Film5-1 兄ちゃん姉ちゃんにおまかせナリ!

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読了時間目安:15分
 床のフローリングが傷ひとつついてない。
 それが、ここが今とは違う時間であることを告げる、最初の光景だった。
 桜の木がよく見える庭で、ピチューのスダチと追いかけっこをしている、5歳のコウジ。明日、いよいよ6歳の誕生日を迎える。
 部屋の中では、妹のマドカとエモンガのライムがクレヨンでお絵描きをしている。どうもあのコンビが、一緒に何かを作っているようだ。
 何を描いているんだろうーーそんな好奇心から、コウジは同じことを考えていたスダチを引き連れて、縁側から家の中へと入っていった。

「なにやってるんだ? マドカ、ライム」

 サッ、とマドカとライムは慌てて、机の上に広げていた画用紙とクレヨンをテーブルの下に隠す。

「な、なんでもないよ!」
「エモ、エモ」
「もしかして、おれのたんじょうびプレゼント?」
「ピチュピチュ、ピチュ!」

 テーブルの下に隠されたお絵かきセットを覗こうとするコウジを、マドカは持っている力全て使って押さえつける。ライムも一緒になって、スダチを必死で足止めした。

「ちがうよ! ちがうもん! マドちゃん、えほんなんてかいてないもん……」
「エーモォ……」

 胸の前で両手の拳を握り、合わせるマドカ。頬を膨らませながら、威嚇になっていない威嚇をするライム。
 凸凹コンビが何かを否定する時は、いつもこうだ。口ではそう言ってるけど、いつからか染み付いた癖がマドカとライムの動向を教えてくれる。



★ ★ ★



(……夢、か)

 寝起きで重い頭を、コウジは無理やり起こす。目覚めがスッキリしないのは、窓から垣間見える曇り空のせいもあるだろう。だが、それだけではない。
 夢で見たそれは、忘れかけても忘れられない、幼き日の思い出。
 何歳だったかな。小学校に入るか入らないかくらいの時期の誕生日だったのは覚えてる。
 あの時、マドカとライムが用意してくれたプレゼント、どうなったんだっけ。

「ピカピ!」

 なんてことを考えていると、パートナーのスダチがコウジの顔に張り付いてきた。あの時はピチューだったのに、こんなに大きくなったんだな。重みを感じながら、コウジはおもむろにスダチを顔から剥がす。

「悪いスダチ。今準備するよ」



★ ★ ★



 帰りのホームルームを終え、クラスメイト達はぞろぞろと各々の持ち場につく。そのまま帰宅する者、委員会活動がある者、部活の練習がある者。プレイヤ学園は人数の多い学校であるだけに、過ごし方も生徒の数だけある。

「コウジくん、また明日ね!」
「おう」

 3年間同じクラスである腐れ縁のイブキも、ポケモン演劇部の練習に向かうべく、パートナーのエルフーンと共に教室を後にした。
 コウジはというと、曜日によって持ち場がマチマチだ。毎週月曜日は生徒会、火曜日から木曜日は文芸部、金曜日は貴重なフリーデイ。
 改めて今日の曜日を確かめると、文芸部の活動日。忙しない毎日だが、コウジはこの日常に満足していた。

「よし、俺達も行くか。スダチ」
「ピカチュ!」

 パートナーのピカチュウが頭のリボンを揺らしながら、コウジの肩にぴょんと飛び乗った。



 コウジにはいくつもの顔がある。
 ひとつは、マドカの兄としての顔。妹とそのパートナーのエモンガは、腐れ縁のイブキが部長を務めているポケモン演劇部の一員でもある。
 ふたつめは、生徒会長としての顔。プレイヤ学園中等部の顔として、生徒達からの注目や信頼を集めている。
 そして、みっつめはーー。

「コウジ氏! お疲れ様でござる!」
「どもです、どもです」
「部長が部室を開けている間、小生が1、2年生の原稿を一通り見ておいたにゃりん!」
「感謝! すっげー忙しかったから、圧倒的感謝……ッ!」

 この独特な言葉が飛び交う不思議な空間は、カントーのヤマブキビッグサイトでもなければ歩行者天国でもない。
 プレイヤ学園中等部の文芸部。コウジは部長その人である。

「コウジ部長。オイラの原稿にアドバイスをいただきたいのだけれど、よろしいでしょうか?」

 つぎはいだような話し言葉で、1人の女子部員がコウジに原稿を持ち込む。空いているパイプ椅子に腰掛けたコウジは、渡された原稿用紙にじっと目を通す。

「……なるほどな。アイディア出しはとてもいいと思う。ただ、展開に無理があるところがあるから、後で一緒に軌道修正する時間作ろう」
「はいっ! ありがとうございます!」

 気合を注入された女子部員は、原稿用紙を返してもらうとすぐに執筆に再度取り掛かる。
 文芸部は、ポケモン演劇部や他の運動部と比べると、デスクワーク的なことが多いこともあり、アクティブな集団ではない。だが、文にかけるパッションは、他の部に引けを取らなかった。

