第三節 ストリート(バトル)が得意な四天王
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
『――なので18時過ぎののヌクレア周辺では珍しく雨が降るでしょう。続いてはリーグ開催に湧くウラヌシティの隠れた名店特集です』
「げっ、夕方から雨かよ。どうするよリリー」
「あ、うん、どうしようか……」
「四天王っ! その首貰っぺぶらっ!?」
やいのやいの、といつにも増して人々の喧騒が活気に満ちた我が街ウラヌ。熱気も人々の汗を吸い込んでむわりと変わったアウトレットモールで、アタシは日傘に車椅子の病弱ファッションに身を包んだリリーを背後から押していた。
「メシったってあの時間帯は混むしなぁ。おっさんのバーガー屋だって辿り着くまでが面倒だが……」
「あのさ、フキちゃん。一昨日くらいからずーっと思ってるんだけど」
「狂犬天誅――っ! ぼげらっ!?」
晴天の日光に焼かれながらコーラを流し込んだところで、こっちを見上げたリリーと目線が合う。
「なんでキミだけ街でストリートバトル形式なの!?」
襲いかかってきた3組目のトレーナー達を再度ヒヒダルマが殴り倒しながら、どうしてこうなったか、ついこの前の会議に思いを馳せた。
◆◇◆◇◆◇◆
遡ること一週間前。エーデルワイスがブースターを摂取し終えて帰ってきた所で再開された会議。
リーグが再開する事が決まったところで、諸々の諸調整が行われる中、ついに一番大きな問題にぶち当たった。
「んでよ、そもそも短期開催て言ってもどうすんだよ。あと一週間でどうこうってできんのか?」
会議も長引き腹の虫の機嫌が悪くなり始めた時分、腕を組みながら一番問題に切り込む。だがカジノを営むアストラの姐さんは、口角を緩やかに持ち上げた。
「アテがなければ言い出さないわん、ツテでポケモンWCS のシステム設計者の一人と繋がりがあるのよう。その人に作って貰ったのがコ・レ」
彼はそう言いながら懐より小箱を取り出し、ヒョイとこちらへ投げてくる。長期記憶用の光ディスクだ。
それをリリーがあわあわとキャッチしようとするが取り損ね、再び宙に跳ね上げられたところをアタシが掴む。
「これはあくまでワタシの提案。例えばこれを使って街中でフリーのポイントマッチ、それでポイント上位の者たちだけがリーグ会場で決勝マッチを行う。これならやって来る人数変わらず期間の短縮が可能よ」
そ・れ・に、と間を置きながらアタシら四天王に目配せをして言葉を続かせる。
「四天王のワタシたちに賞金首でもかけて、決まった時間以上対戦者を受けいれなければならない。そっちの方が観劇としても面白そうじゃない?」
その発言を聞いた党の放任たちは三者三様。エーデルワイスは頭痛を抑えるように手で目を覆い、ウユリ姉さんはあらあらと口を手で覆う。もちろんアタシの反応は言うまでもない。
「――面白えじゃねえか。それで、姐さんの目的は?」
「そりゃもう、ウチのカジノの広告を一番目立つ所にお願いね。あー、特にS席近くに重点的に」
「観光客でガッポガッポってか?」
「そう、ガッポガッポ」
姐さんは親指と人差し指で縁を作ると、楽しげに手を振ってみせる。広告費とかの諸々はトンと知らないものではあるが、きっとそれを差し引いてもリーグ側での収益の方が見込めるのだろう。
リリーはグニグニと眉根を揉み込んだ後、決心したようにアタシの持ってる小箱を取り上げた。
◆◇◆◇◆◇◆
「って話だったじゃん! 一対一での戦闘ってルールだったはずじゃん! なんでフキちゃんだけ一対全員なの!?」
「いやだってよ、いちいちバトルの承認とかするの面倒じゃねえか。だからアタシのは全部自動承認にしてくれって事前に頼んでおいたんだ」
「だから賞金首みたいな扱いなのね!? フキちゃんの足跡がリアルタイムでSNSに常に発信されてる理由もそれなんだね!?」
リリーが目をギョッと丸くしている最中でも、襲いくるトレーナーのポケモンたちは止まらない。常在戦場ここに極まれりである。
「そんな状態で良く私を遊びに誘ったねフキちゃん……」
