第76話 弱いお姫様ではいたくないから

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ......ずっと、相棒に対して不安だったことがあった。

 ......ずっと、寂しさを感じ続けていた。

 ......最近になって、友達のためにしてあげたいことが膨れ上がった。



 共通するのは純粋な思い。 どこかのRPGでいそうなお姫様のように、隣で大切な存在を「支えるだけ」というのが嫌で仕方ない。 本当にそれだけのことなのだ。

 ......それなのに。

 複雑な考えばかり、風船のように胸の中では広がっていく。













 
 

 冬の早朝、レオンの家。 少し薄暗いリビングにポケモンが集まり、小会議の様相を呈している。 事のいきさつはこうだ。 突然昨日の夜に翌朝集合してくれとレオンに言われた、以上。 それに伝達方法も家に直接行って声をかけるというやる気がないと出来なさそうなもの。 朝から叩き起こされる羽目となり、アカガネは少し不満そうに大あくびをする。
 そして集合時間。 ぼーんぼーんとマメパト時計が鳴り響く。 ......でも、いつもよりは集まるポケモンの数が少ないような。

 「......とまあ、全員揃ったかな」

 辺りを見渡し、レオンはそう言う。 レオンを除いてその場にいるのは探検隊コメット、アカガネ、ジュリだ。 レオンの「全員揃った」という言葉には一切迷いは見られなかったが......勿論、そのレオンの言葉に疑問を抱くポケモンもいる。 その疑問を真っ先に口に出したのはイリータだった。
 
 「レオンさん、あの......ユズとキラリは?」
 「それなんだけど、ユズの調子があんまよくない。 だからといってキラリだけ呼んで1匹で家に置いてくのもまだちょっとあれだし、今日はあいつら抜きになる。 ......というか、その体調不良が原因の会議でもあるんだけどな。
 一応あいつらとも昨日ちょい話してて、今日提案したいことに関しては伝えてるんだ」
 「なーるほど......で、その提案したい内容って? こんな朝早くから呼び出してさあ」
 「まあ待て。 ちょっと前置きがいる。 というか、近況報告ってやつな」

 ぶすっとした表情で急かすアカガネを制止して、レオンはぽつぽつと話し出した。

 「まあまず、これは危機感覚えたっつー話なんだが......昨日軽い気持ちでユズ達のとこ行ったら、そこで『魔狼が暴走しかけた』なんて言われちまって」
 「えっはやっ!?」

 アカガネがオーバーなくらい酷く驚く。 彼女だけ魔狼の恐ろしさに関する情報をそこまで得られていないというのもあるだろうが、レオンの方もその気持ちは同じだ。 深刻そうな表情で続けた。

 「......それも故意にとかじゃない。 やっぱり魔狼はのんびりしてなんかくれない。 だから出来たらさっさと追い出したいなとキラリとも話したんだが......」
 「......難しいと?」
 「ああ。 なにせまだ情報が少ないんだ。 それに詳しいことが分からないと下手に手は出せない概念ではあるよな、やっぱ」

 全員が頷く。 それを確認した後、彼は話を続けた。

 「だけど希望は一応あって......まずユズなんだけど、夢で謎の声が聞こえるらしいんだ。 そこで魔狼の真実に関するヒントがあるらしい。
 一応予想らしいんだが、『気づいて』、『北のなになにのある方』、『雪がなんとかの山』、『そこに真実がある』......って」
 「夢にもヒントが?」
 「ああ。 その北の山に真実とやらあるんだろうけど......正直山っつってもどこだよっていう。 多分特定の山に行かなきゃいけないんだろうけど、だからといって、北って山脈色々あるからなぁ~......。
 詳細に関して手がかりになりそうなのは本当にこれで以上。 それ以外の情報源はほぼ皆無。 色々調べてるんだが、殆ど有益な情報なんてありゃしねぇ」

 1匹で手を組んで眉間にしわを寄せるレオン。 ちらりと書斎に彼の目がいくが、そこにはごっちゃり積み上げられた本が雪崩のようにドアの外まではみ出していた。 その中には新品っぽいものも混ざっている。

