捜査開始

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読了時間目安:20分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 かくして、あたし達に出動の時が来た。
 素早く身支度を整える。
 まず、「PSS」と大きく書かれた赤いジャケット――マーシャルジャケットを着る。耐熱性・耐寒性・衝撃吸収性・防刃性を合わせ持つ特種繊維でできた防御ジャケットだ。
 そして、捜査に必要なアイテム。
 バトルレコーダー、ポケモントレーサー、そしてシルフスコープ。どれも民生品だけど、捜査には絶大な威力を発揮するアイテムだ。もちろん、ボールも忘れずに持っていく。
 何らかの事情でポケモンが使えなくなった時のための、催涙スプレーも用意する。
「それでは頼むぞ、2人共。アスカ君、これで挽回できなかったら謹慎処分にしてやるからな」
「わかってますよ。同じミスはもう繰り返しませんって」
「では、行ってきます」
 タクミが先に事務所を出る。
 あたしも、その後に続いて出ようとしたけど、
「アスカ」
 急にハルナおばさんに呼び止められた。
「何、おばさん?」
「あなたがポケモン犯罪を許せない気持ちは、わかっているつもりよ。でも、決して色眼鏡で事件を見ないで。真実が見えなくなるわ」
 む。
 これから意気込んで出発しようって時に、何でこう、おばさんは何となく癪に障るような事を言うんだろう。
 まあでも、おばさんがおばさんなりにあたしの事を心配してくれているのはわかる。
「……わかってるよ」
 それだけ答えて、あたしは事務所を出た。

 ビルの1回にある駐車場から、あたしとタクミは自動車に乗って出発した。
 この自動車は、青いパトライトを付けられる事以外に、特別な機能や見た目はない。早い話が、覆面パトカーみたいなものだ。今は特に急ぐ用事はないので、パトライトは付けていない。それでも、万が一に備えてシールドは積んである。
「にしても、振袖の女の子に絡んで殺されるなんて、チンピラ共も自業自得じゃないか。女の子の気持ち考えたら、捜査する気が失せるよ」
 運転席でハンドルを握るタクミが、そんな不謹慎な事をぼやいた。
「何言ってるの。仮にそうだとしても、過剰防衛になるじゃない。殺すなんて度が過ぎてる。それに、殺す相手を見つけるために向こうがおびき寄せたのかもしれないでしょ」
「……容赦ないなあ、アスカちゃんは」
 おおこわ、と軽く考えているのが丸わかりな答えをするタクミ。
 容赦ないとか言うけど、あたしはタクミの方が優しすぎると思う。
 動機がどうあれ、犯罪をした人間が許されていい訳がない。罪を犯した以上は、誰であろうとそれ相応の罰を受けるべきなんだ。
 絶対に捕まえてやる。
 決心を固めたあたしは、予め忍ばせておいたアルミ缶を取り出して、タブを開けた。
「で、これからどこ行くの?」
「とりあえず、まずは剣の専門家――ってちょっと! 何飲酒してるんだよ!」
「大丈夫、ノンアルコールだし。これがあたし流の必勝法なの」
 驚くタクミをよそに、あたしはノンアルコールビールをぐいっと口に運んだ。
 ああ、おいしい。『本物』じゃないとはいえ、やっぱお酒を飲むと力がみなぎってくる。体の痛みを忘れてしまうほどに。
 自慢じゃないけど、こうやって酒を飲んでからしくじった経験は今の所ない。やっぱスピアー退治の時も飲んどくべきだった。
 本当なら『本物』の方がいいんだけど、これが問題行動な事くらいわかってる。それでも元気になりたい時はノンアルコールでも飲みたくなる。
 それだけあたしは、酒が好きで好きでたまらない訳。
「所長には内緒にしてね!」
 でも、所長に通報されたら大変だから、タクミにウインクしつつ釘を刺しておいた。