「だってお前アローラ以来引きこもりっぱなしだったじゃねえか。今日は涼しいし、偶には外出ねえと陰干し干物になっちまうぞ」
「あ、フキちゃん的にはそっちの方が大切なのね、そうなのね、ふーん、ふーん」
よく知らねえが、くねくねしと奇妙な動きをしているリリーは放っておいて、空に目線を向ける。いつになく雲の動きが早い様子に胸騒ぎを覚えながらウィンドウショッピングに興じていると、いやに聞き覚えのある声が私を呼び止めた。
「ちょーっと待ちなさいそこの四天王っ! このボクと勝負しなさい!」
「んだシナノ、こんなクソ暑いのにご苦労なこった。だがそれなら少しだけ順番待ちだ。先に予約フォームに名前入れとけ。なに、すぐに会いに行ってやるよ」
実際、そこらの十把一絡げな連中など敵ではない。ヒヒダルマの拳一つで意識を投げ出す手合いなぞ居ないも同義だ。
5分とたたずに有言実行、アタシを倒さんと意気込んだトレーナーどもの夢の山を築き上げ、目を見張っているシナノの眼前で仁王立ち。
「テメェには折角だ、キュウコンで相手してやるよ。一旦休みだヒヒダルマ」
「ダル」
相棒と軽く拳を突き合わせ、仕事を全うしたヒヒダルマはボールの中へ戻っていく。
入れ替わりで出てきたキュウコンは眩しい日差しに目を細め、そしてグイと背筋を伸ばした。
「コンテストじゃねえとは言え、瞬殺じゃあつまらねえ。シナノくんちゃんの為にお優しく氷の技は封印してやるよ」
「なっ……! 舐めるのも大概にして下さいよ!」
「舐めてんじゃねえ純然たる事実だ。彼我の力量差くらいキチンと自分で見極めやがれ」
ボールを握りしめたチビ警察は、ブンと力任せにモンスターボールを投擲。飛び出してきたのは、やはりと言うかサダイジャであった。
「先手はくれてやるよ。好きに動きな」
ひゅう、と乾いた風がモールの中を吹き抜ける。
周囲の人もなんだなんだと見物に現れる中、人々が皆息を呑む。
一瞬の静寂。リリーがごくりと生唾を飲み込むやいなや、シナノは声を張り上げた。
「ふざけないで下さい! サダイジャ、『ドリルライナ』ー!」
「踏め、キュウコン」
いつぞやのコンテストでも見た、巻いたトグロをバネのように撓ませるドリルライナー。
だが事前のタメか大きい攻撃は、何の制約もないアタシ達にとってはテレフォンパンチ以下。
突き出された尻尾に少し下への力を加えてやれば、その先端は容易に地面へめり込んだ。
そのまま最小限の動きでサダイジャの体を駆け上がると、タンっと跳躍。
土蛇は咄嗟に口を開けてこちらを迎撃しようとしてくるが、それはすでに予想済み。綺麗な放物線を描いてサダイジャの頭を四つ足で踏みつけると、勢いに任せて地面に叩きつける。
綺麗なおすわりの姿勢でサダイジャの頭を押さえつけ、一瞬の決着。
「動いたら技を一気に叩き込む」
「一体、なにが……コンテストの時とは全然動きが違うじゃないですか」
「あぁ。そりゃ観客に魅せるための動きだったからな。演武……っつう訳でもねえが、まあ肩肘張った見栄えの動きだ」
「全然、あの時は本気を出してなかったんですね……っ」
「お前滅多なこと言うんじゃねえ。普段慣れねえ動きを突貫工事で間に合わせたんだからよ」
シナノはその言葉を聞いた途端、下唇を噛み締め俯いた。そう簡単に勝たれてはこちとら四天王の名折れである。
「まあお前だって筋は悪かねえし、そこらの訓練積んだサツとだって見劣りしねえ。あと10年もしたら最低でもエースくらいにはなれると思うぜ」
「それじゃ、遅すぎるんですよ」
アタシの励ましにもギュッと拳を握りしめたシナノは、下を向いたまま体を翻すと一目散にここから走り去っていった。
その背中を心配そうに目で追ったリリーは、こちらを見上げクイと服の袖口を引っ張ってくる。
「良いの、フキちゃん?」
「サツだって言ってもまだまだガキだ。テメエの理想と現実の擦り合わせだって必要だろうさ」
「そういう風には見えなかったけど……それにフキちゃんだって、私から見たらまだまだお子ちゃまだよ」
「うるせぇドチビ。車椅子ごと置いてくぞ」
「出来ないくせにぃ?」
ニマニマと笑いかけてくるリリーを、病弱でなければ一発叩いていた。
