1.ボーイ・ミーツ・ミュータント

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「よく来たね。そこに3枚のポケモンのライセンスがあるだろう」

 その日、旅立ちの少年少女に告げた博士は、目を覚ますことはなかった。最初の被害者だった。
 エーテル財団の開発したという小地方・ルクス諸島。
 ある日、トレーナーが数名昏倒してしまう事態が発生する。彼らの体には何も異常はないものの、植物のように懇々と眠り続けていた。事件か怪異すらも未だ定まらぬ、未曾有の事態だった。それに伴い、ライセンス登録されたポケモン達は、主をなくし異変を見せる。これまでのトレーナーの意思や、自らの理性に反した暴走を始めたのだ。
 かつて唯一、人間に反旗を翻したというポケモンにあやかって。事件は“サイコブレイク・ダウン”と呼称されるようになっていった。


 ☩


「トーリ、後でロトム係しろよ。チクったら分かるよな?」

 返事も面倒になっていた濃紺髪の少年は、首肯した。彼の嫌がらせも慣れたものであり、お世話になっている身の少年は、特に何も言わなかった。
 同い年の従兄弟は、彼に見向きもせずに走り出す。「選手村にライナーがいるってよ!」と彼はエースバーンの載ったパンフレットを見て、弟に言った。
 彼、トーリがぼんやりと管理用ロトムの世話をしていると、叔母は「いやねぇ、不気味」とだけ吐き捨て、ぷりぷりと歩いていく。もうじき14歳になる少年を気にする素振りもない。部屋にいたニャースだけが彼に近づく。
 ニャース以外がいないと確認したところで、彼はようやく一息をつく。スマホロトムで見ていたのは、“バトルキルクス”の試合予定一覧。

「エースバーンのライナー選手、今日は因縁のバンギラスと一騎打ちなんだ」

 ルクス地方を支えるのは、ホログラフィー技術とバトルキルクスという独自の戦闘競技。
 それは、フェルム地方にて栄えるポケモン異種格闘技“ポッ拳”。エオス島の団体競技戦“ユナイトバトル”に、エオスエナジーを活用したホロウェア。これらに着目した海堂博士が、電子ライセンス制の新たなバトルを考案したものであった。
 博士が昏倒してから約7ヶ月。不安が覆うルクス地方を元気づけようと、ようやく試合が再開し出していた。
 トレーナーとポケモンはバディとなり、互いに“共鳴”する事で一心同体となる。電子ライセンスでの完全貸出となるポケモンバトルは、才能格差社会と揶揄されたトレーナー問題に一石を投じた。元はこのエーテル・パラダイスの一部であったルクス諸島に棲む、保護されたポケモンの行き場を提供する名目であった。彼らの持つ闘争本能を発散できる環境が必要だったのだ。
 ところが、今となっては競技に対する関心と、ルクス地方を覆う怪事件が上回ってしまうのだが。

『1件の新規メッセージをお知らせするロト』
「……ん?」
 
 少年の持つスマホロトムには、一通のメッセージが届いていた。「部屋を掃除しろ。父より」という簡素なものだった。それを見たトーリは静かに驚く。

「叔母さん、オレ出かけてくる!」
 
 トーリは慌てて出かけ支度をする。
 彼の父親こそが、このバトルキルクスの考案者。そして、サイコブレイク・ダウン最初の被害者。今は寝たきりのはずの、海堂ユーゴ博士だった。


 ☩


 事件から約1年ぶりに訪れる、父の部屋は酷い有り様だった。警察機関による捜索で、元より整頓とは遠かった部屋は散乱を重ねている。

「何なんだ、そうやっていつもいきなり」

 トーリは、父を事ある毎に手伝っていた。だからこそ、本当に隠したいものは徹底的に隠すことも、わざわざ「掃除しろ」なんて自分に言わないことも周知している。これは、何かしらのメッセージだと確信していた。
 机周りを片付けていると、書類から紙の栞が落ちてきた。拾うと、裏面に暗号のような文字列が見えた。これを打ち込めるようなものは、一つしかない。
 研究用のサブコンピュータ。警察から一時返却されたものだ。ログインすると真っ青な背景。一瞬、疑問に思うもののマウスをやたらめったらと動かすうちに、背景に同化したファイルを発見する。やはりパスワードを要求されたので、握りしめた栞を裏返した。

「一体何を企んでる」

 少年、トーリがそう呟くとほぼ同時だった。薄暗いラボは音を立てる。災害でも、たまに聞くサイレン音でもない。これまでは見えなかった地下通路の入り口ができていた。
 瞳を丸くする少年。息を呑むも、好奇心が彼を導いた。