 レオンの姿と最早汚部屋となった書斎を見て、イリータは1つの出来事を思い出してしまう。 役所で彼に事件の調査を手伝おうかと打診したのに、あの時は大人が解決する問題だと言ってひらりとかわされてしまった。 子供を巻き込むことは出来ないのだと。 ──だからこそ今、1匹で思考を巡らせているんだろう。
 ......でも、腹なんか既に決まっているのだ。 あの時も、当然ながら今も。 ユズが助けてくれと頼んだのはレオンだけじゃない。 役所で側に立った全員だ。
 
 これは聞かないといけない。 彼女は1歩前に踏み出した。

 「レオンさん、さっき提案って言いましたけど......『俺がこれやるからちょっとだけ手助けしろ』っていうものじゃないですよね?」

 レオンの目が丸くなる。 不満そうなイリータの目つきが彼に突き刺さっていた。 それを見るアカガネの表情も、どこか堅いものに変わったような。
 
 「前は断られましたけど、今回はそうは言わせませんよ。 1匹では抱え込ませない」

 イリータの口調は強く、まるで釘を刺しにくるかのよう。 レオンは少し頭を掻き、こくりと頷く。 申し訳なさそうなムードが、何も言わずとも伝わってきた。

 「......そうだな。 すまん、今のは少し癖が出た。 というか、もう突き放したりはしないし......寧ろ頼るために呼んだんだ。 勿論、アカガネとジュリも。 さっきみたいな色々な報告も兼ねてな」
 「......どゆこと?」

 アカガネの疑問を皮切りに、レオンが待ってましたと言わんばかりに話題の舵を切る。
 
 「で、ここからアカガネが待ち望んでた本題なんだが......『記憶を映す宝石』......なんてものがあるって伝説知ってるか?」
 「記憶を映す宝石?」

 レオン以外の4匹がユニゾンのように声を上げた。 神秘的なワードはどこか希望をかきたてるオーラのようなものがあるが、話しているレオンの声にもそのオーラにあてられているような熱意が見られる。

 「そう。 任意の記憶を映し出すことができる宝石なんてものがあるっていう伝説があるらしいんだ。 まあその記憶にゆかりのあるポケモンが一緒に......っていう条件もあるらしいんだが、事実を求めるっていうなら役に立つ」
 「......でもレオンちゃん。 ゆかりのあるって、ちょっと条件厳しくない?」
 「というと?」
 「魔狼の事件ってすっごい昔のことでしょ。 そんなポケモンなんていないも同然じゃない?」
 「普通に考えたらそうだ、でもそこでユズの見た夢が生きる。 ジュリ、魔狼にゆかりが深い場所......といったら、虹色聖山だろ?」
 「確かに壁画ならあるし、伝承も残っている。 ......魔狼が最も深い爪痕を残したのは、聖山付近だろうな」
 
 少し苦い顔でジュリは返答する。 レオンは半ば確信に至ったのか、少し強めに頷いた。

 「......それなのに、だ。 方角的にあの夢が指し示しているのはそっちじゃない。 となると、もしかしたら魔狼についてよく知るポケモンがそんな僻地にもいるかもしれない。 そいつが実際に魔狼を見たわけじゃなくても、ゆかりさえあれば解決さ。 それに、宝石を使えば言葉よりも脚色なく理解できる」
 「そっか、ユズの時と同じですね」
 「ああ」

 そう。 少し方向性は違えど、ユズの記憶も言葉ではなく「映像だけが」伝えられたものだった。 彼女の記憶を追体験するようなものだったから、勿論心の負担も大きかった。 でも、その中にはユズがユイやヒサメ、そして母親と過ごしていた楽しげな記憶もちゃんと混じっていた。 キラリはその様子からユズに注がれていた愛情を汲み取れたわけだが、あの時ユズ自身の口から語られたならきっとそうもいかなかっただろう。
 魔狼に関する記憶も、きっと同じ。

