第83話 心を馳せて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 ──深夜の書斎。 レオンは机の前に立ち、紆余曲折の末に出来上がったリストを眺めながら1つ息を吐く。

 「ふう......」

 静かになった書斎の空気に、安堵が染み渡っていく。 結局作業は夜までもつれこんでしまったのだが、アカガネやジュリのお陰もあり日をまたがずに終わらせることができた。 彼らには本当に感謝しかない。
 ......にしても、と1つのことを思いながら、とあるページを見て呟く。

 「......中々濃いダンジョンも、あるもんなんだな」

 その目線の先にあるのは、1枚の写真と、その周りに連なるいくつかのメモ。 たったそれだけのものなのに、その「中身」に彼はどこか特別感を感じてならなかった。









 



 北の湿原の方。 雪の綺麗な、純白の山。

 素直じゃないと思っていたあの子供の声は、こちらにそうはっきりと告げる。

 今まで判然としなかった手がかりは、唐突にこの手の中に滑り込んできた。 ......いや、もしかしたら唐突なんかじゃないのかもしれない。

 ──今だからこそ、届いたのかもしれない。



 「......っ!!」

 雷のような衝撃が、小さなチコリータの中を走り抜けた。
 がばりと起き上がったユズは、息を切らしながら窓の外を見る。 眼前にあるのは、風の音もしない、静かで平和な星空だ。 今の彼女の状況にはどこかそぐわない。 だけど、それが寧ろこちらの気分を落ち着かせてくれた。
 呼吸を整えた後、震えた声が漏れる。

 「──やっと、聞こえた」

 目ははっきり覚めているが、頭の中はまだどこか夢心地だ。 やっとのことで鮮明になったあの子供の声が、耳の中で反響し続けている。 まるで、呼ばれているみたいに。

 「......北。 湿原のある方」

 絶対に忘れるものかと胸に刻みながら、復唱する。 ユズはむくりと立ち上がり、窓の方まで歩いた。 丁度、朝日が右から昇ってくる位置だ。
 北の方角。 あの、向こう側に。

 「......雪の綺麗な、純白の山」













 さて、そこからすぐにレオン達と色々話す......とは、いかなかった。

 ユズとキラリの怪我の影響......なんてありきたりな言い訳は今更野暮だろう。 詳細を述べると、探検隊ソレイユが最近依頼をこなせていなかったせいで中々経済面で厳しかったからというのが大きかったのだ。 あとは探検隊年末レポートに高いクオリティを求めすぎた結果締め切りが危なくなったことも挙げられる。 「社会に出れば冬休みは無い」とはよく言ったものである。

 それでいて、他の5匹もずっと暇なわけではない。 諸々の事情もあり、やっとのことで7匹の予定の都合がついた時には、前偶然彼らが一堂に会した時から約3週間ぐらい経ってしまっていた。 もう年末の直前も直前である。
 年末といったら、その名の通りその年の終わり。 次の年への境目だ。 去りゆく日々を惜しみながらも、未来への期待を胸に抱く日。 0時という真夜中に訳もなく喜びを叫び散らすことを許されるほぼ唯一の日ともいえる。



 ......さあ。

 しかし、どこかの誰かさんにとっては、どうなのだろうか?

















 「......雪だぁ!! ねぇ見てユズ、雪だよ!!」

 集合の日の朝。 家から出るや否や、キラリがぴょんぴょんと跳ねて声を上げる。 その後ろに立つユズも、玄関先の景色を見て強く心を震わせていた。

 「本当だ、積もってる」

 確かに、一面銀世界とまではいかずともところどころ地面や木々が白く染まっていた。 空は快晴。 陽光が雪に当たり、そこら中がきらきらと輝いている。
 ──やはり、この白い雪こそが冬の象徴だ。 ユズは少し嬉しそうに微笑む。

 「昨日、大雪だったみたいだからね......積もるんだなぁ、ここにも」
 「うん! そういや、ユズのところは降るの?」
 「一応ね。 大きい地方だし地域によってはまちまちみたいだけど、私のところはちゃんと降ってた」
 「いいねぇ......じゃあおしくらまんじゅうって知ってる?」
 「えっ、おしくらいかりまんじゅうじゃなくて?」
 「いかりまんじゅう?」
 「あっ......ごめん。 いかりまんじゅうっていう、私の住んでた地方で人気の饅頭があって。 まあ地方によっても違うから、違う地方でその呼び方っていう説もあるかもしれない」
 「なるほど......そんなのあるんだねぇ」
 
 2匹の頭の中に美味しそうな饅頭のイメージ図が浮かぶ。 帰りに買っていくのもいいかもしれないと思いながら、そして雪化粧した地面や木々に時折視線を移しながら、彼女らは歩を進めていく。
 特にユズにとって、こうやって雪をまじまじと見るのは2年ぶりのことなのだ。 攫われた場所には雪は積もっていなかったし、戻ってきてからは景色になんて目を向けられなかったから。 ──でも寧ろ、その方がよかった。

