6.Plasma Fist

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読了時間目安:13分
「ミストレイカさん!」

 トーリは叫ぶ。物に埋もれ、後方へ飛ばされた女は応答がない。手に持っていた、ライセンスリーダーが近くに落ちている。アマージョのライセンスが、虚しくも途中まで刺さっていた。
 状況を飲み込む彼の代わりに、睨みを利かせるミュウツー。電光を纏う拳を見る。

『何用だ』

 ゼラオラへ問いを向けた。
 出で立ちから一般ポケモンでないことを、ミュウツーはとうに悟っている。
 そっと、稲妻めいた青い髭のある口元を歪める。

『お前、速いんだろ?』
『……ああ』

 答えは闘争。ゼラオラの瞳は縦に伸びた。狂気に映る無邪気だった。
 怖気立つのはトーリだ。ミュウツーの自負に満ち溢れた即答には、相手はかなり信頼しきったように頷いた。つまりは、対等かそれ以上であるという自信。裏付ける実力の片鱗を先ほど見てしまった。
 ゼラオラは満足そうにミュウツーを見るも、一旦彼から距離を取る。まるで何かを確認するように。

『へえ、こりゃあいい。あの野郎にそっくりだしな』

 誰かに話しかけるようだと思った。
 しかしトーリは、自分に向けてではないと知っている。それどころかあのゼラオラは、ミュウツー以外に何者も、視界に入れてすらいないだろう。
 少年が考えると同時に、答えは向こうからやってきた。コツ、と硬質な靴音。男の履くロングブーツのものだった。

「オイ、またこっちの話も聞かずに行きやがって……生き急ぐんじゃあねーよ、ゼラオラ」
『人間がのんびりし過ぎなんだ』

 背の高い男が、父の私物を踏みつけながら現れたのだ。
 “ゼラオラ”と呼ばれたことで、相手の種族を少年はようやっと知る。それがライセンス登録等見た事ない、非常に稀な電気の種族であることも。
 エナメルの黒ジャケットに、派手なピアス類。ロックバンドのメンバーかと見紛う姿。一方で、このギラギラとした顔つきを、どこかで見たことがあるような。ちぐはぐな既視感をトーリは覚えていた。

「……おじさん達は何しに来たの」
「あァ? ま、イイぜ。ガキだしな」

 せめてもの挑発混じりだったが、しかし。少年が何と言おうと、男は話すつもりだったのだろう。そのような威圧を受けた。無関心すらあった。
 ゼラオラと並び立つ男はミュウツーを見ると、高らかに指差す。

 
「俺様は……テメェを計りに来たんだゼ、ミュウツー!」
 
 エンジンを切る戦闘意欲。この男と共鳴をしているだろう、ゼラオラは乗じた。
 この宣言を皮切りした攻防は、まずはミュウツーを掠める始まりとなる。俊足なる電光。少年の目は追い付かない。息をする暇すら感じられなかった。ふと残ったのは、まだ明らかでない因果の拳だけ。

『だそうだ。話を聞かないクソカスめ』

 徐に埃を払う仕草をした。今までとは違う、十分な警戒を覗かせた不敵。
 トーリが困惑を見せたまま前を見据えると、やはり相手は自分には興味が微塵もない。その状況を憂いたり嘆く暇はない。今は眼前の脅威を砕くのみだ。
 
「いくぜェ! 孤高の人造ポケモンさんよォ!」

 男がオーダーを口走る。荒々しくもしたたかに。
 ミュウツーはゆるりと構え、相手の動向を探る気でいた。手の内を知っておくべきだと、彼の戦闘経験が鳴らしたのだ。だがすぐさま、その選択を後悔することになる。

『コイツは』
 
 駆け抜ける一閃。うねるように拳は抜けた。音を置き去りにし、三度。ミュウツーを吹っ飛ばす。間に反撃のカウンターを仕込む暇が、存在しなかった。移動を兼ねた『ワイルドボルト』の連撃だ。ミストレイカを襲ったのもこれだろう。
 したり顔の迅雷ポケモンに、不快そうな皺を刻むミュウツー。間合いを十二分に確保するも、傷を負う。

「攻撃が……全く見えない。どうしよう」
『ミソッカスめ』

 あの亜人が辛うじてでしか視認できぬものを、人間の少年が捉えるなど不可能。
 ミュウツーにはいつもの罵倒すら、あまり余裕がない。今までの戦ってきた者と同じ、“ポケモン”とは思えなかった。
 