 
 ☩

 
 地下通路を抜けた先には、トーリすら知らない研究室があった。少年はその事実に驚くよりも早く、父が託したかったものを発見する。
 今まで見た事もないライセンスリーダーと、真っ白な電子カード。二つは綺麗に並べられ、これ見よがしに置かれていたのだ。

「これ、ライセンスだよね」

 真っ白のライセンスを恐る恐る、リーダーにかざしてみる。すると、途端にトーリに走る違和感。全身を駆け巡る電光。

「うわっ」
 
 レーザーを浴びたような感覚に強く目を瞑ると、次々とホログラムが展開され、何かを構成していく。
 意識が眩んだが、徐々に解かれていく。目の前に居たのは、ポケモンだった。姿を見た少年は背筋すら通り越して全身が凍る。
 白く細い身体。全てを破壊し尽くすような恐ろしい眼光。ルクス地方では、このポケモンは広く知れ渡っていた。誰もが恐れる、厄災の象徴として。

『誰だ。私の眠りを妨げる愚か者は』

 少年の持つライセンスリーダーには、無慈悲な『connected!』の文字。手に汗が滴る。口をぱくぱくとさせる少年。
 一目見て睨むのは、破壊の遺伝子と呼ばれた存在。放つプレッシャーは、夢でも幻でもないと嫌でも訴えかけてきた。

「みゅ、ミュウツー!?」
 
 今、この瞬間に。少年・海堂トーリはミュウツーとの共鳴をし、父の陰謀により強制的なバディになってしまったのである。


 ☩
 

「嘘だろ。こんな身勝手許されるのか」

 少年は呟く。
 その裏には、実は事件の首謀者は父なんじゃないかとか、どうして人造ポケモンが目の前にいるのかだとか。
 考えは凄まじく巡るが、気前はなかった。怒りを過ぎた呆然。

「あの、キミは――」
『おい。私が質問をする。海堂ユーゴというクソカスは何処にいる』

 獰猛。振り下ろした尾が空を引き裂き、体現する。唾を4、5回と飲み込んでから、ようやくトーリは口を開くことができた。

「オレの親父だ。今は中央病院に」
『そうか。貴様を差し出せば、流石に奴も黙ると見た』
「えっ?」

 途方もない威圧。
 少年の返事をミュウツーが待つはずもなく、長い尾を鎌のように振りかざす。走馬灯も追いつかぬ死期の訪れを少年は悟った。それは、ミュウツーですら同じであったが――しかし。

『……何』

 立ち尽くすミュウツー。少年がゆっくりと目を開けると、そこには何度も素振りをするポケモン。手や脚を動かし、何かを確かめるよう。
 目の前のミュウツーが持つ、疑問の正体。それが少年には、にわかに分かり始めていた。

「そっか。ライセンスポケモンは、勝手に“わざ”を使えない」
『は……何だと』

 トーリの推察は正しい。
 詳しくは、共鳴をしたポケモンとトレーナーは、互いの意思が合致しなければ“わざ”を使うことはできない。ミュウツー単独での狂暴は不可能となり、力が制限されている理由はそこに存在する。
 これこそが、バトルキルクスが興行として成り立つ理由。トレーナーとの信頼関係が強さに直結する“共鳴”である。

『おいカス、貴様の考えが正しいならば。私は“共鳴”というヤツをしてしまったせいで、貴様とは離れることはできない。貴様が居なければ、戦闘もできない。そういうことになるが』
「あ、うん。そ、そそうだね」
『解除する方法を教えろ』
「……多分できない。ルクスの技術者で唯一できたのが、父さんだったから」

 少年の返答を聞いたミュウツーは、素の力のみで壁に穴を空けていた。轟音とコンクリートが舞い、小さな悲鳴は掻き消される。

『アイツ! この私をよくもこんなガキと道連れにしたな!?』
「お、落ち着こ? 」
『黙れ! 貴様の一寸にも満たない思考すら、際限なく垂れ流しになっておるわ!』
「え!?」

 トーリとミュウツーは、互いに置かれた状況を理解しつつあった。力を制限されたミュウツーに、凶悪なるバディに思考を読まれ続ける少年。
 この悪魔めいたシンクロを解消する術は、現状ない。ただでさえ、海堂博士に頼りきりだったテクノロジーであり、おそらく彼が秘密裏に作ったライセンスを破棄するのは難しい。両者は遅れた焦燥に駆られていた。

