第143話 恋する乙女。アヤノ編

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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 声が遠くで聞こえる。ボソボソとしたような、耳の中に水が入ってよく聞こえないような声。

「……ん」
「目が覚めたのかい」

 ゆっくりとまぶたを開けると見慣れない光景。コンクリートの壁、乱雑に貼られたポスター、食べカス、そしてピンク色の髪を耳の横で一つに縛る女性が胡座をかいて真っ直ぐこちらを向いている。

「あなたは? もしかして私を助けてくれたんですか……?」
「残念だけど王子さまじゃないよ。どちらかと言うと悪役さ」

 弾力性のあるソファーに横たわって寝ていたアヤノが妙に力の入らない腕で起き上がり尋ねるが、期待とは違う返事が返ってきた。

「喋るコイキングの中の人!?」
「なんだいそれは。はは、あんた面白いね。よかったよ連れて来て」

 同じように夢の中にいる時みたいな頭の回転率に頭を抱えてアヤノは指差した。
 それを面白いと受け止めて、人差し指で笑えて出て来た涙を拭き取る。

「……? 私をどうする気ですか? まさか……! エロ同人誌見たいな事を!?」
「うーん、何を言ってるか分からないけど。しばらくはここにいてもらうよ。後、少しで目的が達成するのさ」

 身体を反射的に両手で守り、意味不明な事を口走る。コイキングの中にいた時より随分人柄が良い。姉御肌なのかもしれない。

「目的……? それで、あなたは誰ですか? 私はアヤノですけど……」
「ほほう? 自分の名前を名乗ってから聞くなんて大したもんさ。いいねぇ、ますます気に入った」

 背筋を伸ばしたアヤノは自己紹介をする。みだれた髪を手ぐしで整えていると女性は満足そうな顔をしてから、ほろ酔い気分で身体を揺らした。

「アタシはジュンコ、ジュンって呼んで構わないよ」

 ジュンコと名乗る女性はゆらりと立ち上がりアヤノの手を握った。

「なら私の事はアヤと呼んでください」
「ははは、ほんと変わってる。自分の立場が分かっていてかい?」

 目を見て話すアヤノが珍しいのかオレンジ色の目を細めて笑う。自分の指先をアヤノのアゴに触れさせながら首を傾げる姿がどこか色っぽい。

「誘拐されていると言う事ですよね」
「そう、分かってるならいいよ。ああ分かってくれ、さっきも言ったけど目的が達成するまでは我慢しておくれ? 大丈夫、乱暴な真似はしない。アヤが暴れない限り」

 ハッキリと自分の置かれている状況を臆する事なく答える。
 そらならいい、ジュンコは指先を外し、その手のひらを半回転させてから説明をして来た。

「暴れない限りって私のポケモンいないですし、きっと力ではジュンさんには敵わない。それに……」
「それに? なんだい? 何でもいいな、アタシ、アヤの事気に入ってるからなんでも言っておくれよ」
 
 一つづつ状況を頭の中で整理しながら言うが途中で言葉に詰まる。
 どうしたのかと、腰を曲げて顔に近づくジュンコの顔は楽しそうで、嬉しそうだ。

「まるでこの状況、お姫さまみたい。ああ王子さまのマイが早く助けに来ないかしら」
「ブッ! ぷぷぷ、ごめん。ごめんよ、予想の斜め上を言うから……プクク!」

 自由な手足を目一杯使う、両足で立ち上がり、両手を絡み合わせ、目を熱くさせるアヤノにジュンコは限界とばかりに口から吹いてしまう。
 笑いを堪えようにも馬鹿真面目に言うアヤノがおかしくて、終いには床に尻を付けて足をバタつかせる。

「もう酷いですよ、ジュンさん。マイは本当に王子さまみたいにカッコよくて誰よりも強いんです!」
「だから謝ってるじゃないか。ちょっとアタシもそのソファー座らせてもらうよ。なあ、その王子さまの事もっと聞かせとくれよ」

 頰を膨らませて怒るが、逆にそれが可愛く見えてしまいジュンコは頭を撫でながら一緒にソファーに座る。

「マイはこげ茶のショートカットの女の子なんです」
「お、女の子!?」

 いきなりとんでもない発言にスラリと伸びた脚がソファーから浮かぶジュンコ。

「身長は私より少し低いけど、まん丸い目がカッコよくて!」
「ほう~。まあアヤが夢中な男として話を聞くよ」

 それも気にせずアヤノはペラペラと話を続けたが、次の台詞にジュンコの顔付きが変わる。

「キラキラ太陽みたいに輝いてる金色の瞳をしていて」
「今、なんて言った?」
「へ? 太陽みたい……」
「その後さ!」

 コンクリートの壁に無理矢理開けた穴から差し込む太陽の光を指差しながら言っていたら肩を掴まれた。

「金色の、瞳」
「マイは金色の瞳なんだね!? 出身は?」
「サニー地方の……ソウルシティ、です」

 様子がおかしいジュンコにバレないようにアヤノは汗を垂らす。何かまずい事を言ったのか、気に障ったのか、様々な思考が過ぎる。

「その子、どんな性格なんだい? ポケモンバトルとか喧嘩に強いとか弱いではなくて!」
「うんと……一言で言えば甘えんぼ、かな」
「甘えん坊!? 他は!?」

 何を急に焦るのか分からずに下手な事も言えない。何せポケモンはいない。いたとしても、アヤノは知らないがモンスターボールの開閉スイッチは壊されているのだから。
慎重に言葉を選んで出した答え。

