第81話 微か
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
世界に、単純明快な救いなどない。
これは、とあるおとぎ話。
あるところに、小さなおとこのこのポケモンがいました。
そのこはとてもおくびょうで、なおかつずっとひとりぼっちでした。 さみしがりやのおとこのこは、ずっとえんえんと泣いてばかりでした。
そんな中、おとこのこの元にひとりのおんなのこがあらわれました。 そのおんなのこは、みんなに好かれるあこがれのまとでした。
おとこのこをかわいそうに思ったおんなのこはかれの友だちになることを決め、いつもいっしょにあそびました。
けれど、やがておとこのこはおんなのこの元からはなれました。 じぶんみたいな泣き虫は、あんなにやさしいこのそばにはもういられないと思ったのです。
とおいとおいばしょで、もうぜったいに会えないのだと、おとこのこは息をひそめて泣いていました。
けれど。 そこに声がひびきます。 ふぶきのおくには、おとこのこをずっと探しつづけていたおんなのこのすがたがありました。
「──その女の子は男の子を抱きとめて」
「はい、何朗読してんだ」
小さな書斎の中で絵本を読み耽るアカガネの黄色い背中に、ぬっと青い影が忍び寄る。 その影の主であるレオンは彼女の無防備な手からするっと本を奪い取った。 さっきまで目の前にあった優しい絵達はあっけなく上に飛んでいってしまい、抗議の声をあげる。
「レオンちゃん途中なんだけど!!」
「いい歳してよさげな山ダンジョン探しの途中に絵本読む奴がいるか!」
「わあ年齢盾にとってきた! ジュリちゃんなんか言ってやってよ!!」
アカガネは向こうにいるジュリへと助けを求める。 だが、彼は本から目を逸らさない。 いや、逸らそうとしないと言った方が正しいかもしれない。 その顔がどこか苛立たしげに歪んだから。 明らかに五月蝿いと思われていることを感じ取り、彼女は頬を膨れさせる。
「ほれ、真面目に探すぞ山のダンジョン。 別にお前の担当多くないんだから。 俺が1番多いんだぞたまには労われ」
「うわあ子供に聞かせたくない台詞」
「はい黙れ」
「まあまあそんなぴりぴりしないで。 レオンちゃん言ったじゃん。 別にこれは緊急とかじゃないって。
山系のダンジョンリストアップしといてユズちゃん達が動きやすいようにっていう、縁の下の力持ちタイプの仕事なんでしょ? まったりいこうよ。 そんな深刻な顔じゃ怖がられるよ?」
「いい感じのこと言って......にしても、お前も絵本なんて読むんだな」
「まあ、たまには童心に返りたくなるもん。 レオンちゃんやジュリちゃんだってそんな時あるでしょ」
「うーん、俺はあんまりかな......ジュリは?」
「......俺に話を振るな」
「だよなぁ......すまん。 でも手伝ってくれるだけありがたいよ。 多分ダンジョンで1番多いの山系だから、そこから絞るってなると中々」
「ねぇ」
アカガネが唐突にレオンの話に割り込む。 2匹の目線が彼女に向く中、黒い指がすっと窓の方を差した。
「どうしたアカガネ?」
「あれ、竜巻じゃない?」
「何?」
3匹は指差された方の窓に駆け寄る。 この家は平家であるために遠くは中々見づらいが、空まで目線を上げれば確かに細い風の渦のようなものが見えた。 確かに竜巻に違いないだろう。 だが、アカガネとジュリは首を傾げる。
「......にしても、何故こんな急に?」
「だよねぇ。 空も晴れてるし不自然。 ポケモンの技?」
「そうかもな。 そういやあそこら辺、キラリ達の家に近い──」
レオンの言葉がオニドリルの一声となり、全員がはっとする。 もしやという最悪の予感が頭の中に過ぎった時には、調べ物などはもう投げ出していた。
「行ってみるぞ、もしかしたらっ......!!」
煙ったい空気の中。 1つの影がゆらりと揺れる。
「......がっ......」
キラリは傷だらけの身体で地面に転がっていた。 意識が残っていたのは幸いだったし、起き上がろうと努力はするのだが......見ての通りぼろぼろの身体はあまりに重い。 そして、場違いなのほほんとした声は唐突に響いてきた。
「おお、気絶したわけではないのか」
「っ! おじいちゃっ......ぐっ......」
目の前にいるラケナを目にし、反射的に起き上がろうとする。 だが、やはり身体はそれを許してくれない。 身体がはやる心に追いつけていなかった。