 (......懐かしいな)

 雪を見ると思い出すのは、ユイと一緒に雪だるまを作った記憶。 嫌な記憶は何処にもない。 だから、純粋に喜びを感じられる。
 ......不思議だ。世界は全くもって違うはずなのに、あの時溶けた雪がまた還ってきたかのようにも思えた。 いくつもの雪を踏む音が響く度、ユイが今も側にいるんじゃないかという錯覚すら覚えた。

 ──今ならば分かる。 そういう真っ直ぐで暖かな感情は、当たり前のように見えてとても尊いものなのだ。
 尊くて、癒やされて、心の底から励みになる。
 冬の風は、刺すように冷たいけれど──。

 「......あれ」

 ユズはふと立ち止まる。 今、一瞬変な風が吹いたような。

 「どうした?」
 「今の風、少し暖かくなかった?」
 「ええ? 大丈夫? 風邪引いてない?」
 「それは無いと思うけど......」

 ユズは軽く空を見る。 ......この前掻き消そうとした可能性が、また蘇ってくるのを感じてならなかった。

 「本当に、何だろう」

 ──春風。 やっぱり、似ている。














 集合場所は、いつもの如くレオンの家だ。 7匹が集まって少し経ったか......という時。 ネッコアラも思わず目を開けてしまいそうな叫び声が外にまで響き渡ってきた。

 『ええええええっ!!!!』

 部屋を見渡せば、ぽかんと口を開けたままのポケモンが何匹か。 そんな彼らの視線を浴びながら、ユズは軽く苦笑いをした。 確かに、こんな突拍子もなく色々なことを言われたら驚きたくもなるだろう。 現にアカガネはぐいぐいと彼女の方に詰め寄ってくる。

 「声が聞こえて? 方角教えてくれて? そんでもって特徴まで?」
 「はい」
 「......凄い。 レオンちゃん、これなら特定出来るかもよ!! リストもいい感じになってるし!」
 「えっおじさん達リストなんて作ってたの凄い!」
 「おっおう、ちょっと待てよ......?」

 キラリとアカガネは興奮冷めやらぬ様子。 かといって2匹だけが盛り上がっているわけではなく、全員がレオンの動向を固唾を呑んで見守っていた。 ......にしても、彼はどこか確信を持ってページをめくっているような。

 「......あった!」

 明らかに嬉しそうな声色だ。 開かれたリストの1ページが、全員に見えるように机に置かれる。 リスト自体は殴り書きされたメモに過ぎないものだが、そこにレオンが補足を加えていく。
 
 「北の湿原といえば、『リンレツ湿原』。 その北側に山脈があるんだけど、これはその中の最高峰だ。 『徒花の白峰』っていうらしい」

 その時、イリータとオロルがやけにはっとした顔を見せる。 平静を取り繕うようにその顔はすぐにいつもの落ち着きを取り戻したから、どうしたのかと問うことは叶わなかったのだけれど。
 そんな中、アカガネははて?と首を傾げる。

 「......花? 雪山なのになんで?」
 「そこに行った探険隊が雪を花に喩えた......とか?」
 「いや、これはちょっと事情が違うんだ。 どういうことかは、話すと少し長くなるんだが......」
 「長くなるって? そんな凄い山なの?」

 意味深なレオンの言葉を、キラリは聞き逃さない。 それに呼応するように、彼は1つ頷いた。
 そしてもう一度、そのメモと写真を見やる。 ──この前の深夜と、同じ目つきで。

 「ああ。 ......結構調べてみると内容が濃くて、大分気になってたんだ。 ここが魔狼に何か関係があるって言うんなら、俺的には物凄くしっくりくる。 いきなり本題行かせて貰うと......」

 少し溜めた後、その口から衝撃の情報が伝えられる。



 「──ここ、伝説のポケモンがいるんじゃないかって噂されてるところなんだ」



















 「伝説の......」
 「ポケモン!?!?」

 少し間を開けて出てきたその声には、強い驚きが込められていた。

 「そうだ。 信じられないかもだけどな。 そんなもんだから、行ったら呪われるとか噂に尾ひれがつきまくってて、探険隊でもよっぽどの命知らずでない限り行かないのが昔から暗黙の了解みたいになってる。
 だから名前の伝わり方とか由来とかも正直分からないんだ。 要するに、歴史はあるけど謎ばっか......って感じだな。 ......多分これじゃないか? ユズの言ってる山って」

 ユズとキラリはぽかんと立ち尽くしてしまった。 確かにおかしくはない。 魔狼が元々謎ばかりの力なのだから、それが謎ばかりの伝説のポケモンと繋がると考えるのは自然ともいえるかもしれない。 ......でも、その響きにはどこか現実味が感じられなかった。
 そのもやもやに一石を投じたのが、ジュリの質問だった。

