第78話 縁を信じて、縁に縛られて

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 1度生まれた因縁は、消え失せる事はない。





 
 朝なのに暗い雰囲気の漂う曇り空。 そこに響いたのはいつもの郵便ペリッパーの羽音ではなく、盛大なあくびの音だった。

 「ふあああ、鍵閉めてっと......やっぱちょっと眠いや」
 「思ったんだけど、どうしてこの時間?」
 「嫌なことは早めに終わらせろって、昔からおじさんがよく言ってた」
 「......それもそうか」

 ユズとキラリは早々に家を出て街へと繰り出す。 だが、目的地は役所でも依頼板でもない。 探険隊ソレイユには、例え休息日がかさもうとも依頼以外に1つやらなければならないことがあった。
 時は、ユズがフィニと戦った日に遡る。 疲れて眠りこけたユズをキラリが頑張って背負いながらの帰り道、リアが突然頼み事をしてきた。 「市役所に行ってみてもいい?」と。
 
 勿論とキラリは頷き、そこまでついて行く。 着くや否やリアは急ぎ足で役所の中に入っていったし、暫く経った後これまた急ぎ足で戻ってきた。 その手には、1つの封筒が握られていた。 何をしていたのだろうか? そうキラリはリアに問おうとしたが、その前に彼女は言葉を発した。 その姿はあせる気持ちが抑えられないというようだった。
 あの一応父親でありお尋ね者であるエルレイドが、「事件の黒幕としての」ケイジュに一度会っていたこと。
 そしてユズが、その情報を聞いた時には割と強く反応していたこと。

 ──この封筒は、そいつに会うための紹介状だということ。


 「......着いた」
 
 立ち止まったユズとキラリの目の前に佇む建物は、今日の空と同じ色をしていた。 でもだからといって空に溶け込むことなどなく、どこか厳つい空気感を全面から放っている。 本当に合っているのか怖くなって、キラリは紹介状を改めて見返す。 でも、地図も見てみるに、確かにオニユリタウン管轄の刑務所で間違いなさそうだった。
 入口を前にして、ユズは一瞬深呼吸した。 その顔は家を出る時から険しいままであり、下手したら崩れそうな危なさもあった。

 「ユズ、平気?」
 「大丈夫......行こう」

 紹介状が渡されてから今日までの数日間。 「もしも当日きつかったら来なくてもいい」とキラリは何度も言っていたのだが、ユズは「行く」という一点張り。 心配は残るけれど、この前の会話のこともあって強い口調では止められなかった。
 ......ケイジュに関しては、キラリにとっても分からないことが多すぎる。 この対話が、どうか少しは役に立ってくれればと願うばかりだった。

 


 









 刑務所の面会部屋。 外と同じく灰色しかない空間の中で、今度はあくびではなくはぁーという大げさなため息の音がした。 当然、その音が部屋を彩ってくれることなどない。

 「はぁ~......なんでお前らにまた絡まないといけないんだ?」
 「それはこっちの台詞です......私だって正直やだもん」

 悪態をつくエルレイドに対して、キラリがいつになくぶっきらぼうに答える。 格子で隔てられてはいるものの、向こう側に座るエルレイドの顔からは鋭い悪意が露骨に伝わってきた。

 「......」

 でも、キラリやエルレイド以上に嫌そうな顔をしていたのはユズの方だ。 エルレイドは鍾乳洞での恐怖の瞬間を思い出したのか、彼女の顔を見て少しびくりと震える。

 「......なあ、あんた顔怖すぎだろ。 確か情報収集のために来たんだろ? 公私混同はよくないと俺は思うぞ」
 「......あなたなんかに諭されたくない」
 「おお怖い。 まあお手柔らかにしてくれよ。 見ての通り降参してるんだから。 なあ?」