「コウジ氏、大丈夫ナリか? 生徒会の仕事もあって、ポケモン演劇部への寄稿、こっちの部長の仕事もあって自分の原稿もやらなきゃいけないなんて、我輩が同じことやれなんて言われたら微粒子レベルでもできる可能性が存在しないナリよ〜!」
「大丈夫。生徒会は周りが俺以上にすごく頑張ってくれてるし、文芸部は俺が好きでやってるんだから。しっかし、でも疲れるなぁ〜」

 ぐぐっ、とコウジが伸びをした反動で、パイプ椅子がきしむ。
 生徒会長もやって部活の部長もやるなんて、一昔前の漫画やアニメでは流行っていたのかもしれない。こう言葉を並べてみると、自分はかなりハードな学園生活を送っているのかもしれない。でも、自分が決めたことだし、好きでやってることだから。
 コウジは忙しいながらも、今の生活に満足していた。生徒会として慌ただしくしても、文芸部という羽根を伸ばせる場所がある。
 家族に対しても何の不満もない。プレイヤ学園の受験だって、父も母も応援してくれた。

「失礼します」

 そういうことを考えているときに限って、頭に浮かんだ人やポケモンは、現れるものなのかもしれない。
 セーラー服に身を包んだ我が妹・マドカが、ノックの音と共に姿を見せていた。肩の上にはパートナーのエモンガ・ライムも姿を見せている。

「マドカじゃんか。どうしたんだ?」
「ママが急に仕事に呼ばれたって電話あったから、家に晩ご飯がないんだ。だからあたし、部活の帰りにスーパーでお惣菜とサラダ買ってくよ」
「別にいいのに。俺、コンビニでチキンでも買って帰るから__」
「それじゃ栄養が偏る! だいたい、お兄ちゃんはここんとこ夜更かししてて不摂生極めてるように見える! 出来合いのお惣菜でも、栄養バランスはちょっとマシになるハズっしょ? お米は幸い炊いてあるし、お味噌汁はインスタントの使うから、そういうことで」

 肩の上でライムがあわあわしているのもそっちのけで、珍しくマドカが食いついてきた。確かにマドカは利発的だが、どちらかというとのびのびした雰囲気の子だ。
 これじゃあ、なんというか、妹と言うよりも。

「な、なんだお前……急にオカン化してる?」

 マドカとライムの顔が、同時に引きつったのが分かった。これもしかして、図星か何か突いたかなーー合点したコウジの目の前で、マドカとライムはわたわたと、その場限りの言い逃れのセリフを捨てて、いちもくさんに去っていった。

「とにかく、健康な身体は食事から作られるんだから! あたしも部活あるから、そんじゃ後でね!」

 マドカとライムを見送った(というより、取り残された)コウジとスダチは、違和感を覚えた。

「マドカちゃん、しっかりしてるッスね〜」
「……いや。あれは本当にマドカなのか?」

 普段のマドカがあんなことを言うか? まるでオカンでも取り憑いたみたいな話し方だった。多分本当のマドカだったら「コンビニ食の食べ過ぎ気をつけてよ〜」って感じでもう少し軽い返しをしてくるだろう。

「ピカピ、ピカピカ」
「ああそうだなスダチ。この疑問は今に始まったことじゃない」

 コウジとスダチが違和感を感じていたのは、今日だけではなかった。
 あの嵐の日、マドカとライムが学校の屋上から転落した日からだ。あの日を境に、何かがおかしい。上手い例えが思いつかないが、そうだ。見た目はイチゴ味シロップのかき氷を食べたところ、実はコーラ味だった、という意表を突かれたような。
 欺かれているのだろうか。でも何のために。
 いずれにしても、最近妹とそのパートナーの様子が少しおかしい。
 家族の様子がおかしいとなれば、気になるのは自然なこと。じゃあこの疑問をどうしよう。

「これは調査する余地がありそうだな」



★ ★ ★



「調査のためとはいえ、この出費は痛いな」
「ピカピカ、ピカチュ?」
「え? だったらここまでしなくていいんじゃないかって? そうなんだけど……やるなら本格的にやりたいだろ?」
 
 調査その1。
 マドカかライム、どちらかの好物を買って食いつきを見る。
 マドカの好きな食べ物はフルーツタルトだが、中学3年生の小遣いでフルーツタルトをコンスタントに買うのはかなり厳しい。その点、近所のカップケーキ店のラインナップがリーズナブルで助かった。
 ノックを欠かさずに妹の部屋に入るないや、コウジは絶句した。

「ま、マドカが勉強してる……!?」

 机に向かっている妹は、ジャパニーズの教科書を開いていたのだった!
 あの勉強嫌いのあいつには、予習復習なんて言葉は似合わない。熱でもあるんじゃ、明日は大雪が降るんじゃないか。王道的な考えが、コウジの頭を駆け巡る。

