第85話 Last time for dialogue 前編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 最後だと思ってる。 でも、続いて欲しいと思ってる。






 

 心が思い切り揺さぶられるというのは、まさに今の状況を指すらしい。
 唐突な出来事を前に荒れる心とは裏腹に、その場には初対面の時のような厳かな沈黙があった。
 ──そういえば。 彼と初めて会ったのも、こんな綺麗な満月の日だった。

 「......え」

 呆然としていたユズの口から、やっとのことで言葉は漏れ出る。 その声はわなわなと震えていた。

 「......え、え? ちょっと......えっ!?」
 「どうしてそんな懐疑的な......というか、前も一応会ってるじゃないですか」
 「それは、そうかもだけど......本当に兄さん、だよね?」
 「......もしかして、幽霊とでも思われてます? 本物ですよ。 ほら、透けてもいないし浮いてもいない」

 ケイジュは戯けて笑ってみせる。 それは村で見たような彩られすぎた笑顔でもなければ、森で見たような怖い笑顔でもなかった。

 「......ノバラ、どうしました?」

 それは、妹を見つめる兄のような微笑み──昔からずっと、昔の大晦日の時にも見てきた、あの素の笑顔だ。
 彼がいなくなって以来、どうかもう一度見たいと心から願っていたものだった。

 「......だって」

 ユズの中の感情が、洪水のように溢れ出す。

 「だって、だって!!」

 ああ、幻じゃないんだ。 目の前にいる彼は、紛れもなく。
 改めてそう確信した時、その口から堰を切ったように溢れ出したのは......



 「──兄さんの馬鹿っ!!!」



 ──強い、「怒り」の感情だった。

 











 そう叫んだ時には、ユズの足は既に動き出していた。 ケイジュの足に勢いよく飛びつく。 彼が微かに狼狽するのにも構わず、彼女はぽかぽかとその足を首の蔓で叩き始めた。

 「なんで、なんで勝手にいなくなったの!! ヒオさんには酷いこと言って、私とユイには何も言わないで!!」

 平時では考えられないぐらい、ユズの声は荒ぶっていた。 今更あの盗み聞きがバレたって、もう構うものか。

 「相談くらいしてくれたってよかったのに! ずっと心配だったんだよ!? ヒオさんずっと泣いてたんだよ!?
 ユイも凄く心配して探してたし、私だって......!!」

 そしてケイジュは、反論もせずにユズの言葉を黙って受け止めていた。 少し時間が経つと、彼女の怒りはいつの間にか涙へと変わりゆく。 蔓を叩きつけるスピードも段々遅くなっていった。 嗚咽が漏れ出す。

 「......よかった......会えた......」

 ──ヒサメが目の前からいなくなってから、今日まで何年経っただろうか?
 「ケイジュとしての」彼には、今年の夏から何度も会ってきた。 でも、あの時の彼は演技の真っ只中。 正体なんて当然知る由もなかった。
 一応春にも、「ヒサメとしての」彼に会ったことはあった。 でもあの時は対話どころの話ではなかったし、彼の目的も相まって思い出したくない出来事とも呼べるかもしれない。 だから、ユズにとって真に彼に再会したと言うことが出来るのは、今この瞬間でしかなかった。
 今でも憶えている。 ただ去りゆく背中を見送るしかなかった、どうしようもないもどかしさ。 雨の音を聴きながら立ち尽くすことしか出来なかった後悔。
 ......でもやっと、やっとその背中に手が届いたのだ。


 「やっと、ちゃんと話せた......会いたかったっ......!」


 気づけば足を叩く音は消えていた。 そのまま彼の足にしがみつき泣く。 とにかく泣く。 涙は止まらなかった。 メブキジカから借りたマフラーが涙に濡れてしまうことも気にならなかった。
 ヒオやユイ達と一緒に、沢山行方を探した。 あまりにも手がかりが見付からず、途方にばかり暮れていた。
 怒りたいことは他にもある。 訊きたいことも、それはもう沢山ある。でも、でも、まずは──単純に、喜びたかった。 ちゃんと、元気に生きてた。 自分の目の前に、現れてくれた。
 その事実を、今は抱きしめたかった。

 「......すいません」

 ケイジュは俯き、謝る。 そして、手を強く握りしめた。 何かを堪えているかのように。


 「──本当に、申し訳なかった」


 優しい光が降り注ぐ月の下、2匹は──2人は、暫くそのままで黙っていた。













 

