5.遠雷

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読了時間目安:12分
 冒険と一日の終わりを告げる夕陽。トーリとミュウツーが初めて互いの言葉にて、会話をしていた頃。
 バレイシティに訪れていたもう一人の協力者。国際警察官・ミストレイカ。トーリとミュウツーによる話を一通り聞いたことで、彼らが全面的に博士の被害者であり、信用に足るのかどうかを調べていた。つまりは裏どりをしていたのだ。
 
「ったくもう、あの胡散臭い男!」

 バレイシティ・プリズムホテル。
 最新鋭のホログラフィー技術にて、自由に内装を弄れる部屋の中。
 南国リゾートで叫ぶ女は酒をあおった。ホットブランデーだった。仕事でなければ、地元であるロンリコを炭酸で割っていたに違いない。ホログラムの木陰にて、休むバルジーナは見慣れていた。薬指が照明で光る。
 彼女がデータベースで調べた限り、あのミュウツーもミュウツーのライセンスも、海堂博士が用意したものに今の所は間違いない。少なくとも、ミストレイカが個人的に追っているミュウツーの個体ではない。それが確かであるからこそ、少年を巻き込み、事件を複雑化させる海堂ユーゴの振る舞いには腹が立つ。いくら気丈でたくましいとはいえ、海堂トーリの未来を憂いていた。
 ため息を吐く。スマホロトムが「ナーバスなアナタにおススメ!」と題して、ルクス地方の観光案内を出してきた。2つの小島のあるモーン海域に、エーテル港。余計なお世話である。改まって、国際警察官・ミストレイカは情報を精査した。近いうちにあの少年に成果を聞かせるためだ。
 あれから二日。事件は本格的にサイコブレイク・ダウンの1つとされ、再開していたはずの興行・バトルキルクスはまたも中止延期となった。エースバーンのライナー選手には、毎日見舞いの品が絶えないという。
 未だ事件としての主犯等は定かでない。判るのは、これまでの被害者は全て〈精神体〉を使い込んだ者というくらいであった。事件の被害者であり、システムの開発者である海堂ユーゴが昏睡する状態であるというのは、彼女らにとっても痛手である。だからこそ息子・トーリと接触し、彼の協力を取り付けた意味は大きい。

「問題は、最近浮上してきた方か……」

 彼女の持つファイルには、3体のポケモンの情報。まさにミストレイカの懸念した“違法ライセンスポケモン”と呼ばれる者達だった。


 ☩

 
 かつての父が〈憧憬の海岸〉と呼んだ場所にて、トーリとミュウツーは夜を明かした。話に出てきたプレハブを見つけたが、その時には辺りは暗闇であった。
 ライセンスリーダーをトレーナーカード代わりとしたルクス地方では、現状のトーリは誤解を招く恐れがある。ミストレイカと再び会うまでは、ポケモンセンターや公式の宿泊施設は、一応避けることにしていた。
 片時も離れられず、口うるさい相方にも次第に慣れてきた。
 この日も「おはよう」と言ってみたが、帰ってきたのはぶっきらぼうな「貴様は忙しない朝鳥か?」である。ひょっとして朝が弱いのかなと思っていた。
 
「愚弄するでないわ」
 
 すかさず訂正される。ミュウツーは朝だろうが最強らしい。
 とはいえ、これしきでトーリ少年がめげることはない。朝の支度を済ませれば、今日こそ父親の痕跡とサイコブレイク・ダウンについて調べるつもりである。

「トレ……ミストレイカさん、まだ連絡来ないや。早めに調べた方がいいかな」

 いつものリュックを背負ったトーリは、約束をしたちょっと強引な黒髪のお姉さんを思い出す。このバレイの海岸線につく頃には、もう一度連絡をくれる手筈だった。
 
『あの女をあまり信用しない方がいい』
「あー、ミュウツーは人間嫌いだもんな」
『この童が。そうではない』

 何となくだが、トーリにはこのミュウツーは人間嫌いに映っていた。それ自体は正しいといえよう。自分含め、周りへの態度がそう思わせていた。
 しかし、ミュウツー自身の感覚の鋭さ。超生命体として君臨してきた経験は、まだまだ少年には掴めぬものである。