その後もひっきりなしにやって来る挑戦者をねじ伏せながら、当てもないウィンドウショッピングを続けていると、キャイキャイと黄色い声がまた耳についてくる
「あーっ! やっぱりフキさん居るじゃん! ほら、ネットに居場所が上がってるって話嘘じゃなかったでしょ」
「はいはいゴメンて。うわー、それにしても生で見ると背も高いし体引き締まってるなー」
遠くの方から敵意とか闘志みたいなものではなく、ただ純粋にぶつけられる好奇心に駆られた視線。
みたところヌクレア大学附属の高校制服を見にまとった女子二人のようだが、こんな知り合いがいた記憶など全く無い。
「あいつらリリーの知り合いかなんかか?」
「フキちゃん……戦いすぎで遂に戦闘狂の域まで……分からないの?」
「るせぇ。もっと簡潔に教えてくれ」
「はぁ、ファンだよファン。フキちゃんの。全く少しは有名人の自覚を持ってよね。そろそろ5時だし少しはサービスしてあげるのもいいんじゃないの」
5時というのはアタシのストリートファイトの刻限だ。申し込んでいたけどその時刻を過ぎた奴らは全部明日に回される。
確かに時刻としてはキリが良い。が、どうにもそういうものは不得手としているのも事実。
「ほらほら、ただでさえフキちゃんは新入りで後押ししてくれる人も少ないんだから」
背中をチョンチョンと突いて来るリリーの、ニマニマとからかうようなにやけヅラも面倒だ。
思わず髪の毛をガシガシと掻きながら、ひとまず和やかな第一声を心掛けて口を開く。
「おいテメェら何さっきから見てやがる」
「まってフキちゃん緊張しすぎ! それ考える限り最低最悪のコミュニケーションだよ!」
「こんなん始めてだから仕方ねえだろうが! ウユリ姉さんは気付いたら腕の中だしよ!」
背後から飛んでくるツッコミに声を張りあげながら返すと、案の定推定ファン2名は若干引いたような表情でこちらを見ていた。
「これ、ウチらに話しかけてくれた感じ……?」
「少なくとも変なことはしてないはずだし、多分……」
「ほら見ろ変な空気になったじゃねえか! あぁもう応援してくれてんならありがとうよ握手でもしてくか!?」
もうこうなったら後は野となれ山となれ。ヤケクソ気味に叫びながら、彼女らの反応を待つ。
すると恐る恐る、アタシの頭の上へ視線を運んできた。
「それなら、そのぅ、ハミちゃん撫でても良いですか……?」
「はんみょ?」
高校生たちが選んだのは、いつのまにか帽子の如く常に頭上に乗っかっているユキハミ。
ご指名とあらばということで、ハミをむんずと掴むと彼女らに渡す。
「わぁ、もちふかー」
「いつまでも揉み込めますなこれは」
「んみょんみょんみょんみょ」
縦へ横へと餅の如く弄ばれるユキハミを見ながら、ふとした疑問が口をつく。
「ユキハミってそんな人気なのか……?」
「リーグ物販のフキちゃん部門、8割がハミちゃん関連だよ。ハミちゃんのストラップやぬいぐるみ、あとはマフィンとか。最近すごい売り上げ伸びてるよ」
「あぁ、通帳に振り込まれてた金ってそういう」
どうやら我が家のハミは自らの食い扶持を自分で稼いでくるようになったようだ。これで特売激安飯を狙ったり、リリーに飯を奢られに行ったりしなくて済む。
「それにしてもアタシに物販ねぇ……まさかそれが売れるとは」
「ユキハミちゃん頭に乗っけた頃から、なんだか取っ付きやすくなったってウチらのクラスでも少しづつ人気でてますよ」
ちなみに人気で言えばウユリ姉さんがダントツに強く、次点で香水とかネイルとか化粧品に強いオカマ紫のアストラ。エデ公はブースター関連で一部にカルト的人気を誇っている。
「そうそう、強い顔面がなんだかすこし穏やかになったというか、とっつきやすくなった気がします。あ、ハミちゃんオレンの実食べる?」
「はみ!? はんみ!」
遠慮など微塵も見せず、与えられた食事に齧り付く氷虫の姿に頭を抱える。いつの日か飴玉ひとつで攫われてしまいそうだ。
「あー、まぁなんだ? サインなんざアタシはてんでダメだけど写真くらいは撮ってくか?」
「えっ……そういうのやってくれる人だったんですか?」