 
 「......落ち着きました?」
 「うん......ごめん」
 「良いんですよ、別に。 私が悪いんですから」

 何秒か毎に響く、洟を啜る音。 2匹は丘の上に横並びで座っていた。 ユズはごしごしと涙を拭うのだが、そんなすぐにあの激しい感情の余韻が消えるわけがない。 だが、ケイジュは急かすことなく待ってくれた。 そのお陰で、ユズは少しずつ落ち着きを取り戻していく。
 そして同時に、真っ白だった頭の中に様々な疑問が浮かび上がってきた。 ......だがしかし、思いつくそれらはデリケートなものばかりだ。

 「......兄さん、でもどうしてこんなところに? ......まさか」
 「まさか?」

 ユズの声が曇る。 フィニとラケナとヨヒラ、彼らの狙いが変わっていないというのなら、当然そのリーダーである彼の考えが変わるとは思えない。 自分を奪いに来たのではないのか、とどうしても警戒してしまう。

 「ごめんなさい、私......」
 
 疑り深過ぎるのか、それともこの対応が正解なのかは分からない。 でもどちらにしろ、自分が彼を信じられなくなっているという事実は、心に深く突き刺さり抜けなかった。 ──仕方ないとはいえ、情けないとも思ってしまう。
 だが、ケイジュは強く首を振る。

 「......なるほど、貴方の言いたいことは分かりました。 ですが、今日は違いますよ」
 「え?」
 「用を言ってなかったですね。 私は、貴方と話しに来たんです。 黒幕や裏切り者としてではなく、無力で脆い人間として。 ......ヒサメとしてと言った方が適切ですかね。 だから、何もしません。 奪うなんて事もしないし、貴方の仲間を傷つけたりもしない」
 「......本当に?」

 あまりに自然に怪しんでしまい、いけないとユズは口をつぐんだ。 だが、時既に遅し。 ケイジュは少し俯き、哀しげに笑った。
 開いてしまった心の距離。 これをどうにかする術など、今はどこにもなかった。

 「......嫌ですか? もうそういうのは」
 「あっ......えっと」
 「まあ、一応敵対関係ですからね。 嫌だと言われても仕方ありません。 現に、貴方には酷いことも、しましたから」

 風が吹く。 簡単に吹き飛ばされてしまいそうなケイジュの細い身体は、また少しばかり縮こまった。

 「森での件は、申し訳なかったです。 ......少し、私も急ぎすぎましたね。 結果として、貴方を傷つけることになってしまった。 無論、あの誘拐犯の件も。謝ったところで、許してくれるなんて思ってない。
 それに、今回ここに来たのも、完全に私の我儘なんですよ。 今日ならばノバラと2人で話せるのではという、一縷の望みをかけただけ。 だから貴方の心なんか一切汲んじゃいない。 愚かな奴でしょう?」

 自分を嘲る乾いた声。 それを聞くユズは、彼の表情に対して微かな既視感を覚えていた。
 ......春に会った時の彼の顔と、どこか似ている。

 「──だから。 貴方が嫌だと......戦うと言うのであれば、私はそれでも構わない」
 
 オーバーヒートしていたユズの心に、ケイジュの言葉はまるで瞬間冷却器のように作用する。 冬の夜は長いとはいうけれど、この時間は本当に一瞬のものなのだ。 ラケナと同じで、彼も、捕まる危険を犯してまでここに来てくれた。
 それに、彼の願いは、ユズが持っていた願いと同じものだ。 彼はそれを我儘と言うけれど。 自分を嘲って嗤うけれど。

 「......違う!!」

 ユズは叫んだ。 その声には、否定と願いのどちらもがこもっていた。 そんなこと言わないでほしいという、小さな願いだった。
 確かに疑いは晴れない。 あんなことされておいて、簡単にそうですかと受け入れられる訳がない。 でも、こちらの不安が拡大解釈されるにも程がある。
 誰がいつ、この機会をふいに「したい」なんて言った?
 
