第77話 行くあてもなく

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 
 この家の中で途方もないように思える悩みを抱えているのは、どうもキラリだけではないらしい。
 ユズが窓の外から1つ息を吸うと、柔らかな日差しの光を包んだ風がやってきた。 未だ少しだけぼーっとする頭が、ゆっくりと冷めていく感覚が自分を包みこんでくる。

 (......にしても、なぁ)

 窓の外の青空を見上げていると、ふとあの「謎の声達」が彼女の脳裏を掠めてきた。

 (まだ間に合う、目を開けて!)
 (凄いね。 キミは、あきらめないんだね)
 (そこにしん......がある......)

 ......整理しよう。 昨日聞こえた声は「2種類」あった。
 1つはあの時、自分を助けてくれた声。 あれは、前々から聞こえていたものだった。 最初は......ただただ、ひたすら謝られるものだったか。

 (ごめん......ごめんなさい......)
 
 あの夢は正直見ていて辛かったが、別にこれは魔狼のようにこっちを苦しめ続けるわけではなかった。 寧ろ、友達の暖かさをより実感できるきっかけにもなったわけだから。
 また、あの声が助け舟をくれたのは今回だけではない。

 (振り返って。 後ろを見て。 目の前のことだけに囚われないで)

 丁度、フィニと戦っていたあの時も、はやる心を抑えてくれたのはこの声だった。 そして、何より。 収穫祭の直前に倒れた時。

 (──私はずっとあなたの味方)

 そう優しく呟く声は、暖かく包み込むような声は、ユズの今にも潰れそうな希望を辛うじて守ってくれた。 そうやって、何度も励まし支えてくれたのだ。 春風が背中を押すみたいに。 自分と光をきゅっと結びつけるように。 聞き覚えのある言葉とあふれ出る懐かしさは、ある人物を想起させる。
 ......でも。

 「......いや、まさかね」
 「ん? どしたの?」
 「ううん。 これは本当になんでもない」

 そんなことは起こらない。 いや、あってはならない。
 ......こんな自分に縛られ続けるなんて、あってはならない。

 「懐かしいなって、思っただけだよ」

 ──そう、思いたい。








 お昼時というのもあり、ご飯を支度しながら、また考える。 今度は2つのうちのもう1つ。 こっちは懐かしさもへったくれもないただただ謎めいた声。 キラリやレオンにも話したのだが、魔狼のヒントという意味ではこちらの方が役に立つだろう。
 急に謎めいたことを言ってくるかと思ったら、今度は感心の言葉を飛ばしてくる。 最初は違う種類の声ではと疑ったものだったが、思い出せば思い出すほど同一の声としか思えない。 どちらも、自分よりも幼なそうな子供の声だったところは気になるところだけれど。
 そんな無用な感心よりも、素直にヒントの方をはっきり言って欲しいのに──もう片方とは違い不満は募るばかりだ。 思わずユズはふくれっ面になってしまう。

 「ねぇユズ」
 「ん、な、何?」

 キラリが唐突に声をかけてきた。 ユズは表情をなんとかにこやかなものに戻そうとするが......うまく戻せているだろうか。

 「魔狼って、今までずっとユズに憑いてたらしいけど......ユイちゃんは、平気だったの?」
 「うん。 私は見てないんだけど、ユイには被害何もなかったらしいから」
 「そっか......」
 「でもどうして?」

 急に理由を聞かれ戸惑うキラリ。 けれど、ユズも心の中では酷く困惑していた。 魔狼がユイに被害を及ぼしたか否かに関しては、別に掘り下げる話でもないと思っていたのに。

 「なんだろう......この前の件から、ちょっとだけ考えちゃって。 ユズだけが魔狼の怖さを体感してて、他の誰もそれを背負えないのは、悲しいなというか......」
 
 ユズの心臓が跳ねる。

 「勿論助けるって決めたし、それは絶対変わらない! だけど......どうしても1から10まで、ユズが背負わなきゃいけないのかなって。 ユズが全部悪いとかそんなんじゃないはずなのに。 ......私が背負ってあげられたら、なんて考えちゃう時もあって」
 「......え」
 
