第82話 交ざり踊る光達
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
消えない因縁は牙を剥く。 目の前で嵐は吹き荒れる。 試練は突然訪れて、救いは風に閉ざされる。
──さあ、孤独なままあなたは自らの無力に抗えますか?
......いや、この戦いは、本当に──
──さあ、孤独なままあなたは自らの無力に抗えますか?
......いや、この戦いは、本当に──
──不思議なものだ。 こんな状況なのに、この石を見ていると心が洗われる。
ユズは思い返す。 探険隊を結成した日にキラリが夢想したのは、こんな弱々しい光じゃなかった。 夕焼けの中に浮かぶ、もっと大きくてまんまるとした太陽だった。 なのに、どうして目の前にある小さな光はこんなに綺麗なのだろう。 ......いや、もうきっと分かってる。
光の大きさなんて関係ない。 輝くこと自体の重みを、知っているから。 どんなに小さな光だとしても、それ自体が強い力を持っていることを知っているから。
あの日。 茨の牙城が崩れた日。 あの小さな涙の光が、自分を変えたように。
(......あれ)
ユズの中に、ぽつりと疑問が落ちてくる。 それは、本当にシンプルなただ1つの問いだった。
(──私は、本当に今、ひとりぼっち?)
竜巻の荒れ狂う音だけがある世界。 そこに佇み考える。 今の自分の状況を考える。 今はキラリと一緒に、ラケナと戦っている。 竜巻に閉じ込められた訳ではあるけれど、何もしなければダメージは受けないような状況下だ。 動かなければ楽だろう。 でも、自分は無理矢理にでも脱出を試みている。 何故か?
......キラリが、向こうにいるからだ。 彼女を心配させたくないし、ましてや彼女が自分に対して「このまま閉じ込められていること」を望むわけがないと分かっているからだ。 それなのに、何の抵抗もせずに負けたくなんかないからだ。
この状況を、本当にひとりと呼べるのか。
(......いや)
自分を待っている存在がいる。 その事実があるだけで、ひとりぼっちだなんてことはないのではないだろうか。 ......そしてそれはきっと、今回だけの話じゃない。
人間の世界で生きて、魔狼に呑まれて、この世界に来て。 その時間の流れの中で、真に孤独だった事なんてあっただろうか。 そんなことはない。 ──自分が無力を感じるのは、いつだって、「誰かが」絡んだ時だったから。
(私、まさか、勘違いを──)
そう、勘違いだったのかもしれない。 自分が孤独だと思い込んでいただけかもしれない。 勝手に1人の戦いと決めつけて、独りよがりになって、自暴自棄に呑まれて。
憑かれているのは自分だ。 でも、問題としてはみんなも一緒に背負っているのだ。 そして、その憑かれている分の重みも分け合おうとしたのが、キラリのあの言葉だ。
「......はは」
思わず笑みがこぼれた。 なんだ。 最初からひとりでなんか背負えてなかったじゃないか。 周りも一緒に苦しんできたじゃないか。 今更じゃないか。
自分のことを孤独たらしめていたのは、紛れもなく自分自身だった。 ──沢山あったはずの宝物から、ずっと目を逸らしてきたのだ。
ユズの顔から笑みはすぐに消え、真剣な表情が覆う。 ......もう一度、技を放つ。 力を振り絞る。
「[エナジーボール]!」
──理由は、これも分かっている。 あまりに眩しすぎて、直視出来なかったから。
「[げんしのちから]、[ひかりのかべ]!!」
何も無い自分がそれに本当に触れて良いのか、躊躇を覚えてしまったから。 触れたらいつか壊れてしまいそうで、恐怖ばかりが募ったから。
......だけど、だけど!
「......[はっぱカッター]!!」
これもまた、届かない。 でも手応えは今までで1番大きかった。 ......思えば、この世界で1番最初に使った技は、これだった。
いきなりポケモンになってしまって、どこにも行き場がなかったから。 キラリの夢の強さに押されたから──ユズが探険隊として戦ってきた理由は、本当にちっぽけで弱いものだった。 目的も何もなかったし、ただキラリの夢に付き添っただけだった。
でも、今は? 本当に、何も無いのか?