 側にいる刑務官のヤレユータンに目線を送るが、ふいとそっぽを向かれてしまう。 少し大げさに呆れたようなポーズをとる。
 
 「なんで信用されないんだろうなぁ、どいつもこいつもさぁ」

 そういう内面の問題じゃないのか──と思わず言い返したくなるが、なんとか2匹はその言葉を飲み込んだ。 今日は彼を断罪するために来たわけではないのだ。

 「あの、本題に入らせてください。 あなたの独房にケイジュさんっていうインテレオンが来たと思うんですけど」
 「ああ、要件なら刑務官から聞いたよ。 確か──」

 つらつらと文句も交えながらエルレイドは話し出す。 内容としては別にもの凄く役立つ新情報があるというわけではなく、彼が透明になれる能力を生かして接近し、ただ自分を言葉巧みに焚きつけてきたという内容だった。 こんな世の中は理不尽だと。 お前が逃げ出してそれを世に示すべきだと。 エルレイドのような単純なポケモンには甘美に聞こえる言葉がずらりと並んでいた。
 あの時はエルレイドの狂いっぷりを実感するだけだったが、今思えば彼の言葉はただの借り物に過ぎなかったのだろう。 かつて鍾乳洞で聴いた「気づかされたんだよ」という言葉が何よりの証拠。 彼は借り物をただ振り回していただけの小物だ。 恐れる理由など今は無い。
 ──でも、問題は別のところにある。 さて、その「借り物」の出所はどこだ?
 ユズの葉っぱが力無く垂れ下がる。

 (......兄さん、なんで......)

 分かっていたとはいえ、どうしてもユズにはくるものがある。 自分の大切な人は、全部を利用して自分の居場所を暴き出そうとしていた。 例え、こちらにとってのトラウマだったとしても、彼にとっては利用するだけの道具でしかなかった。
 実感したのはそれだけ。 ......本当に、それだけ。

 「とまあ、こんなところだ。 事件やらなんやら言うけど、俺はそんなことには触れられなかったぜ?」
 「そうかぁ......まあ、それもそうだよなぁ」

 慎重な彼のことだ。 特に信頼もできないような相手に情報を吐くとは考えづらい。 少しだけエルレイドの証言には期待もしていたのだが、案の定だった。

 「......帰ろうか、ユズ」
 「うん......」

 力なくうなだれて立ち上がる2匹だったが、最後にエルレイドが思い出したかのように言う。

 「......あ、ちょっと待てよ」
 「ん?」
 「あいつ、帰り際にこんなこと言ってたぜ」
 
 ケイジュの言葉の真意を掴みきれないと言わんばかりに、少しだけ首を傾げながら。

 「早くしないと、って」












 「焦ってたのかなぁ、ケイジュさん」

 刑務所からの帰り道、キラリは唐突に言う。 ユズは少し考えた後こくりと頷いた。 確かに、3匹衆側に移った後の彼には、どこか落ち着きが欠けていたような。

 「......そうだね」
 「でもなんでだろう。 この世界にきたの結構前なんでしょ? だったら、なんで今更」
 「うん。 あともう1つ、疑問なことがあって」
 「疑問?」
 「兄さんの真意がほんっとうに分からない。 最初に兄さんが家を出た時は、当然ここに私はいなかった。 でも、その状態で世界壊したって、きっと私から魔狼は出ていかないでしょ?」
 「確かに!」
 「うん。 ......やっぱり、私が原因で生まれた個人的な恨みなのかなとは思うけど......でも、その後どうする気だったんだろう。 壊せれば満足だったのかな。 魔狼のことは、二の次だったのかな」

 ユズの葉っぱは垂れ下がっていた。 ユズの魔狼からの解放とこの世界の破滅は、噛み合いそうで噛み合わない。 その中で、彼は後者を選んだのだとなると──。
 女々しいかもしれない。 でも、彼の自分を思う言葉すらも全部建前や嘘だったのではと考えてしまうと、どうしてもユズは悲しくなってしまった。

 「でも、結果的にどっちも取れるやり方だったよね。 魔狼の力で世界壊せばいいんだったっけ?」
 「正確には、『その力をもって世界に重大な変化や結末をもたらす』だけどね。 でも、それで間違いないと思う」
 「だよなぁ......でもケイジュさん、なんかユズが暴れるだけじゃ無理って言ってたよなぁ」
 「そうなの!? そこに焦りが絡むと......うーーーん」

 分からない。 あまりにも分からなすぎる。 悶々としながらユズは空を仰ぐ。 雲も晴れたお昼時の空の色は、ポケモンとしての「彼」の体色のようだ。 そう思ってしまうぐらいには、焦がれてしまっている。