 ......ずきりと、胸が痛む音。 心臓がまた勢いよく跳ねる。
 キラリが一緒に背負う? 魔狼の力を? 「これ」を? 今まで考えようともしなかった事に、困惑が止まらない。
 そんな事を急に言い出すなんて、想像できない。

 (でも、どこかでそんな言葉を聞いたような──)

 ......と思った瞬間、ユズは軽く失望する。 記憶の底から蘇ってきたのは、あの下衆な声だったから。 こちらの願いを踏み潰す、醜悪な声だったから。

 (詰めが甘かったな。 2人で魔狼の力背負ってますとでも言った方がまだ賢かったぜ? 生きてはいられるんだからなぁ)

 あの後、喉が張り裂けるほどの勢いでふざけるなと叫んだ。 それは言葉自体が悪意で溢れていたからというのもそうだが、もう1つ理由があった。 自分が苦しかったからだ。 心も身体も苦しめられて。 あったはずの希望すらも抱けなくなって。 夢も霞に巻かれてしまって。 今も、昔も、ずっとずっと。 そして、追い出せなければ、これからも。
 
 「......まあ、なんてね。 出来るわけ──」
 「......め」
 「え」


 ──そんなものを、友達に? こんなに優しくて、大きな夢を持っている......友達に?


 「駄目っ!!!」














 
 ユズが反応に困っていると思って、なんてね、出来るわけないか──とキラリがぼかそうとしたところだった。 ユズは目をつり上げ、キラリの方をまっすぐ見つめる。 キラリに対してその目が向けられるのは、黒曜の岩場以来だろうか。
 でも、今回は。 その時より、悲壮めいたものが感じられた。

 「──それだけは、駄目」

 わなわなと震え、今にも泣き出しそうな声。 さらりと言った言葉だったはずなのに、傷つけるつもりはなかったのに、その返しは自分の言葉の何倍もの重みをもって返ってくる。 そして、痛感する。 自分の今の言動が、どれだけ身の程知らずか。 一緒に戦うと決めたとはいえ、どうしても越えられない壁が存在するのだと。
 
 「......ごめん」

 ......その壁を感じることが、彼女を傷つけることに直結するのだと。
















 一方、ジュリとオロルサイド。 お互い無言で進んでいるためか、技以外の音があまり響かない。 岩壁に貼り付く鉱石の数が増えてきたことから、割と進んできたのだとオロルは自覚する。 段々とその鉱石の色が緑っぽくなっているのも面白いところだ。 そしてそれと同時に、何か話さないといけないんじゃないかという不安も再来する。 折角アカガネが2匹ずつメンバーを分けてくれたというのに。

 思い返されるは南国から転校した時。 昔の思い出ばかりに囚われて、新しく出会うポケモン達と触れ合うことなど出来なかった頃。 イリータに出会う前までは自分の孤立の原因を転校させた親に押しつけていたものだった。 だが、今はもうそんな我儘を言う子供ではいられない。 話題がないなら、見つけるしかない。 あの仏頂面に変化を生み出さねばならない。 出来ればのっかりやすいように彼に関する話題で、そこに嬉しいことや不安などのスパイスをのっけて......。

 (そうだ、これ)

 ......そう、彼に関して気になったことなら1つあったのだ。 即刻オロルはジュリに話題を振る。

 「ジュリさん、1個聞きたかったことが」
 「......何だ」

 ぶっきらぼうな声。 気を悪くするんじゃないかとオロルは一瞬怯えるが、落ち着けと自分の心に語りかける。 ユズとキラリも、彼を話しかけにくい存在と捉えているわけではなかったのだから。 それなら、自分がただ怯えているだけ。 勇気を出して言葉を紡ぐ。
 ......それに、これに関しては単純に心配だ。

 「顔色悪くないかなって。 最近寝られてます?」
 「......は?」

 ジュリは少し驚いたように自分の頬にそっと手を当てる。自覚があることをオロルは軽く期待したが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。

