第63話:フシギな依頼──その2

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

「よし、行くか」

 不思議な依頼主との約束の時間が迫る朝。セナが言うと、キズナの面々は少々緊張した表情でサメハダ岩をあとにした。もっとも、シアンが音程を大きく外した歌を歌い、ぽてぽてと身体を弾ませて歩くのんきな光景が、その緊張を随分と緩和させたのだが。
 はるかぜ広場、噴水前。セナたちが予定の場所に着いた頃には、随分と多くの先客がいた。約束をしたカメールのメルに、ジュプトルのネロ。そして。

「付いてくることにしたんだな。救助隊グリーン」
「えへへ、もちろんだよ。足を引っ張らないように頑張るから、よろしくね」

 チコリータ、アチャモ、ミズゴロウの3人組。ニコニコ笑顔のポプリとウォータに、ツンとすました顔のスザクがそこにいる。決して彼らを足手纏いと認識しているわけではないが――そう願いながらも、セナは少しだけ気持ちがピンと張り詰めるのを知覚した。彼らを危険に巻き込んではいけない。
 固くなった心に、耳慣れぬ声が刺激を与える。

「救助隊キズナは、いつからここまでメンバーが増えたのですか?」
「うおっ!?」

 背後から聞こえる声に、セナはびくりと跳ね上がる。振り返ろうとする途中に、甲羅としっぽの重みでごろりんと仰向けに倒れてしまった。
 声の主は、手紙の通りフシギダネのようだった。左耳に桃色の花飾りをつけた可愛らしい容姿だが、目つきは少々きつい。怪訝そうに、救助隊キズナとその周囲のポケモンたちを睨みつけていた。この手の――少々の不信感を孕んだ相手との交渉は、ボクの役目だ。セナでは相手の狙いに初手から踏み込みすぎてしまうし、ホノオでは喧嘩腰になってしまうし、シアンでは相手との会話が成立しないだろう。そう理解したヴァイスが一歩前に踏み出した。

「えへへ。大人数でびっくりさせちゃったかな。ごめんなさい。実は、お願いがあるんだけど――」

 柔らかに相手の感情に詫びながらも、ヴァイスは事情を説明する。依頼を受けた救助隊キズナ以外にも、事件の謎に迫りたい者がいる。それぞれの事情を、ヴァイスは丁寧に言語化した。

「ふうん、なるほど。まあ良いでしょう。危険な場所に赴くわけではありませんし、荷物が多くても問題ありません」

 ヴァイスの提案を受け入れるが、淡々と無表情で返答。拒否も歓迎もないその様子に、キズナの面々は圧倒されてしまう。それを見たメルが「ありがとう。よろしく頼むよ」と存在感のある強い声をフシギダネに染み込ませた。

「では、出発しましょうか」
「……待って! お前の名前を教えてくれ」

 スタスタと歩き出そうとするフシギダネに、セナは焦るように呼びかけた。メルとネロもいる。ヴァイスやホノオは草タイプのフシギダネには強い。それでも、相手の素性が分からないままでは警戒心を緩めることはできない。最も、身分証明ができる道具は人間界には溢れているが、ガイアにはせいぜい救助隊バッジ程度のものしかない。名前と種族以上の情報を得るのが難しい、身軽な命でいられる惑星ではあるのだが。

「ヒスイと申します」
「ヒスイか。よろしく」

 セナの「よろしく」に一同が続くが、ヒスイは返事の代わりに目的地への歩みを開始した。“神秘の遺跡”への、長い道のりの第一歩。


 ヴァイスたちは神秘の遺跡に訪れたことがある。とはいえ、それは道中で濁流に押し流された結果であるので、ワープでもしたような感覚に近い。はるかぜ広場からの道のりは分からない。ヒスイの足取りを地図と照らし合わせながらついていくしかなかった。
 広大な聖なる森に足を踏み入れる。今日も、おそらく明日も、この森で一夜を明かすのだろうと一同は確信する。変わり映えのしない森。変わり映えのする依頼主ヒスイは、積極的に話しかけたところでそっけない返事ばかり。そしてこれは幸いなことだが、敵に襲われる危険な旅でもない。
 刺激が極端に少ない散歩のような旅では、仲間同士で雑談しながら時間を埋めるしかなかった。ヒスイを除いても9人の大所帯では、小さなグループを組み替えながらの会話が捗る。

