序章③

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

ラルトスの瞳に映ったのは、水色の短髪の男性であった。
彼もまた、目の前の男女と同じような白い制服を着ている。

「本部長、自分がやりましたよ!臨時ボーナス、期待してもいいっすよね!」

男性はモニターの向こうの「本部長」へ嬉しそうに報告している。

「あんた、私がいなけりゃ任務遂行できなかったくせに調子がいいんだから。ろくにカントー地方を知らないあんたを案内したのも、ズバットの群れを追い払ったのも私なのは忘れないでよね」

女性は腕を組み、ツンとした表情を男性へと向ける。

『ふふ、案ずるな。臨時ボーナスはお前たち二人分出させてもらおう。組織の救世主なのだからな。そのぐらい羽振りがよくて当然のことだ』

「あざっす!」

「ありがとうございます!」

男女は嬉しそうに、本部長へ敬礼をする。
ラルトスはフロアに伏せたまま彼らの会話を聞いているも、いまいち状況を掴めないようであった。

『やはり、お前たちを採用した"あの方"の目に間違いはなかったな。ジムリーダー候補生の資格を持つ、所謂"エリートトレーナー"。味方につけると、これほど頼もしいものだとは思わなかったぞ』

本部長と呼ばれた男もまた、ご満悦の表情を浮かべている。

「らるぅ・・・("あの方"・・・?)」

ラルトスは小さく鳴いた。

『かつて、ちっぽけな子供一人に組織を解体されたのも懐かしいものだな。あの時は私も若く、強い"力"とは何たるか、強固な組織を築き上げるにはどうすればよかったのかこれ程も理解をしていなかった』

「そうっすよねー。いや、あの時は正直お笑い集団かと思ってましたよ。ラジオ塔乗っ取ってへんちくりんな番組やってましたよねぇ。いや、俺、あれはあれでおもろいなと思ってたんですけどね。ガキながらゲラゲラ笑わせて貰ってましたっす」

「そうよね。あの事件から少し経った後、カントーでも・・・ハナダだったかしら?なんか残党みたいなコソ泥がポケモンジムで窃盗したとか、あったわねえ」

男女は過去を思い出し、懐かしんでいる様子。
モニターに映った本部長は、不敵な笑みを浮かべている。ラルトスはなおも、状況を掴みきれていない。

『"あの方"の一声で再び集った当時の幹部は、組織を一度解体し、名前を改め、持っていた唯一無二の科学技術を世間にアピールすることで、ポケモンジム協会の監視の下に組織の国営化に成功した』

本部長は椅子に座ったまま、こちらに背を向ける。

『今は私が公には組織のトップを務めているが、我々の真のボスは今でも変わらない。"あの方が"未だに姿を現さないのは、"あの方"がいれば世間の目も厳しくなり、組織の運営にも支障をきたしてしまうからだ。"あの方"は我々のため、敢えて今でも陰から指令を下しておられるのだ』

本部長が再びこちらを振り返る。

『"あの方"へは、私から報告しておこう。お前たち、次の人事発令を楽しみに待っておくがいい。相応のポストを用意させてもらおう』

本部長がそう言い残すと、モニターの通信が途絶える。
ありがとうございます!と男女は深々と頭を下げた。

ラルトスは、薄々であるが気付き始めていた。
この男女は何かの任務を達成し、上司からご褒美を授かろうとしている。その任務とは、恐らく逃げ出した私を捕まえることだったのであろう。

「きゅ、きゅぅ・・・」

再び組織に捕まったことを悟ったラルトスは、弱々しい声で鳴いた。

「おい」

男性の声がする。
ラルトスはゆっくりと顔を上げた。

「死にたくなかったら、大人しくしてろ。最も、勝手に死ぬことは許さんけどな」

「・・・」

ラルトスは黙っている。
男性に便乗するように、女性もまた口を開いた。

「あんたがさっきぶちまけたこの餌、経験値成分を全てカットした高級品なのわかってんの?愛玩用のポケモンを敢えて強くしないために、お金持ちが買うような餌なのよ。これだけでもあんた、相当な税金泥棒なのよ?ちょっとは組織に貢献する姿勢を持ちなさいよね」

「うーん、ウチで市販の餌から経験値成分を抽出出来たら、低コストでしかも副産物のふしぎなアメまで手に入って一石二鳥・・・いや、余った餌は商品化も出来るし一石三鳥やん。これ、結構アツい案件ちゃうか!?」