 「......噂は噂だろう? ただの噂を信じろと?」
 「それはそうだ。 一応これは賭けでもある。 でも、火のない所に煙は立たない。 それにあそこは文字通りの北の秘境だし、可能性は十分高いと思う。 ......にしても、やばいなこれ。 どんどん予想が出てくる。 伝説のポケモンが実際いたとして、そいつらが味方なのか、それとも──」

 今まで真実を隠していたベールが、剥がれかけているかもしれない。 元探険隊であるレオンにとっては、やはり心を昂ぶらせるものがあった。
 レオンの思考の回転は止まらない。 このままどんどん話が進んでいく......と思われたが。

 「あの......1ついいですか」

 そこにオロルが右足を上げて待ったをかける。 会話が途切れる時を待っていたかのように。

 「ん? どうしたのオロル。 イリータも神妙な顔だし」
 「レオンさん、もう一度訊いてもいいかしら。 ......本当に、行き先はリンレツ湿原の方よね」
 「ああ。 探険隊界隈で湿原といったらそこぐらいだろうし」

 やはり。 そう言いたげに、イリータとオロルは互いに頷く。

 「......それ、僕らの夏の遠征先だったところだよ」
 『......あっ!!』
 
 線と線が繋がり、キラリとレオンは同時に声をあげた。 確かにそうだった。 猛暑が苛烈さを増す中、涼しい店の中で4匹で話したあの日が思い出される。

 (北の方にある湿原よ。 かなり広いものだから、まだ調査し切れてないんですって)

 それに、遠征から帰ってきた日のことも。

 (やっぱまだ暑いね。 湿原が恋しいくらいだよ)
 (とても綺麗な光景だったわよ。 ありがたいことに、現地のポケモン達が色々協力してくれてね)

 彼らの行き先は、夏でも涼しくて、綺麗なオーロラも見られるという......北の湿原だった。

 「湿原に関する調査が目標だったわけだし、山にはそんなに目を向けてるわけじゃなかった。 だけど......こちらの目をひく綺麗な雪山はあった。 最高峰の山って、きっとそれよね」
 「なるほど......湿原中心って事は、山には入らなかったんだな?」

 レオンの問いに対して、イリータは少し残念そうに頷く。

 「勿論気にならなかったわけじゃない。 湿原以外にも何か成果が得られれば万々歳だしね。
 だけど、そうは出来なかった。 あそこで宿泊する時にお世話になったポケモンがいるのだけれど......止められたわ。 伝説のポケモンが住まうといわれている神聖な山だから。 無闇に入ったところで死ぬだけだって。 そして私達も、伝説に敵う程の力は無いと思ってたし......。 深掘りもそれ以上はしなかったから、分かることはこれだけ。 噂を元にした言葉なのかは、ちょっと判断しかねるわ」
 「なるほどなぁ......」
 「神聖な山って......そう言われると、虹色聖山みたいだね。 懐かしいなぁ、追い返されたの」
  
 キラリがジュリの方を見て懐かしむように言う。 にまにまと笑う彼女の姿は、彼の目にどう映ってくるのか。
 一瞬ならばまだよかっただろう。 だが10秒以上そうしていられると流石に鬱陶しさを感じ、彼はふいと目を背ける。 がーんと大袈裟に落ち込むキラリの姿は......見ないことにするしかない。

 「......どちらも山ということは、何か繋がりでもあるのか?」
 「そこに関しては本当にさっぱりで......ジュリさん何か情報は?」
 「無い。 村自体が元々外から隔絶された場所でもあるからな」

 うーんと悩む、落ち込んだキラリを除いた6匹。 得られたものは大きかったが、それを踏み台にして更に多くの謎が生まれてきてしまった。 追々考えていくしかないのだけれど。

 「......それにしても、もう少し声の詳細が分かればとは思っていたけれど、流石なものね。 ユズ、何かしたの?」
 「いや、本当に何も......あの声意外と気まぐれだから」
 「そうか。 ......にしても、その気まぐれな声とやらは、本当にユズに真実とやらを伝えたいらしいな。 はっきり通じるまで、同じ言葉を何度も聞かせるなんて」

 ユズはこくりと1つ頷く。 レオンの言ったことは、彼女も実感としては持っていた。

 キミならという、期待の籠もった声。 全ては教えられなくとも、道を与えようとする思い。 ──そして何より、気づいてという言葉。

 あの子供の声には、どこか必死さもこもっていた。 届いてくれという、切実な思いがあった。 きっと何か訳があるのだろう。 自分が言っても伝わらない──あの言葉には、嘘はなかったから。
 あの声の思いに、応えないといけない。 ......だけど。

 「うん。 だから、本当はすぐにでも行きたいんだけど......でも」
 「──行こう!」

 












 「......ふえっ!?」
 「行っちゃおうよ、もうすぐにさ!」
 
 ユズの言葉を遮り、第一声を上げたのはアカガネだった。 予想だにしない強い返し。 ユズの頭の葉っぱは、思わず垂れ下がってしまう。

 「えっ......でも、そんな急に」
 「ユズちゃんお口チャック!!」
 「んぐっ」

 びしっと、ユズの顔にアカガネの人差し指が迫る。 まるで魔法のように、彼女の口はきゅっと閉じられてしまった。 何故だろう、頬に汗が垂れる。

 「今、何か言おうとした?」

 にやりとアカガネが笑う。 そしてその瞬間、ユズは今自分が言おうとしていたことを改めて自覚した。 「でも」、その後に続く言葉は一体何だ?

