茂みを掻き分けながら、石の階段を降りていく。
階段の一段一段が、大きな一つの石や小さな石をいくつかの並べたものだったりと、段差ごとに高さも足場の状態もまるで違うので、足元に常に気を配らなければ、すぐに足を踏み外してしまいそうになる。
少女のくるぶし程の高い段差に差し掛かると、少女は動きを止めた。
「む、無理だ…降りられん」
少女は下を覗き込んで、身震いした。
万が一足を踏み外して、ここから落下すればひとたまりもないだろう。
「お、落ちたら死ぬ…」
「あんまり下を見るな。余計足がすくむぞ」
「馬鹿にするな。この程度、すくむものかっ!」
と言いながらも、少女の足は小さく震えている。
仕方ないと階段を登って少女に近づき、腕をさしだしたが、その手を振り払われてしまった。
「いいから、黙って見ててくれ」
少女は後ろを向いて、おそるおそる左足を下ろした。
こうすれば下を見ずに降りられると踏んだのだろうが、これだと足元が見えないので返って危ないのではないか。
しかしそんな心配も杞憂で、少女は順調に足を下ろしていく。
「あとちょっとで届くぞ。がんばれ」
「話しかけるな。気が散る」
しかし、残りほんの数センチで届くという所で、少女の足はぴたりと動かなくなってしまった。
もう届くと言うのに、そこから少女は動こうとしない。
「あーもう、こんなことしてたら日が暮れちまうぞ!」
嫌がられるのを承知で、俺は少女を体を抱えた。
「あぁ、何をする!」
暴れ出すかと少し不安だったが、流石に少女もこの状態で動けばどうなるのか理解していたようで、階段を降りるまでの間は大人しくしていた。
そしてようやく階段を降り切り、茂みを抜け出すと、眩い光が差し込んで思わず目を細めた。
目の前には大きな古い屋敷があった。屋敷は木製の門で囲まれており、現在地は屋敷の裏側で、正門の前に車は止めてある。
「あっつぅ‥」
日差しを受けた肌は、まるで針で刺されてように痛みを感じる。
海に行く前に、日焼け止めを買った方がいいかも知れない。
早いとこ車のエンジンをかけて、クーラーを効かそう。
山を降りてからやけに大人しい少女の方へ向くと、彼女は屋敷を眺めていた。
時代劇とかで見たことないような古い建物で、腐り落ちた門から中を覗くと、敷地内は腰ほどの高さの雑草が生い茂っていた。
何度も雨風にさらされて、瓦も殆どが剥がれ落ち、建物は酷く痛みきっていた。
きっと大昔、ここら一帯の地主がこの屋敷に住んでいたのだろう。
少女はひとしきり屋敷を眺めると、空を見上げ太陽の眩しさに目を細めた。
「ほら、早く連れて行け。この暑さの中、私を野ざらしにさせるつもりか」
「お前を待ってたんだよ」
屋敷の門をぐるりと周り、正門にたどり着いた。
俺の社用車が、日にさらされて外装から熱を放っていた。
恐らく車内はサウナ状態だろう。
運転席側のドアを開け、エンジンを掛ける。
ガソリン代は経費で落ちるので、容赦なく冷房を全開で掛けた。
まだ車内の方が暑かったので、少しの間車内が冷えるまで外で待つとしよう。
俺は車から外に出て、ドアを閉めた。
少女はポカンと口を開け、車と俺を交互に見つめていた。
「一体なんなのだ、これは?」
「はい?」
「お前が今中に入って出てきたこの銀色のことだよ。お前が中に入った途端、これが唸り声を上げた」
「ああ、エンジンを掛けたからな」
「さっきからこいつはずっと小便を垂らしておるぞ。躾がなっとらんな」
「クーラーつけてるから、水が垂れてるんだよ」
「まさかとは思うが、こいつに乗って海に行くんじゃないだろうな。」
「その通りだ」
少女は本当に嫌そうな表情で俺を見る。
俺をゴミ溜めでも見るかのような顔つきだ。
‥‥そんなことより、まるで車を始めて見たかのような少女のリアクションが気になった。
「お前、車を知らないなんてことないよな」
「くるま?それがこの薄汚れた生き物の名前か?」
「おいおい冗談はよしてくれよ、一体どんな生活をすれば、車を知らずに生きてけるんだよ」
「……うるさい。私のことはお前には関係ないだろ」
「まさかとは思うが、お前この屋敷に住んでるとかないよな」
「馬鹿にするなよ。こんな所に人が住めるものか」
少女は大きなため息を付き、俺を睨みつける。
「……それに、車ぐらい知っておるわ。ほら、早くこれを動かして海に連れて行ってくれ」
ぶつぶつと文句を垂れながら、少女は不慣れな手つきでドアを開け、助手席に座った。
「おお、中は涼しいな。座り心地も…悪くない」
「早くドアを閉めてくれ。冷気が逃げる」
少女は俺を睨みつけると、荒々しくドアを閉めた。
俺もすぐに運転席に乗り込み、少女にシートベルトの付け方を教えると、ようやく海に向かって出発した。
「おお!」
車が発進すると、少女はとても驚いていた。
……本当に車を知らないのか?