男性は一人で話を進め、勝手にテンションを上げてしまっている。

「馬鹿ね、そんな早く話が進むわけないじゃない。ウチは国営組織、いわゆる公務員。財源は基本的に国民の税金で、使える用途も額も限りがあるのよ。わかっているでしょ」

女性は呆れたような視線を男性に向けている。

「はー。ホンマ、公務員っちゅーのも辛いもんやなぁ。ま、その分福利厚生とかはしっかりしとるし、近年不景気とか少子高齢化とかでやいやい言われとる中安定した職に就けるだけでもありがたいもんやけど」

「そうよね。私も組織には感謝しないといけないわ。ジムリーダーになり損なって就職に困っていた私を、この組織は拾ってくれたんだもの。過去に何をやっていたとしても、私はこの組織に尽くすと決めたのよ」

「俺もなあ、インターン先で問題起こしてまともな研究者になれんかったところをスカウトされたんやし、もう一生ついていきます!って感じやでぇ」

男女はラルトスに背を向け、扉の方へと歩いて行く。

「ほな、またな。勇気あるラルトスのお嬢ちゃん。俺はコガネ支部の人間やからこのヤマブキ本部の地下倉庫には滅多に来られへんけど、また会った時はお手柔らかに頼むで」

「あ、ずるい。コイツの餌やり当番は本部の幹部で持ちまわることになりそうなのよ。ポケモン預かりシステムに入れたら一瞬で検挙されちゃうわ。面倒だからコガネで引き取ってよ」

「は?嫌やわ。カントーで起こした問題はカントーで処理するのが筋っちゅうもんやろ。ただでさえこっちは凶暴な色違いメガサーナイトの管理で忙しいっちゅうのに。ありゃホンマバケモンやで。一歩間違えたら労働災害どころじゃ済まへんで」

「・・・!!」

色違いのメガサーナイト。
ラルトスは本能的に、この言葉に聞き覚えがあった。

自らの細胞に刻まれた、まだ見ぬ母の遺伝子。
生まれたてのラルトスであれば、普通は使えないような大技も使うことを許してくれた特別な力。

フロアに伏せているラルトスは、ぐっと手に力を込める。

「あ、コイツの母親のサーナイト?そんなに大変なんだ」

「まあ、今は厳重な監視の下で植物状態やけどな。一般施設では流石に手に負えへんからもうこのまま処分されそうなノリなんやけど」

「らうっ!?(ママ!?)」

ショッキングな言葉に、思わずラルトスは声をあげ、二人にテレパシーを送ってしまった。
男女が振り返り、ラルトスへと視線を向ける。

「なんやコイツ。えらい反抗的な目ェしとんな」

男性がゴウカザルの入ったモンスターボールを構える。
今度は、ラルトスは怯まなかった。

「らあああっ!(ママを返してよう!)」

ラルトスの魂の叫びに、男女がぴくりと反応を見せる。
"テレポート"は失敗に終わったが、"サイコキネシス"なら使えるかもしれない。

今この二人に攻撃を仕掛ければ、上手く行けばゴウカザルも巻き添えに出来るかもしれない。
なんとか逃走手段を確保さえできれば、まだ未来への希望を紡ぐことができそうだ。

ラルトスは、勇敢な性格であった。
苦しむ母の姿を想像し、力に変える。ラルトスは全力で二人に向かって突進し、両手を高く掲げてフルパワーの念力を身体中から捻りだした。

「らうううう!らるうううううう!!ウ”!?」

ラルトスの体に、突如として電流が走る。
ラルトスは忘れていた。この場にもう一匹、倒さなければならない「敵」がいたことを。

ジバコイルの10万ボルト。
音もなくラルトスの背後をとったジバコイルから、強烈な電撃がラルトスを襲う。

「アギャアアアアアアアアア!!アアアア”ア”ア”!!アウアアアアア!!」

ジバコイルが放電を止めた時、ラルトスはぱたりとその場に倒れてしまった。
瀕死に近い状況で、なおかつ体が麻痺してしまっている。不整脈のように、時折ビクンと痙攣を起こしている。

ラルトスの灰色の肌がほのかに光る。自己再生だ。
諦めないラルトスは、気力だけで技を繰り出していた。

「ハァッ・・・ハァッ・・・」

体が痺れて動けない。でも、なんとか前へ進もうとする。
ほふく前進のように、ラルトスは小さくか弱い手だけで体を前へと進める。

数分かけて、ようやく数メートル進んだラルトス。ついに男女の足元へとたどり着いた。
どういうわけか背後のジバコイルは何も攻撃を仕掛けては来ないが、気にかけている余裕はない。