 「鉄は熱いうちに打てって言うじゃん。 うだうだしてても始まんない! 行こう、行ってみんなで真実解き明かそう!」

 熱意に溢れる言葉が、ユズの心に直接届いてくる。 ......不安が漏れ出そうなことなんて、きっとアカガネにはお見通しだったのだ。 彼女は、それを察してせき止めてくれたのだ。 ここでぶれるべきではないと、こちらの手を引いてくれたのだ。
 そして、そこにキラリも同調する。

 「ユズ。 私達も同じ気持ち」

 彼女の鋭い眼差しが、ユズの視界に飛び込んでくる。 ──いけない。 宝物から目を逸らす癖は、やはりどうにも根深いらしい。
 でも、その都度軌道修正出来ればいいのだ。 それももう、分かっている。

 (......そうだ、落ち着いて)

 1つ深呼吸をする。 弱音を吐いていても始まらないのだ。 ここは強気に、気合いをためて。
 真剣な表情で、ユズは強く頷いた。

 「......はい!!」
 「うっし、決まりだね!」

 アカガネがにかりと笑う。 まるで子の成長を喜ぶかのように。 そして、レオンも同じようにうんうんと首を縦に振った。

 「そうだな。 3匹衆とケイジュがいつ動いてくるかも分からないし、先手必勝の構えが1番だ。 で、1つみんなに提案なんだが......」

 口ごもる。 どうやら、少し躊躇いもあるようだった。 でも彼はそれを飲み込み、言葉を紡ぐ。

 「山、この7匹で行かないか? 大所帯にはなっちまうが」
 『え?』

 ユズとキラリの声がユニゾンする。 てっきり、前の遠征のように2匹で行くものだとばかり思っていたのに。
 それに、みんなはそんな暇じゃない。 この空白の3週間の中で、嫌というほど分かったことだ。

 「でもおじさんも仕事とか......。 イリータとオロルだって探険隊の活動もあるし、ジュリさんもたまに宿泊費のために依頼やってるんでしょ?」
 「俺の場合は役所で仕事さぼってる奴に放り投げりゃいいのさ。 問題ねぇよ。 まあだからといって俺だけがついて行っても駄目だ。 これはここにいる奴全員に頼みたいんだ」

 手が握りしめられる音。 その手の中にあるのは、1つの覚悟だ。

 「......これは、各々の問題というより世界の問題だ。 ここでユズとキラリに丸投げするのは正直あまりに無責任だし......そうやったら、本当にケイジュの言葉通りになっちまう。 人間に、全部押しつけてるっていうな」

 ──反芻する。 胸の中に刺さった棘達を。
 かつて探険隊として、沢山の悪党を捕まえた。 そして今度は、後進のポケモン達を影ながら支えようとした。 それぞれの未来がより明るくなるように、自分なりに。
 なのに。

 (貴方達の自業自得に潰されるのは......ずっと、私達の世界なんだよ!!)

 なのに、この様だ。 彼の声は、この世界の闇を色濃く描写していた。
 このポケモン達の世界には、負の感情も確かにはびこっている。 全てを変えるなんて簡単には出来なかった。 この世界を背負っていくことになる大人の責任の重さが、改めてずしりとのしかかってくる。
 ......自分の無垢な部分を、思い切り殴りつけてくる。

 「レオンちゃん。 でもあれ、屁理屈かもしれないんでしょ? ユズちゃんのためっていう私情を隠すための、大義名分」
 「......それでもだよ」

 ──でも、逃げるわけにはいかない。 自分達の、子供達の未来のために。
 
 「大義名分だとしても、これは向き合うべき問題なんだ。 俺達は人間に何度も助けられてる。人間がいなければ、生まれてない命が沢山あるんだ。 お前らとかな。 この事件は、そんな人間とポケモンの確執が絡んでる。 俺にはそんな風に思うんだ。
 そして、それに真っ向から関わったのは俺含めここの7匹。 だから俺達は知る権利というより、知る『義務』があるのかもしれない」











 「あたしは勿論だよ、元々そういう約束だもん」

 さらりとしたアカガネの答え。 レオンの真剣な声色とは、どこか一線を隠しているような。
 でも、顔を見ればすぐに分かった。 気持ちは同じだ。

 「あたし好きだよ、レオンちゃんのそういう真面目すぎるところ。 確かに大人としては耳の痛い話だけど......ま、ここは苦労してもいい場面かな。
 人間ともずっと仲良しがいいしさ。 ユズちゃんみたいな、素敵な子もいるわけだし」