「安心しろ、初めてだから勝手なんか知らねえ。リリー撮影頼んでいいか?」
「おっけー、ちゃんと笑顔作ってよ?」
案の定引き攣った笑顔となったものが、栄えあるアタシのお写真第一号となったのだ。
「げっ、夕方から雨かよ。どうするよリリー」
「あ、うん、どうしようか……」
「四天王っ! その首貰っぺぶらっ!?」
やいのやいの、といつにも増して人々の喧騒が活気に満ちた我が街ウラヌ。熱気も人々の汗を吸い込んでむわりと変わったアウトレットモールで、アタシは日傘に車椅子の病弱ファッションに身を包んだリリーを背後から押していた。
「メシったってあの時間帯は混むしなぁ。おっさんのバーガー屋だって辿り着くまでが面倒だが……」
「あのさ、フキちゃん。一昨日くらいからずーっと思ってるんだけど」
「狂犬天誅――っ! ぼげらっ!?」
晴天の日光に焼かれながらコーラを流し込んだところで、こっちを見上げたリリーと目線が合う。
「なんでキミだけ街でストリートバトル形式なの!?」
襲いかかってきた3組目のトレーナー達を再度ヒヒダルマが殴り倒しながら、どうしてこうなったか、ついこの前の会議に思いを馳せた。
◆◇◆◇◆◇◆
遡ること一週間前。エーデルワイスがブースターを摂取し終えて帰ってきた所で再開された会議。
リーグが再開する事が決まったところで、諸々の諸調整が行われる中、ついに一番大きな問題にぶち当たった。
「んでよ、そもそも短期開催て言ってもどうすんだよ。あと一週間でどうこうってできんのか?」
会議も長引き腹の虫の機嫌が悪くなり始めた時分、腕を組みながら一番問題に切り込む。だがカジノを営むアストラの姐さんは、口角を緩やかに持ち上げた。
「アテがなければ言い出さないわん、ツテでポケモン
彼はそう言いながら懐より小箱を取り出し、ヒョイとこちらへ投げてくる。長期記憶用の光ディスクだ。
それをリリーがあわあわとキャッチしようとするが取り損ね、再び宙に跳ね上げられたところをアタシが掴む。
「これはあくまでワタシの提案。例えばこれを使って街中でフリーのポイントマッチ、それでポイント上位の者たちだけがリーグ会場で決勝マッチを行う。これならやって来る人数変わらず期間の短縮が可能よ」
そ・れ・に、と間を置きながらアタシら四天王に目配せをして言葉を続かせる。
「四天王のワタシたちに賞金首でもかけて、決まった時間以上対戦者を受けいれなければならない。そっちの方が観劇としても面白そうじゃない?」
その発言を聞いた党の放任たちは三者三様。エーデルワイスは頭痛を抑えるように手で目を覆い、ウユリ姉さんはあらあらと口を手で覆う。もちろんアタシの反応は言うまでもない。
「――面白えじゃねえか。それで、姐さんの目的は?」
「そりゃもう、ウチのカジノの広告を一番目立つ所にお願いね。あー、特にS席近くに重点的に」
「観光客でガッポガッポってか?」
「そう、ガッポガッポ」
姐さんは親指と人差し指で縁を作ると、楽しげに手を振ってみせる。広告費とかの諸々はトンと知らないものではあるが、きっとそれを差し引いてもリーグ側での収益の方が見込めるのだろう。
リリーはグニグニと眉根を揉み込んだ後、決心したようにアタシの持ってる小箱を取り上げた。
◆◇◆◇◆◇◆
「って話だったじゃん! 一対一での戦闘ってルールだったはずじゃん! なんでフキちゃんだけ一対全員なの!?」
「いやだってよ、いちいちバトルの承認とかするの面倒じゃねえか。だからアタシのは全部自動承認にしてくれって事前に頼んでおいたんだ」
「だから賞金首みたいな扱いなのね!? フキちゃんの足跡がリアルタイムでSNSに常に発信されてる理由もそれなんだね!?」
リリーが目をギョッと丸くしている最中でも、襲いくるトレーナーのポケモンたちは止まらない。常在戦場ここに極まれりである。
「そんな状態で良く私を遊びに誘ったねフキちゃん……」
「だってお前アローラ以来引きこもりっぱなしだったじゃねえか。今日は涼しいし、偶には外出ねえと陰干し干物になっちまうぞ」
「あ、フキちゃん的にはそっちの方が大切なのね、そうなのね、ふーん、ふーん」