「お前、普段一体どんな生活してるんだ?」
「お前には関係ないだろ」
「こっちだってわざわざ海に連れて行ってやるんだ。少しくらい教えてくれたっていいだろ」
「そうだな……まあ、そのうち気が向いたら教えてやる」
少女は長い黄色の髪をなびかせ、辺りの景色を眺めた。
どこにでもある、田んぼと山しかない田舎道なのだが、とても物珍しそうに眺めていた。
よく見ると、彼女が着ている灰色のワンピースはとても簡素な作りで、まるで布切れを繋ぎ合わせたようなものだった。
本当に、一体どんな環境で育って来たのだろうか?
公道を走らせながら少し考え事をしていると、横から俺の腕を突かれる感触がした。
チラリと少女の方へ視線を送る。
「どうした?」
「なあ、何か食べ物を持っていないか」
「なんだ、お腹すいたのか」
「…そうだ」
少女は何故か少し不機嫌だった。
確かに、俺も朝から何も食べていない。
思い出したように、お腹が小さくなった。
「そうだな。先に飯にするか」
途端に少女の顔は明るく晴れた。
どうやら、相当お腹が空いていたようだ。
「何か、食べたいものはあるか?」
「何でも良いぞ。美味かったらな」
何でもいいが、1番困るのだが。どれが美味いかなんて人それぞれだろう。
とはいえ、あれこれ聞くのも面倒だったので、無難なファストフードにすることにした。
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昼ごはんはドライブスルーでハンバーガーを注文した。
俺から受け取ると、少女は物珍しそうに眺めていたので、それについて説明しようとすると
「ふん、これぐらい知っておるわ」
少女は俺を睨みつけけ、少しだけ匂いを嗅いでからハンバーガーを頬張った。
「ん、うまい」
「そりゃよかった」
あとついでに、少女の服を買いに行った。
ハンバーガーを受け取る時に、店員は少女の黄色い髪を見て驚き、彼女来た淡白な灰色のワンピース姿を見て、俺を訝しげに見た。
確かに少女の格好は、まるで中世の奴隷のような格好で、俺との関係を怪しまれるのも無理はない。
本当に、この少女は一体何者なのだろうか。
「もういいか?」
「ああ、着替えたぞ」
「着替えたんなら開けてくれ」
更衣室のカーテンが開かれ、少女が姿を現した。
黒を基調とした花柄のワンピースに、赤いリボンのついた麦わら帽子を被っている。
俺が適当に選んだので、似合っているかは別として、これなら周囲から変な目で見られることもないし、黄色い髪も目立たない筈だ。
「どうだ?似合っているか」
「んーまあまあかな」
「ふざけるな、お前が選んだんだろ」
「勘弁してくれ、俺は男だ。女性の服はよく分からん」
「……使えん男め」
口ではそう言っていたが、鏡に映る自分の姿を見た少女は少し嬉しそうだった。
もう一度着替え直させるのも面倒だったので、この格好のまま少女をレジに連れて行き、会計を済ませた。