4.願われごと

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読了時間目安:7分
______どうせ魚を釣釣りに行くんだろう?ついでに私も連れて行ってくれ


______もし、海まで連れて行ってくれたら


「一つだけ、お前の願いを何でも叶えてやろう」


 そう言い放つ少女の顔は、驚くほどに大人びていた。
 何かを悟ったような冷め切った眼差し。とても子供のする表情とは思えなかった。
 不思議な髪色も相まって、少女から何か化け物じみたとてつもない凄みを感じた。こんな幼い子供が、一体どんな環境で育てばこんなが顔が出来るのだろうか。

 ふと、俺の担当事務のことを思い出した。
 そう言えばあいつもよくこんな冷め切った顔をしていたような気がする。
 
「馬鹿馬鹿しい」
 
 俺の返答は決まっていた。

「さっきも言ったが、答えは”却下”だ」

「……」

 少女はゆっくりと頭を上げる。
 少女は酷くこちらを睨みつけていた。

「何故断る?」

「理由は二つある」

「言ってみろ」

 この少女は、一体どうしてこんなにも偉そうなのだろうか。
 同年代だろうが、こんな態度をしていればすぐに嫌われてしまうと思うのだが。

「早く理由を言え」と少女がせかす。
 内心やれやれと思いながら、俺はあくまで大人の対応に努めることにした。

「一つ目、そもそも俺は海で釣りをしない」

「は?」

 まるで風船が萎むように、少女の顔から凄みが消えていく。
 そして今度は目をまんまるに見開いて、こちらを見つめる。

「じゃあ何故お前は釣竿なぞ持ち歩いているのだ」

「俺は池でしか釣りをしないんだよ。海釣りは専門外だ」

「池で釣りだと?」

 少女は眉をひそめ、怪訝そうに池を眺める。
 池の水面は太陽の光を浴びてキラキラと輝いて、まるで幾つもの宝石が浮いているようだった。

「こんなところに魚がいるのか?」

「知るか、それを確かめる為に来たんだよ。今のところ魚の気配がしないから、もしかしたら居ないかもな」

「ここで釣れる魚は美味いのか?」

「知らんよ。俺は池魚は食べたことがない。まあ普通は池で釣った魚は食べないと思うがな」

「はぁ?」

 少女は今度は目を丸くさせた。
 驚いたり怪しんだりと、さっきから忙しい奴だ。

「じゃあ何のために釣りをするのだ?」

「あくまで”釣る”ことを目的にしてるんだよ。釣ったら元の池にリリース。食べるんじゃなくて、釣りというスポーツとして楽しむって言えば分かりやすいかな」

「りりーす?すぽーつ?」

「……」

 リリースはともかく、スポーツも知らないのか?
 スポーツなんて生きていれば自ずと覚える言葉だと思っていたが、一体どういう教育を受けてきたんだ。

「要するに、釣るのを楽しむ。魚は食べない、釣ったら元の池に戻すってことだ」

「最初からそう言え」

「はいはい、悪かったな」

「食べもしないのに、釣るだけとは……私には全く理解できんな」

「まあ別に理解して貰わなくて結構だな。世の中には池や川専門のプロもいるし、釣りとは中々奥が深いんだよ」

「ぷろ?せんもん?」

「………それでお金を稼いで生活してる奴がいるってことだ」

「なるほどな。お前、もっと分かりやすく話すよう努力しろ」

「……」

 しばらく沈黙が続いた。
 少女は何やら真剣に考え事をしていたが、正直俺は早くこの場から立ち去りたかった。
 出来心で仕事をサボってしまったが、本当は今回みたいにお客さんに悪い印象を与えてしまった場合、暫くは事務所になるべく滞在しておいた方がよい。
 万が一その客から会社に何か連絡が来た時に、外出中だと印象が悪い。
 これ以上あの客からの評価を下げれば、最悪の場合取引を消される可能性だってある。

 しかし、肝心の俺の釣竿を少女がまだ両手にしっかりと握りしめていた。

 その時、池でぽちゃりと水が跳ねる。
 水面にできた波紋が大きく広がり、やがて消えていった。

「なあ、男よ。名は何という?」

「俺はマナトって言う名前だ。おじょうちゃんの名前は?」

「今、池の水が跳ねた」

「……それがどうした」

「ひょっとすると魚の仕業かも知れない。試しに釣ってみてくれ」

 俺は、少女の手に握られた俺の釣竿に視線を見つめた。

「おじょうちゃん、二つ目だ」

「はぁ?」

「断った理由だよ。一つ目はさっき言ったろ。俺は海で釣りをしない」

「二つ目は?」

「お前が釣り糸を見事なまでにめちゃくちゃにしてくれたから、今日はもう釣りが出来ないんだよ!」

「なんだ。そんなことか」

 少女は清々しいほどあっけらかんとしており、まるで人ごとだった。

「糸なんぞ私が治してやるさ」
 
「馬鹿いうな」

 ここまで絡まった糸を治すのは、プロでも首を横に振るだろう。
 それに解いたところで、恐らく糸が傷んでまともに釣りは出来ないだろう。
 この糸も結構いい値段だったのに。

「さあ、私に糸を治して欲しいと言ってみろ」

「お前がメチャクチャにした糸を治すのに、何で俺がお願いしなきゃいけないんだよ」

「いいから、言ってみろ」

「無理だ」

「言え」

「嫌だ」

「なら、海に行きたいと言ってくれ」

「それはお前のお願いだろ」

「あーーもう!うざったいなお前はっ!」

 まるで稲妻のような怒鳴り声を上げた少女の顔は、真っ赤に染まっていた。
 握った竿を頭上に持ち上げ、投げ捨てようと構える。
 しめた、このまま捨てられた竿を拾ってずらかるぞ。

「先に言っておくが、仮に竿が治っても海には行かないからな。お前を連れて行くメリットが俺にはない」

「めりっとぉ!?なんだそれは!」

「……もういいだろ。とにかく無理だ。さっさと俺の竿を返してくれ」

 はっと何かに気がついた少女は振り上げた両手を慌てて下ろし、しっかりと俺の釣竿を握りしめた。
 さっきまで怒りで顔を歪めていた少女が、今度は満面の笑みでこちらを見つめている。

 ……嫌な予感がする。

「これは、人質だ」

「は?」

「お前が海に連れて行ってくれるまで、これは私が預かっておく」

 いくらなんでも、それは無茶だ。

「もういい加減にしてくれ。早く釣竿を返してくれ。もう仕事に戻らないといけないだよ」
 
「そうか、なら今日のところはもう帰れ」

「まず竿を返せ」

「明日、太陽が天辺に昇る頃にまたここに来い。その時に海まで連れて行ってもらう。釣竿はその後に返すということでいいな?」

「おい勝手に話を進めるな」

「あと、時間には余裕を持たせておけよ」

 誰のせいで時間を無駄にしたと思ってると言いたかったが、とりあえず釣竿の回収が優先だ。
 これ以上面倒なことになるのは勘弁。この子には悪いが無理矢理竿を奪い取るしかない。


「いい加減に_____」

 しかし、そこにはもう少女の姿は無かった。
 俺が強硬手段に走るかどうか悩んでいる内に、何処かへ消えてしまったようだ。
 少女が座っていた白い岩は、まだほんのりと暖かった。

「………やられた」

 総額6万の釣竿を取り戻す為には、また明日仕事をサボってここに来るしかなかった。

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