     * * *

「ポケモンを切れる剣? いくら刀を何十年作り続けた職人でも、そんなもの作る事はできませんよ」
 話を聞いた刀職人は、笑いながらそう言った。
「例えばこの刀は、エアームドから抜け落ちた羽根を使って作ったものです。さすがはイバラの中で鍛えられた金属、このように切れ味は抜群です」
 職人は、右手に持った日本刀の刃に、左手でキュウリを押し当てた。
 キュウリは、まるで紙切れのようにざくりと簡単に切れてしまった。
「ところが、こんな刀でもポケモンの前ですと――」
 職人が手招きすると、隣に1匹のポケモンがやって来た。
 桃色のボディと、首や耳に巻かれたリボンが特徴的。むすびつきポケモン・ニンフィアだ。
 そんなニンフィアの頭を、職人は刀の刃で思い切り叩いた。
 痛い、とばかりに鳴き声を上げるニンフィア。
 普通こんな事したら、大変な事になるくらい容易に想像がつく。
 でもニンフィアの頭は、切れてもいなければ血も出ていない。
「見ての通り、叩いて切れない押して切れない引いて切れない。どんなに切れ味のいい刀でも、ポケモンを切る事はできないんです」
 昔の芸みたいに、ニンフィアの頭で切れない事をデモンストレーションしてみせる職人。
 それが終わると、ごめんなニンフィアちゃん、と丁寧に頭を撫でて謝る。当のニンフィアもそれほど怒っていないようだ。
 ……うん。この人は男の割に結構かわいいもの好きのようだ。
「じゃあ、その刀を“なげつける”でそのニンフィアに使ったら、どうなるんです?」
 念のため、あたしがそんな事を聞いてみると。
「……む。よかったら試してみます? あなた方のポケモンに」
 うちのニンフィアにはしないでくれ、とばかりに「あなた方の」を強調して言った。

「全然話にならなかったな」
「ほんと」
「剣術の専門家に聞いても、『ふざけてるのか』って言われて返されちゃったし。念のためと思って調べて損したな」
「やっぱ、ポケモンを使ったトリックとしか考えられないか……」
 車を停めてある駐車場の前に来たあたしは、タクミとそんなやり取りをしていた。
「こうなったら、作戦変更だ」
「作戦変更って、どうする気なの?」
「……それはこれから考える」
 あたしもタクミも、この聞き取りが空振りになったらどうするか全然考えてなかった。
 しばし無言で考えてしまう。
 そうしていると、あたしはふと思い出した事があった。
「そうだ、こういう時は足元を固めよう!」
「足元を固めるって?」
「戦力の強化って事!」

 かくして、あたし達がやってきたのは、ちょうと近くにあったポケモンの育て屋さんだ。
 前から世話になっているここに、あたしは預けていたものがある。
「ブイちゃん!」
 あたしが出迎えると、しんかポケモン・イーブイが元気よく飛びついてきた。
 抱きしめるだけで、あたしは自然と笑顔になった。
 ああ、安定のもふもふ感……さすがうちの癒し要員……
「前にも増して元気そうじゃない! 鍛えた成果かな?」
「ああ、この子はかなり筋がいい! もうポケモンマーシャルの仕事も立派にこなせるレベルになってるぞ!」
 育て屋のおじさんも太鼓判を押している。
 そう言われると、ちょっとその実力を見てみたくなる。
「へえ、どんな感じ?」
 本人に聞いてみる。
 すると、ブイちゃんは見せてあげるよ、と言わんばかりに、受付の隣にある試し打ち部屋に駆けていったものだから、後を追いかける。
 ブイちゃんは部屋の真ん中にあるハリボテに、一直線に突っ込む。
 それはそれは激しい勢いで“たいあたり”してハリボテを一撃で粉砕した。
 すごい威力だ。というかこれはもう“たいあたり”じゃない。
「おお、“すてみタックル”覚えたんだ!」
 あたしが拍手すると、ブイちゃんは見たか、とばかりにすました顔で行儀よく座る。
 でも、反動ダメージのせいか、すぐにこてん、と倒れたけど。
 いやあ、そういうところもかわいいなあ、この子は。
「ところでアンタ、イーブイを何に進化させるか決めたか?」
 ブイちゃんの愛らしさに惚けていると、ついて来たおじさんに痛い事を聞かれた。
 イーブイというポケモンは、9つもの進化の可能性を秘めたポケモンだ。
 どういうポケモンに育てたいかをよく考えて進化先を選ばないといけない、将来設計が大事なポケモンなんだけど、生憎あたしにはまだ、そういうビジョンがない。
「あ……まだ考え中です」
「考え中ってアスカちゃん、前『ほのおのいし』あげたじゃないか」
 そして、今度はタクミから痛い指摘。
 実はあたし、進化の選択肢の1つを持っているのだ。
 今でもジャケットのポケットに入っているそれは、進化の力を秘めた石のひとつ、『ほのおのいし』だ。
 ブイちゃんがそれに触れれば、たちまち進化が始まる。
「アスカちゃんがほのおタイプ嫌いを克服できるようにってあげたんだぞ?」
 そう。
 タクミはそういう理由で、あたしに『ほのおのいし』をくれた。
 とは言っても、やっぱりためらいがある。
 こんなかわいいブイちゃんが火を吹くようになったら、今まで通りに見れなくなる気がして、顔の火傷跡が疼きそうになる。
「……わかってる。わかってるけど、さ」
 言い分はわかるけど、気持ちはそう簡単に割り切れない。
 もう二度と治らない、火傷した顔に触れる。