 「探検隊が、医者気取りか何かか?」
 「えっ、いやそうじゃないんです。 ただ、昔のイリータの顔色に似ていたってだけで......」

 そう、オロルの知る昔のイリータの顔色は、とても青白いものだった。 これであの強く気高い女王のような意志すらも感じられなかったら、まるで屍のようじゃないかとも思えるぐらい。 あの時はあれが日常だったというのが、今では恐ろしく思えるぐらい。
 だから、ずっと体調不良で苦しむ彼女を見てきたオロルにとって、ジュリの顔色の悪さはどこか不安を煽るものがあった。 ゴーストタイプであることを抜きにしても、どこかに異常を感じざるを得ない。 病気は、放っておいたら悪化するのだから。 身体であっても、心であっても。

 「急に自分語りみたいになっちゃうんですけど......イリータって、昔から身体が弱かったんです。 前は学校にも行けていなかった。 それぐらいに疲れやすいし、体調も崩しやすいし......。 彼女が元気になった今なら分かる。 あの時の彼女の顔は、自分が当時思っていた以上に弱々しいものだったんだって。 そういう経験があるから、心配してるんですよ。 貴方のことも」

 ジュリは言葉を発さない。 打てば必ず言葉が返ってくるポケモンとばかり付き合ってきたせいで、オロルは気が狂って仕方がなかった。 言葉が少ししどろもどろになる。

 「......やっぱり、せめて知ってるポケモンには元気でいて欲しいんですよ。 僕はその助けになりたいのかもしれない」

 うまく伝わりますように。 そう願いながら、オロルはぐるぐる思考を回転させる。

 「だからイリータが探検隊になりたいと言った時にはペアも組んだし、今の今まで彼女を支えようとしてきた」

 これが本心だ。 自分の本心だ。 何があっても変わらない本音だし......イリータだって、きっと、

 「勿論これからもそうする気で......」

 ......あれ。








 (......別になんとなくだけど、聞きたいことがあって)

 オロルの中に、違和感が走る。 喉の辺りに重りがのしかかる。

 「僕は、彼女の隣にいたいなあって......」

 自分の言葉が、やけに安っぽく聞こえる。 中身がないように聞こえる。 おかしい。 別に言わされているわけでもないというのに。 自分自身の、意思だというのに。

 (もし、私がいなくなったらどうする?)

 冷たい夜風とともに心を吹き抜けた言葉が、再び胸の内を流れていく。

 (もしイリータがいなくなったら、僕は......)


 ......こんな事、自覚したくないのに。










 「──曖昧だな」

 追い打ちをかけるように、ジュリがオロルの言葉に応える。 今のオロルにとっては効果抜群の台詞だ。 それもどうでも良いという顔で発せられた言葉ではなく、真剣な表情なのもまた胸が痛くなる。

 「俺も探検隊について無知なわけではない。 現に、村に来た奴らもいたからな。 基本追い返したが」
 「......物騒なこと、するんですね」
 「野心の塊のような奴らを村に踏み込ませたくなかっただけだ。 俺にとっての探検隊はそういう輩だった。 あの厄介な2匹が来るまでは。 だが、貴様はその野心の塊とも、あの2匹とも違うのだろう?」

 オロルの目元がぴくりと動く。 そこに更なる追撃が。

 「貴様の声からは展望が見えない。 まるで、自分の生き方を誰かに委ねているように思える。 そういう相手がいるとすれば......相棒だという、あのポニータだろう?」

 ......目線が鋭い。 氷よりも鋭いかもしれないその目つきは、オロルが誰にも見破られないよう隠していたものを暴こうとする。

 「......貴様は、探検隊として何を成したい?」










 ......その瞬間、沈黙が流れてしまう。 その沈黙こそが答えになってしまいそうで、オロルはなんとか言葉を続けようとするが......深い意味合いをもった言葉なんて、出てこない。
 イリータに「凍っている」と言われた時と似たような柔い怒り。 自分の心を容赦なく貫いてくる感覚への恐怖感。 それらを包み隠すような文章を、オロルは頑張って模索する。 詰まる言葉をなんとか押し出す。

 「......随分、意地悪な質問しますね」
 「ふん。 少なくとも、あの騒がしいお節介は言えたぞ」
 「僕はキラリじゃないですから。 ......じゃあ聞きますけど、貴方は何かあるんですか。 何を成したいのか。 ブーメラン......なんてこと、ないですよね」
 