さて。 必死なキラリに対して、ラケナはどうだ。 ダメージをある程度与えた後だから、傷があるのは当然。 しかしそこに一切の焦りは無かった。 その顔からは、やりすぎたかもしれないという反省の色すらうかがえる。
「やれやれ......ま、ちょっと頑張ればこんなもんじゃよ」
「っ......!」
余裕を保ったまま目の前でこちらを見下ろしているのは、本当にあの日のおじいちゃんなのか。 理解が追いつかない。 ──速すぎる。 強すぎる。 あまりにも。 ソヨカゼの森での戦いは余興だったのではと思ってしまうぐらい。
成長はしたはずなのに、それを上回られた。 紫紺の森の時ともまた違う。 あの時は完全に自分達の実力を過信していた。 でも、今は違ったはずだ。 彼が手強いことなんて分かっていたから、その中で全力を尽くしたはずだ。 ──それでも、足りなかった。
キラリが悔しさに顔を歪めていると、ラケナは諭すように声をかけてきた。
「......ところでキラリちゃん、何か忘れてないかの?」
「......あっ!」
身体を起こすための体力は戻っていない。 地に這いつくばりながらなんとか振り向くと、ユズを閉じ込めた竜巻はさっきと同じようにそのまま吹き荒れていた。 目の前の風の荒れ狂いっぷりを見る2匹の目つきは、あまりに対称的だった。
「安心しとくれ。 見てくれは激しいが、中は空洞そのものじゃよ。 だからユズちゃんを傷つけてるわけではない。 さっきのダメージで起き上がれないとは思うが。 一応言っとくんじゃけど、破ることはできんぞ?」
「え?」
「長年の探険隊生活で編み出した技じゃ。 お尋ね者を、竜の舞の力を込めた竜巻で拘束する。 破ろうとすればその舞の力が竜巻を守ってくれるんじゃ。 更に破ろうとすればダメージが入る仕組みになっとるから、戦意を削ぐにもぴったりじゃ。 無論外からでも同じ。 よく出来とるじゃろ」
震えが走る。 彼はまるで自慢するように堂々と言ってのけるけれど、要するにこれは果てしなく堅牢な檻だ。 諦めればそれで終わり、諦めなければ......そこにあるのは、激痛の連鎖だ。
「拘束って......どうしてそんなこと!」
「目的忘れてないかのう? ワシらの今のところの狙いはあくまでユズちゃんの奪取。 さっきの身の上話はワシが勝手にやっただけじゃよ」
「......!」
──確かにそうだ。 フィニは、ユズを倒すことを先決に行動していたらしい。 でも、彼の仲間といえど思考が完全に同じ訳ではないのだ。 奪うというなら別に完全に倒さなくてもいい。 労力を最大限かける必要もない。 ユズの行動を縛って、彼女を護る相棒を動けない状態にすれば。
......そんなこと、許せる訳がない。
「させない......!」
隠し持っていたオレンの実を囓り、キラリは無理矢理上体を起こす。
「......おおっと、行くのであればワシが相手じゃよ」
ラケナがその前に立ちはだかる。 この状況を考えるに、勝算は無いに等しいだろう。 でも。 それでも、助けなければ。 1歩ずつ歩く。
「どいて......」
「......そんなんじゃ、破る前にキラリちゃんの身体がもたない。 止めた方が賢明じゃないかの?」
「嫌だ!!」
苦し紛れのスピードスター。 しかしながら威力は控えめで、とてもラケナの体力を削れそうにはなかった。
どうやっても諦めない少女に対して、彼の表情は険しくなる。 ここは実力行使で、全部削り取るしかないのかと。
「そう簡単には、折れてくれんか」
「当然っ!!」
力をこめたスイープビンタ。 だが、これもラケナの腕で防がれる。 その隙間から見える彼の顔はどこか、哀しそうにも見えた。
「こんなにも心配されるユズちゃんは幸せ者じゃのう。 1匹で背負う荷があまりにも重い、悲しい子だとばかり思ってたんじゃが」
「......っ!?」
あっという間に尻尾は腕に弾かれ、キラリは地面に着地する。 その後隙は、ラケナにとっては格好の餌だ。
「......これで終わりじゃよ、[ソーラービーム]!」
「ひゃっ!?」
奇しくも、ユズも使ったことのある技。 丁度にほんばれの効果が切れかかっていたところの、最後の一撃だった。 技のタイプから少し手加減してくれた事は分かるが、それでも今のキラリには効果抜群。 なすすべもなく吹っ飛ばされる。 身体を強く打ち付ける。
「あ゛っ......!」
乾いた声が、喉から漏れた。 地面に転がると、眼前に虹色水晶のペンダントが現れる。 意識が消えかかる中、その光だけはずっと微かにだが目の前に残っていた。 まるで、諦めるなと叫んでいるように。
(なんとかしないと......)
