第84話 あなたのいるこの日に

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 あなたのいるこの日に、祝福を。





 
 雪が降る中夜は更ける。 昼はポケモンの声が絶えないメブキジカのレストランも、時間が経つにつれて静かになっていく。 角もすっかり冬仕様になった店主は、厨房で1度ぐいっと伸びをする。 忙しさの峠を越えた後というのは、どこかすっきりとした爽快感があった。

 「ふぅ......客足も落ち着いたねぇ。 今日もありがとうね、寒いのに。 これバイト代ね」
 「いえいえ。 どうせオレも暇っすから......そんじゃ、お先に失礼します!」
 「はいよ、また明日もよろしくね」
 「ういっす!!」

 意気揚々と家への帰路を急ぐ若者を見送り、メブキジカは仕事に戻る。 もうすぐ大晦日。 1年のうちで一二を争うレベルで大きい稼ぎ時だ。 無理はしすぎず、でも気合いは溜めていこう......そう改めて決意し、彼女は洗い物に手をつけた。
 ──その時だった。 厨房からも微かに聞こえるでっかい声が響いてきたのは。 それも、段々こちらに近づいてきている。

 「うおおお閉まっちゃういそげえ!」
 「キラリ待って、ちょっと!」
 「止まるなよキラリ! 予約ぶんどられるぞ!」
 「レオンさんまでっ!?」

 ......誰だかもう丸わかり。 相変わらず、あの面子は賑やかだ。 あとで近所迷惑だと通報されてもこちらの知ったことではないのに。 メブキジカは微笑ましさと呆れを感じながら、厨房から店頭へと移動する。
 するとだ。 丁度良いタイミングで頭に雪を被ったチラーミィがドアを開け放ってきたではないか。 大分鬼気迫った表情で。

 「──やっぱりあんた達ね。 いらっしゃいキラリ、どうしたんだい? もうオーダーストップはしてるからご飯は出せないけど」
 「違うの! おばさん......っと、一応店だから、女将さん! 大晦日の予約ってまだ空いてる? 本当にテーブル1個でもいいの!」
 「えーっと......あと3つ空いてるよ。 今年ちょっとだけ予約余裕あって、大きいのも1つ」
 「それ!! それでお願いします!!」
 「ちょっと待ってキラリ、別にいいよそこまで......お金だって、山のこともあるし節約した方が」

 後ろからひょっこりと現れたユズは、必死にキラリを制止する。 だが、そんな彼女を助けてくれるポケモンは他にはいなかった。

 「そんなん割り勘すれば大丈夫に決まってるだろ、遠慮すんなって」
 「レオンさん、だけど......!」
 「ほほう......ユズちゃん、大晦日に何かあるのかい?」
 「うっ」
 
 図星。 そんな表情を見せるユズを横目に、キラリが真っ先に答えを言った。

 「大晦日、ユズの誕生日なの! だから誕生日パーティーしたいの!!」
 「へぇー、その日とは珍しい。 こりゃあ盛大にやらないとだよねぇ」
 「そうそう。 年越しパーティーなんて極論日付変わる10秒前からでも成り立つだろ」
 「あの......えっと」

 会話に割り込むことが出来ず、ユズは縮こまってしまった。 それに最初に気づいたのはキラリだ。 その瞬間、天元突破していた彼女のテンションがひゅるると冷えていく。 目の前の友達は、少し怯えているような表情をしていたから。
 これは......もしや、やらかしたか。

 「......あっ、ユズ」
 「え?」
 「もしかして......こういうの、嫌、だった?」
 「ふえっ......いや、そうじゃなくて! 嬉しいけどいいのかなってなっちゃって、こんないいところ予約しても良いのかとか、私の誕生日のためにそんなこと......」
 「......ってことは、嫌ってわけじゃ」
 「そんなことない!」

 キラリの言葉を遮って迷いなくユズは叫ぶ。 そっか、ただ緊張していただけなのか──そう理解したキラリは、よかったと1つ息を吐く。

 「......それなら」

 そしてそのまま、勢いよくぱんと手を合わせた。 その熱意といったらなく、このままだと下手したら土下座までもっていかれそうなぐらいだ。

 「それなら一生のお願い! ここでどーんと祝わせて! ......絶対、後悔させないから!!」
 「うっ......」

 ......まさか「一生のお願い」という半ばネタ的な言葉を、これほど大真面目に使うポケモンがいるとは。 そう感じさせるほどの気迫と勢いに、大人しいユズが反論できるわけがなかった。









 



 「どうして、あそこまでしてくれるんだろうなぁ」

 帰り道、ユズはぼそりと呟く。
 結局のところ予約は成立。キラリはメブキジカと閉店後に色々話し合うためにあちらに泊まることになった。 だがユズ1匹で帰るにはもう夜も遅くなってしまっていたから、今日はレオンも一緒である。