 「今、本当にどこにいるんだろう。 話したいなぁ......兄さんと。 最後にまともに話せたの、凄い前なんだよ」

 ──彼と、直接話せる機会を。










 家に大分近づいてきたところで、キラリはユズの顔色をうかがった。 それは予想通り、あまり良いわけではなく。

 「依頼......は、今日は休みでいっか。 ユズ疲れたでしょ」
 「そうして貰えると凄い助かる。 兄さんの事絡まなければ2度と会いたくなかった......」
 「そうだよねぇ......好きなものもりもり食べよっか」
 「うん」

 キラリから見たユズの顔は本当に疲れているようだった。 エルレイドの前では顔が怖くなるぐらいで済んでいたけれど、心の中はそんなもの比じゃないぐらいに燃えさかっていたのかもしれない。 本当に、お疲れ様だ。
 家に近づいてきたのもあり、今日の夕飯について考えていたところだった。 キラリの耳がぴくりと動く。

 「......あれ」
 「どうしたの?」
 「いや......匂いの、名残というか」
 「ん?」

 キラリの鋭い鼻が反応する。 いつもの帰り道では嗅がないような匂いの名残が、一瞬鼻を掠めたような。 しかも、その匂いは。

 (いや、まさか......)

 自分の心に取れないシミを残した「あのポケモン」の匂いに、あまりにも似ている──

 「......キラリ!」
 「ふえ!?」

 熟考しながら歩いていた最中だ。 ユズの声によって心が現実に戻ってくる。 横に立つ彼女は、少し深刻そうな顔をしていた。

 「家の前に、誰かいる」
 「......え!?」

 慌ててキラリは前を見る。 まだ家が見えてきた段階だから、かなり遠いわけではあるが......ぼんやりと、見慣れないポケモンの影が1つ。

 「行ってみよう!」

 キラリはそう叫ぶなり走り出す。 ユズも1つ頷いた後続いた。 何か待たせていることがあるかもしれないのだ。 でもセールスとかは流石に嫌だし、なんなら技でも出して撃退をする準備を──いや、そんな考えはやめておかなければ。 ダンジョンでもないのに物騒が過ぎる。

 「......あれ?」

 近づいていく中で、ぼんやりとしていたポケモンの影は1つの形を結んでいく。

 浅葱色の身体。
 もふもふな白い尻尾。
 口元に蓄えられた白い髭。

 ......キラリがまさか、と思った時には、ユズはもう結論を出してしまっていた。
 
 「......嘘でしょ?」
 「ほわっ!?」

 正体を察した彼女は思わず声をあげてしまい、そのポケモンはこちらの方に振り向く。
 ──キラリの嗅覚は、やはり一級品だった。

 「......おお、出かけとったんか! どれだけベル鳴らしても出ないと思って」
 「え、ええええっ!? おじいちゃん!?!?」

 物凄く見知った、でもセールスよりも遙かに物騒な相手が来てしまった。










 

 2匹が固まるのをよそに、ラケナはぺらぺら嬉しそうに喋り出す。

 「いやあよかったのー。 ずっと出てこないからシカトされたんじゃないかって思ってのう。 あ、これお土産。 セカイイチじゃよ」
 「えっちょっまってあぶっ」

 情報量と勝手に差し出されたセカイイチによってむぎゅりとキラリが押し潰される。 大きくて艶々したセカイイチをひとまずユズにパスしたところで、キラリは改めて叫んだ。

 「おっ、おおおおじいちゃん......!? 本物だよね......」
 「なんじゃいな、ポケモンを幽霊みたいに」
 「いや幽霊じゃないけど......でも、こんな自然に来るとか思ってないし......それに」

 今はもう敵なんじゃないのか──。 そう言いかけ、キラリは口をつぐんだ。 森での出来事が頭の中に蘇るのは、正直まだこたえるところがある。
 すると、ユズの蔓がキラリのスカーフをつかむ。 その顔はラケナへの不信感をあらわにしていた。
 
 「ねぇキラリ、一旦逃げた方が──」
 「あああ待ってくれい! まあ形式上は確実に敵ポジかもじゃけど、フィニみたいにそんな急に攻撃しかけたりしない! 今日はちょっと話したい事があって」
 「そう言う方が怪しいんですけど......」
 「ユズちゃん疑り深いの......まるでケイジュみたいじゃ。 まあ知り合いなら、似ても当然かもしれないなぁ」