 ユズを見てにぱーと笑う彼女。 レオンには、その姿にどこか見知った安心感を感じてならなかった。 昔から変わらない。 こういう場面では、彼女はいつも辺りに漂う空気の淀みを晴らしてくれる。 暗さを吹っ飛ばしてくれる。

 「......ありがとな。 完全に我儘なのに」
 「いいってことよ。 それに、みんなだってそう思ってるでしょ? 例えばジュリちゃんとか」
 「......仲良しなどには興味がない。 簡単に相手を信じられるとでも?」
 「うぐう......でも行くんでしょ? 顔に書いてあるもん」
 「魔狼に関する真実は、虹色聖山も絡む可能性がある。 知っておくべき事実もあるだろう。 あと何度も言わせるな......心を読むなこの悪趣味め」
 「なにをうあたし一応年上......じゃない、いけない永遠の17歳の仮面が」

 アカガネの化けの皮が剥がれかけたところで、イリータとオロルも話し出す。

 「湿原周りの地理なら、助けられることはあるわ。 前山に行けなかったのは悔しさも一応あるし......私も行きたい。 オロル、それでいいかしら」
 「勿論。 で、ユズとキラリは確定枠みたいなものだし......いいね」
 「うん! にしても、みんなでかぁ......!」

 7匹で一緒に行けるというのは中々に心強い。 いつ出発しようかと、はやる心のままにキラリは問おうとするけれど。
 その盛り上がるテンションをぶった切ったのは、申し訳なさそうな顔をしたオロルだった。

 「で、ごめんなさい。 今更な話題なんだけど、ちょっとアカガネさんの意見に反対したい部分があって」
 「えっ!? なになに!?」
 「確かにできる限り早く行った方が良いのは事実。 だけど、これは日帰りで終わる探検ではないんです。 元々遠征で行くような場所だし、それ相応の準備は要りますよね」
 「確かに」

 伝説とか全部抜きにしても、いつもの依頼や探検とはそもそも種類が違うのだ。 オロルの鋭い指摘を皮切りに、話は「実際の山への行き方」の方にシフトしていく。

 「前提として、湿原を越える必要はあるからね。 あの時よりレベルも上がってるとはいえ」
 「湿原付近までは、アーマーガアの空飛ぶタクシーも出てるわ。 遠征の時は使ったら甘えだと思って使わなかったんだけど......。 でも、それを使えば格段に道のりは楽になる。 湿原前までだったら、1日で行って帰ってこれるわ」
 「でも、一応は雪山っていう過酷な環境だぞ? ああいうところは焦ったら危険なんだ。 ちゃんと準備はすることを勧める。 ここの土地柄、お前らそういうダンジョンの経験は少なそうだしな」
 「それもそうだねぇ......うーん、もどかしいなぁ」

 キラリが悶々と腕を組む。 すぐにでも行きたいのにそれが叶わないというのには、自然の厳しさというものを感じざるを得なかった。
 なら、暫くはまた準備に徹する空白の日々になるのか......と思われたが。

 「ねぇ」

 アカガネがぼそりと、6匹に向かって提案する。

 「どうせだしさ、下見とか行ってみない?」
 













 次の日。 街外れの飛行場には、早朝から多くのアーマーガアが集っていた。 全員プロの運転手というのもあって、威厳を感じる顔つきのポケモンばかり。 だからといってぶっきらぼうなどではなく、客に対しては懇切丁寧に対応しているのが最近多くのポケモンの人気をかっさらっている理由なのだとか。 そんな大人気な交通機関は朝も大忙し。 今日も今日とて、多くのポケモンが受付に訪れていた。 いつもは1~4匹で来る客がほとんどなのだが......。

 「アーマーガアタクシーのご利用、ありがとうございます。 ......にしても、中々大所帯ですね」

 苦笑いする1匹のアーマーガア。 その前に立つのはユズ達一行、年齢差も大きい7匹の集団だ。 朝から結構な圧を感じ、若干彼は引いているようだった。
 レオンは苦笑いして頭を掻く。 確かに周りと比べてこれは異質だろう。

 「はは、流石に7匹つめつめで乗るなんてことはしませんよ。 2台分お願いします」
 「本日はどこまで?」
 「リンレツ湿原手前まで。 すぐに戻るつもりなので、戻るまで待って欲しいんですけど」
 「かしこまりました。 準備いたしますので、少々お待ちを」

 アーマーガアは美しい鋼の翼をはためかせ、もう1匹のポケモンを呼びに行く。 自分達にはない威厳と魅力を感じ、キラリは目を輝かせながらその背中を見送った。

 「凄いねぇ......あんな風に空飛べたら楽しいだろうなぁ」
 「確かにそうよね。 でも良い機会だわ。 一度乗ってみたかったのよ」
 「どうして?」
 「探険隊だってポケモンと関わる機会があるでしょう。 その時にいかに相手に安心を与えられるかって重要じゃない。 学びを得る良い機会よ」
 「へぇ......色々考えてるんだね」
 (単純に空飛びたいって思ってるらしいのは隠しとこ......)
 「オロル、何?」
 「僕何も言ってないけど」
 
