラクサイド・バンクは潰れかねん!!」
「……だから、自分の手で銀行を立て直すために?」
「そうだ。例え親父の後を継げなかったとしても、ジハードの選手枠で入社ができれば会社の状況は大きく変えられる。」
そうだ。
ケシキはケシキなりに、この養成プログラムに賭ける思いがあるのだ。
だからこそ、彼は負けられない。
……負けられないがゆえに、焦るのだ。

「そっか………いやー、しかし今日は色々話してくれるな。昨日の始業式とはエラい違いじゃねーか。」
「………こんなワケの分からない場所にいるからだ。精神が狂わないようにするには、些細な会話でもしておいた方が合理的だろ。」
「まぁ、そりゃそーですけど。」
少しでも距離が縮まった、と感じたチハヤであったが……相変わらずケシキの態度は冷たいままだった。
やはりすぐに打ち解ける……ところまでは行かないようだ。

「しかしワケの分からない……か。うん、今回も相変わらずワケが分からねぇな。」
「ん?今回も・・・だと?お前……前にも災獄界ディザメンションに来たことがあるのか!?」
「え?ま……まぁ、一応あるぜ。」
「ほ……本当か、それは……!!」
ケシキは息を呑んで驚く。
事実、災獄界ディザメンションについての情報は学生らには殆ど知らされていないが……
少なくとも、帰還者を見たのはケシキにとっては初めての出来事であった。

「でもまぁ、前来たときはこんな場所じゃなかったんだけどな………」
そう言いつつ、改めてチハヤは周囲を見渡した。

 地面は普通の岩肌が広がる緩やかな丘陵だ。
しかしそこから生えてきているものは、巨大な昆虫の翅、古風な長屋のような建物、黒色に燃え盛る炎の柱……と、相変わらず不可解なオブジェクトばかりである。
空に至っても緑と紫の混ざったサイケデリックな色をしており、その色彩は相変わらず混沌極まるものであった。

 だが、それが功を奏した。
空の色とのコントラストのお陰で、空中に漂う赤い影に気づくことが出来たのだから。
「あ……アレは………!!」
まるで翼のように長く伸びた頭のとさか、地上からでも分かるほど目立つ黒い喉仏。
そう……少し前にテイルを諌めた、コライドンリコレクトと呼ばれる存在だ。
「アイツなら何か知ってるかもしれねぇ……!おーーーーーーーーーーーーい!!!」
チハヤは上空を横切っていくその影に向かって、大声で叫ぶ。

「お、おい……そんな大声を出して大丈夫なのか!?」
「しゃあねぇだろ!!こうでもしねぇと帰れないかもしれないんだから!!おーーーーーーーーーーーーい!!」
懸命に叫ぶチハヤ。
しかし残念ながら、彼が此方に気づく様子は一切ない。
やがて彼は雲の隙間へと消えていき、姿は一切見えなくなってしまったのであった。

「くっそー………駄目かー…………!!」
「な……何なんだ、あのコライドンみたいなやつは……!?」
チハヤの奇行に驚くケシキは、恐る恐る尋ねる。
「いや、俺もよく分からねぇんだけど……とにかくこの世界に詳しい奴みたいでさ。」
「く、詳しいやつ……?コミュニケーションが望めるのか!?」
「そりゃ人語を喋るし……。」
「人語を喋るポケモンだと!?そんなものが居るわけ無いだろう!?」
ケシキの感想は最もであった。
ポケモンが人語を喋ることなど本来ありえないことだし、2週間前のチハヤだって同じことを思っていた。
「(まぁ、その反応が普通だよなぁ………)」
そんな事を考えていた矢先であった。


 急に空模様が変わり始める。
緑と紫に染まっていた筈の空が、突如濃紺色に染まり始める。
そして青白い雨のような液体を振り落としながら、数発の落雷を轟かせ始めたのである。
「て、天気が急に変わった……だと!?」
「みゃお!?」
まるで高山のように急に変わる天気に、ケシキらは驚きを隠せない。
先程まで晴れ渡っていた(?)空は、急に土砂降りの大雨と化したのである。

「しかし何だこの妙に質感の違う雨は……気味が悪い!とにかく、雨宿りだ……!」
ケシキはゆっくりと立ち上がり、近くにある長屋のような建物を指差す。
が……
「お……おいお前。一体どうしたんだ……!?」
チハヤはというと、震えた様子でその場に立ち尽くしていたのであった。
「この空気………この雰囲気………」
どことなく覚えのある光景。
覚えのある音。
彼は根拠こそ無いものの……本能的に、あるもの・・・・が近づいていることを察知していた。
「間違いない……『ヤツ』が来るッ……!!」
「や……ヤツ……!?」