 思い出すのは、幼い日の記憶。
 放火された家。
 炎に囲まれて、逃げられなくなった幼き日のあたしと、ラルトスだったエルちゃん。
 そんなあたし達に、黒い悪魔のようなポケモンが、あたしの顔面に毒交じりの忌まわしき炎を浴びせて──

「とにかく、早く決めた方がいいぞ!」
 おじさんの呼びかけで、あたしははっと我に返った。
「イーブイはアンタと仲いいんだから、迷ってる内にエーフィかブラッキーになっちまうかもしれないからな!」
 うわ、それは困るな。
 一度進化したら戻れないんだから、ちゃんと後悔しないように決めなければ。
「そ、そうですね! できるだけ早く、決めます!」
 とりあえず、苦笑いしながらごまかすしかなかった。
「ああ、そうだそうだ。石と言えば」
 すると、おじさんが何か思い出したように受付に戻っていく。
 あたしはブイちゃんを抱えながら受付に戻ると、
「これの修理も終わっているぞ」
 おじさんが、2つのブレスレットをあたしに差し出した。
 それは、遺伝子のような模様が入った石がついた、大きなブレスレットだった。

 育て屋さんから受け取るものを全部受け取って、あたしとタクミは駐車場に戻ってきた。
「今度の事件はまた大変そうだから、ブイちゃんの力、期待してるからね!」
 ブイちゃんを入れたスーパーボールに、あたしはそう呼びかけながら歩く。
 傍からタクミが微笑ましい視線が気になるっちゃ気になるけど、そんなのは無視だ。下手に口出ししたら、また気障な事言い出すだけだし。
「さーて、それじゃ気を取り直して──ん?」
 そうつぶやきながら自動車に乗ろうとした時。
 何気なく目に入った人ごみの中に、一際目立つ人影を見つけて、立ち止まった。
 それは、振袖姿の少女だった。
 都会の中ではあまりにも異質な桃色と紫色の振袖は、そこだけ空間が切り取られているような錯覚をさせた。
 少女は色黒の肌を持ち、花の髪飾りを付けている。長い髪を袖と一緒にゆらりと揺らしながら歩く姿といい、振袖姿がとても似合って見えた。
 草履の独特な足音を立てながら、少女はあたしの前を通り過ぎていく。
「どうした?」
 タクミの声が耳に入ってくる。
「ねえタクミ、一応聞くけどさ、今日お祭りなんてないよね……?」
「え? いや、ないけど」
 そうか、安心した。
 犯人は振袖の少女だったという目撃情報。
 それが正しいなら、今通り過ぎて行ったあの振袖少女が犯人――すなわち、ポケモンリッパーの正体なのかもしれない。
「エルちゃん、起きて。怪しい人見つけた」
 あたしは腰のスーパーボールを2回叩いてエルレイド・エルちゃんを起こしてから、振袖少女の後を駆け足で追いかけ始めた。
 タクミが何か言ってたけど、一切無視。
 胸ポケットにレンズだけ出して忍ばせてあるバトルレコーダーを起動する。
 バトルという名前ではあるけど、基本的には普通のビデオカメラだ。捜査にだって普通に使える。
 相手の許可なく隠し撮りなんてプライバシーの侵害とか言われそうだけど、相手は犯人かもしれないんだ。なりふり構ってられない。
 そうして振袖少女の背後に詰め寄ったあたしは、
「あの、すみません」
 警戒されないように、できる限りいつも通りの声で呼び止めた。
 振袖少女が足を止める。
 そしてあたしの方に振り返ると、一瞬息を呑んだように見えた。
「……はい、何でしょうか?」
 少し間を置いて、振袖少女はとてもおっとりとした声で答えた。
 僅かながら驚いた様子から見ると、手応えありかもしれない。
「ポケモン保安隊の者です。ちょっとお聞きしたい事があるんですけど、いいですか?」
 あたしは、ポケモンマーシャルの身分証明になるマーシャルカードを見せた。
 このカードには、ほうようポケモン・サーナイトの顔をモチーフにしたエンブレムが描かれている。ポケモン事件から人々を守るという意味合いを込めてデザインされたものだ。
「ポケモン、保安隊……?」
 またしてもおっとりとした口調で、じっくり味わうように繰り返す振袖少女。
 その話し方は、いたって普通の少女そのものだ。
 でも、惑わされるな。
 今目の前にいる相手は、連続通り魔殺人事件の犯人なのかもしれないんだ。
 こういう人ほど、心に深い闇を抱えていたりするんだから――
「ああ、ごめん驚かせちゃって。この人ちょっと訳ありでこんな顔してるけど、別に怪しい人じゃないから。安心してくれ」
 と。
 いつの間に隣にいたタクミが、至って親しそうに笑いながら言ってきた。
「タ、タクミ!?」
「ダメじゃないかアスカちゃん。ただでさえそんな顔なんだから、見ず知らずの人に急に声かけたらびっくりされるだろ」
「……あ」
 言われて、はたと気付いた。
 振袖少女が驚いたのは、あたしの顔左半分にある大きな傷跡を見たからだった事に。

