23.Lumen/ルーメン

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読了時間目安:16分
 ルクスの空を切り裂いていく竜。毒針のような下半身が真っ直ぐに伸びている。冷静になった今では、この異様なポケモンの存在も、アルスが未来人たる理由なのだろう。雲をかき消していくアーゴヨンの背中に乗った少年は、これから向かう場所をもう一人に尋ねた。

「もしかして、モーン海域に向かってる?」
「ご名答だ」

 滞在していたルクスの中陸からは、北西に向かうアーゴヨン。視界には、小さく映る2つの離れ小島。荒潮の海域に囲まれた、かつてのルクス神話と神殿が存在する地帯。
 トーリは父からルーメンの逸話を聞いたことがあった。中には恐ろしい祟り神としての側面すらあり、このまま行って大丈夫なのかと憂いが過ぎる。この空中移動の手綱を握る男に、「あのさ」と疑問を投げかけようとした。

「待て、前方に――」

 刹那、凄まじいスピードで空を飛んでいたアーゴヨンが唸りを上げる。
 機械じみた号哭に、激しく揺れ動く身体。それは攻撃を視認したという合図だった。少年が落とされそうな勢いに「な、なに!?」と声を上げて必死に掴まる。
 それまで遮光ゴーグルのみだった男が、その時白い仮面を手に取っていた。

「りゅうせ――」

 その瞬間を制したのは、「指示は言わねば通じない」というポケモンとライセンス・ポケモンの差であった。
 迎撃の息吹を上げるのを待つでもなく、赤く洗練された足は突き刺さる。次にはかかと落としが、アーゴヨンらをまとめて叩き落していた。遥か空中から奇襲を受けた。一瞬で戦闘不能となり、落下し続ける毒々しい翼竜。

「……アインス!」
『任せろ』
 
 仮面の男と共に投げ出されたトーリ。彼の意志でミュウツーが実体化し、男と少年をまとめて回収した。迅速な『テレポート』での帰還の最中、アーゴヨンの落ちた位置にアインスは向かう。
 アインスが二人の人間を抱え、地上に降り立つ。遅れて派手な音を立て、翼竜の瀕死体とアマージョが落ちてきた。二人を放したミュウツーは、この奇襲相手をこれから料理してやるつもりである。今一度、臨戦態勢を取るが。

「ま、待って!」

 そのミュウツーと、女に骨棍棒を突き立てるルカリオを止めた声。トーリのものだった。
 既にアルスの意志で攻撃主を探し当て、黒髪の女に『ボーンラッシュ』を掠らんとしている。ゆるりと振り向いた2体。その女性を含めて、全員がトーリを見ていた。

「トーリ、君。どうして君がここに」
 
 アーゴヨンを攻撃したのは、バルジーナに乗ったアマージョであった。
 女性――ミストレイカが、ルカリオの剣幕にも怯まず、白仮面と共にいる少年に呼びかけた。怪訝な目で見たのは、その白仮面も同じく。

「久しぶり、レイさん。出来ればオレから話をさせてほしい」

 振り返った少年。後方の仮面の男に向けてである。
 ややあってから、ルカリオが骨棍棒を退かせた。割れた仮面から男の表情は見えない。「良いのか」とはルカリオを制止した男を見ての、アインスからの疑問だった。
 
「私は構わない。だが見張りは続けさせてもらう」
「……ありがとう、アルス」
「交渉できるならば越したことはない。戦闘のリスクは、常に我々の方が上だ」

 淡々とした少年への譲歩。割れた白仮面の男は既に一歩後退していた。共鳴するルカリオがつられて、男の一歩前を護るようにし、女から離れる。どちらもアーゴヨンを瞬時に墜落させたアマージョを警戒している。
 一方で、奇妙な状況を見ていたミストレイカは思い知らされていた。
 あれだけの奇襲に関わらず、男のルカリオは驚くべき速度で自分を探し当てた。もし波導を同時に使えるならば、相当な集中と判断力を要するはずだ。少年が止めなければ、危険だったのは自分自身――敵として想定していた者らは遥か格上の使い手という、何とも残酷な事実が判るばかり。