 「いやあすまんな......ああなったキラリは多分誰にも止められないさ」
 「そういうレオンさんもノリノリだったけど......そういえばイリータ達にも、さっさと予約行けって急かされたし」
 「まあ急だったし、その勢いに駆られて......ってのもあると思うけど。 多分、森での一件もでかいと思うんだよな」
 「え?」

 ユズが純粋に首を傾げる中、レオンは微笑む。 その顔は、何かを懐かしんでいるようにも見えた。

 「あいつな......ユズ取り返すぞって時に、誕生日祝いたいって言ってたんだよ」
 「ええっ......でも、私日にちとか言ってない」
 「いつなのか知らないけど、とも言ってたけどな。 そんぐらい言うってことは、あいつにとっては凄い大事なものなのかもしれない。 いきさつを踏まえると、悲願といっても遜色ないぐらいだ」
 「......悲願」

 そう呟いて、ユズは何気なく夜空を見上げる。 ......確かに、悲願と言えばそれもそうなのだろうか。 この夜空を眺めることすら、許されないように思えた日もあったのだから。
 レオンもそれにつられ、視線を上に向ける。

 「......まあお前、結構我慢するところあるからな。 最近は荷物軽そうだけど。 誕生日くらいもうちょいはっちゃけてみたりとかは......しないか、お前は」
 「......どうだろう」
 「まあ、大晦日は楽しんだっていいんじゃないか? キラリ、お前に大笑いして欲しいんだよ。 きっと。
 絶対面白い日になるぜ? 腹が痛くなるぐらい楽しんで、どんちゃん騒ぎして。 そんで元日に反動で体調崩して」
 「......はは、最後は嫌だなぁ」
 「まあそれはそうさ。 今のは極端な例だけど......でも、そういう日が1日ぐらいあってもいいんじゃないか?」

 目の前の空に浮かぶ、冬の星座を探す「目印」とされる大三角──それを彷彿とさせるようなレオンの優しい言葉は、彼女の心に静かに染み渡っていった。 いつの間にか家はすぐ目の前になっていて、彼は「ここらでいいかな」と言って振り返る。 そして、立ち止まって一言だけ残していった。

 「よかったら、見届けてやってくれや。 キラリの熱意。 あいつが主導するなら、絶対いいものになるさ」
 「......うん」
 
 遠ざかるレオンに向かって、ユズは右前足を笑顔で振る。 そして、姿が見えなくなった瞬間に、その足を力なく下ろした。
 ......にしても。 今日の今日まで誕生日の存在を完全に忘れていたとは。

 (誕生日か......久々、だな)

 不思議なものだ。 「2年」空くだけで、こんなに複雑な思いを抱くなんて。
 











 そこからの数日間は、ユズにとってどこかそわそわしてならなかった。
 山に行くための準備をして、依頼もこなして。 ただでさえいつもとは違う日課なのに、キラリは時たま用事があるとそそくさ出かけていくのだ。 あと、イリータとオロルには急に好きな食べ物について聞かれたり、アカガネには好きな色が何か聞かれたり......こうして話してみると、全員雰囲気からしてわかりやすすぎる。 特に、アカガネに関しては言葉で隠すこと自体が下手だった。 どうしてそんなことを聞くのかと問うた時の反応がこちら。

 「ええっとユズちゃんのた......じゃない!! えーっとえーっと......そうそう! チコリータってかわいいじゃん、だから抱き枕とか作ってみたいんだよね!! そこに本家チコリータであるユズちゃんの好きな色も含めたらもっと良くなるんじゃ無いかなって思って──」

 抱き枕??? 自分の見た目の??? というところは取り敢えず置いておくとしよう。 要するに、ユズの周りのポケモンは歯に衣着せぬ正直者ばかりだということだ。
 そんな中でも3匹衆の動向は気になるところだったが、何故か1つも目立った動きが無かった。 役所によると、目撃情報も最近は全く無いのだとか。 そして、イリータとオロルはヨヒラと関わりがあるらしいとあるポケモンを探しているようだったのだが......。

 「泊まってた宿は突き止めたけど、もう出ていったみたいだわ。 ユズが知ってる......訳がないわよね」
 「参ったな......彼女から話を聞けば、色々知れると思ったのに」