 ある時、セナ、ヴァイス、メル、ネロ、ポプリの、比較的穏やかなグループでは。

「姉貴にネロさん、ついてきてくれてありがとう。今のところ安全な旅だけど、やっぱり2人がいると安心感が違うよ」
「ふふ。そう言ってもらえると、強くなった甲斐があったってもんだ」
「ん」

 セナの素直で歪みのない感謝に、メルとネロは温かな眼差しを向ける。ヴァイスは仲間の前で「迷惑をかけられない」と気負うセナを、ポプリは救助隊グリーンに対して「危険な目に合わせたくない」と案ずるセナを思い浮かべる。なんだか寂しい気持ちになったが、ヴァイスもポプリも、それを隠して悶々とするタチではない。セナに「素直さの格の違い」を見せつけてやるように。

「もう、セナってば。ボクたちのことももっと頼ってくれれば良いのに〜」
「あたしたちだって、セナくんに甘えて欲しいなー。寂しいなぁ〜」
「う……。これでもお前たちを頼れるように、努力はしているつもりなんだけどなぁ……」
「頼るための努力? 例えば、どんなのだい?」
「まずはひとりで抱えずに、仲間に相談するイメージトレーニングから……」
「イメージだけじゃ意味ないじゃない。ちゃんと言葉に出さなきゃ!」
「そうだよ、セナくん。今から言葉にする練習をしよう。手始めにヴァイスくんに言ってみて。“ヴァイス。オイラ疲れた。おんぶして〜”って!」
「ううぅ……オイラのペースで成長させてよぉ……」

 ヴァイスとポプリに加え、メルもセナの練習を見守り始める。ネロは積極的に会話に参加しないものの、僅かに口角を上げてその会話を眺めていた。

 またある時、ホノオ、シアン、ウォータ、スザクの、比較的賑やかなグループでは。

「なあスザク。なんつーか、その、さ」
「ええ。言いたいことはよく分かるわ。落ち着かないわね。こいつらが近くにいると、落ち着けない……」

 ホノオとスザクは、マイペースな水コンビと一定の距離をとりつつ、暴走が始まりそうなら止められる程度には近づきつつ、絶妙な距離を保って歩いている。かつてハッピードリンクの件で騒ぎの元凶となったシアンとウォータを、どうしても警戒してしまうのだ。
 保護者の心境などつゆ知らず、シアンとウォータは平和に緩んだ笑みでぴょこぴょこと歩いている。ホノオとスザクはため息を重ねた。

「人間の世界には、あそこまでゆるゆると生きている奴はいなかったぞ。自然豊かで、食糧を奪い合う必要がない、そんなガイアだからこそ、ああいうモンスターが生まれるのかな?」
「アンタたち人間は、食糧を奪い合うことがあったの?」
「昔はね。今は食べ物を効率よく作る技術が生まれたけどさ。基本的には、食べ物は金を払わないと手に入れられないんだ。そういう仕組みを作らないと、悪い奴が食い物を独占しちゃうだろうしね。その辺になっているリンゴをいつでも食べられる、ガイアは生きやすいとは思うよ」
「ふうん。意外と苦労しているのね。その苦労、ウォータたちにもさせてやりたいものだわ」
「……させてみるか。例えば、騒動を起こした次の日は飯抜き、とか」
「良いわね。失言1回につき、嫌いな味のきのみを1つ食べさせる、とか」

 ホノオがクスッと笑うと、スザクもうっすらと苦笑いを浮かべた。逃亡の旅の中ではなかなか打ち解けられず、ぎこちない会話しかできなかったスザクと、こうして笑い合えている。それがホノオにはとても嬉しいことに感じられた。最も、そのきっかけを与えてくれたのがシアンとウォータの大迷惑という事実は、少々不服ではあるのだが。

「あれ。言ってるそばからシアンとウォータがいないぞ?」
「おかしいわね。少し前まで、目の前にいたはずなのに」
「……はあ。真面目に、シアンとウォータのしつけを考える必要があるかもな」
「そうね。まずは奴らを見つけてから、かしら」