「……自分の事より相手の心配をする、お人好し。そんなマイに私は何度も助けられた」
「そうかい……。ごめん、急に悪かったね。痛くなかったかい?」
「はい、平気です。でもどうしたんですか?金色の目に何か……あ」

 頰を薄っすら染めながらの返事にジュンコは肩から手を外してやり、自分の膝の上に戻した。頭を下げて謝る姿が、ジュンコらしくない。
 目の色を変えた事に疑問を持ちアヤノは質問するが、言っている途中で理解した。

「そう、多分アヤが想像しているのと一緒さ。ソウルシティのちょっと変わった文化」
「やっぱり。そうだったんですね」

 予想的中。ソウルシティには昔から【金色の瞳は災害から救ってくれた神の瞳。そんな神と同じ瞳を持つ者はこの街に相応しくない】などと言われて来た。
 大昔から伝わる話は現代も響いている。ただものすごくシビアな話で、黄色やオレンジ色は禁忌の子ではない。輝く程の金色の瞳だけが禁忌の子扱いになる。
 マイはたまたまこれに入ってしまいソウルシティから追い出させる形となった。幸いマイは根を曲げる事なく真っ直ぐな子に育った。

「もう隠す必要もないから目的を話してあげる。団長には内緒だからね?」

 この子になら話せる、不思議とジュンコはそう思った。こんなに笑わせてくれた子は久しぶりで、女として嬉しかった。

「団長?」
「ああ、アタシらバビロン団なんだ。知ってるだろ? ほら、ここにいっぱい貼ってあるポスター見た事ないかい?」

 話をしてくれる割りに背景が思い浮かばず口に出すと、照れた笑いでジュンコは言って来た。
 隠す事もなく、記憶をたどりに正直にアヤノは言う。

「ああ、確かポケモンセンターで見ました」

 やっぱり見てたのにそんな態度を取れるのかい、感心の息を漏らす。

「アタシらの団長はソウルシティ出身でね。アタシは違うけどサニー地方さ。だからその話は知っていてね」
「はい……」
「かしこまらないでよ。そう、それで団長は金色の瞳を持っているんだ」

 やっぱりソウルシティは異常地帯なんだと心臓が狭くなったようにキュウとなって胸を抑えるアヤノの背中をさする。
 団長は金色の瞳、と言うワードに顔を上げてジュンコのオレンジ色の瞳を見た。

「産まれてすぐに団長は母親に捨てられて、いや親戚中をたらい回しにされてね? その中で色々あったみたいなのさ。簡単に言えば、ソウルシティでなくても差別をされた」
「え……?」

 腰を曲げて膝に肘を付け、両手を絡ませながら目を細める。視線はどこを向いているのか分からない。
 その言葉が信じれなくてアヤノは演技なしで声が自然と出た。

「アヤ、王子さまのマイだっけ?その子はいい子に育ったみたいで羨ましいよ。アタシはどんなに団長を想っても救ってあげれない。こうして一緒に悪さをするだけの女さ」

 顔をこちらに向けたジュンコの顔は寂しそうでいて、羨ましそうな、作った笑顔だった。

「あのどうしてそんな大事な話を私にしてくれるんですか?」
「それは…………へへ、なんだか言うのも懐かしくて恥ずかしいな」

 ジュンコの手を取り、自分の手で包み込んで問うと、言葉通り恥ずかしそうに身体をくねらす。

「恋をして相手を想うアンタの顔が昔のアタシによく似ていたから、かな?」
「ジュンさん……。それでも私はジュンさんのやり方間違ってると思います。確かに相手の事を思って、相手の良いようにするのは好かれるかもしれない、けど! ジュンさんが悪に手を染める事は望んでなんかいないと思うんです!」
「…………アヤ」

 顔を赤らめて言うジュンコにドキンと胸が鳴る。しかし、好きな人の為になにもいわない事はその人為を想っている事ではない、ハッキリ伝えると、豆鉄砲を食らった顔のジュンコが名前を呼んだ。

「ありがとう! やっぱりアタシ、団長に言うよ! ポケモン誘拐なんてのはもうやめて故郷に帰って直接話そうって!」
「分かってくれてありがとうございますジュンさん。ああ、こうしちゃいられない実行される前に行かないと…!」

 お互いの真の目的が決まりジュンコは申し訳なさそうに言葉を言う。

「ごめんよ、アヤのポケモンは団長が預かったんだ。けど団長はポケモンには優しいから手は出さないから……」

 言葉に迷って、詰まるジュンコにアヤノは笑いかける。

「大丈夫です、私はあの子達を信じてますから! ほら、行きましょう! 案内よろしくお願いしますよ!」

 力強い笑顔はどこかマイに似ていた。ジュンコと一緒に団長の元へ目指す。

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