 流石のオロルもむっとならないわけがない。 珍しくムキになって言い返す。 ジュリの瞼がぴくりと動いたのを、彼は見逃さなかった。 ここまで言ってくれたのだったら、こちらもお返しぐらいしたっていいだろう。

 「......ジュリさんは正直に言ってくれた。 だから僕も正直に貴方に関する意見を言います。 ──貴方は自分のこと、顧みなさすぎです」
 
 ......少し、自分の汚い本性が表に出てきている。 後で後悔するのだろうかとも思ってしまうが、ええいままよと続けた。
 彼には悪いが、こんな風にものを申せるのも多分今ぐらいだろうだから。
 
 「そういう意味ではユズとかも大概だけど、貴方も貴方だ。 ここは貴方の故郷じゃない。 それによるストレスだって絶対あるはずでしょ? ソヨカゼの森で右羽の氷をすぐに治さなかったのもそう、1匹で3匹分請け負うとかいう無茶ぶりを2つ返事で受け入れたのもそう。 どこまで身をすり減らす気ですか」

 言い終わる時には、オロルの声は半ば怒っていた。 彼の周りのポケモンはみんなそれぞれ無理をすることもしばしばあるし、別にジュリが程度として特別飛び抜けているわけではないのだが......。
 でも、問題はそこではない。 彼の場合、その無理を自分からし続けようとするのだ。 自分から飛び込もうとする傾向が誰よりも強いのだ。 ユズもその節はあったけれど、現在はキラリのお陰で踏みとどまっているところがある。
 ......別に無理したところで、自分が死ぬだけのくせに。

 「......誰かのために死ぬなんて悲しいことでしかない。 そんな自己犠牲で誰が救われるんだ? 僕には分からないな」

 ある程度言い終わったところで、オロルは改めてジュリの顔を見る。 少し言い過ぎたか......と思ったのだけれど、彼は割と冷静にぼそりと呟く。

 「......自己犠牲か」
 「......実際、どうなんですか」
 「どうだろうな。 自分の本性なんて、寧ろ自分自身からの方が分からない。 貴様だってそうだろう」

 図星だ。 オロルは2歩ほど後ろに下がる。 「やっぱりな」という顔をするジュリに、むぅとまた年相応の苛立ちを抱いてしまう。
 だが、彼にしてみればそんな子供の心配は無駄に過ぎないもので。

 「心配など無用だ。 俺の行動はあくまで俺の責任で、貴様にどうこう言われる筋合いはない。 ......どうせ、消えていたかもしれない命だ」

 葉っぱのフードに表情が隠れる。 その言葉は、ぴしゃりとオロルの心配を跳ね除けてきた。 いつもより少し饒舌なのは、心を少し開いてくれているからのか、どうしても伸ばされる手を拒みたいのか。
 ......ああ。 また、胸の辺りが軽く痛む。








 オロルが少し微笑んで、ジュリにこう言ってくる。 いつもは言えないような事を言えて、なんだか顔がすっきりしているような。

 「なるほど。 歪んでますね、僕も、貴方も」
 「一緒にするな」
 「ええそれはごもっとも。 歪みの方向性が違うことぐらい分かってます。 僕の方こそ、一緒とは言われたくない」

 オロルは嫌味に返してみる。 ジュリから見てその雰囲気はどこかケイジュにも似るものがあったが、オロルに関してはあの今すぐにでも殴りかかりたくなるような苛立ちは感じられなかった。 ......多分、奴とは違って、普通に感情を表に出せる子供だからだろうな、とジュリは勝手に納得してしまう。 現に、オロルは7匹の中では1番平凡な道を歩んできたポケモンなのだ。 嫌なことは嫌と言えるし、辛い時はどうにか逃げ道を見つけようとする。
 
 (......少しだけ)

 羨ましい、と思ってしまう。 そんな事を思う権利なんて無いと分かっているけれど。







 オロルはジュリにそんなことを思われているとも知らずに、また無言の世界でトボトボと歩く。 鉱石の緑の光が星のように瞬くと、夜の影に覆われるイリータの言葉がまた脳内を掠めた。

 ──もし、私がいなくなったらどうする?