ユズ以外に味方は誰もいない。 前みたいに、助けを貰えるわけでもない。 ......でも、その光に応えるように、キラリは歯を食いしばった。
今の自分は、前の自分とは違うのだ。 心も、自分を取り巻く状況も。
(立ってやる......なにがなんでも......)
今は、向こうにユズがいるのだ。 風の檻の中で、必死に耐えているのだ。 他に自分しかいない状況で逃げるなんてもってのほかだ。 それに。
──ここで倒れたら、今まで大切なポケモン達に貰った言葉達はどうなる?
ゆっくりでも、2匹一緒に進んで行けと優しく言われ。
負ける気は無いと、堂々と言われ。
お前は非力じゃないと、真っ直ぐな目つきで言われ。
出来るなら一緒にいたいと、泣きながら言われ。
そんな暖かい言の葉達を踏み潰した上で、自分は駄目だとまた嘆くのか? そんなの悲しすぎはしないか?
今まで繋がってきた思いを、無下になんかしたくない。 進まないと。 1歩だけでも。 自分も、希望を繋がないと。
誰かが戦っている側で、もうあんな無様に倒れてたまるか。
(あきらめる、な......)
......辛うじて、復活の種が、あと1個。
眼前の光が消えないことを祈りつつ、スカーフの中に隠し持つそれを探った。
──夢を見ることがある。
みんなが側にいる、暖かい夢。 ふわふわとした布団みたいに、永遠にくるまりたくなる暖かさ。 何か起きたらすぐに飛び込みたくなるような、素敵な安心感がそこにある。
でも。 ふと後ろを振り向いてみると。
そこには、目を背けてはならない孤独の闇がある。
......まさか、今その夢を見るなんて。
「つっ......」
ユズが目覚めた時見たのは、狂ったように巻き上がる風の壁だった。 彼女はその場にふらふらと立ち上がる。 ラケナの言うとおり確かにそこは空洞。 その場に留まってさえいればダメージは負わないのだが......そうも言っていられる状況下ではない。 外が見えないから、キラリが無事かどうかすらも分からない。 はやる心のまま、竜巻を破ろうとするが、
「つるのむ......」
バチッと、痛々しい静電気のような音が響く。
「痛っ!?」
思わぬ衝撃に顔をしかめる。 よく見てみると、竜巻は微かに黒い電気のようなものを帯びていた。 竜の舞のオーラにも似たそれは、触れた者を容赦なく痛めつける。
「......なら、[エナジーボール]!」
特殊技で攻める。 だが、風を破れる気配はない。 電流に護られるようにして、光の球は消え去っていく。 もう1発放ってみる。 だがこれも同じくだ。
残された体力もそう多くない。 絶望してもなんらおかしくないような状況で、ユズはなお前を向く。
「私が、やらなきゃ......」
その思いが、ぼろぼろな彼女を突き動かす。 ここは自分が頑張って抜け出せばいいだけなのに、キラリを傷つけることなんてあってはならない。
技を撃ち続ける。 でも届かない。 何度やっても、あの電流に全て阻まれる。
「......出し、て!」
やけくそで体当たりをしかけるが、それはもっと効かなかった。 鋭い風と電流が、身体を穿つ。
「うっ......」
魔狼の気配も今は無い。 ......多分、その力を発揮できるだけの体力も無いのだろう。 紫紺の森の時と同じように。
でもやらなければ。 前を向かなければ。 最終的にヒサメを止める役割も。 ユイの思いに応えるべく生きることも。 魔狼を追い出すことも。 自分でやるべきことを、何も果たせなくなる。 ──そうなれば、本当に無力な存在になってしまう。
そう思って技を繰り出すけれど、状況は何も好転しない。 何度目かの電撃を喰らい、ユズは遂にうなだれる。
(......ほんっと......)