(──そんなことはない!)
ユズは1つ頷く。 みんなから貰った宝物が何か、自分に自覚させる。
イリータとオロルの、絶えない向上心と冷静な思考力。
レオンとアカガネとジュリの、強い矜持といざという時に頼れる安心感。
そして。 キラリの、諦めない心と1歩前に踏み出す勇気。
色々な宝物を貰ったのだ。 このペンダントみたいに、きらきら輝く思い出を。 辛いことがあっても、それを光へと昇華できた記憶を。 記憶は壊れない。 二度と、何があっても。
だから、何も無いなんてことは、もうない。
(──みんなが、キラリが、いてくれるから)
何度阻まれようと、関係ない。 もう一度立つ。 「空っぽな」自分は無力かもしれない。 でも、「宝物を得た」自分は、そんなことはないはずだ。 大事なポケモン達がくれた光が、胸できらきらと輝いているのだから。
目標は、まだ分からない。 なりたい自分すらもつかめない。 でも、やっと......それを見つけるためのスタートラインには、立った。 そんな気がしていた。
狂った風の中で、ユズは大きく息を吸う。 魔狼の力がなくたって、打破してみせる。
不自由でもいい。
泥臭くていい。
慈愛を持って、目の前の壁を破れ。
思うがままにとはいかないけれど。
きっと、これからも悩みは尽きないけれど。
(私は......全部、越えられるっ!!!)
......それでも!!
宣言の後。 ありったけの気合いをこめた葉っぱカッターが、風の壁を切り裂こうとする。 が、まだ届かない。 お返しの電撃が襲いかかる。
「まだっ......まだぁ!!」
それでもなお、ユズは撃ち続ける。 諦めずに、撃ち続ける。 そうしていれば、絶対、打開策が、希望が──
「──ユズ!! 聞こえるっ!?」
──見えた!!!
「......キラリ!!」
──無事だった。 キラリの中に安心感が芽生えるが、ここで止まってはいけない。 ユズを絶対に助けるという思いを込めて、全力のトリプルアクセルをぶつける。 しかし。
「あ゛っ......つ!!」
反動の電撃が、彼女に向かって襲いかかる。 ユズからはその姿は見えずとも、声からして痛みに顔を歪めているのは明らかだった。 頭より口が先に動く。
「待ってキラリ! これ、技の反動で電撃喰らう!! 一旦離れた方が......」
一応の注意喚起。 だが、キラリは止まることなく技を繰り出し続ける。
「知らない!!」
「えっ!?」
「このままユズが閉じ込められてる方がもっと心が痛い! 竜巻も、なんなら魔狼も知ったことか! 私達は友達だ! だから、一緒に越えたい! ユズが泥まみれになっている中で、中途半端に綺麗なまま応援なんかしたくない!」
キラリの鋭い声が、ユズの耳を打つ。 本当に、ここぞと言うときばかり我儘だ。
──でも、正直お互い様かもしれない。
「私だって」
そう、自分だって。
「私だって、キラリと越えたい!! キラリと一緒に、理想の探険隊の姿を......なりたい自分の姿を見つけたい!! はっきりとした目標もまだ分からないけど......でも、今の私はそうしたい!!!」
「......っ!!」
まさか、ユズの方からそう言ってくれるとは。 キラリの目が若干潤む。 彼女はもう、自分の夢についてくる訳ではないのだ。 「彼女自身」の未来が、自分の夢の先にあるのだ。
自分の未来も追い求めながら、一緒に進んでくれる。 悩むユズの姿を沢山見てきたキラリにとって、これほど嬉しいことは無かった。