よく知らねえが、くねくねしと奇妙な動きをしているリリーは放っておいて、空に目線を向ける。いつになく雲の動きが早い様子に胸騒ぎを覚えながらウィンドウショッピングに興じていると、いやに聞き覚えのある声が私を呼び止めた。
「ちょーっと待ちなさいそこの四天王っ! このボクと勝負しなさい!」
「んだシナノ、こんなクソ暑いのにご苦労なこった。だがそれなら少しだけ順番待ちだ。先に予約フォームに名前入れとけ。なに、すぐに会いに行ってやるよ」
実際、そこらの十把一絡げな連中など敵ではない。ヒヒダルマの拳一つで意識を投げ出す手合いなぞ居ないも同義だ。
5分とたたずに有言実行、アタシを倒さんと意気込んだトレーナーどもの夢の山を築き上げ、目を見張っているシナノの眼前で仁王立ち。
「テメェには折角だ、キュウコンで相手してやるよ。一旦休みだヒヒダルマ」
「ダル」
相棒と軽く拳を突き合わせ、仕事を全うしたヒヒダルマはボールの中へ戻っていく。
入れ替わりで出てきたキュウコンは眩しい日差しに目を細め、そしてグイと背筋を伸ばした。
「コンテストじゃねえとは言え、瞬殺じゃあつまらねえ。シナノくんちゃんの為にお優しく氷の技は封印してやるよ」
「なっ……! 舐めるのも大概にして下さいよ!」
「舐めてんじゃねえ純然たる事実だ。彼我の力量差くらいキチンと自分で見極めやがれ」
ボールを握りしめたチビ警察は、ブンと力任せにモンスターボールを投擲。飛び出してきたのは、やはりと言うかサダイジャであった。
「先手はくれてやるよ。好きに動きな」
ひゅう、と乾いた風がモールの中を吹き抜ける。
周囲の人もなんだなんだと見物に現れる中、人々が皆息を呑む。
一瞬の静寂。リリーがごくりと生唾を飲み込むやいなや、シナノは声を張り上げた。
「ふざけないで下さい! サダイジャ、『ドリルライナ』ー!」
「踏め、キュウコン」
いつぞやのコンテストでも見た、巻いたトグロをバネのように撓ませるドリルライナー。
だが事前のタメか大きい攻撃は、何の制約もないアタシ達にとってはテレフォンパンチ以下。
突き出された尻尾に少し下への力を加えてやれば、その先端は容易に地面へめり込んだ。
そのまま最小限の動きでサダイジャの体を駆け上がると、タンっと跳躍。
土蛇は咄嗟に口を開けてこちらを迎撃しようとしてくるが、それはすでに予想済み。綺麗な放物線を描いてサダイジャの頭を四つ足で踏みつけると、勢いに任せて地面に叩きつける。
綺麗なおすわりの姿勢でサダイジャの頭を押さえつけ、一瞬の決着。
「動いたら技を一気に叩き込む」
「一体、なにが……コンテストの時とは全然動きが違うじゃないですか」
「あぁ。そりゃ観客に魅せるための動きだったからな。演武……っつう訳でもねえが、まあ肩肘張った見栄えの動きだ」
「全然、あの時は本気を出してなかったんですね……っ」
「お前滅多なこと言うんじゃねえ。普段慣れねえ動きを突貫工事で間に合わせたんだからよ」
シナノはその言葉を聞いた途端、下唇を噛み締め俯いた。そう簡単に勝たれてはこちとら四天王の名折れである。
「まあお前だって筋は悪かねえし、そこらの訓練積んだサツとだって見劣りしねえ。あと10年もしたら最低でもエースくらいにはなれると思うぜ」
「それじゃ、遅すぎるんですよ」
アタシの励ましにもギュッと拳を握りしめたシナノは、下を向いたまま体を翻すと一目散にここから走り去っていった。
その背中を心配そうに目で追ったリリーは、こちらを見上げクイと服の袖口を引っ張ってくる。
「良いの、フキちゃん?」
「サツだって言ってもまだまだガキだ。テメエの理想と現実の擦り合わせだって必要だろうさ」
「そういう風には見えなかったけど……それにフキちゃんだって、私から見たらまだまだお子ちゃまだよ」
「うるせぇドチビ。車椅子ごと置いてくぞ」
「出来ないくせにぃ?」
ニマニマと笑いかけてくるリリーを、病弱でなければ一発叩いていた。
その後もひっきりなしにやって来る挑戦者をねじ伏せながら、当てもないウィンドウショッピングを続けていると、キャイキャイと黄色い声がまた耳についてくる