 ......という具合である。 勿論平和なのはいいことだけれど、少し今の状況は不気味にも感じられた。 まるで、嵐の前の静けさのようで。

 山に行く日も年明けすぐだと確定し、短い期間ではあったけれど、色々なことが静かに動き出していた。
 そして。


 ......運命の日は、やってきた。
 












 「......夕方6時に来て、だったよね」

 外も暗くなり、ポケモン達が少しずつ盛り上がりを見せ始める中。 ユズはメブキジカの店の前に立っていた。 既に中には複数のポケモンがいるようで、外からでも笑い声が起こっているのがわかる。
 ごくりと息を呑む。 正直かなり緊張するのだ。 行きたいという感情とその緊張がごっちゃになって、中々1歩を踏み出せない。
 ──そんな時、遂に6時を知らせる鐘が鳴る。 大きな音に驚きながらも、今しかないと思い、ユズは自分を奮い立たせた。
 静かに、そして慎重に戸を開ける。
 
 「......どこ、だろう......」

 キラリ達を探す声は、周りの喧噪に掻き消される。 どこに予約を取ったのか聞いておけばよかったなと少しばかり後悔していると。

 「あーっ、ユズ来た!!」

 目の前に、わたわたと働いているキラリが現れる。 その慌てぶりといったらなく、つられてユズの口調もしどろもどろになる。

 「え、えっと、キラリ、私達の場所ってどこ」
 「ユズ目閉じて!」
 「ふえっ!?」
 「連れてくから! 私の手つかんで!」
 「あっ......う、うん!」

 脈絡もへったくれもない要望だったが、勢いに呑まれたユズはキラリの言った通りに目を閉じた。 よく考えてみれば、サプライズというのは目の前に驚きの光景がなければ始まらないのだ。
 ......凄い唐突ではあったけれど。

 「いーちに、いーちに......このぐらいかな。 ストップ!」

 真っ暗な世界で、視覚と味覚以外の3つの感覚が研ぎ澄まされる。 声と手の感じから、キラリがとてつもなく緊張しているのが伝わってきた。 それに、微かに美味しいご飯の香りも漂ってくる。心臓の音までも、聞こえる。
 あのそわそわした数日間。 他のみんなの不可解な行動。 レオンが教えてくれたみんなの熱意と、後悔させないというキラリの力強い言葉。
 ──それらが具現化された光景が今、目の前にある。

 「......ユズ、もういいよ!!」

 その言葉に従い、ユズはそろりそろりと目を開ける。 真っ暗だった世界に光が灯って、テーブルの近くに立つポケモンの影が見えて。 ......そして。


 「......わぁ!!」


 目の前で開かれた幸せの宝石箱が、彼女の視界を鮮やかに彩った。













 誕生日のあるべき姿というのは、こういうものを指すのであろうか。
 ほかほかのシチューやリンゴがふんだんに入ったサラダなどなど、好きなご飯ばかりが所狭しと並べられていたり、綺麗な花飾りがあったり、その装飾もみんな自分の好きな色で統一されていたり......ユズの目がきらきらと輝く要素しか無かった。

 「すごい」

 ユズの口から漏れた一言。 そのたった3文字の中に、全ての興奮が詰まっていた。
 それを感じ取ったかのように、キラリはその場で思い切り跳ねる。

 「......~~~っし、すごいのお言葉頂いたぁ!!!」
 「キラリちゃん頑張ってたもんねぇ、飾り付けやら色々と」
 「いやいや、飾り付けのレイアウトはイリータとオロルにお世話になったし、おじさんとアカガネさんは高いところの飾り付け手伝ってくれたし......もうみんなのお陰だよ!!」
 「まあ、これぐらい当然よ」
 「イリータ、こういうところセンスあるからね。 花の飾り付けとかそりゃあもう」
 「ふっふっふ......あたしも料理気合い入れたからねぇ」
 「うわっ......女将さん!」

 喜ぶキラリとアカガネの微笑ましい様子を眺めていると、ユズの後ろからメブキジカがぬっと忍び寄ってきた。

 「いつもより量たんまりにしておいたから、楽しんでおくれよ。 お金のことも気にせずね、周りの奴らががっぽり払ってくれるんだからさ」
 「よく言うぜ......まあでも、色々要望汲んでくれたわけだからなぁ。 この食事、普通に本来の金額以上じゃねぇか?」
 「レオンは鋭いねぇ、まあこれはあたしの奢り的なものもある! 今年もちゃーんと予約は埋まったし、がっぽり収入は約束されてるからさ。 このぐらいちょちょいのちょいよ」
 「あっ、ありがとうございます!」

 ユズがぺこりと頭を下げる。 感謝されるのはやはり嬉しいものなのか、彼女もまたにんまりと微笑んだ。

 「──いいってことよ。 この年の誕生日は一度きり。 思い切り食べて飲みなね」
 「......はい!」

 メブキジカにもう一度礼をした後、ユズはテーブルの方をまじまじと見てみる。 ......やっぱり、1番最初に目に入ってくるのはこれしかない。
 初依頼の日にも食べた、あのごろごろと具の入ったシチューだ。