 (──その時は、か)

 今にしてみれば思う。 この世界に永遠なんてないのだ。 それは転校を経験した自分が1番分かっているはずなのに......やっぱりどうしても、夢見てしまうものなのかもしれない。
 でもいつか、探検隊という生業から引かざるを得ない日がやってくる。 イリータと探検隊を続けられなくなる日がやってくる。
 
 その後、自分は何を成せる? 探険隊業を退いた後のレオンのように、自分の未来を作っていくことなんてできるのか? 

 それを考えるのは、少しだけ。

 (......怖いな)



 










 「......行き止まり?」

 何度目かの階段を上った後。 ジュリの声にオロルの思考はやっと現実に戻ってくる。 ジュリの言葉通り、目の前には薄暗い灰色の壁があるだけだ。 いくつか透明な鉱石が散乱しているぐらいの。

 「あ......。 これ、イリータ達の方が正解なんですかね? 引き返した方が」
 「普通の洞窟ならそうだが......ここはダンジョンだ。 戻れるのか?」
 「あなぬけのたまならあるんですけど、分岐点までもう一度行く必要はありますね......。 でも、これ何かあるのかな......」

 オロルはひょいと鉱物を拾うが、まさに普通の宝石といった感じだ。 レオンが言うようなイメージには、あまりにもそぐわない。
 
 「うーん......多分イリータ達が見つけてくれるだろうし、やっぱり一度戻った方が──」
 「待て」

 ジュリからの制止が入る。 何があったのかと彼の方に近づくと、「物音がする」とだけ返ってきた。 取り敢えず自分も耳を澄ましてみると。

 「......にしても、オロル達大丈夫かしら」
 「そうだねぇ、多分いけるとは思うけど......あ」
 「あっ」

 その時、丁度階段からイリータとアカガネが上がってきていた。 思わぬ再会に、オロルとアカガネは同時に声を上げてしまう。

 「2匹ともここにいたの! ......というかこれ、行き止まり?」
 「はい。 一度戻ろうかって話していたところで......でも合流する仕組みなら、戻ったところで意味ないですよね」
 「そうだねぇ......中継ポイントの分岐ってあれ以外になかったよね。 そう考えると......」
 「二手に分かれたこと自体に意味があるとかは? オロル、何かヒントは得ていない?」
 「んー、正直ないんじゃないかな......。 風景もほぼ変わりなかったし。 ずっと緑の鉱石が並んでて」
 「え? こっちは赤色だったわよ」
 「え、そうなの」

 鏡合わせのようだった2つの道にあった唯一の違い。 そこから4匹は考えを広げようと試みる。

 「......色が違うのは、手がかりになりそうだな。 だが、問題はそれが何を意味するのかだ。 赤と緑の2つの道が、1つの部屋に合流して......」
 「混ざるって事? 色が? でもぐっちゃぐちゃじゃんあの2色が混ざった色って」
 「待ってください、光の三原色は?」

 3匹がオロルの方に一斉に振り向く。

 「光だったら、赤と緑を一緒に当てると黄色になるんです。 そっちなら、アカガネさんが言うようなごちゃごちゃ感はないんじゃないかなって。 それに、通路の鉱石は元からその色って言うより、ここにあるような透明な鉱石が赤とか緑の光を放っているように見えた。 そうやって考えるのが自然じゃないですか?」
 「なるほど......でも、黄色い光って何処から?」
 「技を放てば良いのではないのか?」
 「それはそうかもだけど......僕の場合はないからなあ」
 「あたしも。 炎だとオレンジになっちゃうし」
 「......スピードスターなら、黄色い星が出せるわ。 試してみる」

 そう言って、イリータが技の構えをとる。 探検隊ソレイユのためのダンジョン攻略で、こうしてキラリの十八番を使うことになるとは。 一体どんな縁なのか。
 星が彼女の周りを飛び交い始める。 すると、ちらっと鉱石に光が走るのが遠目でも分かった。

 これは当たりだ。 全員がそう確信する。

 「[スピードスター]っ!!」

 壁に沿う形で星が舞い踊る。 きらきら光る流星の尾が消えていくと同時に、その近くにあった鉱石が黄金色に輝きだした。 通路でも鉱石は光っていたが、それらより数倍煌びやかさが増している。
 一通り技が終息した後、アカガネがエスパー技を使って鉱石を取る。 壁から引き剝がされてなお鉱石は元の透明には戻らず、微かに黄色の美しい光を放ち続けている。