 いつも通りの雑談をしながら、依頼主のヒスイについてゆく。淡々とした旅路に些細な違和感が添えられたのは、翌朝のことだった。
 広大な聖なる森を歩き続けて眠り、夜が明けた。今日も、おそらく明日も、広大な聖なる森を歩き続けるのだろう。一同はそう考えて、1日の歩みを始めた。が。
 太陽がまだ天頂に至っていない頃。森の木々の密度が下がる。陽の光がセナたちに強く当たり始める。気のせいかと違和感を拭おうとしたが、“森の終わり”の雰囲気がどんどん色濃くなって――とうとう、本当に、聖なる森を突破した。

「えっ……? もう、聖なる森を抜けたの……?」
「おかしい。どんなに急いでも、抜けるのに2、3日はかかる、広ーい聖なる森だぞ?」

 ヴァイスとセナの疑問をきっかけに、一同がどよめく。1日と少し歩いただけで、抜けられる森ではないのに。しかし事実として、彼らは聖なる森を確かに突破した。“雷鳴の山”が目前にそびえ立っているのがその証拠だ。

「ま、まさか、ネイティオの加護……? オレたちが気づかないうちに、テレポートで目的地に運んでくれたとか?」
「ホノオは本当にネイティオさんが大好きだネ」

 精霊の崖が近い場所だからこそのホノオの仮説を、シアンは笑い飛ばす。しかし。

(それ、意外とあり得るかもしれないぞ。森の中だから、テレポートで飛ばされてもオイラたちは気が付かなかった。そうして何者かが、オイラたちを目的地に運んでいる……)

 今の旅の仲間に、エスパー技に長けた者はいない。優秀な力を持つネロやメルも、流石にテレポートは使えないだろう。

(セナが無意識に心の力を使った? ――いや。セナはホウオウに記憶を封印されて、あの力も封じられている。そんなことはできないはず)

 ヴァイスはセナに疑いの目を向けるが、その可能性は否定した。セナの視線は一瞬、ヒスイとぶつかる。彼女はフシギダネだ。エスパー技に長けているわけではない。が、正体には謎が多い。

「目的地まで近づけた。都合の良い誤算ですね。あなたたちが、この誤算をどのように解釈するのか……とても興味深いですが。これ以上ここで悶々と悩んで時間を浪費して、好機の価値を下げることは、愚かと言わざるを得ません」

 思わせぶりで、皮肉にまみれ、冷たい言葉。セナには、ヒスイの扱う言葉に覚えがあった。それにいつ触れたのかは、思い出せなかった。

 その後も、旅路は小さな違和感を重ねながら続いてゆく。朝が来るたびに、昨日よりも目的地に近づいている。謎を解明しようと、救助隊キズナが眠らないように起こしあってみても、強烈な眠気に抗えずに朝を迎えるのだ。

「これってもしかして、幽霊による怪奇現象? ほらヴァイス。なんか気温が下がってきたよな?」
「ややややめてよホノオ! 怖いよぉ!」

 不可解だが無害、むしろ好都合な現象に、一同は4日目には慣れ始めた。ホノオがわざとらしい薄暗い声でおどけると、案の定ヴァイスが震え上がった。

「ん」
「ネロ、どうしたんだい? もしかして、
目的地に近い、とか」
「ん。この森の中に神秘の遺跡はある」
「え、そうなんだ……。なんだか拍子抜けだな。もっともっともーっと、時間がかかると思っていたのに」
「それはだな、ヴァイス。オイラたちの背後に守護霊のネイティオが……」
「やーん! セナまでいじめないでよぉー!」

 セナはヴァイスをからかってキャッキャと笑うが、ヒスイがコホンと咳払いしたことでキュッと気持ちがひきしまる。
 ――“神秘の遺跡”の謎を解き明かしてください。そこで手に入れたものを、この依頼の報酬として差し上げます。
 依頼の手紙を鞄から取り出し、セナは文字を目でなぞる。この依頼で何かが変わる。何者かが、おそらくはヒスイが、自分たちの運命を動かそうとしている。

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