涙混じりのため息が漏れる。 自分の感情が胸の中で溢れ出し、ぐちゃぐちゃになる。 ......もし巻き込まれたのが別の人間だったら、何か違う策でも見いだせただろうか。 こんな、ちっぽけな奴じゃなくて。 空っぽな人間じゃなくて。
ノバラはとても頑固──ユイにかつてよく言われた言葉が、頭の中に過る。 見かけはふわふわしていて凄い柔軟そうなのに、一度こうと決めたことは変えるのを極端に嫌がる、と。 ──特に、1人で乗り越えようと決めたことに対しては。
だからこそ、魔狼にユイが関わることを最初は拒んだのだ。 誘拐事件の時も、自分を置いて逃げてくれと願ったのだ。 彼女もれっきとした当事者だったというのに。
キラリ達に対しては、一度助けてと言ったにも関わらず、「本当に自分が辛かった事」には踏み込ませようとしない。 だからこそ、この前彼女からの優しさを無下にした。
......1年前から、何も変わっちゃいない。
(......馬鹿みたいだ)
中途半端に頼って、中途半端に突き放して。 そんな自分が、やっぱり心底嫌でたまらない。 あの茨は、孤独な苦痛は、今も容赦なく自分の心にまとわりついてくる。
助けて欲しいとは言った。 その約束を反故にする気は無い。 みんなの力で、自分はここに立っている。 それへの感謝の気持ちは忘れたくない。
でも、自分で背負わないといけない問題もある。 キラリ達に頼りたくない問題もある。 いずれはあの闇に向き合わないといけない。 フィニとの戦いの時のような切迫した状況ならともかく、将来的には自分で決着をつけないといけない。 ......でもだからといって、それが出来る程の自信も、目標も未だに得られていない。
──空っぽ。
「......どうしよう」
途方に暮れて、空を見上げる。 竜巻の頂点の風の切れ目からは、申し訳程度の微かな光が見えた。
そしてそれと同時に、胸元に小さな光の筋が走る。
「あ......」
そちらに意識は向く。 彼女の目に映ったのは、本当にひとひらの光を受け取った淡い虹色の水晶だった。 風が吹き荒れる世界には、あまりにも似合わない。 だけど。
──ひとりぼっちの世界のはずなのに。 その光が暖かく感じられるのは、どこか心が落ち着くのは。
一体、どういう心境の変化なのだろうか。
竜巻の内側から、何度か緑の光が見えた。 だが、それもじきに止む。 体力を回復させてからまた挑む可能性も捨てきれないが、完全に止まるのも時間の問題だろう。
(......そのまま体力切れで倒れてくれれば、楽なんじゃけど)
ラケナの狙いはそこにあった。 体力的にキラリが動くのは厳しいし、行ったとしても止めればいい。 ユズが諦めずに攻撃を続けて、じわじわ体力を削っていって貰えば──。
そんな願いをよそに、近くでふらりと立ち上がる音がした。 復活の種をなんとか口に放り込んだ少女が、ラケナの方を強く睨む。
「......キラリちゃん、そんな身体で」
「おじいちゃん、やめて」
キラリは毅然とした口調で返す。
「......敵だって思ってるなら、嘘の心配なんてしないで」
面食らった表情。 その後、ラケナはいつもののほほんとした雰囲気を纏わせる。
「心配してるのは本当じゃよ」
「......だったら、ユズを捨てろって? 私に?」
「キラリちゃんは傷ついてもいいのか?」
「そういう話じゃないんだよ」
その声に、強い決意が溢れる。
──まだ、ラケナには顔向け出来ない。 戦いを終えた直後はそう考えていた。 なんなら今でも思っている。 でも、これは伝えないといけない。そう彼女は強く思った。
彼が、キラリの夢の源泉だからこそ。 彼女を彼女たらしめたポケモンだからこそ。
「おじいちゃん。 おじいちゃんは、私が世界をひっくり返すんじゃないかって、言ったよね。 でも、多分それは私だけじゃ出来ない。 私は無鉄砲だし、たまに凄い我儘になる。 自分でも怖くなるぐらい。 現に今も......魔狼のこと、ユズしか背負えないのはおかしいんじゃないかって思ってる。 私も、背負いたいって思ってる」