 「そういうわけじゃない。 私だって、兄さんに話したい事、沢山あるよ。 魔狼のこととかもそうだけど、でも、他にも沢山あるんだよ」
 「沢山......とは?」

 ──そうだ、思い出せ。ヒサメのいない長い時間の中で、心に空いていたいくつもの穴のことを。

 「祭りの時にゲットしたあのトサキント、大きくなってね。 ヒオさんが新しく大きな水鉢を買ったの。 それと、あの子が進化したいってなった時のために水の石も。 透き通ってて綺麗なんだよ、あれ」

 ばしゃばしゃと楽しそうに泳ぐトサキント。 ノバラ達はよくそんなトサキントを上から和やかに覗いていたけれど──その水面には、自分達をこの子と巡り合わせてくれた人の顔は映っていなくて。

 「あと、近くに美味しいケーキのお店が出来たり、園芸でちょっと難しい花に挑戦してみたり......色々、あったんだよ」

 ずっとずっとそうだった。 隣にいるはずだった人がいないというのは、どこか心にしこりを残してならなかった。 いつか彼が見付かったならこのケーキを4人で食べたいだとか、逆に彼に花のことを教えてあげたいだとか......そんなことを、願い続けていた。 いつかはその日が来ると信じて、再会したら伝えたいことを心の中に大事に溜め続けていた。

 「......そうですか。 私のいない間にそんなことが。 ならばよかった。 貴方の生きる日々に、ちゃんと癒しがあって」

 ケイジュはホッとした表情を見せる。 これが見たかったのだ。 互いに安心しあって、互いに得たものを共有したかったのだ。 勿論彼だけでなくユイ達とも、いろいろなものを分け合って笑い合いたかったのだ。
 ──それなのに。

 「そうだね......でも、まさかこんなことになるなんて」

 ユズの声が暗くなる。 かつて夢見た未来は、この消え入りそうな声みたいに一瞬で崩れ去った。 ユイもいなくなってしまった。 今目の前にいるヒサメとの再会も、自分が望んでいたような形ではけしてなかった。 エルレイドやラケナとの会話から生まれた数々の疑念も、変わらずユズを支配する。
 今思えば、なんて拙い願い事だったのだろうか。 そう思ってしまうと、言葉に出来ない悲しさが目の辺りにこみ上げてしまう。 ユズは思わず俯いた。 ──駄目だ。 今は、泣くべき時じゃない。 泣いちゃいけない。 さっきあれだけ涙は流したのだから。
 今は、今は......訊かないと。
 
 「兄さん。 ごめんなさい。 1つ、質問しても良い?」
 「なんなりと」
 「......兄さんは、今の話どうでもよかった? ヒオさんのことも、ユイのことも、私のことも、どうでもよくなっちゃった?」

 ケイジュの顔が、強張った。 ユズの目にもそれは明らかだった。
 少しばかり恐怖が募る。 でも、勇気を振り絞る。 ここでこれを訊けないと、恐らく一生抱え続けるだろうから。
 ......もう2度と、彼にこんなことを訊くことは出来ない。 そう思ったから。

 「自意識過剰なのはわかってる、だけど......今までの思い出とか全部、兄さんにはもうどうでもよかったの? 魔狼のためなら、私の心なんて利用するに過ぎないって──」
 「そんなことはない!」

 鋭い声が、ユズの鼓膜を突き刺した。 反射的に彼の顔を見てみると、その顔はどこか焦っているようだった。
 
 「違うんです......いや、これではないな。 やったこととしては、そうなのだけれど......」
 「......兄さん」

 深呼吸の音がした。 白い湯気が立ち昇ると同時に、彼の顔に冷静さが戻っていく。

 「──失礼しました。 でも、貴方が言っているようなことは思ってなかった。 祖母とはあんな別れ方もしましたし、もう元には戻れない覚悟でいたのは事実ですけど。 でも、貴方のことは助けたかった。 この呪縛から解き放ちたかった。 それだけは変わらなかったんです。
 そして、貴方に頼ることを決めてからも、私だけが業を背負えばいいと思っていたんです。 結局のところ、『やらせる』のは私なんだから......ってね。 だから言ったでしょう? 急ぎすぎたと」
 
 ケイジュは頭を抱える。 影に隠れたその表情をうかがうことは出来なかった。

 「......馬鹿ですよね、私も。 優しい貴方は、全部私に押しつけることなんかしないはずなのに。 それ相応の業を、背負おうとするはずなのに。 私がいくら語りかけたところで、無駄なはずなのに。
 それなのに、喜び勇んで巻き込んで。 貴方に、そんな顔をさせて」

