第80話 パンドラの箱の中

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 試練との邂逅。


 


 

 ──ラケナが、あらかた話し切った後。 少しの沈黙を挟んで、ユズの声が震えた。
 
 「それじゃあ......あなたが?」

 彼女の声には感情がこもっていた。 ひたすらラケナを問い詰める。 まるで、彼を断罪するかのように。

 「あなたが、兄さんを引きずり込んだの?」
 
 そこにいたのは、チコリータというよりは1人の人間の少女。 ポケモン世界で唯一、ケイジュを──ヒサメを昔からよく知る存在。
 ラケナはそんな彼女の心の叫びを真っ直ぐ受け止め、こくりと頷いた。 全くの、平常心だった。

 「......まあ、大体そんな感じじゃの。 焚きつけたのは、事実じゃ」
 「っ......!!」

 率直かつ素直な返答に、ユズは歯を食いしばる。
 ......おかしいと思っていたのだ。 なんで、再会したときに彼があんなに暗い目をしていたのか。 一時の感情だけでああなる訳がない。長い間、自分の中に闇を蓄積していた以外ないと思っていた。 孤独のまま、ずっとずっと。
 でも、それは違った。 孤独ではなかった。 彼を闇へと手招きするポケモンがいた。 衝動的に家を飛び出した彼の一時の激情を、世界を壊す狂気へと昇華させたポケモンがいた。
 ......目の前の、彼が。

 「何てことを......!!」

 ユズの心の奥底で、強い怒りが滾る。 しかし彼女の鋭い眼差しを向けられて尚、ラケナの表情は変わらない。 寧ろ、少し戯けたように首を振る。

 「勘違いはしないでおくれ。 ケイジュの中の『あれ』は、多分ワシが何もしなくてもここまで育ってたじゃろ。 ワシは、それにちょーっと肥料をまいただけじゃよ」
 「......肥料って!!」

 一瞬でもふざけてはいけない話題のはずなのに、ラケナは軽い台詞を言ってのける。 ユズは思わず吼えた。 だが、彼はなおも動じない。

 「そうじゃ、もう1つ。 あいつの名誉のためにも言うが......ユズちゃん。 元はあいつはお主をこの世界に呼ぶつもりはなかったんじゃよ」
 「え......!?」
 「確実に世界を壊せる方法と同時に、魔狼の消滅方法について、あいつはこの世界でずっと調べてたんじゃよ。 村の書斎をあらかた漁ってな。 あとは昔話を深く読み取ったりもしたらしい。 ワシは見てないから詳細は知らんがな。
 すぐに世界を壊そうとせずに数年間過ごしていたのはそのためじゃぞ。 ユズちゃんが魔狼から解放される方法を探してたんじゃ。 大方は役に立たない書物ばかりじゃったが、今年の春に遂に見付かったものだから......きっと勇み足になってたんじゃろうな。 それに、その内容が魔狼で世界を壊せばいいっていう一石二鳥のもんじゃったから......あとはもう、分かるな?」
 「......」
 「巻き込むと決めたからには、全部終わった後に断罪される覚悟もしていたらしいが......ユズちゃんの事に関しては、口に出さなくても大分後悔しているように見えたぞ。 あの時のユズちゃん、きつそうじゃったからのう」

 ぐっとユズは俯き押し黙る。 怒り、困惑、切なさ──色々な感情が絡み合って、整理に時間がかかってしまっていた。 そんな彼女を、キラリは横から心配そうに見つめる。 ......そして。

 「──ねぇ、おじいちゃん」

 話すことは、これで大体終わりだろう。 キラリはラケナに問う。 ──最後に、これだけは聞かないといけない。

 「どうして、今そんなことを私達に話してくれたの?」
 「......ほう?」

 ラケナはキラリの言葉にふむふむと頷き、ここもまた冷静に答える。 不敵な笑顔が彼を包んだ。

 「簡単なことじゃ。 知る権利があると思ったんじゃよ。 お主ら2匹とワシら2匹、まがりなりにも人間とポケモンのコンビじゃろ?」
 「......あ」

 確かに、と2匹は目を見合わせて納得する。 自分達もそうだし、ケイジュとラケナだってそうだ。 人間とポケモンが出会って、相棒のような関係になって。
 方向性に遙かに違うけれど......でも、どこか似ている。

 「面白い巡り合わせじゃろ。 こんなこと滅多に起こらない。 これもまた運命なのかもしれん。 だからお主らには、全部知った上で戦って欲しかったんじゃ。 ワシらのような捻くれ者を、何の躊躇もなくぶっ飛ばして欲しかったんじゃ。
 ......さあ、これで、ただのジジーロンとしてのワシの用は終わりじゃよ」
 「......やっぱり」