「オイオイどうしたア? 具合でも悪りぃのかよ」
『このままお飾りなんて……言わないよな!』

 調子づく二者は更なる猛襲を掛ける。足に蒼電を纏い、ミュウツーの懐を目指した。短いスパンでの『スパーク』、そして『ボルトチェンジ』の連続使用。閃光と共に翻弄されてしまう。
 ゼラオラの爪先を『サイコキネシス』で吹っ飛ばす。その間にできた隙はもののコンマ数秒。
 隙をカバーするようにゼラオラは後転した。後発の『ボルトチェンジ』の回帰性を利用したもの。追撃の余地はない。一気呵成に思えるも、的確な技運びだった。

「……ミュウツー」
 
 唾を吐き捨てる亜人。自分の盾となるように戦う相方を、少年は眺めるしかなかった。
 彼らに見える世界は、少年にはあまりに深層であったから。別言語の諍いを見たところで、怒りすら湧きあがらないというもの。
 
「バトルは速さだぜェ。電光石火こそ至高ってなァ。相棒!」
 
 再び戦火を落とす閃電。
 青い機雷と化し、ミュウツーを狙う。右の拳が腹を掠める。体制を低くしたミュウツーは長い尾で足を薙ぎ払いにかかった。外れた。
 空へ回避をしたゼラオラ。空いた左手から『ほうでん』をまき散らす。突然の広範囲攻撃に、ミュウツーは対応しきれない。
 被弾覚悟の大技を放ったが、装填不十分の『きあいだま』は命中しきらない。麻痺状態となったミュウツーが顔を上げた。

『おい、こんなもんかよ。あのバンギラスに風穴開けたヤツは使わねーの?』
『……その程度ということだ』
 
 せせら笑うゼラオラ。流石に目の前の相手の虚勢を、見破れぬ手練れではない。
 ミュウツーはというと、恨めしくも短時間の麻痺を背負った身体を修復していた。相手がこれ程でなければ、とっくにトレーナーごと叩きのめし罵声を浴びせ、愚かなりと見せしめに嘲っただろう。
 あの派手な男は、欠伸交じりに戦況を見つめる。体裁は余裕綽々だろうと、ミュウツーの一挙手一投足を観察する。マメであり隙が無い。真に厄介なのはあの司令塔だ。ミュウツーの認識が更新される。

「『サイコブレイク』はどうしたのさ」
『使えぬ。貴様のせいだろ』
「……共鳴が足りないのか」
 
 おずおずと負傷する相方に、問う少年だったが、パワーダウンの理由を知ると、彼は黙る他なかった。
 トーリとミュウツーは息が合っていない。一方で、ゼラオラがあそこまで予断も無駄のない動きを発揮できるのは、ポケモン側の力量だけではない。あの男の〈精神体〉を借り、共鳴による能力上昇。そしてあの雷そのものでしかない動きに、完璧な伝達をしているのだと。改めて、目の前にいる敵の格の違いを知る。少年はあまりに無力だった。
 白い体にも、傷跡が目立ってきた。ミュウツーは変わらず戦闘のみを見据えたが、トーリはそうでなかった。ぐっと前を向くと、つり目がちの瞳は鋭くなった。
 
『次で仕留めてやる』
「待ってよ」

 横やりを入れた少年。ゼラオラは取り合わない。「待って」眼中にはミュウツーのみ。「ミュウツーは越えられないよ」追撃の挑発。煩わしそうな迅雷の化身はようやく目を向ける。

『うるせえぞ、人間のガキ』
「そうだね」
『水を差すんじゃねぇ』

 ゼラオラが尻尾を差し向けた。目の前で電気と火花が散るも、トーリは気にする様子はない。
 
「キミのトレーナー、正直さ。滅茶苦茶強い。今じゃ絶対勝てないと思う」
『あ?』

 堪らず怪訝な顔をする男は、ゼラオラにつられたよう。近くにいたミュウツーすら同調した。
 敵への称賛に白旗上げたかと思うゼラオラだが、待ったをかけられた。後方のトレーナーが右手を上げる。制止の合図だ。
 
「なんだガキンチョ。俺様のファンになっちまったのかよ」
「……ムカつくけど近いかも。腹立てたところで、この戦局は良くならないしな」

 生返事で男は応する。
 だが目の前の少年は、ただのへっぴり腰ではないと気が付きつつあった。ミュウツーが隣にいようが、動じない胆力の主であると再確認する。退屈そうなゼラオラが喉を鳴らしていた。

「オレは今のアンタに勝てない。逆立ちしようとも、ミュウツーのお荷物だよ。それは間違いない。だから敗者にしかできないことをさせてもらう」
「敗者にしか、ねェ。何がだよ」

 前のめりになり、こちらへ挑発的な笑み。それでもトーリの瞳は色褪せない。
 
「学ぶこと」

 軽い失笑が上がった。ゼラオラだ。
 だがエナメルジャケットの男は、そうでなかった。むしろゼラオラすら窘める剣幕があった。明らかに、トーリを見る目つきが変わっている。
 