 丁度彼のことで悩んでいたところなのだ。 ユズの顔はより険しくなる。 一触即発という言葉が似合うどこかぴりぴりとした警戒心が漂う中、キラリはラケナに向かって聞いた。

 「......おじいちゃん。 話す事って何?」
 「キラリ!」
 「大丈夫。 あの時みたいに、倒れることはないよ。 今はユズもいるもん」
 「ほほう。 やけにあっさりしとるのう」
 「だって......おじいちゃん、わざわざ来てくれたじゃん。 前みたいにダンジョンに呼び出したってよかったのに。 本当に、ゆっくり話す機会が欲しいんでしょ? ユズがケイジュさんと話したいみたいに」

 ユズははっとした。 確かに、ラケナのしていることは敵地に乗り込むことに等しいのだ。 戦いのためならまだしも、目的を考えると下手したらあっさり捕まるかもしれない。 そのリスクさえ背負って、ここで待っていたのだ。
 それに応えないのは、彼にとってとても悲しいことなのでは。

 「聞くよ、全部。 もう、目はそらさないって決めたから」

 キラリはまっすぐな目で言う。 ラケナはおちゃらけてはいるけれど、真面目なところは真面目だ。 それをキラリは知っている。 前の言葉も、苦しいし逃げてしまいたいものではあったけれど......こちらに新たな気づきをくれた言葉とも言い換えられるのだ。 それに、あの時よりは心も強くなった。 ユズも隣にいるのだ。 大丈夫、大丈夫だと念じながら、スカーフをつかんできたユズの蔓に優しく触れる。 その感触は、ユズから見て不安定ながらもどこか安心感もあるものだった。 その感覚を信じて、彼女も1歩引き下がる。

 「......決まりじゃの。 まあ立ち話も何だし、どっか落ち着ける場所で話した方がいいかもしれないのう」
 「それもそうですけど......でもどこで」
 「目の前に良い場所あるじゃろ」 
 「おじいちゃん、家は駄目だよ。 流石に」
 「うぐう......きっちりしとるのう」
 「だってプライベートゾーンだし......前おじさんが勝手に突入してきたことはあったけどさあ」
 「えっそうなの」
 「うん。 大人に勝手に入られて汚部屋って言われるのやだったからもうおじさんは入れないしなんならおじいちゃんも入れたくない」
 「むう」
 
 キラリの嫌な思い出話を横目に、ラケナはしょんぼりとうなだれる。 そして結果的には近くの海岸まで行って話そうということになった。 そこならば冬だし誰も寄りつかないだろう、というのがラケナの意見だった。
 セカイイチを倉庫にしまったりなど一応準備は済ませた後、3匹は海岸まで歩いて行く。 昼でみんな街に出ているのもあってか、この時点でもポケモンの姿は見かけない。 でも、一応指名手配されているポケモンと一緒なのだ。 何か起こりやしないかと終始ひやひやさせられる。

 「......ラケナさん、話の内容って何なんですか?」

 行きがてらユズが問う。 ラケナは少し首を傾げた後にこう答えた。

 「ワシの昔の思い出......ってとこかのう」














 「......にしても、広い街だな」

 1匹のフシギダネが、辺りを見回しながら道を歩いていた。 ポケ混みには慣れていないのか、少し隅の方に寄って歩く。
 オニユリタウンは広い街。 だから「彼女」には分からないことだらけだった。 一度郵便を出すために来たことはあったけれど、あの時は役所に直行するだけだったから、まともに回るのは今回が初である。

 「あんた、見ない顔だねぇ」
 
 こそこそ歩いていると、急に声をかけられる。 声の主は、焼き木の実串の屋台の店主だ。

 「......そうだろうか」
 「ああ。 まあこの街は色々な探険隊が集うから、珍しいポケモンが来るのも珍しくはないが。 いやあいいものだねぇこういう機会は。 色々なポケモンを見られるのは幸運だよ」
 「......こちらこそ、そう言って貰えて何よりだ」