 小さな呟き。 気を取り直したユズは1歩前に踏み出し、彼に対して毅然とした態度で問うた。

 「ラケナさん、あなたは確かに卑怯な『嘘』は吐かない。 ......いきなり襲ったりしないとは言ったし、その約束は守ってくれた。 でもそれは、用がなくなった時には襲わないことを示してくれるものじゃない。
 単刀直入に聞きます。 ──じゃあ、兄さんの仲間としてのあなたの用は?」

 続くユズの言葉に、ラケナは面食らったような表情を見せる。 だが、帰ってきた返答は大方彼女の予想通りのものだった。

 「仲間のう。 ケイジュが聞いたら嫌がりそうじゃ。 共犯者ぐらいのくくりが丁度いいんでねぇかの。 ......まあ、そっちのワシとしては......ユズちゃん、こっちに来て欲しいんじゃけど」
 「──お断りします」
 「だったら......すまんのう」

 ラケナがそう言って手を軽く振ると、ユズとキラリの頭上から影が落ちてくる。 反射的に、なんとか2匹はその場から飛び退いた。 土煙が辺りに立ちこめる。 ぼんやりとだが、さっきまで2匹がいた場所に大きな岩が転がっているのが見てとれた。
 ──岩雪崩。 技名も言わずにというところに、彼の性格がにじみ出ている。

 「......仕方ない。 いこう、キラリ!」
 「うん!!」

 完全に無策なままこんなところまでのこのこ来るわけがないのだ。 もしもの時のために、戦闘用の道具も隠し持っておいて助かった。 心の準備もしっかり整え、ユズとキラリはその場で構える。
 そしてラケナはというと......こちらもまた、準備万端な素振りを見せた。

 「ワシもそう気は長くない。 力尽くで、いかせてもらう!!」













 「[りゅうのはどう]!」
 「[にほんばれ]! ──キラリ!」
 「[マジカルシャイン]!!」

 丁度、イリータとオロルとの戦いの時と同じやり方だ。 陽光の力を借りた妖精の光が、竜の力をせき止める。
 ......にしても、いきなり竜の波動とは。 森の時は最初からこんなに攻めてこなかったのに。 特殊技の方が合っていそうなイメージも考えると、あの時と同じようにはいかないだろう。

 (......絶対、負けない!)

 これは、本気でこちらを潰しに来ている。 キラリは気を引き締めた。 今目の前に立っているのは、ただの憧れの存在じゃない。
 なんとしてでも砕くべき、大きな壁だ!!

 「天候変化のう......ならこれじゃ! [かえんほうしゃ]!!」
 「キラリ隠れて!![ひかりのかべ]!」
 
 日光の熱によってより力を増したラケナの炎が炸裂する。 壁でも強化された火炎を抑えきることは出来ず、前に立ったユズは少しばかりダメージを負っていた。 残り滓の火花と煙が立ちこめる中、キラリは上へと飛び上がる。 手の中で煌めくのは、前よりも力を増した自分の十八番。

 「[スピードスター]!!」
 「......なるほど、なら!」

 星が当たる直前、ラケナの姿が煙を立てて消える。 そこに残されたのは......綿の飛び出たぬいぐるみだ。

 「みがわりっ......! いや!!」

 落ち着けと自分に語りかける。 あくまで一時凌ぎのものだ。 森でもジュリに対して使っていたし、踊らされる理由は無い。

 「キラリ!! 上!!」

 ユズの声につられはっと上を見ると、そこには爪を光らせたラケナの姿。 ......そっちがこうするというのなら。 キラリはさっきの彼と同じ構えをとる。

 「[みがわり]!」
 「......っ、ひかりのたま!」

 キラリのやりたいことを汲み取ったのか、ユズはひかりのたまを掲げてラケナの視界を更に遮った。 キラリの視界にも影響はあるかもしれないが、寧ろ好都合だ。 嗅覚を研ぎ澄ませば、ラケナの居場所なんて目を使わなくてもすぐに分かる。
 ──皮肉なものだ。 彼の優しい匂いに関しては、あの日から何も変わりやしない。

 「[トリプルアクセル]!!」
 「うおっ!?」

 運も味方し、キラリはラケナの背中から氷を纏った尻尾をぶち当てる。 1回、2回、そして3回。 流石にラケナの表情も苦しげに歪む。 前よりも確かな手応えに、キラリは内心ガッツポーズをした。