「アンタから、アンタとソイツの連携から。オレは学ばなくちゃいけない。馬鹿にされて、泥水啜ってでも。でないと」

 真っすぐと明るい空色の瞳に灯る。意志か、あるいは反抗心なのか。人間を毛嫌いするミュウツーには区別がつかなかった。
 それでも、この少年はあまりに似ていたのだ。あの日自分を導いた瞳に。晴れやかな空に走る雷鳴の如き鋭さで、眩い光であった稲妻。息を呑む。記憶と重なる姿は、そのままに敵の男に向き合い。
 
「あの親父を覆った闇は払えないだろ」

 初めて見せる顔をしていた。
 喝采を帯びた高笑いは突き抜ける。さっきまで話を半分に聞いていた男のものだった。トーリの方を初めて見て一言。

「気に入ったぜクソガキ。俺様は馬鹿が好きだからなァ。おめーみたいな泥臭いやつは特に……であればだ。お前を」

 目線を遣る男。受け取る必要もなく、駆け抜けるゼラオラ。
 蒼電が辺りに炎かのように舞う。勢いある『スパーク』は攻撃開始の合図だ。構えるミュウツーに、トーリは「危ない!」と声を上げていた。

「ここでぶっ倒して……心へし折っちまうまでよ!」

 ゼラオラは大きく跳び上がった。
 自らの脚力を電気で活発化させ、底上げしたのだ。伝説や幻に値する、ゼラオラのスペックでなければ無理な芸当。
 一発目の拳をミュウツーはガードする。相手の敏捷に動体視力が慣れ始めていた。だが一撃が重たい。無傷とはいかなかった。

『この、猪口才な……!』

 迸る電気がこれまでとの規模の違いを語る。残りのかぎ爪を肩に引っ掛け、渾身の拳をぶつける。弾ける閃光に音は追い付かない。

『喰らえ、そしてくたばれ』
「――ミュウツー!」
 
 一閃、轟く雷鳴。ゼラオラの本気の拳がミュウツーのみぞおちを捉えた。
 尖鋭なる『プラズマフィスト』。初めてあのミュウツーが膝をつき、くずおれる様子を見せた。トーリからも、悲鳴にすらならない何かが漏れそうになる。
 勝ちを確信したゼラオラが余裕にて振り向くと――そこには。

 
『くく……は、ははははは!』

 
 ただ独り。くつくつと笑うミュウツーがいた。
 狂気と憎悪を煮詰め、この世の冒涜を詰め込んだような笑みだった。悍ましき快哉だった。空気が凍るよりも逃げ出す。
 背筋が縮み上がる。あれほどまでに大勝していたのに。理由はわからなかった。吞まれていたのは、ゼラオラだけにあらず。

『立派だクソカス。いや、貴様はカスにしてやる。光栄にな。私をここまで虚仮にした奴は――』
 
 トーリは辺りの重力がおかしいことに気が付いた。父親の書類、ペン、木片。あらゆる事物が上へと流れ始める。内臓が裏返りそうな重圧。意志とは関係なしに、身体がトーリに跪かせる。地べたへ誘う。
 無理な共鳴による過剰負荷だ――気が付き始めるも、彼には止める手段がない。
 頭上にはエネルギー弾。白とも黒とも言えない、それでいて刃物めいた凶悪な見た目をしていた。

『二度目だ』

 ゼラオラの逃走本能は真っ先にと足に作用したが、しかし。電気の伝達が正常にいかなかった。ミュウツーの底なしのプレッシャーが狂わせていたのだ。底なしの重圧がひた走る。
 走り、跳ぼうとする。間に合わない。直撃を免れるのがやっとだ。
 閃光ともつかない何かが視界に走った。数秒して、世界の秩序は戻り始める。風が晴れていく。凶行に付き合わされたトーリは棒立ちだった。胃液が今更上る。

「これが、サイコブレイク……かよ」

 呆然とした男は呟く。あの疾風迅雷を誇るゼラオラが、しばらく立ち上がれなかった。少し遅れて、男にも共鳴の代償が訪れていた。ふらつきながらも、男は言う。

「……戻らねぇと。おいクソガキ! やっぱてめーは気に入らねえ!」

 派手なパンクファッションの男は、ホログラムとなりゆく相棒をしまう。
 ミュウツーを見る目には、先ほどの好奇心よりも嫌悪が勝っていた。這いつくばるトーリに向け、吐き捨てるように。

「てめーのケツは、てめーで拭きやがれ」

 それだけを言い残していった。力強いブーツの踏音が遠のいていく。
 嵐のようであった。ようやく疲労との均衡に顔を上げられたトーリ。だがその顔に滲むものは安心などではなく。

 
「オレが一番悔しいよ」

 確かな敗北。鮮やかな無力の証明が、懇々と降るようであったから。

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