 「綺麗、トパーズみたいじゃん」

 思わず感嘆の声が漏れる。 これは特別な力を持っているといっても納得だ。 目的は果たされたといっていいだろう。

 「じゃあ......取り敢えず、帰りましょうか」
 「そうね。 長く居座る理由も無いし」
 「1個だけでいいの? 2,3個とかいるんじゃない?」
 「自然を必要以上に荒らすな馬鹿者」
 「正論でロマン潰さないでよう」

 アカガネがむぅと不満そうな顔をするのを、イリータとオロルは面白いなぁという目で見やる。 ......そんな彼女がさっきまで結構真剣な話をしていたとオロルが知ったら、彼はどんな顔をするのだろうか。 イリータはぼんやり壁から伸びる黄色の宝石を見る。 アカガネはトパーズのようだと形容していたが......。

 (トパーズの名前の由来は......確か、「探し求める」)

 ......昔読んだ宝石の図鑑に、そんな記述があったような。今の自分達にはぴったりじゃないか。 思わぬ偶然もあるものだ。

 「イリータちゃん、帰るよー!!」
 「あっ、はい!!」
 
 イリータは少し急いで走り出す。 もう一度横目で黄金色の宝石を見ると、アカガネが物知り顔で言った言葉が思い出される。

 (大きくなればなるほど色々と考えないといけないことも増えるんだよ。 そして頭にため込めるものも当然多くなる。 だから悩む。 うーんって悩んで悩んで、その中でも生きてる)

 これは難しいなと、イリータは軽く首をかしげる。
 真に自分達が探し求めているものは......もしかしたら、凄く遠いところにあるのかもしれない。











 そんなこんなで、夜はやってくる。 勿論、ユズとキラリの家の元にも。
 あれから夜まで、まともに話すことが出来なかった。 小さな喧嘩と言ってしまえば単純なのだが、彼女らの間にはそんな一言じゃ済まされないくらいの淀みがあった。
 でも、どちらかが声をかけなければ溝は埋まらない。 布団を敷きながら、キラリがややかすれた声で言う。
 
 「......ユズ、ごめんね」
 「えっ......」
 「嫌なこと、言っちゃったね」
 「ううん。 私が過敏なだけで」
 「......過敏って言葉で済ませて、ユズはいいの?」

 ぎくりと、ユズの顔が堅くなる。 そこから少し寂しそうに、彼女は続けた。

 「......よくない」

 布団の準備を終えて、頭まで毛布を被った姿は、まるで怯えた子供のようで。

 「魔狼って、やっぱり怖いんだよ。 今の方が色々分かってきたけど、それでもやっぱり怖い。 いつ呑まれるか、いつ壊されるか......それも分かるわけじゃない。
 過敏っていうのは事実だよ。 私より心の強い人に憑いていたら、もしかしたらここまで深刻にはなってないかもしれない。 もしユイだったら、もし兄さんだったらって」

 ifを考えればキリがない。 分かっている。 分かっているはずなのに。 魔狼を制御できるだけの精神力も度胸も無い自分が背負ったのが、もしかしたらいけなかったんじゃないかとは......やっぱりたまに思ってしまう。 周りに、なまじ勇敢な人やポケモンが多いからこそ。
 だけど、それを考える度、申し訳ない気持ちはどこまでも加速する。

 「......でも、その度に思っちゃうんだ。 やっぱり、自分以外の誰かがこれで苦しむのは、嫌だ。 だからこれは、私のちっぽけな我儘。 ──私こそ、ごめん」
 「......っ!」

 キラリがぶんぶんと首を振る。

 「全然、我儘なんかじゃない。 ユズはみんなを思ってのことでしょ? それ我儘なんて言っちゃ駄目だよ!! ......だよね、私がユズが苦しむのが嫌なのと同じように、ユズだってそうだもんね」
 「うん......それに、キラリ」
 「......?」

 涙目になるキラリの頭を、ユズの葉っぱが優しく撫でる。 漂う柚子の香りは、ざらついた心をコーティングするアロマのようだ。

 「......そんなこと、考えなくて良い。 現に、キラリに何度も私は助けられてる。 そんな風に思い詰めなくて良いよ。
 キラリがいるお陰で、立ち向かえるんだから。 今の私が、あるんだから。 ......ね?」
 「......うん」