 「[げんしのちから]!」

 そこにユズも続こうとする。 弱点の氷を喰らった後の身体は隙だらけだ。 数々の岩がラケナに向かって襲いかかった。

 「つっ......!」
 
 これも避けきれず、ラケナはダメージを負う。 レベル差もあるのか致命傷とまではいかなかったけれど、これも手応えは十分大きい。 この流れを止めるまいと、キラリが彼の元へと向かう。

 「ぬう......[ドラゴンクロー]!!」
 「[スイープビンタ]!!」

 爪と尻尾がぶつかり合う力勝負。 痛みが身体を容赦なく襲ってくるが......ここで負けてはいられない。 衝撃に耐えながら、キラリは更に尻尾に力を込める。

 「......おりゃあああっ!!」

 だが、結果的にはばちっと音を立てて跳ね返される。 後になってやってくる尻尾の痛みに、キラリは一瞬身をかがめた。 でも、痛みがあるのはラケナも同じだ。

 「[マジカルリーフ]っ!!」
 「......[エコーボイス]!」

 感情を込めたユズの一撃が炸裂する。お返しと言わんばかりにラケナも音技で応戦した。 びりびりと鼓膜に響く感覚は、確実にこちらの体力を削ってくる。 ......でも。
 
 「これじゃ怯まないか。 さっき炎も当てたのに、頑丈じゃのう」
 「......あの程度で、くたばれないから!」

 それをものともせず、ユズはラケナに向かって叫ぶ。 ......ここで倒れてしまっては、対話の機会なんて絶対に得られないのだ。
 戦況としては、若干こちらに傾いている。 油断せずに、攻め続けていくしかない!
 そう思ったのはキラリも同じ。 一気に決めようとその場から駆け出した。

 「畳みかける! ......[りんしょう]!!」
 「同じく[りんしょう]!!」

 2匹は丁度最近編み出した技を繰り出す。 これはユズが学校で得た知識が元だ。 輪唱は重ねがけすれば威力は上がる。 息を合わせた攻撃にはとてもぴったりといえる技だ。 いくらか効いてくれればいいのだがと願うばかりだが......。
 
 俯くラケナの表情に、狼狽はなかった。

 「......やってくれるのう、若造!!」

 寧ろその顔は、傷なんて感じさせないくらいの溌剌とした笑顔が弾けていた。 そして、弾けるのは何も彼の心の内だけでは無い。
 さっきまでとは違う。 そんな違和感がユズとキラリを襲う。

 ──音で来たなら音で返す。 狂ったような爆音が、辺りに轟いた。

 「[ハイパーボイス]!!」
 『がっ!?』

 それは輪唱をいとも簡単に掻き消し、同時にユズとキラリにもダメージを負わせる。 踏ん張ってないと吹き飛ばされそうな圧力には、底知れない恐怖を覚えざるを得ない。

 声が止んだところで、ラケナは1つ深呼吸をする。 そんな彼を見るキラリの目には、若干の困惑が宿る。 そこに続く声は、隠居していたと言い張る老ポケモンのものだとは思えなかった。 その姿は、まさに。

 「キラリちゃん、ユズちゃん。 言ったよな? ワシはジジーロン。 命の灯火が消えそうになるほど、粘り続けるって。 戦いにおいても似たようなもんなんじゃよ」
 「......おじいちゃん」

 ──野心溢れる探検家、そのものじゃないか。

 「そうじゃ、2匹に1つ豆知識」

 ラケナの周りに、紫色の電流のようなものが走る。 それを見て、ユズとキラリが先程抱いていた期待は一瞬で砕かれた。
 身の毛がよだつ感覚に襲われる。 体力的にはぼろぼろなはずなのに、彼の力は一層強まっているようだ。 彼を強くしているのは、あの竜の舞と、それと──。

 「逆上って特性......知ってるかの?」














 ──彼から湧き出る威厳に恐れをなした、その瞬間だった。
 
 「うあっ!?」

 隣にいたはずのユズから、悲鳴が聞こえる。 キラリが「認識する」前に、ラケナの技が自分の頬の毛を揺らした。

 「......えっ!?」

 後ろを振り向くと、地面に横たわるチコリータの姿。 ──彼女が、あの一瞬で吹っ飛ばされた。 キラリがそう理解し呆然とした時、ユズは傷だらけの身体で吼える。

 「......キラリっ!! 私は大丈夫!! それより、ラケナさんを──」
 「[たつまき]!!」
 「っ!!」

 言葉が途中でかき消され、彼女のいた場所に渦が巻き起こった。 ......閉じ込められた!? この、短時間で!?