 「......これ、もう食べて良いんだよね?」
 「勿論!! みんなで一緒に食べよう!」
 
 ユズ達は、目の前にある大きなお椀からシチューをたっぷりよそう。 自分の木の皿がその熱を帯びていく感覚は、やはり筆舌に尽くしがたいものがあった。

 「いただきます」
 「いただきまーす!!」

 そして前置きなど不要と言わんばかりに、ほかほかの具を一口頬張る──

 「......っ!!」

 一瞬、ユズは言葉を失った。
 思い切り好きな物を頬張る時の言葉に出来ない高揚感。 ご飯に飢えた口の中に響く芳醇な甘みとまろやかさのハーモニー。 更に、この特別な状況下でしか感じられない、まるでどこかの国のお姫様にでもなったかのような浮き立つ気持ち。 そんないくつもの感情が、ユズの頭の中を一瞬のうちに駆け巡っていった。
 色々言葉は立て並べたが......要するに、最高ということである。

 「......美味しい!!」
 「んまんま~!! やっぱいいねぇ、おばさん最強!!」
 「いただきます......なるほど、前より更に美味しい気がするわ」
 「凄いね女将さん、色々改良しているんだろうなぁ」
 「メブちゃん、根気強いところもあるからね~」

 ユズの一口を皮切りにして、全員がご飯を食べ始める。 シチュー以外にも色々なご飯があって、見ているだけでも楽しめた。 サラダもすっきりめだし、なおかつお米もたんまりあるし......と、ジョウト地方生まれで割と健康志向が強めなユズには最強のメニューであった。
 暫くそんなご飯に舌鼓を打っていたが、ユズはふと周りを見てあることに気づく。 そして、少し残念そうに呟いた。

 「──流石に、ジュリさんは来ないか」
 「あっ......うん。 準備はちょこちょこ手伝ってくれたんだけどねぇ。 ね、おじさん」
 「おう。 手伝いというか、あいつは出すご飯に関する相談だな。 あいつ料理上手いってキラリから聞いたし、メブキジカも知見を得るって意味でそういう奴の話を聞いときたいって」
 「そうなんだ......」
 「一応この場にも誘ってはみたんだが、まあしゃーないさ。 無理強いするのもあれだしな」
 
 ......でも、手伝ってはくれたのか。 ほかほかご飯も相まって、ユズの胸が微かに暖まる。
 魔狼のこともあって、ずっと嫌われているものだとばかり思っていたのだから。

 「まあでも、今日はジュリさんが1匹でもちゃんと楽しめる要素あるよ! 花火上がるんだよ、年明けた時に!」
 「本当!?」
 「その時は外出て一緒に見ようか!!」
 「うん!」

 そんな小さな約束を交わし、2匹は互いに微笑んだ。












 大分お腹も満たされてきて、縁もたけなわとなってきた頃。 時計の短針も大分真上へと近づいてきていた。 そんな中、ユズはぼそりと呟く。

 「......花火かぁ」
 「ん? どうしたの?」
 「いや、今更だけど、花火の文化はこっちにもあるんだなって思って」
 「てことは......人間の世界にもあるんだ!」
 「うん、夏にそのお祭りがあったりしてね......そうだ」

 ユズはどこか浸るように思い出を語り出す。 まず脳裏に浮かんだのは、夜店の光の中で揺れる水面だった。

 「ユイや兄さんと、花火大会に行く機会があったの。 一緒に屋台回って、色々買って食べて......あと、トサキントすくいなんてのもあってね。 すくえたら自分のポケモンにしてもいいっていうシステムなんだけど......それで、兄さんが1発で成功しちゃって。
 その子、兄さんの家の玄関にいるんだよ。 綺麗な水鉢に入れて貰って。 ヒオさん凄いかわいがってるの」
 「へぇ......! ヒオさんって、ケイジュさんのおばあちゃんだよね?」
 「うん。 色々お世話になった。 魔狼の件もそうだけど、勉強とかも。 だから、結構関わりも深くて」

 ......ふと。 もう1つの記憶が鮮明に蘇る。

 「......だから、誕生日の時はヒオさんの家にみんなで集まったこともあったの。 私とお母さんと、ユイとユイの両親と、あと兄さんとヒオさん。 みんなで美味しいもの食べて、それでユイは先に寝ちゃって。 楽しかったなぁ......って」

 心に浮かんだ過去の情景を、そのまま言葉へと変換させていく。
 あの日。 大人も子供も、和やかな空気の中で語らっていた。 寝てしまったユイを微笑ましい目で眺めながら、縁側でヒサメとも話したものだった。
 まだ少し無邪気な声をしていた自分は、ユイの頬をつんつんしながら笑っていたっけか──。