「......いいに決まってるじゃんそんなの!! 折角友達になったんだもん、探険隊やってるんだもん! お互いの嬉しいことだけじゃなくて、苦しいこととか、全部分け合おうよ!! ああでも苦手だったら私も耐えるしあのえっとその」
「......本当、お人好しだなぁ!」
「えっ......そっちこそ! ......なんて言ったけど、ところでオヒトヨシってどういう意味!?」
「キラリみたいな、優しいポケモンのことっ!!」
こんな状況のせいか、お互い語気が荒くなる。 でも、そこには不安定さや危うさなんて微塵もなかった。 寧ろ逆だ。
2匹の心は今、確実に重なっている。
「そうか、ならユズも......それで、合ってるや!!」
キラリも、更に勢いを増したスピードスターで応戦する。 まるで、消えかけていた体力が一気に戻ってきているような。
錯覚かもしれない。 でも今は、その錯覚にすがる他ない。
「......そうだ、もしかしたら。 キラリ聞いて!! 触らなければ割と電撃喰らいづらい......気がする!! [はっぱカッター]!!」
「なるほど、なら......これはどうだ! [10まんボルト]!!」
「[エナジーボール]!!」
「[くさむすび]!!」
『──[りんしょう]!!』
絶え間ない両側からの攻撃によって、遂に竜巻に切れ目が生まれる。 ここめがけて、2匹はなお全力で技をぶつけ続けた。 鋭い痛みは時折あるけれど、でも。
「ユズ! 私達は、2匹で1つのっ......探険隊!! そんでもって友達!! 2匹だったら......」
こくりとユズは頷いた。 考えていることは、同じだった。
──蘇る。 あの日の感覚が。
「......不可能だって、可能に出来る!!!」
──あの、夕焼けに融け合う、奇跡の時間が!
キラリの星が薄桃色に輝く。 それと同時に、ユズの葉の刃も水色の光を帯びる。 胸の水晶が、互いに共鳴した。
「[はっぱカッター]!!」
「[スピードスター]!!」
それぞれのスカーフと同じ色の光が、竜巻にぶつかった。 交ざり踊る光達は、電撃すらも巻き込んで風を穿つ。 ......そして。
「あっ──」
ユズの目の前の世界が、白い光と共に拓けた。
......お姉ちゃん、聞こえる? 聞こえてるかな。
やっぱり、キミ達って凄いね。 にしても、探険隊かぁ......今ってそんなものがあるんだね。
......おっと、まるで怪しんでるみたいだね。 大丈夫。敵じゃないよ。
色々ちゃんと言えないのもごめん。 こういうのは、ただボクが正解を言っても伝わらないから。
ゆっくり今話せる時間は......ないね。 大丈夫、きっとすぐにまた会えるよ。
でも、1個だけ伝えておこうか。 ねぇ、お姉ちゃん。
......魔狼は、どうして「魔狼」になったと思う?
「......あ」
その時間は、ユズにとって一瞬のようにも、はたまた永遠のようにも思えた。 恐る恐る目を開けた時にここが現実だと理解できたのは、自分の前にキラリの姿があったからだ。
「ユズ......やったぁ、出てきた......」
キラリがほっと息をつく。 さっきまでの恐怖と疲れが急に足にきたのか、彼女はどっと崩れ落ちる。 ユズも呆然としたままへなへなと座り込み、未だ夢心地のまま空を見上げた。 気を張り詰め続けた反動なのかもしれない。 ......出られた、のか。
(......やった......)