 「......嘘っ!?」

 キラリの中の困惑が一層強まる。 思考が追いつかない中ではあるが、身体は勝手に動き出した。
 何が何でも、まずは彼女を助けないと。 キラリの心がそう指令する。

 「ユズ!! 待っててっ......」
 「キラリちゃん、友達の助言は聞いとくもんじゃぞ!!」
 
 どこからともなく忍び寄ってきたラケナが、手に光球を構える。 そこから放たれるのは、至近距離での竜の波動だ。

 「っ......[みがわり]!!」

 すんでのところでかわす。 波動の光も、やはりさっきより強くなっている。 あんなものが当たっていたらひとたまりもなかっただろう。
 同じ場所に留まるべきではないと、キラリは逃げた場所からも飛び退く。 その最中、冷や汗が頬を垂れる。 クエスチョンマークだけが頭に際限なく浮かび上がる。
 ......どうして、彼はこんな急に強さを発揮してきたのか。 体力は減らしたはずなのに、それが逆効果になっている。 逆上だって、聞いたことのない特性だ。 森で戦った時とは、訳がちが──

 「やるのう......」
 「ひっ!?」

 気配すらも感じさせず、キラリの目の前にラケナが迫る。 恐怖の感情が湧き上がり、つい小さな悲鳴をあげてしまった。
 おかしい。 何かがおかしい。 彼が必死であったならまだ説明がついた。 でも、これは違う。 おじいちゃんなのにという話すら飛び越している。 何か異次元めいたものを感じざるを得ない。
 身代わりを使えるだけの体力も、もう残っていなかった。

 「でもまだまだじゃ! [りゅうのいぶき]!!」
 「しまっ......」

 目の前で光が爆裂する。 キラリの視界は、あっという間に真っ白になった。















 その頃、ヨヒラは街中を疾走していた。 滑空が出来ない小さなエモンガは、汗だくになりながらポケ混みの中をかき分ける。
 ──こんな風に息を切らしながら走り去るのは、「あの日」振りかもしれない。 躱す対象が森の木々かポケモンか、それくらいの違いだ。 全く変わらないのは、背後ばかりに冷たい感触が走り続けていることか。

 (......振り払えて、いないか)

 ヨヒラが後ろを振り向くと、かなり遠くではあるもののまだライチュウは追ってきていた。 さっきノーヒントで変身がばれたということもあり、立ち止まって別のポケモンになるなんていう手も取れない。 ひたすら走り続けるしかなかった。
 
 (鬱陶しい......っ)

 体力に自信が無いわけでもないし、走っているうちに冷静さも大分取り戻しては来ていた。 ただ、いい加減見失ってくれないものか。 ヨヒラがそう願いながら歯をくいしばった、その時だった。
 何かとぶつかったような、ドンという衝撃が走る。

 「うわっ!?」
 「あっ......」

 しまった。 注意不足だったと、ヨヒラは目線をそのぶつかったポケモンに移そうとする。 さっさと立ち去らないと追いつかれるが、だからといって謝らないのも怪しまれる。
 でも、その相手は。

 (......何!?)

 思わず動きが止まってしまう。 目の前で、きょとんとした表情で立っていた「2匹」は。

 「あたた......」
 「大丈夫?」
 「まあ、僕はいいよ。 イリータ。 ......ところで、君は」
 「当たってないのに心配される筋合いはないわよ。 ......そうだ、貴方。 ポケ混みの中で走るなんて、非常識じゃなくて?」

 そのイリータと呼ばれるポケモンの厳つい目線を間近で喰らい、ヨヒラは身震いする。
 ──探険隊コメット。 今までに2度も出くわした、因縁の相手。 こちらを苛立たせる言葉をいくつも発したポケモン達。

 (......嘘だろう)

 なんという嫌な偶然だろう。 ライチュウのこともそうだが、今日はとことん悪運に見舞われる日のようだった。
 でも、平静にしなければ怪しまれるのも事実。 なるべく早く離れてしまわなければ。 落ち着けと自らに言い聞かせ、彼女はその場で一礼する。

 「......すいません」
 「あっ......待って!!」

 オロルの前足に、ヨヒラの尻尾がつかまれる。 ここでもかと思いヨヒラは顔を歪ませる。 早くしないと、ライチュウにも追いつかれるというのに。 そんな感情とは裏腹に、オロルはじっくり熟考する。 「まさか」と呟く声が聞こえ、背中の辺りに悪寒が走った。 まるで、彼の氷技を受けた時のような。
 そして、その悪寒は現実のものとなる。

 「......ヨヒラか」
 「!?」

 思わず前足を振り払い、後ずさりしてしまう。 この時点で正体は明かされているにも等しい。 現に、オロルの顔から疑いの念が消えている。
 さっきの件もそうだが......何故、こんなにも正体を見破られてしまうのか。