『……嫌な予感がする』

 静かなる本音。らしくなさを零す。
 これまで超然とした相方を見ていた少年に、微かにもその姿は刻まれた。


 ☩

 
 ひとりでにも、プレハブ小屋を調査しようとした少年。ペールブルーの屋根が剥がれ落ちていた。潮風によるものだろう。色褪せた肌色の壁が哀愁漂う。
 トーリの記憶にはこのような別荘はない。「お邪魔します」と癖で口に出していた。人のいない部屋は物が散乱している。みたところ、研究室というよりは私用の邸宅だ。
 
「うん。ひっでー部屋」
『貴様の血縁だろ』
「そう言われてもな……」
 
 本来は続けて「何か覚えてるの?」と、口悪い相方に問いたいトーリであった。この間、それは話さないという宣言を聞いたばかりか、「しつこいと殺すぞ」という流れるような追撃。追及はやめた。
 代わりに、父が使っていたという部屋を見渡す。一応デスクはあるが、生活の跡すら見えない。このままでは片付けをするだけで日が暮れてしまいそうだ。「うーん」と唸りながらも、がさがさと周りを漁っていた。
 ひとつ、目に留まるものが壁にかかっている。

「これ」

 トーリが手に取ったものは家族写真。眩い金色の髪をした母と、紺色の父。若き日の二人が寄り添っていた。少年にも髪色は見事に受け継がれている。自分の髪を触るついでに、思わず持ってしまった写真を元の場所に戻した。

『センチメンタルか。ご立派だな』
「それもあるんだけどさ。いや、妙だなって」

 ミュウツーの嫌味に対して、トーリは付き合わない。
 冷静さを失わない少年には少々腹が立つが、彼が気づいたことには、ある種それ以上だった。自分の知らないルールが作られ、平然と受け入れられた時のようであったから。ミュウツーは静かに少年を睨んでいた。
 たったひとつだけ存在した写真立てには、埃の跡がなかった。
 疑問に思う少年が、軽く足で周りを探るが。ゴミや使わなくなった生活用品は、感触も何も存在しない。ホログラム。この一帯だけが疑似ホログラムにより保護されていたのだ。ライセンスリーダーに搭載された技術と同じである。

「やっぱり。そうだ!」

 しゃがみ込んで、手当たり次第に手を突っ込んでみる。すこん、と手に当たる物体。何やら小さいものだった。トーリが拾い上げて見ると。

「……USB?」

 黒く小さな記録用デバイス。もうデジタル技術の先進したルクスでは使用されてないだろう、古いモデルに思えた。少年は明らかな成果物に期待が高鳴っていたが、しかし。

(僅かだが敵意か。しかし、どこから――)

 戦闘の嗅覚に優れた相方はそうでなかった。自分たちを見張るような粘っこい意識。だが、俊敏であるのか、詳しい位置までは捉えきれない。数は少ない。手練れか、いやアサシンだろう。気配のみを上手く隠す相手を断定する。
 奥歯を噛む思いとはこのこと。屋根ごとこの一帯を吹き飛ばせば、嫌でも分かるだろう――そんな狂暴すらミュウツーにはあったが。
 大きな物音に振り返る二人。木製の扉が開いたのだ。そこに立っていたのは一人。
 
「ごめんねトーリ君!」
「トレ……」
「レイさん」
「はい」

 少年に釘を刺しつつ現れた女性。遅刻を詫びるミストレイカに、彼女をここまで乗せてきただろう、大柄なハゲワシのポケモン。低く鳴くバルジーナが約束の二人を合流させた。


 彼女とトーリが合流すると、ひとまずはミュウツーも索敵を控えた。人数が増えたことにより、現場の気配は混沌とし始めたからである。
 相方が意識を尖らせるも、少年は知らず。黒髪のお姉さん刑事とここでの話を進めた。