 それからユズの方を向いて、彼はまた頭を下げる。

 「謝っても謝り切れない。 ごめんなさい。 こんなところまで、引きずり込んで」
 「......」

 言葉が浮かばなかった。 いいよと言うべきか、それとも許さないと言うべきか......答えはすぐには生まれそうになかった。 目の前の道はもやがかかっていて、最善の答えを見つけることが出来なかった。
 それに、どうしてだろう。 彼は至って真剣なはずなのに。
 その姿に、違和感を感じてしまうのは。

 「......ノバラ?」

 急に俯くユズに、ケイジュは声をかける。 小さい頃から聞いてきたから分かる。 これは本当に、こちらを心配している声だ。 それが、ユズにはどうしようもなく苦しかった。

 「──兄さん。 もう1つ、訊いて良い?」

 もし今の謝罪が真実のものだというのなら。
 フィニにラケナにヨヒラ。 ケイジュがいなくなった期間であの3匹の取った行動とは、どこか辻褄が合わない。

 「まだ、世界を壊すのは諦めてないんだよね?」

















 冷たい風が、2匹の間を吹き抜けていった。 それと同時に、彼の顔は森で見たあの冷酷な雰囲気を纏わせる。 ユズはごくりと息を呑んだ。
 出来ることなら、避けた方がいい質問だったのかもしれない。 「2人」の間の溝を、浮き彫りにしてしまう話だから。

 「......もしそうなら、何ですか?」
 「私のことは、本当に後悔しているように見えた。 それは分かった。 でも......もう私に、魔狼の力に頼る気がないのなら、兄さんはどうするの?」

 フィニ達は「魔狼」が狙いだった。 もっと言えば、それにだけ狙いを定めていた。 それは、自分を利用する以外に手段はないという前提が存在したからだ。 そして彼の声色からして、申し訳ないとは思うが利用する......という意思も見えない。
 ならば、彼はどうするというのだろう?

 「そうですね......」

 ケイジュは少し考える素振りを見せ、そして続けた。

 「別の道を模索している......というところです。 勿論貴方を巻き込む気は無い。 無理に味方になれとは言わない。 ただ、魔狼というモノには......頼る、と言うべきですかね」
 「え?」

 どこか矛盾した発言に、ユズは困惑を隠せない。 世界を壊すという考えが変わっていなかったのもショックではあるが......その言葉の真意の方が気になって仕方がなかった。 それにもしそうなら、「彼ら」の今までの行動は?

 「兄さん、でもフィニ達は」
 「一時的にここから離れる時、私は彼らに何かしろとは言いませんでした。 だから、あれは彼らが今できることをやったに過ぎない。 今度戻ったら周知させるつもりです」
 「......離れてた?」

 ユズははっとする。 その言葉は、この疑問を解決するための1つのキーワードのようにも思えた。
 今現在、あの3匹全員が情報を得ていないものといえば......魔狼の新たな利用法と、ここ1ヶ月くらいの彼の消息だろう。
 これまでの戦いを、思い返してみる。

 (......兄さん、ねぇ。 まあ俺にはわからん。 ラケナにもわかんねぇんだ。 そろそろ御託はいいだろ?)

 フィニの場合は、最早投げやりという感じだった。

 (ワシは、知らないところは本当に知らん)

 元探険隊で、世界の地理にはとても詳しいはずだろうラケナでさえ詳細を知らない、そんな場所にいた。
 ......そんな場所、一体何処に? 何のために? 彼は、そこでどんな手段を思い描いた?

 「兄さんは、今までどこにいたの?」

 ユズはなるべく自然に聞いた。 でも、ケイジュはそれには黙ったまま答えない。

 「......兄さん?」
 「分かりますよ。 いずれ。 今は、まだ答えられない」
 「そんなもったいぶるなんて」
 「ごめんなさい」

 これ以上の追随は許さない──その素早い拒絶には、そんな警句がこもっているようだった。
 ぴしゃりと閉ざされた心のシャッターの向こう側で、彼はそれに付け足す。

 「今は、言いたくないんです。 大丈夫。 どうせ、いずれ分かることだ」
 「......?」

 真意が汲み取りきれない。 1つだけ掴めたのは、それは絶対に昼の太陽のように明るくはないということだ。 まさしく彼の名前のように、冷たいものなのだろう。

 「......答えられないという中で心苦しいのですが、私も1つ訊いてもいいですか?」
 「え?」
 「ノバラ、貴方は人間の世界に帰りたいですか?」
 「......!?」

