7.ステップ・トリーダー

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読了時間目安:13分
 あの敗北は少年に暗い影をもたらす。
 鮮烈な無気力。最強を誇る相方は、たった一人で強敵を粉砕してしまった。自分は見ていただけで邪魔でしかなく、一方で敵は、少年に足りない力を持ち合わせていた。尊敬に値するほどに。何とも項垂れるしかない。

『クソカスが。判り切っていたことだろ』
「……うん。それでもオレは諦める気ないよ」

 すっと立ち上がった紺色の髪の少年。トーリがミュウツーを見ていた。真っ直ぐで澄み切った眼差し。「なにがだ」とぶっきらぼうに問われる。

「キミの相棒になるってこと」

 トーリは笑って見せた。諦めの悪さに呆れるミュウツー。少年との付き合いはまだまだ続くのだと、思わされた。
 少年とミュウツーが、苛烈と化した戦闘を終えたころ。父の使っていたという部屋は散乱を極めた。そして、この戦いにて皮切りとなった女性とトーリは思い出した。

「あ、そうだよ! ミストレイカさん!」

 トーリは急いでミュウツーをライセンス内に格納。真っ先に襲われた国際警察の女性を心配した。一応、戦闘の斜線に入らないようにと、少年は工夫をしていたが。その安否は未だ知らなかった上に、相手があのゼラオラだったから尚更だ。
 
「……死んでないわよ。少年」
 
 ゆるりと、背の高い女性は物陰から姿を見せた。
 よく見ると、彼女の着ていた白のカッターシャツには、ホログラム。服を覆った電影が焼き切れるようにボロボロになっている。公職の人間のみが扱える、攻撃耐性ホロウェアだ。少年は胸を撫でおろした。

「よ、よかった。あの黄色い奴、確か幻のポケモンって聞いてたから」
「ゼラオラね。まさかこんなに早く当たるなんて……悪運が強いんだわ」

 彼女の物言いに引っかかる。「何か知っているな」と思考を共有したミュウツーも同じく。
 国際警察官・ミストレイカは眼鏡を拾い、語った。
 
「あのゼラオラは、私たちが捕捉した違法ライセンスの一種。他にも二人ほど、その使い手らしき人間を確認しているの」
「敵ってこと?」
「おそらくね。君たちを狙ってるのか」

 中でも一番厄介なのと早速当たったのね、と彼女は零した。
 ゼラオラの以外にも使い手がいるということよりも、あのゼラオラ使いが群れるとは思えなかった。組織というよりも、力を持った個人の集まりなのだろう。
 トーリはますます自分が、謎の因果に巻き込まれつつあることに気が付く。ミュウツーなのか、或るいは父親なのか。目的とその糸を垂らした者は不明。

「彼らの目的は不明。私たちはコードネームとして、彼らを〈ファウスト〉と呼んでいる」

 明らかとなった敵の存在。もしトーリとミュウツーが目的ならば、また出会うことも予想できる。
 そうであれば尚のこと。トーリにはとある願望が迫る。黒髪を整えていたミストレイカに、差し迫る勢いで頼みこんだ。

「レイさん、あの。オレを師事してください!」

 ライセンスポケモンとの共鳴でコンビとなり、一心同体のポケモンバトル。ルクス地方での戦い方の心得を知ることだった。


 ☩


 少年の渾身の頼みを、ミストレイカが受けることはなかった。正しくは、「それなら私よりも適任がいる」として会う機会を作ってくれた。
 あのプレハブ小屋には捜査が介入するようだが、彼女が“なるべくは”ミュウツーのことを黙っておくと約束した。しかし口許にあてた人差し指よりも、苦々しい笑みが記憶には残る。あまり期待はできないかもしれない。
 バレイシティの小さな貸し出しスタジアムで、その人物と待ち合わせをすることに。名前も容姿も知っていたトーリが、珍しくそわそわしている。浮足立っていた。面白くなさそうなミュウツーが問う。
 