「あ、お兄ちゃんおかえり」
「……」
「? お兄ちゃん、どしたの?」
「あ、いや。お前が勉強してるなんて、珍しいな……」
「今日の復習で教科書見てるだけだよ。ちょっとでも公式覚えるようにしてるんだ」

 そう言いながら机に戻ったマドカは、だいぶ雰囲気が大人っぽくなった気がする。いや、変な意味じゃなくて。なんていうかこう、語彙力が上がった? みたいな。マドカなんだけど、マドカじゃないように見える。
 対するパートナーのエモンガは何というか、マドカとは対照的だ。分かりやすく言うならば、ポケモンの本能に忠実になったまである。体力がないライムは、きっと部活の練習でクタクタなのだろう。クッションに顔を埋めてすやすやと寝息を立てていた。

《今日のライム様は、寝顔がまるで赤ちゃんみたいですわ。小さい頃のマドカ様を思い出しますわね》

 つんつん、とスダチがライムの柔らかい頬をつつく。弟のように可愛がっているだけあって、母性本能のようなものが働いてるのだろう。
 そう。ライムは年相応かそれより幼くなった。この表現がしっくりくる。
 思い返せばポケモン演劇部の廃部騒動も、真っ先にスダチに食いかかったのはライム。確かにふてぶてしいライムだけど、なんだかんだきょうだいのような存在のスダチに、あそこまでするか?
 ん? なんでマドカが顔を赤らめてるんだ?別にイングリッシュの教科書って、そういう類のものはないはずだろ?

「カップケーキ買ってきたから、冷蔵庫入れとくぜ」
「マジ!? めっちゃ嬉しい! サンキューコウジ!」

 ガタン、とマドカは大きな音を立てるのも気にせず立ち上がる。拍子に、クッションで寝息を立てていたハズのライムも「エモォ!?」と素っ頓狂な声を上げて起き上がった。
 この時、コウジは確信した。
 今目の前にいるのは、俺の知る妹のマドカじゃない。
 じゃあ、こいつは一体誰なんだ。
 マドカの姿をした、誰なんだ?

「……マドカ……?」
「えっ」

 目の前のマドカの姿をした何者かは、我に返ったようだ。同時に、今の自分の言動を思い返してはサーッと血の気が引いたように白くなる。

「あ、ありがとうお兄ちゃん。後で食べるね」

 我に返った彼女は、取り繕うかのように再び机に戻った。
 マドカの部屋を後にしたコウジは、悶々としたまま階段を降りる。ますますこの謎現象に対して、興味深さを感じていた。

「……怪しいポイント発見だな」
「ピカ」



★ ★ ★



 目視の次は、第三者からの情報が欲しい。自分達の目で見たもの、感じたものの他に他者からの視点も知りたい。
 まずは近隣調査から。マドカの所属するポケモン演劇部の3年生部員から、情報を集めたい。 

「マドカとライム? いつも通り元気そうだよ」
《マドカもライムも努力家だべなぁ。ちょっと思い詰めるところはあるべが、あいつらは芝居が大好きだと思うだぁよ》

 部長のイブキと、そのパートナーのエルフーンはそう言っていた。

「マドカとライムに不協和音を感じることは稀だ。確かにあいつらは凸凹コンビだけど、それが上手いことハーモニーとして成り立ってるっていうか」
《スダチちゃんってば優しいのねぇ。ライムちゃんのことをいつも心配して》
《もちろんですわ! わたくしはライム様のお姉ちゃんですもの!》

 音楽担当のユタカとメタモンのチェリーのコンビも、凸凹コンビのことを怪しんでいる様子はなかった。

「ユタカ氏もそう言うのか……。あとはハクロ氏だな」
「ボクがどうしたんだい? コウジ氏」

 言霊というものは本当にあるんだーーコウジは多少びくっとしながらも、後ろからにゅっと現れたハクロに向き直る。

「ハクロ氏、ちょうどよかった。マドカとライムって、部活とかで最近変わりないか?」

 ハクロの目の色や形が、ほんの少し変わったのが分かった。一瞬だけ、驚いたように目を見開いたハクロだったが、すぐに平静を装うように表情を整える。
 パートナーのエーフィはというと、そんなハクロのことを見守るようにじっと見上げていた。

「それは普段のマドカ氏とライム氏とは、オーラが違うということかな?」
「オーラ……まぁそういうことになるな。ハクロ氏は何か感じてるか?」

 ハクロの答えを待つ間もなく、昼休み開始を告げるチャイムの音が鳴る。この学校では、授業終了後から5分後に学食や購買が開店するチャイムが鳴ることを、コウジはこの時だけ忘れていた。

「ハッ! 早く並ばないと購買のヘブン&ヘルカレーパンがなくなってしまう!」
「そうだった! 急ごうぜ!」

 促されるように、コウジはハクロと共に購買のパン屋へと足を急がせる。
 結局、マドカとライムのことは濁されたような気がしてならないが、まずはカレーパン。腹ごしらえをしてから、続きの調査を行おう。
 コウジのパッションは、まだ燃え尽きていなかった。

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