「それで、見つかったのがこれ」

 ミストレイカは小さな物体を受け取る。そう易々と受け渡していいのか。ミュウツーは考えたが、トーリが解るような端末ではないと、そう判断した。

「ありがとう。簡易的な解析にかけてみるわ」
「……そんなことができるの?」

 疑問を投げかけたところ、答える顔が出てきた。ミストレイカの持つ、スマホよりも一回り大きな端末。中にいるポリゴンが「ルルイ」と言葉になりそうでならない電子音を出す。どうやらこのポケモンが解析班らしい。
 
「具体的な中身は、ウチの本格的な解析班に回さないと、おそらく無理ね。博士が作ったものなら尚更」
「あんまり考えてなかったけど。ブラクラだったらどうしよ」
「その時は“スキャン君”がお釈迦になるわね」

 筐体から悲鳴が聞こえた。あのポリゴンがスキャン君なのだと察した。可哀そうに。「哀れだな」とはミュウツーの他人事な言葉。
 しばらくして、ポリゴンの頭が再び出現する。想定よりもかなり早い終了の知らせだ。「リーリン」とデバイスに解析結果を出そうとしている。怪訝そうなのは少年よりもミストレイカだ。

「これは」

 トーリに見せられた画面。解析結果が指す中身は二つ存在していた。
 やたらと容量を持ち、暗号化によって二重三重とブロックされたファイル。もう一つ。簡素なテキストファイル。
 
「QRコードだ。珍しいね」

 かなり図面は複雑化しているが、10年ほど前までは使われていた暗号式。父の研究を手伝っていなかったら、到底知らなかっただろう。
 
「小さいほうはそうね。このいかにもな巨大ファイルは開けられそうにない。君はこのQRについては知ってる?」
「中は知らないけど、でも」

 今や廃れたQRコードを解析する方法の一つ。それが画像認証であることは、トーリも知っていた。青と黄色のスマホロトムを呼び出す。だが、QR側がロトムを認識した途端に異変を見せる。
 一人につき一体のロトム。指紋よりもスマートになったルクスの個人認識システムが、海堂トーリを認識したのである。

「つまり、君達にだけ直接向けたメッセージ」

 シンプルなテキストファイル。手に持っている少年は困惑と期待に揺れている。
 一体、何を企んでいる。少年とは違い、ミストレイカの持つ不審は拭い去れない。ともかく、ここは彼の動向を見守る。
 ファイルの実行を選択する。そこには実に簡素だが、トーリには理解不能な文字列があった。

【EINS】
 
「何これ」
「アインス……単語ね。この意味は分かる?」

 首を横に振る。たったこれだけだろうか。 何だこれはと、少年は単語をぐるぐると見た。何べんもあらゆる角度から見てみた。ダメだった。
 たどり着いたのは謎の単語。さて、どうしたものか。目の前で、真剣な表情で見守る大人に対して考えていると。

『……おい』

 ミュウツーはテレパシーを会して声を掛ける。少年は不可解さにうなだれていた。

「なにさ。こちとら今は」
『そんな場合ではない』

 流石にこの時の鬼気迫る、思念には押し黙る。
 少年は辺りを見た。静かな外の浜辺。散らかった部屋。なんだ。ミュウツーの杞憂かと、海原の風景を目にした時だった。
 空に一筋の光が走る。遠い蒼電はやがて轟音となる。鮮やかなる晴天の霹靂だ。

「雷……?」

 しゃがんでいたミストレイカも立ち上がった。彼女に目を移した、そのほんの僅かな隙で。
 
 先ほどまで話していた黒髪の女は、後方へ吹っ飛ぶ。

 
 立ち上るは轟音。書類が焼け付きながら無数に空を舞った。部屋を引き裂いた何者かの一閃。何事かと認識する暇さえない。光すら超えようとした所業だった。
 敵襲だ。誰よりも早く、“奴”を認識したのはミュウツー。

『早く構えろ! でないと――』

 構成ホログラムから本体に返り咲く、ミュウツー。視線の先にはたった一つ。
 青い電気を纏う拳。あまりに戦闘に特化した、凶悪さをしている。トーリを完全に置き去りにし、今すぐにでも遊びたそうな無邪気さには、全てを切り捨てそうな邪悪が籠る。
 その名を迅雷ポケモン――ゼラオラ。
 
『死ぬのは我々だ』

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