「トーリ君、無事でよかった」

 それでもこの時に彼女を突き動かしたのは、とても純粋な彼女の感情。行方不明の少年を心配するものだった。
 まだ傷が残る少年を強く抱きしめる。「わっ」と年頃であるトーリが恥ずかしがるのも厭わない。

「ごめんなさい。私は君たちを、お父様を」

 彼女が皆まで言う前に、抱擁した腕から強引に抜けたトーリは首を振る。それはいつか見た気丈な笑顔だった。
 
「レイさん、オレ達はどうしても勝ちたい相手がいる。だろ、アインス」
『……ああ』
「うん、だからごめん。この事件、オレに任せてほしくって」 
 
 前よりも距離が近くなったように見える、少年とミュウツー。彼らのその振る舞いのみで、苦楽を共にし、大きな壁を乗り越えたことが伝わる。彼らに割って入る隙は、今の自分では見つけられそうにない。
 彼女を静かに見つめていたアマージョに、ミストレイカは観念したような悲しいような、笑みを向けた。
 
「そう……わかった。君たちの邪魔はしない。だから」

 ミストレイカも全くの成果なしでここまで来たわけではない。彼女は単独で二匹のミュウツーと、この土地の因果関係を調べ、たどり着いたのは一つの仮説。過去の海堂博士を一時的な昏睡状態にしたのは、このルクスの唯一神という結論。

「……私では会えなかった。代わりに確かめてきてほしい。ルクスのルーメンが何なのかを」
 
 着ていたライダースジャケットから、とあるものを取り出して少年に渡す。それはビニール袋に入った、紅く黒ずんだ結晶体の一部だった。
 
 
 ☩

 
 ルクス諸島北西、モーン海域にある離島のうちの一つであるルイン島。この場所は、光の祭壇と呼ばれるルーメンへの祈りが込められた土地である。
 その道中にミストレイカと交戦になりかけたトーリとアルスだが、交渉した結果、むしろルーメンの情報を彼女から手に入れていた。海域の小島までは、幸いにも墜落地点からそれほど距離がなかった。

「アルスは、コレが何だか判る?」
「流石に見ただけで判別はできないな。しかしある程度の予測はつく」

 少年が遮光ゴーグルの男に見せた、袋に入った結晶の欠片。砕けたように割れており、何となくだが不気味さを感じていた。
 少年の周りを警戒をし続けるミュウツーと、男の後ろを行くルカリオ。二人の会話は続くが、戦闘を担う方は黙り切ったままに集中している。

「……ルーメンの一部、力の残滓というならば分かりやすい」
「これがルーメンの?」
「そう。あの黒いミュウツーのように、身体の一部に宝玉を持つ種族は多い」
 
 男が静かに予想の続きを口にする。ルーメンの持つ力が形として表れたのがあの結晶体であるという。この重要物を手渡した女の言葉を思い出す。
 神話に語られるような存在とこれから出会う。未だ現実離れしているような気さえした。そぞろとトーリが周囲を眺めていると、違和感に気が付いた。

「え――」

 突如として、トーリの持っていたはずの結晶体は溶けてなくなっていく。袋はそのまま、中身のみが雪解けを思わせる速さであった。見るからな異常事態だが、驚くよりも早く事象は畳みかける。
 隣で男の持っていた松明の火が揺れた。警戒を込め、波導を手繰ったルカリオが臨戦態勢に入る。

『どうした、トーリ!』
 
 これまで見えていたはずの視界がなくなり、激しい耳鳴りは唸る。吐き気すら催す強力な力が少年をねじ伏せた。これ以上、ここにいてはいけないという警告。明らかな第三者からの敵意だ。

「エスパーの、攻撃だな。かなり強力だぞ」
「ヤバいな吐きそう。オレは多分、何もできない。アインス……!」
 
 意志を持つ人間がどちらも伏せった。動けるのは二人のポケモンのみ。
 まずルカリオが動いた。生物の波導を感じとる力を頼りに、この場所で飛び回る者を確認。姿が見えないが、魂を感知するルカリオには容易だった。視認ができない存在を、睨みつつももう一体に伝える。瞬時に動いたミュウツー。