 「もう食べられないよう」という幸せそうな寝言。 縁側に座るユズは──ノバラは、そんなことを言うだらけきったユイの姿を楽しそうに眺めていた。

 『──っはは、ユイ寝ちゃった』
 『お疲れ様ですね。 いっぱい喋ってましたから。 貴方は眠くないですか?』

 そして、その横でヒサメは静かに笑う。 その姿は、本当に2人の妹を見つめる兄のようだった。

 『まだ平気。 にしても、やっぱり楽しいなぁ......』
 『ならよかった。 こうやって多くの人が集まる機会って、中々ないものですからね』
 『──ねぇ、兄さん。 次の誕生日も、みんなで祝えるかな』
 『どうしました、藪から棒に』
 『なんとなく。 ......やっぱり、色々考えはしちゃうから』
 『......大丈夫ですよ』

 優しく頭を撫でる感触。 これだけでも十分なくらいなのに、そこに続く言葉が、更に安心感を上乗せしてきた。

 『なに、心配せずとも出来ますって。 来年の今頃には解決までこぎ着けていたら最高ですけど』
 『それは流石に厳しいのかなぁ。 ......でも、来年も、いい年になったらいいな』
 『ですね。 ......来年も、願わくばこんな、綺麗な月が出てほしいものだ』

 そう言って、彼もまた幸せそうに月を見上げていた。














 ......だけど、その約束が叶うことはなかった。 ヒサメが消えてしまったのは、丁度その翌年だったから。
 でも、楽しい日だった。 心が洗われるような日だった。 丁度、今日みたいな。

 「来るときに月を見たんだけど、凄い綺麗な月だったんだ。 今思えば、あの日のに似てる。 ......不思議だね。 戻ることなんてないのに」

 ユズの声が、若干翳りを帯びる。
 ユイもヒサメも、今は目の前にはいない。 ユイにはもう2度と会うことは叶わないし、ヒサメに関しても期待はしていない。 「すぐに会える」というラケナの言葉すらも信じられないのだから。
 それなのに、どこまでも過去の面影を求める自分は、もしかしたらとても女々しい奴なのだろうか──そう、彼女は心の中で自嘲する。
 誕生日に関する複雑な感情。 その理由の1つが、明るみに出た気がした。

 「そっか......」

 キラリが少し神妙な顔で頷く。 少し湿っぽい空気になってしまっただろうか......と思ったけれど、

 「なんか、よかった」
 「え?」

 すぐに、その顔に笑みは戻ってくる。 ユズが目を丸くしていると、彼女から嬉しそうな声が聞こえてくる。

 「ユズ、誕生日ぱーっって祝われるの慣れてないのかなってなっちゃってたんだけど......それならよかった。 楽しい思い出、いっぱいあったんだね」
  「......!!」

 思い出を辛さで上書きするところだったところに、キラリの言葉がじんわりと染みこんでいく。
 自分の過去の記憶を肯定してもらえた──そんな風に思えて、ユズは少し胸の辺りがこそばゆかった。

 「......そうだね。 ありがたいことに、そうみたい」

 温かい感情を、胸の中にしまいこむ。 目を閉じ、そのじんわりとした感覚を味わっていた......そんな時。

 「そうだ、ユズ」
 「ん?」

 唐突にオロルが声をかけてくる。 振り向く彼女の目の前に差し出されたのは、綺麗にラッピングされた緑色の袋だった。

 「これは?」
 「誕生日プレゼント。 アクセとかはあまりつけないかなと思ったから、花の見た目の入浴剤にしてみたよ」
 「えっ......いいの!?」
 「勿論! リラックス効果もあるっていうから、いいんじゃないかなって」
 「......中々凝ったもの贈るわね」
 「ユズの物欲の矛先あまり読めなくて......プレゼントによさそうなもの探し回ったんだよ」
 「なるほど。 ......どうしよう、少し見劣りするかしら」
 「......ということは、イリータも?」

 ユズの問いに、イリータは少し恥ずかしそうに頷く。

 「──ユズ、最近、体調は平気なの?」
 「あっ、うん。 でもなんで......?」
 「このタイミングで風邪なんか引かれたら、たまったものじゃないわ」

 ぽんと投げるように、紫色の袋が手渡される。 触ってみると分かるけれど、袋の中身に入っているものは厚みがありながら全体的に丸っこいシルエットをしていた。 この大きさ的に、もしや。
 
 「......湯たんぽ?」
 「それ使って、寒さを凌ぎなさい。 冬はまだまだ長いんだから」

 そっぽを向きながらイリータは答える。 わざわざ顔を隠すというところに、彼女の真心がにじみ出ている。 イリータが「嘘がつけない」と思えるのは、やはりそういうところがあってこそだ。