予想外。 そう言いたげに、ラケナが若干驚いたような表情を見せる。
「ほう......端から見たら、自殺行為じゃな。 魔狼について無知ではないんじゃろ?」
「うん。 戦いもしたし、ユズの記憶も見た。 怖さは十分なくらい伝わってる。 あれのせいで、ユズは壊れかけた。 でもだからこそ、分け合いたいんだ。 辛さを半分こして、一緒により良い道を見つけたいんだ。 ユズには、断られちゃったけど。
私が全部肩代わりするとかじゃない。 当然1匹じゃ勝てるわけない。 世界をひっくり返すとかも......正直、まだ途方もないように思える。 でもみんなが、ユズがいれば......」
「......やれると?」
キラリは、肯定も否定もしない。 ただラケナを真っ直ぐ見るだけだ。 そこに潜むのは1つの考え。
「分からない。 正直、私の夢の本当の答えもまだ出てないから。 でも、1つだけ分かるのは......要るのは時間だけじゃない。 ユズがいないと、その答えは絶対に出ないの!!」
武力行使では絶対に勝てない。 だが1つだけ、今までの話や戦いの中で彼女の心には引っかかるものがあった。
ラケナは、ケイジュは笑顔の仮面を被っていたと言ったけれど。
......彼もまた、残酷非道な悪役としての仮面を被っているのでは?
もしそうであるならば......彼の心を最もくすぐるのは、真摯な心であるはずだ。
「おじいちゃんは、賭けたんでしょ? 私達か、ケイジュさんかって。 ......お願い、私にチャンスを頂戴」
「ほう?」
「助けられないって、思ってるでしょ」
「まあの。 特製の檻じゃ」
「......でも、若干期待もしてるんでしょ」
突き刺してくるような言葉に、ラケナは目を見開く。 確かに、このまま崩れてくれればいいと願っていたけれど。 ......だけど。
──図星だ。 キラリはそう読み取り、こくりと1つ頷く。
彼が世界の破壊を求めているのは事実。 でも、それだけじゃない。 あわよくばとかではなくて、心の底から願っている。 若者がこの世界をひっくり返すことを。 だからこそ、森でキラリが復活した時、とても生き生きと戦っていたのだ。 相手がもしケイジュやフィニやヨヒラだったら、絶対嫌がるだけだろうに。
......そんな彼が、若い芽を本当に躊躇無く摘み取ることなど出来るのか?
「助けるよ、絶対に。 これぐらい乗り越えないと......未来なんて、どこにもないから」
「......痛いと思うぞい」
「へっちゃらだよ。 寧ろ、このままの方がもっと嫌だ」
それは決意の叫び。 絶体絶命の状況下、それでも戦うという決意表明。 スリルを求めるポケモンにとっては、飛びつきたくてたまらなくなるメインディッシュ。
「──おじいちゃんなら分かってるでしょ。 私が自分の身かわいさに、諦めたりとかしないって!」
......ケイジュの仲間としての彼じゃない。 ラケナ自身の心に、問いかける。
それを聞いたラケナの口角は、微かに上がる。
「そうじゃな」
キラリははっとする。 あの森での出来事以来、彼女にはラケナのあののほほんとした笑顔が仮初めのものとしか思えなかった。 ......でも、今は違った。
彼の見せた笑顔は、本物だった。
「......そうに、違いないの」
ラケナはそう言ったきり押し黙る。 ──もしキラリがユズに向かって走り出したとしても、きっと彼は止めないだろう。
届いた。 そう確信したキラリは、その場から勢いよく走り出す。
「......ありがとう!」
走る。 ラケナの横を通り過ぎ、竜巻の前に立つ。 そして、お腹いっぱいに息をためこみ、叫んだ。 ユズに届けと、願いを込めて。
「──ユズ!! 聞こえるっ!?」