「名前は?」
「ツバキと言います」
「お住まいは?」
「ごめんなさい。旅の者でして、家はないんです」
「ポケモンはお持ちで?」
「いいえ」
 近くにあったカフェの屋外テーブルで、聞き込み調査が始まった。
 あたしが質問役で、タクミがメモを取る役だ。
「それにしても、今時振袖で街を歩くなんて珍しいね、君。振袖が好きなの?」
 だけど。
 タクミは初っ端から、不謹慎な質問をしてきた。
「ちょっとタクミ! 何変な事聞いているのさ!」
「いいじゃないか。正しい証言を聞くにはまず相手を和ませなきゃ」
 すぐに耳元で抗議するけど、タクミには全く効果がない。
「はい、まあ……着てると、何だか落ち着きますから……」
 でも、振袖少女――ツバキは戸惑いながらもちゃんと答えてくれた。
 目立つ格好をしているのに落ち着くってどんな神経してるの、とあたしは一瞬変な事を考えてしまった。
「そうだったんだ。ごめん、変な事聞いちゃって。でも――」
 こほん、とわざと咳払いをしてタクミの発言を止める。
 個人的には、あまり話を脱線させたくない。とっとと話を聞いて、こいつが犯人なのかどうかを突き止めたい。
 あたしは改めてツバキをにらみ、ストレートに質問した。
「では、単刀直入に聞きます。最近この街で連続通り魔殺人事件が起きている事、ご存知ですか?」
 ツバキが僅かに目を見開く。
「……はい、ニュースで見た事があります」
「今、その事件の目撃情報を探しているのですが、最近何か不審なものや人を見ていませんか?」
「……いいえ」
 ツバキは妙に目を泳がせている。まるで質問されるのを嫌がっているようだ。
 でも、単に人と話すのが苦手なタイプなのかもしれない。
 そこで。
『エルちゃん、あいつ何かウソついてる?』
 あたしはエルちゃんに、テレパスで呼びかけた。
 すると。
『1つついているな』
 エルちゃんも、テレパスで答えを返してきた。
『それって何?』
『さっきポケモンは持っていないと答えていたが、彼女の体から別の感情を感じる。間違いなくポケモンだ。理由はわからんが、彼女はポケモンを持っている事を隠している』
『そう……』
 さすが、エルちゃんの見立ては正確だ。
 エルレイドには、相手の感情を敏感に読み取る能力がある。だから、捜査の時には生きた『ウソ発見器』として活躍してくれるのだ。エルちゃんがいる限り、聞き込み調査でウソは通じない。
 とは言っても、まだ決定打にはならない。ポケモンの所持を隠しているのには、何か別の事情があるのかもしれない。
 あたしは質問を続ける。
「ところで、ツバキさんは剣術を嗜んでいたりしませんか?」
「え、剣術……?」
 ツバキは少し考え込むと、
「少しだけ……ちょっとだけやった事がある程度です」
 と、結構曖昧な答えを返してきた。
『ウソだな』
『エルちゃんもそう思う?』