 イリータの鬼のような目線がオロルに注がれる中、アーマーガアがばさばさと羽音を立てて戻ってきた。

 「お待たせ致しました。 ではあちらの1番と2番の籠にお乗りください。 ところでですが、分かれ方に関してはお決まりですか?」
 「分かれ方?」
 「運転手の負担削減のため、2台に分かれて乗られる際はなるべく重量にお気をつけて頂くようお願いしていまして......」
 「そ、そうですか」

 ......まずい、そこを何も考えていなかった。 7匹の小会議が幕を開けることになる。

 「......あちゃー、どう分かれる? やっぱ子供と大人?」
 「流石に安直が過ぎる。 進化前と進化後では重さも大分異なるだろう? それで分散できるのか?」
 「それはそう。 だから少なくとも大人は2組確定だな。 大人1子供3、大人2子供1の比率でいいだろ」
 「となると......」

 子供4匹組がお互いを見やる。 この状況を鑑みるに、誰か1匹だけが同い年のいない空間に放り込まれることになるだろう。
 にしても、どうやって余る1匹を決めればいいのか。 アーマーガアを待たせてしまうことを考えると、時間のかかる話し合いは避けたいところだった。

 「......仕方ない」

 ......ここはもう、誰もが知っている「これ」で決める他ない。 直接言葉に出さずとも察したらしく、イリータが深めのため息をつく。

 「......これ、子供っぽいから嫌なんだけど」
 「まあまあイリータ。 古典的だけど、1番確実な方法がこれだよ」
 「こういうの久々だからどきどきする......!」
 「......それじゃあ、いくよ!」

 ユズの掛け声と共に、全員がかなり大袈裟に構えた。 大人達3匹はそれをどんな気持ちで眺めているのだろうか。
 いつでも全力な4匹の気質は、こんな時までその真価を発揮してくる。
 

 「「「「じゃーんけーん!!!」」」」













 「お前どうしたんだよ黄昏ちゃって」
 「おじさんと空飛ぶロマンについて考えたいの」
 「それ言うならアカガネは」
 「アカガネさんはお姉さんだから」
 「あーら嬉しいこと言ってくれるねぇ」
 「俺は悲しいが??」

 キラリの遠くを眺めているような表情を見るに、伝家の宝刀じゃんけんの勝敗に関しては明らかだろう。 レオンはしょんぼりと一瞬うなだれるが、それも束の間。 もう1台のタクシーをのんびりと見つめる。

 「お喋りなお前がこっちに来るとはな......あっちの方、ちょっと心配なんだよな」
 「え?」
 「中々珍しい組み合わせだし。 沈黙続いて何も話せないとかなければいいなって思うけど」
 「まあそれもいいんじゃない? あの4匹落ち着いてるもん。 景色を眺める平和な空の旅だよ」
 「そうだといいなぁ......ところでキラリ?」
 「ん?」

 レオンの目線がキラリに向く。 思えば、2匹でゆっくり話せるのは結構久しぶりなのかもしれない。 アカガネはこの空気を察し、出来るだけ自然に景色の方に目を移した。

 「探検隊、楽しいか?」

 最早前置きは不要。 唐突な質問にキラリは少しきょとんとするが、その答えに迷いはなかった。

 「楽しいよ。 ......今だって、凄い胸がどきどきしてる。 凄い怖いこともあったけど......でも、そんなの屁じゃないくらい、毎日が充実してる。 でもどうして?」
 「......なんとなくだよ」

 嘘つき。 アカガネは心の中でそう呟いた。 レオンが、なんとなくなんかでそんな意味深な質問をするわけがない。
 現に、彼の手は少しばかり震えていた。

 「本当に、そうなの?」

 そして、キラリも彼の異常を見逃すわけがない。 レオンは一瞬ぎくりと顔を歪ませたけれど、すぐに笑みは戻ってくる。

 「ああ。 本当に。 ただ、嫌になったりとかはないよなって」
 「そんなことない! 確かに、大変なことは沢山あったけど......でも、そのお陰で私、大きくなれた気がするんだよ。 春よりずっと」

 キラリは、レオンの顔を真っ直ぐ見つめる。 今の彼の顔は、丁度風邪を引いていた時のそれと──アカガネに負い目を感じていた時のそれと、よく似ていた。
 だったら、今言うべきことは1つに定まっている。

 「おじさんが、何を気にしてるのか分からないけど......少なくとも、これだけは言える。 おじさんが、私の背中を押してくれたから......私は今、ユズと元気に生きていられるんだよ。 こうして、隣で話せてるんだよ」
 「......!」

 ......核心を突かれた。 レオンの顔は一瞬強張る。 大分オブラートに包んだはずなのに、キラリは聞かずとも分かったかのように答えを返してきた。 もろばれだったのだろうか。
 探険隊になってから、キラリは苦しい思いだって沢山してきた。 そして、彼女を探険隊の道へと誘ったのは自分なのだ。 ......もしかしたら。 自分は、いつの間にか頼れる大人というより彼女の呪縛のようなものになっているのではと思ってならなかった。
 