 「ありがとう......」
 「なるほどねぇ、ユズ結構倒れること多かったし......心配だったんだね」
 「う、うるさいわね! ライバルにはいつも最大限の力を出して欲しいと思うのは当然」
 「素直に健康大事にねって言えば?」
 「オロル!!」

 イリータが顔を真っ赤にするのを、ユズ達は苦笑いしながら眺める。 ユズの持つ大きい湯たんぽは別にまだお湯も入っていないのに、どこかほんのり温かみを感じてならなかった。
 ......今思えば、まさか彼らとこんなにも仲良くなれるとは。 2匹に出会ったばかりの自分と今話せるのであれば、きっと彼らの素敵なところを沢山語れるのだろうに。

 「イリータ、オロル」
 「ん?」
 「なんだい?」
 「......これからも、よろしくね」
 「何よ今更......」
 「いいじゃん、今日ぐらいはさ。 ......素直に感謝、伝えたいなって」
 「はは、誕生日だからかい? でも、ユズは日頃からそうだと思うよ」
 「え?」
 「ユズは誰かに何かしらの問題を丸投げなんてしない。 つまり、ユズは他のポケモンの存在の重みをよく分かってる。 それは感謝の感情が常日頃からあるってことだろ?」

 ......ほろりと、目からうろこが落ちる音。 ぽかんとした顔で、ユズはその場に立ち尽くす。

 「そう、か。 確かに」
 「......もしかして、完全に自覚なし?」
 「まあ、ユズならあり得ることだけど......自信ぐらいもう少し持ったら?」
 「ちょっとそれはゆっくりと、ね」
 
 苦笑。 そう簡単にいければ苦労しない......そう思ったのは、心の中に留めておくことにした。
 それはそれとして、オロルの言葉は心にどこか突き刺さるものがあった。

 誰かが側にいることは、とてつもなく重いもの。 当たり前だと片付けられるほど軽くはないもの。
 その言葉を、無意識のうちに心の隅で飼いだしたのはいつからか──。

 「あーっっ、そうだ、私からもあるよプレゼント!! おじさん、時間的にもう出しても良いでしょ!?」
 「ああいいさ。 でもキラリだけのじゃねぇだろ、これは。 お金の面で」
 「どういうこと?」
 「ユズ、誕生日に欠かせないモノといえば?」

 突然の問題に、ユズは頭をひねる。 誕生日にはなくてはならないもので、かつ今この場にないものと考えると。

 「......ケーキ?」
 「正解!!」

 そう言うや否や、キラリは厨房の方に向かいてってけ走り出していく。 ......そして、帰りはやけにそろりそろりと歩いてきた。 その手が持っていたのは、結構大きめの、黄色の果実の乗った──

 「......柚子のケーキ!!」
 「そう! やっぱこれしかないよねって思ったの!」

 とっておきのプレゼントを机の上に置き、キラリはヒバニーのようにぴょんぴょん跳ねる。 ユズ自身も食い入るようにそれを見つめた。 ケーキを手作りしたことはあったけれど、こんなに立派なのはやはり中々見る機会はないのだ。 ......それも、自分のもう1つの名前の由来の。

 「早く食べたいよね! というわけで......入刀いっきまーす!」
 「待てお前が刃物持つと怖いから俺が」
 「あーもう奪い合いしない!! そんなことしたらもっと危ないんだけど!?」

 キラリ達が謎の争いをしている姿を、1歩退いて見つめる。......ああ。 あの時は。
 こんな日が来るなんて、思ってもなかった。

 











 『──ねぇ、日にちも分からないんじゃ......これがずっと続いちゃったら、ノバラの誕生日も祝えないよね』

 去年、他人から自分の誕生日にまつわる言葉を聞いたのは、これだけだった。

 前回の誕生日は、丁度暗い部屋に押し込められていた時。 自分の誕生日がいつだったかなんて、あんな暗い部屋の中で意識出来るわけがなかった。 祝う気持ちなんて湧かなくて、ただただ寒い中身を寄せ合って。 いつも真っ先に祝いに来てくれたユイですら、あの年は何も言わなかった。 言えなかった。 当然だ。 いつ何が起きるか分からない中で、誰かの生を祝福できるわけがないのだ。
 それが、この複雑な思いの2つ目の理由。 あの時は、誕生日なんてないのだと思うしかなくて。 自分のそれにまつわる記憶を、半殺しにするほかなくて。
 ......だから、この前までずっと忘れていたんだ。





 でも、今年は。

 「おお、イリータ上手い!」
 「このぐらい普通よ」
 「それにしてもいいって」
 「それじゃあ、いっちばん大きいのを......!!」

 明るい部屋と、暖かいご飯と、自分を祝ってくれたポケモンがいて。 この1年ずっと幸せな時間だったかと言われると、そうじゃない。 寧ろ波瀾万丈といってもいいくらいだけど。 ......だけど。