 フシギダネの顔は、店主から見るとどこかこそばゆそうだ。 気を良くしたのか、顔一面をにぱーとした笑顔が包む。

 「ははは! それは良かった! というわけでこの縁の記念にどうだい? 焼き木の実串! 大人気商品だぞ~?」
 「......いや、今回は結構だ。 それを食べるための時間はない」
 「テイクアウトも出来るけど」
 「それも結構だ」
 「そうかい......まあ、また縁があれば」

 これを機に商品を買って貰おうという思惑が外れ、少し辛そうに店主はうなだれる。 割とじとっとした鋭い目つきを持つこのフシギダネも、それにつられて目尻を一瞬下げてしまう......が、その後気を取り直したように1つ質問をした。

 「......そうだ、1つ聞きたいことが」
 「なんだい?」
 「この街の探険隊達は、昼間は基本どうしているんだ?」
 「おや、直接依頼でもするのかい?」
 「まあ、それに似たようなものだ。 ──とある探険隊に、用がある」
 「なるほど......昼はやっぱ依頼行ってるのがほとんどになっちまうな。 夕方とかにした方がいいかもだぞ」
 「......そうか。 感謝する」

 軽く微笑んで、フシギダネはその場を後にする。 ......ちゃんと「上手く出来ている」事に安堵しながら。

 (本当に何よりだ、上手く騙されてくれて)

 路地裏をくぐり、街外れの林に入る。 一時休憩だ。 その姿がぐにゃりと歪む。 歪んだ末に形作られた姿は、紫色のスライムのようだ。 げっそりとその場に溶けるように座り込む。 慣れないポケモンへの変身は、いつもより体力を使う。 物腰の柔らかいポケモンを演じるのも。

 「......依頼か。 魔狼も中々見付からないわけだ。 にしても、ラケナはどこだ?」

 メタモンは──ヨヒラはぼそりと愚痴を漏らす。 自分が朝起きた時には既に寝床を飛び出していた、あの自由奔放が過ぎる年寄りには心底うんざりさせられていた。












 少し休憩した後、今度は別のポケモンに化ける。 珍しい種族だと目立ちやすいから、今度はこの街でよく見かけるポケモン......エモンガぐらいが妥当であろうか。 見た目がおかしくないかを確認した後、タイミングを見計らって林から出る。 この街は本当に面倒だ。 指名手配のこともあり、1番自分が得意とするピカチュウへの変身が許されないのだから。 ......あの姿が得意というのは、皮肉なものではあるけれど。
 あの姿は、本来戒めみたいなものだったのに。 あの、1番信頼できた元気な女の子の姿を借りた、自分への呪いだったのに。
 自分の名付け親でもあり、唯一自分をかばってくれた、あの子の。
 唯一、自分を友達と呼んでくれた、あの子の。

 (こーらみんな!!メタモン様、困ってるよ!)
 (もしかして同い年!? じゃあ様付けは友達としてはよそよそしいか......ねぇ、ヨヒラってどう!? 名前! メタモン様の色、紫陽花に似てるから!)

 ──そうだ、あの子は今、一体。


 「......いや」

 ヨヒラは首を振った。 今は感傷に浸っている場合ではないのだ。 自分はケイジュの手下で、魔狼を狙うのが絶対目標。 そこから目を背けるなどどうかしている。

 (──ピカチュウが物乞いとは、中々珍しい)
 (よかったら、共に行きませんか)

 雨の日に出会った彼。 あの優しくもどこか冷たい声と手が、自分に居場所をくれた。 彼の願いを叶えるまでの、仮初めの居場所を。 ......その恩を、返さなければならないのだ。 なんとしてでも。 どんなことをしてでも。 ──そうすれば、何もかも捨てられるだろうから。

 (......待っていてください、ケイジュ様。 私が、魔狼を──)

 そう改めて決意し、さっきと同じように道を歩く。 時間ももう午後、きっとチャンスはあるだろう。 あのチコリータが紛れ込んでいないかどうか、すれ違うポケモン1匹1匹に目を凝らして──。

 「......あ」

 すると、急にまた後ろから声が聞こえてきた。 といっても、先ほどの店主とはどこか違うテンション。 でも自分に向けられたものに違いない。 そう察して後ろを振り向くと、これまた振り向いて立ち止まるライチュウの姿があった。
 ライチュウ、丁度ピカチュウの進化形。 でもなんでまた。