疲れのせいか声が出ない。 でも、心の中は爽快感と達成感で満ちあふれていた。 キラリと一緒に技を放つ。 それ自体は今まで数え切れないくらい経験しているはずなのに、今回はいつもとは違った。 苦痛だけ半分に分け合って、それでいて何倍もの力を放てた。 極限状態だったからなのかは、分からないのだけれど。
──それに、あの声。
「あちゃー、出てきちゃったの」
2匹の耳に、この場に不釣り合いなお茶目な声が被さってくる。 2匹はびくりと震えるけれど、それ以上の行動がまるでとれなかった。 足が、あまりにも重い。 あの数々のダメージが、集中力の切れた今の2匹を押しつぶしてくる。
「ぐっ......」
「......正直、圧巻じゃな。 今まで破ろうとするポケモンはごまんといたけど、一回もこんな事無かったのに。
プライベートだったらすぐにでもハグでもなんでもしたいとこじゃが......残念ながら、無理だからのう。 ──さて、ここで潰せば、ワシらの勝ちじゃな」
そう言って、彼は口元に炎を集め出す。 まずい、脱出後の事を何も考えていなかった。 今の状況でこんなものをくらったら、絶対にただでは済まない。 2匹なら大丈夫論も、いきなり破綻の予感がする。
「[まもる]っ......!」
ユズが防壁を張ろうとして、キラリもそれに続く。 だが悲しいことに、技を出せるだけの体力も切れてしまっていた。 技を受けてもいないのに、それはぼろぼろと崩れ出す。
ありったけの熱が込められた炎が、ユズとキラリに牙を剥いた。
「終わりじゃ、[かえんほうしゃ]!!」
目の前が橙色に染まる。 万事休すか、と2匹はぎゅっと目を閉じた。
轟音が響き渡る。 熱気が通り過ぎていく。 火花が身体を掠める。 ......だけど、あの死ぬほど熱そうな業火だけは来ない。
「......?」
2匹はそろりと目を開ける。 すると、大きなポケモンの影がこちらに落ちてきているのが見えた。
......この安心感、知っている。
「ほう......ケイジュがこの場にいなくてよかったのう」
ほくそ笑む声。 「彼」は翼で煙を払い、ラケナの方を睨み付けた。 ユズ達を庇う体勢で。
「......ジュリさん......」
「......全く世話が焼ける、貴様らは本当に面倒だ」
その「彼」──ジュリは、ユズ達の方を見てはあと1つ深めのため息を吐いた。 キラリの表情が感謝でぐちゃぐちゃになる直前に、彼はラケナの方に向き直る。
「......ワシにとってはあんたが面倒じゃのう」
手負いの2匹はともかく、自分の体力的にもジュリ相手では少し不利かもしれない。ラケナは改めて竜の舞で力を蓄える。
「まあ、1匹だけならどうにかは──」
「ならねぇよ!!」
そんなラケナの後ろから水と炎の攻撃が迫り来る。 危ういところで凌がれたが、そんな彼の後ろから走ってきたのは──見慣れたあの2匹だ。
「ユズ、キラリ! 無事か!!」
「おじさん!」
「あたしもいるよっ!」
「アカガネさんも......どうして」
「......ほほう......めんどいのー。 何故助けに来られたんじゃ?」
レオンが腕を組み、アカガネは仁王立ち。 特にレオンはジュリ以上にラケナの方を強く睨み付けていた。 ありったけの軽蔑を込めて。
「あんな馬鹿でかい竜巻起こしといて、気づかない奴がいるか? 2匹のところを狙ったってそうはいかねぇよ」
「全くだよ本当に。 レオンちゃん達と嫌々調べ物付き合ってたらこんなことになっちゃって。 でもジュリちゃんが若くて良かったぁ。 あたし達の足の速さじゃ間に合わなかったもん。 ......あんたね、3匹衆の1匹って。 随分性根の腐った真似するじゃん。
耳の穴かっぽじってよーく聞いときなさい。 探険隊ソレイユのバックには、あたし達頼れる大人がついてるんだから!!」