 「で、その宝石があるのが『追憶の岩窟』っていうダンジョンらしくて、丁度街に結構近いんだ。 だけど百年以上前に入口近くで土砂崩れが起こって、中に入れなくなったんだと。 元々難易度がかなり高いっていうのもあって、事故が起こったらたまったもんじゃないということで取り除き作業もされてなかったとか」
 「なるほど、だから伝説って感じの伝わり方か......。 でも、それなら今もそうなんじゃないの?」
 「そこでユズのあの茨の城による歪みが良い方向に生きるのさ。 ソヨカゼの森の難易度が爆上がりしたのと似たようなもので、あそこの入口を埋めていた土砂が何故か綺麗さっぱり消えたんだよ。 森と同じように難易度の変動もあるだろうから、慎重になってまだ誰も行けてない。
 ......だったら、お前らが宝石取るついでに調査行くのもいいんじゃないかって思うんだ。 全員ちゃんと戦えるのは知っての通りだし、特にイリータとオロルについては探検隊としてのメリットもでかいだろ。 半分未開の地とも言えるんだからな」

 互いを見て目配せするイリータとオロル。 確かにここで成果を上げられれば、探検隊としても更に上に向かえるだろう。

 「まあざっと話したんだが、俺がお前らに頼みたいことは以上だ。 記憶の岩窟に行って宝石を取ってくる。 『とある仕掛け』があるっていうダンジョンだから、もしかしたら一筋縄ではいかない場面もあるかもだが......」
 
 4匹が互いを見る。 そういえば、この面子でまともに話すことなんて今までなかったような。 各々が中々次の言葉を切り出せない中、イリータが最初にこくりと頷いた。

 「──分かりました。 それが彼女達の助けになるのなら、私は行きます」

 頭に浮かぶ。 ソヨカゼの森での戦いを終えてぐったりと倒れ伏したユズの姿が。 今も似たような状態になっているのなら、これから先もそうなる可能性があるのなら......取る選択肢は1つだけだ。
 今動けないだろうユズの力になりたい。 彼女自身が、入院で動けない時期があったからこそ。

 「......だよね、それなら僕も勿論」
 「いいだろう」
 「よっし、あたしも意義なーし!! なんだけど......」

 それにオロル、ジュリが静かに続く。 その後に勢いよくきゃっきゃと挙手するアカガネだったが、ひととおり跳ねた後すっと手を下げ、少し嫌味に笑った。

 「レオンちゃん、まるで余所事だねぇ。 頼むと言ってたけど、ちょっと針振り切れてるんじゃない?」

 レオンがぎくりと震える。 このねちっこい笑顔のアカガネは、次に何を言ってくるか分かったものではない。 彼は苦笑しながら釈明する。

 「ハハ......それなんだが、俺今日ちょっときついんだよ。 ソヨカゼの森の対応についての会議にちょっと出ないと」
 「そんなんサボっちゃえば──」
 「前子供入っちゃった事件もう忘れたのか? あれについて証言できるの俺だけなんだからな」

 ぐぬぬと声を上げてアカガネは引き下がる。 確かに、あの事件は場合によっては大惨事に繋がるのだ。 これ以上さぼれと言うことは彼女には出来なかった。 ......寧ろ、そのオーバーな動きからして、アカガネは少し嬉しそうでもあるような。 理由は本ポケのみぞ知るのだけれど。

 「......というわけだ。 よろしく頼む!」

 レオンががばりと頭を下げる。 その姿を見て、全員がこくりと1つ頷いた。















 街には近いというレオンの言葉通り、割とすぐに4匹はその岩窟にたどり着くことが出来た。
 面子が面子なのもあり、最初は割と淡々と進んでいく。階段を探しながらその記憶を映す宝石とやらを探すのだが、全くもって見付からない。 そうなると、やはり最奥部に潜んでいるとしか考えられなかった。 そこを目指して何回か階段を上った後、4匹は中継ポイントらしき場所にたどり着く。 しかし。

 「おや?」
 「......分岐か」

 アカガネとジュリが声を上げる。 その眼前にある道は、なんと2手に別れていた。 だが、何か目立つ違いがあるわけでもない。 まるで道と道が鏡合わせになっているようだ。