『そこか、臆病者め』

 ルカリオの波導マーカーを頼りにした『シャドーボール』。暗黒の塊が何かにぶつかり、鈍い音を立てる。「きゃっ」という短い悲鳴。その見えぬ存在からだろう。当たったと同時に、トレーナー二名は激しい神通力から解放された。
 倒れた透明な何か。ルカリオがすぐさま青い棍棒を右手に構え、ミュウツーが睨みを利かせると。
 
 
【……仕方がないな。私の負けだよ、蛮族共】

 呆れたようなため息と共に聞こえるテレパシー。声の主が、その姿を徐々に露わにしていく。

【私がルクスのルーメンだ】

 琥珀の瞳がトーリ達を捉える。自らを名乗ったルーメンは、神話の姿とは到底似つかない姿だった。青く美しい体に、宝玉を額に模した小柄。静謐さの中に、子供めいた愛くるしささえ見える。他地方の学者たちは、このルーメンの名を――意志の神アグノムと呼んだ。
 尾から伸びた触手のような部分を掲げ、先の対になった紅玉が両方光る。先ほど持っていた結晶体によく似ていた。ミュウツーがトーリを庇うように立ち、炯眼を向ける。

『貴様か。お前には払ってもらいたいものが、山ほどあるが……!』
【やめたまえよ、白い方。君が私を攻撃しても意味がない】

 再び牽制の攻撃を目論見たミュウツーを止める、「待った」という少年の言葉。相方が不満に見つめる中で、ルーメンの神秘と空虚が混在する金眼と、目が合ったトーリは続けた。

「その言葉、本当ならさ。この事態――サイコブレイク・ダウンは、キミのせいじゃないのか」
【そうだよ。当たり前。私がそんなことをする理由はないからね】

 トーリは思わず、隣に立っていたアルスと顔を見合わせていた。
 てっきり、このルーメンの仕業か何かで、大量無差別な昏睡という事態が起きているのだと。少年は思い込んでいた。ルーメンはテレパシーを淡々とトーリ達に送り続ける。

【この地方の人間の昏睡が起きているのは、私と私の“兄弟”に、深刻な異常が起きたからだ】

 ルーメンことアグノムは、人間の理解を確かめるでもなく説明を続けた。
 ルクスの神話において、ルーメンは唯一神であったが実態はそうではない。顔のよく似た、別の個体があと2体存在している。彼らはルーメンのように強力な力を持ち、普段は海の底で深く眠っているという。

「成程。ルーメンは複数体で存在したのか」

 ルーメンの性質に憶測を立てていたアルスが頷いた。
 それよりも先が気になるのは、隣で聞いていた少年。急かすように口を開く。
 
「……深刻な異常って何が」
【そこにいる亜人君の片割れが、私の兄弟の力を一部奪っていった。私たちがルクスで支えていた力の均衡が、それから崩れたんだ】

 目の前の小さな光の神は、見せていた姿を透明にしていく。
 透き通る中で、一部が欠けたようになくなっていた。「私の魂だ」とルーメンは抑揚のない声で告げる。このルーメンもまた、あの黒いミュウツーに生命力を奪われていたのだ。

【さて、問題はここからだ。近年のルクスで流行ってる習慣があるだろう。君たちのように人間とポケモンのバディ。君らのように“共鳴”をするトレーナーが、相棒に使用するエネルギーを知っているか】

 静かに少年は問われていた。
 ややあってから「父さんの調べていた精神体、じゃないのか」と尋ねると、アグノムからの返答は「そうだ」と簡素なもの。少年が疑問を投げかけるよりも早く、その続きを発していた。
 