ビシッとポーズを決め力強い笑顔。 良い意味で堅くなりすぎないアカガネのその立ち振る舞いに、ユズとキラリは思わず笑みをこぼした。 ──そうだ。2匹なら大丈夫論が潰れた時は、その延長線上にあるみんながいるから大丈夫論が通じるのだ──と、キラリは勝手に納得する。
「まずいのう......ああ、ヨヒラちゃんさえいてくれれば......」
5対1、ユズとキラリを除いても3対1である。 流石のラケナも慌てふためく。 そもそもヨヒラがどこにいるのかなんて、全くもって把握をしていないのだ。 なんなら合流手段も無い。 離脱用の不思議玉は1つだけ。 ここで無闇に使ってはヨヒラが逆に危なくなるかもしれない。
これはやるしかないのか。 ラケナは歯を食いしばった。
「......待てヨヒラ!!」
「止まれって言ってるでしょ!」
「しつこい!」
街外れの林の中。 逃げるヨヒラを、探険隊コメットが追いかける。 ヨヒラの俊足が光る場面ではあるが、イリータとオロルも技で彼女を妨害しながらなんとか食らいついていた。 元々焦っているからか、彼女が逃げながら放つ技には精細さが欠ける。 避けながら進むのはこの2匹には割と簡単だった。
「......[ほうでん]、[こうそくいどう]!!」
このままでは追いつかれるだろう。 痺れを切らしたヨヒラは、テッカニンからもう一度ピカチュウへと変身する。 ばちりという電気の音が辺りに走った。
「まずいっ......!?」
「......逃がさない!!」
放電を受けても怯んでいる暇はない。 イリータも負けじと高速移動。 オロルは氷の礫を遠くに放ち、ヨヒラの進路を妨げようとする。
でも。 この林の中での追いかけっこも、終わりを迎えようとしていた。
「うぐっ......!?」
氷が後ろから当たり、ヨヒラは一瞬顔をしかめる。 そのために気づくのが少し遅れてしまった。
──林の端っこ。 視界が開けた目の前に、海岸が広がっているということに。 そしてそこに、あの、自由奔放な──。
「なっ......ラケナ!!」
「ヨヒラちゃん!? なんでここに!!」
「あいつ......!!」
「えっ嘘でしょ増援!?」
茂みから音を立てて現れるヨヒラに、ラケナだけでなく他のポケモン達も驚きを隠せない。 寧ろ、彼女自身も大分狼狽しているようだった。
「何故って......それは私の台詞だ!」
「いーーやーーワシの願い叶ったり!」
「は!?」
ヨヒラの困惑が限界地点に達する。 冷静沈着がモットーなはずの彼女の脳も、流石にくらくらしてきていた。 説明不足もいいところだ。
「待ちなさい......って、えっ、何故みんなここにいるの!?」
「イリータ、オロル!!」
「何この状況......というか2匹怪我してる!! 大丈夫!?」
「ああうんこれは......説明すると長くなるから。 それより!」
そして、そこに追いついたイリータとオロルも現れる。 頼れる味方がまた増えた。 それぞれが驚きや喜びの声をあげるが、今はそれに浸っている場合ではない。
「......ラケナ、どういう状況だ? これは」
「あーー、えっと......」
ヨヒラの厳しい目線がラケナに投げかけられる。 ケイジュとフィニを除いて、総勢9匹がこの場に集まる形になってしまった。 このまま全面対決になるのかと、レオン達は半ば警戒したが。
「多勢に無勢......って感じじゃの。 他の探険隊も来ちゃったし」
どうやらラケナには、そこまでする意思は無かったようだ。 鞄から不思議玉が取り出される。
「ケイジュが戻ってくる前に倒れたら絶対怒られるし......正直どちゃくそ疲れたし......ここは、退くかの。 ヨヒラちゃんもそれでいいの」
「......ああ」
「......待って!!」
去ろうとする2匹に向かって、ユズは叫んだ。 その声にラケナは静かに振り向く。
「兄さんの居場所、本当に分からないんですか!? フィニも知らないって言って答えてくれなかった。 ......あなたなら、知ってるんじゃないんですか!?」
「会ってどうするんじゃ?」