 「分岐......これは正解と不正解があるパターンね」
 「そうだね、正直4匹で一気にだと逆にやりづらいかも」

 間違っていたら戻る必要だってあるかもしれないが、正直それに労力を費やすのは惜しいところ。 悩むオロルに向かって、アカガネが「だったら」と言う。 そしてイリータの元にすすすと静かに近づいた......と思ったら。

 「折角だし2手に分かれてみない? 親睦深めるって意味でも! というわけで......イリータちゃん行こう!!」
 「えっあっちょ!?」
 「イリータ!?」

 アカガネのサイコパワーにイリータが引きずられていく。 口笛を吹くうきうきなマフォクシーは、はわわと慌てるポニータを連れてまるで嵐のように足早に左側の道へと進んでいってしまった。 イリータがこんな風に驚きに満ちた表情になることなんて今まであっただろうか。
 残されたオロルとジュリは、暫くその場で立ち尽くす。 台風一過のごとく、風もなければ何も起きない。 オロルの頬にたらりと汗が垂れた。 ばしばし会話が繋がっていくであろうアカガネはともかく、果たしてこちらはどうなのだろう......と、彼の中に1つ不安が過る。 だが、こうなってしまった以上仕方が無い。 アカガネの意図も、この不安の克服かもしれないわけだから。

 「え、えーっと......よろしく、お願いします?」

 言葉選びの末、出てきたのはとてもシンプルな言葉だ。 オロルは苦笑いを見せるが、ジュリは表情を変えない。 何か粗相でもしただろうかと、頬にまた汗が一筋。 そんな中、足を前へと踏み出す音が響く。

 「......進むぞ」
 「へ?」
 「あの粗忽者に、遅いとは言われたくないだろう」
 「あ、はい!」

 ──そうだ、まずは進まなくては。 オロルは少し慌て気味でジュリの後を追いかけた。











 「ふぅ......割と、2匹でもどうにかなるもんだね」
 「ですね」

 辺りに湧くポケモン達の幻影を組み伏せながら、アカガネはそれとなく言う。 彼女は赤く光る鉱石達の群れにもちょこちょこ目を向けるが、イリータはただただ前を見ていた。 別に心を読まずとも分かる。 早く階段を見つけたい、進みたいという思いが、外側に漏れている。 現に、この返しだって少し事務的なのだ。 口には出さないけれど、もしかしたら。 そう思ったアカガネは少しかがんで語りかける。

 「......ごめんね、無理矢理一緒に行かせちゃって。 あんまり話せたこと無かったから丁度いいかって思ったんだけど......寂しいとかある?」

 アカガネの不意を突く言葉に、慌ててイリータは顔を上げた。 その顔が赤いのは、果たして鉱石の赤い光だけのせいだろうか。

 「べ、別にっ......」
 「あはは、結構年相応な顔もするんだねぇ」
 「......ごめんなさい、格好悪いところを」
 「別にそんなことないよ。 寧ろその方がいい。 イリータちゃんなんか大人びてるし、そういう面あるか逆に不安でさ」

 そう言って、アカガネは鞄から林檎を一口。 イリータはもう一度俯き、道の脇にある小さな水晶をじっと見つめた。 そこに映る自分の姿と向き合いながら、彼女はアカガネに問うた。

 「......大人びてますか、私」

 アカガネの茜色の目に映るのは、少し困っているような少女の横顔。

 「うーん、あたし的にはそんな感じあるけど......。 レオンちゃんにも物怖じせずに意見してたのもあるし。 不服だった?」
 
 イリータはぶるぶると首を振るが、その表情が明るくなるなんて事は無かった。

 「不服というか......少し、違うんじゃないかと思ってしまう。 だって」

 少し彼女は言葉に詰まった。 脳裏に浮かぶのはオロルの姿だ。 彼は出会ってから、いつだって自分の隣にいた。 病院にいれば会いに来るし、たまに授業に出られたかと思ったら移動教室にも付き合おうとしてくる。 長い入院生活ゆえに友達もほぼ出来なかったから、結果的にありがたいことではあったのだけれど。