『フン、大層な人間とは思えんが』
「何言ってるんだ! “才羽ハヤテ”を知らない人はルクスにはいないよ!」

 その名を、ミュウツーが知ったのは今さっきだが、存在自体は確認している。
 というのもこの人物こそが、あのエースバーン・ライナーとタッグを組むトレーナー。バトルキルクスの公式選手である。トーリが年齢相応にはしゃぐ理由だった。
 ミストレイカが彼との連絡手段を持っていたのは、「ライナーの恩人に会いたい」という才羽からの申し出があったという。期せずしてか、彼の相棒はまだ休養中であり、公式試合は無期限休止。恰好の暇を持て余していた。
 白けたような相方が「うつけが」と普段の様子で吐いていると。浮足立つトーリに向かって、手を振る青年が現れた。クリーム色の頭髪が覗く。

「待たせたかな。君が海堂トーリ君だね?」
「は、はい!」

 爽やかな男は、自身の自己紹介をした。知ってはいたが、改めて見ても好青年である。競技界でも屈指の人気があるのも、頷けるというもの。
 少年は、それは感極まったように握手をしてもらった。

「夢みたいだ。あのハヤテ……あ、いや才羽選手に会えるなんて」
「止してくれよ。ハヤテでいいって。それ実は俺の台詞でもあるんだ、トーリ。それから見えないけど、繋がってる“相棒”」

 はにかんでいた表情は一瞬、目線を落とす。一拍の沈黙があった。それが彼の誠意だった。

「本当にありがとう。俺の大事な相棒を救ってくれて」

 才羽は若干涙ぐんでいた。見つめていた少年。胸中にぽつりと沸いた一言。
 
「どういたしまして。でもやったのはオレじゃないから。お礼なら、勝手にやってくれた“アイツ”に言っといてよ」
「大人だな、君は」

 謙遜であると受け取られた。少年からは本心であったが、それならそれでいいかとも思っていた。
 静かに聞いていたミュウツーが「全くだな」と、脳内にて相槌を打つ。今日も元気そうだ。「それより」と話を変える。トーリは才羽へ本題を切り出した。

「オレさ、訳あって強くなりたいんだ。それも短期間で」
「あの人から聞いてるよ。ライセンスバトルを教わりに来たんだろ?」

 頷くトーリに、応えるような目の輝き。
 赤のデザインパーカーを着た青年は「よし」と気合を入れる。進む先には借りていたスタジアムの一室。小規模の戦闘用のエリアホログラムが、既に渦巻く。

「任せろ。俺がトーリ達を一流トレーナーに導いてやる」


 ☩

 
「トーリって相棒と仲が良くないんだろ? あのミストレイカって人が言ってたけどさ」
「仲が悪いってよりも、なんていうか」

 話を振られた少年は困っていた。
 彼、才羽ハヤテは「トーリがミュウツーと接続している」ということまでは知らない。あくまでも実力差のありすぎる、いわくつきポケモンと組んでいる。その程度の事実を知るだけだ。
 才羽ハヤテ自身が、現在も戦闘は不可能なので、二人はまず映像を見ながらこうして話していた。練習部屋のパソコンには、ハヤテとエースバーンの試合の一幕。

「基本となる共鳴は、まあできてるだろう。だったらその先だな。その感じだと“共鳴バースト”もまだか」
「……極限まで、ポケモンとの意識共有がされた時の現象だね」
「そうそう。昔は“メガシンカ”なんて、一部で呼んだらしいけどさ。今じゃあんまり見る機会もないよな」

 映像に映るエースバーン・ライナーは虹色の光に包まれていた。オーラとも形容できる。
 元から高い瞬発力はさらに跳ね上がり、『ブレイズキック』の激しい応酬が相手を襲う。わざの威力とポケモン自身の身体能力の強化。それが共鳴を超えた、共鳴バーストだ。

「これは一時的だが、非常に強力だ。一番手っ取り早いのは、この共鳴バーストまでたどり着くこと。ただし」
「ポケモンとの絆が必要不可欠……だよね」
「その通り。だから俺が教えるのは、その他の細かいことだな」

 ぺたんとデスクへ頭を載せた少年。濃紺に混じった金髪を手で触っていた。
 隣の特別講師は意気揚々と続ける。ここからが彼らの知るべき“戦術”に値する部分だ。

「ポケモンへの指示は出せてるか?」
「いいや。そもそも聞いてくれやしないし」

 「当たり前だろう」話を聞いていたミュウツーが続く。
 流石のハヤテにも、この傍若無人は扱えないのではないか。あまりにもこの地方のバトルは、ポケモンとの信頼関係が前提すぎる。それは間接的な父への非難でもあったが。
 