「......話したい。 私、兄さんとずっと碌に話せてない!! それなのに急に世界を壊すとか......ついて行けるわけがない。
それに......お互いが、お互いの気持ちをちゃんと分かってない!!」
ユズの願いは、その耳に届くのか。 ひたすらに祈ったけれど、彼はただ首を横に振るだけだった。
「残念ながら本当に分からん。 ワシは知らないところは本当に知らん。 だが心配せずとも、すぐに会えると思うぞ。 奴は、ユズちゃんのことを心から心配しておる。 その心配が、ユズちゃんにとって嬉しいものかどうかは別にしてな」
「......っ」
どうしようもないやるせなさに襲われ、ユズは悔しそうな表情を見せた。 そんな中、ラケナはキラリの方を見やる。
「ワシのアドバイスなんて、多分キラリちゃんにはもう要らなそうじゃな」
「え?」
「言葉通りの意味じゃ。 それに、ワシが決めたレールなんか乗って欲しくないもん。 ヒントは全部、お主の心の中にあるんじゃないかの」
「え......!」
それだけ言って、ラケナはふしぎだまを高く掲げる。 アカガネが先陣を切って逃がすまいと技を放つが......。
「──駄目か」
手応えは何もない。 放たれた炎は、何も無い虚空でただ弾けるだけだった。 呆然と彼女はその場に立ち尽くす。
「ごめん、逃がしちゃった......」
「......読めないものだ。 攻撃の隙を伺いはしたが、どこにも無かった」
「まあ、しゃーなしかもな。 あいつらの実力がまだ完全に明らかになったわけじゃないし。 それに、あのポケモン......俺には単純な敵とは思えねぇし」
レオンがアカガネとジュリにそうぼそりと言う。 「どういうこと?」とアカガネが聞いても、「なんとなくだ」と返すだけだった。
「......にしても、変だなぁ」
彼らの目線は、自然とユズとキラリの方に向く。 それもそのはず、イリータ達からオレンの実をお裾分けしてもらっている彼女らの顔は──、
「あんな傷だらけなのに、凄い晴れ晴れしてるじゃんか」
「ねむ......い......」
キラリはばたりと布団に倒れる。 先に寝転がっていたユズは、その様子を苦笑いで眺めていた。 早寝したいところではあるし、今にも夢の波にどんぶらこされていきそうなところだが......ユズの言葉によって、それは引き留められた。
「ねぇ、キラリ。 1つだけ、いい?」
「ん?」
「魔狼のこと、だけど」
キラリの眠気が一瞬で覚める。 そうだった。 今1番タイムリーな話題といえばそれなのだ。 思えば戦いの最中で大分生意気なことも言ったわけだし。 怒られはしないかという怯えが少し生まれる。
でも、返ってきた言葉は。
「......少し、考えても良いかな」
「え?」
肯定でも、はたまた否定でもない言葉。 その言葉通り、ユズの顔には一筋の迷いが見えた。
「その、勢い任せで色々言ったけど......魔狼に関しては、やっぱり気持ちが、追いつき切れてないというか。 そんな状態でうんなんて言っても、また悶々と悩んじゃう。
少しの間でいい。 答えるための、時間を頂戴」
真剣な顔で聞いていたキラリの顔が、綻ぶ。 前は突き放されたように感じるだけだったのに、今回は違う。 議論は停滞したままのはずなのに、何かが動き出したような......そんな感覚に包まれる。
「......わかった。 勿論、これからもユズのことは全面サポートするからね!」
「私もだよ」
「え?」
「キラリが言う、太陽みたいな探険隊。 ......少し、理想型が見えたような気が、しなくもなくて」
「ほえ!? 聞かせて聞かせて!」
キラリは布団から身を乗り出す。 ユズもそれに頷き、しどろもどろではあるが話し出した。
「......キラリは、みんなを巻き込める力があると思ってる。 私達の探険隊の理想型って、そこに何か通じそうな気がする。 みんなを照らすっていうのとは違って、なんだろう......こう。 元々みんなの中にある光を引き出して繋げるってイメージが、近いのかなぁ」