 ──それから少し時間が経って、退院するまでにいたって。 身体はまだ他のポケモンと比べて強いわけじゃないけれど、それでも普通並みのところには立てた。 でも、彼は変わらずこちらの願いに寄り添ってくれる。 自分はもう守られるだけの姫ではないのに。 別に嫌とか、そんな訳じゃないのだけれど。 寧ろ、これからも一緒に探検したいのだけれど。
 どうしても、考えてしまう。 オロルは、自分に付き従おうとする騎士は、これで本当にいいのだろうか? 一緒に探検隊として戦ってはいるけれど、彼の本心は本当にここにあるのだろうか。 ......もしや彼は。
 
 (......いや)

 オロルにはどうしても問えない質問が心につっかかり、軽くイリータは首を振る。 彼女のたてがみが微かに青くなった。

 「......私の中には矛盾した感情があるんです。 私はそれを割り切ることがどうしてもできない。 だから」

 突き放すことも出来ないし、ずっと側にいてくれと頼む権利もない。 だからといって、自分の中に燻る「この疑問」について訊くことも出来ない。 虚しくないのか。 ああその通りだ。
 矛盾した感情に挟まれたこんな奴が、どうして大人達と肩を並べることができようか。

 「私は、ただの我儘な子供に過ぎません」










 赤い鉱石の光が、炎のように揺らぐ。 アカガネの心の火も、ゆらりとなびく。

 (我儘、か)

 その光の温かさとは裏腹に、アカガネの頭に過ぎるのは......あの、冷たい大雨の日。

 (レオンちゃん、ごめんなさい。 我儘でごめんなさい)
 (なんで謝るんだよ! 我儘って、そんな......。 ていうか頬、腫れてるだろうが......この、馬鹿)

 ──彼はそんなことないって言うけれど。 でも、どうしても思ってしまう。 自分の不安定な感情のせいで、彼はずっと振り回されてきたのか?
 
 ......いや、多分もうそれだけの問題では無い。
 
 自分は、守られるばかりの存在だから。 支えられるばかりの存在だから。 離れてからも、そうだったから。

 だから、彼は──。










 「......アカガネさん?」

 イリータの心配そうな声がしたところで、アカガネはやっと我に返る。 いけないと軽く深呼吸をする。 自分らしくないじゃないか。 軽いホットケーキみたいないつものテンションはどうした。
 少しわざとめにふむふむと頷き、暗い天井を見上げる。 光も迷って進めないような、どす黒い暗闇を。

 「そっか......似てるかも」
 「え?」
 「イリータちゃんとあたし。 もしかしたら、だけどね。 安心してよ。 心読むとかいうチートはしてないし」
 「......でも、察してるんですか」
 「一応、雰囲気からね。 ちょっとだけ、自分に似てる気がして。 まあ、昔のあたしはイリータちゃんとは似ても似つかぬクソガキだったけどさ。 ......大人になると、逆に色々悩むことも増えるんだよ」
 「え?」

 もやもやする悩みを抱えるのは、大人になろうとする子供なのではないのか? そこから吹っ切れて大人になるわけではないのか? イリータの頭の上に疑問符がいくつか生まれる。

 「まあポケモンによって差はあるとは思うけど......ちょっとその反応はレオンちゃんの見過ぎかな。 本ポケの前だと口が裂けても言えないけど、レオンちゃんがちょっとだけイレギュラーだと思った方が良い。 レオンちゃん基本永遠に元気に振る舞うし。
 でもやっぱり、大きくなればなるほど色々と考えないといけないことも増えるんだよ。 そして頭にため込めるものも当然多くなる。 だから悩む。 うーんって悩んで悩んで、その中でも生きてる。
 あたしもしょうもない悩みとはいえそうだし、ジュリちゃんだって多分そう。 イレギュラーとは言ったけどレオンちゃんも......きっとそう」
 