 ユズの微笑みは、暖かかった。 それは丁度、ユズを助けたいと叫んだあの日、キラリが心の底から渇望していたものだった。 ......言葉が、胸に染み入る。

 「ごめんね」

 キラリは謝った。 俯いて、ただ謝った。

 「本当に、ごめん」

 ぎゅっと、藁を握りしめる。
 
 暖かくて、柔らかな木漏れ日。 自分が大好きなポケモンの愛情。 心を委ねたくなる優しい香り。 全部箱に入れようとすれば破れてしまいそう。 そんな満たされた気持ちが心を覆う。
 ......けれども、自分勝手な1つの願いは、未だに胸の中で燻り続けていた。




 ──ユズ、ごめんなさい。

 ──捨てきれなくて、ごめんなさい。















 夜の森の中。 外套を被って野宿で火を焚く2匹組がいた。 近くで取ってきたオボンの実を囓り、髭を蓄えたその口がにんまりと微笑む。

 「ヨヒラちゃん、いい景色じゃのう」
 「別に」
 「フィニは調子悪そうだったし、3匹で来られなかったのは残念じゃけど......ヨヒラちゃんと2匹も悪くないの」
 「何が言いたい」

 そこにはラケナの言葉の猛追を振り払うヨヒラの姿があった。 再びピカチュウに化けた彼女があからさまに嫌そうな顔をするのに、ラケナは「別に他意はないんじゃけど」とぶすっとした表情で返す。 それでも彼女の呆れ顔が収まることは無かった。 ヨヒラが塩対応なことに痺れを切らしたのか、もう1つ彼は話題を振る。 こっちなら答えてくれるだろうと。

 「......変身の調子はどうかの、ところで」
 「大分調子は良くなった。 身体も動くし、悪くはない」
 「そうか......まあ、無理はせんようにの。 まだ若いのに、倒れられたら悲しいからのう」
 「......元々、未来など捨てている」
 「......そういや、そうじゃのう」

 迷いの無いヨヒラの言葉に、ラケナは少し寂しげに返答した。
 目線は夜空に向く。 冬の澄んだ星空を通して、ラケナの頭にあの小さな少女が浮かび上がってくる。 ......未来など捨てている。 あの子ならば絶対に言わない言葉だ。 寧ろ、真反対の事を言ってくるのだろう。 彼女は、未来を貪欲に求める子だから。
 ──ああ、あの目が愛おしい。 あの素直さが、どうにも自分の胸を打つ。 一度潰れても立ち上がったのだから、尚。
 本当なら、頑張ったなと抱きしめるのだろうなと、考える。 本当の祖父と孫ならば、きっとそんな暖かい時間があるのだろう。 ......そんな未来、自分から投げ捨てたのだけれど。
 ラケナはよいしょと立ち上がった。

 「よっこらせっと......ワシは明日ちょっと、キラリちゃんとこに行ってくるの。 ヨヒラちゃんはまあ好きにやって構わんからの」
 「......あのチラーミィか。 でも、何故?」
 「まだ、話せてないことがあっての。 かわいい子に隠し事は許されんのじゃ。 そしてもう1つ。 モンスターハウスとかで集団の敵と出くわしたときは、通路に逃げて少数とちまちま戦うのが定石じゃ。 ケイジュが戻ってくる前に、一度戦っておくのもありかのうと」
 「何故そこまで......? 彼女は部外者だ。 どうせあの探検隊に接近するんだったら、魔狼を先に......」
 「キラリちゃんの側にユズちゃんはおる。 それに、ユズちゃんにはケイジュがいるじゃろ。 こんな老害が割り込むのは恐れ多い。 しかも」

 本当なら、もっと良い形で再会できただろうか。 そんなことを考えては、頭の中から振り払う。
 これは勝負だ。 自分達の親玉たるケイジュが仕掛けてきた勝負だ。 ここで放棄するなんてもっての他。 それに。

 「その方が、勝負として面白いじゃろ」


 「彼」を、そして「彼女」を焚きつけたのは、紛れもなく自分だから。

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