 唐突に投げられた爆弾が、ユズの心に命中する。 その質問には、凄まじい破壊力があった。
 帰りたいか、それとも──。 それは魔狼や他の色々なことに気持ちを傾け続けた結果、無意識にとはいえずっと逃げてきた思考だった。

 「貴方ならご存じですよね。 私は、貴方をこの世界に連れてきた張本人だ。 私には世界を行き来できる手段がある。 この世界が崩壊する前に、貴方を逃がせる。 魔狼のことは、他にも手段はきっとあるでしょう。 私が全てどうにかすると言ったら......貴方は、どうしますか?」

 ......確かにそうだ。 今ここに、世界を行き来できる手段がある。 帰ろうと言えば帰れるだろうし、帰りたくないと言えば、彼の判断によっては2度と帰れなくなるかもしれない。 それにユズの絶望の対象はあの世界ではない。 恋しいものだって、考えればちゃんと浮かぶ。
 でも......それは、ポケモンの世界にだって同じだ。

 「それは......兄さんのところに来いってこと?」
 「半分違うとでも言いましょうか。 この世界のことを、捨てることになりますから。 その代わりとして、絶対に戦いに巻き込む真似はしない......と言ったら?」

 もしかしたらこれは、究極の選択というやつかもしれない。 2つの大切なものに板挟みにされた状況ではあるが......ユズの思いは、既に決まっていた。

 「......いつか帰りたいのかは、わからない。 でも、今は......帰る気は、ない」

 それはある意味とても正直で、素直な答えだった。 ユズはぽつぽつと続けていく。

 「まず私は、みんなとやらなきゃいけないことがある。 この世界に魔狼の真実があるというなら、私はそれと向き合いたい。 それもしないまま戻って、逃げ続けるのは......違うと思う」

 そして、ラケナと戦った時に誓った思いを、そのままケイジュに告げる。

 「......あとは。 私、キラリと一緒に冒険がしたい。 自分の理想像を、あの子と一緒に見つけたいんだ。 ずっと、未来なんて見えなかったけど......でも、やっと見えそうな所まで来たの。 それにキラリだけじゃない。 私はこれまで、沢山のポケモンと出会ってきた。 沢山の宝物を貰ってきた。 ここで私が戻ったら、そんなみんなを見捨てることになる。 そんなこと、絶対にしたくない。 もう自分のせいで死なせないって、決めてるのに。
 兄さんは、帰りたいって言って欲しいと思ってるかもしれないけど......でも、今は」
 「......そうですか」
 
 我ながらずるいかもしれない。 ユズは緊張した面持ちでそんなことを考えた。「今は」と言って、明確な答えが出せないままはぐらかして。
 でも、仕方ないじゃないか。 自分がいなくなった途端に、きっと彼はみんなを殺そうとする。 自分さえ逃がしてしまえば、彼を止めるものはもう何もないのだから。 逆に言えば、もし自分がこの世界に留まれば、それはきっと彼の抑止力になる。 そして、その中で語りかけ続ければいいのだ。 「世界を壊すなんてもうやめよう」と。 それこそ、今自分がすべきことなのだ。
 ......そう、思ったのだけれど。












 「......残念だ」
 「えっ」
 「なら、貴方はあくまで今は『そちら側』につくんですね」
 「......っ」

 厳しい言葉が、ユズの胸に刺さる。 でも反論はしなかった。 図星だから。 ケイジュの方につくかキラリの方につくか選べと言われたら、後者にするに決まってる。 世界を滅ぼすなんて、嫌という次元を軽く飛び越しているのだから。 だから、嘘を吐くなんて出来なかった。 したくなかった。

 「──わかりました」

 どこか諦めにも近い声。 ケイジュの顔を見てみると、そこにはどこか複雑そうな目つきがあった。
 だがそれも束の間。 彼は自分の胸に手を当てて、その中の思いを1つ表情へと引き摺り出してきた。
 ......それは、ユズの目には「決意」のように映った。

 「ノバラ。 1つ伝えておきたいことがあります。 .....貴方が本当に、そこまでこの世界に固執するのであれば」

 彼の声は、どこか毅然としすぎていた。 元々は守るべき対象だと思っていた少女に向かって、ケイジュは──ヒサメは宣言する。





 「──私は、貴方も殺すことになる」


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