 その声から、イリータは彼女の経験という名の裏付けを感じざるを得ない。 自分の豊富な経験も元に子供を導こうとする後ろ姿は、どこかレオンを思い出させる。

 (......ああ、そうだ)

 改めてイリータは実感する。 本ポケに自覚はなさそうだから、どっちがどっちに影響を受けたかなんて分からないけども。 ──彼女は、やはりレオンの相棒なのだと。
 アカガネは優しく笑って、イリータに問いかける。

 「あたしの主観を言うと、イリータちゃんとオロルくんって端から見ても面白いコンビだと思う。 なんだろう、落ち着いてるけど熱意があるというか。 ......イメージ的には炎かな。 炎がたなびく彗星の探検隊」
 「炎?」
 「うん。 といってもあたしの炎とは違うかな......。 なんだろうねぇ」

 アカガネはうーんと首をかしげる。 炎。 直感的なイメージであるし、オロルが氷タイプなのを考えると正反対なようにも思えるが......どこかすとんと腑に落ちるのは何故だろう?

 「あたしにとっての2匹はそんな感じだよ。 ──イリータちゃん、あなたはオロル君のことどう思う?」

 それは、イリータを初心に返らせる質問。 イリ-タは静かに考える。

 「......確かに、色々思うところはあるけれど」
 
 さっきみたいにもやもやすることもある。 ......彼に、どうしても訊けない事もある。
 でも、普段は気を遣った笑みが多いのに、退院した時は本気で笑ってくれた彼。 ひとたびダンジョンに潜れば、的確な判断で自分を支えてくれた彼。
 これは、絶対に変わりようがない事実。

 (......そう、これは変わらない)

 あの戦いで言っていた、オロルの「ユズとキラリ以外がライバルなんて考えられない」という言葉を借りると。 彼以外のポケモンと共に探検を続けていくなど、考えられない。 あり得ない。
 イリータは前方をまっすぐ見つめた。

 「──大切な、相棒です」










 うんうんと頷き、アカガネの口角が上がる。 子供の真摯な言葉が、暖かくて......その素直さが、少しだけ羨ましかった。

 「そっか。 大事にしてね、それ」

 アカガネの透き通る言葉が、イリータの心を打つ。 まるで自分と深く重ねているような。 似ているとは言っていたけれど。
 そんな柔い表情を見て、イリータは思わず聞いてしまう。
 
 「アカガネさんは、レオンさんとの付き合いで悩むことってあるんですか? 長年、友達なんですよね」
 「まあね。 最近あまり会えなかったんだけど、ユズキラちゃんに出会ってからは結構な頻度で。 レオンちゃん、あたしなんかのこともよく気にかけてくれるし、正直相棒としては理想だよ。 ただ」
 「ただ?」

 イリータは思わず聞き返す。 少し話して心の壁が崩れかけているのか、アカガネはすぐにその問いかけに答えてくれた。

 「レオンちゃんは、優しすぎるよ。 多分、あたし達の知らないところで悩んでる」

 本気で友達を案じている声。 ぐっと手を握りしめる音がした。 ......終わったことだとはいえ、よかったねという綺麗事で終わらせることは出来ない。 そんな思いが、その口から溢れ出す。

 「レオンちゃんのお陰で、あたしは今自由に生きてる。 恩返ししたいのに......なのに、その機会すらもレオンちゃんはくれない。
 あたしは心配なんだよ。 レオンちゃんが気づかないうちに、自力じゃ解決できなくなる問題も背負っちゃうんじゃないかって。 いつもストイックで自分で色々やれちゃう分、潰れそうな時も誰にも頼れないんじゃないかって。
 そう言う意味では、今日も成長してたと思う。 正直丸投げしてみた方が良いよとは前から思ってたから」

 イリータは頷く。 言われてみればそうだし、それに関しては自分も彼の前で発言したのだ。
 この魔狼の事件だって、ユズとキラリにあの挑戦状が届かなかったら......彼は永遠に、1匹で追いかけようとしていたかもしれない。 より付き合いが深いはずの、ユズやキラリの声すらも聞かないで。
 