 チハヤがそういうやいなや……落雷の勢いが更に激しくなる。
そして遂には彼らの眼前にて数発、特大の雷が落ちてきたのだ。
やがて閃光がフェードアウトし、その場所にはひとつの影が現れた。

「なーーーーーーんか聞こえたなァ………クッッッッッソ不快極まる、ムカつく声がァ…………!!」
そこに居たのは、青いロングコートを着用した長身の男性だ。
青のオールバックに白髪が混じっているのが特徴的で、非常に鋭い目つきと歯をもっている。
荒々しさの中にどことなくミステリアスな雰囲気を醸し出している。
無論……こんな人物をチハヤは知らない。
しかしその声だけは……明白に覚えていた。

「お、お前は……あの時のボルトロスッ………!!」
「あ゛ぁ?テメェ………あぁ、そうか……!!この間俺らの廟に立ち入った馬鹿………!!」
人の姿をしているものの、その気迫と粗暴さは間違いなくあのボルトロスのものであった。
あの時と同じく、大変に虫の居所が悪いようだ。
「(確か名前は『ホーン』……テイルと同じ、忌刹シーズンってやつか……!!)」
仮称・ホーンと呼ばれるその男は、チハヤのことを見下すように睨みつけてくる。

「おいそこの馬鹿……テイルの奴はどこに居やがる?俺はあのクソアマに用があるんだ。」
「いや、此処には来てねぇ。俺とコイツだけが飛ばされたんだ。」
「なんだと………ナメてんのかゴラッ!!?」
チハヤはただ事実を言っただけだが、どうにも目の前の彼は冷静に話を聞ける状態にないようだ。

「て、テイルとアンタの間に何があったんだよ……!?」
「俺らはアイツのせいで……今まで積み上げたモンを全部パァにされたんだ!!おまけに仲間たちも皆散り散り……アイツのせいで……アイツのせいで全部台無しだクソがぁああああああああああッ!!」
ホーンが怒鳴り散らすと同時に、近くの空から数発の雷が落ちる。
どうにもこの周囲の天候は、彼の感情にある程度左右されているようだ。

「そんなに会いたいなら災獄界ディザメンションを出ればいいじゃないか!」
「それが出来たら苦労はしてねぇッ!!!!クソッ……クソクソクソッ………アイツ、一体なぜだ…………!!!!!」
取り乱し、ホーンは顔を掻き毟る。
テイルに対しての憤りは、見るに余程のものらしい。

 あまりにも興奮極まっているホーン。
その様子を見て……
「ち、チハヤ……これは………」
「みゃお………」
一歩ずつ後ずさりながら、ケシキはチハヤに語りかける。
その動作から、彼の言いたい内容はみなまで言わずとも明白であった。

 間違いなく、この場は逃げた方がいい……と。
話し合いでどうにかなる類の相手ではない……と。
事実、ケシキの其の判断は間違っては居なかった。
下手に付き合うよりも、さっさと逃げたほうが得になる……と。

 だがしかし。
ケシキが数歩後ろに下がった其の直後、ホーンは右手を伸ばして火花を放つ。
その火花は運悪くケシキの首筋にヒットし、彼を膝から崩れ落ちさせた。
「ッ………!!」
「け、ケシキッ!!!」
「おいゴラそこの雑魚ッ!!何勝手に逃げてんだ……テメェ、俺の許可なく動くたぁ良い根性してるじゃねぇか……!!」
どうにもホーンは、逃げることすらも許してくれないようだ。
あまりにも理不尽が極まり過ぎている。

「あーーーーーどいっつもコイツも俺をナメやがって………テメェらは特にムカついた!!!爪先から耳の先まで……少しずつ削り取って殺してやる………!!!」
そう叫んだホーンは、腕の袖をめくる。
めくった腕から放たれる火花は、徐々に具体的な形を形成していく。
やがてそこに現れたのは、約十匹ほどのオレンジ色のポケモンであった。

「がじじーーーーーーーーっ!!」
「がじーーーーーーーーーーッ!!」
「こ、コイツは………!!」

 小さな身体に黄色い頬袋……ねずみポケモンのパモだ。
可愛らしい見た目ではあるものの、顔つきは殺意に満ち満ちている。
パモの群れはチハヤと倒れたケシキを追い詰めるように、じわじわとにじり寄ってくる。
「(これ……あの時と同じじゃねぇか!!コイツ、ポケモンを呼び出せるのか………!!!)」


「さぁ俺の使い魔どもッ、その馬鹿と雑魚を噛みちぎれッ!!できるだけ惨たらしくッ!!!!!!!!!!」

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