【アレは元を辿ると、“意志を司る生命力”だ。そう、この私が与えている力なんだよ】

 ルクスで行われる、ライセンス式のバトルシステム。根幹となるのが、共鳴と呼ばれるトレーナーからポケモンへの力の譲渡。元となったフェルム地方のバトルは、共鳴石という物体が彼らを結ぶ。しかしルクス諸島はそうではない。
 海堂博士の研究していた未知の生命力の正体こそ、このルーメンがルクスの人間に与えていたもの。波導とも似たエネルギーは、人間とポケモン、それぞれの意志に呼応していた。これがたった今、ルーメンが語った内容である。深刻な異常とは、彼らからの力の供給に頼るこの現状によるものであり。
 ――このサイコブレイク・ダウンとは、アグノムと繋がり続ける島の人間の意識下に起こった、精神接続の断絶であった。

「えっとつまりさ。共鳴できるのはキミたちのおかげ。でもキミがアイツにやられたことが、全ての原因ってこと?」
【言い方は不服だが……簡潔さを求めるなら、そうなるだろう】

 アイツと言った時点で、トーリは隣に立つミュウツーを見ていた。気がかりだった。アインスがこうして少年の隣にいられるのは、ルーメンのせいであり、恐らくはそのおかげだったから。
 小さくも威厳を持つアグノムは、黙ったままのミュウツーを横目に見る。やがてミュウツーの鋭い視線が、ルーメンを貫く。

『……確認しておきたい。私と奴を作ったのも貴様か』
【そうだね。君を雷で引き裂いたのは私だ】

 特に悪びれるでもない、淡泊な告白。
 ルーメンの持つ力は、どれも精神に干渉する力である。他の二神に比べ、アグノムの担うものは魂に最も近い位置であった。故にルーメンを傷つけるとは魂を取られるに同義であり、結果として善と悪の側面にそれぞれ二分された、ミュウツーが生まれてしまう。
 つまりダークミュウツーとは、人間や世界そのものを憎んだかつての分身であった。
 
【何せ、外部因子は取り除いておきたい。いつぞやの“アンブラ”のようになっては困る。外敵がいると、統治に集中できないからな】

 サラリとルーメンは過去にアンブラを退けたことを呟く。ルナアーラとの争いの歴史こそ、少年らがベルデと共に見た壁画。そしてルーメンが未だに恨むという月の祭壇への仕打ちであった。
 その畏怖の象徴へと、口を挟んだのはミュウツー。
 
『どうにも自己中心で傲慢な奴だな。ルクスの神とやらは』
【……力ある者は得てしてそうなる。我々ポケモンは特に、生まれついての力差が運命を決める。故に強者は常に強者だ。そうだろ?】
 
 それは間違いなく、かつてのミュウツー自身に向けられた反撃の一言。
 ルーメンの視線がゆっくりと、ミュウツーから後ろで控えていた少年に移る。渋い顔を向けていた。かつてルーメンが退けた野蛮な人間。ルクスの深淵を知ろうとした男に、あまりに似ていた。
 未来から来た使者は「尋ねたいのだが」とアンブラという言葉に反応する。
 
「ルクスの神よ。そのアンブラがどこにいるか、知らないか」
【さあね。私にも捕捉ができないし、君らの考えは合ってるんじゃない】
 
 ルクス全域にすら精神を張りめぐらすルーメンが、知らないと言った。いよいよアンブラこと、コスモウムの安否の行方は、恐ろしいものになりつつある。
 時間がない。トーリ達の認識は正しく、思考を共有するミュウツーが首肯する。
 
「オレ達は黒いミュウツーを追っている。アイツを倒したら、ルーメンの力は復活するのか」

 逡巡する琥珀の瞳。明鏡止水の美しさを秘めたまま、トーリとミュウツーに向いた。

【……まず間違いなく、この無差別な大量の昏睡はなくなる】
「じゃあ、やっぱり……!」
『あのクソ野郎が、我々の目標となる』

 トーリの空色の瞳は輝く。小さな握り拳。ゆるりと隣を見た男も頷いた。定まった最終目標は、アンブラを救出し、ダークミュウツーを砕くことだ。
 それが、かつての自分との対峙とは、目を瞑って考えていた。アインスだけが、厳しくルーメンを見たままだった。「君はもう知っているだろうが」とは、その時ルーメンから向けられた無表情な言葉。

 
【あの黒いミュウツーを消せば、片割れである君もいずれ消滅する】

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