 レオン自身も、屁理屈にも程があるとは思っている。 でも、どうしても頭の片隅から消えてくれないのだ。彼女が大きく育った今なら突き放せるかもしれないが、それも出来ない。 単純に寂しいから。 実の子供のいないレオンにとっては、キラリが娘のようなものなのだ。 だからこそ、怖いのだ。 ......いや、怖かったのだ。 今の今まで。
 純粋すぎるキラリの言葉は、そんな悩みすら思い切りそのふわふわ尻尾で突き飛ばしていってしまった。

 「......察してるじゃねぇか。 まだ子供のくせに」
 「? 何か言った?」
 「なんも? ......色々、怖くないか?」
 「大丈夫。 ユズもいるし、おじさん達もいるから」
 「そうか」

 レオンの手の震えが止まる。 安定感を取り戻したその大きな手は、優しくキラリの頭をぽんぽんと叩いた。

 「──なら、よかった」

 思った以上に成長していた小さな子供。 寂しいと言ったら嘘になる。 だけど、あんな事件に巻き込まれても変わらないその元気さには、どこか救われるものがあった。
 キラリにとってはレオンはレオンで、レオンにとってキラリはキラリなのだ。 それは変わらない。 寂しさなんて感じる理由も無い。 自立は、ただ離れて成り立つものではないのだ。
 
 ただ、彼女からも自発的に自分を支えてくれるようになった。 それだけのことだ。

 「ところで聞いてよ。 一昨日依頼で面白いことがあって」
 「ふーん、なんだなんだ?」

 まるで親子のような2匹。 きっとキラリがこれからどれだけ成長するとしても、この暖かい関係はきっと変わることはないのだろう。 アカガネはそちらをちらりと見て少し微笑み、また目線を景色の方に戻していった。










 タクシーから降りた後、道を知っているイリータとオロルの先導の元、山と湿原が同時によく見渡せる地点まで森の中を歩く。 空気が澄んでいて美味しいのか、キラリが何度も深呼吸を繰り返していた。 そんな癒やし要素はあれど、森の中は木々が生い茂るばかりで景色に変化がない。 早く着かないだろうかと内心そわそわしながら、ユズはイリータ達の後を追っていた。
 段々と強くなるそのそわそわ感は、若干の違和感として彼女の胸に居座る。 この感覚、感じたことがあるような。

 「......あれ」

 そんな中、キラリがきょとんと呟いた。

 「どうしたのキラリ?」
 「水の匂いがする。 凄い遠くから、雪の匂いも」
 「えっ」

 もしや、と思ったその時だった。 少し先行しているオロルがおもむろに叫ぶ。

 「あ、あれだよ! 森を抜けたらよく見えるはず!」 
 「えっ......ええい、こうしちゃいられない!」
 「あっキラリ待って!」
 「......ああもう、せっかちなんだから!」
 
 子供4匹はすぐさま走り出し、森の出口へと向かう。 緑の屋根が途切れたと思ったら、前から強い風が吹いてきた。 思わず目を塞いで、そして......もう1度、ゆっくり目を開ける。 その瞬間、雄大な景色が、彼女らの目の前を彩った。

 そこにあったのは、辺り一面に広がる湿原と。 ......その奥にそびえ立つ、白っぽいグレーの岩壁をもった、まさに「純白の」雪山だった。

 「......わあっ!!」














 見た目だけでもとても綺麗なものだが、けしてそれだけで終わるような景色ではなかった。 何者も寄せ付けない霊峰。 その異名に違わぬ威圧感が、遙か遠くであるはずのここまで及んでくる。 心の底まで、揺らしてくる。 辺りに広がる湿原からも、無闇に近づくものではないと思わされるぐらいの強い神秘性が感じられる。
 ──これこそが、徒花の白峰。 伝説のポケモンが住まうとされる山。

 「きれーい! 凄い、本当に岩すら真っ白だよ!」

 キラリはとても素直にぴょんぴょんと跳ねる。 イリータも彼女の興奮ぶりには共感するところがあるようで、こくりと1つ頷いた。

 「綺麗よね。 私も最初見たときは驚いたわ。 湿原もそうだけど、向こうの山もそう。 本当に真っ白だもの」
 「そうだよねぇ......ところでどうだい? ユズ的には」

 オロルが本題を投げかける。 ユズは山に釘付けになったまま、動かない。

 「......ユズ、大丈夫?」

 キラリが恐る恐る聞く。 だが、ユズは答えなかった。 いや、答えられないと言った方が正しいかもしれない。 少し経った後、やっとのことで言葉が喉からひねり出される。

 「──びりびりする」

 彼女がやっと見つけられた言葉が、それだった。
 綺麗とか、白いとか、そんな言葉で足りるわけがない。 心が痺れるぐらいいっぱいいっぱいになる。 身体の震えも、本当に痺れているみたいだった。 そしてこれと似た感覚は、前にもあった。
 遠征場所を探しに、役所に行った時だ。