「そうか。それならそれとしてアリだ。一つの在り方だよ」

 意外なことを言うハヤテ。てっきり、ポケモンとの仲良し講座が始まるんだと、少年は思っていた。

「相棒は戦闘に自信があるんだろう? だったら自由にさせてやるんだ。その方が上手くいくパターンもある。ウチのシュウがそうだった」
 
 そういうことかと納得がいく。
 あの赤髪の男もミストレイカも、指示を逐一出すタイプだった。だから少年には、戦闘への先入観があったが、そもそものミュウツー単体の強さはよく知っている。ならば自分は違う形で、戦闘に参加するほうがいい。
 話を聞く中、後半に出た名前には聞き覚えがあった。
 
「シュウって、御影選手?」
「そう。元チームメイト。俺やカガリと違って、アイツは器用だからな。ポケモンに合わせてやり方を変えてた」

 才羽ハヤテの顔つきが少し変わる。瞳を臥せっていた。
 トーリは先の事件を思い出した。被害者は自分の父親だけではないのだと、強く再確認する。
 次に、彼のインタビュー記事を記憶から引っ張り出す。もともとは三人のチームを組み、“ユナイトバトル”の競技者だった。しかし団体戦よりも、個人技を得意とした彼らは、エオス島からルクス諸島へと戦いのフィールドを変える。御影シュウはそのうちの一人だ。

「すまん、話がずれた。つまりだな、その放任タイプはどうしたらいいと思う」

 しばし考える濃紺髪の少年。
 この前にゼラオラを活かしていた男を思い出す。相棒の持つ技の特性を熟知し、ミュウツーも丹念に観察していた。見た目とは裏腹に、非常に真面目といえる戦いぶりだ。

「サポートする。相手の弱点や地形のヒントを、相棒に渡すんだ」

 隣にいる特別講師は「よく言った」と笑顔で返した。司令塔ではなく、トーリ自身が第二の目となること。トーリがミュウツーの性質をよく知り、カバーすること。彼らコンビに近しい目標だった。
 元気よく答え胸を高鳴らした少年を、観察しては頷くようなハヤテ。「どうかした?」と彼が尋ねれば、話を移す。

「うん、相棒のことも大事だけどさ、トーリ。俺は君のことも知っておきたいんだ」

 いかにもコーチらしい考え方だ。
 それから、才羽ハヤテはトーリに対して、小さな質問をいくつか投げかけた。テスト勉強は得意だったか、怪獣ポケモンは好きか、辛い食べ物は大丈夫か等。どれもありふれたもので、スクールの転校生にでもなった気分だった。

「あのさ……これも関係あるの?」
「大いにある。せっかく練習を組み立てても、トーリに投げ出されたら意味ないからな!」

 タブレットを閉じたハヤテが、にっこりと笑っていた。

「よし、今から1週間。君には座学とレンタルポケモンでの実践を、ここでみっちりとやってもらう。結構ハードだと思う。でも着いてきてもらうぞ」
「はーい師匠!」

 気持ちのいい返事が手と共に上がる。早速と才羽は映像資料を取り出した。それも果てしない量だ。トーリは唾を飲み込んだが、来るなら来いという気概だ。普段なら一言添えるミュウツーも、この時は何も言わず。
 かくして、バレイシティでトーリの特訓は始まった。それは約束の為であり、また会いたいと願った一番身近で大切な人の為に。


 ☩


 場所は変わり、ここはルクス地方の電燈。サートシティ。
 海堂博士の研究室のある、始まりの場所。博士の持つ研究所周辺では、近々に起きた事件と関連した騒動で再び騒がしくなっている。
 隠されていたという例の研究室には一人の女。黒髪のウェーブロングに、隣のユキメノコに似た涼しい顔つき。ニア・ミストレイカ。海堂トーリの証言を元に、地元の警察組織とは独立して、再び捜査に赴いていた。

「どういうことなの」

 彼女は握りつぶす。小さなメモ書きがくしゃりと音を立てた。
 目の前には、海堂ユーゴの残していた研究。電子技術班の協力でようやく中身が開けた。あのUSBに入っていたものと内容は一致している。いや正しくは、連綿と繋がっていて、トーリが拾ったものは補填といえるような部分だ。
 
「彼を、トーリ君をどうする気」

 画面には、ミュウツーのデータでなくもう一つ。
 “Darkrai”と記載された、玲瓏な黒の身体が静かに電子の海に眠っていた。

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