「あーっ! やっぱりフキさん居るじゃん! ほら、ネットに居場所が上がってるって話嘘じゃなかったでしょ」
「はいはいゴメンて。うわー、それにしても生で見ると背も高いし体引き締まってるなー」
遠くの方から敵意とか闘志みたいなものではなく、ただ純粋にぶつけられる好奇心に駆られた視線。
みたところヌクレア大学附属の高校制服を見にまとった女子二人のようだが、こんな知り合いがいた記憶など全く無い。
「あいつらリリーの知り合いかなんかか?」
「フキちゃん……戦いすぎで遂に戦闘狂の域まで……分からないの?」
「るせぇ。もっと簡潔に教えてくれ」
「はぁ、ファンだよファン。フキちゃんの。全く少しは有名人の自覚を持ってよね。そろそろ5時だし少しはサービスしてあげるのもいいんじゃないの」
5時というのはアタシのストリートファイトの刻限だ。申し込んでいたけどその時刻を過ぎた奴らは全部明日に回される。
確かに時刻としてはキリが良い。が、どうにもそういうものは不得手としているのも事実。
「ほらほら、ただでさえフキちゃんは新入りで後押ししてくれる人も少ないんだから」
背中をチョンチョンと突いて来るリリーの、ニマニマとからかうようなにやけヅラも面倒だ。
思わず髪の毛をガシガシと掻きながら、ひとまず和やかな第一声を心掛けて口を開く。
「おいテメェら何さっきから見てやがる」
「まってフキちゃん緊張しすぎ! それ考える限り最低最悪のコミュニケーションだよ!」
「こんなん始めてだから仕方ねえだろうが! ウユリ姉さんは気付いたら腕の中だしよ!」
背後から飛んでくるツッコミに声を張りあげながら返すと、案の定推定ファン2名は若干引いたような表情でこちらを見ていた。
「これ、ウチらに話しかけてくれた感じ……?」
「少なくとも変なことはしてないはずだし、多分……」
「ほら見ろ変な空気になったじゃねえか! あぁもう応援してくれてんならありがとうよ握手でもしてくか!?」
もうこうなったら後は野となれ山となれ。ヤケクソ気味に叫びながら、彼女らの反応を待つ。
すると恐る恐る、アタシの頭の上へ視線を運んできた。
「それなら、そのぅ、ハミちゃん撫でても良いですか……?」
「はんみょ?」
高校生たちが選んだのは、いつのまにか帽子の如く常に頭上に乗っかっているユキハミ。
ご指名とあらばということで、ハミをむんずと掴むと彼女らに渡す。
「わぁ、もちふかー」
「いつまでも揉み込めますなこれは」
「んみょんみょんみょんみょ」
縦へ横へと餅の如く弄ばれるユキハミを見ながら、ふとした疑問が口をつく。
「ユキハミってそんな人気なのか……?」
「リーグ物販のフキちゃん部門、8割がハミちゃん関連だよ。ハミちゃんのストラップやぬいぐるみ、あとはマフィンとか。最近すごい売り上げ伸びてるよ」
「あぁ、通帳に振り込まれてた金ってそういう」
どうやら我が家のハミは自らの食い扶持を自分で稼いでくるようになったようだ。これで特売激安飯を狙ったり、リリーに飯を奢られに行ったりしなくて済む。
「それにしてもアタシに物販ねぇ……まさかそれが売れるとは」
「ユキハミちゃん頭に乗っけた頃から、なんだか取っ付きやすくなったってウチらのクラスでも少しづつ人気でてますよ」
ちなみに人気で言えばウユリ姉さんがダントツに強く、次点で香水とかネイルとか化粧品に強いオカマ紫のアストラ。エデ公はブースター関連で一部にカルト的人気を誇っている。
「そうそう、強い顔面がなんだかすこし穏やかになったというか、とっつきやすくなった気がします。あ、ハミちゃんオレンの実食べる?」
「はみ!? はんみ!」
遠慮など微塵も見せず、与えられた食事に齧り付く氷虫の姿に頭を抱える。いつの日か飴玉ひとつで攫われてしまいそうだ。
「あー、まぁなんだ? サインなんざアタシはてんでダメだけど写真くらいは撮ってくか?」
「えっ……そういうのやってくれる人だったんですか?」
「安心しろ、初めてだから勝手なんか知らねえ。リリー撮影頼んでいいか?」
「おっけー、ちゃんと笑顔作ってよ?」
案の定引き攣った笑顔となったものが、栄えあるアタシのお写真第一号となったのだ。