「えっと、そうだ。自己紹介でも――」

 少年がそこから、続きを紡ぐことはできなかった。
 けたたましいサイレン音。生存本能を揺さぶる音は、これまでトーリが聞いたことのあるものとは違った。地下にすら通る直近さだったからだ。何度も繰り返し、周辺地区からの避難が勧告される。みるみると少年には恐怖が降りてきた。

「──サイコブレイク・ダウンだ」

 警告音は、ルクス地方を襲う災厄の証。主を失った、ライセンスポケモンの狂暴を示すものだった。


 ☩


 研究室から飛び出た少年。ミュウツーを人目に晒す訳にはいかない為、リーダーの収納機能でしまい込む。
 既に近くの人間やポケモンは、そぞろと町のポケモンセンターに避難している。現場はかなり近い。
 トーリが走りながらも、騒動の中心に目をやると。バンギラスが鉄筋を手に暴れていた。先ほど見たバンギラスに違いない。周辺のホログラムが焼け落ちてノイズを出している。
 恐怖が身体を動かす傍らに――トーリは見覚えのあるものを発見した。それも二つ。
 
「ライナー選手……!?」

 ボロ雑巾のようになったエースバーン。幾度となくバンギラスの攻撃を浴びるも、反撃することはない。
 それはエースバーンが何かを必死に庇っていたからだと気がつく。あまりによく知る少年だった。

「だれか、だれか! ライナーが!」
 
 エースバーンの前に泣きじゃくる少年。従兄弟のアスマ。弟と共に選手村へ出かけた彼が、今まさに襲われていたのだ。
 足が止まる。緊張と鼓動が少年を支配した。周りの悲鳴、保身。あらゆる考えを振り切っても、彼を動かしたのは。

「行かなきゃ」

 無謀な正義感だった。

『……何をしている。せっかくアイツが犠牲になってくれているというのに』
「助ける」
『はあ?』

 ミュウツーが呆れ返るのも無理ない。トーリ自身の感情や思考を読めるからこそ、彼が普段から従兄弟に抱くものは「助ける」とはかけ離れていたからだ。

『必要ない。捨ておけ』
「ある」
『あのカスが嫌いなんだろう』
「そうだよ。でも、それでも!」

 ぐっと、ライセンスリーダーを握る少年。血の滲む味を堪え、制止する大人を振り切る。

「オレはそれが正しいと思うから。ここで目を背けたら、それこそアイツと同じになるだろ!」

 少年は言い放つ。気絶しそうなエースバーンに、庇われた従兄弟。彼らが拍子抜けする間にも、バンギラスへ挑発の投石をする。血走った眼がトーリを捉える。
 リーダーから様子を伺っていたミュウツーは、心底うんざりとした声を出す。

『……今の貴様の命は私の命だ』

 構築されゆくホログラムは、破壊の象徴であるミュウツー。凶悪を尽くすバンギラスを前に、軽く舌打ちをした。二人を見て、エースバーンは戦線から離脱する動きを見せる。
 戦う意思を持てと、少年に促すミュウツー。頷いた少年。
 “共鳴”はトーリとミュウツーを結びつける。人造ポケモンの本来持つ力を解放していく。バンギラスの焦点の合わない瞳が、次にはミュウツーを捉えた。
 
『成り行きだが、まあいい。私の身体の鈍りを解消させてもらおう』

 雄叫び上げるバンギラス。
 暴力が姿を成す岩隆が多数出現する。全て、ミュウツーを狙ったものだった。しかし掠りもせず、背後に迫る亜音速の身体。
 あまりに強い共鳴の代償に、少年は吐きそうになるが。毅然とした意思は揺るがない。ミュウツーに導かれるが如く、自然と口に出した言葉は重なる。

 
『「サイコブレイク――!」』

 
 共鳴が導く渾身の一撃。重力すら覆す力は膨れ上がり、あの怪獣・バンギラスを数キロ先に吹っ飛ばす。沈みゆく音には時差があった。
 徐々に視界は明滅しながらも、現実を見せる。巨大なクレーターを捉える、少年の息は上がりきっていた。

『これで終わりだ。貴様に力を貸すことはもうない』

 あまりに圧倒的な力。呆気に取られた少年を見る、ミュウツーの目は厳しい。それでも、少年の言葉は変わらない。
 
「ありがとう。でもさ。オレ達の目的って、実は一致してるよ」
『何がだ』
「親父をぶん殴るっていうさ」

 トーリの言葉を、ミュウツーはため息がちに肯定する。
 
『フン。それだけで済めばいいがな』

 
 かくして、彼らは共通の目的を持つバディとなった。それは後に、サイコブレイク・ダウンの全貌を明かし、ルクス諸島を覆う闇と対峙する壮大な旅路になるとは――彼らはまだ知らない。

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