「引き出して繋げる......」
「うん。 ......キラリは、繋げるのが得意なんじゃないかな」
「そう?」
「そうだよ。 なんとなくなのが申し訳ないけど。 みんなを巻き込めるっていうのが、それかな」
キラリは自分の胸を押さえる。 ユズの澄んだ言葉を聞いていると、とっちらかったゴミ屋敷のような心に少し整理がついてきたように思えた。 ......綺麗になったとしても、この心の中にヒントがあるだなんて、今はまだ考えづらいけれど。 でも。
(......光を繋げるって、どんな感じなんだろう)
藁布団をもふもふしながら、「自分の心」に問う。 ──ゆっくり未来を追い求めていく上で、あのラケナの言葉は、信じてみてもいいように思えた。
本当に敵なのか? そう疑ってしまうくらいどっちつかずにも思えるキラリの憧れ。 でも、どちらにしても。 キラリの夢の前に立ちはだかる最強の関門なことには変わりないだろう。 ......関門とは、越えていくものだ。
(──待っててよ、おじいちゃん)
絶対に、答えを出してみせる。
(面白いのう、本当に)
オニユリタウンから、ヨヒラとラケナの影が離れていく。 近くに居座る選択もあったが、探険隊が警備を強めると聞いたことやラケナが木の実をつまみ食いしていたというのもあり帰らざるをえなかったのだ。 昼の出来事もありヨヒラは何を言っても口をきかなかったが、ラケナは割と上機嫌だった。 やはり若者は面白い。 自分の予想を軽々と超えてくる。 そんなことを考えながら。
振り向けば、街並みが遠くに見える。 ユズとキラリが向こうにいると考えると、彼としては大分感慨深いものがあった。
「......ラケナ」
すると、やっとのことでヨヒラが口を開く。 その口調はいつもと違う意味で重苦しかった。 それに、声に覇気が無い。
「なんじゃ?」
「これからはオニユリタウンに行くのに、私は誘わないでくれないか」
「どうしたんじゃ。 魔狼に関しては、あんなにやる気たっぷりだったじゃろ?」
「......会いたくない、奴がいたんだ」
今にも泣きそうな震え方。 昔の彼女に何があったのかは、ラケナもよくは知らない。 でも彼女の種族のことだ。 何か、こちらが理解出来ない苦悩でもあるのだろう。 自分と同じように。
「......分かった。 大変じゃのう。 ヨヒラちゃんも」
「......」
それ以上は何も言わなかった。 ヨヒラは俯き、淡々と街から離れていく。 もう2度と近づきたくないと願った、光溢れる街から。
目に映る街がより小さくなったところで、ラケナも後ろを振り向くのをやめた。
(......さて)
この世界の理不尽に際して、彼女はどう立ち上がるのだろう。 どう、世界をひっくり返してくれるのだろう。
考えるだけで、ラケナの心は十二分に盛り上がった。
(答え、待っておるぞ。 ......若き探検隊)
見せてくれ。 若人達よ。
泥にまみれた、醜くも美しい執念を。
その晩は、ユズとキラリ両方にとって暖かみのある夜だった。 夜遅くまで話して、そして気づいたら寝落ちしていた。
──そして、ユズは夢を見た。
雪が舞い散る、白銀の雪原。
そこに、1匹のポケモンと人間がいた。
互いを抱きしめているかのような1人と1匹。 人間の前に立つ知らないポケモンは大柄で恐ろしい見た目をしていたが、その顔はとても安らぎに満ちたものだった。
そして。
『......て、ありがとう』
ポケモンの口から漏れたのは、その体躯には到底見合わないような言葉。 とても暖かみのある言葉。
──でも、どこか哀しいような。 そう思った瞬間に。
ぶつりと音を立て、時間は途切れた。
──気づいて。
北の、湿原のある方。 雪が綺麗な、純白の山の頂。
そこに、真実がある。
絶望の螺旋の端に立つ人間。
キミには、全てを伝えないといけない。