 「虹色聖山の話聞いた時と、似てる。 呼ばれてるというか、惹かれるというか......もしこの感覚と魔狼が、本当に絡むんだったら」
 「......じゃあ、やっぱりここで合ってるって事!?」
 「多分。 ......なら、あそこに」

 真実が。 そうユズの言葉は続いた。 あの場所のどこかに、全てがある。

 今までの苦悩の正体も。 今までの悲劇の理由も。 そして、魔狼が「魔狼」になった訳──この、意味深な言葉の意味も。


 長い間悩み続けてきた難問。 けれど遂に、その答えを掴めるラインまで来たのだ。 ユズの顔が緊張と決意で強張る。

 「ユズ」

 その緊張をほぐすような声が、ユズの耳に届く。 キラリはユズの横に立っていて、その顔もユズと同じように決意に溢れていた。 そして彼女だけじゃない。他の5匹もみんなユズの周りに立っていた。
 小さなチラーミィの強気な笑顔がかもしだす安心感が、ユズの心をくすぐってくる。

 「......一緒に行こう!」

 少しの不安と大きな期待が、胸の中で曖昧に融け合う。 雄大な大自然を前にして、ユズは1つ深呼吸をした。
 大丈夫、自分はひとりじゃない。 ──大事なポケモン達と一緒に、立ち向かうんだ。

 「......うん!」

 次来る時は、真実をつかみに来る時だ。 返事の後、その山に向かってぼそりと呟く。

 
 待っていて、と。
 










 「そんじゃ、今日のところは帰ろうぜ。 準備もちょっと時間いるだろうし、年明け出発ぐらいで良いだろ」
 「了解!」
 「......結局、今回俺達が付いてきた理由は何だ?」
 「いいじゃんリフレッシュってことでさ」

 和気藹々とした雰囲気が辺りに漂う。 ただの雑談なわけだから、当然ながら話題は色々なところに飛び火していく。 今日のご飯に明日の予定に、はたまた探険隊らしい話題までよりどりみどりだ。
 
 「そういやお前ら、レポート提出は」
 「やったよ! 期限危なかったけど......」
 「危ないですって? ライバルが聞いて呆れるわ」
 「まあまあしゃーないかもな。 まあ終わったんだし、あとは年末を待つのみ」
 「そうだ大晦日! 楽しみだなぁ、花火も上がる訳だし! 今年もメブちゃんの店でパーティーとかできるかなぁ大晦日」
 「やるっぽいぜ。 そこの伝統は引き継がないとなってあいつ毎年に2回は言ってる」
 「えっ行きたい行きたい! 学生時代は行くなって言われてたけど今年なら! みんなで年越しパーティーやりたい!!」
 「まあそうだな......泥酔してる奴がいるから寄せ付けたくはなかったんだが、お前らも扱いはほぼ大人だし。 予約チャレンジしてみっか」
 「よしきた! パーティー楽しみだねぇユズ!」
 「まだ予約できるか決まってないっての」
 「......パーティーかぁ......」

 うん、と頷きかけたその時だった。 ユズは会話の流れに身を任せるのを一旦やめる。

 「......あ」











 「ん? どうしたのユズ?」

 キラリが一時停止したユズに問う。 彼女は少し呆然とした様子で、目の焦点がうまく定まっていなかった。
 ......その状態のまま飛び出してきたのは、キラリ達全員にとって予想外の発言。

 「誕生日」
 「え」
 「もうすぐ......というかその日、誕生日だ」
 「え? 年越しだよ? 大晦日だよ?」
 「うん、だから大晦日が」
 「誕生日?」
 「うん」

 しばしの沈黙が流れた後、場を襲ったのは。

 「......うっそおおおおおおおお!?!?!?!?」

 バクオングも仰天しそうなほどの、今まででも一二を争うぐらいのキラリの叫び声。







 ──大晦日に別の意味を持つそのどこかの誰かさんは、びくりとその声に震えることしか出来なかった。




 






 「......む?」

 雪山を2匹の獣が歩く。 そのうちの一方──青色の獣が突然後ろを振り向いた。 そちらにあるのは、湿原と雲だけであるというのに。
 立ち止まったままの片割れに、もう片方が声をかける。 こちらは前者とは打って変わって赤色の毛皮を持っていた。

 「──姉者、何事だ? 敵でも来たか」
 「いや、そうではない。 今、耳をつんざくような叫びが聞こえたような......」
 「いや、何も感じぬ。 空耳ではないか?」
 「......どうでしょう。 お前は感じないのですか? 胸の辺りに、微妙な違和感を」
 「言われてみれば、それもそうだ」

 青色の獣は首を傾げる。 気のせいでは済まされない、何か大きな気配を感じて。

 「......何かの予兆かもしれない。 あの方の言葉が正しければ、もしや──」


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