 「......あなた」
 「何か」

 変身に不備は無いはずだが。 ヨヒラは近寄りがたいオーラを放って相手を遠ざけようとする。 ......にしても、その顔には見覚えがあるような。
 絶対に会いたくないポケモンの顔に、似て──。

 「ねぇ、あなた......もしかして、ヨヒラちゃん?」

 ──ガンッ。
 その名前を呼ぶ震えた声が、鈍器のように脳を直接殴ってくる。
 
 「なに、言って」
 「......やっぱり、そう、だよね。 ......私だよ、進化しちゃったけど......」

 進化。 まさか。 ヨヒラの目が見開かれる。

 「ねぇ、覚えてる? あの時のピカチュウだよ!!」
 「はっ......!?」

 ライチュウはありったけの勇気を振り絞ってくる。 まさか、いや、そんなこと。 ヨヒラの顔が、柄にもなく怯え一色に染まっていった。 集中力が削がれていくのが容易に自覚できる。
 「うん」だなんて、言いたくない。 肯定したくない。 別のポケモンだと言って、隠し通したい。 けれど、その願いとは裏腹に、彼女はこちらにぐいぐいと迫ってくる。

 「......っ、会いたかったよ、今までどこにいたの? あのね、私ずっと旅してて、あなたのことも探しててっ......」
 「誰のことを......馬鹿馬鹿しい!」

 これ以上関わりたくはない。 関係ないポケモンのふりを貫き通して、その身を翻そうとする。 だが、ライチュウの手はそんな薄情さを演出するエモンガの小さな手をしっかりとつかんできた。

 「しらばっくれないでよ! 本当だよ、本当にずっと、探してたんだよ。 私、あなたに」
 「......さい」

 もう我慢の限界だ。 出来るだけ穏便にこの場を逃れたかったけれど、消えゆく理性がそれを阻んだ。
 反射的に、伸ばされた手を拒む。

 「五月蠅い!」
 「きゃっ......!!」

 思わず尻尾を振り回すと、ばちんと言う鈍い音。 見てみれば、ライチュウの手の甲が赤く腫れていた。 息が荒れる中、身体がぶるりと震える。 それもただ震えたわけではなくて、ゼリーのようなメタモンとしての震え。 ......このままではいけない。 変身を、保てなくなる!
 ぞっとする恐怖が、ヨヒラを包み込む。 もう、あんな過去なんか捨てたいのに。
 こいつに、しかもこんな街の真ん中でばれたら。

 (凄い、変身なんて出来るのか!)

 あの素直かつ、残忍な目の輝きが──

 (......ゆるして......)

 あのひび割れた声が、よみがえ──
 


 ......嫌だ!
 


 「私には、関係ないっ!!」

 そう叫んで、ヨヒラは一目散に駆け出した。 エモンガとしての飛び方なんて分からないから、とにかく走った。 変身が解けないのを祈りながら、ただただ走った。 全部投げ捨てるように、ひたすら。












 どうして。 どうしてよりにもよって、彼女に再会することになるのか。

 まだ、あの集落の紫陽花が綺麗な紫だった頃。 やけに元気に話しかけてきたピカチュウは、自分にとってあの場所の中で唯一思いやりを感じるポケモンだった。 ああいう時がずっと続いていけば、どれだけ良かったか。
 ......それなのに、次に避けようもなく頭の中には浮かんでくるのはあの廃墟だ。 「そうなる」までの、過程も全部。

 (ヨヒラちゃん。 なんで? なんでこうなったの?)

 彼女の悲痛な声も。 あの多くの絶望によって変色してしまった、あの青い紫陽花も。
 煩わしくて仕方ない。
 
 (──やめてくれ)

 自分のせいじゃない。 自分は何も悪くない。 悪いのは、悪いのは──。

 ......こんな曖昧な存在を生み出した、この世界が悪いんだ。











 そして、道には呆然と立ち尽くすライチュウが1匹残されていた。 叩かれた手の甲を手をさすり、1つ呟く。
 
 「ヨヒラちゃん......」

 そして、その足は彼女の走り去った方向に向く。
 ......ずっと、何の手がかりもなかったのに。 チャンスは唐突に訪れた。 それも、望みがより薄いと思われたこんなに広い街で。
 これを逃すわけにはいかない。 彼女もまた、走り出した。

 「......待って!」



 

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