 「ユズ、誕生日おめでとう!!」
 
 目の前に差し出されたこの大きなケーキは、夢じゃない。 偽物じゃない。
 この尊い時間は、まるで。 現実では一瞬、でも心の中では永遠に輝き続ける──

 「......ありがとう!!」

 色とりどりの、花火みたいだ。











 


 
 ......とはいえ、そのあったかすぎる空気に浸り続けていれば、流石に暑いなぁとなる気持ちも無いわけではなく。

 「キラリ、ちょっと外出てもいい? 夜風に当たりたくて」
 「え? 外寒いよ?」
 「ちょっとあったかすぎて火照っちゃって......」
 「いや、草タイプの身体に夜の寒さは敵だよ?」

 後ろから、またもやぬっとメブキジカが忍び寄る。 何をするかと思えば、彼女は突然かなり大きめのマフラーをぐるぐるとユズに巻き付けてきた。 それはもうぐるぐると、顔が半分隠れるぐらいまで。
 馴染みのないもっこもこな感覚。 どこか、夢心地な気分だ。

 「......これでよし! サイズ大きすぎるけど、一時凌ぎにはぴったりでしょ」
 「うおおおばさんありがとう!」
 「あ、ありがとうございます......」
 「まあ暑いっていうのは分かるよ。 なんならこれから年越しで、更に熱気増しちゃうからね。 でもすぐに戻るんだよ?」
 「......はい!」

 1つ礼をして、ユズは店の出入り口のドアへと向かう。 すると、キラリが思い出したかのようにユズに向かって声を上げた。

 「あっ......ユズ! 年越し10分前に鐘鳴るから、遅くてもそのぐらいにね!」
 「はーい!」

 ユズは返事をして、キラリに背を向ける。 その声は若干弾んでいた。
 花火を待ちながらのんびりする時間も、いいものではないか。








 「......さむっ」

 ドアを開いてみれば、確かにそこには針のように鋭い風があった。 思わず身震いしてしまう。 メブキジカの言葉には確かに納得だ。 全身を包んでくれるマフラーに対しての信用が更に厚くなったところで。
 ......隣から、鋭い視線が刺さる。

 「......貴様、外になんて出て良いのか?」
 「えっ......って、ジュリさん!」

 先客がいたのか。 慌ててユズが振り向くと、ドアから少し離れたところにジュリの姿があった。 何故ここにいるのかと考えはするけれど......深く詮索されるのを嫌う彼の性格を考えると、いきなりストレートに聞くことは憚られた。

 「......こんなところで、寒くないんですか?」
 「別に」
 「そっか......私は丁度いいぐらいなんです。 寧ろ少し涼しいぐらい」

 そう言うユズの顔は、確かに少し火照っていた。 その姿だけ見れば、彼女は誕生日を喜ぶ小さな子供としか思われないだろう。 そんな彼女を見る彼の表情は、少し翳りを帯びる。
 さて、本題を切り出すなら今だろうか。

 「ジュリさんは、どうしてここに? こういうの苦手なんじゃ」
 「謝りに来た。 貴様にな」
 「えっ!?」

 ガラにもない──という言葉はなんとか呑み込んだが、ユズは驚きを隠せなかった。 悪いポケモンではないと分かってはいるけれど、どうしても警戒してしまうところがあるのに申し訳なさも感じた。
 そして、ジュリが話し出したのは......丁度、彼に関して最も負い目のある問題だ。

 「森でのことだ。 俺は、真っ先に貴様を殺すべきだと言った。 災厄だと言い切った。 ......だが、貴様はあの裏切り者とは違う。 敵意がないと分かった今、その言葉は取り消すべきだろう。 ......だから。 悪かったな」
 「......そんなの、謝らなくて良いです。 そう言ってくれるポケモンがいて普通なんです。 寧ろ良かったぐらい。 そうじゃなかったらみんな超人でしかないから。 私ですら怖いんだし......
 にしても、よく言いましたね。 隠してたって別に良いのに。 それに、こんな夜に」
 「......俺が嫌だっただけだ」
 「......やっぱり優しいなぁ。 ジュリさんって」
 「何? 俺が?」
 「うん、だって──」

 ユズの口が、ぴたりと止まる。 ジュリが訝しげな表情を見せても、そこに彼女の思考は向かなかった。 なぜなら、今頭の中に浮かんだ言葉は。

 ──誰かに何かしらの問題を丸投げなんてしない。
 ──他のポケモンの存在の重みをよく分かってる。
 
 ......オロルが自分に言った言葉、そのままだったのだ。



 「......だって、なら何だ」
 「あっ、えっと、その......い、色々というか?」
 「は?」
 「うっ......ご、ごめんなさい! 理由はまた今度!」
 「は!?」