『ああ、僅かだが動揺していた。だがオレに聞くまでもないだろう、姉貴。何の後ろめたさもなければ、すぐにやっていると答えられるはずだ』
 やっぱり、何か知られたくない事があるんだ。
 あたしはツバキに揺さぶりをかけようと、あえて遠回しに言ってみた。
「そうですか……目撃証言では、『犯人は刀剣を持った振袖姿の少女だった』って証言がありましてね」
「……!?」
 ツバキが、明らかに動揺した表情を見せた。
 エルちゃんに聞かなくてもわかる。手応えありだ。
「もしかして、わたしを――!?」
「いやいや、顔はまだわかっていませんから疑う事なんてできませんよ。振袖を着た人なんて、他にもいるかもしれない訳ですし」
 あたしは、笑顔を見せながらわざとウソをついた。
 こいつは、間違いなく犯人だ。振袖で街を歩き回る物好きなんて、こいつ以外にもいるとは考えにくい。
 加えて、剣にも関わっているとなれば、もう確定だ。
 とは言っても、何の証拠もなしに捕まえる事はできない。そもそも、民間人であるあたし達は人を逮捕する権限なんて持っていない。
 こいつの事は、すぐにハルナおばさんに調べてもらわないと。
「そういう訳で、お話はここで終わりです。ご協力ありがとうございました」
「はい、こちらこそ──」
 そういう訳で、話を終わらせようとした時。
「危ない伏せろっ!」
 突然タクミが叫びながら、あたしを押し倒した。
 一瞬何か起きたかわからなかったけど、頭上を何か熱いものが通り過ぎた。
 そしてそれは、カフェのドアに当たって勢いよく燃え上がった。
 まさか、火!?
「か、火事だ!」
「誰か、消火器を早く!」
 当然、辺りは大騒ぎになる。
 その一方で、
「ああ……! ご、ごめんなさーい! ほ、ほらアチャモ! あんたもだよ!」
 こっちに向かって謝っている男もいた。煙草をくわえていて、隣にいるひよこポケモン・アチャモにしきりに頭を下げさせている。
「あいつか……!」
 それに気付いたタクミは、すぐにあたしから離れて男に向かっていく。
「そこのあなた! 何やってるんですか! ここはポケモン禁止エリアですよ! あの標識見えなかったんですか!」
「す、すみません……ライターが切れて、どうしても火が欲しくて……ちょっとだけでも、ダメですかね?」
「ダメです! というかポケモンをライター替わりにするなんてやりすぎです! 現にあなたのアチャモ、炎をうまくコントロールできなかったじゃないですか! そういう事があるからポケモン禁止なんですよここは!」
 タクミがモンスターボールに禁止マークがついた標識を指さしながら説教している間、あたしはツバキの様子を確かめようと振り返った。
 でもツバキの姿は、いつの間にかいなくなっていた。まるで隙を突いて逃げたみたいに。

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