 「......そうですか。 私達も色々と、助けを受ける機会があったんです。 たまに会ったら声もかけてくださるから......少し私も不安です。 ポケモンとして、出来すぎてて」
 「あたしもだよ」

 ポケモンとして出来すぎてる。 その言葉は、イリータ自身も言い得て妙だと思った。 アカガネが頷くということは、きっとそれは昔から変わっていないのだろう。 彼も変わろうとはしているのだろうけど、これは彼の本質にも関わる問題だ。 一朝一夕にはいかないだろう。
 だからこそ少し不安になる。 特にアカガネは、レオンが迷いを持つこと自体は知っているのだ。 ......今になって心境の変化があったというのなら。

 (アカガネ、本当にありがとう。 でも......すまん。 今は、ちょっと言わないでおく)

 あの夜だって、この言葉の真意くらい教えて欲しかった。

 「だから少し......寂しいな」

 














 ......そして、時を同じくして、ここにも悩むポケモンが1匹。
 
 「ふう......みんな、上手くいってるかなぁ」
 「そうだねぇ」

 その頃、窓辺にぼんやり佇みながらユズとキラリは呟く。 大分体調はよくなったのか、ユズの疲労の色は薄くなっていた。 みんなが努力している中行けないのは歯がゆいことではあったけれど、今はちゃんと頼るべき時だ。 しっかり休んで元気になることが、今できる最大の恩返し。 そう考え、ユズはのんびり日差しを浴びていた。 その姿を見て、キラリは安堵の笑みを浮かべる。

 (──よかった。 ユズ、落ち着いてる)

 ちゃんと早期に休めたのもあり、前のように何日も眠りこけることはなかっただけ幸いだった。 それでいて、魔狼に完全に呑まれることもなかったという。 彼女自身も言っていたけれど、これだけでもユズにとっては自信となるだろう。 しっかり、1歩ずつ、前に進めている。その事実が分かるだけでも十分だ。 解決までの道のりは、ちゃんと歩めている。
 だけど。

 (難しいなぁ......)

 息も絶え絶えになっているユズを何度も見てしまうと、どうしても考えてしまうのだ。 ユズが背負う荷物は......魔狼は、あまりにもその小さな身には......今隣でくつろいでいる小さな友達の身には重すぎるんじゃないかと。 もしも、もしも自分がそれを少しでも肩代わりできたら。 互いで助け合いながら、その重すぎる荷物を背負うことが出来たら──。 どれだけ、ユズの気持ちは軽くなるのだろうか。 でも、やるとしてもどうやって? まず肩代わりなど出来る代物なのか? 出来るとして、何かデメリットは? 考え出せばきりが無い。 ......安直に言ってしまうと、悔しい。

 (──ユズの傷を、私は直接は背負えないんだ)

 高望みかもしれない。 でも、隣にいる友達を励ますことしか出来ないのは歯がゆい。 その思いは、時間を重ねるごとに深まっていく。
 隣で戦えるだけ、支えられるだけ、幸せなことなのに。 でも、でも......それ以上を望んでしまう。 何故だろう? ──いつから、こんな傲慢になったのだろう?
 いや、理由なんて分かりきっている。

 (欲張りじゃ駄目なの? 小さ過ぎる可能性を信じちゃいけないの? どうしても世界とユズを天秤にかけなきゃいけないの!? そんな天秤、あるのなら私が壊す!)
 (私は......なにがなんでも、ユズと生きたいっ!!)

 ユズのことを、沢山知ったからだ。 そして、我儘な自分を一度表に死ぬほど吐き出したからだ。知らなければ、望みが高くならなければ、こんなに力不足で歯がゆくもならない。
 全部、知ったからこそ。 本当は、自分なりのやり方で、自分もユズも犠牲にせず、全部もぎ取れるやり方で戦いたい。
 ユズと荷物を分け合って、真の意味で隣に立ちたい。

 (聞いて、みようか)

 ......キラリは、その手を握りしめる。
 春にはぴょんぴょん跳ねているだけだった子供の顔には、どこか今までに無い凜々しさがあった。
 

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