 何故だろう。 妙に恥ずかしい。 一旦この場から離れたい──そんな感情がユズを覆い尽くしていた。 そんなことはつゆ知らず、ジュリの声には珍しく怒りというよりは困惑が宿る。
 そして、そんな恥ずかしさの中でユズがもう1つ思うのは......。
 もしかしたら、とっつきにくいように思える彼にも自分と似たところがあるのでは、ということだ。

 「そうだ、キラリがシチューあとちょっとだよって言ってました! 寒かったらお店入ってくださいね!!」

 少しばかり親近感も覚えながら、小さなチコリータはたたっと走り出す。
 嵐が過ぎ去った後、彼は呆然とその場で立ち尽くしていた。

 「......何なんだ」















 「......やっぱ、風を浴びるならここだな」

 前リアに教えて貰った丘は、ユズにとってお気に入りの場所になっていた。 予想通り、この辺り良い風が吹く。 メブキジカがかけてくれたマフラーのお陰で、寒さも程よいぐらいに和らいでいた。 心地が良い。

 海の見える場所まで向かいながら空を見上げる。 丁度満月だろうか。 夜空に浮かぶ一際大きな丸がきらきらと、白銀色の光を放っていた。
 キラリも誘ってみたらよかったかもしれない。 これは独り占めするにはあまりにももったいない。 自分だけの誕生日プレゼントだと言われてしまったら、正直それまでなのだけど。

 (......あれ)

 少し登ると、上の方に何かの影が見えた。 どうやら、長身のポケモンのようだった。ここにも先客がいたのか、と若干驚きはするが......ここで降りるのも何か損だ。 隣に座らせて貰おうと思いながら、そのまま先に進んでいく。
 しかし、唐突にその足は止まった。

 「......え?」
 
 ──いや。 止まってしまったと言った方が正しいかもしれない。
 















 そのポケモンの背から、ひらひらとしたヒレのようなものが見えたのだ。


















 「......嘘」

 ユズは思わず呟く。 気づいた時には、もうそちらに向かって走り出していた。

 (まさか)

 近づくごとに、そのシルエットがどんどん正確さを増していく。

 (まさか、まさか!)

 また近づけば、今度は月明かりに照らされて身体の色も明らかになってくる。 水色と黒の身体と、ヒレなどに施されたワンポイントの黄色。

 (......こんな、ことって!)

 笑っているのか、睨んでいるのか、泣いているのか。 ユズは自分自身の表情が今どうなっているのかすらも分からなかった。 あまりに唐突な出来事に、半ばパニックになっていた。 息が苦しい。 とてつもなく。 期待なんてしてなかったのに。 暫くは無理だろうと、諦めてさえいたのに。

 ......いや、落ち着け。 考えろ。 頭をちゃんと動かせ。
 自分は、どうして「そういう」可能性から目を背けている?


 (......夢じゃないよね......!)


 無我夢中で、そのポケモンの目の前まで走る。
 ──そうだ、落ち着け。 目を背ける必要なんか、ないはずなんだ。
 
 (一度出来た縁は、切ろうとしても切ることが出来ない。 必ずまた巡り合う。 そういうものですから)

 この言葉を、信じるのであれば......!!













 「──あのっ!!!」

 叫ぶ。 相手のポケモンがびくりと身体を震わせた。 ユズは息を切らしながら、その後ろ姿をまじまじと見やる。
 その時点で彼女の違和感はもう、確信に変わっていた。

 「......まさか」

 ユズの口元を覆っていたマフラーがずれ落ちる。 一瞬で寒気が彼女の身体を覆い尽くした。 物理面でもそうだが、精神面ではもっとだ。 気はいつも張り詰めているつもりだったのに、どうしてこんなところで油断してしまったのだろうか? こうやって不意を突かれる可能性はゼロなんかじゃないのに。
 「何も起こっていない」この状況が続くなんて事、あり得ないのに。

 「......ダメ元、だったんですけどね。 これも何かの縁か」

 そして。 そんな彼女の前で、そのポケモンはくるりと身を翻す。

 「今日は、月が綺麗ですね。 まさしく、貴方の誕生日に相応しい」

 目の前の光景に、胸を突かれた。 思い出されるのは、あの日しかない。
 違うようで、でも同じようで。 時間が、融け合ってしまったようで。

 これは、誕生日の奇跡とでも呼ぶのだろうか?



















 「──ヒサメ兄さん」
 「......ノバラ。 お久しぶりです」



 ──今年最後の月夜の下。
 2人の人間が、向かい合う。



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