 「何故」
 「学校で昔やったよ。 練度によって克服も出来るけれど、メタモンの変化には弱点がある。 元々生まれ持った顔つきや目つきを変えるのは難しいんだろう?
 君の表情は嫌なほど見てきたし、見破るのも不可能ではない。 それに、焦りが見えるな。 普通のポケモンを演じる余裕も無いんだろう?」
 「......ちっ」

 生まれつきのこの鋭い目つき。 確かにピカチュウに変身してからもそれは変わらなかったけれど、変身前の姿さえ見られなければ大丈夫だと思っていた。 でも、他の変身先とピカチュウの姿を比較すればどうなる?
 これまでの自信は過信だったと、今彼女は気づかされることになった。

 警戒心と共に、右足を前に踏み出す。 だがここはポケモンの数も多い街中だ。 今、おおっぴらに戦えるのか──。

 「ヨヒラちゃん!!」

 そこに、聴きたくなかった声も乱入する。 ライチュウがやっとのことで追いついてきたのだ。 きょとんとするイリータとオロルを差し置いて、彼女は声を張り上げる。

 「なんでっ......なんでそんなに警戒するの? 私に会いたくなかったの? ずっとずっと、友達だったじゃん! ......あの村でのこと、忘れちゃったの」
 「えっ......」
 「......村って!」

 イリータとオロルの顔に驚愕が浮かぶ。 あの村というのは、もしやあの。
 ポケモンの命を糧に青く染まった、あの紫陽花の。

 「悲しいこと言わないよね!? 忘れたとか、そんな!!!」
 「......っ!」

 今まで無視を決め込んでいたヨヒラだったが、遂にそれも不可能になった。 嫌な記憶が、次々に胸を突き刺してくる。 心の奥に厳重にしまっていた記憶の箱の錠が、壊れかける。
 
 ──そんなつもりはなかったのに。
 自分が放った一撃が、瞬く間に全体に広がって。
 炎の熱と、煙の匂いが充満して。
 ......そして。 残ったのは。 残されてしまったのは。 まだ紫だった紫陽花と、

 「違う!!」

 ──やめろ、それ以上言うな。 そう、彼女の心は拒絶する。
 
 「勝手なことばかり口走るな!! 忘れるわけがない!!」

 大声をあげて、強く首を振り、彼女は脳に迫り来る記憶の奔流から逃れる。 その声はまさに悲鳴のようだった。 自分に無理矢理言い聞かせているようでもあった。
 でも、ライチュウはそれにも構わずヨヒラに問い続ける。 彼女の顔にもまた、焦りが浮かんでいた。
 
 「じゃあなんで!? なんで私から逃げるの!? ヨヒラちゃん!!」
 「五月蝿いっ!! いい加減に......しろっ!!!」

 ヨヒラは瞬時にピカチュウに化け、高速のエレキボールを放つ。 ライチュウは思わず目を塞ぐが、そこにイリータが立ち塞がった。

 「[まもる]!!」
 
 防壁が辛うじて攻撃を防ぐ。 一触即発の状態ではあるが、1つ忘れていたことが。
 街の中での攻撃音というのは、普通のポケモンにとっては異常事態でしかない。

 「えっ......何!?」
 「雷みたいな音がしたぞ!?」
 「えっと、あれは確か探険隊コメット......と」
 「......あっちはそうか、指名手配の!」

 ざわざわと、少しずつ街のポケモン達が集ってきてしまう。 このままでは探険隊の増援も呼ばれかねない。
 この場で戦うのは、あまりにもこちらに不利だ。

 「......くそ!」
 
 どうせバレているなら仕方が無い。 ヨヒラはテッカニンに化けてその場からの逃走を図った。 丁度、素早さが特徴的な種族だ。

 「......逃がさない! オロル、追うわよ!」
 「ああ!」
 「あっ......待って、私も!」

 ライチュウが後を追おうとするが、オロルは強めに首を振った。 全然知らないポケモンを修羅場まで連れて行くのは、中々に気が引けてしまう。
 彼女とヨヒラの関係も、まだつかみ切れてないのだから。
 
 「駄目だ、危険だよ。 大丈夫、僕らが責任持って捕まえる!」
 「あっ......」

 ライチュウの答えを聞かずに、オロルはイリータの後を追って駆け出してしまった。 未だざわめきが残る道。 その真ん中に残された彼女は、1つ呟いた。

 「......今回は、無理そうかな」

 誰にも聞こえることはない独り言。 少し立ち尽くした後、彼女はその場からとぼとぼと歩き去ってしまった。


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