"サイコキネシス"。

念力を体に込め、再び両手を上げるラルトス。
強烈なエスパー技に、二人の悪い人間は吹っ飛ばされる。はずだった。

しかし、何も起こらない。

「らぁ!?らるうー!?(なんで?どうして?サイコキネシスも使えないよう!)」

わたわたと取り乱すラルトス。
そんなラルトスの頭を、男性が足で抑えつけた。

「ぴぎゃ!」

ギリギリと体重をかけられ、悲鳴をあげるラルトス。
かろうじて動く手だけをバタつかせていると、麻痺して動かない足にも強烈な痛みが走った。

「ギャン!」

女性が足で、ラルトスの足を踏みつけた。
二人の人間に踏み潰され、ラルトスは完全に身動きがとれなくなる。

「馬鹿ねー、ほんと。あんたの危険な技なんか、とっくに忘れさせたに決まってるでしょ」

小馬鹿にしたような女性の声が、男性に踏まれたラルトスの頭部へと届く。

ラルトスは悟った。"テレポート"も"サイコキネシス"も失った私に、もう出来ることなどない。
できるだけ二人を刺激しないようにしよう、と、ラルトスは暴れるのをやめた。

だが、今度は男性がラルトスの頬を掴み、力いっぱい引っ張った。
体を踏まれ、顔を引っ張られたラルトス。不定形な体が、あり得ないほど伸びてしまっている。

「ムギュア!ムギャアアアア!!アーアー!!」

泣き叫ぶラルトス。

ふいに、ラルトスの体を踏みつける力が抜ける。男女がそれぞれ、ラルトスから足を離したようだ。
それと同時に、ラルトスは空中へと放り投げられる。

綺麗な放物線を描き、宙を舞うラルトス。
惨たらしく痛めつけられ、息も絶え絶えの小さな体に向かって、炎を纏った拳が一直線に突き刺さる。

「パギャ!」

ゴウカザルの炎のパンチ。
灼熱の拳を食らったラルトスは、反対側の壁に勢いよく叩き付けられる。

凄まじい勢いで跳ね返ったラルトスは、ぐったりとフロアに倒れてしまった。
ラルトスの灰色の肌が、ほのかに光る。小さな命を絶やすまいと、本能が"自己再生"を発動させる。

男女がそれぞれ、手持ちのポケモンをボールへと戻した。
ラルトスを襲う暴力は、どうやら一時的に治まったらしい。

「わかった?私たちに歯向かうとこうなるのよ」

女が冷たく言い放つ。

「気の毒やけど、先に仕掛けたのはそっちなんやで。大人しく研究所で飼われてたらよかったものを・・・」

呆れたような男性の声が聞こえる。

「ほんとにね。あんたが誰かに見つかって、マスコミにでも食い付かれたら、組織は一貫の終わり。1000人規模の大組織の従業員が、下手をすれば皆路頭に迷ってしまうところだったのよ。悪く思わないでよね」

「いやー、この歳で無職、しかも再就職厳しいとかやってられんわ。ほな、お仕置きもこの辺にして行こか。そろそろ昼メシの時間や。ヤマブキの美味しい店教えてや」

「おっけー。じゃあ、出るわよ。せーので例の合言葉だからね」

「は?なんや、入る時は身分証で認証やったのに、出る時は違うんか」

「うん、この倉庫も即席でこしらえたものだから、昔ジョウトで使ってた認証システムを一時的に流用しているのよ」

「ジョウトで使ってた・・・ああ、チョウジやったかなぁ。うわーなつかし」

「あの時、私たち何歳だっけ。あの子供よりもちょっと年下ぐらいだったかしら?」

「そんなもんやな。あの頃は伝説の子供に感化されて、正義の味方に憧れた子供が多かったなぁ」

「皮肉よね。昔の私たちが、今の私たちを見たらどう思うかしら」

「なんで悪の組織に就職しとんねん!って悲しみそうやな」

「でしょうね。世の中、何が起こるかわからないものよね」

「ホンマやで。でも、俺はここに入ったことは後悔しとらんで」

「奇遇ね、私もよ。じゃ、合言葉を合わせるわよ。せーの」

"サカキさま バンザイ"



序章 完

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